どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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第二百七十八章

 

「……さくら……いま、なんて言ったの?」

 

 呆然と問いかけるシームに、桜は両肩を掴まれたまま、

 

「アイシャが性転換することに納得してない、って言ったの」

「どうして……

 ホルモンクッキーを研究する為に戦ってたんじゃないの?」

「うん……

 ホルモンクッキーは研究するよ。必要だから。

 でも、それをアイシャにあげてもいいかっていうと……」

「……」

「ちょっと言い訳させてね。

 さっきまではそんなこと考えてなかったの。戦う前までは。

 でも必死で戦うアイシャの仲間を相手してるうちに、ちょっと悩み始めたんだよ。

 こんなにがんばってるのに、その気持ちを無下にしていいのかなって」

「それは……。だけど」

「まぁぼんやりと考えてただけなんだけどね。

 でもレオリオと話してみて、不確かだった違和感がはっきりしちゃったっていうか。

 アイシャがホルモンクッキーを自由に使えるようになったら……

 きっと今の性格じゃなくなっちゃうんだろうなって」

「……」

「リィーナもそのことを心配してたんだろうし。……自覚してたか分かんないけど。

 どうしても、人格って性別に引っ張られちゃうからね。

 私が言うとニャニがニャンだかって感じだけど」

「桜とウラヌスは……違うじゃん」

「そうだよ。

 でも裏を返せば、アイシャが使っても問題ないって保証もできないんだよね。

 効果をいじった後のホルモンクッキーなら、尚更そうだし。

 たとえばの話、シームはホルモンクッキーを食べてみたいって思う?

 結構面白いんだけど」

「……ううん」

「だよね。たとえ興味があっても、軽々しく使いたいとは思わないじゃん。

 それって、多分怖いからだと思うんだよ。今までの自分と変わっちゃいそうだから。

 実際はちゃんと元に戻れるはずだけど、それって元に戻ろうとする意志があるからだと思うんだよね」

「……そう、かも」

「レオリオと話してて、そのことに気づいちゃったからさ。

 素直に渡したくにゃいなー、っていうのが私の本音」

 

「──……では、どうすればいいんですか?」

 

 遂にアイシャが、桜の元へやってきた。

 

「アイシャ……」

「桜の言いたいことは分かります。

 ……私も、今の性格のままであり続けられると約束はできません。

 ですが、ホルモンクッキーについては私とウラヌスが交わした約束でもあります。

 当のウラヌスがそれを言うならともかく、あなたが横から反故にしようとするのは問題ありませんか?」

「……ううん、問題ある。だからこれは私のワガママかにゃ。

 まぁ私はシームに聞かれちゃったから本音を言っただけだよ。もうちょっとどうしたら上手く伝えられるか考えたかったんだけどね。

 もちろんシームが悪いわけじゃないけど」

 

 何となく桜の両肩を放すシーム。アイシャと桜が沈黙したまま向かい合う。

 

 ゴンは場に漂う緊迫した空気に身震いした。事情を充分に理解できていないのもあり、戸惑いながら3人を見回す。

 

「そもそも、どうやって私に渡さないつもりですか?

 ウラヌスが私にホルモンクッキーを渡そうとする限り、桜がそれを邪魔する方法なんてないと思いますが」

「できあがったら、渡すのを邪魔するのは難しいかもね。

 でも、研究の妨害なら多分できるよ?」

「な……」

「だって、ホルモンクッキーを改変しようとすれば、ウラヌスは絶対食べなきゃいけないわけじゃん。たとえ研究の為でも、他人の身体で実験しようとはしないだろうし。

 で、食べたら私になるわけでしょ? その状態なら私は妨害できるわけで。

 極端な話、ホルモンクッキーの改変に失敗しても構わないんだよ。量産は出来てるから、自分が使う分にはひとまず問題ないわけで。

 制限なく好きに使えるようにする為の改変だから、どちらかと言えばアイシャの都合に合わせて研究する意味合いが強い。

 だから私は妨害しても構わないし、いくらでも研究成果をわやくちゃにできる」

「……なるほど」

 

 そう答えるしかないアイシャ。研究の為にホルモンクッキーを食べることは必須だろう。現状では女性に性転換した際に桜へ変わってしまうことを止める手立ても分かっていない。

 つまり桜が協力しない限り、アイシャにも有効なホルモンクッキーを研究し、作り出すことはできない。

 

