11月になった。ウラヌスの隠れ家、2日目である。
結局みんな遠慮してしまい、引き続き使わせてもらっているベッドから上半身を起こし、お腹をさする。……うん、結構具合は良くなってるな。これなら薬を飲めば、多少動く分には問題ないだろう。胸の傷の方は、もう気にならないくらいには治ったみたいだ。
まだ誰も起きていない中、コソコソと着替えを用意して、お風呂へ入る。──気分よく朝風呂を堪能して薬を飲んで脱衣所から出てくると、ベルさんとウラヌスが起きていた。いや、ウラヌスはちょうど起きたところだな。
「おはよ♪ 調子はどう?」
「今朝はかなり良さげですね。ご心配かけてすいません」
「気にしない、気にしない♪」
「んぅー……んっ。
……アイシャ、今日は出かけるつもり?」
「ええ、そろそろ動いた方がいいでしょうし。
今日は買い物に付き合いますよ」
「あー……
付き合ってくれるのは助かるけど、1人で動いちゃダメだよ?
全快したわけじゃなさそうだし、出かける時は俺と一緒にね」
「そのつもりなので大丈夫です」
おそらく私が不調になったら、抱えて運ぶつもりなんだろう。確かに全快はしてないし、隠したところでウラヌスにバレるのは私も分かってたしな。
「わたしも今日出かけようかなと思ってたんだけど、2人のデートを邪魔しちゃ悪いから遠慮するわね♪」
「……ベル、オマエな」
「すいません、ベルさん。
次に出かける時は、このにゃんこに首輪つけて、お散歩へ連れて行ってください」
「そうさせてもらうわ♪」
「ちょっちょっちょ……」
今朝は私とウラヌスで軽めの和食を用意して、食事をしながらジャポンとオータニアの話に花を咲かせた後。
久々に隠れ家から地上へ出て、岩場に降り注ぐ朝日を浴びる。
「はぁー……
こうして見ると、悪くない景観ですね」
「今日はいい天気だからね。
元々そんなに雨が降る地帯じゃないんだけど」
あまり生き物の気配がないし、多分そうなんだろう。結構こういう場所多いんだよな。
「アイシャ、走って大丈夫?」
「走らないと時間がかかりすぎますし、気にしなくて大丈夫ですよ」
「……分かった。
じゃあアイシャが問題ないペースで走ってくれる? それに付いてくから」
「ええ。進む方向だけ指示してください」
「オッケ。まずはあっちを目指して」
頷いて、ウラヌスの指差す先へ走り出す。最初は緩めで様子を見つつ、調子が良さそうならスピードを上げるとするか。
「──アイシャ、そろそろスピード落として」
疾走する中、声をかけられて私はゆるゆると速度を落とす。「ふー」と息を吐き、
「やっぱりまだ全快とはいきませんね。
しばらく動いてなかったのもありますが、調子としては半分くらいです」
「さっきまでのペースで半分……?」
半信半疑な顔をするウラヌス。道が分からないから、そんなに飛ばしたつもりはないんだけどな。運動不足を解消したいのはあったけど。
さて、もう目前には港町の郊外が迫っている。更にスピードを落としながら、
「いつも道を変えてるんですよね?」
「いちおうね。
隠れ家がバレないように、できるだけ痕跡は消したいし」
オータニアでも街と修行場の往復路を変えたりしてたからな。当然ここでもそうしてるだろうと思った。ウラヌスは常に尾行を警戒してるし、『隠』でオーラの痕跡を残さないからな。私も【天使のヴェール】を常時使ってるけど、それに加えてオーラを周囲に放つことも控えてる。
「そういうふうに気を付けてるからこそ、ユリさんを招待するのは躊躇するんですよね」
「だね……
少し前まで追って追われての関係だったわけだし。
今は4人
溜め息を吐くウラヌス。そりゃ気になっちゃうよね、どうしても。
「すぐ隠れ家ヘ招待せず、この町で逢うとか、段階を踏んでもいいと思いますよ。
現実でのユリさんの様子も観察した方がいいでしょうし」
「うーん……
結局なし崩しになるだろうけどね。ゲームでもそうだったし」
それはそう思う。
港町へ到着し、喫茶店で休憩する私達。ウラヌスが目立つからだと思うけど、店長さんなのか店員さんなのか分からないおじさんから、ちょっと不審そうな目で見られてる。
「……平日だからねぇ」
「そうですね……」
2人とも何がとは言わないが、珈琲を口にしながら喫茶店の外をガラス越しに眺める。外では忙しげに、社会人や学生らしき人達が朝日の下を行き来している。
店内のテレビは、朝のニュース番組を延々流している。いちおう耳を傾けているけど、特に関心のある話題はない。キメラアントとかNGLとかハンター協会とかマフィアとか、そういうニュースはないようだ。新聞でマフィア関連はチラっとあったけど、大した記事じゃなかった。
「どこか行きたいところとかある?」
「そうですねぇ……
デートなら映画館も悪くないですが」
「いや、そうじゃなくて……」
「冗談ですよ。
ホームコードの確認をどこかでしたいですが、それは静かな場所であればどこでもいいですし」
「あー。それなら町のちょい外ぐらいのところでやってもらった方がよかったね」
「確かにそうですね。
であれば、ホームコードの確認は帰る前に済ませればいいですから、ひとまず買い物ができる場所へ行きたいです」
「食料は大前提だと思うけど、欲しいのは生活用品?」
「それは必須ですね。
今朝お風呂へ入った時、シャンプーを切らしてるの思い出しましたし」
「……どれくらい滞在するつもり?
