ダメージを与えた手応えはなくとも合気そのものは通じる──そう判断したアイシャは、情報収集の方向を切り替え、打撃戦を積極的に仕掛けていた。
桜もそれに応じ、激しい乱打戦になる。打撃の技量こそネテロには及ばないが『流』において右に出る者はいないアイシャだ。現在の練度でも、ネテロと打撃戦をすれば不利な戦いにはなるだろうが、それでもアイシャが勝つ公算は低くないだろう。オーラと肉体の削り合いでは、如何に強化系のネテロといえど分が悪すぎるからだ。
そのアイシャと撃ち合う桜は、打撃戦の技量においても超一流の達人と遜色なかった。少なくとも先ほどの合気よりは得意なのだろう、楽しそうに
足を止めての戦いゆえ、歩法はそこまで影響しない。だが、重心制御や僅かな立ち回りですら桜はアイシャの上をいく。そして目による威力の見定め──まともに一撃を喰らうことがない。どう打ち込んでもほぼ防いでみせる。
このまま乱打戦を続けても有利にならないことはアイシャも気づいている為、桜が読み切れない隙を見抜く──崩すことに腐心する。
お互いに無駄なオーラは発さず、有効な箇所のみ纏うことで無闇な損耗を避けていた。可動加速、攻防で触れる際に適宜オーラを纏い、打撃に終始する。そのせいか意図せずにまるで超高速の流々舞のような、無駄のない乱打戦という矛盾を体現する2人。
情報収集が主目的ゆえ、アイシャは『廻』も『硬』も使わず、『凝』止まりの『流』を行使している。大ダメージを与えられる隙を見出せば変化も
応酬する威力がエスカレートしていく中、両者が互いに体当たりしてバチンと弾かれ、すぐさま迫って偶然正面から手を組み合う──手四つの力比べに移行する。節約をやめた二者のオーラが激しく衝突。禍々しく黒づいた思念、麗しい桜色の思念が斬り結ぶ。
体格の差があるので、上から押し込むようにしながらアイシャは、
「素晴らしい……
心の底から賞賛しますよ、桜。
あなたの溢れんばかりの才能に、嫉妬する感情が抑え切れません」
「ふふ……
これだけ渡り合ってるアイシャがそれ言っちゃう?
努力で到達できるレベルじゃないよ、アイシャの技量は」
「体術のみならまだ理解もできますが……
あなたは違うでしょう? 念も、知識も……」
「何をしてきたか、だけだよ。そんなのは……
アイシャがその気にさえなれば、他のことだって……」
「実際に様々な努力をしてきたあなたには敵いませんよ……
才能だけじゃない。努力したくてしてきたわけでもない。
ずっと苦しんできた末……あなたはこれほどまでに至ったのでしょう」
想像込みでアイシャは語るが、それを証明するように一筋涙を流す桜。
明確に隙を見せた桜へ、アイシャは手四つをやめ、無防備な腹部へ──
──浸透掌──
ドンッ! という手応え。致命的な箇所ではないので、手加減抜きのフルパワーで叩き込む。桜なら体内オーラの操作で防ぐ、または単純に体内の膨大なオーラ量だけで威力を減殺する可能性を見越してのものだったが──
そのまま桜は衝撃で吹っ飛ばされ、仰向けに倒れ伏す。
「……」
倒れたまま、動かない桜。
「……桜?」
ピクン、と桜の身体が動き、軽く揺れ始める。
「ふっふっふ……
にゃるほどねぇ……
これって致命的なところに打ち込めば、相手を即死させられるよねぇ……」
むくりと上半身を起こし、ストンと立ち上がる桜。
「……わざと喰らいましたね」
「うん。アイシャご自慢の奥義がどれぐらいの威力か知りたかったし。
これならまぁ……どうってことないかな」
微笑みながら、お腹をポンポン♪ とわざとらしく叩き鳴らす桜。
「相手の防御を貫くからこその必殺。
……相手が防御に成功する限り、威力そのものは劇的じゃないから、大したダメージにならない。欠陥、とまでは言わないけど、頼りにするには物足りないね」
無表情で沈黙するアイシャ。少し思考を巡らせた後、
「本当に、あなたのソレは厄介ですね。
どう打ち破ればいいのか、見当も付きません」
「純粋に武術の戦いじゃないのが引っかかるけどね。
でもまぁ、それはアイシャもおあいこだし?」
「別に卑怯だなどとは言うつもりはありません。
おあいこという指摘も聞き入れておきます」
近しい性質を持つ防御能力【ボス属性】と【魔王の契約】だが、明確に違う点がある。やはりオンオフの効く効かないは大きな差異だろう。
知らぬ間でも特殊効果を防いでくれる【ボス属性】のアドバンテージは無視できないが、任意で僅かな傷
自身がどれだけ力を籠めて攻撃したとしても、攻撃の反動や相手の反撃で傷つくことがない──その気になれば『硬』のみでの戦闘も可能だろう。乱雑に戦っても、無傷のまま一方的に相手を破壊できる。
至高の水準とすら言えたメルエムの装甲をも正面から突破する桜の攻撃力に加え、桜は達人レベルで避けも防ぎもするのだ──オーラの流れや相手の思考をも読んで。
