どうしてこうなった? アイシャIF   作:たいらんと

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第四十八章

 

 畑から出て、靴についた土をトントンと落とす。ウラヌスは「ふー」と額の汗を拭い、ワンピースの裾をぱんぱんと叩いている。

 

「2人ともお疲れー。

 はい、ウラヌス。タオル」

「お、さんきゅ」

 

 シームが手際よく用意していたタオルを、ウラヌスが受け取る。シームは私の方を見て、

 

「アイシャも──あれっ?」

「あ、私は別にいいですよ。汗かいてませんし」

「なんでよ……」

 

 メレオロンが心底奇妙なモノを見る目で言う。……そう言われてもな。

 顔を拭いていたウラヌスが、目だけをこちらに向け、

 

「まぁほとんど消耗してないみたいだしな……

 最小限の動きしてたし、燃費がダントツでいいんだと思う」

「……」

 

 そういうわけじゃないけど否定はしないでおく。今の私は強制『絶』。オーラの消費は当然なく、ウラヌスの理屈を借りれば、オーラの源となる生命力と精神力が回復し続けている状態なんだろう。消費より回復の方が早いのだから、当然の結果でしかない。

 

 いい運動にはなった。けど、ぜんっぜん負荷が足んないな。

 

「他に指定ポケットカードのイベントってないんですか?」

 

 尋ねてみる。できれば『周』が切れる前に何かやっておきたい。まだ30分はあるからね。短いイベントなら、こなせるかもしれない。

 

 ウラヌスは黙り込んで、シームにタオルを返し、

 

「……

 指定ポケットは、野球と今のイナゴ退治で終わり。

 ただ、ブルプラの条件になってる宝石イベントなら1つあるね。その気になれば、すぐ終わっちゃうだろうけど。ランクBのバトルイベントだよ」

 

 お。それは好都合。

 

「じゃあ、それもやっておきましょうよ」

 

 そう言うと、笑い返すウラヌス。

 

「そのつもりだよ。

 ま、先にイナゴ退治の報酬もらってこようか」

 

 歩き出すウラヌス。彼の後を付いていきながら、ふと小麦畑に目をやる。

 

 イナゴがいなくなった黄金の穂の海は、そよそよと風で波を立てている。争った痕跡も残っていない、元通りの穏やかな風景。

 

 メレオロンが意味ありげに、私と畑へチラチラと目を向けてくる。

 

「どうしたんですか?」

 

 神妙な顔をした後、メレオロンは気まずそうに目を逸らす。

 

「別に。

 ……余計なお世話かもしれないけど、あまり深く考えない方がいいわよ」

 

「え? なんのことですか?」

 

「……ううん。なんでもないわ」

 

 メレオロンは歩を早め、先を行くウラヌスに話しかけている。

 

 んー……そっか。メレオロンにはバレてたか。

 

 どうしてもね……NGLのことを思い出しちゃうんだよな。

 

 事の顛末(てんまつ)を見届けられなかったせいか、心に引っかかるんだよね。……ふぅ。

 

 

 

 イナゴ退治の報酬20万ジェニーを地主から受け取り、ウラヌスを先頭に移動し始める。

 

 私の『周』を気にしてくれているのだろう、ウラヌスは早歩きで進んでいた。

 

「ほら、あそこに見える大きな樹。

 あれが宝石イベントの発生するところだよ」

 

 この都市にしては珍しく石畳が敷かれた広場。その中央に大きな樹が陣取っている。

 

 大きな幹が支えるその全長──100メートルくらいかな? 黄に色づいた葉が、昼の陽の光を存分に浴びている。

 

 樹のそばには立て札がある。なになに……

 

 

 

 ────この樹 古来より根づき

     オータニアの地を守護する神樹なり

     我らを見守る

     偉大なる大樹に近づくべからず

     また触れるべからず

     登頂を試みる悪しき者に 災いあれ────

 

 

 

 うん。物騒なことが書いてあるな。

 

 ウラヌスを見ると、にこーと笑っている。……うん。予想はついた。

 

