「ゴン……」
複雑な表情で2人の戦いを見守るアイシャ。
桜とリィーナ達の勝負をずっと一緒に観戦していたので、実はゴンも戦いたがっていることにアイシャは気づいていた。
今まで共に腕を磨いた仲間達が次々と桜に敗れ、やはり悔しい想いはあったのだろう。けどゴンはこちらの味方ゆえ戦うことは叶わず、怪我もしている。戦える条件は揃わない。
それでも自分の力を試してみたい──当然その気持ちはあったはずだ。
機会を改め、ウラヌスに修行を見てもらったり組手をしてもらえばいい、とアイシャは考えていたが、桜と全力で戦いたいのであれば、この機会しか無いかもしれない。
組手の形式で、危険極まりないゴンの全力の【ジャン拳】を受け止めることは、誰にもできなかった。受ければ当然ただでは済まないからだ。もし上回るオーラで無理やり迎え撃てば、桜の危惧した通りゴンもその反動で無事では済まなかっただろう。
正面からゴンの拳を受け止める──受け止めてほしいという願望を、桜は見事に叶えてみせた。おそらくその感情を見抜き、ここまでお膳立てしてあげたのだろう。
「後で謝らないといけませんね……」
ゴンと、桜にも。これまでゴンの相手をきちんとしてあげられなかったことへの謝罪と。そのゴンの希望を叶えた桜への感謝を。
そう考えるアイシャの様子を不思議そうに見つめていたシームは、
「アイシャ……もしかして」
「……どうかしましたか、シーム?」
しばらくシームは沈黙した後、
「ううん、なんでもない……」
そう言って、自らの不安を口にはしなかった。
改めて尋ねることに気後れしたアイシャは、疑問を残したままゴンと桜の戦場へ視線を戻した。
目元を拭い、立ち上がったゴンは拳を握りしめ、力を籠めた。
「さい、しょは、グー……ッ!!」
明らかにグーの溜め──しかしグーであれば射程圏外の位置で構えるゴンに、
「そうこなくっちゃ♪」
桜が言う間にゴンは溜めたオーラの一部を分散し、一足飛びに迫った。
「ジャンケン──グーッ!!」
ドゴォッ!!
回避した桜がさっきまでいた地面に、ゴンのグーが炸裂した。突撃の為に若干オーラを減らしたものの、充分な威力を残した一撃で大地が爆砕する。
粉塵の舞う中、ゴンは全力で桜の姿を探し、見つけ出した。その背後へ回り込み、
「最初はグー!」
足場が悪く、桜は背を向けたまま。それでも何とかしてみせるだろうとゴンは信じ、
「ジャンケン、グーッ!!」
桜は直前で一歩前へ飛び出した。それに気づき、ゴンは再び大地を撃つ。
ゴッッ──ドドドドドッ!
二度もダメージを受けた大地がいよいよ大きく崩れ、陥没した。
土砂に巻き込まれ、クレーターの中央辺りにいた桜が慌てて身体を持ち上げようとしている。
「さいしょは、グーッ!!」
連続【ジャン拳】に疲労困憊のゴンだったが、必死で力を絞り出し、蓄える。
「ジャンケン──」
跳躍する。着地目標は──土砂から這い出ようとしている桜。
「グーーーッッ!!」
右足にオーラを収束するゴン。顔面を狙われ、「わっ!?」と声をあげる桜。体勢を立て直す暇もなく、
ズドンッッ!!
全力の踏みつけを喰らい、防御こそしたものの大地へ沈み込む桜。三度砕かれた大地はまともに堅固さを発揮せず、桜は地下深くまで沈んでいった。
「はぁっ! はぁっ! はぁっ! はぁっ……」
自らも沈みかけながら何とかクレーターから脱出したゴンは、大穴の
ドゥッ!!
