前章の続き、ヨークシンで幻影旅団が暗殺の手から逃れ、無事護送される時のお話。
ヨークシン裏話はこれでエピローグです。……が、エピローグは外伝五章まで続きます。なげぇよ……
へたりこんでるうちに、暗殺一家は俺が意識を払う範囲から居なくなった。
念の為、警戒網を広げて様子を見る。……戻ってくる気配は、ない。マフィアの気配もしないな。
終息したか……。そう判断してよさそうだ。
ムダにマフィアから目を付けられても嫌なので、ゾルディックの去った戦場跡から俺も離脱した。
目的地へまっすぐ向かうつもりだったが、だんだん痛みと疲労感が強まってきたので、視界に入ったドラッグストアへ進路変更。躊躇なく飛び込む。
「いらっしゃ──」
勢いよく入店した俺の姿を見た、店員の挨拶が途切れる。……まぁ何があったんだって感じだよな。かなり汚れてるし、少なからず血に
その視線を気にしないフリして受け流し、手早くカゴに薬品やら布巾やらを放り込む。
欲しいモノを物色し終えて、とっととレジへ。
「……あの、お客様。お怪我されているようですが、大丈夫ですか?」
「ああ、はい。ちょっと転んだだけなんで。
でも急いでくれると助かります」
さっきの店員に定番の言い訳をして、会計を促す。この街で色々騒動が起こってるのは知ってるだろうし、俺が構わないでほしそうな素振りを見せたので、それ以上何も言わず会計をする店員。
商品代金を支払い、そそくさと退店する。あー、はずかし……
人目がないところで跳躍。適当なビルの屋上に跳び乗り、簡易治療を始める。
皮膚や髪、ワンピースについた汚れと血は、湿らせた布で軽く拭っておく。あぁもう。特に髪、マジで勘弁してくれ。ちゃんとケアしないと……くぅぅ。
あちこち骨にヒビが入っている箇所は、神字で治療を開始する。すぐには治らないが、重傷でもないから、休めば腫れや痛みぐらいは治まるだろう。まぁ応急処置だ。一晩寝てオーラが回復したら、ちゃんと治そう。
買ってきた色んな栄養剤を開ける。……全然足りないけど、いくらかマシになってきた。ようやく「ふぅー」と一息吐く。
あー……しんど。
と、ぼさっとしててもいけない。あっちを見届けないと。
予定していた合流ポイントに向けて、屋上から屋上へと跳び移り始めた。
見覚えのある黒スーツ姿を、街の端にある雑居ビルの屋上に見つけ、俺は迷わずそこへ跳び移った。
タン、と着地し。
「よ、ノヴ。護送車は?」
黙って、ノヴは親指で差し示す。
ヨークシンシティの郊外から少し離れた上空に、ハンター協会の飛行船が滞空している。……どうやら無事に乗船できたようだ。
はぁー、と息を吐く。ひとまず作戦成功と。
「キミの到着を待っていた。撤収するぞ」
「オーケー。頼むわ」
告げると、トプンと足下から水へ沈むように降下する。
すぐ白い部屋の床へ着地。ノヴも同様に天井から降りてくる。
カツカツと心地よい靴音を立て、壁に一枚貼りついた扉へと歩いていくノヴ。その後を付いていきながら、殺風景にも映るこの空間を何となく関心を持って見回す俺。
「……何度も来ているだろう。
なにか面白いモノでもあるのか?」
「んー?
そりゃ前と同じとかだったら、俺も興味もたないよー。
でも結構いじってるだろ?」
立ち止まり、合わせて歩を止めた俺へと振り向くノヴ。
「どうしてそう思う?」
試してるのか、興味本位なのか。クールを
「魔法使いをナメてもらっちゃ困るよ、キミィ。
コスト軽減の為に、天井も壁も床も同じ建材を用いてるだろ?
