どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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 前章の続き、ヨークシンで幻影旅団が暗殺から逃れ、無事護送される際のお話。







外伝四章

 

 休憩するつもりだったけど、その前に少し腹ごしらえしようと思い、俺は飛行船の中にある調理室へと足を運ぶ。調理室の中で待機していた料理長が、

 

「今ちょうどスタッフが休憩中でしてね。

 簡単なものでも良ければ、すぐにご用意しますが」

「……いや、俺が自分で作るよ。

 ただ、ちょっと量作りたいんだけど、いいかな?」

「はぁ……

 食材は充分あるんで、大丈夫ですけども」

「じゃあ、しばらくキッチン借ります」

 

 俺は一つ思いついて、手間暇をかけることにした。

 

 

 

 大きめのピクニック籠を手に、俺は護送車へと近づいていく。

 

 観光バスの入口よろしく一見普通の扉に、俺は手を触れて開いた。

 

 この扉は神字で施錠してあり、俺かネテロかノヴが触れた場合しか、開閉しないようにしてある。内からも外からも。

 

 車内の幻影旅団が、突然乗り込んできた俺を思わしげな顔で見てくる。扉がプシュウと閉まり、俺は運転席付近にある車内マイクを見つけ、スイッチを入れた。マイクを口許に寄せ、

 

『あ、あー。マイクテステス。

 えー……

 本日はスワルダニ観光をご利用いただき、まことにありがとうございます』

 

 旅団員のうち数名がコケた。こんなしょーもないのでウケるんだから、娯楽に飢えてるんだろーな。

 

『このバスを載せた飛行船は、まぁ天気が悪くなければ、ン時間後にスワルダニシティへ到着の予定です。皆さま、短い間ですが好きなだけご歓談をお楽しみください。

 ……つーか、バラバラに収監されるだろうから、仲間と喋れんの今のうちだからなー』

 

「最後までちゃんとやれよ……」

 

 一番前に座っていたフィンクスが突っ込む。──いちおう旅団メンバーの顔と名前は、直前に資料を見て記憶してる。

 

『あぁ? えっと……

 車内は禁煙でございます。なんか備え付けの灰皿とか見えますが、目の錯覚です。

 そちらはインテリアでございますので、おタバコ吸えないからと言って、灰皿でヒトの頭や自分の頭をお叩きにならないよう、よろしくお願いいたします』

 

 一番後ろの席に陣取っていたウボォーギンが「ぶはーっ!」と吹き出す。

 

「おい、嬢ちゃん!

 なんだってそんなウケ狙ってんだ! ワケわかんねーだろ!」

 

『んー?

 ああ、先ことわっとくけど、俺はお前らにかかってる念の掟、知ってっからな?

 だからウッカリ変なこと言って、死んだりすんなよ』

 

 そう告げると、流石に全員黙り込む。うん、分かってるみたいだな。

 

『外から様子見てたら、お前ら相当消耗してるみたいだったからな。

 どうせロクにメシ食わせてもらってねーだろうから、持って来てやったんだよ』

 

 一度マイクを切り、ピクニック籠を持ったまま、バス後方へ歩いていく。

 

 値踏みするような視線を横切りながら、後ろの席にいるウボォーギンのところまで行き、籠の金具を外す。

 

 中にはぎっしりサンドイッチが入っている。ツナサンド、ハムサンド、タマゴサンド、カツサンド、定番四種だ。まぁカツは冷凍を解凍しただけだが。

 

「ほれ、お前から取れ。

 言っとくけど1人4つな。

 4種類あるから1つずつ取れ。取りすぎんなよ」

「……毒でも入ってんじゃねーのか?」

「なんで取っ捕まったオマエラ毒殺しなきゃいけねーんだよ。アホか」

 

 言って、タマゴサンドを1つ手に取り、頬張る。

 ……むぐむぐ、ぱりぽり。とろとろタマゴ、んまー。

 

 何度か繰り返し、ごくんと全部飲み込む。指についた白身をなめ、

 

「ほれ。……なんならオマエが毒見すりゃいいだろ。

 他の連中を安心させてやれ」

「……遅効性の毒かもしれねーじゃねぇか」

「めんどくせーなぁ。

 だからなんでこの状況で毒を盛らなきゃいけねーんだ。

 お前、自分にかかってる念の掟、ホントに意味分かってるか?」

 

 そう告げ、ツナサンドも手に取り、もぐもぐする。

 

「……ウボォー。

 それはまず大丈夫だよ。この子が戦ってるところ見てただろ?

