どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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第三十五章

 

「それじゃ今後の方針について話そうか。

 ……の前に。荷物整理をしておきたいんだけど」

 

 部屋の中央付近に置かれた2つのリュックを眺めながら、ウラヌスがそう告げる。

 メレオロンが、私に意味ありげな目を向けてくる。ん?

 

 そういえば私、ゲームに入ってから一度もリュックを開けてないな……自分で背負ってないからっていうのもあるけど。

 

「……アイシャ。

 荷物整理の前に、ちょっと言わなきゃいけないことがあって」

 

 ウラヌスが神妙な顔で告げてくる。

 

「なんです?」

 

「……例のやつ。アイシャが気絶してた時の。

 …………

 汗を拭いたバスタオルが、俺のリュックに。

 ……着替える前に、着てた服を。タオルに包んで、キミのリュックに。……入れてる」

 

 とてもとても重苦しそうに言ってくるウラヌス。

 

 お、おう……

 

 ……そりゃまぁそうか。私、着替えさせてもらったんだし。

 

 あ、あはは。リュックの中身も見られてるってことか。そりゃそうだよね……。つまりアレもコレも見られてる、と。ハハ……

 

 私とウラヌスが揃って両手で顔を押さえる。

 

「……えーと、2人とも?

 恥ずかしいのは分かるんだけど、こっちから見てたらすごい面白いわよ」

 

「あひゃひゃひゃひゃ」

 

 シームが足をジタバタさせて喜んでる。だってぇ……

 

「……。その話は今晩するって約束だったから、今は置いとくね。

 バスタオルはもう処分するし、アイシャは汚れた服と一緒に荷物から出してほしい」

「出すのはいいですけど、どうするんです?」

「服は洗濯する。

 この宿に預けて、洗濯をやっといてもらう」

「へぇ。ここって洗濯もしてくれるんですか?」

 

 ウラヌスが奇妙そうに私を見てくる。

 

 これは……またゲーム内の常識を私が知らないってパターンか。

 

 だって、前回は野外キャンプばっかりだったもんな……

 最初の1ヵ月は私の安全を考慮してなんだけど、結局最後までキャンプしてたからな。人数が多かったから、宿泊してたら費用もバカにならなかっただろうし。大所帯チームの地味な弱点だな。

 

「……宿の店員キャラにお願いすれば、宿泊客へのサービスでしてくれる。

 どの部屋にも洗濯物入れるカゴがあるはずだから、そこに入れてから頼めばいい。直接手渡ししてもいいけどね。

 あとゴミも、各部屋に備え付けのゴミ箱があるから、放り込んでおけばそのうち消えてなくなるよ。バスタオルはそこに入れといて」

 

 うーん……なんか抵抗あるな。

 

「バスタオルをゴミ箱に捨てるんですか?

 洗濯もせずに」

「デパートで、新品のタオルとバスタオルの半ダースセットを買ったからね。

 わざわざ持ち運んで荷物になるとかイヤでしょ? カード状態じゃないんだし。

 金はあるんだから、そこはスパッと切っておきたい」

 

 ふむ……今は余計なことに気を回すのもアレか。荷物整理に失敗した私が偉そうなこと言えないしな。

 

「それはまぁ、分かりました。

 洗濯をお願いした服って、その後どうなるんです?」

「頼んでから数時間待って店員に聞けば、洗濯済みで返してくれる。

 ここの部屋は一日分の宿泊費を支払い済みだから、マサドラまで行った後は『同行』でここへ泊まりに戻ってくるつもりだよ。

 スムーズにスペルカードを入手できれば、だけどね。戻ってきた時に洗濯の済んだ服を受け取ればいい」

「……ひとまず了解です。

 とにかく荷物を整理すればいいんですね?」

「うん……

 隣の部屋でやってきていいよ」

「あ、はい……やってきます」

「アイシャー。ここでやってもいいわよー」

 

 いやです。みんなに見られてる前で荷物出したくないです。特にメレオロンの前で。

 

 私は自分のリュックを抱えて、もう一つの部屋へと移動した。

 

 

 

 

 

 アイシャが隣へ移動した後、俺は「ふぅー」と息を吐く。

 

「ウラヌスー?

