どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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第三十章

 

「ご……ご注文は?」

 

 軽く血管ぴきぴき言わせながら接客するアイシャ。

 

 3人とも、気のない様子でメニューを眺め、

 

「さて、なに食おっか。

 ……ああ、2人とも。間違っても早食いなんかに挑戦しないでくれよ。

 予算はあるけど、どれもこれも似たような量のはずだから。やるだけムダだし」

「あんなの食べられるわけないじゃん」

「どこかの誰かさんはペロッと平らげてたけどねぇ。

 ぜんぶ胸に入ってんじゃない?」

 

「ご……ご、ごちゅうもんは?」

 

 そのうちゴゴゴゴゴ……と言いだしかねないアイシャ。

 

 メニューに視線を落としたままウラヌスは、

 

「注文ねぇ……

 強いて言えば、ここにいる可愛らしいメイドさんとのお喋りかな」

「や、やめてくださぃウラヌス……」

 

 ウラヌスはチラリと見上げ、

 

「無銭飲食で接客させられるのは初めて知ったよ。

 皿洗いだと思ってた」

「え? じゃあなんで私……

 あ、女性は接客とか言われました」

「それだね。

 ……俺もゲーム開始直後に引っかかったクチなんだけど、皿洗いだったからなぁ」

 

 ウラヌスがぼやくと、メレオロンは首を傾げ、

 

「なんでよ?

 アンタも絶対これ似合うでしょ?」

「……似合う似合わんは知らんけど、俺は一応男性だからな。皿洗いっすわ」

「私も皿洗いがよかったです……」

 

 何年か前、お金に困ってた頃に皿洗いをした経験はアイシャもあるのだが、こんな服を着て接客は……流石になかった。そもそも、そんなお店には近づかない。

 

「まぁ良く似合ってるよ。

 ……ちょっと妬ける」

「あははは……」

 

 ウラヌスに嫉妬されるとか、何だか複雑だなぁ。と考えるアイシャ。

 

「にしてもさぁ」

 

 メレオロンが視線を下げる。短いスカートの丈。

 

「……ここって、ホントにそういうお店じゃないの?

 なんか、この格好で接客させるのはおかしいと思うんだけど」

「ひゅー。黒いロングソックスちょーえろい」

「やめてシーム、お願いだから……」

 

 足がガクガクしてくるアイシャ。

 

「こんなメイドさんが接客してくれるって知ったら、お客さん倍増するんじゃない?」

 

 いい加減なことを言うメレオロンに、

 

「大体この手の店にいる客って、座って食事するフリしてるだけのNPCだからな。

 プレイヤーがそんなにいるわけじゃないし、見た目に倍増は無理かなぁ。

 ……プレイヤーのリピーターは増えそうだけど」

「ひゅーひゅー。

 メイドアイシャ、ちょー可愛い」

「シーム……」

 

 へんな言葉を作らないでほしいと思うアイシャ。このまま時間が来るまでいじられたりしたら、とても持ちこたえられそうにない。

 

「……ご注文は?」

 

 ウラヌスは「うーん」と真面目に悩んでる素振りを見せ、

 

「正直言うと、決めかねてる。

 このままメニューを決めずにいれば、アイシャはここに立ち続けるだけで1時間クリアできる」

「……

 ええ、多分そうでしょうね……」

 

 営業妨害にもホドがありますけど、という言葉は飲み込むアイシャ。

 

「でも、まぁ……

 このまま1時間、俺達にいじられてるのもイヤだろうし。

 他のプレイヤーが入ってきて、接客させられてもいいなら注文するけど」

「ぅ……」

「ぼく、カツカレー」

「アタシ、季節野菜の冷製スープ」

「容赦ねーな、お前ら。別にいいけど……

 アイシャ。とりあえず2人のオーダーだけ通して。

 俺の注文が残ってるから、ここで粘れるし」

 

 アイシャは複雑な顔をした後、

 

「……

 別にいいですよ。ウラヌスも頼んでくれて」

 

 ウラヌスは窺うような表情を見せ、

 

「いいの?

 どっちにしろ俺達ここに1時間いるつもりだけど、他のプレイヤー来ると思うよ?