 普通のハンターなら、ゾルディックが襲撃してきた時点でさっさと逃げてるはずなのに、この子はバスを護りに来た上、必死に戦ってたじゃないか。その理由を考えてみろよ」

 

 一つ前の席に座っていたシャルナークが、そう声をかける。

 俺の真意を測るように、じっと目を覗きこんでくるウボォーギン。もぐもぐ……ごくん。

 

「俺が戦ってたのは金の為さ。

 プロとしての矜持とか正義感とか、そんなのと俺は無縁だよ」

「……嘘くせぇな。金の為に戦うような連中は、オマエみたいな眼をしてねーぜ。

 命あっての物種だ。金目当てのヤツなら、ヤバくなったら逃げだして当然だろうが。

 ジイさんに逃げろと言われた時、なんで逃げなかった?」

 

 そう言われてもな……

 

「ヘタに逃げたら殺されそうだったからな。

 あん時は必死で、正常な判断ができなかっただけさ」

「ほぅ……まぁソイツはいい。

 だが、もしこの食い物に毒か薬を仕込んでやがったら、覚悟はできてるだろうな?」

「……その時は好きにしろよ」

 

 端的に返す。この男が命を惜しまないなら、俺は殺されるな。今の俺じゃ消耗しすぎている。

 

「………………。……腹は、減ってるんだがな」

 

 搾り出すような一言に、俺はウボォーギンの腹を見る。だいぶ手酷くやられてるな……。これのせいで回復が遅れてるのか。……うん、まぁ大丈夫か。掟には触れまい。

 

 ピクニック籠を一度閉じ、奥の席に置く。

 

 すぐそばまで近づき、大男の耳元に顔を寄せ、

 

「内緒にしろよ……」

 

 ウボォーギンの腹に、指先を当てる。──細胞が壊れているような感じなので、患部の細胞を破棄して、周囲から新たに無事な細胞を寄せて代替するように促す神字を腹腔へと刻む。

 

「……多分、完治に一週間かな。

 壊れてたのは腹部の筋繊維と皮膚だけで、内臓へのダメージは回復できる状態だから、メシは……ちょっときついだろうが、よく噛んで食べればいくらか痛みはマシだと思う」

 

 そう告げて、距離を開ける。

 

「ほれ。食わないと回復しないぞ。

 ……食ったら、出来るだけ安静にしな」

 

 ピクニック籠を手に取り、改めて中身を向ける。

 今度こそ何も言わず、ウボォーギンはサンドイッチを4切れ手にした。

 

 俺は後ろに歩き、すぐ近くのシャルナークへと籠を向ける。

 

「キミは『男魔女/ウォーロック』、ウラヌス=チェリーだね?」

 

 言われて、遠い目をする俺。どう反応すりゃいいんだ……

 

「……まぁた懐かしい呼び名だなぁ、オイ。

 誰なんだろな、俺のことそう呼びやがったの?」

 

「そうかい?

 オレは、キミにこそ相応しい名前だと思うけど」

 

 苦笑しながら、シャルナークもサンドイッチを4切れ手にする。

 顔が赤くなるのを自覚する。……実は俺もそう思ってる。言われたいとは思わないけど。

 

 ふと気がつき、サンドイッチを手にするシャルナークをじっと見る。

 

「……ん? なにかオレに用?」

 

 うん? なんでこいつまで顔赤くなってんだ?

