歩いてるのか走ってるのか判断に悩む速さで駆けるメレオロン。ヘロヘロになりながら倒れそうに一歩一歩進むシーム。
そんな2人を傍目に私がセット運動を終えて一息吐いたタイミングで、ウラヌスが私を手招きしてきた。
そばに寄っても、更に手招きするウラヌス。どうも内緒話をしたいようだ。ウラヌスの間近でしゃがみこむ。
「……あのさ。シームのことなんだけど。
やっぱり、いきなり100キロは重すぎたんじゃない?」
「そうですか?
アレに慣れれば、そこそこの筋力は得られると思いますが」
「そこそこ……? いやまぁそれはいいんだけどさ。
でも、昨日今日とあんな調子じゃん?
メレオロンは元々オーラ量あるからまだいいけど、シームは基本の身体が出来てないし、オーラ量はそれなりでも制御が知れてるから、まともに動けなくて当然かなって」
「うーん……」
私の基準がおかしいんだろうか? この世界の人間って、鍛えたらあっという間に強くなるイメージなんだけどな。鍛えてない一般人が、大して運動できないのは分かるけど。シーム、念能力者で強化系でしかもキメラアントなのに……。普通の念能力者ってこんなもんなのか?
「……アイシャ。
ゴン達と比較しちゃってないか? そりゃシームが成人してたら、あの重量でも何とかなるかもだけど。シームがインドアな人間だったら、あの年齢で身体能力なんて、あってないようなもんだよ?」
「ああー……」
言われてみればそうかも。私、この世界で学校行ってないから、基準がよく分かんないんだよな。風間流にも一般の子供や女性は居たけど、非力な者でも身につけられる護身術って
子供の念能力者の成長度合いを下方修正しないとダメか……。言われてみれば、ゴンやキルアに釣られてたかもしれない。戦える子供の念能力者はほんの一握りしか居ないっていう基本的なことを忘れてたよ。
うーん。いま私はオーラが見えないから、伸び代を見誤ったかもな……。キメラアントなら強くなるのは当然早いはずだと思い込んでたかもしれない。
……現状が差し迫ってなければ今のペースでいいかもしれないけど、いつ何が起きるか分からないのに、実用的な技術を教えないままなのはマズイもんな。
「ウラヌス。
申し訳ないですけど、今からシームの重しを軽くするのって──」
「えぇー……
だから言ったのにぃ」
あからさまに不満げなウラヌスに、私は慌てて手を振り、
「えっと、その……
じゃあいいです。聞かなかったことに」
「そう?」
軽くするのは苦手って言ってたもんな。んー……仕方ない。
ウラヌスのそばから腰を上げ、立ち止まってキツそうにしてるシームのところまで行き、
「シーム。
リストバンドを外してください」
「……ぇ?」
「両手両足のリストバンドを外して構いません。
いきなり100キロは重すぎたようですから、40キロ減らしましょう。
その代わり、もう少し早く歩いてください」
「え、でも──」
「キツいんでしょう?」
「ぅ、うん……でも」
シームは、ウラヌスの方を窺うように覗き見る。
「外していいよ。……別にそれでサボったなんて言わないさ。
無理してまともに動けないんじゃ、いつまで経っても本格的な修行が出来ないからな。
1ヵ月で多少は戦う技術を身に付けないといけないし、身体を鍛えることだけに時間を割きすぎるわけにもいかない」
「……。分かった」
渋々といった様子で、リストバンドを外すシーム。……くやしいかもな。最初の見立てより弱かったって言われたも同然だし。シームに悪いことしたかも。
リストバンドをドスドスと落とし、手足をぐるぐるさせるシーム。
「あ、なんかすごい軽い気がする」
気も何もその通りだよ。……もしかしてベスト60と手足のリスト40で一度に鍛えようとしたのが問題だったか。ハナからベスト100キロだけにしておけば、また違ったのかも。
「楽をする為ではありませんよ。
さ、しっかり歩いてください」
「うん……」
安定して歩きだすシーム。ふむ……体幹が鍛えられてないから、手足のリストバンドが重さ以上にバランスを狂わせてたのか。考えてみれば、リュック背負わせたらそれなりにしっかり歩いてたもんな。地図片手に走ってた時は、逆にフラフラしてたし。
となると、あえてベストを脱いでリストバンドだけ着けさせて、バランス感覚を養ってみるのもアリか。あまり省略せずに1つ1つ鍛えた方が効率いいかもな。時間を惜しんでアレもコレもいっぺんに鍛えられるほど、シームの運動神経は良くなさそうだもんね。
シームの様子を窺ってたメレオロンが、走るペースをあげる。彼女なりに思うところはあるんだろう。弟のことをどれだけ心配しているか、イヤというほど伝わってくる。
シームが落としたままだったリストバンドを、私が拾い上げる。10キロ4つ。念能力者じゃなきゃ、子供の着ける物じゃないな。
立ち上がり、私の方へ歩いてくるウラヌス。
「アイシャ。
水と食料が足りてないから補充に行きたいんだけど、キミも一緒に行かない?」
「え?