歩けば、大体どれぐらいの強度か分かるよ。で、前に歩いた時と違うもん。
俺が床を踏みつけたとして、そうだな、顕在オーラ20000ぐらいまでは無傷で耐えられるかな。
無敵に近い【4次元マンション/ハイドアンドシーク】の弱点だもんな。部屋の外郭を直接攻撃されるとヤバイって」
俺の話を聞いた後、ノヴは溜め息を吐きながら眼鏡を軽く上げた。
「何を言うかと思えば……
仮に部屋の一部を壊したところで、脱出などできないぞ。
周囲は、不安定な空間が広がるだけだ。そこへ飛び込めば、どことも知れぬ場所へ放り出されるからな」
予想通りの言葉を返してきたので、俺は肩をすくめてみせた。
「でも、それはノヴも困るわけだろ? コントロールできない部分だから。
そりゃそうだよな。だってこの部屋って、別空間の中を高速移動させて、出入口は現実空間の座標と一致させてるだけだもんな。だから、出入口以外から出た場合はどこへ放り出されるか、ノヴにも分からない。部屋の高速移動中は特にね。
障害物のない別空間を高速移動するのは、ワープ理論の基本だからな」
「……。
キミの話は、聞いていると疲れる」
ノヴは首を振って、扉へと向かう。……俺、なんか変なこと言ったっけ?
扉を開くノヴ。その向こうには、揺らめく空気がある。色彩が混じり合い、何とも形容しがたい景色を映す。
ごく自然にそこを進んでくノヴに付いていき、身体の前面にトプンと水のような感触がぶつかった。
視界が開け、小さな寝室の床へ俺は踏み入った。ノヴがこちらを見ている。
「ここは?」
「キミに宛がわれた休憩室だ。もちろん、あの飛行船の中のな。
休んでいきたければ休むといい。私がキミの帰還を報告しておく」
確かにクタクタだけどな……
「いや、いいよ。
ちょっと遅くなったし、俺が報告に行く。……ネテロのいるところまで案内だけ頼む」
「そうか」
微細な揺れのある床の上を、俺はノヴに連れられ、歩いていった。
飛行船中央の広い空間。
護送車が中央に停車し、その近くで普段の着物に着替えたネテロが、こちらへと視線を向けていた。……あの衣装のネテロは見てて落ち着くが、なぁんかイラっとすんだよな。えらっそうに。イジりたくなってくる。
ノヴとともに歩いていくと、大儀そうにこちらへ声をかけてきた。
「無事に戻って何よりじゃ。
ご苦労じゃったな、ウラヌスよ」
他人事みたいな口調で、むかーっとくる。
「……
何がご苦労じゃったな、だ。
普通に死にかけたわ! お前が死ねよ!
……言っとくけど、一番ダメージ受けたのはお前の百式だからな」
「私もアレは見ていて、ヒヤッとしましたが……」
ノヴが珍しく援護射撃してくれる。
「いやいや、待てぃ。
一撃目はお主、ちゃんと防いどったじゃろうが」
「ああっ!?
お前それ結果論だろうが! 相手だけ攻撃しろやノーコンッ!」
「無茶言うでないッ!
ワシ運転しながら『周』と『円』しつつ、しかもあの速度じゃぞ!
動いとる敵だけ叩けるわけがないじゃろう」
「んなこと分かってんだよ!
だから警戒してたんだろうが!
にしたって、遠慮なく後ろからブッ叩くんじゃねぇよ!」
「……言うても、3人まとめて叩き落とすつもりじゃったしのぅ。
加減なぞ出来んわ」
「俺はオマエの敵かッ!?
3人とか勘定に入れてんじゃねぇ!」
「……少し落ち着け」
肩に手を置くノヴの呆れ半分な声に、「ふー、ふー」と息をつきつつ、気を落ち着けていく。
ネテロは困った顔でヒゲをさすり、
「……しかもお主、二撃目は完全に撃たせる気じゃったろうが。
アレでダメージを受けたと言われても、ワシャどうもならんぞ」
「いや、お前もちょっと加減しろよ……
確かに撃たせたのは俺だけどさ。
食らわせた爺さんの身体、めっちゃベキベキ言っててビビッたぞ」
「ゼノはあれぐらいじゃ死なんぞ。
そんなことはお主も分かっとろうが」
「知らねーよ。
つかそうじゃなくて、俺もそこにいんのに全力で撃ち込むお前がおかしいんだろうが」
「……あの状況で全力攻撃せんのは、まぁノリが悪いと思うての」
「今からノリでグーパンするけど、いいな?
