第三十六章
「────魔法?」
思わず問い返す。ここグリードアイランドで魔法と言えば、普通はスペルカードを指すだろう。あとブックとゲインもそうかな。
でも、ウラヌスの口にしたニュアンスは違う。おそらく、一般的な意味での魔法。
魔法……ねぇ。
「ま、ちょっとしたおまじないレベルだよ。そこまで劇的な効果はない」
言ってウラヌスは、私へと歩いてくる。
目の前で立ち止まり、
「アイシャ。後ろ向いてもらっていい?」
「えっと……はい」
私は素直に背を向ける。
「ちょっと髪に触るね」
ウラヌスの手が、慎重に私の髪へと触れる気配。それも束ねている辺りに触れている。
「もしかして……そのゴムですか?」
「ん、正解。
これに細工しておいたんだよ。じゃ、いくよ」
ウラヌスがそう告げた後。
私の身体が────オーラに包まれた。
「────……ッ!! これは!」
厳密には、私の目にオーラは映っていない。
けど、分かる。私の身体は、包まれたオーラによって確実に強さを増している。
「……『周』、ですか?」
振り向いて尋ねると、ウラヌスは軽く驚いた後、微笑んでみせた。
「そ。キミの身体を、俺のオーラで包んだ。
そのヘアゴムに刻んだ神字の効果で、俺の注いだオーラが、ある程度の時間キミを保護してくれる。
……ただ、いくつか注意点がある。
まず、キミ自身の身体能力を高めるわけじゃない。無機物を強化した時と同じで、ほぼ表面的な強度のみの強化に留まる。……それでも怪物には攻撃が通じるはずだよ。
で、当然だけど『凝』で見る力を強化することもできない。つまり、オーラは見えない。目の精孔は閉じたままだからね。オーラも見えるようにできれば一番よかったんだけど、こればっかりはどうしようもない。
最後に、これには制限時間がある。
俺がそのヘアゴムに注ぎ込める最大オーラ量は3600。状態に関わらず、1秒ごとに1ずつ減っていく。
1時間経てば消えてしまうけど、実際のタイムリミットはもっと手前。今のキミの顕在オーラは600。基本的にその状態が維持されるけど、残り10分切ると最大オーラ量の減少に比例して、顕在オーラも減る。
だからまともに戦えるのは、粘っても残り5分までかな。その時点でシームの『練』と同じくらいにまで落ちる」
ふーむ。なるほどね……
オーラが見えなかったり、『流』が使えないのはかなり痛いけど……。それでもオーラ無しで戦うのに比べれば雲泥だ。
問題は、この状態でまだ戦った経験がないということか。こればっかりは慣らしていくしかないかな……
でも、これは本当に嬉しいサプライズだ。
────これで、私も戦えるぞ! 強制『絶』が解ける1ヵ月後を待たずに……なんて素敵な魔法なんだ!
