どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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 時を遡り、九年前。とある島国にて。

 これまでの外伝と同じく、基本『彼』視点のお話です。







月隠れの里編 1991/9/24 ~ ??/??
前日譚一章


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────最早(も はや)、誕生の見込みはないか……────

 

 ────やはり(は )ての災い(わざわ )(ぎょ)することなど、人の身に(あま)るのであろうな……────

 

 ────儂はずっと反対しておった……実に(おぞ)ましい……────

 

 ────長きに(わた)る実験は失敗か……無念だが(や )むを得まい……────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────このような幼子(おさなご)に、なぜこれほどの……────

 

 ────所詮は失敗作……いずれ暴走するのは目に見えておる……────

 

 ────気は進まぬが……この強大な力、封じざるを得まい……────

 

 ────災いの訪れを先送りにするだけだと思うがな……(いま)わしいことよ……────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 涼しげな風が吹き抜け、ところどころ(あか)く染まり始めた葉が舞い散る森の中。

 

「にゃーん」

 

「……んー……。んぅ、にゃ?」

 

 やけに近くから聴こえた鳴き声、そしてお腹の上にある不思議な温感に、夢心地だった子供は目を覚ます。

 

 太く丈夫な枝の上で横たわるように居眠りしていた子供は、自分の腹の上で丸くなっている山猫の姿に目を見開いた。いくら子供の体重とはいえ、枝の上で寝ていたら折れるか落っこちてしまいそうなものだが、枝をオーラで強化して吸着もさせているのでそうそう落ちることはなかった。

 

「どしたん?」

 

 猫の背を撫でてあげると、子供の腹の上がよほど居心地いいのか尻尾を振って反応するものの、そこから動こうとしない。

 

「んー……」

 

 なぜこんなことになってるのか確かめようと周辺の様子を探るより早く、大きな気配が近づいてきた。

 

 一頭の大熊──子供が昼寝していた樹木へ、ジリジリと近づいてきている。

 

 それで状況を察する子供。どうやらこの山猫は、熊に追われて樹の枝に避難したようだ。そこに先客がいて、乗ってみたら思いの(ほか)クッションが上等だったので臨時の寝床にしたのだろう。

 

 唸り声をあげながら近づく大熊。居所がバレて、子供の腹の上で「フシャー!」と毛を逆立(さかだ )てる山猫。

 

「ちょっとちょっと……」

 

 猫を撫でて(なだ)めながら、思索を巡らせる子供。この状況で山猫を追い払うのは、流石に忍びない。さりとて、この状況を傍観すれば確実に大熊が襲ってくる。

 

 正直、気は進まない。進まないが、間近に迫った大熊が立ち上がって樹を揺らし始め、進退窮(しんたいきわ)まってしまった。

 

 興奮する大熊の様子を見る限り、山猫だけを獲物と見なしていないのは明らかだ。

 

「はぁー……。

 

 知ってる? 人間を傷つけた巨獣は処分されるって。……バカな森の熊さん」

 

 ひょいと山猫を両手で抱え上げ、枝から飛び降りる子供。

 

 そのままポスッと熊の両肩に乗っかる。何が起こったのか、まるで理解できない大熊。猫を抱えて熊に肩車する態勢になった子供は、

 

「おやすみっ!」

 

 細い両脚で熊の頭部を挟み込んで、身体を高速回転。途轍もない膂力に(りょりょく )振り回されて、大熊の巨体が宙に舞い、真っ逆さまになった挙句──

 

 ごガッ!!

 

 地面から突き出ていた(とが)った岩の先端と、大熊の脳天が勢いよく衝突。頭蓋(ず がい)が砕けて、首の骨も折れた大熊の巨体がズズン……と倒れ伏し、痙攣(けいれん)する。

 

 熊が倒れるそばへ器用に着地した子供は、抱えていた山猫を放す。当然「にゃー!」と鳴いて逃げていった。

 

 変形フランケンシュタイナーという荒業(あらわざ)を決めて一難を脱した子供は、また別の気配が森の木々の向こうから近づいてくるのを察し、溜め息を吐く。

 

「おーいっ、大丈夫──……か?」

 

 無傷で立つ子供と、倒れる大熊の姿を認め、駆けつけた男性は呆然とする。

 

「だいじょーぶだけどー。

 こいつなんじゃないの? 村の周りで出没してたヤツって」

「……それは……死んでる、のか?」

「多分ね。

 ……苦しめたくないから、思いっきりやったけど」

 

 軽装ながら戦いに適した和装の男性が、もう痙攣していない大熊の近くまで寄り、棒を腰から抜いて巨体を軽くつつく。

 

「……。

 こっちから騒音がしたんで駆けつけたんだが、こいつはオマエがやったのか?」

「だからそう言ったじゃん。何度も聞かないでよ」

「襲われたのか」

「そりゃね。木の枝で寝てたら襲ってきた」

「そんなところで寝るな……危ないだろうが」

「だぁって、家で昼寝してたらお姉ちゃんが起こすんだもん……

 外で寝るしかないじゃん」

「里の近くに熊が出没するのを知った上でか?