「この樹のてっぺんに大きな鳥の巣があるんだ。

 そこにあるコハクが、ブループラネットの入手に必要な宝石だよ」

 

 なんかイヤなこと思い出すなぁ……樹の上の巣か。

 

「……

 これに書いてある、災いってなんですか?」

 

 私が立て札を指しながら不安げに尋ねると、ウラヌスはニコニコ笑みを絶やさないまま、

 

「ご大層なこと書いてあるけど、別にバチが当たったりはしないから安心して」

 

「そんなことは心配してないですけど……何かはあるんですよね?」

 

「うん。この樹を登り始めると、番人が3人現れて警告を発してくるんだ。

 無視して登ると、弓矢で攻撃してくる。鳥の巣まで登ると、今度は怪鳥が襲ってくる。

 ま、直接的な妨害だね」

 

 ふぅん。町の外なら分かるんだけど、こんな町の往来でバトルか。珍しいイベントだな。

 

「単純な危険性を考えれば、転落が一番ヤバイかな。怪鳥もこっちを叩き落とそうとしてくる。

 面倒なことに、コハクを取る前に番人や怪鳥を倒すと、コハクが消えちゃうんだよね。

 だから、番人や怪鳥を回避してコハクゲット。取った後なら倒してOK。もちろん警察とか呼ばれたりもしないから、倒しても後腐れはないよ」

 

「……」

 

 ふむ。……これは役割分担すべきだろうな。

 

「私とウラヌスが参加するってことでいいんですよね?」

 

「そのつもり。

 当然だけど、俺が樹に登るよ。登る俺に向けて矢を撃ってくるけど、番人は無視。で、ソッコーでコハクを入手する。

 俺が怪鳥を倒したら、樹の上からカードを落とすよ」

 

「それを合図に、私が番人を倒す。

 で、いいんですよね?」

 

「うん。それが一番ラクだね。

 ただし、奇襲可能なのは1人までかな。当然だけど、番人は攻撃してきたプレイヤーも標的にするから、危ないと思ったら無理しないで」

 

「……番人って、なにか特殊なことをしてきますか?」

 

「しない。

 警戒すべきは、矢の威力と精度。連射速度はそこそこだけど、弓矢だからね。

 ぶっちゃけ近接戦闘なら、手強くも何ともない。多分いまのアイシャでも、矢が急所にさえ当たらなければ、正面から食らっても軽傷で済むはずだよ」

 

「分かりました。

 ……知ってれば、全然怖くないイベントですね」

 

「知らないと、ほんっと面倒だけどねぇ」

 

 苦笑するウラヌス。自分で調べたんだろうな。大変だったろうことはよく分かる。

 

「もちろんイベントが改変されてる可能性もゼロじゃないから、警戒はしておいてね」

「ええ、気をつけます」

「で、アタシ達はどうすればいいの?」

「離れて見てるだけでいいよ。つか、ちゃんと離れてくれよ?

 上に撃った矢は当然下に落ちてくるんだから。離れてりゃ大丈夫だろうとタカくくってたら、空高く飛んだ矢が風に流されて──とか充分有り得るからな?」

「おー、こわ。分かったわよ」

「りょーかーい。2人ともがんばってね」

「おう」

「ええ。

 ……ウラヌス、頂上まで登るのにどれぐらいかかりますか?」

「普通には登らない。

 多分、怪鳥倒すまでを込みにしても1分かからない。短期決戦だよ」

「では、そのつもりでいます。

 ……無理して樹から落ちないでくださいね?」

「気をつけるよ。

 樹だけに」

 

 しーん。

 

「……ねぇ、シーム。アンタ、なんか言った?」

「ううん。ぼく何も言わなかったし、聞こえなかった」

「私も、なんにも聞こえませんでしたね」

 

 めそめそするウラヌス。……だってツマんないんだもん。

 

 

 

 樹の近くに立ち、足首をくりくり回すウラヌス。靴を何やら調整している。

 

 彼から少し離れた場所に、私が待機。更に距離をとって、メレオロンとシームがいる。いちおう他プレイヤーを警戒してくださいと伝えてはいるけど、私がすぐそばにいるし、まぁ大丈夫だろう。

 

「じゃ、行ってくる」

 

 オーラを足に込めるウラヌス。……多分。見えずとも、ワンピースの裾がはためくから分かる。

 

 樹に向かってダッシュ。幹に足を掛け──

 

 

 

 垂直に、樹を『駆け』上がる!