 

「いや……

 関節周りの神経と靭帯が痛んでるな、と思って。ほぼ全身だからキツイだろ?」

 

 目を見開くシャルナーク。

 

「多分、関節が外れた状態でしばらく放置してたからだと思うけど……

 見た感じ、関節自体は元に戻ってるみたいだけど、急な運動は当分避けた方がいい。

 無理すると痛みが走るくらいの後遺症は、しばらく出るかもしれない」

 

 何も言わないシャルナーク。まぁ意味は分かっただろう。

 

 更に後退し、横並びに3人座る席へ来る。左手にパクノダ。右手にクロロか?

 

 見た目は団長って感じじゃないけどな。その隣の窓際にマチ。なんだろな、この座り順。妙な意図を感じるが。

 

「あんたが団長のクロロか。

 電話でちらっと声かけたが」

 

 額にバンダナを巻いた美形の兄ちゃんだ。生命力精神力の総量はこの中でも群を抜いている。消耗してる気配がないから、全快していないヤツラの中にまだ上はいるかもだが。一番後ろのウボォーとかな。

 

「オレに電話させて、イルミに諦めさせようとしたのはお前の策か?

 悪くない手だとは思うが、イルミを挑発したことで全くの無意味になったな」

「……いや。

 つったって、アイツ初っ端から俺に喧嘩売りまくってたし、自分は口で言われただけでブチ切れるとか身勝手すぎるだろ」

「あのイルミに、そんな常識的な思考を求める方が間違っている」

「ほぉん。

 ……狂人集団とも呼ばれる蜘蛛の頭にそこまで言われるたぁ、アイツ本物のクレイジーなんだな。覚えとくわ」

「あなたも、さらっと毒舌ね……」

 

 パクノダがぼそりと言う。俺はそちらに目をやり、

 

「狂人集団うんぬんか?

 むしろそう思われるように振る舞ってるんだと、俺は見立ててるんだけどな」

「オレ達のことを他人がどう評するかなど興味はない。

 オレ達は、オレ達のやりたいようにするだけだ」

 

 静かに語るクロロ。

 

「ふぅん。

 まぁ慈善活動することもあるくらいだしな。……主に流星街絡みみたいだけど」

 

 クロロがじろりと俺を見やる。

 

「いや睨んでないで、さっさとサンドイッチ取ってくれよ。

 囚人食はマズいし栄養少ないぞ。

 今のうちに栄養あるモン食っとけって」

「アタシはいらない」

 

 クロロの隣に座るマチが、そうつぶやく。

 

「……ちなみになんで?」

 

 尋ねてみる。マチはこちらから視線を逸らし、

 

「……

 餌付けされてるみたいだから」

 

 げふんげふん! と、むせるシャルナーク。

 

「んなこと言われても。

 ……つかお前さんがた、これからはメシを食わせてもらう立場になるんだぞ?

 気にしてたら何も食えないじゃないか」

「……」

 

 面倒なヒトだなぁ。

 

「……クールな美人さん気取るのは結構だけど、髪の毛のケアはちゃんとしなよ。

 ぼさぼさで傷んでるから」

 

 流石に気に触ったか、キッと睨んでくるマチ。

 

「なによアンタ!

 これはこういう髪型よ!」

「髪型とヘアケアは関係ありませーん。

 手入れが面倒だから、そういうヘアスタイルにしてるのバレバレっすわ」

「な……!」

「やめろ、マチ。馬鹿な話に付き合うな」

 

 クロロがうんざりそうに言う。そりゃ自分越しにこんな言い合いされたらウザイわな。

 

「あなたは随分お手入れしてるのね」

 

 パクノダが俺の髪を見つめながら、優しげに言う。

 俺は思わず、にー。と笑い返してみせる。

 

「ありがと。毎日のお手入れ、大変なんだよ。

 いいからサンドイッチ取って取って。タマゴサンド冷めたら美味しくないし」

「いただくわ」

 

