ベッドと椅子で向かい合い。お互いに座ったまま、言葉が出てこない。
時間だけが過ぎていく。
……うん、黙ってても仕方ない。先延ばしにしてウラヌスの体力と気力を削るのは得策ではないし、とても嫌ではあるんだけど。
状況を一つ一つ整理しよう。
「ウラヌス。
まず、どういう状況だったか改めて確認したいので。
何があったか、順を追っていきましょう」
「うん……」
私は深呼吸し、
「……まずですね。
私はグリードアイランドへ入ることを妨げる【ボス属性】を無効化する為に、【天使のヴェール】と『練』を併用して、オーラを限界まで消耗しました。
オーラを消耗する過程で全身汗だくになり、【ボス属性】の効果で気絶して、ゲームの中に入りました」
「うん」
「それで私は、あの開始地点で意識のないまま全身汗だくになっていたわけですね」
「うん……」
「……そこからは、ウラヌスに説明してほしいんですけど」
彼は息を吸い、吐く。……なんか無闇に緊張するな。なんでだ。
「はい……
えっと、その……もちろん軽く汗は拭いたんだけど。
それだけだと処置が不十分というか、放っておくわけにもいかない気がしたというか。
全身汗まみれのまま寝かせてたら、起きた時に具合が悪くなるかもと思って。
……いちおうメレオロンと相談はしたんだ。
どっちが身体を拭く? って」
うーん……
「そのままにしておくって選択は考慮しました?」
「……したよ。何か上手い方法がないか考えはした。
俺は身体拭きたくなかったし……でもメレオロンには、もっとさせたくなかった」
ふむ。私としてもメレオロンにはされたくなかったな。
「全部考慮した上で──
俺が汗を拭くって判断をした。アイシャが怒るのは分かってたけど」
これなんだよな……
前もって確認もせずにそんなことされたら、普通は怒るに決まってる。それが分かっていてウラヌスは省みなかったのだ。自分自身が責められることを。
取捨選択が普通じゃないんだよな……どうしてこの人はもっと自分を大切にしないんだ。相手を気遣った結果、その相手に怒られるとか理不尽すぎるじゃないか。
「まぁそれはいいです。汗を拭いてくれたことは感謝してますから。
問題は、です。
その……
きが、着替えさせるのは、ちょっと……やりすぎじゃないかなと」
……ぐぅぅぅぅ! やっぱり言ってて恥ずかしいぃ!
「……。そう……だよね」
顔を赤くしてうつむくウラヌス。あああぁ、こうなるって分かってたのに!
「その……ですね。なんでそこまでしちゃ、しちゃったんですか?」
ダメだ、頭が回らなくなってきた。舌がもつれそうだ。
「……
するんだったら、中途半端は良くないと思った。
アイシャが着てた服も汗をしっかり吸っちゃってたから、着替えさせないと汗を拭いた効果が薄いかな……って」
言いたいことは分かる。──分かるけども!
もう顔を上げてられなくなり、うつむきながら声を絞り出す。
「だからって……!
下着まで着替えさせることないじゃないですか……!」
声が掠れそうになりながらも、なんとか言い終える。
叫びたい。なんでこんなこと恥ずかしいこと言わなきゃいけないんだッ!?
私がどうしても素直に許すと言い切れないのは、それが理由だ。やりすぎじゃないか! 同性にだって、そんなのされたくないぞ!
動く気配がしたので見上げると、彼はベッドの上で私に土下座していた。
「ごめんなさいッ……!!」
……。…………
どうしよ。私はどうすればいいの? 教えて母さん……
二の句が継げなくなり、私はただ土下座を続けるウラヌスをぼんやりと見ていた。
よく見ると、小刻みに震えているのが分かる。
これは……
「ウラヌス。そういうのはやめてください。
まだ、話は終わってませんから」
びくっとして、顔を上げるウラヌス。あ……泣いてはる。そのままにしないでよかった……
「……
私はですね。別にあなたを怒りたいわけじゃありません。
謝ってほしいのとも、ちょっと違います。
納得したいだけなんです。経緯はどうあれ、私はあなたに感謝していますから。
だから……お話を続けさせてください」
「うん……」
応え、ベッドに正座するウラヌス。まぁいいか。もうちょっと楽にしてほしいけど。
「……。そこまでした理由はなんですか?」
またビクッとするウラヌス。……小動物だな、ホントに。涙目でぷるぷる震えちゃって……なでなでするぞ、この野郎。
「……。……
アイシャの身体に異常がないか……確かめたかった、から」
…………
思わず言いそうになったよ。なぁんだと。
納得できる理由があるんじゃないか。汗拭くだけでそこまでしたなら、ちょっと待てと言うけど。ボス属性に起因する異常が起きてないか、確認したかったってことでしょ? むしろ良くそこまで気にしてくれたよ。なにしろ気絶した時の情報が全然ないからな。
…………。やっぱりオマエが原因じゃないか。ぶっとばすぞボス属性ィィィッッ!!
