畑から出て、靴についた土をトントンと落とす。ウラヌスは「ふー」と額の汗を拭い、ワンピースの裾をぱんぱんと叩いている。
「2人ともお疲れー。
はい、ウラヌス。タオル」
「お、さんきゅ」
シームが手際よく用意していたタオルを、ウラヌスが受け取る。シームは私の方を見て、
「アイシャも──あれっ?」
「あ、私は別にいいですよ。汗かいてませんし」
「なんでよ……」
メレオロンが心底奇妙なモノを見る目で言う。……そう言われてもな。
顔を拭いていたウラヌスが、目だけをこちらに向け、
「まぁほとんど消耗してないみたいだしな……
最小限の動きしてたし、燃費がダントツでいいんだと思う」
「……」
そういうわけじゃないけど否定はしないでおく。今の私は強制『絶』。オーラの消費は当然なく、ウラヌスの理屈を借りれば、オーラの源となる生命力と精神力が回復し続けている状態なんだろう。消費より回復の方が早いのだから、当然の結果でしかない。
いい運動にはなった。けど、ぜんっぜん負荷が足んないな。
「他に指定ポケットカードのイベントってないんですか?」
尋ねてみる。できれば『周』が切れる前に何かやっておきたい。まだ30分はあるからね。短いイベントなら、こなせるかもしれない。
ウラヌスは黙り込んで、シームにタオルを返し、
「……
指定ポケットは、野球と今のイナゴ退治で終わり。
ただ、ブルプラの条件になってる宝石イベントなら1つあるね。その気になれば、すぐ終わっちゃうだろうけど。ランクBのバトルイベントだよ」
お。それは好都合。
「じゃあ、それもやっておきましょうよ」
そう言うと、笑い返すウラヌス。
「そのつもりだよ。
ま、先にイナゴ退治の報酬もらってこようか」
歩き出すウラヌス。彼の後を付いていきながら、ふと小麦畑に目をやる。
イナゴがいなくなった黄金の穂の海は、そよそよと風で波を立てている。争った痕跡も残っていない、元通りの穏やかな風景。
メレオロンが意味ありげに、私と畑へチラチラと目を向けてくる。
「どうしたんですか?」
神妙な顔をした後、メレオロンは気まずそうに目を逸らす。
「別に。
……余計なお世話かもしれないけど、あまり深く考えない方がいいわよ」
「え? なんのことですか?」
「……ううん。なんでもないわ」
メレオロンは歩を早め、先を行くウラヌスに話しかけている。
んー……そっか。メレオロンにはバレてたか。
どうしてもね……NGLのことを思い出しちゃうんだよな。
事の
イナゴ退治の報酬20万ジェニーを地主から受け取り、ウラヌスを先頭に移動し始める。
私の『周』を気にしてくれているのだろう、ウラヌスは早歩きで進んでいた。
「ほら、あそこに見える大きな樹。
あれが宝石イベントの発生するところだよ」
この都市にしては珍しく石畳が敷かれた広場。その中央に大きな樹が陣取っている。
大きな幹が支えるその全長──100メートルくらいかな? 黄に色づいた葉が、昼の陽の光を存分に浴びている。
樹のそばには立て札がある。なになに……
────この樹 古来より根づき
オータニアの地を守護する神樹なり
我らを見守る
偉大なる大樹に近づくべからず
また触れるべからず
登頂を試みる悪しき者に 災いあれ────
うん。物騒なことが書いてあるな。
ウラヌスを見ると、にこーと笑っている。……うん。予想はついた。
「この樹のてっぺんに大きな鳥の巣があるんだ。
そこにあるコハクが、ブループラネットの入手に必要な宝石だよ」
なんかイヤなこと思い出すなぁ……樹の上の巣か。
「……
これに書いてある、災いってなんですか?」
私が立て札を指しながら不安げに尋ねると、ウラヌスはニコニコ笑みを絶やさないまま、
「ご大層なこと書いてあるけど、別にバチが当たったりはしないから安心して」
「そんなことは心配してないですけど……何かはあるんですよね?」
「うん。この樹を登り始めると、番人が3人現れて警告を発してくるんだ。
無視して登ると、弓矢で攻撃してくる。鳥の巣まで登ると、今度は怪鳥が襲ってくる。
ま、直接的な妨害だね」
ふぅん。町の外なら分かるんだけど、こんな町の往来でバトルか。珍しいイベントだな。
「単純な危険性を考えれば、転落が一番ヤバイかな。怪鳥もこっちを叩き落とそうとしてくる。
面倒なことに、コハクを取る前に番人や怪鳥を倒すと、コハクが消えちゃうんだよね。
だから、番人や怪鳥を回避してコハクゲット。取った後なら倒してOK。もちろん警察とか呼ばれたりもしないから、倒しても後腐れはないよ」
「……」
ふむ。……これは役割分担すべきだろうな。
「私とウラヌスが参加するってことでいいんですよね?」
「そのつもり。
当然だけど、俺が樹に登るよ。登る俺に向けて矢を撃ってくるけど、番人は無視。で、ソッコーでコハクを入手する。
俺が怪鳥を倒したら、樹の上からカードを落とすよ」
「それを合図に、私が番人を倒す。
で、いいんですよね?」
「うん。それが一番ラクだね。
ただし、奇襲可能なのは1人までかな。当然だけど、番人は攻撃してきたプレイヤーも標的にするから、危ないと思ったら無理しないで」
「……番人って、なにか特殊なことをしてきますか?」
「しない。
警戒すべきは、矢の威力と精度。連射速度はそこそこだけど、弓矢だからね。
ぶっちゃけ近接戦闘なら、手強くも何ともない。多分いまのアイシャでも、矢が急所にさえ当たらなければ、正面から食らっても軽傷で済むはずだよ」
「分かりました。
……知ってれば、全然怖くないイベントですね」
「知らないと、ほんっと面倒だけどねぇ」
苦笑するウラヌス。自分で調べたんだろうな。大変だったろうことはよく分かる。
「もちろんイベントが改変されてる可能性もゼロじゃないから、警戒はしておいてね」
「ええ、気をつけます」
「で、アタシ達はどうすればいいの?」
「離れて見てるだけでいいよ。つか、ちゃんと離れてくれよ?
