どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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第二百七十九章

 

 唸りをあげて、風が吹き(すさ)ぶ──ゴンとの戦いで大きく陥没した地面がそばにあるので、風に煽られて砂埃も派手に舞っていた。

 

 やや距離を空けて立つアイシャと桜。開始の合図の後も、互いに動こうとしない。

 

 目を離さないまま、じりじりと下がっていくリィーナ。そうしてビスケ達のところまで戻る。

 

「まったく……

 どうしてこうなったのかしらね」

「ええ……」

 

 本気で不可解そうに首を傾げるビスケに、気のない相槌を打つリィーナ。

 

「オレはすっげー興味あるけどな。

 マジでどっちが勝つんだろ?」

 

 キルアが楽しげにつぶやくと、ミルキは複雑な顔をしながら、

 

「心情としてはアイシャに勝ってほしいが……

 でもアイシャが勝つと、性転換する可能性が増すからな」

「桜がアイシャに忖度(そんたく)して負けることも有り得るかと思ったが、話を聞く限り桜も本気で勝ちたいようだからな。

 私の見立てでは、体術はアイシャ、念では桜が上と見るが……」

 

 クラピカの言葉に、カストロは「うぅむ……」と唸りながら、

 

「念については若輩者ゆえ素人意見かもしれないが、私もクラピカと同意見だな。

 ……師はどう見ますか?」

「そうですね……

 アイシャさんの勝利を信じたいところですが、軽々しく勝てるなどとは言えません。

 両者ともに体術念法においては信じ難い領域に到達しています。理解が及ばないので、確実なことは……」

「シビアな見方をすれば、アイシャ3、桜7くらいかしらね。

 アイツの目の力なら、アイシャの合気すら見切れるかもしれないわさ。

 あの子がどれだけ消耗してるかにもよるけど」

 

 心情的にはそれほどアイシャ寄りではないビスケが、冷静な意見を口にする。

 

「キルはこうなることを予想してたのか?」

 

 ミルキが楽しげな弟の様子を見て、不思議そうに問う。

 

「アイツがトコトンお人好しなら、オレ達に付くことも有り得るかなとは思ってた。

 ただどっちかっつうと、アイツはアイシャと力比べしたかったんじゃねーかなって」

「そういえば、どっちが強いか聞きに行ってたな。

 アレは煽るつもりで言ったのか?」

「そこまで考えてなかったよ。単に興味本位で聞いた。

 でもまぁ燻ってた感情に火を点けたのかもしれないな。

 リィーナさんも、この展開を期待してたんじゃねーの?」

 

 話を振られたリィーナは、複雑な表情を浮かべ、

 

「……本音を言えば、その通りです。私が途中で勝負を下りれば、あの子は不完全燃焼になるのではないかと。それにあの子は、他人に気を使いすぎますからね……

 もしもアイシャさんと戦うことになるなら、あまり風間流の技を披露したくなかったというのもあります」

「やっぱそうだよね。中途半端に勝負下りた時に『あ、これは狙ってるな』と思ったよ。

 多分オレ達の思惑にアイツも気づいてて、それに付き合ってくれたんだろ」

「私達と戦うことでアイシャさんへの義理を果たし、アイシャさんと戦うことで私達への義理も果たす……

 立場を一貫とさせない奇異な振る舞いにも見えますが、よくよく考えれば周りを慮ったゆえの言動であることが分かります」

「お人好しも行き過ぎると、変人にしか見えない良い例だよ。

 合理性なんてカケラもない。……アレだけ合理的な分析ができるのにな」

「おそらく私達を一方的に負かして屈服させる、という選択もできたでしょうからね。

 パリストンの思惑を外したいなら、ある意味最適解かもしれませんが……」

「このバトルで2人の仲が悪くならなきゃいいけど……

 こればっかりは2人次第だしな」

「もしそんなことになったら申し訳なさすぎますので、私の方から出来うる限りフォローするつもりです。

 せめてもの償いに、今回のゲームクリアだけでも協力したいところですが……」

「向こうが協力を望むなら、オレもやぶさかじゃないけどね。

 少なくともゴンは残るみたいだけど」

 