 よかったわねぇ、バ・レ・な・く・て」

 

 ニコニコ笑いながら、カメレオンの悪魔がなんか言ってくる。うるせーよ、くそ。

 

「つか分かってるなら、ここでやってもいいとか余計なこと言うなよ……」

「別に気にせず、使い回せばいいのに。思い出の品じゃない」

「やかましわ」

 

 アイシャの全身を拭いたタオルとか、洗濯したって使う気になれないしな。そんなこと正直に言えば、アイシャだって気分を悪くしただろう。本人の前で捨てたくなかったし。

 

 あぁくそ、いつまでもあの時のイメージが消えねぇ……忘れろ、早く忘れろ俺。

 

「おねーちゃん、あんまりウラヌスいじめちゃダメだよ」

「んー。だってさぁ。

 意識してるんだかしてないんだか、宙ぶらりんにも程があるじゃない。

 割り切っちゃえばいいのに、いつまでもどっちつかずだしさ。私が突っつかなくたってああなるわよ」

 

 ……何かまた、ロクでもないこと言われてる気がするな。メレオロンは、いったい俺がどうすりゃ満足するんだ。

 軽く睨みつけてやると、当のメレオロンは首を傾げ、

 

「ウラヌス?

 どうでもいいけど、アイシャが戻ってくる前にバスタオル処分しなくていいの?」

 

 ……どうでもよくねぇッ!!

 

 俺は慌ててリュックを手元に持って来て、中身を引っ張り出し始めた。あっぶねぇ……その為にアイシャと話したのに、俺がタオル処分し忘れてどうすんだよ。

 

 

 

 

 

 バスタオルに包んであった汚れ物を取り出し、ゴミ箱と洗濯カゴにそれぞれ入れていく。戻るついでに、店員を捕まえて洗濯をお願いしておく。

 

 リュックを持って3人がいる部屋に戻ると、こっちのゴミ箱は文字通り溢れ返るような量のバスタオルがギュウギュウに詰め込んであった。

 

「……やっぱり、もったいないような」

「気にしなくていいよ。どうせ俺のだし」

 

 なんか無理やり捨てようとしてる感じが、気になるんだよな……

 ともあれ私は、自分のリュックを元の場所に置き、ウラヌスの横へポスンと座る。

 

「で、どうします?

 今日動きますか。それとも休みます?」

 

 私が尋ねると、ウラヌスはこちらの顔をじっと見返してくる。

 

「アイシャは……

 今日中にマサドラへ行きたいんだろ?」

「え? ……まぁ確かにそうですけども。

 どうして分かったんですか?」

 

 なぜか苦笑しながらウラヌスは、

 

「だって顔に書いてあるもん」

 

 そんなバカな。思わず自分の顔を手で触る。いや、比喩表現なのはもちろん分かってるけど、そうじゃなくて。行きたがってるのがあっさりバレるのはどうなんだ?

 

「アタシから見てても分かっちゃうわよ?

 マサドラに行きたいって言うか、アイシャ運動したがってるなって」

 

 メレオロンからもそう言われる。シームは何も言わないけど、同じ認識のようだ。むぅ……

 

 ウラヌスは私の目を覗き込みつつ、

 

「顔ってのはウソだけど。

 アイシャ、時々身体を揺らすクセあるでしょ? それって、運動したくて身体が自然に関節や筋肉を(ほぐ)してるんだと思う」

 

 ……。そんなこと言われても。

 バレないようにしようと思ったら、四六時中じっとしてなくちゃいけないじゃないか。それだと身体が解れないし。

 体力が余るっていうのも問題あるなぁ……。今は気力も充実してるから尚更かも。

 

 

 

 ────ちなみになんで周りにバレるかと言うと、アレが目に見えて揺れるからである。

 

 

 

「メレオロンとシームにも聞きたいんだけど。

 2人はどうしたい?

 何となく休みたいだろうなっていうのは分かってるんだけど……

 マサドラへ行かなかったら、早速修行だぜ? アイシャ見てたら分かるだろ?

