第四十四章
桜花都市エリル。
その名に相応しく、街の大通りは延々と桜並木が続いている。地面も他の都市のような石床ではなく、しっかりと
──私は予め知っていたからアレだけど、このゲームへ初めて来た時はみんな思うことだろう。あの広がる平原を目にして、ここは本当にゲームの中なのかと。
現実とゲームが入り混じる違和感。拾い上げた石がカードに変わり、カードから戻った石が現実の質感を持つ。
長く留まれば、いずれは気づくはずだ。グリードアイランドは、やはり現実なんだと。
……けど、ここへ来て私の感覚は少し揺らいでしまった。この光景はとても非現実的だ。
多くの種類が植えられた桜──私の知識ではそれぞれ咲き頃が違ったはずだ。これほど一斉に咲き揃うなんてことはありえないし、そもそも桜が年中咲くはずがない。咲いたとしても、あっという間に花は散りきってしまうだろう。
気温や空気の感じは、確かに春っぽいんだけど……
ゲームなんかだと良くある年中同じ気候の場所が、どれだけ現実からかけ離れたものか、改めて思い知らされる。とてもゲームらしい光景だ。忠実に再現してみせた、製作者達の執念に恐れ入る。
それはそれとしても──この光景を実現したかった気持ちはよく分かる。
本当に、のどかだ……。まばらに歩くゲームキャラ達も、立ち止まって桜を眺めたり、歩きながら花見をしたりと、とても穏やかだ。雰囲気にマッチしている。
私達もその風景へ溶け込むように、ゆるゆると花見散策をしていた。
「桜って言っても色々あるのね……」
メレオロンが視線を巡らせて、ぼんやりとつぶやく。シームもそうだけど完全にフード外しちゃってるな。……別にいっか。見づらいだろうし、周りにプレイヤーの気配もない。
「2人とも、桜は知ってましたか?」
知ってるに決まってるだろうと思いつつも、尋ねてみる。メレオロンとシームが揃って頷く。
「こんなに色々あるって知らなかった」
シームの答えに、そうだろうなと私も頷き返す。桜の樹自体は珍しくないけど、多くの種類が生える土地は稀だ。土地の気候に合わせた種類しか自生しないし、植えもしない。
「私もこれほどたくさんの種類を一度に見るのは初めてですね……」
元の世界──生まれ育った日本でも、この世界で近しい存在のジャポンでも、ぶらりと世界旅行をしていた時でもそうだ。おそらく全部合わせても、これだけたくさんの種類は見たことがない。同時に咲いてないと見分けがつかないからね。
でも、こんなに並べられると分かってしまう。色々あるんだなって。
「大体ここまで見たので20種くらいかな。
近似種も多いけど、この都市には30種類の桜が植えられてる」
沈黙していたウラヌスが口を開く。20種類か……流石にそんなには見分けがつかないな。
桜にばかり目がいきがちだけど、街に立ち並ぶ建物は風情のある木造建築が目につく。よく見ると仏像が飾られている小さな
ウラヌスが後ろ手を組みながら、足取り軽く歩いているのを見て、ふと思う。
「もしかして、ウラヌスはジャポン出身なんですか?」
「ん?
