「……ぅ……」
ベッドの中で不調をきたし、目を覚ます。
なんだろう、お腹の具合が……。こんなこと、ゲームの中で一度もなかったのに。
しばらくじっとして────……
ダメだ、良くなる感じがしない。むしろ悪化していってる気がする。
壁時計の時刻は……まだ5時前か。当然みんなまだ寝てるし、起こしたくないな。
あー、気持ち悪い。何だか目が回る……。この腹痛、吐き気、目眩、嫌な予感がする。これはひょっとして──……
みんなを起こさないように静かにトイレへ行ってきて、ああやっぱり……と確信して、室内に戻ってきた。
どうしていま来ちゃうんだ……。せめて家に戻ってからなら何も問題なかったのに。
けど……きっと喜ぶべきなんだよな。これこそが正常な証なんだから。そのはずだけど、何か精神的にも肉体的にもキツイ。戦いで受けたダメージよりずっと重く感じるんだけど、なんでなんだ。
私がゆっくりとベッドに戻り、「はぁー……」と息を吐くと、
「……大丈夫? なんだか具合悪そうだけど」
起こしてしまったのか、毛布に
「えっと……」
しかし、どう答えたものか。話さないわけにはいかないんだけど、んー……
悩んでるうちにウラヌスが身を起こし、ベッドの近くまで来てしまう。
見つめていると、桜のイメージがダブついてみえるお子様なウラヌスが心配そうに、
「傷が痛むの?
胸だけじゃなくて、他にも治りにくい怪我してたとか……」
私は首を横に振る。当然それは心配するよね……だからちゃんと否定しておく。
でも痩せ我慢してるんじゃないかと疑っているようで、ちょっと怪訝そうな様子で、
「ホントに……?
万が一にも悪化するといけないから、いちおう病院で診てもらった方が……」
それはイヤだな。不調の理由が理由だけに、病院は遠慮願いたい。
「その……すいません。
心配をかけて申し訳ないんですが、怪我とは全く無関係で、体調が悪いだけなんです」
「え。それはそれで心配なんだけど」
ですよねー。そう返してきますよねー。弱ったなぁ……
「その……
こんな時間ですし、もう少し横になってみんなが起きてくる時間になってもまだ具合が悪かったらでいいですか?」
「……ん、分かった。
けど苦しくなったら、無理せず誰か起こしてね」
「はい」
渋々といった様子ではあるけど、ウラヌスは毛布のあるところに戻って、再び横になる。
さて……少しでも安静にして苦痛を抑えないとな。オーラでも痛みを和らげられないし、なんなんだもう……どうしてこうなった。
──痛みのせいで安眠できず、ベッドで横になったまま朝の時間を迎える。
みんな起きてきて、その中でベルさんが脱衣所へ向かったので、それを追う。
「あれ? 急ぎなら先に使う?」
私が脱衣所へ追ってきたのを見て、ベルさんがそう聞いてくる。
「いえ、すいません。
そういうわけじゃなくて、ちょっと相談したいことがあって」
「ああ、他の人には内緒の話ね。
何の話? 顔が少し白いけど、もしかして体調が悪いとか?」
ベルさんから見ても、顔色悪いのが分かっちゃうか。
「えっと……」
「あっ。ひょっとして……あの日?」
「……そうです」
「はいはい。じゃあわたしに相談するしかないわよね。
その様子だと、結構キツい感じ?」
「たぶん……
その、これが2回目なので……」
「あらら、それはツライわよねぇ。
どうしようかな……必要な物がないから困ってるってことでいい?」
「そうです……
前から結構期間が空いているのもあって、突然で何も用意してなくて」
「買い物に行かないといけないわけね。
そうすると……どうしてもウラヌスに話さないわけにはいかないけど」
なんだよなぁ。まぁそれは諦めが付いてる。
「ウラヌスに話すこと自体は構いません。具合が悪いことだけは既に伝えてあります。
私が直接買い物に行こうとしたら、ウラヌスは反対すると思うんですよ」
「いくらなんでも遠すぎるし、あなたも具合が悪いんだから多分そうでしょうね」
「なので、買ってきてほしい物をベルさんにお伝えしますので、ウラヌスと一緒に買ってきてもらえませんか?」
「そうね……
必要そうな物を考えたらウラヌスに買わせるのは良くないし、そうするしかないかな。
どれくらい我慢できそう? 今から行って、開いてるお店があるか微妙な時間だけど」
「急がなくても大丈夫です。私も無理をせず安静にしていますので。
申し訳ないですが、朝食を摂った後に買ってきていただけると」
「
どう転んでも、ウラヌスに頑張ってもらうしかないかなぁ」
「……?