 身体を鍛えるか、マサドラへ行くか、どっちがいい?」

 

『マサドラ』

 

 あなた達……即答したな。そんなにイヤか。まだ修行、本格的に始めてもいないのに。

 

「言っときますけど、マサドラまでの道もかなり険しいですよ。

 そっちだって、充分修行並みのキツさですからね?」

 

 私が忠告しても、2人は怪訝そうな顔で、

 

「んー……

 だってそれはそういうゲームなんだし、仕方ないって割り切れるけどさぁ。

 ……アイシャの修行、なんだか怖そうだもの。と言うかアイシャが怖い」

「あれだけ強いアイシャの修行でしょ?

 ボク死んじゃうかも」

「そうそうそう。アタシもそれが不安でさー」

 

 くっ、厄介な姉弟め。これだけ警戒されてると、修行が軌道に乗るまでかなり手こずりそうだな……

 

「アイシャ。修行してくれって頼んだの俺だけどさ。

 あんまり酷い内容だったら、俺だって文句くらい言うからね?」

 

 う、ウラヌスまで……

 

 酷い内容とか、まだ始める前なのにそこまで言うか。くそぅ……重めのメニューにするつもりなの、薄々バレてたか。ちきしょーめ。

 

 これ、かなり修行の課題出す難度上がってるな。重すぎても軽すぎてもダメか。真剣に考えないと失敗するかもしれない。……クラピカやゴン達って、めちゃくちゃ根性あって優秀だったもんな。あんな順調にいく方がおかしい気もするけど。教えてる側が焦るほどだったからな。

 

 私が色々悩んでいると、ウラヌスは伸びをしながら、

 

「じゃあ、まあ……

 今日中にマサドラ目指すか」

「私はそれでも構いませんけど……

 ウラヌス、本当に大丈夫ですか?

 あなたの体調が一番の懸念なんですけど」

「んー……

 少しだけ休ませてほしいかな。それで大丈夫。一番危険な怪物の相手は、ほとんど俺がするから。

 あいつらぐらいならどうとでもなるよ。ただ──」

「ただ?」

「荷物を背負ったまま戦うと、流石に消耗が激しい。

 岩石地帯を抜けるまでは、俺の荷物を誰かに預けないとキツイかな」

「それは……

 なら怪物と戦わない私が荷物を背負って──」

「いや、それはダメだよ。

 ……残念だけど、もう結論は出てる」

 

 ウラヌスに真剣な目を向けられ、シームが「ぅ……」と身をすくませる。

 

「俺の荷物を、メレオロンが。

 アイシャの荷物を、シームが。それぞれ持ってくれ。岩石地帯の間だけでいい。……と言っても、道中の大半は岩石地帯だけど。いちおう途中休憩も入れるから。

 その代わり、怪物の相手は俺がするよ。

 ただそれでも、怪物全部を俺1人で相手しきるのは無理なんだけど」

「……ぼくも、リュック背負って戦わないとダメですか?」

 

 不安そうに尋ねるシームに、

 

「いや、そういうわけでもない。

 一部の敵はいきなり襲ってくるから、すぐに避けるか距離を取ってもらう必要がある。要は自分の身の安全だけは、自分で確保してほしいんだ。

 ……これについては、アイシャもそう」

「それは大丈夫です。

 あの岩石地帯の怪物は把握していますから」

「うん。

 メレオロンとシームは、俺が状況を見てその都度指示を出すから、それに従って即反応できるようにしてくれ」

「分かったわ」

「はい」

 

 ウラヌスは一頷きした後、腕を組んで考え込み、

 

「そうすると後は──」

 

 

 

 相談を終えて、私達は1時間ほど休憩する。

 

 そしてマサドラを目指す為に宿を後にした頃には、時刻は16時になっていた。

 

 

 

 懸賞都市アントキバを発ち、街の北側出口から伸びる道の先には、山が見えていた。

 

「ゲイン」

 

 ウラヌスは歩きながら、バインダーから取り出したカードをアイテム化する。

 手にした巻物を広げてみせ、

 

「メレオロン、受け取って2人で見て」

「うん? 地図よね、これって」

「うわー。広いなぁ……

 ボク達がシソの木からアントキバに行ったのって、こんなちょこっとだったの?」

「ああ、それは説明しながらノンビリ歩いてたから、長く感じただけだよ。

 80キロの道をゆっくり進むと、着くのが明日になっちゃうから結構飛ばしてく。

 ……まずは山道だよ。ここは以前山賊が出た辺りまで急ぐからね」

 

 ちょっとだけ不安になり、私はウラヌスを見る。

 

「あ、もちろんアイシャが無理な速さで移動とかしないよ?

