どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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前日譚五章

 

 ──月隠れの里にある、長老達の屋敷。

 

 そこまで古風ではなく、多少なり現代風(げんだいふう)に改築された邸宅(ていたく)の一室で、

 

朧様…(おぼろさま )…」

 

 深々と畳に着くほど頭を下げる男性に名を呼ばれた初老の女性は、囲炉裏(い ろ り )(く )べられてコポコポと湧く茶釜を見つめながら、

 

段蔵(だんぞう)よ、そう畏ま(かしこ )らんでもよい……

 これは任務を伝える場でもなければ、正式な会合でもない。

 互いの顔を見て話そうぞ」

「ははっ……」

 

 頭を上げて、座布団の上に正座し直した段蔵は、

 

「長老の皆様に急ぎお伝えしたいことがあり、(は )(さん)じた次第です。

 それで……失礼ですが、他の長老の皆様は……」

客間(きゃくま)に通しておるのだから、不在であることは容易に想像が付くじゃろう?

 口止めされているから詳しくは伏せるが、中忍試験の会合で別の里へ出かけておる。

 まぁ用件は分かっとるよ。桜が帰ってきたんじゃな」

「はい……

 そのことの連絡と、試験妨害をしたことについてのお詫びの品を持参いたしました」

 

 また頭を下げようとした段蔵を、朧は掌を向けてやめさせる。

 

「儂に詫びなどせんでよい。

 ……加藤の家の誠意として、その詫びは受け取っておこう。

 里の者達で分け合う回覧を出すゆえ、詫びの品の内訳を聞いておこうか」

「はっ。

 口述では不正確になりかねない量ですので、こちらに認め(したた )ております」

 

 正式な書類とするつもりだったからか巻物にまとめられたそれを、朧は受け取って畳の上に広げる。

 

 時折り目を見開きながら、巻物に連々(つらづら)と書き並べられた目録を読み終えた朧は、

 

「これが誠な(まこと )ら、大儀(たいぎ )なことじゃ……

 村を出ていた僅か1ヵ月で(な )したのじゃろうが、お主が集めさせたのか?」

「いえ、その……

 確かに詫びの品を集めてこいとは命じましたが、食料は1週間分しか持たせていませんでした。

 桜の独断で1ヵ月のあいだ外に滞在して、充分すぎる量を収集してきました」

「まったく……

 呆れたヤツじゃが、単身でこれだけの品を集めてこれる知識には驚くばかりじゃ。

 実力は疑っておらなんだが、齢8(よわい )つにしてこの働きじゃからな。

 ほんに末恐ろしき子よ……」

「……恐れ入ります」

「元より、試験の件は不問とするつもりじゃった。……ひと月ほど謹慎しておればな。

 村を出ていたことで結果それは為されておるし、詫びの品も一財産はある。

 後は儂の責任で、里での加藤家の面目(めんぼく)を立たせるとしよう。ご苦労じゃった」

「ははっ! ありがとうございます!」

「礼など不要。これだけの働き、よほど下手(へ た )を打たなければ問題など起こるまい。

 それで……桜は今どうしておる?」

「流石に長旅で疲れたらしく、家で寝ています。

 ……本人も連れてくるべきでしたか?」

「よいよい。

 ゆっくりさせてやれ……わざわざ訪ねてくる必要もない。

 お主もアヤツが帰ってくるまで、ずいぶんと気を揉んでおったのじゃろう。

 茶でも飲んで一息吐くといい」

「……有難く頂戴いたします」

 

 朧の煎れた、茶がなみなみと注がれた湯呑みを受け取り、良い茶の薫りを堪能する段蔵。

 

 言われた通りに一息吐く段蔵の様子に、朧は柔和(にゅうわ)な笑みを浮かべ、

 

「お主もすっかり父親の顔じゃな。

 霧隠れでは雷名(らいめい)轟か(とどろ )せた鳶加藤(とびか とう)も、そろそろ世代交代かのぅ?」

「はは……

 まぁ私も歳を取りました。そろそろ引退を考えてはいますが……」

「先に引退した蓮華(れんげ )は、達者にしとるか?」

「ええ、身体面では特に懸念もありません。

 ……あのじゃじゃ馬も、すっかり母親になりました」

「ふふ。身体面は、か。

 心労は(た )えんじゃろうからのぅ……

 桜は周知の事実じゃが、優等生に見える百合もアレでなかなかにじゃじゃ馬のようじゃしな。

 自分の悪口は我慢できても、弟や家族の陰口を叩かれるとすぐ喧嘩を買うと聞いとる」

「ええ……お恥ずかしい限りです。

 鳶加藤の名を継ぐとすれば、あの子の方だと思いますが」

「桜が忍になる見込みは薄いじゃろうしな。よくて裏方(うらかた)止まりといったところか。

 仕方のないことではあるが……」

 