 怪我をした者もいるというのに、まったく……」

「退治できたんだし、よかったじゃん。

 ……別に殺したくて殺したんじゃないよ」

「そうか……ご苦労だったな。

 しかし、こいつはどう報告したものか……」

「おっちゃんの手柄にしなよ。

 自分がやったとかいう話が広まったら、面倒なことになっちゃう」

「それは……

 いや、だがな……」

 

 男性は大熊の状態を見て、困惑の表情。大熊の死因を検分すれば、その異常性はすぐに分かってしまうだろう。バレる嘘など吐きたいわけがない。

 

「たまたまこうなったとか、うまくごまかしといて。

 放っといて他の獣を呼び寄せてもアレだから、ジビエにしてくれると嬉しいな。

 そーんじゃ、あとよろしくぅー」

 

 返事も待たず、ぴょんぴょんと森の奥へ飛び跳ねていく子供。男性はそれを呆れた顔で見送った後、

 

「じびえ……?

 それにしても、こいつは……

 まいったなぁ……どう報告すりゃいいんだよ」

 

 

 

 

 

 ────これは彼が『ウラヌス』と名乗る以前、島国ジャポンの近畿圏(きんき けん)にある山中の村、月隠れの里に住んでいた8歳の頃のこと────

 

 

 

 

 

 山中で(な )っていた柿を(かじ)りながら、夕方頃に村へ帰ってきた。

 

 男女共用の和装──子供サイズの小袖(こ そで)を着て、ふわふわと歩いていたところ、

 

「そこの童。(わらべ )こっちゃこい」

 

 怪訝そうに首を(かし)げてそちらを見ると、そこそこの大きさの家屋の前に、露店のような構えの木机を置いて、大層な着物を纏った壮年の女性がいる。

 

「なに? 自分に言ってる?

 今から帰るところなんだけど、なんか用?」

「オマエさん、加藤のところの童じゃろう。

 確か桜と言ったか……。ええから、こっちゃこんか」

 

 胡散臭(う さんくさ)そうにしている表情を隠しもせず、桜はその女性の前へ行く。

 

「お主には、(つね)ならぬ奇妙な(そう)が見えておる。

 気になるゆえ、八卦(はっけ )を見てやろう」

「うん、まぁ、占いの店構(みせがま)え出してるし、そうだろうなとは思ったけど……

 お金取るの?」

「お主のような童を捕まえて、(ぜに)なぞ取るか。

 ロハで占ってしんぜよう……

 こんなことはそうそうせんゆえ、有難く思えよ?」

「みんな、この村の占いはあんまり当たらないって言ってたけど……」

「こりゃ!」

 

 叱りつけた後、占い師は占術道具をガチャガチャさせて、もっともらしく「うーむ」と唸る。

 

「手を見せてみい」

「はーい」

 

 食べかけの柿を急いで食べきった後、占い師の前に両掌を差し出す桜。

 

「ふーむ……。

 ずいぶん可愛らしい手じゃのう」

「それ、おねーちゃんにもしょっちゅう言われるんだけど……」

然様(さ よう)か」

 

 占い師は桜の手をマジマジと観察した後、

 

「手はもうええぞ。今度は顔をよう見せい」

「んー……なに見てるの?」

「手相、人相じゃ。

 ワシは八卦と組み合わせて、総合的に占いをしとる」

「本格的だねー」

「当たり前じゃ、それが生業(なりわい)だからの」

 

 そのワリには良い噂を聞かないんだよなと桜は思うが、叱られたくないので言わないでおく。

 

「うーむ……なるほどのぅ……

 お主、今日のうちに大きな仕事をしよったな?」

「……山の中で遊んでたんだけど?」

「いやいや、ワシの目は誤魔化せん。

 ……おそらくは手を汚したな」

「これのこと?」

「誰が、見れば分かる柿のことなぞ言うとるか。

 しかし、よく(う )れとるの」

「食べる? まだ何個かあるけど」

「いや。ロハと言った手前、受け取れんしの……

 そんなことより、山の中で獣を狩ったじゃろう?」

「……まぁ……」

「お主と関係あるかは知らんが、近ごろ大きな熊が出没しておったらしくてな。

 村外れの果樹や畑が荒らされたり、獣に怪我をさせられたという噂もあった。

 その犯人と(おぼ)しき大熊が、今日死んだ状態で発見されたらしい」

「ふーん……」

「お主の仕業か?」

「知らないよ。占いで分かんないの?」

「占いで犯人捜しをする気はない。

 じゃがお主の顔に、(かす)かな凶相が浮かんでおるでな」

「ああ、そう……」

 

 

 

 ──その後もあれやこれやと心当たりのあることに対して説教じみた忠告をされ続け、はいはいと適当に流しつつ気分を害して自宅へ帰る桜。もうすっかり空は暗くなっている。

 

「もう少し大人しくしろって、始めっから言えばいいのに……」

 