それは構いませんが……」
「メレオロン、シーム。
俺達、買い出しに行ってくるよ。なるハヤで戻ってくる」
「分かった! 行っといで!」
「えっ、デート行くんだ……
いってらっしゃい」
「おぉい。
話聞いてたかシーム」
「あはは……」
メレオロンがからかってきたなら分かるけど、シームがそんな冗談言うのか。いくらか余裕が出てきたな。
「他のプレイヤーが来たら、迷わず『同行』で飛んでこいよ。
間違っても戦おうとなんてするな」
「分かってるわよ!
さっさと逃げるに決まってるじゃない!」
不安はあるけど、メレオロンが思ったより余力あるようだし、短時間なら問題ないかな。
「……なんでアイシャ、シームのリストバンドも着けてるの?」
ウラヌスが、心底奇妙なモノを見る目を私に向けてくる。
「え。だって買い出ししてる間も修行したいですし。
ウラヌス、守ってくれますよね?」
「いや、じゃなくてさ……
それ着けたら、アイシャもう500キロ近いじゃないか……」
「私、始めからそれくらい欲しいって言ったじゃないですか。
別に歩くくらいなら平気です」
「キミの休憩がてら誘ったつもりだったんだけどな……
まぁいいや。行こうか」
「ええ。
……2人とも、サボらないでくださいね!」
『うへぇー』
返事が悪いな。期待はしてないけど。
オータニアへ戻り、散策するように街中を歩く私とウラヌス。ショッピングセンターへ向かってるのは間違いないけど、妙にのんびりしている。
「なるべく早く戻るんじゃなかったんですか?」
「……キミが自重を10倍以上にしてなかったら、そのつもりだったよ」
む。そういう言い方はやめてほしいな。
……ウラヌス、私の体重知ってるんだ。ふぅん。
「それはそれは失礼を。
いったい今の私は、あなたの何倍の体重なんでしょうね? えっと──」
「えッ!?
ちょっと待って。俺の体重、アイシャ知ってるの?」
「さぁ?