 その言葉に、2人ともが影を落とす。

 

 しばらく沈黙して茶を啜った後、茶菓子として出した最中(も なか)を朧は自分で(かじ)りながら、

 

「元霧隠れの出身である外様(と ざま)の儂らが、月隠れの者達にある程度受け入れられておるのは、桜のお(かげ)に他ならん……

 蓮華には随分とツライ思いをさせた……お主にもな。

 儂らが来た時に比べて、随分と月隠れは(と )んで(おお)きゅうなった。それもここ数年で急激にな。

 雲隠れにはまだまだ規模で劣るが、肝心の忍が少なく外貨を得難(え がた)いゆえ、そこはやむを得んしの。

 かつて──……」

 

 そこで話を中断して茶を啜り、また最中を手に取り、口にしてから昔語りを続ける朧。段蔵は口を挟むことなく、黙って耳を傾ける。

 

「──かつての霧隠れは、それこそ月隠れなんぞ比にならんぐらい強大な集団じゃった。

 あの頃を知る者からすれば、今の世の忍は上辺(うわべ )ばかりで、衰えたと言わざるを得まいよ。

 ま、(おの)分相応(ぶんそうおう)弁え(わきま )なかった上層部が刈り取られるまでの、儚い(はかな )栄華(えいが )じゃったがな。

 儂は危うい上層部の意向に逆らっておったから、目こぼししてもらえたがの……」

「私は国外の任務に従事していた時の事変でしたので、難を逃れました……

 とはいえ、その後は生き延びたことを後悔するほど過酷でしたが」

「現在進行形での……

 まったく、お互い苦労させられるな。

 霧隠れの愚か者どもの尻拭いを、(いま)だにさせられる。

 霧の再興を疑われているからか、新星発掘の機会でもある中忍試験の会合にもこうして同席できず、居残りの雑用係よ。

 だったら長老になぞ選ばなければよかろうに、なり手不足ゆえ相談役を押し付けられておる」

「……口にしづらいことですが。

 元霧隠れの忍達から反感を抱かれないように、という配慮もあるのでしょう」

「フン……おそらくその通りじゃろうな。

 お主に愚痴を聞いてもらえとるだけ、まだマシとしておこうか。

 未だに隠者の書のことをしつこく詰めてきよるし、面白くない限りじゃ」

「ああ……

 あの隠者の書ですか……」

「霧隠れの里に代々伝わっておった、秘伝の書。

 ……とは名ばかりで、単に数々の隠形忍術を( おんぎょうにんじゅつ )記しただけの、寄せ集めの書物に過ぎぬと言うのにな。

 上忍以上なら誰でも自由に目を通せた、古いだけの代物だといくら説明しても、実際に見てみなければ信用できぬとヌカしよる」

「随分と探したのですが、見つかりませんね……」

「既に国内にはないのじゃろうな。

 どうせ価値も分からぬ、骨董品の好事家(こうず か )が隠し持っておるのじゃろう。

 古い霧隠れの家は、漏れ伝わらぬよう口伝(く でん)にこそ秘術禁術を代々(のこ)しておるのにな」

「……」

「信用せんのは構わんが、いちいち面倒で(かな)わぬよ。もう少し時が経たねば……

 おっと、済まぬな。長々と益体(やくたい)のないことを話し込んでしもうて。

 後は儂が上手くやっておくゆえ、目録の品を屋敷の使用人に預けたら、もう帰って良い。

 ご苦労じゃったな」

「いえ。お気遣い、痛み入ります。

 それでは失礼いたします……。お茶、馳走になりました」

「ああ、達者での……」

「はい。朧様もお元気で」

 

 

 

 

 

 桜が村へ帰って、3日ほど経った昼下がり──

 

 村の郊外(こうがい)、というか建物がなく人気(ひとけ )もない、ほぼ村の外へ来た桜は呆れた表情で手紙をひらひらと揺らし、

 

「おーい、きったよーん。

 かっくれってないで、でっておいでー♪」

 