 とは言っても、アイシャにとってはいい修行になる程度のスピードは出すかな」

「それはむしろ望むところですが」

「う、うん……

 メレオロン、その地図はシームに預けておいて。

 シームはアイテム片手に、山道走る練習。絶対地図落とすなよ」

「えー……」

「お前、後でリュック背負うんだぞ。片手ふさがるぐらいで文句言ってる場合か。

 メレオロンは荷物持って山道行くんだから、お前も修行しろ」

「そーだそーだ。

 シームも修行しろ」

「えぇぇぇ……」

「その……罰ゲームみたいなノリで修行って言うの、やめません?」

 

 流石に抗議しておく。どんだけイヤなんだ、オマエラ。

 

 

 

「この道、走りにくいー」

「仕方ありませんよ、山道なんですから」

 

 文句を言うシームに、私はそう返す。まぁ山道とは言っても、正直こういうのを道とは言い難いけどね。木々の根や天然の段差、柔らかい土に落ち葉、気をつけないと幾らでも足を取られそうになる。人が手入れした平坦な道とは比べ物にならない険しさだ。

 

 そんな道のりを、私達はそれなりの速さで進んでいた。

 

 先頭はウラヌス。確実に山賊と接触できるよう彼が道案内。全体のペースは時々私達を振り返りつつ、彼が管理している。

 

 殿は( しんがり )メレオロン。誰かが尾行していないかを含め、私達がはぐれないよう視界に収めてくれている。

 

 私とシームは、隊中列を並んで走っていた。これぐらいのペースなら、念無しの私でも負担に感じない。修行であればもう少し飛ばしたいところだけど、これから通過する岩石地帯にも備える必要があるから、体力を温存できる程度の速さだ。私的にはこの不安定な道を走ることで平衡感覚を養えるのが心地よかった。

 

 問題はシームだな……

 

 始めはまだよかったが、ダレてきたのか体幹がゆがんできている。そもそも踏みしめる地面が平坦じゃないからな。意識して身体の平衡を取らないと無駄に体力を消耗するし、しまいに足を痛めるか転んで怪我をしかねない。

 

 気がついたら注意してあげてるけど、どうも集中しきれないようですぐ身体が傾いたりしていた。手にする巻物も地味に効いているようだ。

 

「シーム、ちゃんと背筋を伸ばして」

「だって長いんだもん……

 これ、いつになったら着くの?」

「……」

 

 この山道は、登りばかりでなく(くだ)りも入り混じり、どれぐらいの距離を進んだか分かりづらくなっている。当然木々に遮られ、視界はかなり悪い。

 

 私が以前通った時は目一杯飛ばしてたから、すぐだったんだよね。山賊を相手した分は別だけど。念能力者であれば、私でも出せるくらいのスピードなら大した負担にならないだろう。こんな山道でも、シームであってもだ。要は中途半端で退屈に感じるんだと思う。それは分からなくもない。

 

 でも、退屈さに耐えるのも精神修行の一環だ。

 

「山賊が出るまでなら、そのうちですよ。

 怪我してもつまらないですから、注意を怠らないように」

 

「うーん……

 ほら、ここって道の先が見えないじゃん?

