顔を両手で押さえて、びくんびくんと痙攣しているメレオロン。まったく、大げさな。……ちょっと心配になるじゃないか。
なんとなくウラヌスを見ると、座り込んで息を吐いてるけど、妙に顔が赤い。うーむ。
シームが制裁を受けた姉を放っといて、私を手招きする。
そばに寄ると、ヒソヒソ話をしたいようなので、膝を折って耳を寄せる。
「……おねーちゃんはアホなこと言ってるけど、ウラヌスはアイシャの胸なんて、一度も攻撃しなかったね」
「……」
返事はしないでおく。確かにね……私はウラヌスの胸元も攻撃したけど。気にしなくていいだろうし。ウラヌス握力あるから、実は掴みに来られると結構怖いんだけどな。多分それされたら、私かなり本気で反撃するけど。
さて。今の組手、私は得る物があったけどウラヌスはどうなんだろ。後で聞くとしよう。
もう組手はしないだろうから、ベストとリストバンドを着け直す。合計490キロの重しがズシリと伸しかかる。けど……
『周』がまだ全然残ってるのが問題だな。防御力が上がっただけなのに、負荷がかなり軽減されてる。運動量をもっと増やすか? うーん。
やりすぎは良くないけど、腕力だけ鍛えてみるか……
左腕と両足のリストバンドを全て外して、無理やり右腕に着ける。で、ベストを右手に持って上げ下げ、と……
うん。これなら充分な負荷だな。片腕ずつ15分くらいやってみるか。
「ねぇシーム……ここは地獄なの?
ようやく目が見えるようになったら、美少女が鬼みたいなことやってんだけど」
「おねーちゃんが地獄だと思うなら、地獄なんじゃない?」
「おーい、おまえら。
もう組手終わってんだから、さっさと修行に戻れ。シーム、サボってる?」
「ううん、ごめん!」
「あぁ……目ぇイッテ。ほんと地獄だわぁー」
立ち上がってバタバタ動き出す2人。うむうむ。ウラヌス、疲れてるのにちゃんと見てくれて何より。
……じゃなくて、私が声かけ忘れてどーする。うっかりしてたよ。
当のウラヌスは、私にも怪訝そうな目を向け、
「アイシャさぁ……
そういうトレーニングしたいなら、ダンベルとか用意するよ?
そんな無茶しなくても」
「あー、その……
思いつきでやってるだけなんで、ことさら腕力を鍛えたいというわけでも」
「まぁ……それならいいけど。
でも、俺のオーラが邪魔みたいだし、明日から用意した方がよさそうだね……」
疲労感の強いウラヌスが、そこまで気にかけてくれてる。うぅむ、私はあなたのことを相談したいんだけどな。ほんと、ヒトのことばっかり気にかける。
……そういえば。これって、ヘアゴム外したら私を覆う『周』は消えるのか?
「えっと。
もしかして、このゴムを外すと『周』って解除されます?」
私が髪を留めるそれを指しながら尋ねると、
「あーうん。
それはその通りなんだけど……
敵に狙われた時の為にそれもオーラで強化してあるから、無理に外そうとするとゴムが傷むかも」
「そうですか……
あ、もしかしてゴムで縛ってる部分の髪、傷んだりしてませんかね?」
「髪もオーラで強化されてるから、それは大丈夫だよ。
気になるなら、お風呂に入った時にでも確認してみたら?
髪にクセが付きすぎないよう、締め具合は調整したつもりだけど」
ふむ……ならいいや。この状態での動きにもっと慣れた方がいいし、このまま続けよう。
────林の中に、夕陽が射し込んできた。
「では、本日はここまでにしましょう」
私がパンと手を打つ。へたりこむ2人。ある程度回復したらしいウラヌスが、代わりに立ち上がる。
すっかり気の抜け切った2人を私は見下ろしつつ、
「後は寝る前『堅』の修行を忘れずに。
……そういえば2人とも、昨日はちゃんとやりましたか?