 朝メシの時間だし」

 

 間の悪いことに、今は格安モーニングメニューの時間帯でもある。ウラヌスの経験上、ここは割と利用客が多い店だと知っていた。

 

「……いいですよ。

 ちゃんと1時間接客します。

 その……ウラヌス、顔色がよくないですし」

 

 アイシャの指摘に、メレオロンとシームが目を向ける。少し血色が悪いウラヌス。

 

「まぁ……

 ここまでそれなりに強行軍だったし、おなか減ってるからね。

 ……この後、月例大会でバタバタするから無茶もできないか。

 うん、じゃあ頼む。クリームシチューで」

 

 諦めたように、ウラヌスがオーダーした。

 

「クリームシチューですね。

 ……2人は何頼んでましたっけ?」

「カツカレー」

「季節野菜の冷製スープ。

 ああ、あと追加でグリーンスムージー」

「ええっと……

 はい、分かりました」

 

 そそくさと厨房へ走っていくアイシャ。

 

 ウラヌスはボンヤリしながら、

 

「……注文受けの用紙っていうか、会計表がないのか。

 ゲームキャラはそんなのいらないだろうし、そりゃそうだろうけど。

 割と接客めんどくせーな」

「おねーちゃん、覚えにくいの頼みすぎだし」

「ええぇ。

 知らないわよ、そんなの」

「……オーダーはその都度した方がいいな。

 1時間粘るんだし、俺達がちょこちょこ注文した方がアイシャも気が紛れるだろ」

 

 ──つぅか、俺の注文を代わりにメレオロンかシームにさせれば、アイシャを引き止められたな。と今さら気づくウラヌス。後の祭りだが。

 

「それはともかく、他のプレイヤーが来たら本当にどうするの?

 アイシャに何かされたら……」

「その辺は、来たプレイヤー次第だからな。即応できるように気は張っておくよ」

 

 ちょっと心配する部分が違うなと思いつつ、メレオロンが尋ねる。

 

「……あのさ。

 そりゃ攻撃されそうになったりとかだったら、私達も守りやすいけど。

 その……触られたりとかは?」

「……。

 アイシャの身のこなしなら、避けるんじゃないかと思ってる」

「ほぅ。アタシが試しましょうか?」

「試さなくていい」

 

 

 

「お待たせしましたー。

 あとメレオロン。

 私に触ろうとしたら、スープを逆さまにして頭から逝きますからね?」

「しないしませんいたしません」

 

 スープ皿を置くアイシャ。グリーンスムージーのグラスも置き、残りの料理を厨房へと取りに戻る。

 

「運ぶ盆もねぇのかよ。

 接客マジでめんどくせーな」

 

 ウラヌスがぼやくと、メレオロンはアゴに手を当て真剣な目つきで、

 

「むしろ料理を取りに行く後ろ姿を、客に何度も拝ませようという作戦かも」

「オマエは真面目な顔して、何を言っとるんだ」

「そんなこと言ってウラヌス、あの子のオシリしっかり見てるじゃない」

「ちげぇ。

 俺はアイシャの後ろ髪を見てるの」

「ほっほぅ……

 後ろ髪をふりふりさせるアイシャを見てると」

「……オマエ、なんでそうやって」

「あのー。

 ……全部聞こえてるんで、やめてほしいわけですけど」

 

 言って、取ってきたカツカレーとクリームシチューを置くアイシャ。

 

「さっさと食べて、栄養つけてください。

 月例大会で頑張らないといけないんですから。さぁさぁさぁ」

「アイシャ、あんまり急かさないでよ……」

 

 嫌そうに言うシーム。

 

「つか、そんな間近でじっと見られたら食いにくいんだけど」

 

 ウラヌスが苦言を呈すると、

 

「あなた達、私がプリン食べてる時に散々色々言ってくれましたよね?

 ああ、別に仕返しとかじゃないですよ?」

「じゃあ、なんなのよ……」

 

 言いながら、緑色に染まったグラスを傾けるメレオロン。

 

「追加オーダーならいつでも受け付けてるんで、お気軽に」

 

『……』

 

 3人はゲンナリした。アイシャは気づいてないが、スカートの丈の短さが気になって、食べるのに集中できなかったりする。

 

 

 

「ところでさ」

「ん?」

 

 いち早く料理を平らげたメレオロンが、唐突に切り出す。スプーンを止めて、反応するウラヌス。

 

「このゲームって、基本的に手に入れたアイテムがカードになるのよね?」

「基本的には、そだな」

「そうよね。

 で、テーブルに並んだ食器とか料理とか、これってカードにならないの?」

「ならないな」

「なりませんね」

 

 ウラヌスとアイシャが揃って肯定した。

 

