────ToLoveる続きの一晩が明け。
「……お客様。あの、お客様。
そろそろ開店の時間ですので……」
「……んぉ?」
ぼんやりとまぶたを開くネテロ。
「ぅーむ?」
なんか見覚えのない場所で寝ていた。
枕がとてつもなく良いせいか、なかなか起き上がる気力が湧いてこない。
「……ネテロ」
「……ぉ?」
「……ネ、テ、ロ」
頭の下から声が聞こえ、ぺちぺちと手が頭を叩いてくる。
「んぁ?」
「……お願いだから起きて。それ。マクラジャナイ」
「む?」
ネテロ覚醒。後頭部の感触の正体に──
気づき、高速で起き上がった。
振り向くと、仰向けに寝てるアイシャが、ハデにめくれあがった上着をずりずりずりと直してるとこだった。顔まっかにして。
後頭部に残る幸福感とは対照的に、全身の血の気が引くネテロ。あぁワシ、今日しんだ……
「あの……お客様。
うちはそういうお店ではございませんので、できればお控えいただけると」
「いやいやいやいや! 誤解じゃ!
ワシラそういうんとは」
「……ネテロ。ミザイストムさんの連絡先ください」
「な……なんでじゃ?」
むくりと上半身を起こしたアイシャが、顔を紅くしたまま衣服と髪の乱れを直し、
「あの人、クライムハンターですよね。
……うん。今すぐ用があるので」
「いや、マジで、ちょっと待てぃ、落ち着け」
「あ、店員さんすいません。
もしかしたら証言お願いするかもしれないんで、その時は……」
「はぁ……」
「やめてくれぇぇぇー。ワシほんま、身に覚えないんじゃぁー」
両手で顔を覆い、しくしく泣くネテロ。
……ちなみに、その体勢(生おっぱい枕)へ持っていったのは寝ぼけたアイシャなので、ネテロ悪くない。
ちゅんちゅん。と朝を告げる鳥の声。
「……えっと。それでは、よろしくお願いします……」
「うむ……」
おでん屋の前で、冷静になってやけに疲れた顔の2人が、ばらばらの方向へ歩き始める。
しばらくして……
「なんかとんでもないこと喋っちゃった気がするんだけどなぁぁ……」
軽く二日酔いの頭で、苦悩するアイシャ。おでんを食べ終わった後くらいから、記憶がすっぽり抜け落ちていた。
どちらかと言うと困るのは、聞かされたネテロの方だろう。墓まで持っていかねばな、と本人は苦悩させられていた。……複雑な心境ながら、かなり喜んでもいたが。
「……いたいいたい。
ああ、お酒飲んじゃったかもしれない、父さん母さんゴメン……」
アイシャにとっては、そっちの方が問題だった。
「ええっと、汗ベタベタだからまずシャワー、ああぁ先にブラ買わないと、いやでもまだお店あいてないからやっぱりしゃわー……」
行く先が定まらず、ふらふら少女はどこかへ行った。
「ぅー。なんか胸がいたぃょー……」
──少女入浴中──
「うにゃー。なんか胸がもにゃもにゃするー」
もにゅもにゅ。
──少女試着中──
「うにゅー。ブラつけるとなんか熱っぽいー……」
もょもょ。
──少女軽食中──
「はあぁー。ようやく落ち着いてきたぁー。アイスおいしぃー」
すぴょぴょ。
ひとまずシャワーや買い物や軽食を済まし、時間つぶしにハンター協会の中を練り歩くアイシャ。目的はパリストンだ。ポスターの件は何とかなりそうだが、パリストン自身を何とかしないとマズイ気がしていた。むしろポスターをネタにきっちり懲らしめられれば、後顧の憂いを断てるというものだ。
というわけで、パリストンの居所を聞き込みして回っているのだが。
少なくとも、今日は来てない見てない知らない、と言った返答ばかりだった。むしろ、元副会長に一体何の用だ? と訝しげにされる始末。ほんの一瞬とは言え、会長であったアイシャがやけにパリストンを探し回ってるとなれば、変に勘繰られもするだろう。
挙げ句、パリストンの親衛隊長とやらに目を付けられてしまった。
──協会ビルの廊下を歩いてると、向かいから女性がやけに芝居がかった仕草で歩いてきて、ここは通さぬとばかりに立ち塞がった。なんだ?
