元々そのつもりではあったのだが、旅のマタギの忠告もあり、帰路に
依頼された採取品で保存処理が可能な物は既に持ち運んでいたが、村へ帰るまで日持ちしない物は場所だけ記憶しておいて、帰路の途中で収集して回っていた。
強行軍で集め終えた桜は、霧で身を隠し、空中歩行でまっすぐ村へ戻ろうとする。
しかし──
「んー?」
明らかに自身が生み出した以上の霧に包まれて、視界を奪われる。それだけなら方角を変えない限り迷わないはずだが、空中を移動していたはずなのに、足に地面の感触。
「……」
能力解除。立ち止まり、周囲へ
少しずつ霧が薄らぎ、景色が現れる。空は薄暗く、周囲は
「幽霊……? もしかして、
「勘のいい子は嫌いじゃないよ」
突然背後に気配が生まれ、飛び
着地した時の砂利石の感触に動揺する桜。場所が変わっている。水の匂い。分厚い雲の切れ間から夕日か朝日が差し込んでいる。どちらの時間でもなかったはずなので、特定はできないが。
「
「外? ここはどこ?」
尋ねたいことは山ほどあったが、まず桜は場所の疑問解消を試みた。
桜のことを面白げに見つめる女性。まずジャポンでは見かけない赤髪に青基調の衣服。長大な鎌の柄を肩にかけ、戦闘に備えている。
「さっき、お前さんが言ってたじゃないか。
お望み通り、賽の河原へ連れてきたよ」
「空間能力者……?」
桜が真っ先に可能性として疑ったのは、ここが通常の世界ではなく念空間ではないかということだ。
「うーん。
多分お前さんの認識通りではないが、
「どうしてこんなところへ連れてきたの?」
「なんか誤解してるみたいだけど、あたいは賽の河原へ連れてきただけだよ。
この川へ来たのはお前さん自身だ」
「やっぱり
別に来たくて来たわけじゃないんだけど」
「三途の川より賽の河原って単語が先に出てくるところが何ともね……
来たくて来る人間は珍しいだろうけど、外から
小さく腕組みして、話の内容を吟味する桜。
「うーん……
ということは、この川の向こうへ渡ればあの世へご招待?」
「あたいが連れていけばね。
観光地じゃないんだから、間違っても興味本位で泳いで渡ろうとするんじゃないよ?」
「渡るわけないじゃん、あの世になんて興味ないし」
「じゃあ、さっさと戻りなさいな……
こんなところをうろつかれたら困っちまうよ。
あたいは
「それは聞き捨てなりませんね」
「わぁっ!?」
「また増えた……」
船頭とやらの背後から、奇抜な帽子を被った女性が現れる。
女性というより少女と呼ぶ方が相応しいその人物は、眉根をひそめながら手にした
「あなたにお説教してあげたいところですが、今は忙しいのでそれは後にして──」
「後にしないでください……」
「では先にしましょうか?
「そもそもしないでください……」
「ダメです、お説教します」
「どうしてこうなったの……」
すっかりヘコんでメソメソする船頭を眺めながら、桜は困った顔で頬をかき、
「えぇっと……」
「おっと、失礼。
それにしても実体のまま外から迷い込むとは、相当に
こういったことは今までありましたか?」
「ううん、初めて。
ていうか、三途の川へ物理的に来れるようになってることの方がおかしいと思うけど」
「なかなか触れてほしくないところを突いてきますね。
本来生者が訪れる地ではない、とだけ答えておきましょう」
少女は桜へ笏を向け、
「あなたはまだ来るべき時を迎えていません。
……そもそもあなたは、ここへ来るべき存在ではないかもしれませんが」
「どういう意味?」
「……魂には
私もハッキリとした答えは持ち合わせていませんが。
ともかく、私がここへ足を運んだのはあなたが二度と迷い込まないようにする為です」
「うん、まぁ……
迷い込んだのは
ここの入口って、そこら
「そうですね。一つではないですが、決して多くはありません。
様々な偶然が重なって
笏で少女は口元を隠しながら、
「ではすぐにお戻りなさい。
反対の方角、この川から離れる方へまっすぐ歩いていけば、外に出られます。
ああ、あの奇妙な力を使っておくことをお忘れなく。
おそらく空へ放り出されますので」
「うわぁ。……うん、分かった。
これ以上話したくなさそうだし、気が変わらないうちに帰る」
「そうしなさい。
……さて、そこのサボリ魔は黙ってどこへ行くつもりですか?」
「ええっ!?
