「はっ、はっ、はっ……」
「シーム……まだ大丈夫?」
「はっ、はっ、うん……だいじょぶ」
私達は青いゴーストのような怪物にずっと追われ続けていた。──と言っても、本気で逃げてはいなかったけど。ウラヌスいわく、
『ここの怪物は同時に1種類しか出現しないから、わざと追われ続ければ安全に進める』
とのことなので、それなりの速さでしか追ってこないゴーストを牽引しながら、私達は安全に進んでいた。作戦名『ブルーレイ回し』。……微妙だな、ウラヌスのセンスも。
ともあれ順調に距離を稼いでいたのだが、
「──ウラヌス!
申し訳ないですけど、オーラが弱まってきたみたいです」
やむを得ず、前方のウラヌスに声をかけた。
身体能力は元から変わりないんだけど、地面から足に伝わる反動が大きくなっていた。このまま走ってるだけなら問題ない──が、黙っているわけにもいかない。いざという時、戦えなくなってしまう。
「あー。そろそろか……
しゃーない、ぶっ倒すか」
ウラヌスが足を止め、姉弟の間と私の横をすり抜けゴーストを急襲。オーラを籠めたであろう掌底を、青い幽霊の顔中央に叩き込む。
『754:ブルーレイ』
ランクF カード化限度枚数189
やや強い恨みを持って死んだ ヒンヤリした青い怪物の幽霊
オーラでしかダメージを与えられない
売却額は3000ジェニー。捨てるかどうかは状況次第なので、いちおうメレオロンはバインダーに収めている。
私はオーラが切れる前に、再びウラヌスに『周』を掛け直してもらう。
再び強く纏ったオーラを体感しつつ、ふと過ぎった疑問を口にする。
「ところでコレ、他の人のオーラでは出来ないんですか?」
単純なオーラ量なら、メレオロンの方が多いはず。なら彼女にやってもらった方が効率いいんだけどな。
「あー。言いたいことは分かるんだけど……
神字にオーラをチャージすんのは、それなりに面倒でね。
大抵は神字を描いた本人にしか出来ないはずだよ。
ほら、オーラって個人差あるじゃん? 神字自体にもオーラが籠もってるから……」
「ああ、確かにそうですね……
よくある、扉を神字で閉じてオーラで触れれば開けられたりするのとはまた違うんですよね?」
私が尋ねると、ウラヌスは頷いてみせる。
「それはチャージタイプの神字じゃないからね。単純な造りだから他人のオーラでも反応するように出来るんだよ。
後からオーラを付け足せるやつは、造りが複雑だから……
やってやれないことはないけど、オーラの変換ロスが大きくなるからワリに合わないと思う」
うーん。それじゃ仮に出来ても、メレオロンのオーラが大きく削れるわけか。いまいちだな……私の為にアッチコッチからオーラを分けてもらうのも気が引けるしな。
「ウラヌス! シームが──」
先頭を走っていたウラヌスが足を止める。私が声をかける直前、かなりフラフラだったシームがついに歩き出していた。
身体強化していない『周』状態の私でも付いていけるスピードで走っていたんだけど、荷物を背負って怪物を警戒しながら長時間の走行だしな。ゴーストから逃げてる間は特に走りっぱなしだったし、そろそろ限界だったか。
「はぁー、はぁー、はぁぁぁ……」
「シーム……
そんな状態になる前に、自分から言わないと。
もし怪物が出てきてたら、すぐ動けなくてヤバかっただろ?」
指摘するウラヌスを、私とメレオロンが思わしげに見る。「うっ」と身を引くウラヌス。
「いや、2人とも気づいてたろ?
……俺もだけどさ。
シームが頑張ってるの分かってたから、声かけづらかっただけで」
「ええ。
ウラヌスのことだから、怪物が出てもフォローする気なんだろうなと思ってました」
「アンタらしいわよね」
からかうように言う私達に、
「おおい、やめろってそういうの……
……シーム。少し休むか?」
「はぁ、はぁ、はぁ……
ちょっとだけ……休み、たい」
「……そっか。
じゃあ10分休憩。シームとメレオロンは荷物降ろして。
ちゃんと『絶』でオーラも回復させてくれよ」
リュックを降ろして、ぐったりとへたりこむシーム。
それに対し、メレオロンは重い荷物を降ろして息は吐くものの、意外に平気そう。
「メレオロンはそんなに疲れてませんね」
私が尋ねてみると、彼女は微妙そうな顔をし、
「これぐらいの速さなら、まぁね。
何となく走る時のコツが分かってきたというか」
「それは何よりです」
こういうのを聞くと、やっぱりキメラアントの学習能力って高いんだなと改めて思ってしまう。元々メレオロンはNGLで死線を潜り抜けてきただろうから、出来て当然な気もするけど。
「シーム、意外にキツいだろ?