それこそキメラアントの王を優に凌駕する堅牢さ。オーラが尽きぬ限り、まるで動きを鈍らせない継戦能力。それらを支える莫大なオーラ量。
間違いなく──これまでで最大の強敵、と認識するアイシャ。
そんなアイシャの認識とは裏腹に、桜は表情を曇らせながら、
「正直に言うと、悔しい」
「……どうしてですか?」
「ずっと観察してたし、何とかできそうな気がしてたんだけど……
アイシャに合気を使われると、どうしても完璧に返せない。
……うっすらと見えなくもないんだけど、その理想を再現できない」
「どう答えるべきか、悩ましいですが……
体術の技巧において、あなたほど私を追い詰めた相手は存在しませんよ。
私が誇りとする領域で、あなたはかつてないほど私を
「まだ、アイシャは本気じゃない」
桜の一言に、それこそ反応に一頻り困った後、
「あなたも、私の生命に関わるような攻撃は避けていますね。
私に返せる余裕のある時だけ強力な──」
「それが理由?」
遮って詰問する桜。アイシャは内心を見透かされていることを承知で、
「……そうです」
「どう聞いたって言い訳だよね。
お互い五分の条件じゃないのは分かった上で勝負してるのに。
私は治療できるけど、アイシャは違うじゃん。私が特別頑丈な秘密だって知ってる。
アイシャが本気で私を攻撃できない理由なんて、どこにもない。
……そんなに、私の力が信用できない?」
アイシャは、静かに首を横に振る。
「もし信用していなければ……
浸透掌を打ち込んだりなんてしませんよ」
「私からすれば、むしろようやくって感じかな。
その気になったなら、もう準備運動は終わりにしてね」
「……」
桜からすれば、まだ実力の全てを披露するような戦いではないということだろう。このレベルの戦闘でも不満を募らせていたようだ。
ここまでの交戦で、桜が行使する【魔王の契約】の堅牢さは十二分に確認できた。──浸透掌を始め、関節すら外させない防御性能であれば、風間流における破壊技や殺人技をどれだけ喰らったところで致命傷には到らないだろう。
桜がそれを望むなら、存分に味わわせよう──
昂ぶる感情を
────やっと見つけた────
「へっ?」
どこかから聞こえた声に、桜が呆けた声を出す。
当然その刹那の隙を逃さず、瞬時に詰めたアイシャは桜のワンピースを掴み締め、沈み込んでいく。
マズイという顔を桜もするが、抵抗を赦さず鳩尾を蹴り上げ、巴投げのようにもろとも自分と桜の身体を宙へ浮かせるアイシャ。そのまま風間流裏奥義『山砕き』を──
「────ッッ!?」
決めようとした瞬間、空中でアイシャの肉体が丸まり、ひとりでに高速回転し始めた。それに弾かれ、桜は離れた場所に着地する。
「なッッ!?」
何が起きたか分からず、かろうじて声をあげるアイシャだったが、おそらく桜に合気で返されたのだろうと当たりをつける。が、そう思ったところで身動きは取れない。
外側から力が加わっていないにも関わらず、宙に浮いたまま高速回転し続けるアイシャ。『木葉舞』を取り付く島もないほど極めて凶悪にした技、という表現が幾分近いか。
無論アイシャも脱出を試みるが、弱まるどころか内側へどんどん力を強めていく自転に囚われ、いかなる肉体の挙動もオーラの放出も、全て回転力に転化されてしまい、止める手立てがない。このままではヘタすれば圧壊しかねず、少なくとも揺さぶられ続ける脳が深刻な損傷を受ける。耐えるだけでもみるみるうちに消耗していく。
まさに絶技を放った桜の姿をアイシャがかろうじて見ると、なぜか桜は驚愕した表情で立ち
ハッとした顔で、アイシャへと手を差し伸べる桜。
触れられた桜の掌圧を利して、必死でアイシャはオーラに指向性を持たせて大量放射、ドンッッ!! と弾かれる音とともに窮地を脱した。
大きく空へと舞い上がり、ザゥッと着地するアイシャ。片膝を突き、狂った平衡感覚に頭を押さえて耐える。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
激しく息を吐きながら、先ほどの状況を分析するアイシャ。
おそらく『山砕き』の過程、宙で上下に互いの態勢を入れ替える瞬間を狙われた。回転するその力を逆手に取られ、未知の合気で返されたのだろう。
完全なる
なぜかその窮地を救った桜は、おろおろとアイシャの方を見たり、斜め上を見たりと、すっかり挙動不審に陥っていた。
「その……大丈夫?」
「はぁっ……はぁっ……」
よく分からないが心配してくる桜に応えず、回復に努めるアイシャ。この機に攻めればいいのに、桜は動こうとしない。
アイシャは状態が落ち着いてきた頃合いで、
「途轍もない技でした……
どうして追撃しないんですか? なぜ技を途中で……」
「えっと……違うの!