そ、その、この子を送っていこうかなーと……」
「それにしては行き先が違いますし、あなたの仕事は別にあるでしょう。
大体ですね──」
「うひゃー!」
何やら揉めだす二人を
逃げようとする船頭の服の
「もし争いになったら、どうなっていたことか……
二度とここを訪れないよう願いたいものです」
晴天の日差しが
小柄な身体に見合わない大荷物、何より1ヵ月ぶりに現れた姿に、村民が動揺する。
村の者がこそこそ話す様子を知らぬフリで通り抜け、自宅へと帰り着いた。
「ただいまー」
流石に久しぶりなので、気持ち大きめに声を出して木造一軒家の戸を潜る桜。
懐かしい家の空気を吸いながら、玄関から床に上がる。すると台所からガチャガチャと音がして、バタバタ足音が。
「桜っ!?」
驚いた顔の母親が現れる。
「ただいま」
「アンタ今まで、いったいどこに行ってたのっ!?
探しても全然見つからなかったのに……」
「頼まれた物を探してたら遅くなった。
結構ムチャな物、いっぱい書いてあったけど?」
「まぁ……そうね」
「ちゃんと探してきたよ。……遅くなったのはゴメン」
「……いつまでに帰って来なさい、とは伝えなかったけど。
いくらなんでも、もう少し早く帰って来なさい」
「だからゴメンってば。
もちろん町には行ってないよ」
「そう……
お腹空いてる?」
「どっちかっていうと、喉が渇いてる。
安全な水がなかなか手に入らなかったから」
「どうやって確保してたの?」
「近くに誰でも利用できて無人な山中の水道があったら借りる、なかったら雨水を貯めて
どうしても川の水とか湧き水は怖いし、薬品検査とか出来ないなら濾過煮沸して使うにしても最終手段」
「……アンタはもう、忍として立派にやっていけそうね」
「ならないよ、忍になんか」
桜はぷくっと頬をふくらませ、母親は怒る気も失せた。
食卓に着いて
そうこうしているうちに父親が帰ってきた。連絡を受けたのか、仕事を切り上げて家に帰ってきたらしい。
当然の如く説教が始まりかけたので、母親にしたのと同じ言い訳をして、持って帰ったリュックの中身を改めてもらう桜。
メモの品目と持ち帰った物品を1つずつ確認、加えて依頼にはないが有用そうな薬草や食材、鉱石などを両親相手に桜は解説する。
説明を終えて窺うような顔の桜に、父親は感嘆の息を洩らし、
「完璧だな……依頼品は一通り充分な量が揃っている。
保存状態にも問題は見られない」
「ホント苦労したよー。
この辺じゃ採れない茸とか花とかさー。熊の
「そういった物を頼んだ手前、依頼を果たしたお前に対して帰るのが遅いとは叱れないな……」
「まぁそれで叱られても困るけど、そもそもアッチの問題は……」
「あちらに関しても、これなら許してもらえるだろう」
「ん? 許してもらえるって?」
「私達だけが許しても仕方ないだろう。
試験妨害した件は、これらの品を村の皆で分ければ謝罪したものとして受け入れられる──おそらくな」
「あ、そういうこと。お詫びの品ってことね。
自分は頼まれた物を集めてきただけだし、どういうふうに扱ってもらってもいいけどさ。
ただ……」
「毒物や劇物が含まれていることが気になるか?」
「そりゃ……ねぇ」
「忍とはそういうものだからな。
元々村には貯えがあるし、頻繁に使う物でもない。
不足が生じれば、収集の為に人を出すだけだ」
「在庫が増えたところで大して変わりないってことだね。
足りなきゃ誰かが採ってくるから、結局使う使わないの判断には影響しない、と。
いちおう納得しとく」
「今日中に長老達へ話を通して分配の手筈を整えてくる。
お前はひとまず今日だけは家で大人しくしていろ。それで解決するだろう。
……ご苦労だったな」
「はーい。
外泊が長かったから、今日は家でのんびり寝まーす」
警戒しながら寝ないといけなかった野宿と違い、自宅の布団でグースカピーとばかりにイビキをかいて安眠熟睡する桜。
「……ういにゅ?」
なんだか妙な暖かさと感触に、寝ぼけまなこを開く桜。
誰かが思いっきり抱きついている。逃がさないとばかりに。
「え? なに? どうしてこうなったの?」
「桜……」
見ると、桜を抱きしめていたのは百合だった。布団の中でもごもご動きつつ、
「えっと、あの、ユリ姉?