 

 

 

 うわ、マジかっ!? 壁じゃなくて樹だぞっ!? そりゃ平坦な壁なら多少は壁走りできるけど、表面デコボコの幹で枝葉もあるのに、100m垂直駆け上がりとか正気かっ!?

 

 番人と(おぼ)しき3人が、樹の周囲に現れる。黄色い迷彩服を着て弓矢を携えた男性達。

 

「愚か者め!

 この偉大なる守護の樹を脅かすモノは、我らが番人の──」

 

 下で何か言ってる間に、めっちゃ登ってくウラヌス。あーあー……かんっぜん無視! 知ってるってコエー。

 番人達が上に向かって矢を放ち出した。私も見上げつつ、番人達の背後を取れる位置に移動しておく。

 うわ、もう登りきったかも。なんか上の方から甲高い動物の声が響いてきた。

 番人達の弓を引く手が止まる。それから10秒も経たず。

 

 ──コーン! と上から何かが落ちて、石床に跳ねた。1枚のカード。

 

 迷わず番人の背へ体当たりしながら掌底を叩き込む。たまらず吹っ飛ぶ番人。こちらを振り向こうとした別の番人へ足刀を放ち、両足を刈る。その宙に浮いた胴体へ肘を落とす。

 少し離れた位置にいた最後の番人が、弓の(つる)を引いたまま矢の狙いをこちらへ向けた。

 

 バチッ!

 

 あまりに隙だらけだったので、両手で弓矢をむしりとった。唖然としてる番人の両膝を、靴底で蹴る。うつ伏せに倒れる無防備な背に、踵を叩き落とした。

 3人の番人が、時間差でカード化した。奪い取った弓矢も消える。

 

 ふむ。まぁこんなもんだろう。

 

 怪物にしても人間にしても、念獣とか念人形って関節技が効きづらいんだよな。痛みを感じなかったり、構造が違うから関節が外せなかったり。砕くぐらいはできるけど。……死なせる心配とかしなくていいから、容赦なく壊しにいけるんだけどね。

 

 ダンダンダンダンッ! と上から音がする。

 

 樹から駆け下りてきたウラヌスが、石床の上でズザザザザーッと急制動。

 

「ふぅぅー。

 ……番人いないなーと思ったら、もう倒したの?」

 

「あなたこそ、もう降りてきたんですか?」

 

 お互い呆れたような言葉を交わす。私は落ちてきたカードと番人のカードを拾い集める。

 

 

 

『736:神樹の怪鳥』

 ランクC カード化限度枚数36

 オータニアの神樹尖端に 巣を作る怪鳥

 巣へ近づく者に 容赦はしない

 

 

 

『634:神樹の番人』

 ランクC カード化限度枚数48

 オータニアの神樹を守る 弓の名手

 かなりの高所に対しても 正確に矢を放ってくる

 

 

 

 ランクCか。怪鳥は知らないけど、番人は妥当かな。樹を登り降りしてたら、一方的に撃たれることになるから手強いだろうけど、接近戦なら全然大したことない相手だった。弱点を突いたことになるんだろう。

 

「ブック。

 ……アイシャにしてみたら、これじゃ全然運動にもならないか」

「ブック。

 そうですね……。だからと言って、私が木登りするわけにもいかなかったですし」

 

 いくらなんでも、『周』のオーラだけで最悪100m落下したら、シャレにならないからな。運動なら、この後の修行でいくらでもしますよっと。

 

 メレオロンとシームがこちらへ来て、私達が出しているバインダーを覗き込む。

 

 

 

『179:神樹コハク』

 ランクB カード化限度枚数27

 太古より根づく 巨大樹から取れる

 黄金のように輝く化石 絶滅種の動植物を

 その中に閉じ込めていることが多く

 古生物の研究者にとって垂涎の品

 

 

 

 コハク、琥珀か。こういうのってビスケは好きなんだろうか? 宝石好きとは言ってたけど、どういうのが好みかまでは聞かなかったしな。希少な宝石は、間違いなく好きそうだったけどね。

 

「他にはイベントないの?」

 

 尋ねるメレオロン。私に目配せするウラヌス。ははーん……そろそろお楽しみの時間というわけですね?