アイシャが言いたいことは分かるんだけど、さっきのは私がやったんじゃないの……」
「……?」
本気で狼狽している様子の桜に、アイシャは首を傾げる。
「いったい何を……?」
「身体が勝手に動いたっていうか……
知らないうちにあんな感じで返しちゃったっていうか……
アレじゃやりすぎだもん……。だから止めたんだけど」
立ち上がるアイシャ。まだ酩酊感が残っているので、頭を横に振って払い、
「どうやって放ったか分からないんですか?」
「うん……ぜんぜんわかんない……」
しょんぼりした様子で答える桜。
それに対するアイシャの認識は、もったいないの一言に尽きた。もしかすれば完全なる理合に到るかもしれない絶技が、まさか偶然の産物でしかなかったとは……
「ごめん……」
「……いえ、謝る必要はありません。
偶然、新たな技を開発する糸口を見つけることも珍しくありませんから。
もし再現することができたら……教えてもらってもいいですか?」
「うん……わかった」
桜が返事した後、そういえばと疑問を持つアイシャ。
「先ほど……
いえ、先ほどから何かを気にしているようですが、どうしたんですか?」
「えぇと……
私にもよく分かんなくて……
どっかから声が聞こえた気がするんだけど……」
「?」
思い当たることもなく、首を傾げるアイシャ。桜が注意を向けるような音がこの場所に届いていたなら、アイシャも当然それに気づいたはずだが、別に何も聞いた覚えはない。
「アイシャは……聞いてないよね……」
「……。
ええ、何も」
「じゃあ空耳だったのかな……?
あー。いい、いい。アイシャは気にしないで」
「……」
研ぎ澄まされた感覚を持つ桜が、何かを聞き違えることなど有り得るだろうか……? 流石にアイシャも疑念を持ったが、もしも幻聴の類であれば答えなど分かりようもない。いったんそのことは据え置き、戦闘に意識を戻すアイシャ。
対する桜は、先ほどから何者かにじっと見られている感覚を拭えないでいた。
──だれ……? ウラヌス……?──
試しに心の中で問いかけてみるが、当然の如く返事はない。ウラヌスの声だったような気がしたのだ。つまるところ自分の声なので意味が分からないが、少なくとも声の印象はそうだった。
だとしても『やっと見つけた』とは如何なる意味か。ウラヌスだとすれば、尚更意味が分からない。無論、他の誰かだとしても意味不明だ。
桜はグルグルと混乱する思考を巡らせた後、
──誰だか知らないけど……もう邪魔しないで──
そう念じた。桜の体感では、アイシャの『山砕き』を返すあの瞬間、身体の自由が一切効かなくなった。勝手に身体が動き、気づけばあんな技を放っていた。
ゆえに、あの技の理屈が全く分からない。どうすれば、あんなことになるのか……
ヘタをすれば、アイシャを死に至らしめていたかもしれない。ゆえに、もうあんな技を放つのはゴメンだった。
──助けたつもりが邪魔したみたいだな……悪かった──
また聴こえた。今度こそ、これは幻聴ではないと桜は確信する。
アイシャの方を見るが、特に何かを聞き取ったような反応はしていない。明らかに自分だけに届く声。
──だから……だれ……?──
改めて心の中で問う桜。これで通じるか、そもそも話が通じるか確証はなかったが。
──俺が何者か説明しても、おそらく君は理解できないよ──
返事があった。桜は目を見開く。思わず勢いこんで、
──いったいどこから──
──来るぞッ!──
指摘される前に気づいていたがもう間に合わない──天地を返され、顎に一撃を受けた桜の頭が硬度を増した地面に突き刺さる。
合気──自らの領分を脅かされたと認識したアイシャが、メルエムにも放った即死級の一撃を桜へ見舞ったのだ。謎のお喋りに気を取られた桜の隙を突くなど造作もなかった。