上に撃った矢は当然下に落ちてくるんだから。離れてりゃ大丈夫だろうとタカくくってたら、空高く飛んだ矢が風に流されて──とか充分有り得るからな?」
「おー、こわ。分かったわよ」
「りょーかーい。2人ともがんばってね」
「おう」
「ええ。
……ウラヌス、頂上まで登るのにどれぐらいかかりますか?」
「普通には登らない。
多分、怪鳥倒すまでを込みにしても1分かからない。短期決戦だよ」
「では、そのつもりでいます。
……無理して樹から落ちないでくださいね?」
「気をつけるよ。
樹だけに」
しーん。
「……ねぇ、シーム。アンタ、なんか言った?」
「ううん。ぼく何も言わなかったし、聞こえなかった」
「私も、なんにも聞こえませんでしたね」
めそめそするウラヌス。……だってツマんないんだもん。
樹の近くに立ち、足首をくりくり回すウラヌス。靴を何やら調整している。
彼から少し離れた場所に、私が待機。更に距離をとって、メレオロンとシームがいる。いちおう他プレイヤーを警戒してくださいと伝えてはいるけど、私がすぐそばにいるし、まぁ大丈夫だろう。
「じゃ、行ってくる」
オーラを足に込めるウラヌス。……多分。見えずとも、ワンピースの裾がはためくから分かる。
樹に向かってダッシュ。幹に足を掛け──
垂直に、樹を『駆け』上がる!
うわ、マジかっ!? 壁じゃなくて樹だぞっ!? そりゃ平坦な壁なら多少は壁走りできるけど、表面デコボコの幹で枝葉もあるのに、100m垂直駆け上がりとか正気かっ!?
番人と
「愚か者め!
この偉大なる守護の樹を脅かすモノは、我らが番人の──」
下で何か言ってる間に、めっちゃ登ってくウラヌス。あーあー……かんっぜん無視! 知ってるってコエー。
番人達が上に向かって矢を放ち出した。私も見上げつつ、番人達の背後を取れる位置に移動しておく。
うわ、もう登りきったかも。なんか上の方から甲高い動物の声が響いてきた。
番人達の弓を引く手が止まる。それから10秒も経たず。
──コーン! と上から何かが落ちて、石床に跳ねた。1枚のカード。
迷わず番人の背へ体当たりしながら掌底を叩き込む。たまらず吹っ飛ぶ番人。こちらを振り向こうとした別の番人へ足刀を放ち、両足を刈る。その宙に浮いた胴体へ肘を落とす。
少し離れた位置にいた最後の番人が、弓の
バチッ!
