どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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前日譚二章

 

「さーくらー」

「なぁにー?」

 

 湯船に浸かりながら声をかけてくる百合に、髪を洗いながら聞き返す桜。

 

「お料理、手伝ってあげたんだからさー。今度はアンタが手伝ってほしいんだけどー」

「やぁだ」

「ちょっと!

 まだ何を手伝ってほしいかも言ってないのに!」

「どーせ稽古(けいこ )に付き合えって言うんでしょ? それならやだ。

 ちょっと手伝ってくれたぐらいじゃワリに合わないもん。ほとんど自分で料理したし」

「もー。けちー。けちさくらー」

「ふーんだ」

 

 普段なら桜との稽古なんて頼まれても嫌がる百合だったが、今は事情が違った。

 

 百合は現在11歳、来年には小学校卒業を(ひか)えている。

 忍の里だからと言って、必ずしも住民全てが忍になるわけではないが、両親と同じ忍を進路希望している百合は、下忍資格取得を目指していた。

 

 下忍試験というものが分かりやすくあるわけではなく、複数の条件を全て満たすことで下忍資格を得られる。基本的に忍の大半は、現役時代を下忍のままで終える。逆に言えば、下忍になること自体はそこまで難しくない。

 小学校卒業も下忍になる条件の1つなので、最速でも小学校卒業までは下忍になれない。まぁ今は、という話で以前はその限りではないが。諜報活動をする為に一般教養も必要となるから小卒を条件としているだけで、今でも教養があると認められればパスできる。

 

 ともあれ将来有望な忍ならば、小学校卒業と同時に下忍となるのが常道と()言える。

 

 両親ともに里で腕利(うでき )きの忍であり、期待とは名ばかりのプレッシャーをかけられている百合にとって、下忍になるのが遅れるのは色んな意味でよろしくないといった事情がある。

 

 もうじき下忍資格の1つである実技試験がある。これは同世代の下忍候補同士で、実戦さながらの試合を行うといった内容だ。これを何としても初回で突破したい百合にとって、桜は都合のよい相手だった。

 

「お願いだから手伝ってよー。

 ……友達はピリピリしてるから、相手してくれないし」

 

 百合の言う友達は必然同世代で、直接試験で戦うことはなくとも実質ライバルである。お互い手の内を見せたくないのは当然だろう。

 体格の違いすぎる父親母親も適正な相手とは言えず、加減を心得ていてアレコレ注文をつけやすい桜は格好の稽古相手だった。……色々生意気(なまい き )な口を叩かれることを除けば。

 

「や、だ。……熊のこと告げ口したから、相手してあげなーい」

「あーもぉー」

 

 それを言われては、百合も諦めるしかない。

 

 桜としても平時なら稽古相手くらいしても構わなかった。が、百合が忍になること自体、消極的に反対な桜にしてみれば、試験合格の手伝いなんて全然する気になれなかった。

 

 

 

 両親から自力で何とかすることも試練と突き放され、誰からも協力を得られない百合は自習することしか出来ず、困り果てているうちに下忍資格実技試験の日を迎えた。

 

 基本的には小学校の授業の一環(いっかん)ではあるのだが、忍の里としても次代を担う忍達、その最初の晴れ舞台となるので、村の広場で大々的に公開試合を行うことになっていた。

 無論殺し合いなど有り得ず、対戦相手を大怪我させるような攻撃は禁じられている。

 

 ドキドキしながら自分の番を待つ百合。念を使えるなら充分な戦闘力を発揮する自信はあったが、広く認知されていない念の使用など当然禁止。オーラによる強化なし、得物はアリだが純粋な体術のみの試合形式では、流石に百合も自信がなかった。

 

 得物はアリといっても、刃を潰すなど過度の負傷をさせない前提での使用許可であり、徒手空拳より手加減しにくくなることを考えれば有利とも言い難い。

 

 現に実技試験の最初の試合から長引いており、対峙(たいじ )している少年2人も消耗した体力を考慮して、短い鉄棒、木刀といった軽い得物をそれぞれ手にし、肩で息をしている。

 

 試合をしている2人とも下忍資格が(か )かっている為、本気で戦っている。痛みと疲労で涙を流し、未熟ながらもその懸命さは観戦する周囲に伝わっていた。

 

 その様子を、半眼で見下ろしながら「はぁー……」と嘆息する姿が一つ。

 

「ひっどいモンだよね……

 だから嫌いなんだよ、こういうの」

 

 離れた大木の上から飛び降り、非常識な跳躍力で対戦する2人のそばに着地する桜。

 

『なっ……!?』

 

 突如試合場に現れた桜の姿に、驚きの声が方々(ほうぼう)から上がる。

 

 一目見れば分かる髪の色、村中に知らぬ者はいない桜の乱入に、見物人達はざわざわと騒ぎだす。試験官の忍は警戒を強めたが、実力差を理解しているからか緊張していた。

 

「……なんだ! なにしに来た!」

 

 気炎を吐いて、戦っていた少年の1人が桜に問いかける。

 

 桜は「ふふーん」と笑みを浮かべ、

 

「もちろん、邪魔しに」

「な……」

 

 反応も終わらぬ(ま )に、桜は2人のそばを俊敏に(しゅんびん )すり抜け、

 

「これなーんだ?」

 

 少し離れた位置で、クルクルッと鉄棒と木刀を両手で回して玩ぶ( もてあそ )

 

『あっ!?』

 

 少年2人が得物を奪われたことにようやく気付く。

 

 ガッ!