更に念弾で追撃するアイシャ。桜は土中に埋まったまま、腰からオーラの尾を生やして、飛来した念弾を薙ぎ払う。
全身を旋回させ、状態を脱する桜。その勢いでバラ撒かれた土砂に遮られ、追撃はせず距離を空けるアイシャ。
「ぶっは……
あー、めっちゃ油断した……」
──集中しろ──
──うっさいなぁ、もう!──
心でやりとりをしながら、態勢が整いきらないうちに再度詰めてきたアイシャの相手をする桜。数合撃ち合った後、
「やっぱ無理ッ!」
叫びながら横倒しに地面へ叩きつけられる桜。衝突時に大地を叩き砕いて、威力を減殺しつつアイシャの追撃を妨害する。
砂塵が舞う中、離れた場所で風間流の構えを取っているアイシャ。
その鋭い視線に
──凄い……合気の精度が信じられないくらい上がってる……──
精神をリュウショウの域に戻しつつあるアイシャは、桜に対する先読みの精度を大きく高めていた。ようやく『観』が実りつつあるのだ。
──優れた技巧だな……こんな戦い方ではヘタをすれば勝てないぞ──
──分かってるよ、ただでさえ邪魔されてるのに──
どこの誰かも分からない相手に腹を立てながら、桜は戦術を切り替える必要性を静かに認めた。このままでは遠くない未来に追い詰められるのは目に見えている。
「ふぅー……」
と息を吐く桜。空気が変わったのを察して眉を動かすアイシャ。
「ようやくアイシャが本気を出してくれたことだし……
そろそろ私も本気でいくよ」
「……」
その言葉で、ここまでの『観』が半ば意味を失うことを悟るアイシャ。桜の本領は体術ではない。数多に有する能力を駆使した戦術の多彩さだ。これより先はガラリと戦い方を変えるだろう。
「参考までに、お互いのオーラ量について教えたいんだけど、いい?」
「……あまり聞きたくはありませんね」
桜がしてきた確認を、やんわりと拒否するアイシャ。互いの残存オーラ量は重要な戦闘情報だ。真剣勝負の最中に塩を送られては気分が良くない。
その心理を読み取ったのか、桜は軽く手を振り、
「ああ、今のオーラ量ってわけじゃなくて。
初期値、戦い始める前の最大潜在オーラ量についてだよ。
それならこの勝負の有利不利に大して影響しないし、今後の修行の指針にもなるだろうから、聞いておいて損はないでしょ?」
「……。
好きにしなさい」
素っ気なく返すアイシャ。それでもいま聞きたくないことに変わりはなかったが、この提案を断ると後で聞いても教えてくれなさそうな雰囲気だ。アイシャも、桜のオーラ量に全く興味がないと言えばウソになる。修行の指針という意味で、だ。
「オーラが、生命エネルギーと精神エネルギーを合わせたものっていうのは前にも言った通り。
アイシャの場合、生命エネルギーの方が多いって教えたことあるけど、それは今も同じ。というか、生命エネルギーだけなら私よりアイシャの方が上だね」
「……」
「アイシャの生命エネルギーはオーラ換算で144万、精神エネルギーは53万。
つまりアイシャの最大潜在オーラ量は197万」
「……前はいくつと言っていましたか?」
「グリードアイランドへ来る前は、確か187万だっけ?
なんでか知らないけど結構増えてるよね」
結構増えてるどころではない。この短期間で信じ難い上昇量だ。このまま伸びていけば人類の限界をどれだけ更新するのか。
「……あなたは確か、生命エネルギーと精神エネルギーが同じ、でしたか?」
「ウラヌスはそうだね。
生命エネルギー、精神エネルギーともに27万5000で、最大潜在オーラ量は55万」
「桜は違う……ということですね」
細い体躯で、背丈も低い少女は、静かに微笑み、
「うん。私の生命エネルギーは130万。そして精神エネルギーは──1170万」
流石にアイシャは表情を強張らせる。
「つまり────私の最大潜在オーラ量は1300万だよ」