 どこまで行ったらゴールか、見えないんだもん」

 

「…………」

 

 

 

 ────ゴールが見えない、か。

 

 シームの言葉に触発され、私はこれまでの修行の日々を思い返す。

 

 私が気の遠くなるような歳月を修行に費やしたのは、終局的には巨大キメラアント──その王たるメルエムを打倒する力を得る為だった。

 

 それ自体は(な )し得た──だがそれは結果として、だ。ここまで鍛えた私ですら、直前で立ち塞がったネフェルピトーにも身体能力で上回られてしまった。メルエムに到っては、私が結果勝利できたというだけで、純粋な強さという意味で私はあの領域に辿りつけてはいない。未だ越えるべき指標として、私の中に根づいている。

 

 ……けれど。

 

 死力をもって打倒すべき難敵は、私の知る限りもう居ない。ネテロは好敵手ではあるが、命懸けで挑むような相手でもない。技を競うという意味では、あれ以上望むべくもないが。

 

 私が研鑽を重ねる動機──そのゴールは失われてしまった。それでも修行を続けているのは、メルエムというゴールを過ぎてしまった後、なかば惰性に近いものだという自覚はある。ネテロやゴン達のような仲間が居なければ、それほど打ち込めなくなっていたかもしれない。

 

 リュウショウとしての私が死んだ後、ネテロもこんな心境だったんだろうか。アイツは口にしないけど……張り合える相手が居なくなった後、修行の指標を立てるだけでもさぞ一苦労だっただろう。

 

 研鑽を怠るな──などと理由も添えずに伝えたが、ネテロには随分酷な要求をしたかもしれないな。いずれ償わないといけないか……

 

 ……こんなことを考えてしまうのは、やはり退屈しているということか。私自身も。

 

 この退屈さに耐えるのが、これからの私にとって最大の課題かもしれないな……

 

 

 

 ふと気がつくと、考え事をしている私の顔をシームがちらちらと窺っていた。

 

「どうしたんです?

 前を見ないと危ないですよ」

「うん。

 ……アイシャってさ。修行してるの、楽しい?」

 

 そりゃあ、ねぇ。

 

「私は……そうですね。楽しんでいますよ」

 

 改めて聞かれると、当たり前のことすぎて言葉に詰まってしまった。むしろ修行をしていないと落ち着かないくらいだからな。私にとって修行は食事や呼吸と同じようなものだ。……流石に修行しながら本を読んだりしてると変な目で見られたりするから、ながらってバレそうな時はしないけど。キルアはそのへん鋭いんだよな。

 

「なんか、やたら修行修行って言ってるしさ。

 つらい修行してないと嫌なのかなって」

「シーム。

 あなた妙な誤解をしていませんか? 私だってツライのは嫌ですよ。

 ただ、つらくないと修行にはならないかもしれませんが」

 

 必ずしもそうではないことを、前世で身をもって知ってるけどね。ぶっちゃけるなら、私にとって修行は娯楽のようなものだ。肌に合うし、退屈しない。

 

 みんなにとっては違う、か。……そうだろうな。私もこの世界に来た頃はそうだったと思うし。

 

 ま。友達と目標に向かって頑張ってる今は、ほんっと楽しいけどね!

 

 

 

 私はシームに少し待つよう手を向け、ペースを上げてウラヌスのところへ追いつく。

 

「ウラヌス。

 私の記憶ではそろそろかなと思うんですけど」

 

「うん。

 前に山賊が出てきた地点まで、あと100mくらいかな」

 

 ウラヌスがペースを落とす。それに合わせ私も速度を落とし、やがて全員が足を止める。

 

「もうじき山賊が出てくる地点を通過する。

 今回も居るとは限らないけど、もし居るなら……カードを全部渡さないといけない。

 当たり前だけど、これは1人でやらないともったいない」

 

 来たな。……さて、どうしたものか。

 

 誰か1人が先行して、渡すイベントを済ませておく、というところまでは事前相談したけど……結局誰がする? という肝心な部分が決まらなかった。

 

「……ジャンケンでもします?」

「アイシャ。

 アンタそれ、アタシに喧嘩売ってる?」

 

 何気(なにげ )なく提案したつもりが、メレオロンめっちゃ怒ってる。

 

「あー、いえ。そんなつもりじゃ……」

「月例大会チャンプのアイシャ様は、ジャンケンお強いですもんねー。オホホ」

 

 ……メレオロン、ジャンケンの練習でボロ負けさせたの、どんだけ根に持ってるんだ。割と本気で怒ってるっぽい。

 

「その……ジャンケンで決めるにしても、運否天賦ですよ?