俺は別に迷惑とかそういうのはないけど」
「特に決めてはいないですが、家に帰った後もこちらへ来るつもりですから、生活用品はやっぱり欲しいですね」
「ん、了解。
持って行き来するのがアレな物に関しては、俺のトコに置きっぱなしでいいから」
「そうさせてもらいます。
他には……電脳ページで調べものがしたいです」
「ならネカフェかな。
俺は入りにくいけど……」
「その時は私だけで入りますので、申し訳ないですが待っていてもらえると。
あまり時間はかけません」
声を出さずに『ライセンスも使いません』と伝えると、ウラヌスも頷く。アムリタでは可能な限り大きな行動の痕跡を残さない方がいいからね。協会を信用できない以上。
さて、まずはデパートに来たわけだけど。
実のところ、現金はそれほど持ち合わせがない。まぁ1万ジェニー札はいっぱいある。あるけど、流石に何十枚と持ち歩いてるわけじゃない。もちろんカードもあるけど……
「カード、使って問題ないと思います?」
「んー……
ライセンスは個人的に論外なんだけど、カードは……避けられるなら避けたいかなぁ」
やっぱりそうか……。カードを使った途端に居場所がバレちゃうとかそんなことはないだろうけど、後々よからぬ連中に使用履歴を追跡されるかもしれない。そこまで警戒するなら、アムリタでの使用はできれば避けたい。まぁ当面は。
「大きな買い物は俺に任せていいよ。
細かいのはやりとりが手間だし、お互いの財布で」
「……後で清算しますけど、それでお願いします」
「でもアイシャって、高い物買う予定とかあるの?」
「いえ、生活用品で高い物を使うことはあまりないですね。
食事代も常識の範囲内だと思いますし」
「ふぅん。
ま、とりあえず見て回ろっか」
一方、隠れ家では姉弟がテレビの前で2人並んで座っていた。
「……ねぇ、シーム」
「なに、おねーちゃん?」
「格ゲーばっかりしてるけど、そろそろ修行が恋しいんじゃない?」
「んー……」
「ここのところバタバタしてたから、修行免除してもらってたでしょ?
感覚が鈍らないうちに、運動不足解消を兼ねて外に出てみない?」
「外に出るの?」
「中で修行するわけにはいかないでしょ?
ウェイトトレーニングもできないし」
グリードアイランドで使っていた重量物は、全てあの修行場に置き去りである。流石に持ち帰ろうにも、どれも重すぎて邪魔すぎた。
「外に出ちゃダメとは言われてないけど、勝手に修行していいのかな……」
「無理なんてしないわよ。
軽く運動に誘ってるだけ。シームが嫌なら、アタシ1人でも行くけど」
「あー……待って。ボクも行くから」
「2人とも出かけるの?」
雑誌を読みながら、黙って話を聞いていたベルが口を挟む。
「ちょっと運動したくて。あなたも一緒に行く?」
「うーん。せっかくのお誘いだけど、今回はいいかな。
ウラヌスに修行するかしないか、ちゃんと答えてないからね♪」
「オレも遠慮しとくよ」
新聞を広げていたモタリケもそう返す。
「じゃあシーム、早速行こ。
アタシ達、お昼には戻ってくるから」
「それじゃ昼食を用意して待ってようかな♪
デートに出かけてる2人は多分外でお昼を食べてくるだろうから、昨日のパスタの残り、じゃがバタ、パン、サラダ……帰ってくるかもしれないから多めにスープも作ろっと♪」
「食後の珈琲は俺が淹れるよ」
背負い袋にタオルとペットボトル、時計等を詰めて、隠れ家から地上へ出る姉弟。
遮るモノがない日差しを浴びながら、メレオロンは髪をかき上げて深呼吸し、
「はぁー……
ウラヌスには悪いけど、こもりっきりはやっぱり良くないわね。
楽だけど、ちょー不健康」
「匿ってもらってるのに、そういうこと言っちゃダメだよ……」
「分かってるってば。だから本人には内緒」
「もー。
……で、どこでするの?」
「流石に入口付近はマズイから、少し離れたところで。
あんまり離れすぎると帰れなくなりそうだし」
「……おねーちゃん、道に迷いそうだからボク付いてきたんだけど」
「あ、うん」
2人は隠れ家の入口の目印が視認できるギリギリまで移動する。
「さて、修行を始める前に話があるんだけど」
「だと思った。むしろそっちが本命なんでしょ?」
「あ、気づいてた? 運動したかったのは本当だけどね。
あの脱衣所も、うっかり聞かれちゃう可能性があるから。