普通に走るのと違って、全身に力入れないといけないから」
「うん……めっちゃ疲れる」
ウラヌスは、戦ったり私にオーラを分けたりしてるにも関わらず、むしろ元気だったりする。オーラは削れてるはずなんだけど、精神的に余裕があるというか。
「あなたの方こそ、残りのオーラ量とか身体は大丈夫なんですか?
見た感じ顔色は良さそうですが、ほとんど1人で戦ってますし」
「まだまだ、今のところは余裕あるよ。
リュックを背負ってなければ、走ってる時に足だけ強化すればいいから楽だし。
戦ってる時も『凝』で攻撃力上げてるから、顕在オーラ量自体はアイシャより少ない」
なるほどね……ウラヌスは効率よくオーラを運用できてるか。大した技量だよ。だからこそ私にオーラを分けられるわけだ。
そうなると、このチームのネックはどうしてもシームになっちゃうな。荷物を背負ってもらってるから、そんな言い方は可哀想だけど。でも私とウラヌスが戦うしかない以上、役割分担的にどうにもならないもんな。
先に修行してあげてればいくらかマシだったかもしれないけど、必要なスペルカードの確保を優先しちゃったし、仕方ないか。
ただ、この休憩時間中も『周』の時間切れが迫ってくるんだよな……
「せめて、私の『周』が切れるタイミングで休憩を取るようにした方がいいですね」
「うん……時間もったいないもんね。
次にアイシャの纏うオーラが弱まったら、ちょっと長めに休憩するか。俺もオーラ回復させたいし」
空を見上げるウラヌス。徐々に空の色が濃くなってきている。
「ラストスパート! いっそげ! いっそげ!」
パンパン手を叩いてせっつくウラヌス。口にするウラヌスは余裕そうだが、急かされるメレオロンとシームはかなり必死だ。私は怪物に注意しながら、ペースアップする3人に付いていく。
辺りはかなり暗くなってきたが、視界には岩山に囲まれた村が見える。
「はい、ゴォォール!
おつかれっ!」
大きく手を叩き、村中央で制止するウラヌス。天を仰いで「あぁーっ!」と声を上げ、大きく息をするメレオロン。腰を落とし、息も絶え絶えのシーム。私はシームの背から、リュックを降ろしてあげる。
私は大して消耗してないけど、ウラヌスが2度目にかけた『周』のオーラは、ほとんど消えかけていた。それもあって、無理やりここまで来たのだ。
……無粋なので指摘はしないけど、ラストスパートでもゴールでもなく、あくまで休憩地点に着いただけだ。まだ先は長い。
「ウラヌス。
この村で休憩できそうなところってありますか?」
「なくもないよ。
そこのテントで、NPCと一緒で良ければ、話すと休ませてくれる。
……ああ、水とかトイレも貸してくれるよ」
「そうですか。2人ともどうします?」
メレオロンがリュックを降ろし、足をぷるぷると振りつつ、
「んぁー……
いま頭回らないんだけど……
えー……とりあえず水ほしい。休憩はここでもいい」
「OK。
じゃあ水もらってくるわ。アイシャとシームは?」
「ぼくもほしい……」
「私もいただけると助かります」
「ん。じゃあ全員分もらってくるよ」
言って、テントへ歩いていくウラヌス。
「……水って、デパートで買ってなかったっけ?」
メレオロンがあぐらをかいて、首をぐるぐる回しつつ尋ねる。
「買ってましたね。
でも、6本セットのペットボトルだったと思いますけど。それをアイテムにしちゃうと……」
「あー……
かさばるっていうか、重くなるわけか。なるほどねぇ」
カードで持ち運べるのって確かに便利なんだけど、使い切れないと荷物になっちゃうんだよね。移動中は結構厄介かもな。人手も足りないし……
っと。考えてみたら、ウラヌスだけで4人分の水は運びにくいか。私も手伝おう。
私がテントのそばへ行くと、ウラヌスがテントの中から水の入ったカップ2つを持ってちょうど出てきたので、それを受け取る。
「ありがと。行ったり来たりの手間が省けたよ」
「いえいえ」
ウラヌスは再び水を受け取りに、テントの中へ戻る。
ふーん……石のカップか。わざわざ岩石地帯に似合う容器にするとか、また凝ってるな。
