多めに買ってある食料を、私に負けず劣らずの勢いで平らげていく姉弟。ふふふ、早速エネルギーを欲する状態になってるな。
「晩は晩で旨いモン食いに行くんだから、ほどほどにしとけよ?
あとまぁアイシャも」
『ふぁーい』
「分かってますよ……」
水分もたっぷり取って、その辺に寝転がる姉弟。おっと、ヘタしたら寝ちゃうかもな。それは困る。
「あー、2人とも。
休憩は構わないんですけど、念についての基礎知識をどれぐらい理解してるか、今から確かめさせてほしいんですが」
「えぇー……?
くったくたなのに、いったい何させる気よ……?」
「大したことはしませんよ。
今から私が念の基本的な説明をしますから、その後で2人が理解できてるか簡単な質疑応答をするだけです」
「うーん、まぁ大事な話よね……
ほら、シーム。起きなさい」
「うー……」
しんどそうにしてるけど、顔色は悪くないんだよな。ウラヌスの方をちらりと見る。
「……大丈夫だと思うよ。喋るくらいならだけど」
それで充分。別に念の実践をさせるわけじゃないからね。……私の目には映らないし。
修行場の中央に4人で固まったまま、その辺で拾った木の棒を使って説明を始める。
まずは念を知らない相手に話すレベルで、基本的なことをおさらいする。
「──これが念能力の基礎と呼ばれる、『纏』『絶』『練』『発』の四大行です」
私の説明に、頷いたり相槌を打ったりしていたメレオロンとシーム。さて、簡単に説明したけど、ホントに理解できてるかな?
「では質問です。メレオロン、『纏』とはなんですか?」
「垂れ流しになってるオーラを、自分の身体に留める技術でしょ?
これができなきゃ念能力者じゃないわよ」
「その通りですけど、もう少し詳しく」
「あー。そうね……
たとえば『練』で放出したオーラを身体に留めるのも『纏』よね。
シームもそれはできてるでしょ?」
「うん」
「ではシーム、『練』とはなんですか?」
「がんばってたくさんオーラを出すこと」
んー、まぁいっか。間違いではないしな。出来てる人間に今さら聞くことでもない。
「『絶』についてはあなた達は充分出来ていますから、改めては聞かないでおきます。
最後に『発』とはなんですか?」
「え、ぼくが答えるの?」
「別にどちらが答えても構いませんよ」
「でもボク、できないし……
お姉ちゃんがやってる、ああいうのだよね?」
「いわゆる固有能力のことよ。
アタシの【神の不在証明/パーフェクトプラン】、アイシャの【ボス属性】もそう。
あとウラヌスの……」
「【巨人の籠手/ギガースグローブ】のことか?」
「そうそう、ああいうのね。
明らかに特殊な、誰にでもできるわけじゃない力のことよ」
「ボクにもできるかなぁ……」
「いずれシームも何らかの能力を身に付けられますよ。
その為にも、基礎をしっかり修めてください」
「はーい……」
ふむ、ひとまず四大行は理解できてるな。では──
続けて、6系統や念の応用についても説明をしてみた。
同じように頷き、相槌を打つ2人。完璧に受け答えも出来てる。……あれ?