 パクノダがサンドイッチを4切れ手にする。……つか、このヒトすごい格好してるな。胸でけー。

 

「ほら、そっちも取ってくれよ。

 早くしないと髪の毛の話、まだ続けるぞ」

 

 息を吐くクロロ。億劫そうにサンドイッチに手を伸ばし、マチへと渡そうとする。渋々受け取るマチ。その様子をじっと見るパクノダ。……うん、そういうことね。

 

 クロロも自分の分を手に取り、もぐもぐ食べだしたので、ようやく俺は後ろ歩きでバス前方に進む。

 

 左の席にボノレノフ。……なんかえらい身体の構造してんな。包帯ぐるぐる巻きの下、身体中アナだらけなんだけど。感染症だいじょうぶか。

 

 同列右の席にノブナガ。うーん……刀がないせいか、へっぽこ侍感がすごいな。

 

 ノブナガがじっと見返してくる。

 

「オレを見る目に悪意を感じるんだが」

 

 言われて、ついっと視線を背ける。

 

「べっつにー」

「図星みたいなツラしてんじゃねーぞ。おい、こっち見ろ」

 

 ボノレノフの方を見ると、何も言わずサンドイッチに手を伸ばしている。なんか俺見て、包帯の下の表情がニヤニヤしてるな。

 

「お前、旅団に入れよ」

 

 ノブナガの突拍子もない発言に──

 

 俺はありったけ侮蔑を籠めた目を向け、声を発した。

 

「お・ま・え・は、ア・ホ・か。

 何が旅団に入れだ。いま虜囚の立場だろうが、お前らは。

 俺も一緒に牢屋へ入れってか」

 

「そんなわけねーだろ。

 えらく親身になってるから、いっそオレ達と組もうって誘ってるんだ」

 

「アホなだけじゃ飽き足らず、バカなのかオマエは。

 取っ捕まったお前らと組んで、俺に何のメリットがある。このへっぽこ侍が」

 

 あ、言ってもた。

 

「誰がへっぽこ侍だコノヤロウ!」

 

「お前だけだ、へっぽこ侍は。

 こん中じゃ一番ザコキャラだろテメーは。この野武士が。ノブオめ」

 

 あちこちで『ぶーっ!』と吹き出す反応。

 

「てめぇぇぇぇッッ!!」

 

「……やめろノブナガ」

 

 クロロが制止する……なんか笑うのをこらえながら。一度ぐっとノブナガは口を噤み、

 

「おい、クロロ!

 ヒソカの抜け番にコイツ入れようぜ!

 このバカ、教育してやる!」

 

「なんでバカに教育されなきゃいけないんだ!

 ノブオのくせにバカにしやがって!」

 

「誰がノブオだッ! このクソバカヤロウ!」

 

「うっさい、全国のノブオさんに謝れッ!!」

 

 

 

 ──しばらくバカの罵り合い──

 

 

 

「おまえら、もういい加減にしろよ……」

 

 フィンクスの一言で正気に戻り、荒れた息を整える。

 

「いいか、ノブオ……

 俺は、旅団に、入らない。

 くだらないこと言ってないで、さっさとサンドイッチ食えこのバカ」

「フン。

 バカの作ったサンドイッチなんて食わねぇよ」

 

 ノブナガは腕を組んで、そっぽを向いた。

 

 ……。

 

「……んだよ。せっかくがんばって作ったのに」

「わっ! バカ!

 なんでいきなり泣いてんだ!