 そう囀る(さえず )と、少し離れた樹上から1人の少年らしき(しの)装束が(しょうぞく )幹伝(みきづた)いに下りてきた。

 

 少年が着地し、枝からぶら下がったロープを手放すと、

 

「よく来たな……ビビって来ないかと思ったぞ」

「来なかったらどうしようってビビってたの?」

「そんなことは言ってねぇだろっ!?」

 

 桜はクスクス笑いながら、変わらず手紙をひらひらと揺らし、

 

「いやーね。

 こんな熱々(あつあつ)のラブレターもらっちゃったら、来ないわけにもね?」

「何がラブレターだっ!?

 果たし状って書いてあるだろ!」

「じゃあ恋文(こいぶみ)?」

「同じじゃねーかっ!?

 お前、ホントにちゃんと読んだのかよ!」

「え? 読んだけど?

 拝啓、加藤桜殿。このたび、村の西はずれにて一対一の決闘(デート)を申し込む──」

「あああああああぁーッ!!」

 

 徹底的におちょくられていることに耐えかねて喚く少年。

 

 対し、桜色の髪を揺らしながら愉快そうな顔で、

 

「ごめんってば。で、なにで勝負するの?

 コマ? スゴロク? そ・れ・と・も、口喧嘩?」

「テメーと口喧嘩なんてしたら惨敗するって今よく分かったよッ!

 じゃなくて、忍としての決闘に決まってんだろうが! 書いてあっただろ!」

「うん。だから決闘(デート)かなって」

「オマエには言葉が通じねぇのかっ!?」

 

 叫びすぎてハァハァと呼吸を荒くする少年。

 

「んー。別に勝負するのはいいんだけどさ。

 そんな体調で大丈夫? 日を改めた方がいいんじゃないの?

 せめて休憩する?」

「……オマエェ……」

 

 少年の弱々しい怨嗟の声に、ようやく桜は真面目な顔をして、

 

「おっけ、おっけ。

 体術だよね? 武器とか使う?」

「……」

 

 返事もせず、構えを取る少年。流石に鍛練しているからか、若輩とはいえ呼吸をすぐに整えてみせる。身構えこそしないが、重心を調整する桜。

 

 飛び出してきた少年の鋭い手刀を掌で弾き(パリィ)、動揺しながらも矢継(や つ )(ばや)に繰り出す少年の拳や蹴りを桜は巧みに逸らす。

 

 ……こいつっ……

 

 少年の動揺は、攻撃が通じないことだけが理由ではない。桜は一歩も動かず、腕だけで攻撃を(さば)いている。厳密には重心移動しているが、結果的に足元は動いていない。

 

「これならっ!」

 

 大きく飛び退き、桜へ疾走する少年。逸らされる可能性を見越して、両腕を広げて襲い掛かる。無防備すぎるが、少なくとも全く避けずに捌くのは難しい。

 

 桜は同じく両腕を激突寸前で広げ、突進した少年の身体を抱き止めた。

 

 今度こそ驚愕を(あら)わにする少年。正面衝突してなお一歩たりと退(ひ )かせられないのも驚きだが、とてつもなく柔らかな感触。(クッション )

 

 優しく抱き止めた桜は、ポンポンと少年の背を叩きながら、

 

「緊張しなくても大丈夫だよ……

 試したいことがあるなら、ちゃんと受け止めてあげるから」

 

 恥ずかしさに耐えられず、振り(ほど)いて距離を取る少年。顔を真っ赤にしながらフーフー息を吐く。

 

 黙っているが『まだ続ける?』と表情で伺う桜。少年は迷いを断ち切るように首を振り、

 

(りん)兵・(ぴょう )(とう)(しゃ)──」

 

 両手で(いん)を切り、呪言(じゅごん)を口にする。桜は少し眉を動かし、

 

「九字護身法……まぁ忍術使っちゃダメとは言ってないけどね」

 

「──(かい)(じん)(れつ)(ざい)(ぜん)!」

 

 やや時間をかけて印を切り終わり、少年はオーラを膨らませる。

 

(つど)え 血潮(ち しお)(たぎ)り──」

 

 桜は手短に神字を宙に描き、呪文詠唱した。

 

 

 

「──【火遁(か とん)の術】ッ!──」

 

「──【烈華/カーバンクル】──」

 

 

 

 少年が両掌から火球を放ち、桜が指先から同じ規模の火球を放った。

 

 ドゥン!