私は溜め息を吐いて腕を組み、
「2人とも、念の知識を充分持ってるじゃないですか。
一体どこで念について知りました?」
私の態度を、気を悪くしたものと取り違えたのかバツの悪い顔をする2人。いやまぁ、無駄な説明させられた気がして、実際ちょっと気分よくないけども。
「ぼくは、おねーちゃんに教えてもらった。
……助けてもらった後に」
シームはそうかもね。何となく念のつたなさから伝わってくる。オーラ量は念の初心者とは到底比べ物にならないくらいあるけど。
メレオロンは、難しく暗い顔をしている。
これは……古傷に触れてるな。どうしようか。
「話さなきゃ、ダメ?」
「……
ダメということはありませんが、教え方に影響が出るかもしれません」
少し卑怯な言い草ではあるけど、話したくないならそのつもりでいてほしいとは思う。やっぱり情報がないとコチラとしてもやりづらい。
「そっか。……教えてもらう立場上、ワガママは言えないかな。
シーム、2人に話してもいい? 昔のこと」
姉の問いかけに少し考え、コクンと頷くシーム。
「うん、いいよ」
返事を聞いた後、黙りこくるメレオロン。
私は腕組みを解き、彼女の言葉を待つ。ウラヌスもシームも、一言も発さない。
やがてメレオロンは、ペットボトルの水を口にし、
「……アタシが念について知ったのは、生前。
義父が念能力者でね。その人に教わったの」
そうだったのか……
てっきりキメラアントになってからだと思ってたけど。でもそれだと誰から教わったか分からないしな。私がNGLで戦った連中は、彼女ほどの知識はなさそうだったし。
恐らく知っている者がいたとしても、共有せず秘密にしていたのだろう。メレオロンのように。
彼女は諦めたような顔をし、
「アイシャ。
少し話が長くなるから、座ってくれる?」
「ええ。
……けど、いいんですか?」
しゃがみこみながら問う。長話ということは、かなりプライベートなことを話すつもりだろう。
「そんなこと言われると、決心が揺らぐんだけど?」
苦笑しながら返すメレオロン。いや、だって勢いで話すようなことじゃないよ、多分。
「メレオロン。
俺達にそれを話すのがどういうことか、ホントに分かってるか?」
やや強めに問うウラヌス。
「どうもこうも。
アンタ達こそ聞いてもいいの? 知らない方がいいこともあるわよ」
同じくらいの強い口調で返すメレオロン。……まったく、相手の心配ばっかりですか。どっちもどっちだな。人のこと言えないけど。
「そんなもん今さらだろ?
話すべきと判断したら、ちゃんと話せ」
やや怒った顔で告げるウラヌス。私も怒り顔を作り、
「今さらですね。
NGLで戦った私が、背負えないとでも思ったんですか?」
ウラヌスがちらりと私を見る。こうでも言わないと、自分1人で背負おうとするからな。そんなことはさせません。
「……。
ちょっと待って。話すこと、まとめるから……」
座り込んだまま膝に顔を埋め、半分泣き声で言ってくるメレオロン。
それなりの時が経ち。
ようやくメレオロンは顔を上げ、重い口を開いた。
「話す前に少し確認したいんだけど……
あなた達、ロカリオ共和国って知ってる?」
ロカリオ共和国。もちろん知っている場所だ。
「……ミテネ連邦、NGL東側の隣国ですね」
私が答えると、メレオロンは首肯する。
「ええ、そうよ。
じゃあ、ドーリ市って知ってる?」
……もちろん。知ってるだけですけどね。
「一度だけ行きました。NGLへ入国した時に」
「俺はドーリ市までは知らないな。
ロカリオ共和国は、まぁ分かるけど。ミテネ連邦って特殊な土地柄だし」
メレオロンは一頷きし、
「それだけ分かってれば充分よ。話が早くて助かるわ。
そのロカリオ共和国のドーリ市が、アタシとシームの生まれ故郷よ。
アンタ達も薄々気づいてたんでしょ? アタシ達がNGL出身じゃないって」
「ええ、まぁ……」
「お前らバリバリの機械文明人だしな。ゲーム慣れしすぎだろ」
「アハハハ……まぁね。
で、アタシ達はドーリ市で普通に暮らしてたんだけど。
念自体は、何か気がついたら目覚めてたわ」
ん? 気がついたら?
