どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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前日譚三章

 

「こんなところにいた……」

「ん。ユリ姉、昨日ぶりー」

 

 村の外だが、近くに生えている大樹の枝で座っていた桜。ひょいと飛び降り、軽々着地。

 

「よく見っけたね?」

「探したわよ、もー……

 アンタ、あの後どんだけ大変だったか!」

 

 下忍資格実技試験を台無しにした桜は村から姿を消し、当然非難の目は加藤の家の者に向けられた。玄関先に押しかけ、互い違いに苦情を言いに来る者が後を絶たなかった。

 主に非難したのは、実技試験を受ける予定だった子供の家族だ。まぁそれはそれだろう、ヘタをすれば経歴に傷がつく大問題だ。

 

 しかし里の多くの者達は、桜の所業を好ましく思わないものの、実のところその行動の意図に一定の理解は示していた。

 

 桜は、古くからの忍の慣習を徹底的に嫌っていた。生業(なりわい)にしろ、里・村の掟にしろだ。本人がハッキリ公言しているし、今回のように行動でも示している。

 

 忍の試験を見世物にすることも良くは思っておらず、それを桜が妨害して台無しにした暴挙についても気持ちは分からなくなかった。それに限らず、理解に苦しむ忍の慣習には、少なからず里の者も悩まされているからだ。

 

 ただ、桜が度々起こす事件に迷惑している者達が多いのも事実であり、村八分(むらはちぶ )を恐れる里の住民は、桜の境遇に同情はしてもヘタに肩入れできないのが実情だった。

 

「お父さんもお母さんも怒ってたよ!」

「そりゃそうでしょ……

 だから自分も帰ってないわけで」

 

 親に怒られるのがイヤで、桜は昨日の騒動から家に帰っていなかった。そうでなくても、呑気に村の中をうろうろしていたら、それこそ石を投げられるだろう。

 

「で、どうすんのよ!」

「どうするって言われても……

 そうやって怒ってるうちは帰れないじゃん」

「もー!」

「……結局、実技試験ってどうなったの?

 みんな失格?」

「……。やり直しだって。

 何回かに分けるって言ってた。もう邪魔しちゃダメよ?」

「キリがないから、しないよ。

 結局ユリ姉って、不合格だった?」

「……ううん。いちおう形式上はまた実技試験をやるけど、内々では合格って聞いてる。

 あの戦いは充分評価に値す(あたい )るって。アンタの狙い通りでしょ?」

「なら、よかったじゃん」

「私もそう思ったけど……

 お父さんはマズイかもって言ってた」

「……」

 

 あの桜と百合の戦いを見れば、忍と呼ぶに相応しい格闘技術を有することは誰の目にも明らかだっただろう。

 ただし、桜が百合相手に真剣だったか手を抜いていたか見極められるかは別で、百合の印象を良くする為にあんな騒ぎを起こしたのだと邪推する者もいた。

 

 ──元霧隠れの忍であり、上忍として活躍する加藤の家を妬む者は少なくなかった。

 

「アンタが私にソンタクしたんじゃないかって……

 意味はよく分かんないけど、そんなふうに疑われるって」

忖度(そんたく)ねぇ……

 事実がどうあれ、そういう悪い噂を流したい連中がいるんでしょ。

 ユリ姉も前から時々嫌がらせされるって言ってたじゃん」

「半分はアンタのせいなんだけど……」

「それはゴメン」

「……。謝るなら私にじゃなくて、お父さんお母さんと村の人達にしてよ……」

「それはヤダ」

「んー、もぉー!」

 

 百合は呆れるやら頭に来るやら、感情のやり場がなくジタバタしてみせた後、

 

「……で、さっきも聞いたけど、どうすんのよ……?」

「さっきも言ったじゃん。怒ってるうちは帰れないって」

「だーかーら!

 アンタが悪いことしたんだから怒られるのは当たり前だし、だったら謝らないと!」

「……悪いことをしたとは思ってるけど、謝ったぐらいじゃ許してもらえないよ。

 ほとぼりが冷めるまで帰らない方がいいと思う」

 

 その桜の言葉に、ユリは眉をひそめ、

 

「なに? じゃあアンタ、家出でもするの?」

「家出……まぁそうかもしんないけど。

 村が落ち着いた頃に帰るから、暇つぶしに何か採ってこようかなって。

 だからお父さんお母さんに、何か採ってきてほしいモノはないか聞いてきて」

「えぇー……

 でもそれって、何日も帰らないってことでしょ?