離れた地面からオーラ砲が突然真上へ放たれる。その穿たれた穴から、
「よっと。ぐぇ、ぺっぺっ! んもー……」
しばらくして桜が飛び出した。土でも食ったのか、嫌そうに吐き出している。
その桜の姿を見て訝しむゴン。ダメージを受けていない様子も納得いかないが、衣服が破けてすらいない。その衣服についた汚れを軽く叩いている桜。
「あー、びっくりした……
まさか顔を踏んづけにくるとは思わなかったよ」
「えっと……ごめん」
責められていると感じたのか、謝るゴン。桜は手をぶんぶん振り、
「あー、そういう意味じゃないよ。
グーで踏みつけるのは悪くないと思うけど、意外に踏みつけって威力上がりにくいから、蹴りの方がいいかも。もちろん状況次第ではあるけどね」
「……」
この期に及んで助言してくる桜に、返す言葉もないゴン。
「さて……ゴン。
私はまだ戦えるけど、ゴンはまだいける?」
問われ、
ないが──
「最後に……1発だけ。いい?」
「ん、いいよ。
全力で来るなら、受け止めてあげる」
まだ身体は動く。五体満足、戦闘継続は難しくとも、最後に一撃を放つくらいはできる──気力を振り絞り、ゴンは『練』をした。
「さい……しょは……グーッ!!」
拳に収束されていくオーラが、ビィィィィィィッッ!! と金切り音を上げる中、約束を果たす為にゴンの元へ笑顔で歩んでいく桜。
「ジャン、ケン──!!」
ゴンのそばへ来た桜は、迎え入れるように両腕を開き、撃ってこいと無防備になる。
「グーーーーッッッ!!」
────ドボォッッ!! と桜の腹に全身全霊のグーが炸裂した。
オーラの波動が、2人の周囲へと拡散する。
辺りに静けさが漂った後──
グーを放ったゴンが、精根尽き果ててズルズルと沈んでいく。
そのゴンの身体を倒れないように支える桜。
「お疲れ。……いいパンチだったよ」
特に堪えた様子もなく、桜は少年を労った。
「ふぅー……
本来ならあちら側のゴンが、レオリオの代わりに戦い始めた時はどうなるかと思ったが……」
そうクラピカがつぶやいた後、
「収まるところに収まった感じよね。
アレで八百長を疑うヤツなんて誰もいないわさ」
ビスケがそう締めた。
「終わった……今度こそ終わったな?
じゃあオレ診てくるぜ!」
宣言して、戦い終えた2人のところへ駆けていくレオリオ。
「師よ……決着しましたね」
「ええ。これをもって私達の負けです。
レオリオさんの診療が終わった後、問題なければ今後のことを相談してきます。
皆さんお疲れのところ申し訳ありませんが、今しばらくの間、お付き合いください」
リィーナの言葉に、キルアは首を傾げ、
「負けが確定したから今後の相談をするのはいいけど、どうするつもり?
いちおうアイシャの無事は確認できたし、放っておいても大丈夫だろうけど、すぐ帰るのかそれともクリアまで付き合うのか」
「相談結果次第ではありますが、どちらも有り得ます。
基本的にアイシャさんとあの子の希望に沿う形にしたいとは思いますが、私個人の希望としては一緒に帰りたいものですね」
「流石に一緒に帰るのは厳しいんじゃね? 向こうにも色々事情がありそうだし」
「そうですね……
私達も強行軍でここに来ましたから、クリアまで日を要するようなら全員が残るというのも好ましくないでしょう」
「だよね。兄貴はどうする?」
「オレだって残れるものなら残りたいが、ひとまず相談結果次第だな」
「まぁそうだよな……
にしても、ゴンの全力グーを腹で受けるとか、正気かアイツ?