 

 

 

 

 迎え撃つ姿勢を崩さないアイシャと桜の様子を見ながら、今か今かとワクワクしながら開戦の時を待つゴン。

 

 しかし傍ら(かたわ )のシームは、震えが止まらないでいた。

 

「シーム……ちょっと落ち着きなさい」

「うん……」

 

 メレオロンに肩をポンポン叩かれるが、それでもシームの震えは収まらなかった。

 

「シームは嫌なの? 2人が戦うのは」

 

 ゴンが興味本位で尋ねるが、シームは青褪めた様子で頷く。

 

「知りたくない……どっちが強いかなんて。

 どっちも強い、じゃダメなの?」

 

 その問いかけに、表情を曇らせるゴン。自分と真逆の考えなので、どう応えればいいか分からない。

 

「シームの気持ちも分かるけどね……

 でも、あの2人も今までずっと強さを求めて生きてきたんだろうし。

 どっちが最強か、はっきりさせないと前に進めないのよ。……多分」

「……」

 

 メレオロンの言葉に、シームは恐怖が拭えはしないものの、少し落ち着きを取り戻していた。

 

 

 

 

 

「んー……」

「……」

 

 動きがないことに(じ )れてきたのか、桜が小声で唸る。アイシャは無言のまま。

 

 ともすれば軽はずみにも映る桜の立ち振る舞いだが、基本的に隙がない。実際は無駄に動いて隙があるように見えるだけで、全く油断していないというのが正しい表現か。

 

 アイシャは、不動で相手を待ち構えているように見えるが、いつでも動く気構えでいる。先の先、後の先、相手の動きを制するのが合気の基本理念。この場でもそれは変わらない。

 

 ただ先ほどまで戦い続け、この勝負も自分から仕掛けた桜は意気軒昂(い き けんこう)だったが、対するアイシャは集中を欠いていた。平たく言えば、あまり乗り気ではない。

 アイシャもそんな自分を戒めて集中を高めるよう試みているが、桜の一挙一動へ意識の大部分を割いている為、自身の動きが精彩を欠く予感が拭えないでいた。

 

 とにかく、桜に対する『観』が足りない。ゆえに先読みも上手くいかない。その事実がアイシャから仕掛けるのを躊躇わせていた。

 

 桜はそんなアイシャの心情を見透かすように小首を傾げ、

 

「お互い待ちになっちゃうと、流石に時間がもったいにゃいね」

「……」

「そんじゃま、不利は承知だけどコッチから行くね?

 ──さーいしょーはグー♪」

 

 突然聞き慣れたフレーズを口ずさみ、ぴょんぴょんと跳ねる桜。離れた場所でぎょっとするゴン。

 

「ジャーン、ケーン──」

 

 背筋に走る悪寒とともに(み )えた未来の光景を信じて、遅滞なく合気を繰り出そうとするアイシャ。

 

「グゥーーーッ!!」

 

 ボゥッッッ!!

 

 直進し、まごうことなきグーの剛拳を放った桜は、完璧なタイミングで放たれた合気に絡め取られ、文字通り地平の彼方までブッ飛ばされた。

 

 遅れて、オーラの波動がドンッッ!! と舞い散り、一瞬で交錯した強大な威力を周囲に伝える。

 

「ひゃぁぁぁぁぁぁーーーーーっっっ!?」

 

 叫びながらどっかへ吹っ飛んでいった桜を呆然と見送る一同。アイシャも、荒れ狂った心臓の鼓動を落ち着けるよう呼気を整えながら、同じようにそちらを見据えた。

 

 

 

 一方、桜は──

 

「わぁー、たったったぁーーーっ!?」

 

 調子こいて吹っ飛ばされただけならまだしも、合気で返された勢いを殺せないまま地面スレスレを高速滑空するハメになり、ただジタバタ慌てる桜。飛ばされた角度が悪すぎる。

 

 そうこうしてるうちに、桜の身体はどこかの森へと突っ込んだ。

 

 木々を薙ぎ倒し、岩を砕き、大地を抉りながら、ようやく速度が緩んできたところで。

 

 ボゥッ!!