「あなたかシラ?
パリストン様を探し回っていたノハ?」
「あ、はい。
……その通りですけど。あなたは?」
尋ねておいて何だが、一度見たら忘れなさそうなインパクトのある外見の女性だ。
そう、アレだ。選挙の演説動画で見た人だよ。確か……
「おや、わたくしのことをご存知なクテ?
……こホン。
ワタクシはパリストン様の親衛隊長、かわ美ハンターのキューティー=ビューティー。
前会長アイシャ=コーザさんも、情報収集が甘いですワネ」
「はぁ。
……それは失礼しました」
なんとなく言い返す気力も湧かない。こんな化粧こってこてのピンク色した謎生物を、ヘタにつつこうものなら何が飛び出してくるか分からない。これが噂に聞いてた、かわ美ハンターか……
「それであなたは、パリストン様に何の御用かシラ?」
「あー、えぇ。その……
直接本人に会いたいんですよ。伝言とかなら結構です。
プライベートなことですし、本人以外に話したくないので……」
「あらァッ!? 一体なんなのかシラ!
パリストン様にプライベートな用だなンテ……!
ワタクシ、パリストン様の親衛隊長として、とてもとても見過ごしできませンワ!」
ちょっと、ヤダヨこの人! 関わりたくないよ。
これ以上絡まれると面倒なことになりそうだし、早々に切り上げさせてもらおう。
「えぇっと。
……もうあの人に何の用事もないです。ついさっき用はなくなったので。
だから別に、気になさるようなことなんて何もありませんよ?」
「ふゥン。ほんとかシラ?」
くるくる私の周囲を回りながら、じろじろ無遠慮に全身を眺めてくる。な、なんだ?
「ふぅん、ふぅゥン。
あなた……
とっても素材はカワ美いのに、肝心のファッションセンスが壊滅的じゃナイ?
もしかしてパリストン様の親衛隊に入りたいとか、そういう理由だったのかシラ?
でしたら、そう言ってくれれば、ワタクシじきじきにあなたをコーディネートして差し上げましたノニ。その上で、ワタクシが同席するという条件付きでなら、パリストン様にお会──」
「いえいえいえッ!?
そんなっ、ご遠慮させていただきます!」
なんだこの人、なんでこんな無駄に食いついてくんのッ!? どっか行ってよ!
「あら、遠慮するだなンテ。
あなた、どれだけもったいないことを口にしているか、ホントにおわカリ?
たとえ念能力者でも、天然でカワ美い時間なんてあっという間に過ぎ去るノヨ? 維持する努力、カワ美く保つ努力はとっても大切なことだって御存知?」
「そ、そもそも『かわ美い』というのが何なのか、私には理解できませんし……
だから結構で──」
「あらぁッッ!?
そんなことも知らないだなンテ! あなた、ものすごく人生を損していルワ!
いいわ、ワタクシが教えてあゲル。いい、よく聞イテ? カワ美いっていうのは──」
しまったァァァァッ!? めっちゃ食いつかれたぁぁぁぁッッ!!
──延々と聞きたくもない話をされ続け、謎のかわ美い勧誘と親衛隊入隊を断り続け、ようやく後腐れない形で解放された頃には、1時間も無駄に過ぎていた。はぁ……
パリストンの居所調査を完全に諦め、純粋に暇つぶしで協会散策に戻る。
かわ美ハンター……ねぇ。ホントなんでもアリだな、ハンターって。なんなんだ、あの生き物は。もう関わりたくねーよ。誰だよ、アレに星やったのは。
……そういえば、何ハンターになるかって全然決めてないんだよな。リィーナも活動はしてないって言ってたし、私も無理に決めなくていいんだろうけど……
協会の中を見てると、○○ハンター会議室とか××ハンター資料室とか、様々な種類のハンターに関するものがある。
やっぱりハンターって、何か狩るものが多いな。クラピカはブラックリストハンターを名乗ってるけど、幻影旅団以外の賞金首をハントする気ってあるんだろうか?