引き受けてもらえるのは助かるんですけど、どうするつもりです?」
「まずはウラヌスと相談かな。
あなたから説明しづらいなら、わたしから話すけど」
「…………。
ご
「はーい
それじゃ買ってきてほしい物をメモに詳しく書いて渡してくれる?
わたしもそろそろおトイレに行きたいし」
「あああ、すいませんすいません!」
脱衣所から出てきたベルさんに、買ってきてほしい物をまとめたメモを渡す。上機嫌にベルさんがウラヌスに声をかけて、一緒に脱衣所へ入っていった。
はぁー。ちょっと緊張するな……。ベルさんにお任せできたのは助かったけど、説明が終わってウラヌスがその件で話しかけてくるに決まってるしな……。待たないといけない、この時間がツライ。あのウラヌスがどんな反応をするのやら。
5分ほどして脱衣所から出てくる2人。顔を赤くしているウラヌスの背をポンポン叩くベルさん。まぁそうなるよね……直接的な表現を避けても、ウラヌスが気づかないわけがない。
ウラヌスは私の顔を直視せずにこちらへやってきて、私にだけ聴こえるような小声で、
「アイシャ。朝食を済ませたら、なる
朝は軽い方がいいよね?」
「……すいません。そうしてもらえると助かります」
「怪我のこともあるし全部やっとくから、何もせずに休んでてね。
今日は修行しちゃダメだよ?」
「流石に具合が悪いのにしませんよ……」
私のことをなんだと思ってるんだ、うん修行バカですね、しってた。……おのれ。
ウラヌスとベルさんだけ先に軽食を摂り、早々に外へ出かけていった。居残り組は急ぐ用事もないので、モタリケさん1人で山盛りのサンドイッチとたっぷりの珈琲を用意してくれている。ゲーム内の仕事でやっていたらしく、結構な量なのにかなり手際がいい。
「アタシ、このレタスサンドほんと好きだわー」
「それは人気あったよ。店のレシピより気持ち増量して提供したら、一部のプレイヤーが好んで食べに来てた」
「モタリケさん、これって何が挟んであるの?」
「ハムと卵とポテトサラダだよ。そのまんま店でハム卵ポテサラサンドとして出してて、それも人気メニューだった」
「……あまり思い出したくないんですが、モタリケさんが例のレストランへ食事に来た時、モーニングセット頼んでましたよね?
でもモタリケさんの勤め先でも同じような物を食べられたんじゃないですか?」
「確かにメニューにはあるんだけど、働いてる店では仕事前に朝食は食えなかった。早い時間に行っても、先に仕事させられる。
昼食はまかないで出たけど」
「あー。言われてみれば、昼食だけって職場は多い気がしますね」
具合が悪いながらも、楽しく談笑しながらサンドイッチと珈琲を楽しんでいると、
「ただいま!」
わっ! もうウラヌス帰ってきた。……まだ20分も経ってないぞ、どんだけ急いだんだ。
珍しく髪を乱したウラヌスがバタバタ靴を脱いで、急ぎ足で私のところへ来て、
「はい」
呼吸も整えないまま青い袋を差し出してくる。何とも言えない顔で私はそれを受け取り、
「……ありがとうございます。
こんなに早く帰ってきて驚きですが、助かりました」
「町でベルを待たせてるから、すぐ戻るよ。
必要な物を買って何度か往復する」
すぐ出かけようとしたウラヌスに、モタリケさんは手を伸ばし、
「待て待て、そう急ぐな。ベルは待たせといていい。
ろくに食べてなかったから、サンドイッチと珈琲くらい──」
「いや、いい。やること多すぎて忙しいから」
「……なら尚更だ。しばらく一休みもせずに動くつもりだろ?