アントキバとマサドラを行き来する場合、縦断する岩石地帯の大体中央辺りにこの村は存在する。怪物が出現する地帯を抜けるまで、残り25㎞を進まなければならない。
メレオロンのフリーポケットは、既に怪物カードで一杯だ。バインダーの中身を見せてもらうと……
『バブルホース』11枚、『マリモッチ』12枚、『メラニントカゲ』10枚。これだけあればかなりの収入だな。
あと『ロッククロウラー』が9枚、『ブルーレイ』が3枚。
僅かに空いていたウラヌスのフリーポケットにも『ブルーレイ』が2枚。
戦えば戦うほど持ち切れないカードを捨てることになって損だけど、移動スペルで街に飛べない現状では仕方ない。怪物カードの売値をウラヌスが覚えていたおかげで、効率は悪くないはずだしな。
20分経ち。身体を解したり休めたりした私達は、ちょうど時計が19時になった時点で、再びマサドラへの道を進み始めた。
次の目的地は15㎞先にある無人の村だ。私にかけられた『周』のオーラが切れる1時間以内に到着する予定で進む。──夜間、怪物との戦闘込みで。
ブルーレイを引っ張っていく作戦も混ぜつつ、シームが半泣きでへろへろ走ってるのを宥め、叱咤し、何とか気を保たせる。
私の『周』が切れる数分前、岩石地帯40㎞地点、アントキバから約50㎞地点にある村へ到着した。
へなへなと崩れ落ちるメレオロンとシーム。強行軍だったせいで、メレオロンも疲労が溜まってきたようだ。まぁ重い方のリュックを背負ってるしな。
シームは見るからにボロボロだった。多分オーラはほぼ底を突いてるだろう。
流石にウラヌスも疲労の色が隠せない。私にオーラを3度渡してるし、戦闘でシームの動きが悪化してから、無理やり怪物を瞬殺するよう動いていた。倒した後も休まずにすぐ走っていたから、オーラの節約がしづらかったはずだ。
主な原因が私だから聞きづらいけど、確認しておいた方がいいだろうな……
「ウラヌス……
今、どれくらいオーラ残ってますか?」
呼吸を整えていた彼が、目を閉じて考え込んでいる。
「えーとね……
全快時の、3割切ってる。……45000MAXだから、いま12000ちょっと」
急いだせいか、だから急いでたのかは分からないけど、思ったよりせっぱ詰まっていた。
私に渡すオーラが1回3600って言ってたから……
ウラヌス自身の消費オーラも考えると、後1回受け取って終わりだろう。それ以上受け取ると、おそらくウラヌスは戦闘ができなくなってしまう。
どうしようかな……
このままマサドラに着くまで、強行軍を続けていいんだろうか。行って終わりじゃないからな。着いてからも怪物カードを売ったりスペルを買ったりして、その後アントキバの宿まで帰らないといけない。マサドラに到着して即バタンキューではマズすぎるだろう。他のプレイヤーに狙われることだって有り得る。
「いっそ、ここで一泊しませんか?
みんなかなり疲労が溜まっているようですし……」
私の提案に、ウラヌスは薄く目を開いて、考えを廻らせている。
「……。
いや、それはやめておこう。大差ないだろうけど、危険性はここに泊まった方が恐らく高い。
何より次の日の活動に響くだろうし」
私達3人はウラヌスをじっと見る。彼はまた黙し、どう説明するか悩んでいるようだ。
「……確かにここへ泊まれば、怪物は襲ってこない。
けど、他のプレイヤーから襲われる可能性がある。街の中よりずっとね。
アイシャ知ってる?
この岩石地帯って、プレイヤー狩りが出没しやすいの」
「そうなんですか?」
「ゲーム初心者は、ここで慣れない怪物相手の戦闘を繰り返して、ボロボロになるからね。そこを狙われる。
わざわざプレイヤーに危害を加える連中の動機は、まぁ様々だろうけど……
安全地帯でも何でもない場所で、就寝するのは出来れば避けたい。
あと……」
ウラヌスが私の顔を窺うように見る。
「俺達3人は……
あんまり寝てないからさ。疲労困憊だし、就寝中に襲撃されて起きられるかどうか」
あっ──
あああああぁぁぁッ!? そうだった、忘れてたよッ!!