特にそれらしい話は聞いたことがない。シングルの称号を得たのも、あくまで緋の眼を取り戻す為の利便を考えてのものだろうし。
でも、もし他の賞金首もハントすることを考えてるなら、ちょっと相談してほしいかな。なんだかんだで正義感強いしな、クラピカは。緋の眼入手の交換条件でっていうのも絶対ありえないとは──
「ねぇ、キミ」
「……はい?」
少し前から視線は感じていた。いや、見られること自体は珍しくない。まして協会本部ならやむを得ないだろう。聞き込みのせいで、やや注目を集めてしまってもいる。
でも、話しかけられるのは珍しい。大半がジロジロ見てくるだけなんだよな。
振り向くと、長い桜色の髪を垂らした白いワンピースの……んん? 女性? 男性? 声としては少し男性寄り……? という人がいた。
私がさっきの件もあって警戒の視線を向けると、その人は身を引いて軽く両手を上げ、
「えーと、ゴメン。
いきなり声かけて怒らせたんなら謝る」
「……別に怒ってはいませんよ」
「そう?
ところでキミは、アイシャ=コーザさん、かな?」
「ええ、まぁ。何か私に御用でしょうか。
……というか、どちら様で?」
ん? どっかで会ったような。どこだっけ……
「っと、名乗らずに失礼。
俺の名前はウラヌス=チェリー。……昨日、声かけたんだけど」
「……ああ、思い出しました。
そういえば、昨日ロビーですれ違いましたね」
んん?? この人すれ違った時、なんか言ってたような。
「時間があったら、ちょっと話をさせてもらいたいんだけど」
うん? なんだろ。……ハンター関連の依頼で拘束されたら困るな。まさか、親衛隊の勧誘第2弾じゃあるまいな。
忙しいって言いたいところだけど、いま思いっきり暇そうにしてたからな……この後も時間つぶしにウロつきたいし。
「……今は時間ありますけど、何かお仕事のご依頼とか勧誘でしたらちょっと……」
「あ、いや。
とりあえず話をするだけでいいんだ。無理に誘う気はないよ。
何かお願いするにしても、今すぐどうこうって話じゃないから。
……話ができそうな相手がなかなか見つからなくて、ホント困ってたんだよ」
「はぁ。
……ちょっと考えさせてくださいね」
ポケットから携帯を出して時間を確認。いま午前11時。
んー。ネテロは3日って言ってたけど、すぐ呼びに来ることもありえるんだよなぁ……
いつでも応答できるようにする必要はある。だからとりあえず自分も協会本部に来てる。
床を指差し、
「この建物の中で、なら構いません。
あと、急な別件がいつ入るか分かりませんので、お話し中にそれが来たら……」
「うん、それで問題ないよ。
話を聞いてくれるだけでも助かる」
桜髪の男性? は、ちょっとホッとしたようだった。
背を向けて歩き出したので、私もついていく。うん……男性かな。かなり分かりづらいけど、骨格や重心はそんな感じだ。ひらひらの白いワンピースとか、綺麗に手入れされた桜色の髪の毛はアレなんだけど。ほっそりしてるし、足取りも弱々しいしな……ホントに男性か? なんか自信なくなってきた。
男性が予約した会議室で、適当な丸椅子に腰掛ける。男性も近くの椅子に腰掛け、
「えっと、改めて。
俺はウラヌス=チェリー。神字ハンターだ」
「へぇー……」
神字。簡単に説明すれば、念を籠めて書いた特殊な文字のことだ。大体は念能力を引き上げたり、物品に念能力を固定する為に用いる字で、私も少し書けるけど、時間かかるし面倒くさい。
「私はアイシャ=コーザ。
……特に活動はしていないので、ただのハンターです」
「ん?
……方針を決めてないハンターってのはルーキーでたまにいるけど、ホントに何も活動してないの?」
何もしていないハンターが、会長に選出されるわけがない──そう疑問に思い、尋ねてきただろう男性に、
「……。
調べれば分かることですし、であれば別にわざわざお話しすることでもないかなと」
「うーん。まぁそっか……
それで時間使うのも何だしな」
「で、神字ハンターさんが私に何か?