「アイシャ、一応注意しておくよ。
俺があらかじめこのことを言わなかったのは。……言えば、キミはアテにすると思ったから」
冷水を浴びせるようなウラヌスの言葉に、私は呻き声を上げかける。
そんな私を気遣うようにウラヌスは、
「オーラで身を守れないのが不安だったのは分かるし、キミがずっと戦いたがってたのも分かってるけど。
やっぱり俺は、キミに率先して戦ってほしくはないんだ。だから、それは保険。
今回は危険が不可避だから仕方ないにしても、自分が戦える前提では居ないでほしい。
何より1時間ごとに俺のオーラを3600ずつ持っていかれたら、俺が保たないしな。
それは、いい?」
「……はい。分かりました……」
そりゃそうか……私がオーラで自分の身を守り続けたら、ウラヌスは常に2人分を消費し続けることになる。私のこれは節約できないから、むしろ燃費は悪いのか。
「説明、終わった?」
リュックを降ろしてしゃがみこんでいたメレオロンが、手持ち無沙汰に尋ねてくる。
「ああ、うん。
最後に一つだけ。
アイシャに協力してほしい怪物は、巨人とモグラ。巨人は数が多いし攻撃力もあるから、さっさと倒さないと危ない。モグラは地面から奇襲してくるから、素早く対処する以外にない。
その2種類だけ、倒すのを手伝ってほしい」
「……分かりました」
「メレオロンとシームも、ちゃんと見て覚えてくれよ。
いずれここの怪物とは修行で戦ってもらうからな」
『えー』
「えーとか言うな。
戦って勝てば金も稼げる。修行にもなって一石二鳥なんだよ。
さ、スタンドアップ! 回り道せず、この高台を直接滑り降りてくぞ」
『えぇぇぇぇー!!』
「だから、えーじゃねーよ。
特にシーム。お前、背中にしょってんのはアイシャの荷物だからな。滑って転んで荷物
「ぅえー……」
「あははは」
そういうプレッシャーの掛け方もなんだなぁ、と思っておく。
「おっしゃ、いくぞー」
「2人とも気をつけてくださいね」
言って私達は、高台の急斜面を滑り降りる。ウラヌスは全く危なげない。私はいつもと違うオーラに包まれて、ちょっとバランス感覚がふわつくけど、すぐに慣れてきた。
高台の下に着地する。少し離れて、上の様子を見る。メレオロンが降りてきた。
「っとっと、おっと、と」
なんだかんだでサラリと降りてみせた。見た感じ、運動神経はあるんだよな。鍛え方が足りてないだけで。
「わーっ!? わったった!!」
フラフラ危なっかしいシーム。騒いで手をバタつかせつつ、滑り落ちかけ、
「よっと」
かなりの勢いが乗ったシームの身体を、ウラヌスがふわりと受け止める。数歩下がり、完全に勢いを止めてみせた。
「シーム。
……ほら、もう大丈夫だから。離れてくれよ」
ウラヌスに抱きつく格好のシーム。しばらくそのままでいた後、
「うん……」
離れる。ちょっと頼りない足取りで私とメレオロンの方へ近づき、
「シーム、あんたどうしたの?」
尋ねるメレオロンに、なぜか顔を赤くしたシームは小声でぼそぼそと、
「……2人とも聞いてよ。ウラヌス、めっちゃ抱き心地いいんだけど。
あんな細いのに、お腹と背中がすっごいプニプニしてた」
「ほっほーぅ。お風呂場だとそうでもなかったんだけどねぇ……謎」
「うーん……」
そういうこと他の人に言うもんじゃないよシーム、とは思うんだけど、そうなんだ……
当のウラヌスは首を傾げるばかり。
「ほら、そろそろ行くよ。
暗くなる前に、怪物の動きをよく見て覚えなきゃいけないし」
促すウラヌスに、私達は顔を見合わせた後、お互い肩をすくめて歩きだした。
「お。具合よく、初っ端に最弱きたな。
みんな、落ち着いて距離とって」
岩場をやや足早に進む私達の前に、剣と盾を構えた甲冑の騎士が現れる。
私達が数歩下がるのと同じタイミングで、ウラヌスだけが甲冑の騎士の横をすり抜け、岩場の影に消える。
甲冑の騎士が一歩進み──
ガシャン、と崩れた。
「……タネが分かってると、つまんないものね」
メレオロンがぼんやりと言う。
「本来は気づけるかどうかを試す怪物なんでしょうけど、目の『凝』を怠らなければいいだけですからね」
……とは言え、今の私はそれが出来ないわけだけど。地味に相性の悪い相手だ。どこにいるか、見当がつけばいいんだけどね。
話してるうちに、ウラヌスがカードを手に戻ってくる。
「ほい」
メレオロンに渡す。覗き込むシーム。
『711:リモコンラット』
ランクH カード化限度枚数800
念能力で物を操って身を守る操作系ネズミ
とても臆病で
いきなり他の生物と出会うだけで気絶してしまう
繁殖力旺盛で島中どこでも見かけることができる
「ふぅん……
ちょっと見てみたかったわね」
「見ただけでカード化するからな、そいつ。
……あぁ、このカードはバインダーに入れなくていいよ」
「へ? なんでよ」
「安いから。
600ジェニーじゃ何の足しにもならん」
メレオロンとウラヌスが会話する中、私は少し口を挟む。
「いいんですか、ホントに?