 

 正面衝突した火球は崩壊して渦巻き、熱こそ散らすが、小さくまとまって煙と失せた。

 

「なぁっ……!?」

 

逆位相相殺(ぎゃくいそうそうさい)──……

 

 真っ向から反回転・同速度・同質量・同熱量でぶつかった結果だね」

 

 上手くいって良かったとばかりに桜は息を吐き、

 

「こんな燃える物が多いところで火なんか使わないでよ……

 延焼したらどうすんのさ」

 

 まだ村の区域とはいえ、森に囲まれた山里だけあって木々は多く、下生えも少なくない。

 

 おそらく自慢の、それも唯一の忍術だったのだろう。がっくりと膝をつく少年。

 

 桜はしゃがみこみ、少年の顔を覗き込みながら、

 

「試験の邪魔した(お )(め )があるから付き合ったけどさ。

 修行の成果を試したいから相手しろっていうなら、普通に付き合うよ?

 畏まって決闘を挑む必要なんかないって」

「……」

「体術はまあまあ悪くなかったかな。

 これからも頑張ってね」

 

 そう言い残し立ち上がった桜は、そのまま背を向ける。少年はブルブルと身体を震わせ、悔しげに地面を叩く。

 

 その少年は、桜にとっては見覚えのある顔だった。例の試験妨害をした日に、最後まで挑んでこなかった子供達の1人だ。

 おそらく遠巻きに動きを観察して、勝ち目がないことを悟って最後まで挑めなかったのだろう。そして後日の試験結果も思わしくなく、汚名を(そそ)ぐ為に決闘に臨んだのだろうと桜は想像した。

 

 しまいに泣き始めた少年の嗚咽(お えつ)を、立ち去る桜は黙って背で受け止めた。

 

 

 

「そこの童よ……」

 

 遊ぶ気も失せて家に帰る途中、声をかけられる桜。

 

 怪訝そうに声のした方へ目を向けると、小屋の前に露店のような構えの木机を置いて、大層な着物を纏った老年の男性がいる。まぁ見たまんま占い師の露店だろう。

 

「もう帰るところなんだけど?

 今日び、辻占い(つじうらな )とか流行らないよ?」

「生意気なヤツじゃな……

 そもそも辻占(つじうら)とは、こういうものを指す言葉ではないんじゃがの。

 ええから来い」

「んもー……」

 

 面倒そうにポテポテと歩み寄る桜。

 

 男性は占術道具をガチャガチャさせ、

 

「……あのさ」

「うん?」

 

 桜の言葉に何か察したのか、老人の手が止まる。

 

「言いたいことがあるなら、はっきり言いなよ。

 こんな回りくどいことせずにさ」

「…………」

 

 沈黙を返す老人に、更に桜は訝しげな顔をして、

 

「言いにくいなら、こっちから言おうか?

 ──目の前にいるのは影分身、本体は小屋の中」

 

「っ……!」

 

「とっくにバレてるのに、同じ手を使わないでよ。

 付き合う気もなくなっちゃう」

 

「……なるほど。

 加藤の家の者には通用せんか」

 

 小屋の中から声が響いたのと同時、目前の老人の姿がオーラとなって消え失せる。

 

「お主にその気があるなら、入ってこい」

 

「……まぁはっきり言えって言ったのは自分だから、付き合うけどね」

 

 渋々といった様子で、戸の(はず)れかけた小屋の入口から中へ入る桜。

 

 中は埃塗れで、誰も住んでいない小さな家屋だった。風が吹き込むような隙間から(そそ)ぐ多少の明かりの下、気配もなく佇む初老の女性。

 

「久しぶりじゃな……

 お主は覚えておらんかもしれんが」

「何度か会ったことあるね。長老の1人でしょ?」

「ふむ……覚えておったか。

 儂は月隠れの長老会相談役、朧という。

 お主の両親と同じ、元霧隠れの里出身よ」

「ふぅん……

 お父さんとお母さん、あんまり霧隠れのこと話してくれないから詳しくないかな」

「そうか……話しづらいじゃろうしな。

 ところで、もう少し声を(ひそ)めてくれんか?