 ズルするなんて言ってないじゃないですか」

 

「じょーだん、よ」

 

 にっ、と笑ってみせるメレオロン。……ほんとか? そうは見えなかったぞ。

 

「アタシが行ってくるわよ。

 カード全部渡しゃいいんでしょ?

 ちょうどアタシのバインダーがカラだし、面倒ないじゃない」

 

 私とウラヌスは口を噤む。うーん……

 

 スペルカードを買う予算は持っていく、モンスターカードを拾える余地は残す、山賊にカードを全部渡す──という理由から、メレオロン以外の3人はフリーポケットに余裕がない。自分のバインダーをカラにしろと予め提案したのはメレオロン自身だ。

 

 つまり、始めからそのつもりだったのか。

 

「だってイヤなんでしょ?

 あんた達、上着盗られるの」

「ウラヌスなんてスッポン──」

「あーわーぎゃー!」

 

 シームの言葉をウラヌスが遮る。面白いな、遮り方が。どんだけ必死だ。からかわれるのがイヤなら穿けと言うに。

 

「……えっと、そりゃ嫌だけど。

 メレオロンだって、そのツナギの替えは無いだろ。そんなの買ってないぞ?」

 

 あー、そうなんだ。……しまったな、事前に確認しておくべきだった。

 

「別に替えなんていらないわよ」

 

 言って、メレオロンはリュックを地面に降ろし、おもむろにツナギを脱いだ。

 

 

 

 ハダカだった。

 

 

 

 ……あなた、下の服は? 何も着てなかったのか、ずっと。

 

 メレオロンは、脱いだツナギをばさっと木の根に置き、

 

「こうすりゃ服は盗られないでしょ?」

「いや、オマエ……

 なんで他に何も着てねーの?」

「────アンタ、だけには、言われたくないわね」

「ぐはっ!?」

 

 膝を突くウラヌス。これはメレオロンの一本勝ちだな。

 

 にしても、雄々しいというか何というか……

 

 山中で堂々と全身を晒す彼女は、バカを通り越して素敵にすら映った。ある意味キメラアントとしての自然体だからだろうな。別に巨大キメラアントだから女性的じゃないかと言うとそうでもない。ちゃんと出るところと引っ込むところがあるんだけど……

 

 アレだな。メレオロンの辞書に『羞恥』の文字はないな、うん。

 

 そう納得してると、メレオロンは疑わしげな目で私を見返し、

 

「……あんまりジロジロ見ないでほしいんだけど? アイシャ」

「あ、はい」

 

 ……どっちなんだ。恥ずかしいのか、恥ずかしくないのか。

 

「で、ウラヌス。

 いちおう何か持ってった方がいいんじゃないかなーって思うんだけど。

 なんにも持ってないと、イベントが発生しないとか失敗するとか有り得るんじゃない?

 二度手間はイヤよ」

「あ、確かにな。

 でも、要らないカードが何にもないんだよな……。その辺の石ってのもアレだし。

 ……しゃーない、ご祝儀だ」

 

 ウラヌスは「ブック」を唱え、バインダーから1枚カードを放り投げる。

 

 メレオロンはそれをキャッチし、

 

「ん? 1万ジェニーでいいの?」

「ああ、それで。

 最初に金を要求してくるから、最低条件があるとしたらその辺かなって」

「うん。分かったわ」

 

 メレオロンも「ブック」を唱え、バインダーに1万Jのカードを収める。

 

「ここを真っ直ぐ進めばいいのね」

 

「ああ。もし山賊が出てこなかったら戻ってきてくれ。つうかイベントが発生した場合も、渡すイベントを終わらせた後に戻ってきてくれた方がいいか。

 俺達はここで帰りを待ってるよ」

 

「えっと……

 発生しなかった場合はともかく、発生したらアタシここまで戻ってこれるか自信ないんだけど。

 だってイベントが発生したら、山賊の村まで行くわけでしょ? 迷わず帰ってこれるか分かんないわよ? こんな山の中だし。

 地図を持ってこうにも、それも盗られちゃうから無理だしさ」

 

「あー。うーん、そうだな……」

 

 ウラヌスは口許を手で押さえ、考える。

 

