第五十八章
坑道から脱出し、空を見上げる。──日が高い。今はちょうど真昼ぐらいかな。
振り向くと、3人が次々と坑道から出てくる。
「おつー」
「おつかれー」
「おっつー。はぁー、くたびれたぁ……」
「にゃーん」
ふふ、サクラもお疲れって言ってくれてるのかな。
「みなさん、お疲れ様でした。
さて、これからどうしましょうか?」
私が尋ねると、猫を乗せたウラヌスがくたびれ顔で考え始め、
「えっと……
カードを余分に拾う為に水も食料も捨てちゃったから、カードを少し売って金を持とう。
で、アントキバ行って昼メシ」
「リュックも取りに行かないといけませんね」
「あ、うん。そうだね」
「桜はどうするの?」
シームが聞くと、ウラヌスは仏頂面で、
「そりゃあ……お役ゴメンだし?
消えていただきますけど」
「えぇー!」
「えー言われても。俺、こいつ出してるだけで疲れるっつったじゃん。
無駄にぴかぴか光ってどうするよ。邪魔だしさ」
「にゃ! にゃ!」
頭の上で抗議してるよー。ウラヌス無視してるけど。
「まぁ真面目な話、念獣を連れ歩くのは目立ちすぎますし、ここでお別れですね」
「ぅー……」
私が言っても、不満そうなシーム。まぁ気持ちは分かるんだけどね……。でもウラヌスしんどそうだったからな。念獣を維持しながら戦ったせいで、結構消耗したみたいだし。
「……じゃあ、最後に抱っこさせて」
「あいよ」
今日何度目かのサクラ手渡し。シームは背中を撫でながら、
「ごめんね、連れていけなくて」
「にゃう……」
おぉう。なんか罪悪感わくんだけど。えええ、ちょっとぉ。
ウラヌスも困った顔してる。そりゃそうだよね……
「シーム。みんなを困らせないの。
もう会えなくなるわけじゃないんだから」
「うん……」
メレオロンの言葉に、一応納得した様子のシーム。
「……じゃ、消すよ」
ウラヌスが、シームに抱かれたままのサクラの背に触れる。ふわりと光になって、姿が消えた。
『……』
あ、なんだろこの空気。なんか湿っぽいというか。影響与えすぎでしょ、あのにゃんこ。どんだけ癒されてたんだ私達。
気を取り直し、トラリアのトレードショップでコボルトファイター40枚を売却、貯金も下ろして40万ジェニーを所持。宿へ行き、リュックを回収する。
シーム、全然元気ないな……。重い荷物を背負わされることには不満なさそうだけど、そんなのどうでもいいって感じだ。よっぽどサクラがお気に入りだったらしい。
現状は、時間が解決してくれるのを待つしかないな。連れて歩けないのは間違いないし。
ともあれ私達は、『再来』でアントキバへ飛んだ。
アントキバの、いつもの飲食店。
私が巨大ピラフを頼む中、3人もそれなりの量を注文。……いや、シームだけ軽食だな。
「シーム。
このあと修行するんだから、ちゃんと食べないと保たないわよ」
「……だって、あんまりおなか減ってないもん」
むー、これは何とも。実際シームの運動量は一番少なかったし、朝食2回摂ったからな。ただ、それにも増してずいぶんこたえてるみたいだ。食欲がないのは本当だろうけど。
「……俺、桜呼ばない方がよかった?」
「そんなこと言わないでよ」
ウラヌスにきっちり言い返すシーム。やっぱりそれか。困ったねぇ……
「あの子呼ぶのって、そんなにオーラ食うんですか?」
いちおう尋ねておく。ウラヌスが呼びたがらないのは、恥ずかしいっていうのが一番の理由だろうけど、そもそもオーラを消費しすぎるなら気軽に呼びようがないからな。
ウラヌスは難しい顔をしてみせ、
「んー……
他の能力に比べれば、桜を呼ぶ時はそれなり。
問題は維持コストかな。桜にオーラを補充してる間は、俺が全く回復できないから」
まぁそうだろうな。『絶』状態のまま念獣であるサクラにオーラを注げるわけがない。ウラヌスは普段から『絶』で回復に勤しんでるから、その時間が削れていくだけでも痛い。加えてサクラのオーラも補充するから、二重にロスが出る。
「余裕があったとしても、不必要にオーラを消費して、いざって時に枯渇したらシャレにならないしさ。
……呼べるとしても、せいぜい寝る前かな」
ウラヌスは間違いなく、このチームにおける戦力の
「シーム。
あの子のことは、いったん忘れなさいって」
「やだ」
おぉう、きっぱり言い切ったよ。珍しいな。
こうも拒否されるとは思わなかったか、メレオロンもまいったという表情を浮かべる。
無言の抗議をやめないシームに、ウラヌスは弱りきった顔でテーブルをトントンと指で叩き、
「……。
はぁぁぁー……ほんっと、ヤなんだけどなぁ。……わかったよ。
寝る前、ちょっとの間だけなら桜を呼んでやるから」
「ホントッ!?」
ああー。ウラヌス、そんなこと言っちゃった……。気持ちは分かるけど、このシームの様子じゃずーっとサクラを要求してくるよ? 毎日呼ぶの?