 あまりお主と2人だけで話しておることを知られたくない」

「あ、りょーかーぃ……」

 

 声を潜めるだけでなく、桜は『絶』をした上で完全に気配を消し去った。──人込みに紛れるなら雑踏に気配を溶け込ませるのが正答だが、物陰などに潜むなら気配は殺し切るのが正しい。元々周囲に誰もいない場所を朧が選んだので、気が消えたことを察する者もいない。

 

「……見事よ。目前におるというのに見えている気がせん。

 (ぬし)は気殺の極意に到っておるな。

 隠形気殺は霧隠れの得意とするところだが、儂の知る限りでこれほどの手練(て だ )れは数えるほどもおらなんだ」

「それはどうも……

 ベタ褒めしたって、何も出ないよ?」

「照れずともよい。

 流石は鳶加藤の名を継承する一族といったところじゃな」

「そんな褒められ方は面白くないなぁ……」

「そう(くさ)すでない。血筋はどうにもならん。

 精孔を閉ざす『絶』だけならいざ知らず、隠形気殺は素質によるところが大きい。

 できぬ者は、どれだけ修練を積もうと完成せぬ技巧よ。心・技・体が揃わねばな……」

「うぅん……

 そういうおばーちゃんも大したもんだけどね」

「ふふ。世辞とは思わずに、素直に受け取っておこうか。

 霧隠れの上忍以上は、みな幻術に(た )けておった。

 幻を見せるのに、己の気配を殺せぬようでは話にならんからな……

 事実、先ほどお主に見破られとるしの」

「そりゃそうだよねぇ……」

「……先ほど、下忍候補生と戦っておったな」

「うん、見てたんでしょ?

 だから占いで声かけたんだろうし」

「声をかけた理由はそれだけではないが、それもある。

 平日の昼間だというのに、勉学をサボって私闘とは感心せんな」

「それって……

 一応聞くけど、自分じゃなくて相手の方だよね?

 周りに知られたくないから、学校休んできたんだろうし」

「無論お主にも勉学は励んでほしいが、感心せんのは下忍候補生の方じゃ。

 そもそも許可なき私闘は、掟で禁じられておる」

「私闘じゃなくてデートだよ」

「ほぅ? 逢瀬(デート)と言うたか?」

 

 面白そうに反応した朧に、桜は思わず目を逸らし、

 

「えぇっと……

 誇り(プライド)をかけて挑んだ男の子の意地を、掟だからダメとか言うのは無粋じゃない?」

「無粋ではあるの。

 元服前(げんぷくまえ)の子供がしたこと、目くじらを立てるつもりはないが。

 くっくっ……。それにしても人目を忍んで村外れで逢瀬(おうせ )とは、童のくせに魔性じゃのぅ。

 この国には古くから衆道の風習もあるゆえ、(とが)めはせんが──」

「ああー、待って待って。

 そっちに話ふくらませないで、私闘でいいから……

 一方的に決闘を申し込まれたから、仕方なく出向いただけだよ。

 試験妨害で、もろに悪影響を受けちゃったみたいだし……」

「お主が邪魔するまでもなく、あの程度の腕では同じ結果だったと思うがな。

 華美な忍術に頼るから、あのような醜態を(さら)す。

 比べ、お主が瞬時に術を模倣し、(い )なしてみせた手際の見事なること……

 儂とて出来る気がせぬわ」

「あー、まー……アレは簡単な術だから真似られたんだよ。術自体も知ってたし。

 神字を使えばコピーできるんだけど、まだまだ研究不足だし……

 複雑な忍術は無理かな」

「神字か……

 お主、他人の家や(くら)に忍び込んで、里の中の書物を調べて回っとるじゃろ?」

「げっ!

 ……バレてた?」

「バレとるよ。儂にはな。

 月隠れまでは把握しとらんが、霧隠れから持ち出した書物の所在把握は儂の管轄じゃ。

 時折り実物を確認するゆえ、誰かが触った痕跡があれば流石に分かる」

「…………」

「これ以上揉め事を増やしたくないなら、もう少し慎重にせんか。

 元霧隠れの出身からは(かば)ってやれるが、月隠れの連中からは庇い立て出来ん」

「……内緒にしてくれるの?