 

 オーラを逆放出して制動する桜。それでも激突した大木の幹を半分ほど削ったところで、かろうじて桜は止まった。

 

「ふぅー……」

 

 メリ込んだ幹から桜が身体を引っこ抜くと、力尽きた大木がバキバキ後方へ倒れていく。

 

 ドォォォォンッッ! と、葉と枝と土埃が舞う中、桜はブルブル首を振り、

 

「うっへぇぇぇ……

 んもぉぉー。どこまで飛ばされたのぉ?

 さっさと戻らないと……」

 

 億劫そうにしながら、桜は来た道を高速で逆走した。

 

 

 

 ザシュッ! と音を立て、再びアイシャの前に立つ桜。

 

「……信じ難いことですが、どうやら無事のようですね」

「無事? ……そりゃね。オーラは結構削れちゃったけど」

 

 桜は溜め息を吐きながら、衣服に絡んだ葉っぱや小枝を今更払い落とす。

 

「ゴンの技って、ホント向こう見ずだよね。

 思いっきり返されて、めっちゃ焦ったもん」

「流石にあれだけの威力で真正面から突っ込むのは無謀すぎましたね。

 合気の格好の餌食です」

「うん、もうやんない……

 でもまぁやってみた甲斐はあったかな」

「……と言うと?」

「まだアイシャ、緊張感っていうか、危機感が足りないみたいだったからね。

 これで少しは気合いも入ったってモンでしょ?」

「……」

 

 単純明快な【ジャン拳】だが、ゴンの未熟さゆえ対処がしやすい面も否めない。これを達人が放てばどうなるか、身をもって恐ろしさを実感するアイシャ。

 

「仕切り直しを兼ねて、ちょっち場所ズラそ? ほら、これも気になるし」

「……いいでしょう」

 

 桜がゴンとの戦いで陥没した近くの地面を指差し、アイシャもそれに頷く。

 

 周囲を見回してから、数十mほど離れた位置へ高速で歩く桜。間を置かずにアイシャも高速移動して、立ち止まった桜と対峙する。

 

 見逃すまいと、他の者達も一斉にそちらへ駆け寄った。流石に近づきすぎはしないが。

 

 移動を終えた面々と、落ち着いた様子のアイシャを見て、桜は笑みを浮かべた後、

 

「心の準備はできたみたいだし、今度は普通にいくよ」

 

 緩やかに歩み出す桜。アイシャもその場から動くが、初手縮地を選ぶ──肉体は構えたまま、靴底のオーラのみで間合いを詰めるアイシャ。

 

 桜は滑らかな後ろ歩きで僅かに間合いを外す。

 

 アイシャは逡巡する──移動はオーラだけでも可能だが、合気であれ何であれ攻撃するには身体を動かさねばならない。桜はまだ攻撃の気配を見せていない。

 

 いずれにしろ、間合いを狂わされては容易に仕掛けられず、一旦後方へ下がるアイシャ。下がると見るや、歩みを早めて追いすがる桜。

 

 間合いを図る為、縮地で急転換や不規則な軌道を混ぜるなどするが、それでも最終的に向かう先へ桜は迷わず詰めてくる。全くフェイントが通じない。

 

 アイシャは諦め、不利な間合いを承知で移動を緩めて桜を迎え撃つ。

 

 桜はゆらりと手を伸ばす。その一見迂闊に伸ばしてきた手首をアイシャは掴んだ。が、どう力を入れても関節を外せない。

 触れる皮膚は滑らかで、筋肉はしなやかな桜の腕だったが、肝心要な骨だけはビクともしなかった。どれだけ押し込んでも、同等の力で押し返される。

 

 アイシャは関節外しが通じない苦し紛れに投げ放ち、桜を宙に浮かせた。

 

 決して良い体勢ではない状態で落ちてきた桜へ、鋭く手刀を放つアイシャ。

 

 バツッッ!!

