「──『解析/アナリシス』オン。221」
喉が渇いたので、ウラヌスから貰ったお金で、部屋にある冷蔵庫から缶ジュースを買う。やけにフルーティーなグレープジュースで渇きを潤しながら、布団に寝っ転がってメモを取っているウラヌスを眺める。
うーん……足パタパタさせてるの可愛いな。
「ん? なに?」
目敏くこちらの視線に気づいたので、私は慌てて手を振る。
「いえいえ、別に。
マメにメモってるなー、と思いまして」
「……今日、それをやってなくて失敗したからね。
役に立たないかもしれないけど、いちおうやっとこうかなって。
まぁ『解析』も使い切らないようにするけどさ」
失敗から学んでるね。真面目ですなぁ。……と。
まだ入ってる缶を置いて立ち上がる。ウラヌスがこちらを見上げ、
「どしたの?」
「……。いえ、ちょっと」
「……あ。ごめん」
そんなやりとりをし、部屋から出る。えっと。……トイレどっちだっけ?
きょろきょろしてると、隣の部屋辺りから何か大声が。
メレオロンのやけにハスキーな声。シームの「たすけてー」という声。
……。
さて、トイレあっちだっけ?
軽く彷徨った後、用を済ませて部屋に戻ってくる。
隣の部屋が、相変わらず騒がしい。
他に誰も泊まってないみたいだからいいけど、ちょっと騒ぎ続けられてもな。
トントントンと横開きの戸をノックし、
「入りますよー」
戸を開けて、お邪魔させてもらう。
「あ、アイシャー! タスケテー!」
「しーむぅー、そんなつれないこといわないでさー。
ほら、はぐはぐはぐー♥」
「きゃー!」
「失礼いたしました」
すぱッと速やかに戸を閉める。……すっぽんぽんの変態が抱きつきながら、弟の浴衣を剥ごうとしてたけど、私は何も見なかった。ここは異次元。きーぷあうと。
……なんかメレオロン酔っ払ってたな。冷蔵庫にビール入ってたし、あれを飲んだのか。酔えるんだ、キメラアントも。
うむ……酒は呑んでも呑まれるな。
私もお酒が飲める年齢になったら、ああはならないよう心がけよう。
などと考えながら部屋に戻ると、バインダーを開いたままでウラヌスがパタンといった様子で動かなくなっていた。
ありゃ、メモしながら寝ちゃったか? ……隣の部屋から「きゃー!」とか声聞こえるけど、アレに反応してないしな。
いちおう無事か確認する為に覗き込むと、ウラヌスは緩みきった顔で寝息をたてていた。
うーん……このままってワケにもいかないか。
とりあえずバインダーは閉じて、かたわらに置いとこう。
「……ウラヌス、起きてください。
寝るなら、ちゃんと布団かぶって寝てください」
身体を揺さぶる。……反応がほぼない。ほっぺたぺちぺちする。おほ、ぷにぷにっすわ。起きろーもみもみするぞー。もみもみ。
「ふにゅー……
やめてよ、姉貴ぃー……ねみゅいんだから寝かせてよぉー……」
漏れ出た可愛らしい声に「ぶっ」と吹き出す。そういえば、お姉さんのことを姉貴って言ってたね。完全に寝惚けちゃってるよ。これはアレか……そのお姉さんにも同じことをされてたな。
姉か……
私はもう顔も思い出せないしな。……一緒に○カポンやって喧嘩した記憶は、なんでかあるけど。
ウラヌス、お姉さんと仲良かったんだろうか。家族に念をかけられたって言ってたし、お姉さんも念をかけた1人なんだろうけど……複雑そうだ。
隣の姉弟も複雑な事情かかえてたし、みんな色々あるんだな。
ちょっとやそっとじゃ起きそうにないので、私が寝る予定だった布団を先に整え、彼の身体を両手で慎重に抱えあげる。
うっわぁ。ふにゃっふにゃ、ですわ。なんだ、このマシュマロみたいなの。細身なのもあって、女の子にしか見えないな、こりゃ。骨格もギリギリ男性って感じだし。
そぅっと起こさないように移動し、布団へと横たえて、髪の毛を横に避けてあげた後、掛け布団をかぶせる。
ふぅー……緊張したぁ。
近くに置いていた缶ジュースを手に取り、口にする。
……私がここまでしても起きなかったってことは、ウラヌスやっぱり疲れてるんだな。回復する為に『絶』を使ってるようだし。まぁ今は『纏』で警戒するより、『絶』で気配消す方が安全だと思うけどね。ウラヌス、バインダー出しっぱだけど……
……。隣も静かになったな。私も寝よ。
ちゅんちゅん。と鳥のさえずりが聴こえる。
「……ん、んー」
まぶた越しに感じる、カーテンをすり抜けて入ってくる明かり。薄ぼんやりと目を開く。
少し離れた場所に敷かれた布団で、動く気配。そちらを見る。
ウラヌスが上半身を起こし、力のない様子で、髪を手櫛で整えていた。
「あ……
おはよう、アイシャ」
「……おはようございます」
「ふわぁぁ、あ。
んー……
あのさ。俺、昨日ちゃんと布団で寝たっけ? 記憶にないんだけど」
あくびをして伸びをするウラヌスが、小首を傾げながら尋ねてくる。
「え?