……あぁ、一つお尋ねしていいでしょうか?」
「うん、なに?」
「……昨日、私に向かってデタラメとかなんとか言ってましたけど、アレって」
「ありゃ、覚えてたか。
しまったな……」
渋そうな顔で頬を掻くウラヌスさん。ちょっと可愛い。
「……都合が悪いんでしたら、それ以上は伺いませんよ。
ご用件を言っていただいても」
正直すっごい気になるけど。……心当たりは私のオーラだけど、【天使のヴェール】はあの時も今も使ってるし、特別なにも感じないはず。
「んー……まぁ主題を優先するか。
グリードアイランドって知ってる──
ん? どしたの?」
「……い、いぇ。
その、えぇ」
うつむいて、痛みに額を押さえる。ぅー、やな思い出、やな思い出が……なんで今日はこんなのばっかりなんだ……
「あ、ん? もしかして」
「……。経験者です」
「おおっ、プレイ経験者だったんだ!
よかったぁ。なら話が早くて助かるよ」
腕を組んで、嬉しそうにうんうん頷くウラヌスさん。
「その……えっと」
言いづらそうにする私に、ウラヌスさんは首を傾げ、
「あー……。
その様子だと、かなり痛い目に遭ったクチ?」
私は口許に手を当て、けふんけふんしながら、
「ん、んー。まぁ、そうですね」
えぇ。ほんっとムカムカするくらい酷い目に遭いましたとも。私のハンター人生で一番思い通りにならなかった場所だ。
「その反応を見る限り、望み薄だけど……
まぁいいや。話すだけ話すよ。
正直に言うと、クリアする為に一緒にプレイする仲間を探してるんだ。
ま、場合によってはクリアしなくてもいいんだけど」
私は首を傾げる。あのゲームにクリア以外の目的で入るって……
「クリアしなくてもってことは……
ゲームの中で、指定ポケットカードを使うとかですか?」
「それしか……ないと思うんだけど。
それ以外で、グリードアイランドに入る理由ってある?」
「……犯罪者とか? が身を隠す場所とか」
「念能力者しか入れないゲームで、手練れが集まって来るような場所に、身を隠すも何もって感じだけどな。指定ポケットカードで何か企むっていうんならありそうだけど」
「ふむ……
そうかもしれませんね。整形マシーンとかありましたし」
「……で。
最近ようやくクリアされて、また再開したっていうのは知ってるかい?」
「再開?」
「……ああ、そもそも止まってたのを知らないのか。
誰かがゲームクリアした後、しばらくグリードアイランドに入れなくなってたんだ。
で、最近また入れるようになった。
やけにクリアから再開まで間隔が空いてたんだけど、指定ポケットカードのイベントを改変したんじゃないかなと思ってる」
「はぁ。
……なるほど、そうかもですね。
取り方がずっと同じだと、プレイヤー同士が協力すれば簡単に繰り返しクリアできそうですからね」
実際、その辺の話は私の仲間うちでもしていたようだ。うまくやれば、繰り返しクリアできるんじゃないかって。
……私はもう嫌だから、話に参加しなかったけど。ゲンスルーさん達が非協力的だったみたいで、結局頓挫したようだ。
「うーん……
その辺りは対策されてるだろうな。ま、細かい話は後にしよう。
俺は前回1人でプレイしてて最高70種くらいまで集めたんだけど、キミは?」
「…………」
うつむく。どうしよっかな……
「……ああ、イヤなら無理に言わなくても」
「────クリアしました」
ウラヌスさんの、動きが固まった。めっちゃ目を丸くしてる。
「…………ぉ?
ぉうん? わ、ワンモア」
「その……
……
クリア、しました。
けっこう大人数でしたし、クリア報酬でちょっとごたごたしましたけど……」
「……。
はぁーっ!
ただものじゃないだろうとは思ってたけど、これは驚いた……すっげぇビックリした!