 

 木刀を勢いよく鉄棒で叩き、木刀がへし折れた。鉄棒も叩いた箇所がグニャリと曲がり、使い物にならなくなった。

 

 唖然とする少年2人に向かって、桜は壊した得物を放り捨ててちょいちょいと指で招き、

 

「おいでよ、2人とも。

 忍になりたいなら、子供1人くらい何とかできるでしょ?」

 

 少年2人も子供であるが、11~12歳である。見るからに小柄な桜は8歳なので、対して子供と称しても違和感はないだろう。

 

「こいつっ!」

 

 話しかけていなかったもう1人の少年が、怒って桜へ飛びかかる。

 

 緩やかに歩んだ桜とすれ違い、その少年が地面に倒れる。

 

「い……(いて)ぇ……」

 

 立ち上がれないようだ。その一連の流れを見ていた少年が恐れるように一歩下がり、

 

「ダメだめ」

 

 そばへ瞬時に歩み寄った桜が、少年の軸足を軽い蹴りで刈り取って、倒れた少年の胸を掌底で追撃する。

 

「げはっ」

「あっさり体勢を崩されるほど足元から意識を逸らさない。またどうぞ」

 

 試合中だった少年2人が倒され、ようやく試験官の忍4人が桜を取り囲む。

 

 4人の忍は、囲まれても余裕の表情を崩さない不気味な桜へ内心慄き(おのの )ながら、

 

「何のつもりだ、貴様!」

「このような真似、覚悟はできているんだろうな……」

「かくご? なんの?

 自分より弱い忍量産試験の邪魔しただけで、なんかカクゴとかいる?」

 

 流石に見過ごせる発言ではなく、うち2人が挟むように桜へ迫る。

 

 繰り出された蹴り足を桜は器用に踏み、斜めに薙ぎ払われる手刀の腕を掴んで、そこを支点に身体をグルンと上下反転。

 手刀を放った忍の背を蹴りつけ、もう1人の方へ突き飛ばす。

 衝突して絡まった2人へ、脇と首筋へそれぞれ一撃を見舞い、ノックダウンさせる。

 

 桜は少し立ち位置を変えながら、攻める機を逸している残り2人の忍に目をやり、

 

「来ないの?

 子供に戦わせておいて、忍がいざって時に動けないのは恥ずかしくない?」

 

 勝てないと承知しつつも残り2人も飛びかかり、あっさり桜に打ち負ける。

 

 少年2人と試験官4人が倒され、見物人達が更に騒ぎ出す。

 

 その騒ぎを打ち消すように、パァン! と桜は手を打ち鳴らし、

 

「さあさあ、このままじゃ下忍の実技試験は台無しになっちゃうよ!

 ぼさっとしてたら、何もしないまま忍になる資格がなくなっちゃう!

 将来の忍が子供1人取り押さえられないとか、恥ずかしいんじゃないっ!?」

 

 明らかに試験を受ける予定だった子供達に桜は呼びかけ、あちこちで敵意が膨れあがる。

 

「実技試験を受けたいなら、早く何とかしないと!」

 

 パンパンと手を叩いて煽る桜に、

 

「てめぇーっ!」

 

 少年1人が叫びながら試合場に突入、雪崩(なだれ)(しき)に試験予定だった子供達が桜へ突っ込んでいく。

 

 桜は楽しそうに笑いながら、忍候補生を1人1人捻じ伏せて回る。

 

 数十人の子供達が次々倒され、辺りから無責任な歓声や罵声に混じって悲鳴も上がる。おそらく子供の活躍を見に来た身内もいるのだろう。混乱が更に広がる中、

 

「──まったく、ひどい騒ぎじゃのぅ……」

「オ……オボロ様!」

 

 観衆の中に身なりの整った初老の女性が現れ、誰かがそれに驚きの声を上げる。

 

「申し訳ありません、こ、これは……!」

 

 試験官ではないが責任者であろう男性が慌てて取り繕おうとする言葉を、初老の女性は手で遮り、

 

「離れて見ておったから分かっとる……

 あのじゃじゃ馬がやらかしたんじゃろう」

「すみません、すぐ人手を集めて取り押さえます!」

「このままでええ。放っとけ」

「はっ!? そ……それはいったい……!?」

「フン。ええからやらせておけと言っておるんじゃ。

 責任なら後で取らせればよい。

 試験に事故は付き物、どう対処するか忍としての資質を見るのに都合がよいじゃろ?」

「……。承知、いたしました」

 

 

 

 ──それにしても凄まじい手練(て だ )れよ……あの乱戦の中、急所を全て外しておる……──

 