私が部屋から戻ったら、布団かぶって寝てましたよ」
「そう?
……あ。バインダー出しっぱなしだった」
ちゃんと寝かせてあげた、とか言いづらいしな。黙っとこう。
……寝てる布団が入れ替わってるとか、多分言わなきゃ気づくまい。
ほとほどに身支度を整えていると、朝食の用意が出来ました、と従業員が知らせてきたので、私達は食堂へと移動する。低い横長の食卓が並び、クッションが何枚か敷いてある。
先に食卓へ着いているメレオロンとシーム。……今日は寝起きいいなと思ったら、2人とも朝からかなりへろへろだった。シームは機嫌悪そうだし。
私はクッションの上に座りながら、
「2人ともおはようございます。
……シーム、昨日は大丈夫でしたか?」
「フンだ!」
メッチャしかめっツラで、そっぽ向かれた。あはは、見捨てたの怒ってる。まぁ大丈夫だったんだろう、と思うことにしよう……
隣のメレオロンは、やけに大人しいというか神妙というか。むしろこっちは何があったんだ。
「お前ら、昨日なんかあったの?」
ウラヌスの質問に、メレオロンがうつむく。シームが激オコぷんぷんしながら、
「おねーちゃん、酔っ払ってボクにめちゃくちゃ絡んだんだよ。
寝るまで大変だったんだから!」
「……すいません」
私が見た光景そのまんまだな。メレオロン、朝起きてからシームに相当叱られたのか、ヘコみまくってる。
「アイシャも酷いんだから!
部屋に来て、ぼく助けてって言ってるのに見捨ててさ!」
ぅわ、火の粉とんできた。
「すいません……
ああなったメレオロンを止める自信はなかったんで……
その、私お風呂で色々されてますし」
「……それを言うなら、俺もシームに色々されてるな」
ウラヌスが不機嫌そうに言うと、シームが怯んだ。
「え、それとこれとは」
「そーだそーだ、シームひどいぞ」
「おねーちゃん!
そんなこと言える立場じゃないでしょ!」
「はい……」
シーム、めっちゃキレてるな。姉に襲われたの、そんなショックだったのか。……かもなぁ。
「つか、オマエラまじでいい加減にしろよ。
俺もアイシャも、お前らのオモチャじゃねーんだぞ。風呂ぐらいノンビリ入らせろ」
「そうですよ、ホントに!」
ウラヌスに乗っかっておく。言える時に言っとかないと、いつまでもされそうだからね。
「え……
ウラヌス、そんなにイヤだった?」
「……俺、何度もヤメテって言っただろ」
ここだけ聞くとアレだな、うん。……いや、待て。私達の会話、ハタから聞いたら全部アレなんじゃないか? 別に誰も聞いてないからいいけど……
「そんなにイヤだったら、あんた達もやり返せばいいじゃない」
メレオロンがよく分かんないことを言ってくる。
「え?
じゃあ、ゲンコツでブッ叩いてもいいんですか?」
「やめて壊れます。
……あんた達も同じようにやり返せばいいって言ってんのよ」
それこそ何言ってんだ。なんで私がメレオロンを襲わなきゃいけない! ……しっぽは触らせてもらったけどね。あれはいいものだ……されたことと全然釣り合わないけど。
隣を見ると、ウラヌスがブスーっと不機嫌そうに、
「俺がシームにやり返すとか、何の冗談だよ」
「……」
「……」
「……」
「ああっ!? オマエラちょっと待て、なんで黙り込むんだ!?」
だって……ねぇ?