「アイシャ、この料理って厨房で調理されてたかい?」

「ええ、されてましたよ。

 ……一部の食材は、カードをアイテムに変えて用意してましたけど」

「食材なんかは、種類が限られてる基本的なアイテムだからね。

 逆に料理みたいな、混ぜ合わせたり変化したものは千差万別だから、いちいちカードとしては用意されてない。むしろ用意する方が大変だろうし。ま、合理的だと思うよ」

「ふーん。なるほどね」

 

 メレオロンは納得顔をする。シームは少し首を傾げ、

 

「料理は分かるんですけど……

 食器がカードにならないのって、おかしくないですか?」

 

 ウラヌスはちらりと笑み、

 

「その通り。

 俺達が使ってるスプーンみたいな食器は、本来カード化できるアイテムだよ。

 でも、手に取ってもカード化しなかったよな?

 なんでカード化しなかったと思う?」

 

 尋ね返され、シームは言葉に詰まる。しばらく考え、

 

「その……

 カード化が解除されたアイテムだから、ですか?」

「ん、正解。

 一度カード化が解除されたアイテムは、再び手にしてもカードにはならない。もちろんカード化上限に達してても同じことになるんだけど、こういう日用雑貨は枚数∞だしな。

 いちおうスペルカードを使えば、例外的に再カード化もできる。低ランク限定だけど。

 ともあれ、こういうメシ食うところは食器を貸し出してるだけだから、客が勝手に持ち出ししづらいよう、カード化を解除した状態で出てくるのさ。

 いちいちゲインするのも面倒だから、客としてもその方が助かる」

「へー……

 たとえば、お店でスプーンとか買ったりしたら、それはカードで渡されるってことですよね?」

「うん。そうなる」

 

 ウラヌスとシームのやりとりを聞いていたアイシャは、一緒に食事しなかったのを少し後悔していた。こういう話を蚊帳の外で聞かされるのはちょっと……もったいない。

 

 今はこうやって立ち聞きできているからまだいいが、他のお客の相手とかしてる時だと聞き逃してしまう。……お客来るな来るなと、接客業にあるまじき念を飛ばすアイシャ。

 

 

 

「あー、カライからい。

 アイシャ、お水って頼める?」

 

 カツカレーを半分以上食べたところでペースが鈍ってきたシームが、ようやく音を上げオーダーを出す。

 

「もちろん頼めますよ。

 でもこのお店って、お水はタダじゃありませんよ? 本当にお水でいいんですか?」

 

 確認するアイシャ。シームはきょとんとし、

 

「え?

 ……そっか。最初にお水、出してもらってないもんね」

「そうですよ。

 ……じゃなきゃ私、うっかりアイスソーダなんて注文しませんもん」

「俺、この店って完璧ヒッカケの為にそうしてんじゃないかなって、疑ってる」

 

 ぶつぶつ言うウラヌス。

 

「ウラヌスも、このお店で接客……じゃない、皿洗いさせられたんですか?」

「そうだよ。この店。

 多分、その辺のシステムを教える為なんじゃないかな。チュートリアル的な。

 ……俺は早食い失敗して、1日拘束されたけど」

「うわぁ」

 

 1時間拘束でもウンザリしているアイシャが、分かりやすいぐらい引いてみせる。

 

「うーん……

 アイシャ、りんごジュースちょーだい」

「はいはい。少々お待ちください」

 

 しっぽのように髪の毛ふりふりして厨房へ行くアイシャ。

 アイシャに聞こえないよう、メレオロンとウラヌスがぼそぼそ話し出す。

 

「……アレわざとやってない?」

「俺は無意識っつーか、天然だと思うけど……」

「だとしたら恐ろしい子なんだけど。何やらせても美少女とか逸材すぎるでしょ」

「うーむ……」

「2人とも真面目な顔して、なにアホなこと話してんのさ」

 

 シームの鋭い突っ込みに、メレオロンは嫌そうな顔を、ウラヌスは赤い顔を返した。

 アイシャがりんごジュースを持って、戻ってくる。

 

 コトンとグラスを置き、

 

「はい、どうぞ。

 ……なに話してたんですか?」

 

 メレオロンが薄ら笑いを浮かべながら、

 

「いやーね。

 最近このお店で噂の可愛いメイドさんが、罰ゲームのはずなのに、実は楽しんでメイドやってるんじゃないかって、疑いがかかってまして」

「な、なに言ってるんですか……」

 

 くっくっく、とウラヌスが含み笑いした後、

 

「楽しんでるなら何よりだよ。

 ……実はアイシャ、あんまりちゃんとゲームやってないんでしょ?」

 

「え?