指定ポケットカードを取るのに必要だったと思いますけど」
ウラヌスは私に目を向け、
「アイシャが気にしてるのは、このカードが『もしもテレビ』の入手条件になってるってやつだね。
えっとね、厳密には必要じゃないんだ」
「そうなんですか?
マサドラのトレードショップに、ここの怪物カードをたくさん売らないといけなかったはずですけど」
そうすることで、デパートに1枚だけ『もしもテレビ』が販売される。ゲンスルーさんからの情報だし、私とゴン達で入手を担当したカードだからな。よく覚えてる。
「うん。通常の入手方法はそうだね。
……実は、ゲインした『強制予約券』でも買える」
おおぅ。マジか! いや、ちょっと待てよ……
「……私それ、『リサイクルーム』の入手条件だと思ってたんですけど」
「んー。
実は裏技だったってヤツかな。
もしもテレビとリサイクルームを、強制予約券で買うのが裏技。
マサドラのトレードショップに特定のカードを売却すると、デパートで販売されるのが本来の入手方法。
ま。普通にやってりゃ、もしもテレビの条件は満たせるし、逆に強制予約券使わないとリサイクルームの条件はちょっと満たせないもんな」
ウラヌスが言い終えたところで、メレオロンが手にしていたリモコンラットのカードが煙になった。
『あっ』
カード化が解け、ぽてんとリモコンラットが地面に落ちる。
ぬいぐるみのようなまんまるネズミが、落ちたショックで目を覚まし、起き上がる。
見下ろす私達の影に気づいたのか、こちらの顔を見上げ、
「……ぅっきょ!?」
私達を見て、小さい声を上げる。……コテンと転び、また気絶した。カード化が解けたから、そのまんまだ。
「おっほ。
すんげー可愛いんだけど」
メレオロンがにこにこしながら言う。うん、まぁ、しかし気絶してるしな。
「じゃ、そろそろ行くぞ。
さっさと進まないと日が暮れちまう。
……ああ、メレオロン。可愛いからって拾ってくなよ。それ怪物だからな」
「いやいや、流石にそんなことしないってば……」
くるくる目を回したネズミをつんつくしてたメレオロンが、名残惜しげに立ち上がる。ウラヌスは肩をすくめつつ、今まで進んでいた方へ向き直した。
彼が駆け始めたのに合わせて、私達も走り出す。
……ホントに色々知ってるんだな。時間があれば、リサイクルームの本来の入手条件が何なのか聞いてみよ。
「──っと、今度はスライムか。危なげないのが続くな。
こいつは反撃型だから、多少距離を開けてさえいれば安全だよ」
私達の前に、紫色のぷよぷよした軟体……スライムが3匹現れた。
いかにもゲーム的な雑魚感がすごいんだけど、サイズが割とある上に楽には倒せない。油断は禁物の典型だな。
じわじわとこちらへ近づいてくる3匹に対し、左端にいるスライムの横手へ歩いていくウラヌス。親指で差しつつ、
「こいつらは弱点があって、普通に叩いて倒そうとするとパワーがいるけど、身体の中にある核を狙ってやると──」
話しながら、そのスライムへ手刀を突き入れるウラヌス。手首まで埋まったところで、ボンと煙になるスライム。
「こうやって簡単に倒せる。……3人ともこっち来て」
今度は右端のスライムへ近づくウラヌス。メレオロンとシームが躊躇する気配を見せているので、私は2人を促しつつスライムへと近づく。
このスライムは私達がどこにいても構わずに、最初目指した方へただただ進んでいく。行く手を遮らなければ攻撃されることはない。
手招きし、スライムの後ろから見るように、メレオロンとシームを誘導する。
「見えます?