「その代わり、だ。
ちゃんと修行しろ。がんばったら、その日の夜は呼んでやるから。
サボったら、その日は呼んでやらない。……これでどう?」
「分かった! ぼくガンバル!」
「おっほー。現金ねぇー」
メレオロンの言葉に、私も苦笑で同意する。これって旅館に泊まる泊まらないと同じで、まんまとエサで釣ったんだよね。シームがより修行に励んでくれるのは歓迎するけど……どうなんだろうなぁ。不純と言うか。
でも、理由があるのはいいことか。
ゴンは父親に会う、ジンのようなハンターになるという目的があった。その為に強さが不可欠なことは理解していたんだろう。
キルアは──私には全部話してくれないけど、色々事情があったようだ。ゴンを上回る修行への打ち込みようは、持ち得た才能だけで為し得るものではない。
クラピカは言うまでもない。あの動機なくして、あれだけの凄まじい修行に耐えられたとは思えない。どんな理由があったとしても、きっちりと付いてきてみせたことは素直に称賛したい。……まぁちょっと、性格がアレになった気もするけど。いや、あんなふうになったのは私だけの責任じゃないぞ? アレはビスケも悪いんだ、うん。
シームは恥ずかしそうにメニューを手に取り、
「……ウラヌス、もうちょっと頼んでいい?」
「おお、いいぞ。
じゃんじゃん食って力を蓄えてくれ。その方が修行の成果も出る」
「お待たせ、巨大ピラフある。
30分以内に完食すれば、お代はタダ!!
さらに『ガルガイダー』プレゼント!!
それではスタート!」
「いただきまーす♪」
「あ、ちょっと食欲なくなった……」
え。シーム、なんで? 解せぬ。
予定通りガルガイダーをゲット。昼食を終えた私達はアントキバのトレードショップへ。
ゴリさん相手に、カードを49回売却する苦行をシームは耐え抜き。ようやくここでも、ランクBの指定ポケットカードを購入できるようになった。
坑道で取ったカードの残りと、不要になったアイテム状態の解毒剤も処分。
少し貯金し、90万ジェニーを持った状態で店を出た。
「ウラヌス、そんなにお金持ち歩くんですか?」
「うん。
アントキバに預けるより、マサドラに出来るだけお金回した方がいいからね。もちろんマサドラへ行くのは、オータニアで修行終わった後だけど」
「……ということは、マサドラでスペルを補充した後に、ルビキュータで観光ですかね」
「そのつもり。
ゆっくり夜のルビキュータを見て回りたいしさ。どっちにしろ、もう『再来』が少ないからね。先に補充しないと」
ふむ、その辺りの判断はお任せしようか。ウラヌスなら悪いふうにはしないだろう。
「それじゃみんな、オータニアへ飛ぶよ」
で、『再来』でオータニアへ。
早くも馴染んできたのどかな町並みだけど、今は他のプレイヤーをあちこちで見かける。今朝は全く居なかったし、普段もほとんど居ないのにな。
「……なんだか妙にプレイヤーを見かけますね」
「ああ、今日が17日だからだね。
もうじき『プラキング』を入手できるロードレースが始まるから」
「あ、そういえばそうでしたね」
「まぁじきに始まるし、そしたら居なくなるよ」
そんな会話をしながら、穏やかな秋の風景に癒されつつ、ショッピングセンターへ。
きっちり1万ジェニーで、水と食料とタオルにリストバンドを購入。その後、いちおう人が居ないオータニアの郊外まで行き、そこから都市を出て修行場のある林へ歩いていく。
さぁさぁ、楽しい修行の始まりだー。
約2名げんなりしてるけど、知ったことかー。
木々に囲まれた円状の広場で、早速地面を掘り返して修行グッズが無事なことを確認。
昨日と同じく、私が計300キロ、メレオロンとシームが計100キロの重りを身に着ける。
「ぐぇぇぇー……!」
何もしてないうちからシームの呻き声が聞こえたけど、無視。はっはっは。サボったらサクラと会えないからね。がんばるんだぞ。
メレオロンはキツそうにはしていても、昨日より余裕ある感じだ。もしかしたら、軽い組手程度なら早いうちにできるかもな。オーラを上手く操れさえすれば、相当な使い手になれるはずだ。
ウラヌスには私が修行してるうちに、追加購入したリストバンド4つに重量神字を書き込んでもらってる。……なんかもう、1つ終わってるけど。相変わらず早いな。
「それでは、シームはゆっくりでいいんで歩いてください。
限界が来たら休んで構いませんが、できるだけ長く歩き続けるように」
「う、うんー。分かったぁ……」
「メレオロンは軽く体操して、その後ランニングです」
「はぁー?