 

「ないよ。

 わざわざ頑張って取るようなカードはね。

 観光も充分したし、そろそろお腹もすいてきたろ?」

「ええ」

 

 笑顔で返事しておく。微妙な顔をするシーム。露骨に顔をしかめるメレオロン。

 

「昼ゴハン食べたら、いよいよ修行に入ろうか。

 俺とアイシャだけ働いてたんじゃ不公平だからな」

「……お手柔らかに」

 

 それはそれは不安そうに、メレオロンはそう零した。ははは、覚悟めされよ。

 

 

 

 オータニアで美味しいところに──という約束だったけど、ウラヌスは二択を提示した。

 

 安いけど量多め。美味しいけど量少なめ。エリルの時と同じだ。

 美味しいモノは修行の後で、とシームがねだったので、そこは譲ることにした。

 

 で、ウラヌスの勧めるリーズナブルな定食屋で色々注文したら、結局みんなにドン引きされる。……くっ、少食どもめ。異常なモノ見る目を私に向けやがって。

 

「ゴハン、何杯おかわりすんだよ……」

 

 大盛りおかわり5杯目ですが、それがなにか?

 

 だってココ、お米めっちゃおいしいんだもん! オカズもゴハンのトモ系で、ゴハンが進むんだもん! おかわり自由で何杯でも無料なんだぞ! 栗ゴハン最高だよ!

 

「……アイシャって、絶対バイキングとかで出禁くらうタイプよね」

「……おねーちゃん、そういうの思ってても言わないほうがいいよ」

 

 なんかボソボソ言ってやがる、この姉弟。くそっ。食は身体作りの基本なんだぞ。2人とも、いっぱい食べる身体に作り変えてやるからな!

 

「あ、栗ゴハン大盛りおかわりくださーい。

 あとイカの塩辛とカラシ高菜一皿追加で。赤味噌茸汁も一椀追加で」

「はい、まいどー」

 

 何かに耐えるような顔で瞑目するウラヌス。……言いたいことがあるなら言え。そんな顔しないで。からかってくれた方がマシだよ。

 

 

 

 定食屋から出た後、満足気な顔をして歩いていたら、隣からウラヌスが一言。

 

「……アイシャ。修行がんばろうね」

「……。

 遠回しに言うの、やめてくれません?」

 

 腹立ち紛れに、細っこいウラヌスの脇腹をぷにゅっと摘まむ。

 

「ひあぁぁっ!

 アイシャ、何すんのっ!?」

 

 おお、いい反応。ぴょーんと横っ跳びしたよ。そしてマジでプニってた。いいな。

 

「アイシャ、分かった?」

 

 シームが後ろから、笑い混じりに聞いてくる。

 

「ええ、分かりました」

「なにがっ!?」

 

 ウラヌス、自分の身体が触り心地いいって自覚がないんだな。意外に分かんないもんか。

 

 私とシームがくすくす笑ってると、メレオロンがやけに不満そうな顔で、

 

「なんで2人だとそうなんのー?

 アタシが風呂場で触ったらコイツ筋肉ピチピチで、プニプニなんかしてなかったけど」

 

 ……多分アレだな。脱力してるかどうかなんだろう。メレオロンに触られた時、直前にかなり警戒して筋肉を強張らせてたんだと思う。

 

 ていうか、みんなに身体触られるウラヌスかわいそ。ぷぷ。

 

「おねーちゃんは、ヤラシーからダメなんだよ」

「ええー……」

「なにっ!? なんの話っ!?」

 

 狼狽する彼に、私は沈痛な面持ちで首を横に振り、

 

「……ウラヌスは知らなくていいことです」

「なんでっ!?」

 

 その方が面白いからです。

 

 

 

 

 

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