ウラヌスが1人うなずいてみせ、
「たまーにいるらしいな。
念の知識もなく、無自覚のまま何かのキッカケで目覚める人。
大抵は本人か周りが異変に気づいて軽く騒ぎになった後、話を聞きつけたハンター協会やら何やらが接触を試みるらしいけど」
ふむ……そうなのか。武術家だと、知らず念能力者と相対して目覚めることもあるし、瞑想なんかの精神集中が昂じて目覚めることもあるとは聞く。
ただ、武術とは関係ない子供の念能力者も、結構いるって話なんだよな。地方ごとに、念能力に目覚める割合が片寄ってるんだろうか。周りに念能力者が多いと、目覚めやすいだろうしな。
「アタシはうまい具合に隠してたからね。
バレたら、何かされそうで怖かったからだけど。透明になれる能力だったし、オーラで身体能力が上がるって言ったって、元々弱かったから。
……で、アタシが成人してしばらくしたぐらいかな。
両親が、事故か事件に巻き込まれて、死んじゃったの」
……。事故か、事件。
「アタシ達には、交通事故に遭ったって連絡が来て。
……知ってるかもしれないけど、NGLって表向きは外交してないだけで、裏では結構こそこそ外交してたのよ。当然ロカリオ共和国とも。
そのコソコソっとやってた外交の運送屋が、ウチの両親だったのね」
それは……とても話の方向性が嫌な感じなんだけど。
「連絡を持ってきたのが、NGLに住んでた義父……
その時はまだお父さんの知人で、時々ウチにも遊びに来てた人だったんだけど。熱心なNGL信者で、アタシもシームもしつこく勧誘されてウザかったのよね」
はは、と懐かしそうに笑うメレオロン。
「まぁその人が、両親の葬式の手配もしてくれたんだけど。
その後、アタシ達これからどうしようって。
情けない話、私も親べったりで独り立ちなんか出来そうになかったし、シームも学校があったから。
そしたらその人に、NGLで3人一緒に暮らさないかって誘われて。
選択肢がなかったのよ……」
「……それでNGLに入ったんですか」
私が尋ねると、首肯するメレオロン。
「シームの勉強見てくれるって話だったし。アタシもアテなんかなかったから。
……いちおう疑いはしたのよ。この人が両親を殺したんじゃないか、とか。何か悪企みしてるんじゃないか、とか。
で、義父に引き取られた後、透明になる能力で探ってたら、あっさり見破られちゃって。その時に教わったのよ。それは念能力だって」
ふむ……透明になるだけなら『凝』や『円』を使えば見破れるだろうしな。見破るだけなら、他にも色々あるだろうけど。
「さっきアイシャがしてくれたのと、大体同じようなことを話してくれたわ。オーラ量を増やす訓練もその頃からしてた。
NGLって畑仕事ぐらいしかやることないし、基本ヒマだったのね。シームにも内緒にしてたから、義父だけが念能力で相談に乗ってくれる人で。結構色々話してたのよ。
──NGLは麻薬を製造密売してる、とか」
う……
「メレオロン、あなた知ってたんですか……」
「……」
「その分だと、アイシャもウラヌスも知ってたみたいね。
そうよ……
NGLの教義は隠れ蓑で、上はそういうことしてるって。国の中でも知ってる人は当然いたわ。義父もその1人。表向きの教義で、ワリと地位が高い人だったってのもあるけど。じゃないと国内外を行き来できないだろうし。調べれば分かるからね……ビラ畑で麻薬の原料育ててるっていうのも。
……でも義父は、NGLの教義はそれでも間違ってないって言いきってた。
機械文明は本来の人のあるべき姿じゃない、人は自然に生きるべきだって。
……麻薬製造に関しては、何とかしてやめさせたいって時々言ってたわ。両親が死んだ理由も、もしかしたらって話してた。
それで分かったのは……
この人は、本当に気のいい、優しい人なんだなって。
……最期までね、アタシ達を守ってくれた。
後生大事にしてた、NGLの教本を楯にしてまで……」
シームが「ぅ……」と小さく呻く。
多分……
彼女達が人として生きた、最期の記憶なんだろう。
メレオロンは声を震わせて、
「襲ってきた化物に、とうさんが倒されて。
逃げろ、とは言われたんだけど。
アタシ1人透明になって逃げたら、シームが殺されるなって。だから──」
「ぼく、その時寝てたんだけど。
おとうさんが逃げろって叫んだのが聞こえて、ビックリして起きたの。
そしたらおねーちゃんが、ぼくのことギュッとして……」
「……。
今でもバカなことしたな、って思ってるんだけど……
アタシ、きっと逃げられないって思ったのよ。入口に化物がいて、家の外からも叫び声とか唸り声が聞こえてて。