 ていうか、盗み見していいの?」

「知らぬフリくらいはしてやるが、盗み見までは推奨せん。

 盗み見られて気づきもせんような杜撰(ず さん)な管理をしておる方にも問題はあるがな。

 神字の研究自体を責めはせんが、己の為だけに他者の家屋へ忍び込んで書物を読み漁るような行い(おこな )、褒めようがあるまい?」

「……うん」

「分かっておるなら良い。

 にしてもお主、随分と面倒見がいいのぅ。

 下忍候補なんぞに、いちいち構っておってはキリがないじゃろ?」

「まぁでも……直接頼まれたら断りにくいかなぁ。

 困ってるのは分かるし」

「あの試験妨害もそうじゃ。

 子供を集めて行う忍の試練を、見世物にするのが気に入らんかったのじゃろ?」

「……」

「姉が困っておったんじゃろうしな。

 だから良い機会とばかりに、暴れて試験を台無しにしおった。

 しかもあれはあれで、実力を測るには良い戦いであった」

 

 視線を逸らす桜。身動(み じろ)ぎして、朧は桜を指差し、

 

「お主にしても、自分の技量を皆の前で披露できる。

 事実、子供達からも一目(いちもく)置かれるようになったはずじゃ」

「……みんな困ってたから、役に立ちたかっただけだよ」

「フン、役に立ちたいか。それは矛盾しとるな。

 お主は忍の里の掟、忍の生業(なりわい)、忍の生き方、全て否定しとるじゃろうが。長老会に呼び出されて詰問された(おり)にも、散々そう吠えておった。

 にも関わらず、お主が里の連中から過剰に迫害されぬのは、その実力もさることながら、皆が内心不満に思っておることを堂々と代弁しているからに他ならん」

「……何が言いたいの?」

「慌てるな。

 忍を否定するのと、忍の里に住まう者達の役に立ちたいというのは矛盾しておらんか? という話よ」

「……忍の里に住んでるからって、忍の(い )(ざま)殉じ(じゅん )る必要なんかない」

「儂とて大時代(だいじ だい)すぎる、錆びついた風習だとは思うがの。

 ──お主はな。皆の役に立ちたいのではない。

 皆に認めてもらいたいだけじゃ。自分のことを。自分の考えを。……自分の家族を」

「……」

「それもこれも、お主の実力が飛び抜けて突出しておるからじゃな……

 だから、力での現状変更を試みようとする。

 まったく、目立っても良いことなぞないから、大人しくしておけというのに……」

「……まさかと思うけど、これって忍の面接じゃないよね?」

 

 どうも話の向きがおかしいと察した桜が問うと、朧は肩をすくめ、

 

「違う。儂に新たな忍を採用する権限なぞない。

 せいぜいが裏方務めに推挙するまでよ」

「裏方ねぇ……」

「戦働き( いくさばたら )(こな)す本業の忍だけで、里の営み(いとな )賄え(まかな )んからの。

 お主ほどの力量なら、裏方務めでも頼みたいことは(いく)らでもある。

 伝令、調達、指導と、引く手あまたじゃろうな」

「……やだ。それは忍と同じだよ」

「じゃが、お主は将来どうするつもりなんじゃ?

 いつまでも子供ではおれん。生計を立てる(すべ)は必要じゃろうて」

「……」

「それとも里を出て、生きていけるつもりか……?

 (よ )(べ )もなく生きられるほど、外の世界は甘くないぞ。

 つまるところ、まだまだ忍を必要とするような者達がおるのも外の世界じゃからな。

 忍の里の現状をお主は酷いと評しておるが、それは外の世界も大差ない。

 あれもこれも気に食わぬと暴れておれば、お主は生きる場所を(せば)めるばかりよ。

 ……なぜ、大人しくできんのじゃ?」

 

 桜は身体を揺らし、しばらく考えた後。

 

「……。

 それでも自分は……酷いと思える状況を、少しでも変えたいから」

 

 その答えを聞き、深く息を吐く朧。

 

「幼い正義感じゃな……

 まぁよい。儂も何が正しいかなど偉そうには語れん。

 お主も少し考えるといい」

「大体、今の世の中ってホントに忍が必要……?

 電脳ページをめくってたら、全然そんな気がしないんだけど」

「この国は閉鎖的で特殊じゃからな。

 海の外に目を向ければ、またそこは別世界よ。とはいえ、そこからも依頼は来るぞ」

「海外から依頼って……ちょっと目立ちすぎじゃない?