 寝る場所とかどうすんの?」

「昨日も帰ってないじゃん。そりゃ適当に森で寝るよ。

 お金もないから、町には行けないし」

「アンタは町に行っちゃダメって……」

「それは分かってるし、行かないってば。

 いいから聞いてきて。採取以外の用事でもいいから」

「もぉー……

 分かったけど、戻ってくるまでどっか行っちゃダメよ?」

「うん」

 

 

 

 一度村へ帰った百合が、一時間ほどして戻ってきた。なんとも不満げな顔で。

 

「遅かったじゃん。なんか言われた?」

「……。しばらくアンタの顔は見たくないって。

 一週間分の食料渡すから、このメモにあるものを出来るだけ集めてこい、だって」

「あ、オッケーなんだ?

 わざわざ食料まで持たせてくれるなんて思わなかった」

「でも、このメモに書いてあるの……」

 

 差し出されたメモを桜は手に取り、細々(こまごま)と書き込まれた品目(ひんもく)に目を通す。

 

「うん、うん。

 うーん……なるほどね。この辺じゃ滅多に採れない物もあるかな。

 多分、村の近くでウロウロしてほしくないんだろうね。

 書いてあるうちの半分くらいは、結構遠くまで探しに行かないと見つからないかも」

「簡単に見つからない物を頼んで、アンタを困らせようとしてるんだと思うけど……

 それで謝らせたいんじゃないかな」

「無理難題ってやつだね。まぁ逆に、ちゃんと集められたら許すってことでしょ?

 分かりやすくていいじゃん」

「あっそ……

 じゃ、これ食料」

「あ、お米か。

 確かに森や山じゃ米なんて採れないし、これは助かるかも」

 

 すっかり乗り気な桜に、百合は困り顔でおずおずと、

 

「その……私も、一緒に行こうか?

 それなら町も利用できるし……」

 

 姉の提案に、桜は「え?」と驚いた後、

 

「なに言ってんのさ。ユリ姉は学校があるじゃん。

 せっかく下忍になれそうなのに、学校サボったらフイになっちゃうからダメだよ」

「……。

 桜……アンタ、私が忍になるのは嫌なんでしょ?

 それなのに、なんで……」

 

 そう問われて、桜は苦笑してみせた後、

 

「自分は嫌だよ。もう誰も忍になんかなってほしくない。

 でもユリ姉は、忍になれなかったら困るでしょ? 立場がなくなっちゃうから。

 ……今はしょうがないよ」

「そう……

 分かった。ムチャせずに、ちゃんと帰ってきなさいよ」

「うん。じゃあ行ってくる」

 

 別れを惜しむ気持ちを断ち切るように、食料とメモを懐に( ふところ )入れた桜は森の奥へと俊敏な動きで消え去った。

 

 桜色の残滓(ざんし )を見送った百合は、

 

「ホント……ちゃんと帰ってきなさいよ……」

 

 落ち込んだ様子で、トボトボと村へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 ──この頃のジャポンは、忍という昔ながらの古風(こ ふう)な存在が生き残ってはいたが、侍は消え、当然とっくに開国している。外国と大きな戦争を経験しない、地政学的なリスクが小さい島国だった。

 その為、高度経済成長もなく、世界的な近代化の波に飲まれつつも、その変化は緩やかだった。それが忍の存在を長らえさせた一因でもある。

 山奥の村ですら電脳ページを利用できるくらいの通信網を敷設(ふ せつ)可能で、町へ行けば他の国家と大きく変わらない程度に発展している場所も多い。

 

 常日頃から電脳ページをめくっている桜は現代的な知識にも触れており、開発の進んだ都市へ行きたいという欲求は当然あったが、戸籍を持たない自身がもし町へ行ってヘタを打ったら一大事になることも理解していた。そういった知識を主に得ているのがアニメやゲームというのが何ともだが。

 

 親から収集を依頼された品目は、近畿の山林だけでは見つけられないものが多かった。それを分かっていた桜は、東北地方へ向かうつもりでいた。

 しかし如何にジャポンの国土面積の多くが山林であっても、近畿から東北までは完全に繋がっていない。開発が進んだ現代では尚更だ。

 つまり、人が多く住む地域を通らなければ、東北地方へ行くことは叶わない。

 

 そこで桜が採った方法は──

 

 

 