あなたは私の体重知ってるみたいですけど。教えた覚えはないんですけどねぇ」
自爆を悟るウラヌス。知ったタイミングの察しはついてますよっと。
「……ごめん、失言だった」
「ふふ。誰も聞いてませんし、謝らなくていいですよ。
でも、あの2人の前ではやめてくださいね? 今みたいにからかわれるに決まってますから」
「……分かった。気をつける」
そうして無言に戻る。穏やかにのんびり散策を楽しむ。こうやって修行をしながら散歩っていうのも悪くないな。
ショッピングセンターで水と食料、ついでにタオルも購入して、来た道を引き返す私達。あの2人、サボってなきゃいいけど。
それにしても、2人がサボるかもしれないのになんで私を買い出しに誘ったんだろう。もしかして……
「ウラヌス、私に何か話したいことでもあるんですか?」
尋ねると、隣を歩くウラヌスは浮かない顔で、
「うん……
俺の修行に関してなんだけど」
「あっ、そうでしたね。
そろそろ本格的に相談しようと思ってたんですが」
「……
その前に話しておかないといけないことがあって。
2人には聞かれたくないから、今のうちに」
「……メレオロンとシームにも?」
うなずくウラヌス。深刻な話っぽいな……。私には教えるのに、あの2人に知られたくないなんて。
ウラヌスは俯き加減のまま、
「俺にかけられてる念について、正確な情報を渡しておきたい。
……なにかあった時、キミしか対処できないかもしれないから」
「それって……
聞いておかないと、あなたの修行に支障が出そうですか?」
「と言うより、あらかじめ知っておかないと、まず何の成果も出ないと思う。
どちらかと言うと相談でもあるかな。
……俺はもう、これ以上どうすれば強くなれるか分からないんだ」
かなり重そうだな……。あれだけ神字を使いこなす彼が、ここまで言うんだ。ホントに自力ではどうしようもないんだろう。
「分かりました。お話を聞かせてください」
「うん……
俺が10歳になった誕生日、家族に念をかけられたって話はしたよね?」
「ええ……
……その、念をかけたあなたの家族って」
「父親、母親、姉の3人がかりさ。俺は4人家族でね。
3人とも、望んで俺に念をかけたわけじゃなかった……と思ってる。俺が里のルールを破りまくったり、オーラ任せに好き勝手暴れてたからね。里のクソ野郎どもに命令されて、無理やり念をかけさせられたんだろう。
……まぁ、だからって赦しはしないけど。その後、ホントに悲惨だったから」
弱い口調に
家族を憎む、か。他人事じゃないんだよな……。私の家族は奇跡的に円満を取り戻したけど、普通は家族の絆が壊れてそれが修復に到るケースは稀なんだろう。
「……それはいいや。話を戻すよ。
念をかけられた時、俺は異常に気づけなかった。その時は実際何の変調もなかったし。
異変に気づいたのは、10歳の誕生日からちょうど半年後。
当時55万あった俺の潜在オーラが、いきなり50万まで減った。
……それだけじゃなく、俺はそのタイミングで昏睡状態に陥った」
……。えっと……
確かあの護衛軍が計算上70万って話だったよな。ウラヌス、10歳になった時点で55万? それ、人間のオーラ量か? ……あ、うん私が言うなって話だけど。
……いや、今はそれよりも。
「半年ごとにオーラが減るだけでなく、昏睡してしまうんですか?」
「減ったオーラ量が大きすぎた、っていうのもあるんだろうね。
かけられた念の副作用かもしれないし、重度の負荷がかかったせいで、身体が強制的に意識を落とさせたのかもしれない。
始めの頃は1週間昏睡したんだけど、あらかじめ備えてさえいればいくらか負荷を軽減できることが分かった。ただ、数日はまともに動けないのは今も変わらない。
……今からひと月以上前に会長総選挙があっただろ?」
「あ、はい……
ウラヌスは居なかったんですよね?」
「うん。ネテロとビーンズには、俺にかけられた念のことを伝えてある。
選挙の通達は来てたんだけど、ちょうど誕生日半年後と日程が重なってたからね。
ビーンズに伝えて辞退させてもらった」
「……ちなみに、ウラヌスの誕生日はいつですか?」
「えっと……
選挙の日程に重なった半年後は、8月2日。1年365日のちょうど半分ってわけじゃないみたい。
俺の誕生日は、2月2日」
「──あぁっ!?」
驚く。なんとまぁ。
「えっ!? なになに?」
「私……
誕生日、11月11日なんです」
「うん……え?
へぇー! ゾロ目じゃん。俺と同じだね」
「それでですね……
ゴンは5月5日なんですよ」
「へっ!? ……マジで?」
「まだありますよ。
喫茶店でも少しお話しした、クラピカなんですけど。4月4日なんですよ」
「はぁっ!?」
「他にも、私の仲間に3月3日と7月7日の人がいます」
「うそぉッ!?