簡単に言ってくれるわね……」
「なに言ってるんですか、こんなの初歩の手前ですよ。
まず通常の運動が出来るようになってください。
体力作りはもちろん、基本的な動きが出来ないのに戦う
「いやいやいや……
重量。重量がおかしいから」
「念能力者がこの程度でへこたれてどうするんですか。
はい、始め!」
「うわぁんっ」
「ちきしょうッ、この鬼美少女め!」
「全部できたよー」
『早ッ!?』
ウラヌスが出来たとか言うから、メレオロンに言い返しそびれたよ。何が鬼美少女だ、ワケ分かんないことを。
25キロのリストバンド4つを受け取り、装着。計400キロ。うーん、重量はいいけど負荷バランスが悪いな。胴に200、手足にそれぞれ50だしな。これなら全身運動より、各部位を鍛えた方がよさそうだ。
ひとまず休憩中のウラヌスに相談してみると、
「あー、やっぱり重量バランスが悪いか……
しまったな。先にそれで大丈夫か、聞いとくべきだったよ」
「あ、いえ。別に重すぎるわけじゃないですけどね。
ただこのままだと、ちょっと鍛えづらいんで……
ベストの方を、もう少し重く出来ませんか?」
「そりゃ出来るけど……
でも、メレオロン達が後で着る可能性もあるし」
「それはそうかもですけど。
ただ既に200キロありますし、ホントに着ますかね?」
「んー……」
首を捻るウラヌス。私の見立てだと微妙なトコなんだよな、実際。ここで修行する期間次第ではあるけど。
「……。
まぁいっか。メレオロン達がいま着てるベスト、重くしてきゃいいだけだしな」
「あ! やってくれるんですか?」
私が思わず手を叩くと、ウラヌスは苦笑しながら、
「いいよ。いくつ?」
「えーと、プラス100で300とか……」
「…………」
「……。プラス50でいいです」
「……うん。とりあえずはそうしようか。
それじゃベスト脱いで、俺にくれる?」
「あ、はい」
私がいそいそベストを脱いでると、何かぼそぼそ話し声。
「……ねぇシーム。
あそこに、1日で重し1.5倍にしようとしてる美少女がいるんだけど」
「信じらんないよね……
どういう身体の造りしてんだろ」
「まだ足んないから全部で450キロにするんだってさ。
あれでムキムキマッチョじゃないのよ、あの子。人体って不思議よね」
「ボク達よりよっぽどアレだよね」
私達は顔を見合わせ、
「……だってさ。アイシャ」
「私を何だと思ってるんでしょうね」
解せぬ。
……いやホント、この2人に限らず、みんな私を何だと思ってるんだ。
「おーい、シーム。ぼさっとしてたら、サボってると見なすぞー?」
「わぁゴメン!」
「メレオロン、だらだら体操しない! しっかり準備しないとケガしますよ!」
「はーひふーへほー」
「まったく……」
腕を組んで、ウラヌスが神字を書く様子に目をやる。なにやら悩みながら作業している気配。
「……結構考えこんでますね」
「んー、まあね。
1文字で5キロの荷重がかかる神字を描いてるんだけど、雑にやると重みがチグハグになっちゃうからさ。既に描いてあるトコとのバランスを考えてる」
なるほど。確かに着てる時、バランスよかったもんな。均等に重くすればいいってもんじゃないだろうし、そこを考慮するのは当然か。
「重くしすぎるとベストが自重に耐えられなくなるし、防護の神字も足さないといけないから、手当たり次第に神字足してくと描く場所がなくなっちゃうんだよね」
あ、そりゃそっか。よく破けないなとは思ってたけど、ちゃんと強度も上げてたんだ。
「うん……これでいっかな。
俺、もう持ち上げる気にもならないから拾って」
「はいはい」
おっ、なかなか重くなったな。今日はこれで充分か。ちゃんと慣らしていかないとな。
「じゃあ私も修行を始めます。
ウラヌスは、例の神字の能力をどう説明するか考えておいてくださいね?」
「……ちぇっ、ちゃんと覚えてたか。
分かった。アイシャが休憩するまでに考えとくよ」
「お願いしますね。
メレオロン。もう体操はいいですから、ランニングを始めてください。
シーム。立ち止まってないで、一歩でも半歩でも動いてください」
汚い声が返ってきたけど、完全に無視する。はっはっは。修行とは苦しいものなのだよ。しっかり励みたまえ。