んー……まぁね。そりゃ分かっちゃうか」
やっぱりそうか。スシとか銭湯のこと知ってたしな。
「ええ。
……何だか慣れてるっていうか、懐かしそうにしてるなって」
「そうだね」
彼の歩みが少し重くなる。
「俺自身はあまりいい思い出がない国だけど……
食べ物とか、こういう四季は好きだったな。……キライなのは、人だけだったよ」
「そうでしたか……
嫌なことを思い出させてしまったなら、すいません」
「ううん」
ウラヌスは振り返り、私を物思わしげに見てくる。
「アイシャこそ、何か思い出に
ジャポン出身だったの?」
……。そうじゃないけど、否定しづらいな。
「生まれは違いますが、ジャポンで暮らしていた時期がありまして。
私にとっても思い出深い場所なんですよ。こういう風景も」
「ふぅん。
……そういえば、風間流の道場がジャポンにもあったかな。
アイシャはそこで習ったの?」
ああ、図らずもそういう考えに到らせちゃったか。そうだな……それは否定したくない。
また強い風が吹く。視界が白と桜の色で彩られ、無数に舞い散り、舞い上がる花びらを自然と目で追う。
「……その通りです。私が風間流を修めたのは、ジャポンに住んでいた頃です」
「そうなんだ。
……じゃあ俺、あんまりジャポンの悪口は言えないな」
ウラヌスはそう言って苦笑する。
「気にしなくていいですよ。
好きな人もいれば、嫌いな人もいて当然ですから」
話を聞く限り、故郷が嫌いになって当然な目に遭ってたみたいだし……
「まぁ俺も、ジャポンが嫌いかって聞かれるとちょっと答えにくいな。
複雑な気分になるっていうか。
あんまり帰りたくないんだけど……そのうち帰らないといけないし」
聞いていて、不思議に思う。ジャポンが故郷だというのを疑うわけじゃないけど、彼の名前は明らかにそれっぽくない。……ウラヌス=チェリーだったかな。それって本名なんだろうか。
話している私達の方へ、メレオロンがススス……と近づいてくる。
「2人とも。
ジャポン談義にも花咲かせてるところ悪いんだけど、そろそろどっかで休憩しない? ……私とシーム、リュック背負わされてて正直アレなんだけど」
「あーゴメン。そりゃ身軽に花見したいよな。
どうしよっかなぁ……アイシャ、何か食べたいものある?」
「うーん?
そう言われても、この街は初めてなんで、どういったものがあるのか……
ここって、ジャポン風の食事ができる場所あります?」
「うん。あるって言うか、むしろそっち系のが多い。
おいしいけど量控えめか、味はそれなり量ガッツリ。つか昼ゴハンにはまだ早いけど」
う、そうだった。ジャポン風ってそうなんだよな……ゴハンは多いけどオカズは控えめっていうか。オカズがおいしいのは、たくさん食べるとお金もかかるしな。そもそもまだお昼じゃないっていうのも……
私が悩んでると、シームが頬をふくらませて催促してくる。んんん……
「その……
ウラヌスのオススメがあれば」
まるっと投げる。急に決めろって言われても、決めらんないもん。
「あっはは。いいよ、じゃあねぇ……
とりあえず花より団子ってことで、軽くお茶しよっか。
がっつり食べるには早すぎるし、昼ゴハンはまた頃合い見て、ちゃんと食べよ」
いかにもジャポンな雰囲気のある、穏やかな店先で。
赤い布を被せた長椅子に、私とウラヌスが座る。メレオロンとシームは、他の長椅子に2人で座っている。
座る横には、お茶とお餅と団子。見上げれば
背後にあるのは、桜茶屋という名前のお店。ホントいかにもって感じだ。
やや熱そうなお茶の湯飲みに口をつけ、
「はぁー……」
息を吐く。
……なんかもう、色々いいかなって気がしてくる。……満足しちゃうな、ここにいると。いけない、いけない。
目の前は広場になっていて、ゲームキャラがのんびり行き交っている。ここまで地面を絨毯のように埋め尽くしていた桜花びらもここだけは薄く、地面は土の色を晒していた。これはこれで目が休まる。
人々が行き交う少しの喧騒、土を踏み鳴らす音。どれもが心地いい。
「はぁー……」
隣からも似たような吐息。ふふ、やっぱりみんな同じ感覚になるのかな。
「いい場所ですね」
私がそう言うと、ウラヌスは微笑み返してくる。
「お気に入りの場所だよ。
……前はゲーム攻略に疲れたら、よく1人でお茶しに来てたんだ」
そっか。……ずっと1人でプレイしてたら、気が休まらないもんな。改めてスゴイことしてたんだな、ウラヌスって。
「その……