「あー、まぁ。
ゴハン冷めちゃいますし、早く食べましょう」
「そうそう。いただきまーす」
「あれ?
ちょっと店員さーん、ナイフとフォークとスプーンくださーい。
アタシ、お箸じゃ食べらんないわよ……」
納得できずに頬をむくれさせるウラヌスを横目に、私はお箸を手に取った。知ーらないっと。
料理は予想通り美味しかった。旬の魚はいいね。脂が乗っていて大変美味です。
でも……朝食だからだと思うけど、ボリュームが……量が少ない。
ゴハンおかわり出来たけど、おかわり3杯目でもうないって言われた。。
確かに美味しいけどね! だからもっと食べたかったな……まぁいいけどさ。まだ朝だ、そこまで我慢できないわけじゃない。
……それはいいとしても、おかわり拒否られた私を、3人が心配そうに窺ってくるのが解せぬ。
ナイフとフォークで、焼き魚と悪戦苦闘していたメレオロンがようやく食べ終わった。んー……お箸を使うことが前提の食事は苦手そうだな。あの手でお箸を扱うのは厳しいか。
「ウラヌス、お金返すね。ブック」
「ん? ああ、了解。……って8000か。
2000も使ったの?」
「……おねーちゃんが、ビール4本と焼き鳥で」
「あぁなるほどな。ブック。
でも、シームもちょっとは使ったんだな」
「ポテチとジュース2本ね。……それぐらいイイでしょ?」
「もちろん。
でもメレオロンはアウトー。4本も空けてんじゃねーよ」
「えー」
私は黙っておく。ここではジュース1本しか余分に口にしてないけど、今までに食費の支出ふやしまくってるからな……
ウラヌスは苦笑しつつ、
「アイシャみたいに稼いでるならともかく、今ンとこメレオロンは
豪遊したいなら稼いでくれよ」
ちょっと嫌な顔をしておく。私、豪遊ってほど無茶してるか? ……ウラヌスはそんなつもりで言ってるんじゃないかもだけど。
メレオロンもたいそう不満げに、
「えぇー。
荷物運びしてるのに、それはあんまりじゃない?」
「そいつは修行の一環でもあるだろ?
修行と称して雑用押し付けまくる、酷い師匠もいるみたいだけどな」
「え。だからそれ、現在進行形じゃないの」
「だったら俺の代わりに率先してバトルイベントやってくれる?
ならリュック背負うよ、喜んで」
「……
雑用で結構です」
やりこめられるメレオロン。シームに叱られたのもあってか、今日は覇気がないな。
預けていた洗濯物を引き取り、着替えを兼ねて私達は朝からお風呂に入る。
とりあえずメレオロンは3人がかりで牽制したので、私はお風呂で何もされずに済んだ。はー……。でも、やっぱり元気なさそうなんだよな。心配ではあるけど、だからって私の元気持ってかれちゃたまんないしな。
部屋に戻ってくると、ウラヌスも無事そうだった。シームも自重したのか、なんとなく覇気がない。この姉弟めんどくさいな。そんでウラヌスも、物足りなさそうな顔しない。なんなんだ。
朝日の降り注ぐ中、私達は宿を発つ。またここに戻ってくるけど、修行、観光にゲーム攻略と忙しいからね。朝からテキパキ動いていかないと。
朝のオータニアもなかなかにいい風景だ。秋の自然いっぱいな街並みは、散策し甲斐があるね。冷えた空気も、お風呂上がりで火照った胸に心地いい。
宿で細かくなったお金カードをトレードショップに寄り道して両替し、そのまま徒歩でオータニアの入口まで来た。ウラヌスが昨日のように、バインダーからカードを1枚取り出す。
「じゃ、行ってくるよ。
──『漂流/ドリフト』オン」
ウラヌスの身体が光り、空へ飛んでいく。南東の方か。さてさて、今日はどうなるかな……周囲警戒も怠らず、と。
──約1分ほどで、ウラヌスが帰還する。
「っし。ただいま」
「お帰りなさい。今日はどうでしたか?」
尋ねると、渋い顔をするウラヌス。あらら、これは期待はずれだったかな?