 ぶつぶつ言いながら、桜は木造一軒家の戸を潜る。周囲は簡素な建物が多い中、豪邸に近い規模の家屋である。

 

「ただいま……」

 

 どうせ返事はないのでボソッと言ってから、玄関から床に上がる桜。

 

 靴下でペタペタ歩いているが、そもそも外では靴を履いていなかった。本来なら山中を遊び回れば、靴下は汚れるどころかボロボロになっていそうなものだが、桜は衣服を薄くオーラでガードしている。そのおかげで汚れ一つ付いていない。

 

 上り階段を使い、二階の子供部屋へ向かう桜。お腹は空いていたが、まだ玄関に父親の履物がなく、催促したところですぐ用意されないのは分かり切っていた。

 なので、バソコンで電脳ページをめくって時間を潰そうと考えていたのだが──

 

「桜」

「……なに、ユリ姉?」

 

 子供部屋に入って早々、椅子へ座った先客に声をかけられる桜。

 

 ユリ姉と呼ばれた黒髪ポニーテイルの和装少女は、不機嫌な顔を隠しもせず、

 

「あんた、熊退治したでしょ」

「……何の話?」

「今日も山に行ってたよね?」

「そうだけど……」

「じゃあアンタしかいないじゃない」

「ムチャクチャ言ってる……

 ここは(しの)びの里なんだから、熊退治できる人なんていくらでもいるじゃん」

「大熊の死体の様子がおかしいって、ちょっと騒ぎになってた。

 ろくに争った(あと)もなければ、刃物傷もないし……

 念やオーラで攻撃した形跡すらないってコソコソ話してた。

 そんなの、アンタ以外の誰ができるの?」

「……」

 

 これといった言い訳が思いつかず、さりとて認める気にもなれず、桜は黙り込む。

 

「……あっそう。じゃあ、お母さんに言いつけてやる。

 おかーさぁーん!」

「あーっ!? ちょっと!」

 

 桜が止める間もなく、声を上げながら百合(ゆ り )は一階へ走っていく。

 

 

 

 

 

 姉と母の二人がかりで詰められ、結局白状した桜はケチョンケチョンに怒られた。

 

 何で大人しくしてられないんだとひたすら言われた桜は、だったら電脳ページをもっとめくらせろと要求する。

 この里からPCで繋ぐ電脳ページは使えば使うほど通信料金が(かさ)むので、年中休みなく使われてはたまらないという台所事情もあるが、子供がネットに(い )(びた)るのは不健全だと考えている面もある。(ゆえ)に桜がPCばかりしているのを見る(たび)に叱っている。

 

 ──『加藤桜』という人物は、戸籍上では存在しない。国際人民データ機構への登録を免れる為、流星街に捨てたということにして、村ぐるみで桜の存在は隠蔽(いんぺい)されている。

 

 村には学校もあるが、戸籍がない桜を(一応は)公的な施設に通わせるわけにもいかないので、桜は暇なのである。

 

 そしてこの時期の桜は、力も知識も時間も持て余している。何もせず大人しくしろ、は酷な要求だろう。

 家族としては桜を学校に通わせられない以上、学習の為に電脳ページの使用を渋々許可している事情もある。そして桜は暇なので、学習だけでなく余計なことをして使いすぎる。どうしたところで利害が一致しないのだった。

 

 

 

 

 

 あーだこーだと口論も済まないうちに、父親が帰ってきた。

 

 それでも口論を続けようとする三人に、疲れてるんだから静かにしてくれと告げた後、村の者に熊肉のジビエの塊を押し付けられたと話す父親。

 

 当然の如く、その熊肉の出所(でどころ)を父親へ話す百合。怪訝そうな顔で桜を見る父親。

 

「はぁー……

 熊を仕留めたことはとやかく言わないが、最後まで責任を持て」

 

 そう言って父親は、持ち帰った熊肉を桜に押し付けた。

 

「ええぇー……」

「やーい、やーい。ばっかさーくらー♪」

「むぅー! ……ユリ姉」

「な、なに?」

「1人じゃ大変だから手伝って」

「え、何を?」

「料理。これの」

「え?」

「お母さん、台所使うから。

 お父さんもこう言ってるんだからいいよね?」

「……いいけど、汚したら後で掃除しなさい」

「ん。ユリ姉、今から料理するよ」

「えぇーっ!?」

「えーじゃない。手伝って」

「……百合、手伝ってやれ」

「ぅえー。熊のお肉なんて料理したくないー」

「サバイバル技術を身に付けるの嫌がるなんて、忍になろうとしてる人間の言うことじゃありませーん」

「まぁそうだな」

「そうね」

「ぅえー……」

 

 ヒヒヒと笑いながら、まんまと巻き込んだ手伝いを引っ張って、熊肉の調理を始める桜。

 

 

 

 ──なおジビエ料理は桜の知識でかなり良い仕上がりとなり、家族4人の夕餉(ゆうげ )を賞賛で彩っ(いろど )た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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