あまりに隙だらけだったので、両手で弓矢をむしりとった。唖然としてる番人の両膝を、靴底で蹴る。うつ伏せに倒れる無防備な背に、踵を叩き落とした。
3人の番人が、時間差でカード化した。奪い取った弓矢も消える。
ふむ。まぁこんなもんだろう。
怪物にしても人間にしても、念獣とか念人形って関節技が効きづらいんだよな。痛みを感じなかったり、構造が違うから関節が外せなかったり。砕くぐらいはできるけど。……死なせる心配とかしなくていいから、容赦なく壊しにいけるんだけどね。
ダンダンダンダンッ! と上から音がする。
樹から駆け下りてきたウラヌスが、石床の上でズザザザザーッと急制動。
「ふぅぅー。
……番人いないなーと思ったら、もう倒したの?」
「あなたこそ、もう降りてきたんですか?」
お互い呆れたような言葉を交わす。私は落ちてきたカードと番人のカードを拾い集める。
『736:神樹の怪鳥』
ランクC カード化限度枚数36
オータニアの神樹尖端に 巣を作る怪鳥
巣へ近づく者に 容赦はしない
『634:神樹の番人』
ランクC カード化限度枚数48
オータニアの神樹を守る 弓の名手
かなりの高所に対しても 正確に矢を放ってくる
ランクCか。怪鳥は知らないけど、番人は妥当かな。樹を登り降りしてたら、一方的に撃たれることになるから手強いだろうけど、接近戦なら全然大したことない相手だった。弱点を突いたことになるんだろう。
「ブック。
……アイシャにしてみたら、これじゃ全然運動にもならないか」
「ブック。
そうですね……。だからと言って、私が木登りするわけにもいかなかったですし」
いくらなんでも、『周』のオーラだけで最悪100m落下したら、シャレにならないからな。運動なら、この後の修行でいくらでもしますよっと。
メレオロンとシームがこちらへ来て、私達が出しているバインダーを覗き込む。
『179:神樹コハク』
ランクB カード化限度枚数27
太古より根づく 巨大樹から取れる
黄金のように輝く化石 絶滅種の動植物を
その中に閉じ込めていることが多く
古生物の研究者にとって垂涎の品
コハク、琥珀か。こういうのってビスケは好きなんだろうか? 宝石好きとは言ってたけど、どういうのが好みかまでは聞かなかったしな。希少な宝石は、間違いなく好きそうだったけどね。
「他にはイベントないの?」
尋ねるメレオロン。私に目配せするウラヌス。ははーん……そろそろお楽しみの時間というわけですね?
「ないよ。
わざわざ頑張って取るようなカードはね。
観光も充分したし、そろそろお腹もすいてきたろ?」
「ええ」
笑顔で返事しておく。微妙な顔をするシーム。露骨に顔をしかめるメレオロン。
「昼ゴハン食べたら、いよいよ修行に入ろうか。
俺とアイシャだけ働いてたんじゃ不公平だからな」
「……お手柔らかに」
それはそれは不安そうに、メレオロンはそう零した。ははは、覚悟めされよ。
オータニアで美味しいところに──という約束だったけど、ウラヌスは二択を提示した。
安いけど量多め。美味しいけど量少なめ。エリルの時と同じだ。
美味しいモノは修行の後で、とシームがねだったので、そこは譲ることにした。
で、ウラヌスの勧めるリーズナブルな定食屋で色々注文したら、結局みんなにドン引きされる。……くっ、少食どもめ。異常なモノ見る目を私に向けやがって。
「ゴハン、何杯おかわりすんだよ……」
大盛りおかわり5杯目ですが、それがなにか?
だってココ、お米めっちゃおいしいんだもん! オカズもゴハンのトモ系で、ゴハンが進むんだもん! おかわり自由で何杯でも無料なんだぞ! 栗ゴハン最高だよ!
「……アイシャって、絶対バイキングとかで出禁くらうタイプよね」
「……おねーちゃん、そういうの思ってても言わないほうがいいよ」
なんかボソボソ言ってやがる、この姉弟。くそっ。食は身体作りの基本なんだぞ。2人とも、いっぱい食べる身体に作り変えてやるからな!
「あ、栗ゴハン大盛りおかわりくださーい。
あとイカの塩辛とカラシ高菜一皿追加で。赤味噌茸汁も一椀追加で」
「はい、まいどー」
何かに耐えるような顔で瞑目するウラヌス。……言いたいことがあるなら言え。そんな顔しないで。からかってくれた方がマシだよ。
定食屋から出た後、満足気な顔をして歩いていたら、隣からウラヌスが一言。
「……アイシャ。修行がんばろうね」
「……。
遠回しに言うの、やめてくれません?」
腹立ち紛れに、細っこいウラヌスの脇腹をぷにゅっと摘まむ。
「ひあぁぁっ!
アイシャ、何すんのっ!?」
おお、いい反応。ぴょーんと横っ跳びしたよ。そしてマジでプニってた。いいな。
「アイシャ、分かった?」
シームが後ろから、笑い混じりに聞いてくる。
「ええ、分かりました」
「なにがっ!?」
ウラヌス、自分の身体が触り心地いいって自覚がないんだな。意外に分かんないもんか。
私とシームがくすくす笑ってると、メレオロンがやけに不満そうな顔で、
「なんで2人だとそうなんのー?
アタシが風呂場で触ったらコイツ筋肉ピチピチで、プニプニなんかしてなかったけど」
……多分アレだな。脱力してるかどうかなんだろう。メレオロンに触られた時、直前にかなり警戒して筋肉を強張らせてたんだと思う。
ていうか、みんなに身体触られるウラヌスかわいそ。ぷぷ。
「おねーちゃんは、ヤラシーからダメなんだよ」
「ええー……」
「なにっ!? なんの話っ!?」
狼狽する彼に、私は沈痛な面持ちで首を横に振り、
「……ウラヌスは知らなくていいことです」
「なんでっ!?」
その方が面白いからです。