大丈夫って自信があったからだろうけど、それでも有り得ねーよ」
「あのガキは本当にイカれてるな」
終戦と判断したか、離れていたゲンスルー達も、キルア達の集団に合流する。
「ゲンスルー達は、あいつのこと詳しいのか?」
「いや、以前この島で少し話したことがあるくらいだ。
その時はまだ良識を持ってる印象だったがな。
若返ってああなったのかなんなんだか知らないが」
ゲンスルーの言葉を聞いて何事か考えるキルアに、サブはゴン達の方へ目を向けながら、
「けどゴンの方もエグいことするもんだな。
普通、知り合いの女の腹を全力で殴れるもんか? オレでも躊躇っちまうぜ」
「あんな無防備に受けて、それでも無傷だとしたら正直ぞっとするな……
少なくともオレの10倍は頑丈ってことになる」
バラが身震いしながら、そう話す。ゲンスルーは溜め息を吐き、
「オレから見りゃ、ゴンも相当なイカレ具合だな。
サブと同じ意見だが、よく全力で撃てたもんだ。万が一殺しちまった時とか、どうするつもりだったんだアレは?」
「あー……
そんなこと考えてないよ、ゴンのやつは。
組手の時でも【ジャン拳】を使ってくる時点で分かるだろ?」
「その時でも全力では撃ってこなかったと思うがな。
イヤでも無意識にブレーキがかかるもんだが、アイツはそのブレーキが利いてないぜ」
「まぁそうかもな……
間違って誰か殺したら、絶対後悔するだろうしな。
気になるなら、ゴンに直接忠告したらどう?」
「ケッ。オレはそんなガラじゃねーよ。
オマエから言ってやれ」
照れ隠しをするゲンスルーに内心苦笑しながら、キルアはゴン達を見やる。
「さて……このまま無事に終わるならいいけど」
戦い終えた2人のそばへ来たレオリオは、
「おいっ! 大丈夫かっ!?」
「うん。ゴンなら大丈夫そうかな。
戦う前からあった怪我や不調は全快してるし、この勝負の間に負った怪我も大したことないと思う。いちおう治療した方がいいけど、レオリオも診てあげて」
倒れかけているゴンの身体を預けてくる桜。レオリオはゴンを受け取りながら、
「い……まぁそれも気になるけどよ。
じゃなくて、オマエさんの……その、腹は?」
桜は自分のおなかを叩いて、ポンポン♪ と軽快な音を鳴らす。
「大丈夫。今すぐゴハンだって食べられるにゃ」
「お……おぉ、マジか……
強がりじゃねーよな? 自分でも治せると思うが、やばかったらすぐ言えよ?」
「平気だって。
いくらなんでも、何も防御なしに受けたわけじゃないって分かるでしょ?」
「そりゃまぁ……なぁ。
けどオレが診なくてホントに平気か?」
「痛くないポンポン探られたら、かえって困っちゃうよ。
いいからゴンの容態、診てあげて。セカンドオピニオンは大事だから」
「ああ……」
レオリオは気を失っているゴンの身体を横たえ、真剣な表情で診る。
「……本当にきれいに治っちまってるな。
ついさっき負った傷以外は、どこも悪いところがない。けっこう具合悪そうにしてたんだけどな……
そんな気はしてたが、とんでもない腕だなアンタ……」
「私は治療専門じゃないから、複雑な怪我とか難病は多分ムリだよ。
そういうのはレオリオに任せたいかな」
「あんまり買い被られてもな……
正直、自信がなくなっちまうぜ」
「大丈夫大丈夫。レオリオは才能あるし、志もしっかりしてるよ。
どんな凄腕の人だって、最初っから何でも出来たわけじゃないからね」
「だな……
理想はまだまだ遠そうだが、そう言われると不思議と頑張ろうって気になるぜ」
「がんばってね。応援してる♪」
診断を終えたレオリオが、ゴンに触れて【掌仙術】を使い始める。
「……ぅ……」
刺激を受けたからか治療の効果か、ゴンの意識が戻る。
「……。
あれ……オレ……」
「まだ動かない方がいいよ、治療中だから」
「うん……。
……勝負は……どうなったの……?」
「ゴンのパンチに耐え切った私の勝ち。
文句ないよね?」
ポンポンッ♪ と軽やかに腹を叩き鳴らす桜に、ゴンは小さく苦笑し、
「くやしいな……
全然敵わなかった……」
「いやいや、ゴンはかなり善戦した方だよ。力尽きるまで戦ってるしさ。
みんな手強かったけど、ゴンの相手はやっぱり緊張しちゃった」
「そっか……」
黙り込むゴン。やがてレオリオによる治療が終わり、
「もういいぜ。立てるか?」
「うん……多分大丈夫。
ありがとう、レオリオ」
「大した怪我はしてなかったしな。
にしても、この程度の治療にこれだけ手間取るとやっぱりヘコんじまうぜ」