はぁぁぁ。……じゃあなに? 私、もうこれウラヌス許す理由できたじゃん。いいよね、もう。疲れた。寝たい。それに早く寝てほしい。このままじゃ明日に響くよ。
「ウラヌス、そういうことでしたら私は──」
「ちょっと待って、アイシャ」
ん? なんだ。
「まだ……全部話してない」
「……」
頬を汗が伝う。なんだ……? すごく嫌な予感がするぞ。何を言い出す気だ、この子は。
「言わない方が……
きっと、いいんだろうけど」
ええ多分そういうことですよ。だから言わないで、いやホントに。
でも私の口はパクパクするだけで、声が出なかった。
「その……
えっと……俺は。俺が──」
これ以上ないぐらい、彼の顔は真っ赤になっていた。なにこれ、いったい何が始まるんです?
「俺が────アイシャのハダカを、見たかった……から」
聞いた途端。
全身から力が抜け、ガターンと椅子から転げ落ちた。
「────あああぁっ、アイシャッ!?」
ぉぅ……
……うん。まあ無事だよ。あいにく身体は頑丈なもんで。
でもさ。あなた……
それ、馬鹿正直に言われて、私どうすりゃいいのさ?
分かるよ……そりゃ男の子だもの。そういう気持ちもあるだろう……
でも……
言うな。思っててもクチに出すな。丸く収まらなくなったじゃないか。バカ。アホ!
────隣の部屋では。
くたくたなので、早々に部屋の明かりを消し、ベッドへ横になる2人。
「……おねーちゃん」
「なによ」
「隣から、誰か倒れたみたいな音したけど」
「……。気のせいよ。もう寝なさい」
「気のせいじゃないと思うけど……
何かウラヌスの声が聞こえたから、倒れたのアイシャっぽいけど」
「あー……
やらかしたな。誤魔化せばいいのに、アイツそういうのヘタだからなー。
なんでもかんでも、本音を伝えりゃいいってもんじゃないでしょうに……」
「……様子見に行かなくていいの?」
「やめときなさい。アタシは行かない。
きっと修羅場だから」
「……修羅場?」
「余計ややこしくなるから、ほうっといた方がいいのよ」
「ふーん……」
椅子に座るとまたコケそうな気がするので、私は自分のベッドに腰かける。ぐったりと。
代わりにウラヌスが、椅子で私の近くに座っていた。
「本当に、すいませんでした……」
頭を下げるウラヌス。それはもう深く。
「……すいません、じゃないですよ。
私、もうこんな話、したくないです。恥ずかしいです。
でもあんなこと言われたら、許せなくなるじゃないですか……!」
正直に言うと、どうでもよかった。別に裸見られたぐらいで死ぬわけでもない。ネテロにもクラピカにも見られたしな。あの2人だって充分を通り越して過剰な罰を受けたし、もうカケラも怒ってない。
でも。わざわざ免罪符ひっぺがしてまで、本音を言うやつがあるか! いいじゃないか、そんなの暗黙の了解で! 私だって気づかないフリぐらいするよ!
汗拭いて、着替えさせて、裸見たかったとか言われたら! もうそれ、ただの犯罪じゃないかッ!! なんで犯罪の自白するんだ、このバカ!
「……私、まだ14歳なんですけど」
「はっ、はい……!」
なんで私、年齢口走ったんだろ。……アレだな。私、プッチンいってるな。
「ひどくないですか……」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいぃぃぃ!」
頭を抱えるウラヌス。ああ、うん。気持ちは分かるんだ……
私が困ってるのは、このやり場の無い怒りがどうやったら引くのか、そのことばかりだ。
多分こうやってねちねち彼を責めてれば、そのうち収まるだろうけど……
きっとマズイ結果になることだけは、分かる。何かの形で私に跳ね返ってくる。少なくとも彼が肩代わりしてくれてる私の負担が、いくらか戻ってきてしまうだろう。多分明日ぐらいに。
問題は、ウラヌスがそうならざるを得ないほど深刻なダメージを受けてしまった場合だ。少なくとも明日のゲーム攻略に支障が出たら、後々にまで禍根を残しかねない。
そもそも、こんなアホなことで傷つけたくない。悪いのは、正直に言っちゃうウラヌスだけどさ。どんだけおバカなんだ。上手にウソついてよ、バカバカ。
なんで自分はこんなに腹が立ってるんだ……だんだん分かんなくなってきた。目の前のお馬鹿は泣いてるし、イジめてるみたいで気分が悪い。
とにかくさっさと終わらせたい。けど許す理由がないと、収まりがつかないしな……
「……。ウラヌス」
「はいぃ……!」
あああ、ダメだ。声からトゲトゲしい感じを抜かないと。
「その……
なにかで埋め合わせ、できませんかね?」
「え?」
驚いたように、顔を跳ね上げるウラヌス。うん……多分、それしかないんだよな。
「私、別にこんなこと初めてじゃないんですよ。
まあ色々あって。裸を男の人に見られたりとかは、普通にあるんです。
で……大抵は罰が与えられてですね。私がじゃなく、周りが罰を与えちゃうんですけど。
けど今回は、誰もアナタを罰する人はいませんし、私もそんなのしたくないです。……罰するべきだとも思いません。
だから、何かで埋め合わせしてもらえませんか?