言っとくが『発』でやるぞ」
「やめい。
まぁ慰謝料ぐらい払ってやるわい。それで許せ」
「……お前さ。
俺、百式2発食らった上に、ゾルディック3人と戦ったんだぞ。
それで許せ、で済ますな。
いつ殺されるか、俺めっちゃビビってたんだぞ」
「うん? なんじゃ。
それは慰謝料の釣り上げ交渉か?」
「オマエの、態度が、気にいらないッッ!!」
地団駄しながら怒鳴りつけると、
「う、うむ……
いや、すまん。恐ろしい目に遭わせてしもうたのは謝る。
ワシの道楽に付き合わせて、すまんかったな」
「ぐぅぅぅ……
……つぅかさ。いつまでも昔の俺みたいな感じで使うなよな……
俺もう大分ヘタってきてるって言ってるだろ。今だってオーラ底尽きかかってんだぞ。工夫して戦うのにも限度がある……」
「お主のソレも難儀な話じゃのぅ……」
「まだ打開策は見つかってないのか?」
ノヴが尋ねてくる。俺は息を吐きつつ、
「どうにかする方法は、ある。
……けど時間がかかる。だからあまり妙なことに付き合わせないでくれ。
今回だって、急に金が入り用になると困るから無理して受けたんだ」
うつむき加減に言うと、ネテロとノヴが顔を見合わせる気配。
「うむ……実はじゃな。
今回、幻影旅団壊滅の報酬として360億用意しとったんじゃが」
……なんか聞いてるだけで胸焼けしそうな賞金だな。
「13人捕縛したと思っとったら、1人少なくての。
支払う賞金が20億浮いてしまっとるんじゃ」
「……ん?
それ、どういうこったよ。壊滅させたのに1人少ないて」
「蜘蛛のうち足1本は、仲間のフリをしとったっちゅーことじゃ。
ソヤツが蜘蛛を裏切ったことが、今回の捕縛劇に繋がったんじゃろな」
「ふむ……
でも、そいつだってフリとは言え、蜘蛛としての活動はしてたんだろ?
裏切ったのはいいけど、そいつ自身は放っといていいのか?」
「構わん。
……確かにソヤツも重大な犯罪者なんじゃが、プロハンターでもある。
捕縛こそしとらんが、蜘蛛と同じく掟に縛られたようじゃから問題ないと判断した」
「そうか……
まぁいいや。
で、20億浮いてるのがどうしたって?」
「一度予算として組んでしもとるから、戻すのも面倒での。
護送の任務難度が想定を遥かに越えとったから、これを今回の報酬にしようと思う」
「……またビーンズが文句言いそうだけどな。
どうせ正式な手続きしてないんだろ?」
「事後承諾させるわい」
「そんで、その愚痴を俺が聞かされるわけだ。
……うん。で、内訳は?」
またネテロとノヴが顔を見合わせる。うなずくノヴ。……ん?
「ワシラは今回、大して役に立っておらん。
作戦の立案、及びゾルディックの撃退を担ったお主の功績をたたえ──」
「だが断る」
その先を予想し、俺はネテロの言葉を断ち切った。
「……ちょっと待てぃ。最後まで言わせんか」
「言わなくても予想がつくから断ってんだよ。
何が功績をたたえ、だよ。そういうのヤメロ。
つか、作戦の立案オレとかバラすな! くそっ」
それを聞いたノヴが眼鏡を直し、
「すでに会長から伺っていたよ。
……らしくない慎重さだったのが気になってな。
私のことなどいちいち気にしなくていい」
……。
だったら早く、そう言ってくれよ。隠してた俺がアホみたいじゃないか……
「お主も面倒なやつじゃのぅ……
で、じゃ。ワシとノヴは1億ずつで構わん。お主が18億受け取れ」
「いらねーよ。
……全部渡すつもりだったのを、ちょっと加減しただけじゃねーか。
俺の神字依頼なんて1回数千万ぐらいが相場なのに、何で今回のが十数億になるんだ。今の俺の働きにそんな値を付けるな」
「だから危険手当と慰謝料じゃろが。
お主、殺されるトコだったと自分で言うとったじゃろう」
少し考え、俺は自分の言葉を否定する。
「……違う。
俺はターゲットじゃなかったから、アイツラ本気で殺しには来てなかったよ。
そうじゃなかったら、流石に俺も逃げてたよ」
「……それは、お主もそうじゃろ?