あのハメ組やツェズゲラ達を出し抜いたんだ。
まぁ……あいつらがクリアしたんじゃないのは知ってたけど」
頭頂部をぽりぽり掻くウラヌスさん。
「これは俺の出る幕じゃないか……
仮にもう一度となったら、君なら同じ仲間と組んでクリアできるんじゃないか?」
「…………
いえ。
もう、入らないです。目的が達成できなかったんで」
ウラヌスさんは首を傾げる。そりゃワケが分からないだろう。
「ちなみにそれって……
同じ仲間と、もう入らない? グリードアイランドに、もう入らない?」
「……とりあえず、グリードアイランドに、ですね。
私が入っても足手まといになります」
「ほーん。
……なんか目的が達成できなかったとか、足手まといとか、ずいぶん妙な感じだけど」
それは私が言いたいよ……なんでことごとくあのゲームは、私に逆風吹かせるのさ……
おのれ、ボス属性ェェェ……
ウラヌスさんはワンピースの肩をなおして、両手を揉みもみし、
「悪い。ちょっと興味あるから、答えられる範囲で教えてほしい。
目的が達成できなかったってのは?」
……。
……まぁいっか。ちょっとぐらい愚痴を言っても、バチは当たらないだろう。
「指定ポケットカードで欲しいのがあって、それ自体は手に入ったんですけど。
その……私には効かなくて」
「ん、んー?
き、か、な、い、ってのは……んー。そういう能力?」
「……当たらずとも遠からず」
「えぇっと……
いや、効かないっておかしいもんな。能力なら、いくらか融通利きそうなもんだし。
だとしたら、思いつくのは操作系問題だけど……」
「……」
「ん? それで当たり?
いやまぁ、別に答え当てしてるわけじゃないんだが」
私は息を吐く。もうほぼ確証持たれてるんじゃ、隠す意味もないか。
「……その通りです。
私には操作系の能力があらかじめ掛かっていて、他の操作系が効かないんです」
「早い者勝ちのルールだね。んー、アレはなー……
操作即負けに繋がる対念能力者戦を想定したハンターなんかは、わざと無害な操作系を先に食らっとくって防御法を採ることもあるんだけど……
他の支援効果が受けられなくなるし、外すには術者に解除してもらうか、除念するしかなくなるからねぇ」
「……」
「キミは除念してまで、何とかする気ってある?」
「ありません」
「……スパッと言うね。
結構厄介だけどな。知ってるかもだけど、ハイレベルな念能力だと操作系を含むことが多いから、強力な支援を受けられなくなるよ」
私は言われて『ん?』と引っかかる。含むって……
「……ちょっと待ってください。
操作系の早い者勝ちって、操作系能力を弾く、だけじゃなくて」
「うん、そうだよ。
対象を操作するタイプの操作系を含むもの、全部ダメになる。
能力を一系統だけに絞らなきゃいけないなんてルールはないし」
そっか……私、ホルモンクッキーは性別変化の効果だからうっかり変化系だって勘違いしたけど……勘違いじゃなく、肉体の性別を変化させる変化系能力+体内ホルモンを操作する操作系能力の複合だった可能性もあるのか。
操作系が効かないから変化系も効果を発揮せず、ボス属性が発動しなかったのかな? 検証しないと分からないけど。まぁ、どういう結果でもダメなんだけど……
私がぼんやり考えてる間も、ウラヌスさんは色々説明してくれてる。
「時間制限付きの操作系を含む支援効果なら、当然その時間内は敵の操作系を弾けるし、なかなか有用なんだけど……
ま、わざわざハイレベルな支援用の『発』を作る能力者は少ないけどね」
「……。
その、支援効果っていうのは、グリードアイランドのアイテムにも当てはまるってことですよね?」
「当然そうなるね。
指定ポケットカードには、阻害効果をもたらす操作系も多いから、後出し操作されないメリットも大きいっちゃ大きいが」
「あー。
コネクッションとか。レインボーダイヤとか」
「うーん、そうだな。
……なんかそのラインナップはおかしい気もするが」
それは私に言われても困る。自分が欲しがってたわけじゃないし。
「とりあえず目的が達成できないっていう話は分かった。
……除念する以外に、ちょっと解決方法は見つからないかもな。何が欲しかったかにもよるんだけど」
……んん?