 村から離れた桜は、周囲の山の中で比較的高い山頂付近、海抜1000m程度の高度へ来ていた。

 

 既に夜は更け、辺りには濃い霧が出ており、これから試すことに望ましいロケーションだった。

 

 

 

(うす)(みず)(ま )裾野(すその )──」

 

 

 

 光る指先を躍らせ、神字を宙に描く桜。

 

 

 

「────【霧幻山麓/ミスティヒルズ】────」

 

 

 

 桜の周囲から霧が生まれ、ただでさえ濃い霧が更に濃霧となる。

 

 この能力は、元は霧隠れに伝わる【水遁霧幻陣(すいとんむ げんじん)】という忍術──念能力の調整版だった。単に自身の周囲に霧を生み出す能力だが、通常なら霧の範囲を絞り込んで、霧分身の術に繋げるなどする。

 桜はその念能力の規模を増強し、ひたすら膨大な量の霧を生み出していた。広範囲へと霧は散り渦巻き、桜の姿を完全に覆い隠す。

 

 

 

暗雲(あんうん)(か )蹄─(ひづめ )─」

 

 

 

 霧の能力を維持したまま、桜は追加の神字を描く。

 

 

 

「──【滑空軍騎/スレイプニル】──」

 

 

 

 空中へ一歩踏み出す桜。小さな足音が鳴り、透明な階段を登るように桜は斜め上へ駆け上がっていく。

 

 凄まじい勢いで上空へと駆けていき、その間も濃霧は桜の姿を覆い隠す。

 

 充分な高度に達したと判断した桜は、水平に高速で歩み出す。──東北へと向かって。

 

 

 

 

 

 ──桜が村を旅立ってから数週間後。

 

 

 

 

 

 山中でハンター──厳密にはマタギと呼ばれる猟師が、向かい来る熊に銃を構えている。

 

 バンッ!

 

 撃つ一瞬前に熊がつまずいたか、ガクっと身を沈めた。そのせいで銃弾は頭に当たるが、出血こそしているものの致命傷に至らない。頭蓋で(はじ)かれている。

 

 頭を振って暴れた後、猟師へ再度駆け出す熊。舌打ちして、刃物を抜く猟師。

 

 再び身を沈める熊。森の土を削りながら前方へ滑り、動かなくなる。

 

「……?」

 

 明らかに不自然な挙動に、警戒を続ける猟師。十数秒ほど様子を窺うが、熊が動き出す気配はない。

 

「おっちゃーん! だいじょーぶー?」

 

 やや遠くから聞き覚えのある声が響き、長く息を吐く猟師。

 

「ああー! だいじょうぶだー!

 チビのしわざかー?」

 

 返事はしないまま、森の木々の向こうから桜が姿を現す。

 

 猟師は多少警戒はしつつも熊に近づき、状態を吟味する。──熊は死んでいた。首から血が噴き出している。脊髄(せきずい)が破壊されていた。撃ち抜いたであろう得物は見当たらないが。

 

「怪我してない?」

 

 そばに来た桜に尋ねられ、首を横に振る猟師。

 

「怪我はねぇ。……またチビさ助けられちまったな」

 

 桜は小さく微笑み、

 

「無事でよかった。……結構、町に近いところだね」

「ああ……この辺まで来たのは狩っとがねぇといけなくてな。

 今年はブナの実が不作で、エサ求めて活動範囲が広がってるみてぇだ」

「そうみたいだね」

「さて、こいつ処理しねぇとな……」

「小屋まで運ぶ? 1人じゃキツイでしょ」

「こんな町さ近い場所でやんのは、ちぃとな。

 んだども、さすがにチビにゃあ──」

 

 桜は自分の数倍以上もある熊の遺体を軽々と持ち上げ、

 

「あっちにある小屋だよね? 運んどくからすぐ来てね」

 

 軽快な動きで、熊を抱えたまま森の奥へと消える桜。

 

「……。

 ホンマあのチビ、不思議なヤツだの」

 

 

 

 東北の山林を訪れた桜は、監視の目がないのをいいことに、存分に自由を謳歌(おうか )していた。

 

 川を泳いだり、燻製(くんせい)や薬を作ったり、山小屋を訪ねたり──1週間分の米を渡されたのだから、1週間で帰ってこいという意味合いであることは桜も気づいていたが、そういう約束をしたわけでもない。無理難題を押し付けられたのだから、見返りに長旅を楽しんでいた。

 