協力してくれそうなプレイヤーって、ほんとに誰もいなかったんですか?」
尋ねてみる。彼、どう考えても情報を持ちすぎてるしな。おそらく1人で集めるなんて到底ムリな情報量だ。
「んー、そうだねぇ。
協力っていうか、利害関係が一致して一時的に手を組んだプレイヤーならいたよ。
実のところ、今回もまたゲームの中にいたら、交渉できないかなと思ってる。
クリア後の情報がちょっと足りないし」
「……そういう人達と、一緒にプレイしようとは思わなかったんですか?」
「……。
最初は何とか自分1人でって考えてた。
でもゲームを進めてくうちに、仲間がいたら楽なのになって思うことはいっぱいあった。
だから、もし気の合いそうな誰かがいれば──とは考えてたよ」
ウラヌスは一口お茶をすすり、
「ただ俺達もそうだけど、誰かと協力関係を築いてる人間ってゲームに入る前から仲間として一緒にいるんだよ。
実際に話を聞かなくても、そうなんだろうなって空気があってさ。
後からゲームの利害の為に擦り寄ってくのは、その……気が引けちゃって」
「……」
聞いていて、よく分かった。彼はいわゆる『輪に入る』という行為が苦手なんだろう。だから友達がいなかった、か。……時間をかけて解決するしかないんだよな、そういうのって。
ゴン達がいなかったら、私も怪しいもんだしな。出発前にゴンを連れてきてよかったよ、ホントに。じゃないと彼は、今でも私達に遠慮していたかもしれない。
「だから今回は最初に仲間を探したんだ。ゲームに入る前じゃないと、信用できる相手かどうか分かんないしさ。
……うまくいったんじゃないかな、とは思ってる」
うーん。ぶっちゃけウラヌス損しまくってると思うんだけどなぁ。私もリーダーを押し付けてるし、ゲームを手に入れてもらってるし、クリア報酬のアイテム改変研究するのも彼だし。
まぁ私が1ヵ月足手まといになるのは、どうしようもないしな。残り29日、甘えさせてもらおう。強制『絶』が解除された後は、移動スペルが使えないなりに協力するつもりだ。
「そうですか……
そう言ってもらえると、私も嬉しいです」
「うん……ところでさ」
「はい?」
首を傾げる。なんだろ? 私を見るウラヌスの目が、じとっとしてる。
「アイシャ、さっきから俺が話してる最中にバクバクバクバク食べてるけどさ」
つい、と視線を逸らす。
「あ、いえ。その……ちゃんとお話は聞いてますよ?
それはそれとして、お団子おいしーなぁって。桜餅も変わった香りがして」
「この後、昼ゴハン食べるって分かってる?」
「え?
あ、もちろんですよ。いや、でも私が食べてるのって1人分──」
「アイシャー。
こっそり足してあげてるからね、アタシが」
「なにやってんですか!?」
道理で、いくら食べてもなかなか減らないなと思ったよ!
「いや、気づきなよ……ん?
あーそっか。メレオロン、お前能力発動してるな?」
「そうよー。
アタシの分の茶と団子と餅使って、ささっと器入れ替えたりとかしてた」
「……おねーちゃんさ。
ヒトいじる為だったら、自分の犠牲もいとわないよね。
店員さーん。煎茶とみたらし団子と桜餅、全部2人前お願いしまーす」
「はーい」
「お、シーム気が利くじゃない」
「アホのおねーちゃんに褒められても嬉しくない。
静かにお花見させてよ」
『すいません……』
3人の声がハモッタ。
ちなみに追加注文されたうちの1人前は私に渡された。おう、ちょっと傷つくお心遣いです……
口にするものもなくなり、ぼんやりと枝垂れる桜を見上げる。
他の桜に比べて、ここに咲く花はかなり赤く色づいていた。
ひらりと舞い落ちてきた花びらを、掌に乗せてみる。
ボン!
「へっ!?」
乗せた花びらがカードになった。
ウラヌスは驚いた様子もなく、私に目を向け、
「あー。誰かやるかなとは思ってたけど、アイシャだったか」
「これ……
花びらまでカードになるんですか?」
『321:紅枝垂』
ランクH カード化限度枚数∞
高い桜の木に 枝垂れて一重で咲く 濃紅の花びら
後ろでボン! と音が聞こえる。シームが私と同じように、カードを手に乗せていた。
「あれ?
花びら拾ってもカードにならないんだけど」
メレオロンが花びらを手に不思議がってる。どゆこと?
ウラヌスは小さく笑いながら、
「ちょっと特殊なんだよ。そういうイベントっていうか。
落ちてくる花びらを手の平に乗せる。これがカードの入手条件なんだ。
ほら、ここに来るまで花びらが頭とか肩に乗ってもカード化しなかっただろ?