 ……どういう意味です?」

「いや、グリードアイランド経験者って言ってたわりに、アントキバに来てキョロキョロ見回してたしさ。ここって、ほぼ全てのプレイヤーが来る街だよ?」

 

 うっ、と呻くアイシャ。

 

「多分だけど、前来た時は仲間にガッチリガードされちゃって、普通にゲーム楽しむ機会なかったんだろうなって。

 最初にグリードアイランドの話をした時、やけにつまんなさそうにしてたから、不思議には思ってたんだよ」

「……」

「で、例のが終わったら、今度は移動が厳しくなると。そりゃ面白くないよ。

 だから、今アイシャが楽しんでくれてるなら、俺は連れてきてよかったと思う」

「そ……そんなことないですよ。

 私、何ヵ月もグリードアイランドにいましたから、ちゃんとプレイしてましたよ……」

 

 ウラヌスが試すような流し目で、アイシャを眺める。

 

「ふぅん。……じゃあクイズ。

 グリードアイランドで、『再来/リターン』を使用して移動できる街は?

 知ってるだけ、全部答えて」

 

 ぎっくぅ!

 

 慌てて記憶を掘り起こすアイシャ。えっと、えと、えと……

 

「……アントキバ、マサドラ、ソウフラビ……

 えっと……リーメイロ」

「…………

 それで終わり?」

「……。

 ……はい」

 

 話としては色々聞いていたはず、だった。けど実際に行ったわけでもなく、聞いてから時間も経っている。島の中に留まっていたならともかく、全く必要なくなった知識をいつまでも憶えてるはずがない。すっかり忘れてしまっている。

 そうアイシャがうつむいていると、ウラヌスは沈痛な表情で額をこりこり掻き、

 

「ぅわーマジかー。これは予想してたよりずっと悲惨だな……

 アイシャ。このゲームに『再来』で移動できる街が、いくつあると思う?」

「それは……。

 10、とか?」

 

 ウラヌスは首を横に振る。

 

「全然足りてない。──25。

 これはあくまでも『再来』で移動できる街の数だよ。

 小さな町とか村とか、諸々の施設を合わせたら100近くあるんじゃないかな」

「……」

「行ったことないだけじゃなく、そういう話も聞いてないってことは……

 まあ、気を使ってくれてたんだと思うよ。どこどこの街へ行ったとか、あの洞窟を探検したとか、行けないアイシャに話したら嫌がらせにもなっちゃうし」

「うぅ……」

 

 ──話を聞かせてもらってはいるのだ。けど忘れたとは言いづらい。クイズイベントの時も結構答えられたつもりではいたが、実際の点数が分からない以上どこまで正確な知識だったか。所詮、実体験の伴わぬ知識に過ぎないのだから。

 

「……

 うん。決めた」

 

 ウラヌスの言葉に、落ち込んでいたアイシャは不思議そうな反応をする。

 

「アイシャ。

 ……もちろん、メレオロンとシームもだけど。

 全部の街に行こう」

 

「え?」

 

「俺達も大事な目的があるから、それをおざなりにはしないけど。

 それはそれとして、俺達はゲームをしに来たんだぜ?

 遊びに来たのに楽しくないとか、そんなのって無いだろ。

 ……もちろん小さな町とか村はキツイけど、せめて『再来』で飛べる全部の街へ行こう。全国行脚だ」

 

「……観光地巡りしようってこと?」

 

 メレオロンが尋ねると、ウラヌスは首肯する。

 

「ま、そだな。

 それと、街にある面白いイベントはきっちり楽しんでいこう。指定ポケットカードだけ集めるなんて、そんなもったいない遊び方ないぜ?」

 

「……で、でもウラヌス。ほんとにいいんですか?