なにしてんのさ?」
「いったいどこ行ってたのよ……ずっと探してたのに」
「ずっとって……学校は?」
「学校はちゃんと行ってたわよ……
時間が空いた時だけ、山へ探しに行ってた」
「あー……うん……
遠くへ行ってた。一番遠いところだと東北まで」
「東北って……
なんでそんなトコまで行ってるのよ……」
「だって、そこまで行かないと頼まれた物全部は見つからなかったし」
「そうじゃなくて、そんな無理することないじゃない……」
「無理難題で、ヘコますのが目的って話だよね。
でも当の親は、依頼品全部集めてみせたらメッチャ喜んでたけど」
「ちがう、そうじゃなくて……」
「……ユリ姉は、謝った方がよかったの?」
「桜が頼んだら、一緒に謝って回ってあげたわよ……」
「……その……分からなくはないけど、うん」
ぎゅうっと抱きしめる百合。
「ちょっちょっちょ、ワリとキツイってば……」
「我慢しなさい。心配させた罰だから。帰ってこないんじゃないかって……」
「うへぇ。
そんなわけないじゃん……ちゃんと帰ってきたし」
「アンタのことだから、またフラッとどこかへ行っちゃいそう」
「その理屈なら、またフラッと帰ってくるよ」
「んーもー! いい加減にしなさいっ!」
「いだだだだっいだいイダイいだいっ!
はなはなはなッ! やめ引っぱイタイ!」
「ふん!」
「イターッ!?
あーももももも……後ろから鼻つまむとかバカなことヤメてよ……」
スンスンと百合は鼻を動かし、
「……外にずっといたワリに、臭くないわね。
お風呂入ったの? それにしては髪の毛が全然濡れてないけど」
「
お風呂は入ってないけど……外でも水浴びくらいしてたもん」
「ふーん……
そうみたいね。髪の毛まで手入れが行き届いてないし」
「そりゃー、外で洗剤は手に入りにくいし、自然の中で使うわけにも……
髪の毛は気にしてたけど、そこまでは無理だよ」
「じゃあ一緒にお風呂入りましょう。
お手入れしてあげる」
「あ、うん。あ、うん……」
「ちょちょちょ、強い強い……」
「これくらいやらないと汚れが取れないわよ、よっよっ」
「いて、イテ。抜ける、髪の毛抜けるってば」
「うるっさいわねー。くすぐるわよ?」
「ヒやぁっ!? 待って待って、こそばいぃぃっ!!」
「ほら、じっとしてなさい」
「ゎわ、わきワキやめてぇーっ!」
ぐったりした桜を相手に、百合は普通に髪の毛を洗ってあげる。
「これだからヤなんだよー……」
「なんか言った?」
「なんにも……」
「ほら、流すわよー。目に入らないように、ちゃんと目をつむってねー」
「子供じゃないんだから……」
「アンタは子供でしょうが」
「お姉ちゃんの子供じゃないもん……」
「でも私の弟でしょ?」
「……それはそうだけど、話が違──」
「はい、ざばばー」
「ぶわっぷ!?」
桜達が風呂に入ってる間、持ち帰ったリュックの中身を改めて吟味して、溜め息を吐く父親。
「どう? これなら許してもらえそう?」
尋ねる母親に、父親は肩をすくめてみせ、
「許してもらえるも何も……
昔ならともかく、今なら違法、良くて取引されないような品をこんなに持ち帰るとはな。
有用だが、村の中で栽培するには危険を伴う有害植物や毒茸もある。
時期にもよるが……これだけあれば末端の価値で数百万から一千万円にも届くだろう」
「もー……あの子ったら……」
「加減を知らないな、あの子は。
まぁ価値を分かっていない部分もあるからだろうが。
だが採取は丁寧にしてあるし、防腐抗菌も文句なしだ。布だけでなく、保存が利く葉に包んであったりな。傷は少なく、湿度管理もできている。これには採取専門の特別上忍も顔負けだろう。
しかし1ヵ月だからな……ヒヤヒヤさせられることを考えると、次も頼もうという気にならん」
「それはそうね……
帰ってこないかもしれないもの」
「これで味を
あの子が大人しくさえしてくれれば、これほど悩まずに済むんだが……」