「す、すいません……」
「いや、謝らなくていいよ。
そのことでアイシャを責めるようなヤツは、ここには居ないからさ。
みんな納得した上で一緒に居るんだから。
……ただ、ちゃんと安心して寝れる場所まで行きたいかな。その為にここまで無理して繋いできたんだし」
「はい……」
「いざとなったら、スペルで逃げることも考えないといけないからね。
だから、もう少しがんばろう。
……もちろん休憩はするよ? ここで食事と休養は取る。
夜間の強行軍になるけど、もうここまで暗くなったらあんまり関係ないしな」
「よかったぁ……
アタシ、このまますぐ出発するんじゃないかって冷や冷やしたわよ」
はぁぁぁー、と分かりやすく息を吐くメレオロン。シームは脱力しきった表情。
ウラヌスは慌てて手を振り、
「いやいや。俺も少しはオーラを回復させないと、いくらなんでも危ういよ。
突貫なんて無茶はしないさ」
なんだかんだで、みんなお疲れだよね。なら少しは私が負担しないとな。
「じゃあ、私が食事の用意をしますね。
3人とも休んでてください」
私が告げると、ウラヌスは「え?」という顔で、
「あ、えっと。俺も手伝うよ?」
「いいから少しでも休んでおいてください。
食料カード、渡してもらえますか?」
有無を言わさず必要なものを要求する。ほっとくと、このヒト休まないからな。ずっと動こうとする。
「……
はい……ブック」
諦め半分でバインダーを開くウラヌス。少し考えている様子。
「どうしました?」
「んーとね。
荷物が増えるから、どれゲインしようかなって。
……別にいいか。荷物になりそうな分は、ここに置いてく。無理して運ぶのも馬鹿馬鹿しい」
「はぁ。
……もったいない気もしますけどね」
宿のゴミ箱に詰め込まれたバスタオルを思い出す。ああいうのは、ちょっとなー。
「うーん……
いや。いのちだいじに、で。
もったいないで身を危険に晒すの、良くないから。
ちゃんと回復して、いらないものは捨ててく」
ふむ。まぁリーダー判断なら従うけどね。言ってることは分かるし。……彼、その辺の取捨選択は得意そうなんだよな。ソロプレイ経験者だからっていうのもあるんだろう。
────リーダーの決めたことだから別にいいんだけど、本気で遠慮がなかった。
食料飲料雑貨諸々のカードを、彼は全部ゲインしてしまった。
『10650:おにぎり』
『10867:シーフードヌードル』
『12508:水』
『12509:水』
『13007:ガスコンロ用ガスボンベ』
『15510:携帯ガスコンロ』
『18234:タオル』
『18264:バスタオル』
『18581:エチケットペーパー』
『21779:歯磨きコップ』
えええぇ……
「これは流石にゲインしすぎじゃないですか?」
どう考えても、今ここで使わない物までゲインしてる。……使わないよね?
「いらない物は捨ててく。
……バスタオルくらい置いといてもよかったんだけど、これの価格が4000ジェニーだからな。
岩石地帯は後10㎞しかないけど、馬とマリモとトカゲ合わせて10匹くらいは出るだろ」
いま所有してる怪物カードが、『バブルホース』17枚、『マリモッチ』19枚、『メラニントカゲ』11枚。もうメラニントカゲですら持ちきれない現状で、フリーポケットの空きを10枚作るのは確かに有用ではある、けど。
「実際に怪物カードを取ってからでも良かったんじゃないですか?」
いちおう聞いてみる。もしかしたら目当ての怪物が出ないかもしれないからね。
「そりゃそうだけど。
バスタオル、本当に使わない?
今なら贅沢に敷物として使っちゃえるんだぜ?」
うーん、そりゃ贅沢かもしれないけど。……まぁいいか、こだわるまい。どうせゲインしちゃった後だしな。
「分かりました。
怪物を相手するのも後少しだけですから、贅沢に休んでください」
「やっほー! じゃあ使うねー」
「アタシも遠慮なくー」
「タオルも汗拭きとかにガンガン使っていいぞー。アイシャも遠慮せずに使ってね?」
「はいはい。
おにぎりとラーメン、両方食べるんですよね?」
「うん。ラーメンライスで」
こうして無人の村の中、わざわざ建物に囲まれながら。
月と星の光を頼りに、私はささやかな野外ディナーの準備を始めた。