スライムの中で核が動いてるの」
よくよく見ると、スライムの体内で濃い紫色のトゲトゲした塊があちこち動いてるのが分かる。
「ん、まぁ何となく分かるけど……
これ、やたら速くない? これを狙って攻撃するの?」
メレオロンが怪訝な顔。シームは核の動きを、必死に目で追っている。
「表面近くへ浮かんできた時に、タイミングよく狙えばいいです。
ちゃんと攻撃すれば、かすめた勢いでも倒せますよ。……ウラヌス、一度2人に試してもらってもいいですか?」
「いいよ。メレオロンとシームで、1回ずつ攻撃してみて。
結構弾力あるから、思ったより力入れた方がいいよ」
「うーん……」
自信なさげに、手を構えるメレオロン。スライムは動き続けているので、少しずつ歩く必要があって、ちょっと狙いづらい。
「やっ!」
メレオロンの手がスライムに埋まる。ぼよん、と跳ね返された。
「え……
こいつ、見た目と違ってメチャクチャ固いんだけど?」
「だから言ったろ……弾力あるって。
まるっきりパワー不足だよ。スピードも全然足りてないし。
次、シーム」
「はーい」
シームがツナギの腕をまくり、構える。……確かに鱗あるな。それ以外は普通っぽいんだけど。
「でやっ!」
スライムの中に、シームの腕がずぼっと収まる。勢いよく弾かれ、ずっこけるシーム。
「あいたー……」
ウラヌスは腕を組み、
「狙いが出鱈目だな……つうか、狙ったところに攻撃できてない感じか。
その辺は慣れかもしれないけど、要練習だな。反動でコケてるのも危なっかしいし。
あ、メレオロンは論外だからな?」
『ぅえー』
2人揃って呻き声。あははは、鍛え甲斐あるなー。全然ダメダメだよ、あなた達。特にメレオロン、あなたビックリするレベルで戦えないな? 念能力者とは思えないぞ。
仕方ないなぁ……手本を見せてあげるとするか。
「私も試していいですか?」
「うん、いいよ」
バインダーを出して、最初に倒したスライムのカードを収めているウラヌスが、気楽に許可を出す。私が今の『周』状態でどれだけ動けるか、ちょっと見ておきたいからね。
すっと五指を刺す。──指先に触れた固い感触が、即座に砕けた。
ボンと煙になるスライム。伸ばした手を戻すついでにカードを摘み取る。
「まー、あっさりやるわねー……
できて当然みたいな顔しちゃって」
呆れたようにメレオロン。これなら『絶』でもいけたかもな。怪我するといけないし、そんなことしないけど。
「必要なのは、素早く狙いを正確に──だけです。最低限の力は込めないといけませんが。
動く
「俺は今の動き、見てて寒かったけどなー。
演武みたく無駄なさすぎてビビるわ」
言いながら、無造作にも見える動きで最後のスライムを仕留めるウラヌス。手先が拳になっている。
私はスライムの核を突き砕いたけど、ウラヌスは手を差し入れた後に核を握り砕いてる。──無駄がないのは私なんだろうけど、彼の倒し方にはゆとりを感じさせるな。
『722:ガムスライム』
ランクG カード化限度枚数306
高い弾性を持つ 大きなスライム
体内で流動する核を叩かないと 打撃で倒すのは至難
メレオロンとシームがそのカードを眺めていたところに、
「あ、それも捨ててくよ。
900ジェニーだから邪魔になる」
ウラヌスがバインダーに一度入れたスライムのカードを無慈悲にポイ捨てしつつ、そう告げる。うむ……取捨選択えぐいな。
「何かそうやって取ったそばから捨ててくと、勝った倒したって気がしないんだけど?」
手にしたカードをぴこぴこ振りながら、苦言を呈するメレオロン。
「いや……そんなこと言ってもカード持てる数には限りがあるもん。
取った端から捨ててかないと、こんなザコ残してたらキリがないよ。
どうせ倒したのは俺とアイシャなんだし、別にいいだろ?
ほら、行くぞ」
遠慮なく小走りで駆け出すウラヌス。
慌ててカードを捨てて追うメレオロン、それを追うシーム。
私もカードをひらりと手放しながら、そんな3人を苦笑で眺めつつ、その背中に付いていった。