 その……」

 

「アイシャ。

 ……俺は結構、このグリードアイランドを気に入ってはいるんだ。

 懸賞金だの、プレイヤーキラーだの、ハメ組だの……

 そんなので殺伐としてた頃は、俺もあんまり好きじゃなかったけど。

 今はそういうのがかなり薄まってると俺は思ってる。……なかなかないよ。現実にない密度で、これだけ面白いものが集まってる場所は」

 

「へぇー。

 たとえば、どんなところが面白いんですか?」

 

 尋ねるシーム。「んー」と、ウラヌスはうなじの髪をさすりながら考え、

 

「そうだな……

 まず四季の街は押さえときたいかな。年中、一帯が同じ気候の街があってね。

 桜花都市エリル。

 常夏都市ソルロンド。

 千秋都市オータニア。

 白雪都市スノーフレイ。

 これらは一見の価値があるかな」

 

「ほぅ……」

 

 つぶやくアイシャ。ゲーム的にはベタであるが、わざわざグリードアイランド内で同じ気候にしてまで作った街だ。気にならないと言えばウソになる。

 

「他にも、街中がたくさんのガラスと結晶──

 ん?」

 

 ウラヌスが入口を見る。釣られて3人も視線を追うと。

 

 冴えない、としか言いようがない中年男性が店に入ってきた。

 

「あいつは……」

 

 小声でつぶやくウラヌス。そこまで言えば分かる。間違いなく、プレイヤーの1人だ。

 

 席に着き、溜め息混じりにうつむいている。

 

 アイシャが視線を巡らせると、店員の1人が明らかに『行け』と仕草で促している。

 

「はぁ……

 行ってきます」

 

 アイシャはトボトボと、そのプレイヤーの着くテーブルへ向かい、

 

「いらっしゃいませ……

 ご注文は?」

 

 あまり覇気のない接客をする。そのプレイヤーは視線をあげ、

 

「んんっ!?」

 

 驚く。傍目にも分かるくらい目を見開き、アイシャの上から下まで交互に見ている。

 

「えっと……ご注文は?」

「あ、ああ。うーん……」

 

 メニューを見てるふりして、ちらちらアイシャを見てるのが丸分かりである。

 

「……あいつ、なんなの?

 ちょっとムカつくんだけど」

 

 普段同じようなことをしてるメレオロンが、全く反省のない態度で、いらいらと小声で話す。

 

「……よくいるザコプレイヤーの1人だよ。

 あいつ、アレでもゲームの中で結婚してるんだぜ?」

 

「はっ!? 結婚!?」

 

 思わず大声を上げるメレオロン。ぎょっとそちらを見るアイシャと中年男性。

 

「……メレオロン」

「ご、ごめん……」

 

 中年男性は、なにか気づいたように更にぎょっとしてみせる。こっちは気にするな、とウラヌスは手で払う仕草。

 

「……。

 ああ、その……

 トーストのモーニングセットで」

「……かしこまりました」

 

 相変わらず髪の毛をふりふりしながら、アイシャは厨房へと向かう。しっかり凝視する中年男性。

 

「なんなの、あいつ?

 結婚してるくせに。……なんでゲームで結婚なんかしてんのよ」

 

 よく分からないケチの付け方をするメレオロン。

 

「それは知らんけど……

 ゲームから出る気がないんだろ。ちなみに相手もプレイヤーだぜ」

「……そりゃそうでしょ。

 まさかゲームキャラ相手に、結婚とかしないでしょ?」

「うん……

 それは俺も考えたくないな」

 

 答えつつ、げんなりするウラヌス。

 

「……ていうか、ウラヌスは何であんなやつのこと詳しいのよ。

 あっちも、アンタのこと知ってたみたいだし」

 

 ウラヌスは少し口籠り、

 

「そりゃ……

 結婚式挙げてるの、見に行ったし」

 

「けっ、こん、しき……」

 

「んなことしたアホ、あいつぐらい……いや、あいつらぐらいだしな。そりゃ面白半分に見に行くよ。

 ……真面目にやってたから、笑うに笑えなかったけど」

 

 その気もないのになぜか自分に向かって飛んできたブーケを避けたりとか、くだらない話もあるのだが、ウラヌスは一切語らず黙り込む。からかいに行ったつもりが、見ていてただもやもやする結婚式だった。教会の鐘の音と、純白のウェディングドレスが、今でも脳裏に焼きついている。

 

「ていうか、結婚式挙げられる場所なんてあるんだ……」

 

 ウラヌスは首肯してみせ、

 

「シソの木の南にあるんだけどね。

 礼拝都市ルビキュータ。教会が多いんだけど、他にも色んな宗派がごちゃまぜになった、あらゆる宗教の中心地とも言える街だよ。

 ……その辺もしっかり押さえてるんだから、よく出来てるよこのゲームは」

 