 ……ていうか、ホントにお前が作ったのか」

 

 ──『他者を傷つけてはいけない』掟に抵触した可能性に気づき、焦るノブナガ。……何も起きない。やっぱ、それぐらいなら大丈夫だよな。だろうと思ったよ……

 

「当たり前だろ……

 お前らみたいな殺人集団の為に、誰が手料理ふるまうんだよ……」

「……いや、何でお前も料理用意してんだよ」

「知らねーよ。なんとなくだよ、そんなもん……

 どうせお前ら、普段からメシ作ってもらうことなんてないだろと思って……」

「当たり前ね。

 ワタシ達、盗賊。食料も盗むに決まてるね」

 

 席の前の方から、フェイタンがそう告げる。

 

「……それがもう、出来なくなるって分かってるかオマエラ……」

 

 しぃん、と静まり返る。

 

「……ちっ。

 ほんとバカだな、テメーは」

 

 言って、ようやくサンドイッチを手に取るノブナガ。

 

 ……ほんと、バカだよな俺。もうやんなってきた。

 

 かなり参ってきたのをこらえて、バス前方へまた歩く。

 

 左の席にシズク、更にその窓際にコルトピ。

 

「もらっていいの?」

 

 シズクが尋ねてくる。俺はうなずこうとして、

 

「あ、ちょっとストップ」

 

 一旦、右の席にバスケット籠を置く。

 

「悪いけどクチ開けてもらっていい?

 あーん、って」

 

「? あーん」

 

 ……なんでこの子も素直に開けるんだろう。いや、そうしてって言ったの俺だけどさ。

 

 口の中を覗き込むと、概ね予想通りの状態だった。小声で伝える。

 

「……あっちこっち歯が割れかけてる。

 放っておくと虫歯になったり欠けたりしてキツいよ。ちょっとゴメンね」

 

 言って、彼女の口に右手の人差し指を入れる。

 

「んぁ」

 

 本当は下あごの歯が深刻な状態なのだが、舌が邪魔なので、仕方なく上あごの方に歯の自己再生を促進する神字を埋め込む。……ま、ついでだ。

 

 彼女の顎と、左腕の肩から手首までの関節が砕けているので、そちらにも患部へ神字を埋め込む。……こういう壊され方すると、綺麗に治りにくいからな。応急処置はされてるけど、オーラで回復できない以上、完治しない見込みもある。

 

 まだ口を開けたままのシズクに一つ嘆息し、バスケット籠を手に取る。

 

「もーいーよ。

 サンドイッチどうぞ」

「うん。コルトピも食べる?」

「もらうよ。

 さっきから食べたかったんだけど、ノブオがうるさいから」

「ノブオ言うんじゃねぇ!」

 

 なんかノブオが騒いでるけど無視る。

 

 後ろ歩きでバス前方へ。さあ、こっから手強そうだ。

 

 座席の向きを変え、右の4席を陣取っているフランクリン。上半身に深刻なダメージを受けたようだ。何度か治療を受けているようだが、治しきれてない。……ちなみに左にはトイレがある。長時間拘束する気だったから、わざわざ値が張るトイレ付きのバスを確保しておいた。

 

「サンドイッチ。

 ……食べれるかい?」

 

 難しい顔をするフランクリン。

 

「まぁ……何も食わないわけにはいかねぇんだが。

 せいぜい1つだな……」

 

「じゃあ……ハムサンドかな。

 どうぞ」

 

 手に取って渡そうとすると、心底億劫そうに左手を動かして、受け取る。まずいな……これ完全に後遺症あるやつだ。

 

 念能力者は、ある程度オーラを制御することで自己治癒能力を高められる……が、掟でオーラの制御も封じられた以上、それは期待できない。一般人よりマシといった程度だ。

 

 どっちにしろ、すぐにどうこうできないけど……

 

 ようやくバス最前席まで来た。

 左手にフェイタン。右手にフィンクス。

 

「はい。君達で最後。どうぞ」

 

 フェイタンがじっと睨んでくる。……フィンクスが食べたそうにしてる気配なのだが、そっちに遠慮して手を伸ばせないでいる。

 

「さきも言たよ。

 ワタシ達、盗賊。施しは受けない」

「いや、だから……

 じゃあ牢屋の中でもずっと食わないのかって話になるだろ?」

「フェイタン。

 ……目的を見誤るな」

 

 後ろの方から、クロロが声を飛ばす。

 ぎりっと歯軋りするフェイタン。

 

「……そんなにイヤなら食べなくていいけど」

「うるさいね」

 