 オボロと呼ばれた女性は、桜の手並みを感嘆とともに見定めていた。

 

 彼女の見立て通り、桜は対峙した相手の急所を一切攻めていなかった。現に、倒された子供が時間を置いて復活し、再び桜に挑んでいる。

 

 ──急所とは、攻撃されれば生命の危機に至る、もしくは重大な後遺症に繋がる箇所を指す。それが近代の格闘術の発展によって、行動不能になるほど大きなダメージを受ける箇所も指すようになった。

 

 桜はそういった広義の意味の急所も突いていないので、倒された者が再挑戦することも可能だった。明らかに意図して戦闘力を完全には奪わないようにしている。

 加えて、挑む者達は念や忍術はおろか、得物すら誰も手にしていない。

 桜が得物を破壊してみせた時点で、徒手空拳での勝負を誘っているのが分かり切ってるからだろう。得物を使えば戦いの最中に辺りへ散らばって、倒された者が思わぬ大怪我をしかねない。それを避ける為、桜は格闘戦へ誘導している。

 

 ──惜しい逸材よ……あれだけの才覚を持ちながら忍にできぬとは──

 

 桜の存在が隠蔽されている以上、隠密を常とする生業だとしても桜を忍にするわけにはいかない。活動すれば、少なからず露見する可能性が高まってしまうからだ。

 

 急所を外せるということは、裏を返せば仕留めようと思えばいくらでも仕留められるということ。暗殺も任務に含む忍にとって、これほど重要な技術はない。格闘戦において、急所狙いに固執すれば別の問題も生じるが、それは高度な戦闘が発生すればの話だ。

 

 もし忍となれば、この月隠れの里にどれだけの(えき)をもたらしたか。それを思うと女性は惜しむ気持ちを偽れなかった。

 

 

 

 ──やがて大勢の者が桜に倒されて試合場の外へ運びだされ、観衆や試験予定だったが桜に怖気(おじけ )づいて挑まなかった数人の子供を残して、周囲に誰もいなくなった。

 

 桜はすぅっと息を吸い込み、

 

「もう終わりっ!? 忍になる為の実技試験、やらなくて問題ないのっ!?」

「桜……」

 

 拳を握りしめ、まだ参戦していなかった百合が試合場へ踏み入った。

 

 近づいてくる姉の姿をじっと見つめる桜。

 

「今度はユリ姉の番?」

「あんた、どうしてこんなことを……」

 

 それに答えず、ただ肩をすくめる桜。──百合も、桜の魂胆(こんたん)は薄々察していたが。

 

「こんなことした以上、容赦しないからね?」

 

 そう告げて、やや震えながらも構える百合に対し、桜は笑みを浮かべながら、

 

「もちろん。忍になりたいなら本気出してもらわないと。

 ま、どーせいつもみたいに勝てっこないけどねぇ?」

「言ったな!」

 

 震えの消えた百合が、桜に挑みかかる。日常の稽古では全く勝てないとはいえ、百合にとっても慣れた相手、そう簡単にやられはしない。なんなら試験官の下忍達より、よほど太刀打ちできている。

 

 激しく打ち込む百合、緩やかに流す桜。時折り返す桜の一撃を百合は何とか受け止め、戦い続ける。

 

 しかし一撃、また一撃と百合が食らい始める。かろうじてダメージを軽減しているが、体力と集中力の低下も相まって、動きが鈍っていくのは避けられない。

 

 腹と背へ同時に打撃を受け、流せない衝撃に耐えかねて膝をつく百合。

 

「ぐぅ……」

「ずいぶん粘ったじゃん。今までで一番よかったよ?」

「くそっ……あんた……」

 

 倒れる百合。助け起こしたい気持ちを我慢して、周囲を見渡す桜。

 

 まだ戦っていない子供達に目を向け、ここに至っても動こうとしないのを見届けた後、

 

「じゃ、ここまでかな……

 おーしまいっと!」

 

 勝手に終了宣言し、それこそ忍のように素早く跳躍を繰り返して、試合場から桜は離脱する。

 

 あっという間にいなくなった桜を、唖然として見送る観衆達。オボロは「フン」と鼻を鳴らして、責任者を見やる。

 

「後日、改めて実技試験を行え。無論、今日の動きも評価に加えてな……

 じゃが何日か小分(こ わ )けにして、大々的な見世物とするのはやめておけ。

 また邪魔をされては(かな)わんからの」

「は、はい!

 ……あの、それで、ヤツの処分はいかように……?」

「ワシが後で戒告しておく。

 ……ええから、怪我人の治療手配を優先せい」

「承知いたしました!」

 

 正式な忍ではない桜に対し、組織的な上下関係にない女性が戒告というのも妙な物言いだが、厳しく当たらねば示しが付かないという認識から、そういう言葉を選んでいた。

 

 初老の女性は試合場に背を向け、歩み去りながら、

 

「さて、加藤の家はこれから困るじゃろうな……

 どう落とし前を付けさせたものか」

 

 悩ましげな響きを込めて、そうつぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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