補給できる時にちゃんとしてくれ。次に帰ってきた時は片付けてるから、もうないぞ」
「ウラヌス、私も同じ意見です。
ベルさんも少しくらいなら待ってくれるでしょうし、あまり無理をしないでください」
「……。……分かった」
意味もなく焦りすぎていることを自覚したのか、肩を落として台所で手を洗うウラヌス。
私の為に急いでくれたのはありがたいんだけど、他の買い物は急ぐより安全確実にしてほしいからね。やる気に水を差して申し訳ないけど、ひとまず落ち着いてもらおう。
シームに肩を揉まれながら、小動物よろしく頬をふくらませてサンドイッチをもぐもぐするウラヌス。
「覚えてたらでいいから、ゲームとか漫画お願いしていい?」
「……それも買い物予定に入れてるから大丈夫だよ」
上手におねだりしてるシームだけど、どちらかと言えばゆっくり買い物してほしいからだろうな。この子も心配なんだろう。
「シーム、桜を出しといた方がいいか?」
「……ううん。夜でいい」
大好きな桜のことすら遠慮するんだから、本当にウラヌスを心配してるんだな。
珈琲も飲んで一服したウラヌスは、リフレッシュした様子で再び出かけていった。
……さて。せっかく急いで買ってきてもらったんだし、ありがたく使わせてもらうか。……うーん? なんか思ったより色々あるな。頼んだ覚えがない薬もあるし、カフェインレスの栄養ドリンクまである。2人で相談したんだろうか。なんか恥ずかしいな……
薬が効いてきてようやくひと心地つき、姉弟やモタリケさんとお喋りしたり勝手に本を借りて読んだりしていると、今度はウラヌスとベルさんが帰ってきた。
「ただいまー♪」
「はぁー……」
上機嫌なベルさん、お疲れのウラヌス。大量の荷物を2人で抱えてはいるけど、
「お帰りなさい。
……多分ですが、ベルさんを抱えてウラヌスが運んできたんですよね?」
「そうそう♪
わたしだと時間かかっちゃうから、お姫様抱っこで♪」
「そうするしかないからねー……」
ぐったりとウラヌス。そこまで急がなくていいのに……。片道100㎞あるからのんびりというわけにもいかないけど。
「私が復調するのを待ってくれれば人手は増えますし、今は必要な買い物だけ済ませれば充分だと思いますけど」
「って思うじゃん?
でも実際町へ行くと、あっアレもいる、おっコレもいるなってなっちゃうんだよ……」
うん、それは分からなくもないけどね。ベルさんも一緒だったわけだし。
「久々の現実での買い物は新鮮だったわー♪
たーのしぃー♪」
「おまけに、財布と荷物持ちは俺だしな。
そりゃ楽しいだろうさ」
「まあまあ……2人ともお疲れさまでした。
かかった費用については、私とウラヌスで
買ってきた物は私達で整理しますので、ゆっくり休んでください」
「待ってアイシャ、お金は──」
「本当は私が全部持ちたいですけど、それを言うとウラヌスは反対しますよね?
だから折半で。私もそれ以上は譲りませんよ?」
「……。わかった……」
あからさまに納得してない顔のウラヌス。私達のやりとりがよほどツボに入ったのか、声もなく笑いながらウラヌスの背中をパンパン叩くベルさん。
「もー。競って奢り合いとか、あなた達ってば最高なんだからぁー。
ホンット、いいわぁー♪」
「なんもよくねぇよ……」
ぶすーっとしているウラヌスに、モタリケさんは笑いを堪えながら、
「甲斐性あるところ見せたいのにな」
「オマエに甲斐性とか言われたくねぇよ、腹立つわー」
姉弟が少し離れたところでプークスクスしてるのも、またウラヌス的には恥ずかしいんだろうな。にゃんこ顔まっかっかだよ。
基本的に買ってきた内容は、衣類や食材調味料食器調理器具、他には医療品など細々とした物が多い。この辺りはベルさんと相談した結果なんだろう。
ベルさんが鼻歌混じりに昼食を作り始め、ウラヌスはぼんやりと休憩している。
「また買い物に行くんですよね」
「そりゃね。寝具関連が手付かずだし、最低でもそれは買わないと。
ゲームとか漫画もまだだし……今日中にあと2往復はするかな」
うーん、2回ぐらいは仕方ないか。私も身体を休めないといけないから、退屈するのはちょっとアレだしな。寝不足だから薬が効いてるうちに昼寝はするけど、贅沢を言うなら暇つぶしも欲しい。
「あ、そうだ。
シーム、欲しい本とゲームをメモに書いてまとめてほしいんだけど。
希望するものが手に入るか分からないけど、いちおう探してみる」
「えっ。……急に言われても」
「別に今日しか買いに行かないわけじゃないし、パッと思いつく範囲でいいよ。
次は寝具を買って帰るから、その時までに考えといて」
「うん……分かった。
でも、どうしようかなぁ」
「ゲームはともかく、ブンゼンの本屋で漫画とか色々売ってただろ。
あそこで欲しかったやつとか思い出してみたら?」
「うーん。
だったら……ゲーム雑誌が欲しいかなぁ」
「なるほどな、それで欲しいゲームを探すわけか。
ゲーム広告のチラシとか手に入るといいんだけど。
その線だとアニメ雑誌もアリか。後は色んな漫画が載ってる漫画雑誌とか」
「うんうん、そういうのが欲しい!」
「分かった。探しとくよ」
話す内容も2人の見た目も、実に子供らしい。シームは本当に子供だから当然だけど。……ウラヌスも、こういうことを話せる友達が欲しかったんだろうな。