 右手でサンドイッチを鷲づかみ、膝の上に置くフェイタン。……左腕が千切れてるのか。縫合はされてるようだけど。腹部も……ウボォーほどじゃないけど、酷い有り様だ。治療しようとしても拒否られそうだしなぁ。

 

 フィンクスも手を伸ばし、残り7切れだったサンドイッチを手にしようとして、

 

「ん? これ、同じのダブついてないか? 4種類ねーぞ」

「あー。その……」

 

 フェイタンの方を見る。彼が適当に取ったので、最後の方はそうなるわな。

 

「まぁいいけどよ」

 

 頭をがりがり掻くフィンクス。……こっちは右足か。甲が半ばから千切れてるな。痛いだろうに、我慢して。

 

 サンドイッチが残り3つになったピクニック籠を閉じ、運転席に置く。

 

 少し考え、車内マイクのスイッチを入れた。

 

『その……

 お前らがやってきたこと、全部じゃないだろうけど、いちおう知ってはいるつもりだ。

 だから幻影旅団の結末がこんなことになるなんて、オレは何の冗談なんだと思ってる』

 

 おそらく俺の真意が分からないからだろう。旅団も困惑の反応を示している。

 

『お前達の賞金が支払われる条件は、基本的に生死を問わず、だ。

 おまけにお前ら、何か罠にハマっていきなり捕まったとかじゃなく、戦闘の結果でそうなったんだろ? 詮索する気はないが、お前達が生きたままでいるこの現状は、奇跡的なことじゃないかと思ってる』

 

「そんな奇跡いらねーよ。……死に場所うしなってんだよ、オレ達は」

 

 フィンクスがグジグジぼやく。

 

『戦って死ぬことも選べないような負け方した、お前らが悪いんだろ。それは。

 弱けりゃ何されたって文句言えるか。お前達が敵対した相手にしてきたのも、まさしくそれだろうが』

 

「……蜘蛛をここまでコケにしたお前、許さないよ。

 脱獄したら、まずお前を拷問してやる。始めは指ね。軽く爪はぐ」

 

 フェイタンが憎々しげにごちゃごちゃ言う。

 

『あぁ!? なんだその手ぬるい拷問は。

 爪はぐのは後だろ。爪と肉の間に針突き刺して、ぐちゃぐちゃにする拷問やらねーの?

 アレ大概の奴は、ソッコー泣いて謝るぞ』

 

 俺の発言に、面々が嫌そうに引く。いや、だって。……こいつ、拷問のスペシャリストみたいなつもりのくせに、初手からゆるいんだもん。

 

『だいたい、俺を拷問してどうすんだよ。

 ごめんなさい言いながら殺されれば、許されるようなこと言ってんのか、俺は?

 お前らは俺を殺したって気が済まないぐらい、蜘蛛の尊厳を傷つけられてんだよ。自覚しろや』

 

 挑発したつもりなのだが、思ったより反応が薄い。……なんだ?

 

 

 

 ──蜘蛛にとって、最も尊厳を傷つけられた相手は、アイシャかクラピカである。このイメージがそうそう拭えるはずもなく、ウラヌスがここでいくら彼らを罵倒しても、まず覆ることはないだろう。

 

 

 

『えっと……

 お前ら、せっかく命拾いしてんだからさ。

 捕まった直後だし、脱獄だー復讐だーって言いたいのは分かるけど、最後まで牢屋の中だった時のことも考えた方がいいぞ』

 

 言葉は返ってこなかったが、各々が何か思わしげにしているのは伝わってくる。

 

『お前達にかけられてる念の掟って、相当に変だからな。

 どうせお前ら、今まで好き放題やってきて、いざ負けたらさぁ殺せ殺せって投げやりな考え方なんだろ? 自分の命も相手の命も、粗末に扱いすぎなんだよ。

 お前らに死を選ばせず苦しめる為だけに、その掟は課せられたのか?