「丁寧で、良い治療だったよ。
私も急ぎじゃないなら、むしろ時間をかけて自然に治るような神字を描くもん」
「……むしろ、そっちの方が難しい技術な気もするが。
しかしそういうのって、使いどころあるのか?」
「一般人を治療する時は都合いいかな。
あと、無茶したがりの人をすぐ治すのも考えものだし」
「なるほどなぁ……」
「ちょっと、なんで2人ともオレを見ながら言うの?」
抗議するゴンに、桜とレオリオが笑って返す。
「まぁ完治はさせたが、当然オーラは回復してないから無茶は禁物だぜ」
「うん、分かってる……」
「限界を越えて絞り出しただろうから、しばらくガタガタかもね。
……オーラも回復してあげよっか?」
「それも治せるのかよっ!?」
「治せるっていうか、オーラの源になる生命エネルギーを注入するだけだから、治療とは別の技術かな。輸血や栄養の点滴みたいなもん。
回復を促すわけじゃないし、そのまま私のオーラ持っていかれちゃうけど」
「い、いいよ……
桜だってかなり消耗してるでしょ?」
「そりゃね。じゃあ明日になっても、ゴンのオーラが回復しきってなかったらにしようか。
今しちゃうと、オーラの自己回復力を鍛える妨げになりかねないし」
「……。
オレ、この後も一緒に居ていいの?」
「むしろゴンはこの島に残るつもりだろうなって思ってたけど。
みんなが帰るの希望してて、それと一緒に帰りたいなら引き止めないにゃ」
「……ううん。オレも一緒にクリアしたい」
「そう言ってくれると心強いな♪
まぁこの後みんながどうするかは、また別の話だけど」
「と、言ってたらリィーナさんが来たな」
レオリオの言葉が終わる前に、ゴン達のところへリィーナが来た。
「治療は終わったと見受けましたが、ゴンさんはもう大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。
……負けてゴメン」
「元よりゴンさんは私達の味方ではありませんし、にも関わらずアレほど健闘されたのに謝られては、かえってこちらが恐縮しますよ。大変ご苦労様でした。
ウラヌスさん……というより、桜さんとお呼びした方が良さそうなのでそう呼びますが、この勝負はあなたの勝ちです。
ついては、戦う前に交わした取り決めに関して、今後どうするか詳細な相談をしようと思いますが……
今から話しても?」
「うーん……ちょっと待ってほしいかな」
「まだ治療がお済みでないなら、それを待ちますが。
それとも他に都合の悪いことでも?」
「治療は不要だよ。
少し考えてることがあって」
「……この勝負については、あなたの勝ち……ですよね?」
「それはその通り。覆しようがないからね」
「では、他に気になることでも?」
「気になるっていうか、悩んでるというか……
少し時間がほしい」
「……ひとまず承知しました。
私はいったんあちらに戻りますので、問題なければ声をかけてください」
「うん」
「オレも戻っとくかな。
ゴンはどうする?」
「オレは……アイシャの方に戻るよ。
まずは謝らないといけない気がするし」
「ははっ、なるほどな。
じゃあまた後でな」
リィーナとレオリオがその場から立ち去り、ゴンもアイシャ達のところへ戻ろうとする。
が、桜はその場から動こうとしない。
「桜?」
「…………」
沈黙し続ける桜。珍しく悩ましい表情をしている。
ゴンは何となく引っかかり、戻らずにその場で留まる。
いよいよ我慢しきれなくなったのか、シームが桜達のところへ来る。
「桜……?」
訝しげにシームが問いかけても、桜は無言のまま。
「終わったんだよね?」
反応しない桜。シームはゴンの方も見るが、ゴンは頷いてみせる。
「終わったんでしょ? 桜の勝ちなんだよね?」
「うん。私の勝ち」
そうとだけ返してくる桜に、漠然としていた不安がいよいよ膨れあがるシーム。
「じゃあ……なんでまだそんな顔してるの?」
「──……終わってないから、かな」
シームは桜の両肩を思わず掴み、
「うそっ!? 終わったでしょ!
桜の勝ちで! そういう約束だったじゃん!」
「さっきまでの勝負は……
そうだね。シームの言う通り。
リィーナ達と私の戦いは、私の勝利で決着したよ」
「じゃあ、なんで終わってないなんて言うのッ!?」
遂に叫ぶような声で問い詰めるシームに、この辺りにいる全員が注目する。
「……。私が納得してない」
「なにをッ!?」
桜は困ったような、自嘲するような笑みを浮かべ、
「そりゃあ……
──……アイシャが性転換することを、だよ」