特にメレオロンは酔ってましたけど」
「やったわよ……
【神の不在証明/パーフェクトプラン】と併用して」
「うん、俺はやってるの知ってたよ。
それならオーラ消費してるの周りにバレないし、うまい手だよな」
「アンタにバレてる時点で、どうなんだか……」
なるほど。逃亡生活してる間にオーラ量を増やしたって話だったけど、『堅』の修行は目立つからな。そうやってこっそりしてたのか。……そう考えると、『天使のヴェール』って彼女の能力に近いな。私が能力を考えた時に、例の原作知識が影響したんだろうか。……いたか? こんな変態カメレオン。
「ぼくもちゃんとやったよ。
……その後、おねーちゃんに絡まれて大変だったけど」
「あーうん。ご苦労さん。
いやまぁ、シームもやってるのは知ってたよ。
……ということは、【神の共犯者】もやってたんだな」
「そーゆーことー」
便利だなぁ。……というか強すぎるな。さすが特質。普通できないことをやってのける。メモリが心配すぎて憧れないけど。
昨日と同じように、脱いだベストとリストバンドを拭いてから袋に詰め、土の中へ埋め隠す。
「じゃ、夕飯いくぞー」
「えぇぇ。もうちょっと休まない?」
ウラヌスの呼びかけに、メレオロンが待ったする。が、
「休まない。
リュック背負ってメシ屋行く余力ぐらいあるだろ? メシ屋で回復しろよ」
「うーん……
じゃあせめて、昨日と同じトコにしてよ。
知ってる場所じゃないと落ち着かないし……」
「ああ、『秋の空』ね。
……俺は別にいいけど、アイシャとシームは?」
「ぼくは全然いいよ。あそこ美味しいよね」
「私も構いませんよ。
予算的に問題ないようでしたら」
「……そんなケチくさいことは言いたくないんですけどぉ。
アイシャには、ちょおっと遠慮してほしいかなぁって」
妙に可愛らしいというかバカっぽく言ってくるウラヌス。……本音っぽいけど。
「うわぁ。嫌味な言い方しますね。
まだ色々頼んでみたいモノあるんですけどねぇ」
「そうは言っても、軽く3人前以上注文されると、ちょっとねー……」
う。いやいや、私1人で全部食べてないもん。
「そんなこと言って、ワリと皆つついてたじゃないですか。お刺身とか」
「ああいうのはシェアするもんだと思うけど?
いや、1人で食べたいって言うなら、いいんだけどさ」
「……言いたいけど、言えないですよ。そんなこと」
笑うウラヌス。……だってみんなで食べた方が美味しいに決まってるし。食事は量より味ですよ、うん。
うん……
オータニアの夕暮れ時を楽しみつつ、本格料亭『秋の空』へ。
昨日と同じお座敷で、鼻歌混じりにメニューを眺める。
今日もお造り頼もうかなぁ。昨日と違うのがいいな。松茸もいっとこうか。ホカホカの松茸ゴハンでお刺身つつくとか最高だよね。くーっ。
「……」
うっ。ウラヌスがめっちゃコッチ気にしてる……
私に分かるよう一息吐いてから、
「……別に、好きに頼んだらいいよ。
今日も稼いだからね」
お、許可でましたー。ウラヌス細いのに太っ腹ー。今日は結構修行も捗ったしな。遠慮なく食べるとしよう。ふふふ。
──お食事中──
……お会計21800ジェニーとかだった。やってもた、ごめんなさい、ごめんなさい……
オータニアの暗い街並みを、それより暗い顔で歩くウラヌス。
「日に日に、支出が増えてく……」
ぽつりとつぶやく一言が突き刺さる。ふ、ふふ。その分きっと色々捗ってると思うんだ。だから、その、許してほしいなぁ。
「ぼく達も結構食べたもんねぇ」
「げぇーっぷ。
……そりゃシーム君、食わにゃ保ちませんもん」
姉弟が食べるのはいいんだよ。順調に身体作りできてるってことだから、むしろ歓迎だ。
でも、ウラヌスは食細いままだしな。私オーラ消費してないのに、お腹やたら空くし。……ボス属性、オマエなんか悪さしてる? ……解せぬ? うそつけオマエなんか隠してないか?
「私のことばっかり責めますけど、みんな結構食べてたじゃないですか。
ウラヌスだって、後から松茸ゴハン頼んでましたし」
「え。
そんなん、あんだけ近くで薫りさせといて、食べるなとか酷いじゃん。
だって松茸だよ? 松茸の薫り!」
「そ、そこまで強調されるとアレなんですが……」
この様子だと、我慢しきれなかったんだろうな……
「横で美味しいもの食べといて、俺には食うなとかアイシャ鬼すぎる……」
顔を覆ってぷるぷるするウラヌス。
「え、え?
だって、好きに頼んでいいって言うから」
「うわー、アイシャひどーい」
「量食べるだけじゃ飽き足らず、美味しいもの独り占めとか、やっぱり鬼だったのね」
な、なんで私がいじめてるみたいになってるの?