 プレイヤーの墓場はないけどな、と心でつぶやくウラヌス。このゲームに必要ないから、というのは理解できるのだが、どうにも片手落ちな気もしている。

 

 

 

 やがてアイシャが、モーニングセットを持って中年男性の席に行く。運ばれてきた料理よりも、アイシャの方をよく観察している男性。

 

 いらいらの度合いが増すメレオロン。

 

「……ちょっと文句言ってきていい?」

「やめろ。

 オマエ普段同じことしてんじゃねーか」

「はっ!? なに言ってんのよ。

 アタシは同性よ。だいたい可愛いもの眺めて何が悪いのよ」

「……色々疑わしいからな、オマエは」

「おねーちゃん、鏡見た方がいいよ」

「シーム、あんたそこまで言うわけ……」

 

 ショックを受けるメレオロン。

 

「おねーちゃんがやらしい顔でアイシャ見てるの、ボクずっと拝まされてるもん。

 文句ぐらい言わせてよ」

「ぅわーん。シームがいじめるー」

「好きなだけ泣いとけ。オマエは反省が足りん」

「ぅええーん」

 

 料理を置いて、そそくさと席を離れようとしていたアイシャに、

 

「き、キミはプレイヤー?」

 

 声をかける男性。

 

「……えぇ、そうですけど」

 

 誤魔化しようがないことは、アイシャも自覚していた。ゲームキャラがしているような淡白な反応は、ちょっと真似できそうにない。

 

「ふーん。名前は?

 あ、オレ、モタリケっていうんだけど」

「えっ。はい。アイシャと言います……」

 

「うわー、すごいなアイツ。

 アイシャをナンパしてやがる」

 

 言葉と裏腹に、汚物を見るような目を向けるウラヌス。

 

「これって浮気じゃないの……?」

 

 ますますイラつくメレオロン。どうにもそういったことは許せないタチのようだ。

 

「普段もたついてるくせに、こういう時だけは手出し早いんだよな、あいつ……」

 

 モタリケのくせに……とよく分からない蔑み方をするウラヌス。そもそも、ウラヌスとモタリケが顔見知りの理由が『口説かれたから』なので何を言わんやである。

 

「へー。可愛い名前だね」

「ど、どうも」

「キミ、グリードアイランドは初めて?」

「……いえ。

 以前も来ていて、今回久しぶりに来たところで……」

 

「……ウラヌス。アレ止めなくていいの?

 せめて、アタシ達も注文してアイシャを離れさせるとか」

「それだと一時的でしかないしな……」

 

 頬杖をついて、ウラヌスは考え込む。

 

 おそらくモタリケは、オーラを発しておらず、こんな店でメイドをしているアイシャを(くみ)しやすいプレイヤーと見ているのだろう。現実には、『絶』状態のアイシャでも余裕でフルボッコにできるほど実力差があるのだが。

 

 ぶっちゃけ放っておいても害はない。実際アイシャは、指一本触れさせはしないだろう。

 

 ……が、見ていて面白くないのも事実だ。

 

 ウラヌスは一計を案じる。

 

「ふーん、そうなんだ。

 ……あのさ。もしよかったらオレの──」

 

「ハイハイハイハイ。

 モタリケ君の、ちょっといいトコ見てみたいー♪」

 

 手を叩きながら、アホなことを言い出すウラヌス。

 当然、ぎょぎょっとするアイシャとモタリケ。

 

 アイシャは、モタリケという名前と今の歌で、何か遠い記憶に掠めるものがあった──が、結局思い出せない。きっとどうでもいいことだろうと、考えるのをやめる。

 

 ウラヌスは席を立ち、ゆらりと2人のそばへ歩み寄る。

 

「……モタリケ、お前さ。

 既婚者のクセに、なにナンパしてんだよ」

 

 可愛い顔に冷ややかな目付きで、ウラヌスは毒のある言葉を垂らす。

 

「ち、違う。そんなつもりじゃ……」

「何が違うってんだ。

 じゃあ嫁さんに、今のやりとりチクってもいいんだな?」

「ま、待ってくれ!」

 

 分かりやすく溜め息を吐くウラヌス。

 

「アイシャは俺達の連れなんだ。勝手なことしてんじゃねーよ。

 ……どうせお前、金欲しさに月例大会の景品目当てで、うろついてんだろ?」

 

 うっ、と嫌そうな顔をするモタリケ。

 

「元々オレはここ住みだよ……お前も知ってるじゃないか。

 それが何だって言うんだ」

「あぁ?