「桜が妨害できることは理解しました。

 ウラヌス自身、確実に作れるとは言い切れないということでしたし、あなたが非協力的なら実際かなり厳しくなるでしょう。

 ですが、このままというわけにはいきませんよね?」

「……ごめん。ちょっといい?」

「なんですか、ゴン?」

「アイシャとの約束を守れなかった、オレが言えたセリフじゃないかもしれないけど……

 やっぱり約束を破るのは良くないと思うよ。

 桜が言いたいことも何となく分かるけど、突然ワガママ言って喧嘩を始めるのは……」

「まぁゴンが心配するのも分かるよ。

 私もアイシャと仲違いしたいわけじゃないからね。それこそパリストンの思惑に乗ったみたいで頭に来るしさ。

 ……でもね。だからこそ、納得できる形にしたいの。

 うやむやになんかせず、きちんと清算したい」

「では、改めて問いましょう。

 私はどうすればいいんですか? あなたはどうすれば納得するんですか?」

 

 桜は苦笑しながら、小さな拳をアイシャへと突き出す。

 

「ここまでくれば分かるでしょ?

 

 ──……勝負しよ、アイシャ。私と本気の、真剣勝負」

 

 アイシャは長く息を吐き、

 

「ここにきて、ですか。

 わざわざクリアを控えたこの大切な時期に、しかもこのタイミングで?」

「良くはないよね。

 でも、私と戦うのって意外に難しいと思うけど」

「気軽に、とはいきませんね」

「そうなの?」

 

 当然事情が分からないゴンが、不思議そうに首を傾げる。

 

「詳しくは後で説明しますが、今の桜の状態は正常ではないんですよ。

 どういう理屈でウラヌスの人格が桜に変わっているのか、私達も理解できていません。

 ホルモンクッキーの効果が切れて男性に戻った時、きちんとウラヌスの人格に戻れるか確証がないんです。

 だから、みだりに桜へ変わってほしくはないんですが……」

「今までは色々事情があったからねー。

 やむなしだったんだけど」

「……なので、機会を改めてというのも問題があるんです」

「そっか……」

「それに他のタイミングだと、多分真剣勝負もできないだろうし。

 ただの組手じゃ、勝負とは言えないもん」

「……」

「ま、はっきり言わないとダメだよね。

 ──私に勝たないと、アイシャに性転換はさせてあげない。

 さっきまでの勝負は私の勝ちだから、これはまた別の勝負。

 私が勝ったら、仮にホルモンクッキーの研究に成功しても、それをアイシャにあげない。

 アイシャが勝ったら、私はホルモンクッキーの研究を邪魔しない」

「……約束を反故にしようとしてる時点で、あまり信用できないんですが」

「それなんだけど、実際に約束したのはアイシャとウラヌスでしょ?

 私とはしてないじゃん」

「ぁ……

 まあ、その通りですけども……」

「約束するよ。

 アイシャが勝ったら、私はちゃんと研究に協力する。

 ……私個人はイヤだけど、約束は守る」

「まぁそれについては信用しましょう。

 逆にあなたが勝てば、ホルモンクッキーの改変に成功したとしても、私はウラヌスからそれを受け取りません」

「えっ? いいの、そんな約束して?」

「……あなたが渋々約束を守るというなら、私もこれくらいの覚悟は必要でしょう。

 無論、負けるつもりはありませんが」

「私も負ける気なんてないよ。

 今のアイシャのこと、めっちゃ好きだもん」

「……ホントに困った子ですね」

 

 困惑した表情でそう返すアイシャ。桜は「にゃふふ」と笑ってみせた後、

 

「ゴメンね、私のワガママに付き合わせて」

「……いえ。

 考えてみれば、あなたにばかり戦わせておいて、肝心の私がロクにリスクを背負わないのは虫が良すぎますからね。

 私の仲間を納得させる為にも、私はあなたと戦います」

「ありがとね、アイシャ」

 

 とても戦い始める前とは思えない穏やかな空気に、シームは酷く混乱しながら、

 

「え、え? ホントに2人とも戦うの?

 いま、ここで?」

「うん。アイシャも言ってた通り、機会を改めるのもなんだし。

 どっちにしろクリア妨害されることはなくなったし、シームは余興だと思ってのんびり見物してて。

 これが終わったら、ゲーム攻略に戻るから」

「……ホントだよね? 約束だよ」

「ん。約束する。

 正真正銘、これがラストバトル」

「……シーム、2人の邪魔になるから戻ろう」

「うん……」

 

 ゴンに連れられ、渋々シームは1人待つメレオロンのところへ戻る。ポコンと叩かれて、メレオロンに叱られるシーム。

 

 アイシャはそんな3人から、桜へと目を向ける。

 

「桜……

 いかにあなたといえど、かなり消耗しているはずですが、本当にこの場で戦って大丈夫ですか?」

「アイシャー。

 せっかくの勝機を捨てちゃうの?