「んー……
今日は観光って感じじゃないかもね。
鉱山都市トラリア。
礼拝都市ルビキュータ。
廃墟都市ムドラ」
ふむ……名前だけ聞いてもよく分かんないけど、鉱山とか廃墟はどう考えても観光には向かないな。鉱山はその……私が楽しくない。過去の経験上。
「この3つの中だと、少なくともムドラは無しかな。
そこは唯一、普通に歩いてるだけでも怪物と遭遇する街でね。
金は稼げるけど危険すぎる」
「……それって、街じゃなくないですか?」
思わず聞き返す。ゲームでならいかにもありそうな街だけど、そんな危険地帯リアルでなんて行きたくなさすぎる。ガチ廃墟じゃないか……
「まあねぇ。
……そこに指定ポケットカードが5枚もなけりゃ、行きたくはないかな」
うぇ。そういうことか。
「なるほど……ゲームクリアする気なら避けては通れないと。
ということは、今日行かなくてもいずれは行くんですね?」
「いずれと言うか、近いうちね。ただ、今はいいや。
ホントは鉱山都市も、観光地ってわけじゃないんだけど……
軽く物見遊山なら悪くないかな」
「どういう場所なんですか?」
当たり前だけど、鉱山と言っても色々あるだろう。何が採掘できるかで全然変わるしな。廃鉱になって、観光資源として保存してるだけみたいなケースも多い。今は文明がかなり発展してるからね。
「うーん。ゲーム的な場所ではあるんだけど……
鉱石がたくさん手に入る街でね。都市内に坑道や鉱山があって、坑道で換金アイテムがガンガン取れる。けど……
鉱石があるのは、狭くて真っ暗な穴倉で、怪物が四方から襲ってくる。ハイリスクハイリターンの典型」
「ああ……」
観光どころか危険地帯っていうね。念能力が復活してれば、いくらでも行くけどさ……
ウラヌスが黙っている。あれ? もう1つ都市の名前を言ってなかったっけ?
「あの……もう1つ行ったんですよね。そこは?」
「おっと。
そう言えば、アイシャには説明してないか。
ルビキュータは……教会とか色んな宗教的な施設がいっぱいある街だよ。
そういうのって興味ある?」
「うーん?」
腕を組んで考える。興味あるかと聞かれても、ピンと来ないな。一般人ならともかく、念能力を知ってるとね……。宗教自体に関心はないし、歴史的な建物があるわけでもないだろうし。
「やっぱイマイチだよね。
俺も好んで行きたい場所じゃないんだけど、個人的に夜は悪くないかな。
暗くなってから散策すると、結構雰囲気いい場所だよ」
「……じゃあ、夜に行ってみます?」
「うん。そうしよっか」
んー。じゃあ、今日の日中は観光どうするのって話か。ゲーム攻略って割り切った方がいい気もするけど。
「昨日行ってない街なかった? そこは?」
シームが質問する。そういや1箇所行ってなかったな。リーメイロか。
「城下都市なぁ。
行くだけ行ってもいいけど、まだ『同行』が6枚しか確保できてないから、無駄遣いな気がするんだよな。行くのは後日でいいと思うよ」
「じゃあ、今日はどこ行くのさ」
「うん。ちょっと整理しようか。
まず、ムドラはパス。
ルビキュータは夜。
……消去法で、今からトラリアかな。宝石に興味があれば、それなりに楽しめるけど」
お互いに顔を見合わせる。
メレオロンはちょっと興味ありげ。シームはなさげ。ウラヌスは……よく分かんない。まぁ興味も何も、知ってる場所だろうしな。
鉱山か……仕方ないね。楽しめるといいんだけど。
「とりあえず、行くだけ行きましょうよ。
話だけ聞いても分かんないもの」
メレオロンが促してくる。そりゃそうだよね。
「私も異存ありませんよ」
「ぼくも! 早く行こうよ」
私達の言葉に、ウラヌスは苦笑で応えた。
「へいへい、後でつまんないとか文句言ったって知らないぞ?
それじゃみなさん、観光へ出発しまーす。足下ご注意ください。
──『同行/アカンパニー』オン! トラリア!」