 ……更生の機会を与えられてるって理解してるか?』

 

「更生したから何だって言うんだ。

 最終的に牢屋で死ぬなら同じじゃねーか」

 

 フィンクスが理解できないといった顔で、俺に指摘してくる。

 

『……更生ってのはな。自分の生き方を見直すってことだ。

 誰の為でもない、自分の為にするんだよ。

 お前らがどれだけ薄っぺらく考え、生きてきたか、自覚しろって言ってるんだ』

 

「なに言てるね、オマエ?」

 

 やはり心底理解できない表情で尋ねるフェイタン。

 

『……クルタ族』

 

 俺が一言だけ告げる。車内の空気が、変わる。

 

『お前達の活動の中でも、これは一際印象的だよな。

 今から5年前か……緋の眼を持つ一族を襲い、悪辣な手口でその眼を奪い取った事件だ。

 で、そこに残されていたメッセージ……

 我々は何ものも拒まない。だから我々から何も奪うな。……だっけか。

 10年前にあった流星街関係者が起こしたと言われる爆破テロでも、同様のメッセージが残されてる。……調べれば分かるよな。お前らが流星街出身だって』

 

 誰一人、言葉を返してこない。

 

 俺自身は疑問に感じている。本当にあのメッセージは、旅団の残したメッセージだったのかと。爆破テロ事件は分かるが、クルタ族虐殺では無意味なメッセージだ。誰が、誰に宛てた? 旅団自らが流星街出身だと明かすことに何の意味がある?

 

『……俺が見てる限り、お前達は狂人には見えないよ。今はな。

 でもクルタ族の件を含め、明らかに正気じゃできないような手口も端々で見られる。

 殺してきた人数は、知られてる限りでも4ケタいってるだろう。必要なだけじゃなく、不要な殺人も犯さなきゃこの人数にはならない。

 そもそも流星街出身なら、マフィアに喧嘩売る今回の件もメチャクチャだしな……

 お前ら、自分達以外の人間のことなんて、どうでもいいんだろ?』

 

 最後尾の席でのんびりと座っていたウボォーギンが、立ち上がる。バスを揺らしながらズシズシ歩いてきて、左右の最前席の背もたれに手を置きながら、俺に声をかける。

 

「よく分かってんじゃねぇか。

 関係ない他人なんざ、どうでもいいのさ。オレ達は。

 やりたいようにやる。生きたいように生きる。シンプルだろ?」

 

 心底そう思ってるのだろう。威圧感を籠めたドス黒い声に、俺は冷たく返す。

 

『……その結果がこの結末だ。満足か?』

 

「……」

 

『答えろよ。満ち足りたか?』

 

 強化系らしく凄まじい音で歯を軋らせる大男。背もたれもミシミシ音を立てる。オーラなしでこの膂力か。

 

『むごい掟だよな。

 自由に生きてきたお前らにとって、これほど手酷い仕打ちもないだろう。

 ……言いたいことすら我慢しなきゃならない。そりゃ死んだ方がマシかもな。

 でも俺に言わせりゃ、だ。

 

 自殺はクズの逃避だ。

 

 生きて地獄を味わえ。

 最後まで足掻いて、もがき苦しんでから、死ね。……楽に生きるな。

 お前らが依存してきた蜘蛛は、もう死んだんだ。一個人として生きることを考えろ』

 

「蜘蛛は死んでいない」

 

 後ろの席から、クロロの強い声が飛んでくる。

 

「蜘蛛は、一人でも生きていれば再生する。

 ……お前達も改めて肝に銘じろ。頭が死のうが、足が死のうが、一人でも生き延びればオレ達の勝ちだ。蜘蛛は再生する!」

 

 その言葉に、俺は深く嘆息した。

 

『1個聞いていいか?

 頭が死のうが、足が死のうが、いくらでも(す )げ替えが利く蜘蛛ってなんだ?