「じゃあ……

 山賊が出なかった場合は、ここに戻ってきてほしい。

 山賊が出て村まで行ったら、イベントが終わった後そこで俺達が来るのを待っててくれ。

 建物の外に出てくれたら、『円』で正確な位置も分かる。山賊村の位置は覚えてるけど、イベント発生させてないプレイヤーでも直接行けるか試したことないから不安だしな」

 

「そうすると、私が建物の中でイベントに手間取ってるとなかなか迎えに──

 あ、そんなことないか。『追跡/トレース』で居場所が分かるんだったわね」

 

「そうそう。

 こまめに確認するから、イベントが終わる頃合いを見計らって迎えに行くよ」

 

「おっけ。

 じゃ行ってくるわ」

 

 言ってメレオロンは、私達に背を向けてぴょんぴょん山道を跳ねていった。……うん、あのくるくるシッポ、ホント可愛いな。そのうち触らせてもらおう。胸触られた仕返しも兼ねて。

 

「……おねーちゃんって、昔あんなんじゃなかったんだけど」

 

 嘆くようにつぶやくシーム。うぅむ……

 

 

 

 メレオロンが戻ってくるまでの間、横たわる大木に腰を下ろし、私とシームは休憩していた。そこまで疲労してないとは言え、僅かな消耗も軽視できないからな。本番はこんなところではなく、怪物が出現する岩石地帯だ。少しでも体力を温存しないと。

 

 ウラヌスもリュックを降ろし、横倒しになった木に背をもたれかけつつ、バインダーを時折り操作している。

 

「ん、イベントが発生したみたい。

 メレオロンがこの山道を逸れたよ」

 

「ということは、クリア前と同じ入手条件ってことですかね」

 

「多分ね。まだ確証はないけど」

 

 『奇運アレキサンドライト』は、前回私が取った数少ない指定ポケットカードだからな。できれば今回も自力入手したいところだ。いま頑張ってるのはメレオロンだけど。

 

 シームが地図を広げながら私の方に目を向け、

 

「こっからは、そんなに山道ないのかな?」

「ええ。それもほとんどくだりなんで、スグですよ。

 ただ足を痛めないように注意しないといけませんが。飛ばしすぎるのも危ないですし」

「うん」

 

 私が最初通った時は山賊の後、目一杯ぶっ飛ばしたけどね。遅れを取り戻そうとして、ものの数十秒で駆け抜けたはず。……うん、あの時は色々ムカムカしてたんだ。仕方ない。

 

 

 

 山賊の小屋の外で、服を着ていないメレオロンが1人立っているのが見える。

 

 頃合いを見て迎えに来た私達に気づき、彼女はこちらへ走ってくる。

 

「お疲れさん。どうだった?」

 

 ウラヌスがツナギを渡しながら尋ねると、メレオロンは受け取りながら笑顔を見せた。

 

「ばっちりだったわ。

 病気の薬代に1万ジェニー要求されて、それで終わり。──それでいいのよね?」

 

「ああ、なら大丈夫だな。

 聖騎士の首飾りがないと最終確認できないけど、変なヒッカケがなければそれでいけるはず」

 

「メレオロン、ありがとうございます。助かりました」

 

 彼女、何だかんだでこのイベントを嫌がっていた私達を、気にかけてくれてたんだろう。

 

「なんのなんの。さ、早く行きましょ」

 

 促され、私達はくだり勾配の山道へと戻っていく。……にしても、メレオロン1枚しか着てなかったのか。まさかシームもそうじゃないだろうな?

 

 ん? もしそうだとしたら、このチームってもしかしてアレじゃないか? えっと……いや、うん。考えるのやめよう。

 

 

 

 休憩で回復したのもあって、山道をハイペースのまま突っ切っていく私達。

 

 遮る木々が目に見えて減り始め、視界が開けてくる。

 

 前方から風の鳴る音が強まる。

 

 加速し、いち早く木々を抜けたウラヌスが、手を上げて制止をかけてくる。

 

「シーム。危ないからスピードを落としてください」

 

 首肯するシーム。私が急減速すると、彼もそれに合わせて足を緩める。

 

 ────山を抜けた。

 