そろそろ組手の相手が恋しいので、身体能力の向上だけでなく、相手を想定して仮想の組手を行う。この重量だと、実戦に近い動きはかなりの負荷になる。無駄を削ぎ落とし、最小限の動作で有効な攻撃や防御を行う。無論、移動も。
メレオロンやシームの方を眺めながら、私にも視線を送るウラヌス。関心ありげに。
多分、あの目でコンディションだけを見ているわけではないんだろう。技量を測ろうとしている気配が窺える。
ウラヌスの修行も何とかしないとな……普段は休んでくれてていいけど、約束した手前このままというわけにもいかない。はてさて。
──1時間が経った。
流石に負荷が増大して、更に昨日よりも運動量を増やしたので私もやや疲れてきた。
もうほぼ動きのないメレオロンとシームに、きちんと休憩を取らせる。私も一緒に休み、水と栄養を摂取。
全員が座り込んで休む中、私が視線で促すと、ようやくウラヌスは口を開いた。
「……じゃ、説明するか。
どうも気が進まないんだけどな」
「メレオロン、シーム。
理解しているとは思いますが、絶対に他言無用で」
「うん……」
「当たり前じゃない……自分の首絞めて、どうすんのよ……」
疲れた声で返してくる。2人はウラヌスの
ただ好奇心から言わせてもらえば、アレは是非とも詳しく知りたい力だ。今後ウラヌス以上の神字の使い手には出会えないかもしれないからな。後学の機会は逃したくない。
「俺が使ってる高速の神字刻印による能力発動は、4つの要素を組み合わせてる。
1つ目は神字の知識。これは単なる知識だな。
2つ目は指先の一点にオーラを集めて、何もない空間でも神字を刻む力。これは念能力。
3つ目は高速の神字刻印。これも念能力ではあるんだけど、慣れが大きい。同じことを反復すれば、速くなって当然だからね。
4つ目は呪文詠唱。この詠唱は能力の制約で、省略したい時は破棄することもできるんだけど、そうするとオーラ消費がグンと増加する。
──簡単に説明すれば、こんなトコなんだけど」
ん。……ん?
確かに説明はしてるけど、なんか全然足りないな。
神字の知識、これはまぁ分かる。
慣れれば同じ神字を早く書けるようになる。これも当然だろう。私もそうだったしな。
制約として呪文詠唱をする必要があり、誓約として詠唱を破棄するとオーラ消費が増す。これも理解できる。……やっぱ呪文なのかアレ。あああ、なんか背中がムズムズむず……
で、やっぱり謎すぎるのが、空中に刻んだ神字だな。何だアレ。どんな能力だソレ。
「あの……
ああいう空中に神字を書くのって、どうやって能力として身につけたんですか?」
「多分、聞いても仕方ないと思うけど。
だって、どう考えても特質系だろ? 他の5系統で説明できないじゃん」
だよなぁ……どうしたらいいか分かんないもん。
そもそも神字とは、特定の物体に念能力の効果を長期間持続的に効かせることを目的に書かれるモノだ。もちろん神字そのものが効果を持つモノもあるが、多くの場合は簡単な効果に限られる。扉の封印とか。特にオーラ反応型はかなりメジャーな部類だ。
だから、間違ってもあんな魔法のように使える類のものではない。あそこまで来れば、神字というより念能力そのものの領域で、多様な能力を操ろうにも必ずメモリ問題にブチ当たる。
神字で底上げしたぐらいでメモリを使わずに済むなら、とっくに誰かがやってるだろう。やっぱり私の認識としては、神字は念を補助する程度のもの……なんだよな。
つまり……
アレは念能力とも神字とも言えない、ウラヌスだけの力ということだ。
魔法だなぁ……それはもう完全に。
「ほら、聞いても参考にならないだろ?」
ぶすっとした顔で告げるウラヌス。姉弟も理解できていないようだ。疑問があっても、どう質問すればいいか分からないだろうしな。
ウラヌスはこちらを窺うように、
「アイシャって、どれぐらい神字について詳しい?」
「……。
多少は理解しているつもりでしたが、専門家と満足に話せるほどではありませんね」
ていうか、あれだけ色々見せられたら自信なくなっちゃうよ……
「ふーん。そのワリには詳しく知りたがってるな、と思って」
「まぁ……気になりますし?