──シーム、アタシ達このままでいいと思う?」
「……」
「今更ではあるんだけど、ずっと2人の世話になりっぱなしでしょ?」
「ボクも良くないとは思うけど、今は仕方ないと思う。
どっか行ったら、絶対探しに来るだろうし」
「そうね。アタシも逃げ出したりとか、恩を仇で返すようなことをしたいわけじゃないの。
けれど、だからって世話になるのが当たり前だとも思わない」
まっすぐに見つめてくるメレオロンから、シームは視線を逸らし、
「……。
でも迷惑をかけたくないとか言うと、2人とも困っちゃうと思うけど。
がんばって修行する、じゃダメなの?」
「アタシ達が鍛えてもらってるのは、窮地に陥った時に備えての自衛手段確保の為だけど、もし2人きり1人きりにならざるを得なくなった時に、何とか生き延びる力を得る為よ」
「……念能力者と戦うとか?」
「一番有り得るのはそれよね。ハンターとかに狙われそうだし。
2人がいくら強くても、集団で一斉に襲われたら守り切れないかもしれない」
「だからボク達は修行してもらってるんだもんね」
「特にアンタはね」
「ボクが弱いのは分かってるよ……
できるだけ強くなるのが、いま出来る恩返しだと思う」
「今はそれでいいの。
でもアタシがしたいのは、これからの話。
アタシ達を狙う連中がいなくなって。アタシもアンタも整形して。充分強くなって。
そうなれば万々歳だけど、その後は?」
「……」
「分かる?
アンタもアタシも、身の安全を保障されて見た目が変わったとしても、キメラアントであることに変わりはないの。特にアタシはね。
2人ともずっと面倒を見てくれるわけがない。いつか自力で生きていかないといけない。
生き方を見つけないと」
「……。
急にそんなことを言われても……」
「アタシは最悪、自然の中で生きてもいい。
でもアンタはそういうわけにはいかないでしょ?
文明の中で人として生きることもできるでしょうけど、その為には生きていく、食べていく方法を見つけるのが大前提。いい学校を出て、いい会社になんて今更無理だろうし。
誰かに用意してもらうのを待ってちゃダメよ?」
「……」
「もちろん相談してくれれば、アタシだけじゃなくて誰だって聞いてくれるだろうから、そうして。
ただダラダラと生活せずに、自分の将来を考えなさい」
「……。分かった。
でもおねーちゃん、1つ約束して」
「なに?」
「ボクを置いて、黙ってどっかに行かないで。
おねーちゃんが自然の中で生きていくなら、ボクも付いていくからね?」
「……うぅん……」
「ちゃんと約束して」
「……分かったわよ。アンタも強情ね……」
「将来についてはちゃんと考えるから。
修行、始めよ」
「そうね。とりあえず走り込みましょうか。
100mくらいを何度も往復する感じで──」
一方、隠れ家の夫婦。
「はぁー……」
「どうしたの、モリー? 溜め息なんて吐いて」
「4人が出かけてるから、今のうちに絵を描こうかと思ってたんだけどな……
考えてみたら、散らかしたり汚したりするとマズイことになるかもなって」
「あー。それに絵の具とか、結構
「絵の具はまだマシなんだけど、油が
ベルもメシ作ってる時に困るだろ?」
「まぁ……」
「だから絵を描くなら外へ出た方がいいんだが、画材一式を持って上がるのは大変だし、外で風が吹いたり塵が飛んでる中で絵を描くとなるとな……」
「町の中と違って、この辺だと絵が汚れそうよね」
「だからって、ゲームみたいに町まで行って……なんて現実的じゃないからな。
ここにいる限り、絵を描くのは難しいって気づいた」
「それで溜め息吐いてるわけね。
ウラヌスに相談してみたら?」
「……アイツは嫌がってるだろ?」
「あの子の絵を描くことに関してはそうだけど、別の絵までは嫌がってないでしょ?」
「それはそうだけど、オレが一番描きたいのはアイツの絵なんだよ……」
「それは困ったわね♪」
「なんだよ、嬉しそうに……
思いの
グズグズしてたら、アイシャちゃんも家に帰りそうだしな」
「約束さえしておけば、戻ってきてモデルにはなってくれそうだけど。
あの子、結構律儀だし」
「どっちにしても、ウラヌスに相談しないとダメか。
……ベル、オレも料理手伝うよ。退屈でストレスが溜まる」
「はーい♪
じゃあわたしが苦手なタマネギの──」