 嫁さんの為に金欲しいんじゃねーのか。

 それが何で、お前ナンパしてんだよ。ちぐはぐじゃねーか。

 マジで嫁にチクるぞ。モリタケのくせに」

「モタリケだ!」

「っせーんだよ。さっさと食って帰れや。

 ちらちらアイシャのこと見てんじゃねーよ」

「……」

 

 黙りこむモタリケ。ウラヌスは疲れた顔で、立ち尽くしたままのアイシャを手招きし、自分のテーブルに戻る。モタリケに一礼した後、付いていくアイシャ。

 

 席に着くウラヌスに対し、

 

「その……

 助かりました。ありがとうございます」

 

 アイシャはやや困惑気味の態度で、それでもお礼を言う。

 

「いや……

 メレオロンがうるさくってさ。俺も、ちょっとアイツには腹据えかねてたし」

「……メレオロンも、ありがとうございます」

「ううん、アタシは何もしてないから。

 ……アイツ結婚してんのに、アレは無いんじゃない? とは言ったけど」

「結婚……してるんですね。あの人」

 

 アイシャが確認すると、ウラヌスは重い顔でうなずく。

 

「残念ながら、ね。

 そのワリには不幸そうなツラしてるけど、アイツ。

 いわゆる結婚が人生の墓場になった典型だな」

「あははは……」

 

 乾いた笑いしかできないアイシャ。恐ろしい話だ。なぜかウイングの顔がチラついたが、考えないことにする。

 

 

 

 その後もプレイヤーが入れ違いに3人訪れ、アイシャに関心ありげな目を向けてきたが、ウラヌス達が睨みつけるなどしてあしらい、特に何事もなかった。

 

 空になった食器を片付け、テーブルを拭き。何もなければ仲間達と話して、アイシャは時間を潰し──

 

 

 

「……もーそろそろかな」

 

 店内の壁時計を見て、ウラヌスがつぶやく。

 それを聞き、ちょっと微妙そうな顔をするアイシャ。

 

「どしたのアイシャ?

 もしかして、そのカッコ気に入ったとか?」

 

 面白げにメレオロンが尋ねると、アイシャは慌てて首と手を振り、

 

「いえいえいえ、まさかそんなことは。

 ……早くこんなカッコやめたいですよ?」

 

『ふーん』

 

 3人そろって、そんな反応。

 

「な、なんですか。揃いも揃って……」

「メイドアイシャ可愛いのに。すっかり馴染んでるしさ」

「女性の魅力全開のアイシャ、アタシはもう少し見たかったなー。あぁなごり惜しい」

「メイドかぁ。

 メイドかぁ……しばらくそのままでもいいんじゃね? 1時間バイト延長したら?」

「ちょっと、3人とも……

 これから月例大会もあるのに、余計なこと言わないでくださいよ」

「そうだねー。

 余計なことで時間つぶしたねぇ」

 

 ウラヌスに白々しく言われて、「うっぐ」と呻くアイシャ。

 それに満足したのか、ウラヌスは苦笑しながら、

 

「俺はアイシャが満足したなら、それでいいと思うよー。

 だから一言聞きたいかな。楽しかった、って」

 

 アイシャは困った顔をする。どう反応すればいいのやら。

 苦笑を、柔らかい笑みに変えるウラヌス。

 

「……別にイジワルしたいわけじゃないよ。

 でも素直に楽しんどいた方が、俺はいいと思うけどね。

 何をどう感じるかは本人次第さ」

 

 そのウラヌスの言葉に。

 静かに息を吐くアイシャ。……隠し事がしづらい人だ。

 

「えぇまぁ……

 楽しかったですよ」

 

 もうやりたくはないですけどね、と心で付け加えるアイシャ。

 

「それは何より。

 俺も可愛いキミを見れて楽しかったよ」

 

 うんうんうなずくメレオロンとシーム。

 

「だからやめてくださいよぅ、そういうのぉー」

 

 じたじた足を踏み鳴らすアイシャに、3人は思わず吹き出した。

 

 そこに店員が近づいてきて、

 

「時間アル。もう上がっていいアルよ」

 

 

 

 ────メイドアイシャ終了のお知らせだった。

 

 

 

 

 




 
 
 
 
 
 ちなみに料理カードが存在しないわけではなく、持ち運ぶことを前提としたパッキングされた料理なら一部存在します(イベントなどでも使用する)。




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