前にウラヌスが話してた『発』からずいぶんと逸脱してるじゃないですか。
色々出来すぎですよ……」
「あ、うん……
隠してた理由は分かると思うけど、それについては謝るよ。黙っててゴメン」
「いえ……」
「この神字の高速刻印のおかげで、メモリを気にせずに色々できるのは確かだよ。ただ、これを使わないと発動できない能力は、軒並みオーラを大きく消費する。何をするかにもよるけど……」
「やっぱりメモリ対策ですか」
「そうだねー。
だって色々思いつくのに、全部覚えて使えないとか理不尽じゃん?」
「ええ、まあ……」
この世界におけるメモリの理不尽さは、私も思うところがある。現実問題として、身につける為に必要な修行期間があるから大量に修得することはできないはずだけど、簡単に修得できる能力ならたくさん覚えたいという欲求はやはりある。
でも一度『発』として能力を覚えちゃったら、忘れたりできないしなぁ。……使えなくなったりはするのに。ほんと理不尽だ。
その理不尽を克服しちゃった人が目の前にいるわけですが。なんて羨ましい……
「けど、たくさん能力を使えるようにするなんて、制約と誓約を相当厳しくしないと実現できそうにないですが……」
「んー。
俺の場合、オーラに負担回すようにしてるからね。つか、アイシャだってそうだろ?」
「……確かにそうですけど」
天使のヴェールもボス属性も、オーラ量に頼った制約である点は否めない。特に天使のヴェールは、まず他の念能力者じゃ使いこなせないほど消費が激しい。
「そもそも、無い発想じゃないしな。
多種多様な念能力を使いこなすヤツ、俺以外にもいるみたいだし」
「……それはたとえば、幻影旅団の団長とかですか?」
「うん、クロロもだね。
他人から奪う系の能力は、奪った相手が生きてないと大抵ダメだけど」
「……ああいう、能力を奪うといった発想を褒める気はありませんが、理には適ってると思いますね。メモリもそうですが、能力を発現させる修行期間も短縮できますし。
ウラヌスがどうやってそれを克服したのか、気になりますけど……」
「神字」
……、いやいやいや。だからそんな便利なモノじゃないはずですが?
「正直言って、神字がそんなに便利だなんて思えません。
元々ある念能力を補助するのが一般的な神字の効果で、あなたがやってみせてるような魔法っぽい使い方なんて……」
「そう? 俺以外にも実例あるじゃん?」
言ってウラヌスは、地面を指差す。
……ああ、まぁ確かに。
「グリードアイランドも、魔法みたいなことしてましたね……」
「だろ?」
いや、でもなぁ……。グリードアイランドはまだ分かるよ。念能力者が束になって時間かけて作ったんだろうって。神字も時間さえかければ何とでもなるし、人手があれば尚のことだ。
でもウラヌスは1人じゃないか。できるわけないだろう、あっさりとあんなこと。
「私にとって一番疑問なのは、あなたが神字を書く速さです。
どうすればあんな速度で書けるんですか。しかも何もないところに」
「……それは最初の答えに戻っちゃうね。
知識と経験で能力を底上げして、制約で不足をカバー。
で、終わり。
……そもそも特質系能力を、納得いくように説明しろって言われても困るんだけど?」
「うぅん、まぁ……そうですよね」
「アタシも自信ないなー」
私とメレオロンも特質系だからな。他人に納得のいく説明を求められても、困る自信はある。クラピカだってそうだ。緋の眼だから、という以上の説明をしようがない。分かるものなら、他の5系統でも再現可能だろう。
「で、2人とも。
俺の話なんか聞いて、参考になったか?」
「全然分かんない」
「参考も何も、一朝一夕で何とかなるものじゃないって分かっただけよ」
うん……それはメレオロンが正しいな。ウラヌスに神字、教わろうかなぁ。知識を身につければ、いくらか融通が利きそうだし。
ま、今晩にでも相談してみるか。
「ウラヌス、ありがとうございます。
それじゃ2人とも、そろそろ休憩を終えて修行再開してください。
メレオロンもシームも休むのが早すぎますから、できるだけ長く動いて、休みの間隔を空けるようにしてください」
『うぇー』
あー、もう。手間のかかる子達だ。