それで終わりにしましょう」
話していて、自分でも落ち着いてきたのが分かる。よかった、これが正解だな。
「埋め合わせ……
それはもちろん構わないけど……。俺は何をすればいいの? アイシャの気が済むなら何でも言って」
「……いちおう断っておきますが、何でも言うこと聞いてくれってわけじゃないですよ?
見合う何かであればいいんですから。
今は思いつかないんで……思いついた時になっちゃいますが」
「……うん。
そうしてくれるなら、俺も拒否しない。言われたら、そのとき何とかする」
「なら……
もういいです。これでお開きにしましょう。
お疲れでしょうから、すぐにでも休んでください」
「うん……」
立ち上がり、椅子を持ち上げ適当な場所へ置くウラヌス。重い足取りでベッドへと歩く。
「……ウラヌス」
こちらを見てくる。私は時計を一瞥して息を吐いた後、
「もう日は変わっちゃいましたけど……
今日はありがとうございました。
明日からも、よろしくお願いします」
彼は、力なく柔らかい笑みを返した。
「こちらこそ。明日もよろしく。
おやすみ、アイシャ」
「ええ。お休み、ウラヌス」
ウラヌスは照明へと近づき、明かりを落とす。
室内が暗くなる。
向こうのベッドから、ばたんと倒れこむ音がした。
うん……寝よう。
身体が少し気だるくなってきた頃。
隣のベッドから、寝息が聞こえてきた。
やっぱり限界だったんだろう……すぐに熟睡してしまったようだ。
音を立てないよう、静かに起き上がり。
私は彼の方へと近づいていく。
顔を横向きにして眠っている。……寝顔を見るのは、これで二度目だ。
朝方に見た時は憔悴していたけど、今は疲労が溜まっているせいで表情から力が抜けている。窓から差し込むわずかな光に晒されるその顔は、男性や女性と言うよりあどけない子供のようだった。
なにげなく手を伸ばし──
興味があった、桜色の髪の毛にそっと触れてみる。指先から返ってくる感触は、すごく滑らかだった。高級な衣類でもこれほどの肌触りの物はなかった。もう少し触っていたくなるけど、起こしてしまいそうなのでほどほどにしておく。
……。揺れてるんだろうな。男と女の間で。
私と彼は、真逆の存在なんだろう。だからこそ、ほとんど同じことで悩んでいる。
ウラヌスが女性になりたがる本当の理由は、分からないけど……
……それを知る権利は、私には無いな。
私も本当の理由を話すつもりはないし。……ただ、どちらともつかない現状がツライんだろうなということはよく分かる。私がそうだったから。
そもそも彼は爆弾を抱えている。20歳までに解決しなければいけない、深刻な問題が。
比べて些細とまでは言わないけど……彼の方が、私より重い。
────クリアしないとね。なんとしても。
・2000年9月15日終了時点で4人が所有するカード
『1003:防壁/ディフェンシブウォール』10枚
『1004:反射/リフレクション』 2枚
『1009:再来/リターン』 11枚
『1010:擬態/トランスフォーム』 1枚
『1011:複製/クローン』 3枚
『1016:漂流/ドリフト』 3枚
『1019:城門/キャッスルゲート』 2枚
『1022:堕落/コラプション』 2枚
『1023:妥協/コンプロマイズ』 1枚
『1025:暗幕/ブラックアウトカーテン』3枚
『1026:聖水/ホーリーウォーター』 1枚
『1027:追跡/トレース』 1枚
『1030:道標/ガイドポスト』 5枚
『1031:解析/アナリシス』 15枚
『1033:密着/アドヒージョン』 1枚
『1037:再生/リサイクル』 7枚
『1038:名簿/リスト』 16枚
『1039:同行/アカンパニー』 5枚
『1040:交信/コンタクト』 6枚
『100:島の地図』 1枚
『607:10000J』 1枚
『1308:たずね犬』1枚
『1:一坪の密林』 1枚 ※贋作
『2:一坪の海岸線』1枚 ※贋作
『3:湧き水の壺』 1枚 ※贋作
所有する有効指定ポケットカード種類数:0種
・所有するカード化解除アイテム
『84:聖騎士の首飾り』1つ
『100:島の地図』 1つ
・店舗貯金額
アントキバ飲食店 :1110J
アントキバ交換店 :1109万1000J
マサドラ交換店 :125万5100J
所持金と貯金合計額:1235万7210J