なんだその偶然! うっわ、オモシロ……!」
「出来すぎですよねぇ。
だからウラヌスが2月2日って聞いて、ビックリしましたよ」
「俺の方がサプライズすげーよ。
ビビるわー……」
「あっははは。
……すいません、話の腰折っちゃって」
「あ、うん。
えっと、俺にかかってる念の話か。
……いちおう、誕生日とその半年後に動けなくなるって話、2人には内緒にしといてね。いずれ話すつもりだけど、今は心配かけたくない。……というか、次の誕生日が来る前にケリをつけたい」
「そうですね……それまでには何とかしないと」
「あっ! ちょっと待って」
ん? なんだろ。
ウラヌスがいま気づいたように、私に向かって目を見開き、
「ということは、アイシャってもうじき誕生日なんだ?」
「え? ええ、まぁ……
今日は9月17日でしたよね。まだ少し先ですけど」
「あっちゃあー。
……その……流石にそれまでには、ゲーム外へ戻っとかないとマズいんじゃない?」
「あっ! あー……」
そうか……。まったく失念してたよ。……父さん母さんと一緒に誕生日過ごしたいし、みんな私が誕生日にも戻ってこないとなったら、本気で私を探しだすかもしれないもんな……
じゃあ、11月11日までにゲームクリア?
いやいや、それはいくらなんでも無理だろう。2ヵ月足らずで、イチからクリアできるはずがない。私が足引っ張ってるし……
「しまったな……
そういうの、前もって聞いとくべきだった」
「あーいや、それはちょっと事前に気づくのは難しいと思いますよ?
ウラヌスは誕生日知られたくなかったでしょうし、尚更じゃないですか」
「う、うん……
そうだね。隠してたよ、確かに……」
完全に弱点だからな。不用意に明かしたりできないだろう。
そういえば、スタッフアカウントで楽にゲーム内外を行き来できるようになったこと、伝えてないな……。まぁ急ぎじゃないし、今は黙っとこう。説明大変だしな。
「私の誕生日の件は、またいずれ相談ということで。
ウラヌスの身体について、お話を続けてください」
「……分かった。
最初55万あったオーラが半年ごとに50万、45万、40万5千、36万ってペースでゴリゴリ減っていって……
減ったタイミングで俺は動けなくなる、ってとこまでは話したね。
オーラが減るのは他にも弊害があって、オーラ量を増やせないって言ったじゃん?」
「以前、お話しされてましたね。
それは『堅』の修行をしても──」
「無駄。全く増えない。
それどころか、俺の身体はほぼ成長しなくなった。いくら鍛えても筋量が増えない。
……身長だけはかろうじていくらか伸びたけど、俺の体格って10歳の頃からあまり変化してないんだ」
道理で。17歳の男性にしてはナヨナヨしてると思ったよ。骨格もあんまり変化してないのか。キツイな……身体能力も伸ばせないなんて。
「筋量が増えないどころか、オーラ減少と一緒にそっちもゴソッと削れてるしな。
つうか筋肉どころか、身体のあらゆる機能が一緒くたに低下してる」
ぅわ。いや、ちょっと待て。私が想像してたよりずっとヤバイぞ。
「……それ、おおごとじゃないですか。
本当にまだ大丈夫なんですか?」
「普通に動く分には、何とか支障ないけど……
俺が体術を最適化したがらない理由も、その辺」
「あぁー……
なるほど、分かりました。いくら最適化したところで、半年経てば──」
「そ。まったく最適ではなくなっちゃうんだ。
きっちり体術磨くのに時間を費やしたくないのは、やっても無駄になるから」
尋常じゃなくキツいぞ、それ……
え。そんなん、どうやって修行すればいいの?
「どう、アイシャ?
俺の修行プラン、何か思いつく?」
……。ぅへぇ、どうしよ……
「……考える時間をください。
ちょっとすぐには思いつきそうにありません」
「ん。俺も考えてはみるよ。
どうしたもんかなぁ」
どうしたもんだろうなぁ……
視界に流れる秋の風景が、何となく寂しいものに映った。