「美味しい美味しいって、みんな喜んでたじゃないですか。
別に悪いことじゃないと思うんですけど」
「分かってるよ……
分かってるけど、美味しかったけど、ずっとこんな贅沢してたらさぁ……」
「……。すいません」
うん、まぁ……
私が贅沢すれば、当然みんな釣られて支出がかさむと。そりゃそうですよね……
「あのマロンクリームのりんごクレープ、美味しかったねぇ」
「ああ、あのデザートはヤバかったわね。
お腹一杯だったのに、もう1つ頼もうかと思ったわよ」
くぅっ。思い出したら、また食べたく……秋の味覚おそるべし。私が悪いんじゃない、あんなに美味しいのがいけないんだ!
「明日は、松茸のお吸い物が食べたいです……昆布だしの効いた……
マグロもカツオも最高だったんで、次はハマチのお造りを……」
「……アイシャ、ほんとやめて。
冗談はこれくらいにして、そろそろマサドラ行こうと思うんだけど」
「あ、はい。
……そういえば、オータニアって夜にイベントは無いんですか?」
トラリアだと、闇のヒスイ取るイベントは夜じゃないと出来ないらしいしな。ここにもそういうのは無いんだろうか。
「んー。
たとえばイナゴ退治だと、アレはむしろ夜に挑戦できないんだよね。
日中しか依頼を受けられなくて、挑戦中に日没を迎えるとタイムオーバー」
「あっ、そうだったんですね」
「いちおう夜専用のも無くはないんだけど……
イナゴと同じように、畑の作物を食害する虫を駆除するイベントで、他の虫に混じってレアな黒いカマキリが取れる。それがランクDで、そこそこの値で売れる」
「へぇ……」
黒いカマキリか。なんだか不気味だな。
「でもイナゴほど稼げないし、難度はむしろそっちの方が高いからね。オススメはしない。
夜イベントで稼ぎたいなら、ヨソの街の方がうまい。……つっても、うまいトコは当然他のプレイヤーも知ってるから取り合いになるかもしれないし、よりけりなんだけどね」
「なるほど……」
そりゃ稼ぎやすい場所へ行くに決まってるもんな。でもそうすると、他のプレイヤーに遭遇しやすいからトラブルに発展しやすいと。うまいこと出来てるよ。
毎度おなじみ、『再来』でマサドラへ。
きっちりオータニアの料亭で『解析』4枚と『名簿』8枚を使い切っていたウラヌスが、これまたしっかりトレードショップでカードを売ったりお金預けたりして、カード枚数を調整。
40万ジェニーを持って、スペルカードショップで40パックを購入。所持していたスペル60枚と合わせ、スペルカード合計180枚。
『盗視/スティール』6枚
『透視/フルラスコピー』2枚
『防壁/ディフェンシブウォール』10枚
『反射/リフレクション』7枚
『磁力/マグネティックフォース』1枚
『掏摸/ピックポケット』3枚
『交換/トレード』2枚
『再来/リターン』14枚
『擬態/トランスフォーム』2枚
『複製/クローン』2枚
『左遷/レルゲイト』5枚
『初心/デパーチャー』3枚
『離脱/リーブ』1枚
『念視/サイトビジョン』3枚
『漂流/ドリフト』3枚
『衝突/コリジョン』5枚
『城門/キャッスルゲート』8枚
『贋作/フェイク』3枚
『堕落/コラプション』3枚
『妥協/コンプロマイズ』1枚
『看破/ペネトレイト』2枚
『暗幕/ブラックアウトカーテン』5枚
『聖水/ホーリーウォーター』2枚
『追跡/トレース』4枚
『投石/ストーンスロー』4枚
『凶弾/ショット』2枚
『道標/ガイドポスト』12枚
『解析/アナリシス』9枚
『宝籤/ロトリー』13枚
『密着/アドヒージョン』1枚
『浄化/ピュリファイ』2枚
『再生/リサイクル』15枚
『名簿/リスト』5枚
『同行/アカンパニー』9枚
『交信/コンタクト』11枚
『……』
全員の視線が集まる、1枚のカード。
来たか『離脱』。言わずと知れた脱出スペル。このカードの話題をする時は慎重に、と。持ってることを知られたら面倒だからね。
小声でウラヌスに尋ねる。
「……いま所持状況、どうなってましたっけ?」
「さっき『名簿』で調べた時は、5人13枚だったよ。
やっぱり誰かが集めてる感じだな」
「でも、これを集めても……」
「まぁ普通はあんまり意味ないね。他にも方法はあるんだし。
ただ、これが出尽くしてパックから出なくなったら、スペルを買いに来るプレイヤーは減るかも。