「はぁーっ……」

 

 ぴたりと立ち止まり、一息吐くシーム。遅れてメレオロンもこの場に現れ、足を止める。高台から周囲を見渡し、

 

「ふーん……

 NGLみたいな場所ね」

 

 メレオロンが何気なくつぶやく。ふむ。言われてみれば、ね。もっとも、こんなわざとらしく岩山が乱立なんかしてなかったけど。

 この岩山のせいで視界が悪いんだよな、ここって。

 

 風に髪をなびかせながら、ウラヌスはやや真面目な表情で声をかける。

 

「メレオロン、シーム。

 この高台から降りたら、敵が出現し始める。……こっからは文字通り命懸けだからな。マサドラへ着けずに死ぬプレイヤーは、9割強ここが死に場所だ。

 動きを覚えさえすれば、リュックを背負ったメレオロンでも倒せる程度の敵も出るけど、基本的に俺が対処する。回避に専念してくれ。

 ……じゃ、リュック頼むぞ」

 

 ドスンと荷を降ろすウラヌス。「へーい……」と返事し、自分の荷物をどすっと降ろすメレオロン。「ぅへー」としか言わないシーム。

 

「シーム、その地図はもういいよ。

 メレオロン、地図を受け取って俺のリュックに入れてくれ」

 

 ごそごそと荷物交換が進む中、特にやることもなく私はそれを眺めている。

 

 さて、ここからは私も気を引き締めないとな。命懸けという意味では、私はシームより危うい。オーラが乗らない私の攻撃だと、おそらく怪物には通じないだろうしな。いなすだけなら多分できるけど、それすら無傷では難しいだろう。

 

 普通の生物ならともかく、基本的にここの怪物は念獣の類だ。通常の攻撃では倒せない可能性が高い。オーラによる攻撃を『絶』状態の私が防ぎきれるかどうか。

 

 んー。にしても、またウラヌス1人に負担がいくんだよな。……早く2人に修行させて、少しでも戦えるようにしないと改善しようがないぞ。

 

 とは言え、まずは見て覚えることも大事な修行か。焦って急ぎすぎても良くないしな。

 

 荷物交換が終わり、大きなリュックを背負ったシームが、「うー」と呻く。それを見て肩をすくめた後、ウラヌスは腰に手を当て、話し始める。

 

「じゃ、ここの岩石地帯に出る怪物について対処法を教える。

 長話だから、今はリュック降ろしていいよ。

 この一帯に出現する怪物は12種類。

 どれも性質がバラバラでバラエティに富んでるから、背を向けて逃げるばかりが最善策じゃない。特に素早く追ってくる敵と奇襲してくる敵には注意が必要だ。きっちり覚えてくれ。

 まず低ランクの怪物から。ランクHのリモコンラットは──」

 

 ウラヌスの説明を熱心に聞く2人の後ろで、私も如何に対処するのが最善か考え始めた。

 

 

 

 一通りの説明を終えたウラヌスは、うんざりした様子の2人を見やり、

 

「……まあ、あくまでも事前説明だからな。

 無理して記憶しなくていい。怪物が襲ってくれば嫌でも覚えるから。

 で、アイシャ。ちょっといい?」

 

 腕を組んで考え込むこちらの様子を窺ってきたウラヌスに、

 

「はい。……私は大丈夫ですよ。

 それぞれの怪物にどう対処すべきか、改めて考えましたから。

 できるだけウラヌスが戦いやすいように動くつもりです」

 

「うん。そうしてくれると助かる。

 ただ、それ以外のこともお願いしたいんだ」

 

「へ? なんです?」

 

 ホントになんだろ。私がまともに戦えるわけないし……

 

「言ったろ?

 危険な怪物の相手はほとんど俺がする、って」

 

「えーと……

 ええ、そう言ってたと思いますけど」

 

「だから、アイシャにも少し手伝ってもらう」

 

「えっ?」

 

 不思議そうな顔で、彼と私を交互に見るメレオロンとシーム。多分私も似たような顔をしているだろう。

 

 そんな私達を眺めながら、ウラヌスは悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべてみせた。

 

 

 

「────キミに、魔法をかけてあげる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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