で、拾ってもダメ。落ちたやつはもうカード化しない。身体にくっついたのも同じ。
ここの桜カードは、散ってる最中の花びらを手の平へ乗せた時だけ入手できる」
「へぇ……。ゲイン」
カードが煙になり、花びらが掌へ乗った状態になる。うーん、なんかビミョーに風情を邪魔された気も。掌に乗せたかっただけなんだけどな。
「これって何かあるんですか?」
カード限度∞だし、これはお金にならないだろう。けどクズカードだとは思いたくない。カードナンバーも妙に若いしな。
「あるけど……」
言い淀むウラヌス。あきらかに教えたくなさそうだ。
「なんです?」
後ろの2人も身を乗り出す気配。気になるよね、やっぱり。
「まぁ言うだけ言うけどさ。
……指定ポケットカード、『ブループラネット』を入手するのに必要なカード」
『──はぁぁっ!?』
私とシームの声が重なる。メレオロンは
「なんだっけ、指定ポケットの宝石とかだっけ?」
「ええ、宝石ですけど! ランクSSのカードですよ!
取り方知ってるんですか、ウラヌス!?」
渋そうな顔をするウラヌス。前回、私達も入手はしたんだけど、取り方自体は誰も私に教えてくれなかった。……私も聞かなかったんだけどさ。
「知ってるけど……
メチャクチャめんどくさい。取り方変わってるかもしれないし。
それでも聞きたい?」
うんうん頷く私とシーム。ウラヌスは渋々といった様子で頬をかきながら、
「……順番に説明するよ。
ここエリルに、30種の桜が植えられてるって言ったよね?
30種類の桜をカードで集めて、この都市にいる仏閣の
そのカードを含めた計9種類、特定の宝石を集めて、ある場所へ持っていくと『ブループラネット』が入手できる」
「9種の宝石って……ここで全部取れるんですか?」
沈痛な面持ちで首を振るウラヌス。
「9つの都市で1種類ずつしか取れない。
ちなみに『狂気のガーネット』はランクC。9種の中にはランクBのカードもある」
めんどくさいな……流石はランクSSか。いやまぁ『一坪の海岸線』も大概だったしな。『大天使の息吹』だって難しいし。コツコツ集められるだけ、まだマシなんだろうか。
「フリーポケットが圧迫されるから、正直キツいんだよな。
集め切らないなら、中途半端にやらない方がいい。ここの桜の話だけど」
「ふぅん……
ていうか、手分けして集め切ればいいんじゃないの? 30種類」
メレオロンが気楽に言ってくる。手分け?
「アタシとシーム。アイシャとウラヌス。
二手に分かれて30種類、集まったらすぐ交換」
「……無駄にリスキーな提案するのな。そりゃ襲われたって、スペルもあるし逃げられるだろうけど。つか、30種集めるのだって意外に大変なんだぞ?」
「修行にはなるんじゃない?
それに何か集めるのってゲームっぽいし」
修行ねぇ……。荷物を持って、街中うろついてるだけで修行になれば楽でいいけどさ。もしかして本格的な修行の時間削りたくて、こんなこと言ってるんだろうか。
「まあ、メレオロンの意見は分かったよ。
アイシャとシームはどうしたい?」
「やってみたい!」
シームは純粋にやりたそうだな。んー……やる気を削ぐようなことは私も言いたくないんだよな。
この姉弟だけで行動させることに不安はあるけど、本来メレオロンの実力ならそうそう危険な目には遭わないはずだ。逃げるだけなら、シームが足を引っ張ったとしても何とかするだろう。
すぐウラヌスの助けが得られない状況なら、嫌でも緊張感は持つだろうしな。肉体面はともかく、精神的な修行にはなるかもしれない。
「……私も構いませんよ。
どうしても集まらなかったら、諦めればいいだけですし」
ウラヌスは怪訝な顔をしてみせる。
「そうはならないと思うんだけどな……
残り後ちょっとなら、必死になるの目に見えてるんだけど。……別にいいけどさ。
じゃ、もうちょっとノンビリしたら集めよっか」
そう言って、ウラヌスは伸びをする。
「多分こうなるだろうなと思ってたよ……
結局、ゲーム攻略になっちゃうんだよな」