そこまでするか? って言いたいけど、ハメ組の前例があるからな……」
ふむ。今でも買いに来るプレイヤー、少ないと思うんだけどな。これから増えるだろうけど。ハメ組みたいなことしようとしてる人達がいて、その先行投資とか? トレードの材料にするなら、『挫折の弓』を複製した方が捗りそうなのに。よく分かんないな……
相変わらず『徴収』も引けてないし、気になるところが引けない感じだ。
スペルの使用プランがまとまったので、店外へ出る。ちなみに2枚あぶれて消える分があったんだけど、以前と同じく『防壁』を処分。値段だけ見れば、売っても200ジェニーにしかならない『防壁』か『解析』なんだけど、ウラヌスは『解析』を使ってカードを調査してるからね。
ともあれ、私達はお店から適当に離れた場所でスペルを使い始めた。
ウラヌスが『堕落』を2枚使って、『凶弾』2枚を『聖騎士の首飾り』に変身。ゲインして、私とメレオロンに渡してくる。やっと全員に首飾りが行き渡ったな。
私は『密着』を使用、ウラヌスの指定ポケットを見れるようにする。続いて『追跡』を使用、シームの居場所が分かるように。
シームも『追跡』を使用、私の居場所が分かるように。これでようやく、全員お互いの居場所が把握できる状態になった。
メレオロンは1人『宝籤』を唱えまくってる。なんか、やってみたかったらしい。
「──ん? これって……」
何回か『宝籤』を使ったメレオロンが、妙な反応。目をやる私達に、手にしたカードを見せてくる。
『78:孤独なサファイヤ』
ランクB カード化限度枚数30
このサファイヤの持ち主は
巨万の富を得るかわりに 一生を1人で過ごす
友人 恋人 家族すら
すぐに持ち主の元を離れていくだろう
『──っ!?』
指定ポケットカードだ。出るんだ、ちゃんと……
確かに『宝籤』でランクBのカード自体は出なくもないんだけど、指定ポケットカードなんて引くところ見たのは初めてだよ。
「おおー、引いたなぁ。
ワリといいところだと思うよ。つか、サファイヤ縁あるな」
ウラヌスがそう言う。ホントだ。また当たりがサファイヤだな。
「これも桜のおかげかも。
じゃあウラヌス、もう宿行こうよ」
「待て待て、シーム。
まだルビキュータに観光行くっつの」
「……あ、そっか」
ふふ、慌てすぎだねシーム。どんだけサクラが恋しいんだろ。
「で、引いたアタシにお褒めの言葉は?」
「ツイてただけじゃないか。残りもがんばってくれ」
「ひど!
なにそれ、おざなりすぎない?」
「自分でやりたいって言ったんじゃないか……
だったら俺がやるよ。残りの『宝籤』、俺にくれ」
「いやよ。アタシがやるわよ」
「やりたいのか、やりたくないのか、どっちなんだよ……」
「もっと褒めてほしかっただけよ」
「桜じゃあるまいし、やめてくれよ。
褒めてクジ運が良くなるなら、いくらでも褒めるけどさ」
「まぁまぁ2人とも」
妙な会話をしてる2人をなだめる。なに揉めてるんだか。……サクラは目敏く見つけてくれたけど、メレオロンは運よく引いただけだからな。褒めろと言われてもね。
──『宝籤』13枚の結果は、B1枚、E3枚、F2枚、G4枚、H3枚。サファイヤが飛び抜けて良かっただけで、他はイマイチだったな。
「おや? これは……」
いちおう不要かどうかを確認する為に見ていたカードの中に、1枚見覚えのある名前が。
「なにか気になるヤツあった?」
姉弟はもちろん、ウラヌスも関心ありげに聞いてくる。
「いえ、別に大したものではないんですけど……」
『10540:チョコロボ君』
ランクH カード化限度枚数∞
チーズケーキ味のチョコレートボール
食べ終わった後は ロボットを模した箱で遊べる
グリードアイランドにもあったのか、このお菓子。キルアに知られなくて良かったよ。売ってるの見つけたら、絶対散財しただろうからな……
「なぁんだ、ただのお菓子じゃない。
こんなの欲しかったの? なんだかんだ言って、まだお子様ねぇ」
「だから大したものじゃないって言ったじゃないですか。
……ちょっと懐かしいなって思っただけですよ。私は別にいらないですもん」
「いらないならちょうだい」
「へ?」
シームが欲しがったので、お菓子のカードだけゲインした。早速シームは、歩きながらポリポリ食べてる。
……でもゲインするより、カード売って直接買った方が得だったんじゃないかな。別にいいけど。