シームを連れて逃げたら、絶対に逃げ切れない。
アタシ1人だけ逃げたら、生き延びても1人ぼっちになるって……
だから……
せめて、一緒に死のうって。
……NGLの教義にあったのよ。
自然の中で共に死ねば……来世でも一緒になれるって。
別にそんなの、信じてたわけじゃないけど……」
「あああぁぁぁぁぁっ……!!」
シームの慟哭。メレオロンのすすり泣く声。
ウラヌスは、メレオロンのように顔を膝に埋めて震えている。
本当に──
今さらのように、強い後悔の波が押し寄せてくる。
なぜ私は自分の直感を信じ、もっと早くNGLへ行かなかったのか。無駄足になっても良かったじゃないか。
……防げたかもしれないのに。この悲劇を。
あまりに悔しくて、涙が止まらなかった。
────気持ちが落ち着くまで、ずいぶんと時間がかかった。
みんな、一言も発さない。
少なくとも私は、この2人を救うと心に決めていた。でないと自分を許せそうにない。2人に話したとしても、きっとメレオロン達は私を責めないだろうしな……
自分自身でケジメをつけないと。
メレオロンが、再び声を絞り出す。
「次に目を覚ました時──
アタシは、別の生き物になってた。
しばらく頭が薄ボンヤリとして、何となく流されるままに師団長してた。
生前のことなんか、何にも覚えてなくて。
でも……オナカが空いても、肉団子を食べる気にはならなくて……」
う……。その肉団子って。
「飢えは、畑の野菜とか盗んだり、草や木の実で何とかしのいでたんだけど。まぁそんなことはどうでもいいわね。
それで……
1人の師団長が、念に目覚めたのよ。なんか念能力者と戦ったとかで、前世も念能力者だったのを思い出したらしくて。
その話を聞いて、アタシも思い出したの。ほんの少しだけど、前世のことと、念能力者だったことを。
まあ、その後は必死だったわ。念の洗礼はこっそりオーラでガードして、念に目覚めたフリ。エサを探しに行くフリして、スキを見て逃げたの」
はぁぁぁ……と長い息を吐くメレオロン。
「逃げて逃げて逃げて──
誰もいない、山奥の寂れた小屋に隠れ住んで。
近くに人間の町を見つけてからは、能力で身を隠しながら色々と盗んだりして……
ちょっとずつ……前世のことを思い出していった。
キメラアントの中に本を抱えたペンギンが居たけど、もしかしてアレはとうさんだったんじゃないか、とか……
キメラアントの巣に、シームがひょっとしたら居たかもしれないとか……
こっそり探ったら、キメラアントが討伐されて、ごく一部が保護されたって話を聞いて。
気になって調べてたの。ひょっとしたら生きてるかもって……
飛行船に密航して、ハンター協会のある町に行って……探り続けて。
実験施設にいる、シームを見つけた」
メレオロンは、くしゃりと頭をかく。
「正直ほっとした。
ああ、ちょっとだけ見た目が変わってるけど、シームが生きてたって。
でも……アタシ、こんなんになっちゃってるでしょ?」
苦笑するメレオロン。落ち込んだ顔のシームが、
「……全然信じられなくて。
大人しくしてたら危害は加えないって言ってたのに、ぼく痛い実験ばっかりされてたし。……こんな姿のおねーちゃんが会いに来て、その……
おねーちゃんって、信じたくなかった。だから違う、信じないって……」
……。それはシーム、あなたは悪くないよ。
「思い出した生前のこと、この子にたくさん話して。
まぁ信じざるを得なかったんでしょうね。
それで何とか、能力を使って2人で逃げたの」
メレオロンから話を続ける気配が消える。……その後、ウラヌスと出会ったってことか。
ウラヌスが小さく口を開く。
「シーム。ちょっと聞いていいか?」
「うん、なに?」
「……。
シームが念能力に目覚めたのって、いつ?」
難しい顔をするシーム。黙ったままのメレオロン。
「多分……
おねーちゃんが、ギュッとしてくれた時。その時、オーラが初めて出てきたと思う。
化物が、おねーちゃんに何か突き刺して。ぼくもすぐ刺されて、痺れて眠くなったから、ちゃんと覚えてないけど……」
「そっか……」
……。
なるほどね。多分メレオロンがオーラで守ろうとして、それがキッカケでシームも念に目覚めたのか。神経毒で昏睡したおかげで、オーラの過剰放出を免れたのかもしれない。
その後、メレオロンは死んでしまったけど……
シームは何らかの理由で、半獣人に改造された。そのことと、念に目覚めていたことは無関係ではないのだろう。
…………メレオロンは、死んでもシームのことを護り抜いたんだ。