 絶対に勝ちたいなら、舐めプしてる私が油断してるうちに倒しちゃわないと」

「ほぅ……

 言ってくれますね。

 そこまで舐めて勝てる相手ではないことを、思い知らせないといけないようです」

「フヒ、アイシャこわーい♪

 いやー、いいね。ゾクゾクしちゃう。今までお預けしてた甲斐があったってもんだよ」

 

 その桜の言葉に、怪訝そうにするアイシャ。

 

「桜、あなたは……」

「せっかくアイシャと勝負するなら、全力でぶつかれる場がいいなって思ってた。

 じゃないと、手加減なしで決着つけられないだろうから」

「私は全力を出せますが、あなたは既にかなり消耗してるじゃないですか。

 負けた時の言い訳を用意してから、というのが気に入りませんね」

「お、言うじゃん。

 言い訳なんてしないしない。もし負けたら私がマヌケなだけ。

 それよりアイシャこそ、負けたら言い訳のしようがなくなっちゃうよ。

 仲間の前で大恥かいちゃうけど、機会を改めてほしいなら今のうちだよ。にゃ?」

「……。

 ゴンの気持ちが少しだけ分かりました。

 子供じみた挑発だとは思いますが、確かにあなたの言動には腹が立ちます」

「ぷぷー。

 アイシャ、おっとなー♪ 胸だけじゃないねぇー?

 でも中身はゴンと同レベル! なーんて言うと、ゴンに悪いかにゃあ?」

 

 くねくねしながら宣う(のたま )桜に、思わず歯軋りしたくなるアイシャ。これもお膳立ての1つだろうとは分かっていても、本気でおちょくられれば頭にも来る。

 

「あなたには、共に腕を磨いた仲間達をいいようにされて面白くありませんでしたからね。

 彼らの溜飲を下げる為にも、痛い目に遭っていただきましょうか」

「そりゃもう、アイシャがイラついてるのは分かってたからねー。

 悪いなーとは思ってたけど、仕方ないし?

 抜かりがあるのを重箱の隅つつくみたいに説教するのは余分だったかもしれないけど」

「……」

 

 やはり挑発の意味合いもあったかと確信するアイシャ。桜は元々この場で決着をつけることを望んでいたのだろう。

 

「それで彼らがより高みを目指せるなら構いませんよ。

 あなたにも、敗北を知ることもまた修行だと身をもって分かっていただきましょうか」

「にゃふ。

 そのセリフ、リボンできゅきゅっとラッピングして、アイシャにお返しするー♪」

「先生……」

 

 様子を窺っていたリィーナが、アイシャ達のところへ来る。

 

「なんですか?」

「……事情は何となく察しましたので、お2人が戦うことを止めはしませんが。

 私達はどうすればいいですか?」

「後で改めて話そ。

 さっきまでの勝負は決着ついてるし、この勝負がどうなろうと結果は変わらないよ」

「桜の言う通りです。

 すいませんが、リィーナ達はこの戦いが終わるまで手出し無用に願います」

「ええ……承知しました。

 先生、ご武運を」

「……念の為に聞きますが、皮肉ではありませんよね?

 リィーナは、私より桜が勝ってくれた方が都合もいいはずですが」

「それ以上に、先生が敗れる姿など見たくありません」

「それは分かるけどー。

 私の武運も祈ってくれてよくない?」

「……桜さんの武運も祈っておきます。

 私達の心情を慮って、アイシャさんとの戦いに臨まれることには感謝しています」

「ま、私の都合とも合うからね。

 レオリオに説得されて、リィーナの気持ちも分かっちゃったから」

「あなたも相変わらず、お優しいことですね……

 ……お2人とも、どうか命だけは落とされませんように」

「ええ」

「だいじょぶ、じょぶ。

 アイシャにその気がなくても、私は気をつけるから」

「桜……」

「アイシャは気にしないで、全力出してー。

 私が勝手に気にするだけー」

 

 挑発なのか何なのかおどける桜に、呆れかえるアイシャとリィーナ。

 

「せめて……

 開始の合図だけでも、私に任せていただけませんか?

 お2人のみの戦いとも言えませんので、けじめとして」

「……頼みましたよ」

「ん、お願い」

 

 いよいよ対峙するアイシャと桜。少し離れた場所でリィーナは緊張した面持ちで立ち、

 

 

 

「それでは……────はじめっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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