 そんな中、数は少ないが山林を歩く旅マタギと、桜は顔見知りになっていた。出会いのキッカケはお察しである。

 桜の採取品には一般的に価値があるモノも含まれる。町へ行けない桜にとって、外界と繋がりが薄いマタギは非常に有難い取引相手だった。

 

 マタギにしても、命の恩人であることを差し引いても協力した方が有意義な相手なので、熊をあっさり仕留める浮世離れした桜の素性を過度に詮索せず、桜の妖精か何かだろうと思うことにしていた。昔なら天狗と名乗られても信じただろう。

 

 

 

 カンカン! と調理器具を鳴らし、

 

「できたよー」

 

 小屋の外から掛けられた声に応じて、処理疲れで休んでいた猟師が戸を開けて出てくる。

 

「あー……ええニオイだ。疲れた体に染み渡るな」

 

 心地よさそうに(ひげ)をさすりながらつぶやく猟師に対し、桜は微笑を浮かべて鍋の中身を食器に(つ )ぎ、パイプ椅子へ座った猟師に手渡す。

 

「はい。熱いから気を付けてねー」

「どうもな。

 ……もう見ただけでごちそうって分かるな。ええ腕だ」

「自分には熊の処理なんてできないから、これくらいはね」

「いやいや、仮にチビが処理できたとしてもやらせらんねぇよ。

 ワシもさせたくねぇし、ヘタしたら虐待になっちまう。

 ま、冷める前に食うか。いただきます」

「いただきまーす♪」

 

 そう話しながら、二人とも熊鍋を食べ始める。

 

「んーっ♪」

 

 我ながら満足な出来栄えに舌鼓を打つ桜。湯気の立つ肉を猟師は口にし、

 

「呆れるぐれぇ(うま)いな……

 熊肉の(くさ)みも香草できっちり消えてる。ジビエ料理の店でも(ひら)けるんでねっか?」

「そう?」

 

 褒められて、上機嫌な様子を隠しきれない桜。シャクシャクと山菜を頬張る。

 

「山菜の下ごしらえも、ちゃんと出来てるしな。エライもんだ。

 正直、肉より(うめ)ぇ」

「おっちゃんの処理だって完璧じゃん。

 お肉も美味しいよ」

「ワシは昔っから慣れとるし、当然だ。

 ……初めてではねぇんだろ?」

「熊肉料理? まぁそうだけど。

 山菜も本格的にあく抜きすると大変だから、簡単にできるのを選んでるし」

 

 猟師は汁をずずっと(すす)り、旨そうに息を吐いてから、

 

「塩加減も抜群にええが、具材選びが完璧なんだよな。

 ……町に住む連中なら食材はなんぼでもあろうが、明らかに普段から食材が足りてねぇことに慣れたモンが創意工夫して作ったような鍋だ」

「んー……」

「町には住んでねぇんだろ?」

「まぁね」

 

 しばらく会話が途絶え、鍋の具がみるみる減っていく。

 

「そういえば、そっちは?」

「こっちはゴハン炊いてる。

 残り汁を捨てるのもアレだし」

雑炊(ぞうすい)か……至れり尽くせりだな。

 チビ、ええ嫁さんになれるぞ」

「嫁さんねぇ……」

 

 

 

「あー……美味しかった♪」

「ごちそうさま」

 

 桜は後片付けを始め、その様子をぼんやり眺める猟師。

 

「そろそろ家に帰んのか?」

「ん? なんでそう思うの?」

「町に行かねぇのに、コメ持ってたからな。

 山で調達できねぇ虎の子の食料を使ったんなら、もう帰るつもりかと思うてな」

「……。

 おっちゃんは?」

「ワシか?

 熊を売りに行くから山を下りるが、ちぃと戻ってくるのは億劫(おっくう)だな。

 ……仲間が居れば続けられるんだが」

「マタギの仲間は居ないの?」

「もう、とっくにみんな辞めちまったよ。

 町の連中は狩った熊を埋めるだけだし、組む気になれねぇ。

 ……銃を使う以上、信用できねぇヤツとは組めん」

「あー。まぁフレンドリーファイア怖いもんねぇ……」

「はぁー……

 さっきもヘマしたし、ぼちぼち引退した方がえぇんだろうけどな。

 手助けがなけりゃ、多分怪我じゃ済まなかった」

 

 嘆息する猟師に、返す言葉が見つからない桜。

 

「チビも無茶してねぇで、(はよ)う家に帰った方がええぞ」

「うん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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