あの後、ゼノとマハから電話があっての。
ゼノはお主が手加減しとったことを、ごにょごにょ言うとったわ。
マハのやつは、久々に面白いものが拝めたとエラく上機嫌だったがな」
……マハって、あの妖怪爺さんのことかな。俺も高速神字を戦闘に使ったの久々だしな。オーラごそっとむしられて、ヤバすぎるから。……モノにもよるけど。
「まあ、そんなことは別によかろう。
お主は16億。ワシとノヴがそれぞれ2億。それでどうじゃ?」
「……まだ多すぎるだろ?」
「そうか?
ワシは『周』でそれなりにオーラを使ったが、百式観音3発で済んどるしの。護送車の運転は、むしろ楽しめたから別にええわい。……ノヴはどうじゃ?」
「……私は会長より全然楽でしたからね。
待機のみの報酬で、1億でも充分ですが」
「それを言うと、こやつが文句言いそうじゃしの。
……作戦の立案、ゾルディックとの交戦の他にも、護送車の防護神字埋め込み、更には防護神字の緊急稼動までこなしておるでの。
危険手当、慰謝料を加味すれば、16億というのはそこまで破格でもないと思うがな」
……俺の金銭感覚おかしいのか? やっぱり多すぎると思うんだが……
うつむいていると、機械の操作音。
「……おい?」
「お主のライセンスに16億入金したぞ。話はしまいじゃ。返金は受け付けん」
「いや、押し付けるなよ。
なんかムカつくんだけど」
「金がいるんじゃろうが。
後で困らんように受け取っておかんか」
「ほどこされたようで、気分がよくないっつってんだよ」
「やかましーのぉ。
お主の気分なぞ知るか。年長者の言うことを少しは聞けぃ」
「うわジジイ……
それ言ったら、皆お前の言うこと聞くしかなくなるじゃねぇか。年齢ふりかざすなよ」
「ワシャ会長じゃぞ?
ハンター協会で一番エラいんじゃ。
……後で困ったからといって、その時は助けてやらんぞ。大人しく受け取らんか」
腕を組んで、溜め息を吐く。はぁ……
「分かったよ……。ありがたく頂戴する。
どうせ返そうとしても受け取らないんだろ……
その代わり、こいつらを牢屋に放り込むところまでは付き合うからな。
ここで終わりにして、後で逃げられたとか聞かされたら、たまったもんじゃない」
「お主、忙しいんと違うんか。
……そうでなくても、かなり身体を痛めてオーラが残っとらんのじゃろ?」
実際には2万近く潜在オーラを残してる。戦闘から緊急離脱もできないほどヘタる気はなかったしな。そこまで無謀じゃない。多分……
「戦いさえしなけりゃ平気だよ。
……別に牢屋へ入れるまでなら何日もかからないだろ?」
「今から数時間後には、ひとまず収監の手筈を整えておる。
無論その後に裁判を行い、正式な収容所へ入ってもらうことになるがな」
「んじゃ、収監まで付き合うくらい問題ないさ。
報酬はもちろん、そこまでを込みでさっきの額だ。
交渉成立、な?」
「……よかろ。無理はするなよ?」
「へいへい。
それじゃ2人とも、お疲れさん」
ひらひらと手を振り、俺は休憩室に足を向ける。
「会長……
あのままにしておいて大丈夫なのですか?」
ノヴが心配げに尋ねる。ネテロも難しい表情を浮かべる。
「……
助力を求めんのは、あやつの悪いクセじゃ。大概のことは何とかしてしまいよるしの。
ワシラ大人が上から助けようとしても、拒むのがあやつの中で当たり前になっとる。
困ったやつじゃ……」
神字のエキスパートであり、稀代の能力者であるウラヌスは、ハンター協会にとっても欠くことのできない貴重な存在である。
だが本人の中ではその意識はないようで、周囲が差し伸べた手を不要と払いのけるのが当然になっていた。ゆえにウラヌスは協会内でも孤立してしまっている。
せめて近しい年齢の者であれば、ああも