 

 それを手刀で迎撃──同じ威力で返して、桜は離れた場所へ着地する。

 

 僅かに手が痺れるアイシャ。宙に浮いたまま、これほどの威力を桜が返してきたことに少なからず動揺する。

 

 その痺れを見抜いたか挑発の為か、桜は軽やかに左右へ揺れながら飛び跳ねる。

 

 桜が仕掛けてこないこと、距離があることを利用し、アイシャは歩き出す──体捌き、更に不自然に重心を偏重させ、柳葉揺らしを仕掛ける。

 

 死角へ回り込むアイシャ。──一瞬でその死角を潰し、肘撃ちを肘撃ちで返す桜。

 

 足を絡めて、柔を仕掛けるアイシャ。むしろ桜はアイシャに身を委ねるように抱きつき、体勢が崩れるのを防ぐ。

 

 ぎゅうっと締めた後、即座に桜は身体を放した。遅れてアイシャはオーラを攻撃手段として放出したが、既に桜は範囲外だ。

 

 結果お互い距離を取り、探り合いに戻る。

 

 決して長くない攻防だったが、アイシャはこの短時間で柳葉揺らしはおろか、縮地すら正面からでは通じないと悟った。

 体捌きや重心の操作程度で読みを外させることはできず、動作の起点を消したところで靴底のオーラの動きすら桜は事前に見破っている。

 

 何よりあの後ろ歩きだ──アイシャが本気で対峙したのはこれが初めてだが、恐ろしいほどに隙がない歩法。アレのせいで、どうしても間合いの取り合いで一手先んじられる。狂わされた間合いで完全なる合気など望むべくもない。

 

 武術とも暗歩とも違う、桜が──いや、ウラヌスが独自に編み出した歩法。無論、同じように真似るだけなら子供でも出来るが、速度は当然として精度の桁が違いすぎる。

 

「知りたい?」

「……」

 

 小首を傾げて尋ねてくる桜。思考を遮られて沈黙するアイシャ。

 

 そもそも容易く破れるようなモノでないことは、アイシャも分かっている。弱体化したウラヌス相手ですら、弱点らしい弱点は見つからなかったのだ。

 力を取り戻したウラヌスとも多少は組手をして、その時もウラヌスはこの歩法を使っていたが、ひたすら崩すのに苦心した記憶しかない。

 

 アイシャは首を横に振る。仮に対策を思いついたとして、こうも時間をかけていては、思考を読み取れる桜に通じるはずもない。

 

 まずは知ることだ──アイシャが一歩踏み出そうとして半歩も前へ出ないうちに、桜が横へ回り込んできた。

 既に腕へ触れられている──押し引き捻りと、一瞬で力を交錯した後に桜が片膝を折る──崩されたように見せかけて、懐へ詰めてくる。

 このままでは地面に倒されると判断したアイシャは、素早く旋回して桜の拘束を強引に振り解く。

 弾かれて体勢が崩れているのに、尚もそのままアイシャへ接敵する桜。アイシャ自身も体勢を整えきれないまま、結局桜に引きずり込まれて地面へ転がる。

 

 もつれながら桜の肩や膝などに触れるが、やはり関節を外せる手応えが返ってこない。強めに打撃を叩き込むが、分厚いゴムに阻まれたかのような感触。ダメージを与えた気がまるでしない。

 

 両者ともに距離を取る方へ跳ね起き、地に立ち直す。

 

 攻めれば攻めるほど突破口のなさに悩まされるアイシャ。体術で幾ばくか先んじている感触はあるが、決定的な差とは言えず、このまま戦い続けても桜を打倒しうるか危ぶんでいた。

 

「ふふーん♪

 これはこれで楽しいけど、どうしても探り合いだと地味な戦いになっちゃうね?」

「……そうですね」

 

 桜の言葉を短く肯定するアイシャ。戦いが地味かどうかなどアイシャの気にするところではないが、ほぼ念ではなく体術主体の攻防しかしていないことは自覚していた。決して有利にならない展開に桜が付き合っているから成立しているに過ぎない。

 

 つまり、桜の実力を引き出せているとは到底言い難い。

 

 もう少し危険な領域まで踏み込まざるを得ないか──とアイシャは緊張の度合いを更に高めていた。

 

 

 

 

 

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