 忍ならもうちょっと忍べばいいのに。

 目立つ忍なんて、歴史を振り返ったらいっぱい滅びてるでしょ?」

「忍んでおらん、というのはもっともな指摘じゃな。

 いま残っておる里は滅びかけてもしぶとく残ったか、目立たずに存続できた里だけじゃ。月隠れは後者じゃな」

「で、霧隠れは前者でも後者でもなく、滅びちゃったと」

「……その通りじゃ」

「ごめん……」

「謝らずともよい……お主の言う通りじゃからな。

 引き止めて悪かったの。もう帰ってよいぞ」

「いいの?」

「少しばかり話したかっただけじゃからの。

 お主がまともに受け答えしよるから、童相手だというのについつい真面目に話し込んでしもうた。

 出来ればこのようにコソコソせず、飯でも食いながら気楽に話したかったんじゃがな」

「そうなの?

 別に食べに来たらいいじゃん」

「む? 夕餉(ゆうげ )に招待してくれるのか?」

「別にいいけどー?

 今なら熊肉も残ってるし、食材も余ってるから、お鍋ご馳走できるけど」

「ほぉーう……それは悩ましいのぅ。

 さりとて、お主と2人きりでなければ出来ぬ話じゃったからな。

 儂とした話の内容、他言(た ごん)せんでくれよ。……家族にもな」

「ん。分かった」

 

 あっさりと、桜は気配を消したまま埃の舞う小屋から消えた。

 

 初老の女性は、より静まった小屋の中、表情を暗くして独りごちる。

 

 

 

 

 

「……良い子なんじゃがな……。本当に、本当にすまなんだ……

 

 お主を(むご)い目に遭わせておること、いつの日にか償おう──……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夕方。

 

「ええええぇぇーっ!?」

 

 朧が家にやってきた。まさかと思って出迎えた桜が声を上げる。当の本人は愉快そうにピースしながら、

 

「来たぞい♥」

「ホントに来たの……?」

「なんじゃ、いかんのか?

 フン。歓迎されとらんようじゃし、帰ろうかの……」

「あー、待って待って。

 来るとは思ってなかっただけで、このまま帰したら多分怒られる……」

「ほほ。まぁそうかもしれんの?」

「まぁ……

 自分が言ったことだし、熊鍋ご馳走するよ。元々今日は作るつもりだったから」

「それは有難い……

 遠慮なくご相伴に(しょうばん )与ろ(あずか )うかの」

「うん、すぐ準備するから上がって待っててー」

 

 

 

 ちなみにこの後「ええええぇぇーっ!?」が3連打して、両親と百合がひたすら混乱して恐縮しまくる中、腕を上げた桜が拵え(こしら )たデラックス熊鍋の出来栄えに、朧は雑談混じりに舌鼓を打っていた。

 

「熊の脂がよく染み込んだ、この(ねぎ)がたまらんのぉ……」

「だよねー♪

 山菜も色々試したけど、やっぱり葱が相性抜群かなって」

「この東北でしか採れん茸も絶品じゃな。

 ええ薫りじゃ……」

「あ、舞茸(まいたけ)しってるんだ? 苦労したんだよー。

 山の高いところにたくさん生えてるの見つけて、帰る前に採ろうって目を付けてたのに、いざ採りに行ったらごっそり持ってかれてたりさぁ」

「そうじゃろうのぅ……

 昔ほどではないが、今も秋は茸狩りに山へ登るモンは多いからな」

 

 桜は平然と話しているが、朧の隣に座る段蔵は相変わらず恐縮しながら、

 

「朧様、お(つ )ぎいたします……」

「おお、すまんな。

 …………はぁーっ! ええ酒じゃ。鍋によく合いよるわぁ。

 この鍋にも入れてほしかったくらいじゃて」

「あ、その……

 子供達も口にしますので……」

「冗談じゃよ、冗談。ふぁっふぁっふぁ!」

 

 ちなみに蓮華は、酒のツマミを用意すると言って台所に避難している。

 

 朧と段蔵の向かいに座る桜と百合は、小声でコソコソと、

 

「ばーちゃん、めっちゃ上機嫌……」

「なんでアンタ、いきなり連れてきちゃったのよ……

 お鍋楽しみにしてたのに、これじゃ完全に接待じゃないの」

「知らないよ……

 歩いてたらこのばーちゃんに声かけられて、ゴハン食べたいって言われただけだもん」

「嘘吐くんじゃないわよ、こんなエライ人が用もなしに来るわけないじゃない」

「だから知らないってばー……」

 

 桜も事情を話すわけにもいかず、まんまと朧に一杯食わされた桜は、しばらく百合にも両親にもこの件を責められるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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