 それに何の意味がある? 組織は、ただの組織だ。個人にとって都合がいいから、その組織に所属するんだ。

 集団ってのはな、ただの容れ物なんだよ。

 そのクソみたいな依存心が、行き着いた先がこれかよ。バカじゃねーの。何が生きたいように生きるだ、聞いて呆れる。結局テメーでテメーを縛ってんじゃねぇか。

 クロロ、お前ホンキで思ってるのか?

 ──お前が死んだ後、蜘蛛が存続できると』

 

「……」

 

 ウボォーギンの身体越しでも、クロロの気配が穏やかでないことが分かる。揺れている。

 

『お前らが、蜘蛛って言葉にどういう意味を持たせてるか知らないけどな。

 そこのクロロが言ってる、頭が死んでも、って意味をよく考えろよ。

 そいつはな、お前らに依存してるんだ。自分が死んでもいいと思ってるのは、お前らになら後を任せられる、遺志を継いでくれるって信じてるからだ。

 だからお前らも、クロロだけは、仲間は生かそう、自分が死んでも、って考えられるんだろうが。

 ……もう一度言ってやる。

 蜘蛛は、死んだんだ。

 一個人として生きるのがそれほどに恐ろしいか、この若造どもが』

 

 車内に、強烈な感情の波が溢れ返る。憎悪と惑乱。怒り狂い、その上で俺の言葉に混乱しているのが分かる。

 

 ……間近で俺を今にも殺しそうな目で見るウボォーギンですら、何をどう言えばいいか分からず、複雑な顔をしている。

 

『……その蜘蛛への依存心が、関係ない他人に対し、何の感情も抱かせないんだ。

 お前らの生き方は、崇高でも何でもない。

 幼稚で、薄っぺらい、楽な考え方なんだよ。

 大勢の他人に、感情を持って接するのは、お前らが考えてる以上にずっと大変なんだ』

 

 ウボォーギンが、重そうに口を開く。

 

「関係ない他人にいちいち気づかって、何の意味がある?

 どうでもいいだろうが」

 

『蜘蛛にこだわって、何の意味がある?

 どうでもいいだろうが』

 

 鸚鵡返しにしてやる。ウボォーギンが声を詰まらせる。

 

『意味を、他人に求めるな。

 それを考えるのは自分だろうが。

 関係ない他人がどうでもいいのはな。お前らがその意味を考えないからだ。

 ……同じように。

 何で俺が、蜘蛛にこだわることに意味がないと言うのか、お前らは少しでも考えたのか。

 思考停止するな。

 仲間の言葉に、甘えるな。お前らは、考えが足りてない。

 自分で、少しは、考えろや』

 

 そこまで口にして、目をこする。もう自分でも何を言ってるのか分からなかった。ただ感情のままに喋ってるのは分かってたが、言わずにはいられなかった。

 

 マイクを置き、自分の肉声で告げる。

 

「……悪かったよ。掟で縛られたお前ら相手に、一方的なこと言って。

 俺が、なんでお前らにこんなこと言うのか、少しは考えてくれ……お願いだから」

 

 逃げるように、俺は扉からバス車外へ出た。背後で、扉が閉まる。

 

「はぁ……」

 

 心底自分のバカさ加減に息を吐く。……少し仮眠を取ろう。あぁバスケット籠、置いてきちまった。まだ残ってたんだけどな。今さら戻れないけど……

 

 ふらふらと、休憩室へ歩いていく。

 

 

 

 

 

 ウボォーギンは、降りていったウラヌスを目で追った後、きびすを返し、後部座席へと歩いていく。クロロのそばで足を止め、

 

「団長。……どうする?」

 

「…………

 アイツは相当に、貴重な情報を置いていってくれた。

 各々で最善を考えろ。

 ……オレはこの中で、最も脱獄できる可能性が低い。お前達のうち誰かが脱獄できても、ヘタを打つぐらいならオレに構うな。無視して蜘蛛を再生しろ。

 

 オレに、こだわるなよ」

 

 

 

 旅団員達は、誰も応えなかった。

 

 

 

 

 

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