「あの、それって……
物によっては、除念なしに何とかなるかもってことですか?」
「……」
あ。返事できないやつだ、これ。んんー? 気になるなら自分で考えろってことか。
……いや……いや。今さらホルモンクッキー使いたいのかって言われると……
ん? ちょっと待てよ。
私が諦めたのって……絶対無理だから。だったはず。
──え? 希望あるかもとか言われると、ちょっと揺れるんだけど。
「……答えないとダメかな?」
うつむいて考え込んでいたので、慌てて顔を上げ、
「えっ。いえいえ。
……その、気にはなりますけど……」
「……。
もしそれを話すんなら、交換条件かな。
俺は、物によって除念なしに何とかなるかどうかを言う。
君は、何が欲しかったのかを言う。
それに対して俺は、それが何とかなる物なのかを言う」
ウラヌスさん、人がいいなぁ……もうそれ答え言っちゃってるじゃないですか。
でもホルモンクッキーが何とかなる物に含まれるかは、結局聞かなきゃ分からないしな……
……まぁ、いっか。後学の為にも言っちゃえ!
「ホ、……ホルモンクッキー、です」
中性的な顔立ちのウラヌスさんが「んんっ!?」と目を見開いた。
なんだろう……なんだろう、この妙な恥ずかしさは。うぅ……
「……ん。
あー、うん。
個人的な事情はいいや、うん。
えっと……順番が逆になっちゃったけど。
まず、物によって除念なしでも何とかなるかどうかの答えは……
そもそも操作系アイテムに限った話じゃないんだ」
「?」
「おそらく指定ポケットのアイテムに限った話でもないんだが……
グリードアイランド内で入手できる念能力の産物……特殊なアイテムは、全て『改変』可能だ」
「あっ──……」
言われて、きゅっと背筋が伸びた。
……アイテム効果の改変。そう、心当たりがあった。
────『死者への往復葉書』。
葉書に、亡くなった人への手紙をしたためると、次の日その人から返信が来るアイテム。
私がリィーナにお願いして、クリア報酬として譲ってもらい……私が死なせてしまった母さんとやりとりをしてもらう為に、父さんに渡したアイテム。
それを、父さんは……
独力でそのアイテムを核とし、死者としての意識のみだった母さんを……念獣として、具現化することに成功した。
葉書一枚につき24時間まで、という条件付きとはいえ、母さんは再びこの世界で身体を持って存在できるようになった。
実例が、あった────
「なにか知ってそうな感じだけど……
話を続けていいかな?」
「あ……はい」
ウラヌスさんは、一つ息を吐いた後、
「で、ホルモンクッキーなんだけど……
ちゃんと調べないと断言はしかねるけど、キミに効かなかったっていう時点で、アレが操作系効果を含むのは確定してる」
「……はい」
「あれはすぐ身体を変化させてもいるから、変化系+操作系の複合能力で間違いないとは思うんだけど……」
「……」
ウラヌスさんは、ポンと両手の平を合わせる。
「理論だけの話。えっと……
多分、身体の作りを異性に変化させるだけのアイテムなら、不可能じゃない」
「……」
「でも……アレがホルモン操作を行っているのは確実だろうし、ホルモン操作なしで身体だけ異性に変化させたりすると……」
「……」
もう聞いてるうちに、私の頭は下へ下へ傾いていった。……ええ、そうですよね。
「それは、外科手術で無理やり異性の身体にしてるのと、何も変わらない。
手術の性転換は、更に時間をかけて、ホルモン注入でどうにかするんだけど……」
……うぅ。
「まあ、いびつだな。
肉体的にも精神的にも変調をきたす可能性が高く、ヘタすりゃ寿命を縮める。……いや、確実に縮むか。
……いちおう確認するよ。ホルモンクッキーみたく、一時的に──だよね?」
「……はい」
「だわな。……じゃあーキツイなー。
今思いつくのは、身体だけ変化するホルモンクッキーとホルモン注入の合わせ技だけど、1日経って元の性別に戻っても、注入したホルモンはそのまんまだからなー。それが実害ないとは俺思えねーもん」
「うぅ……」
やっぱりダメか。……知ってたさチクショウ! いっつもいっつもオチつけやがって!
ものっそ、がっかりを体現して私がうつむいていると、
「……調べるだけ、調べておこうか?」
「はい?」
私が顔を上げると、ウラヌスさんはやや困ったふうに頬を掻き、
「時間はかかるかもしれないけど、ホルモンクッキーさえあれば研究はできる。
もしかしたら、変化系のみでリスクなく性転換する方法は……
ちょっと見込みは厳しいけど、絶対に不可能かどうかは分からない」
ぅ……でもこのパターンって、結局ダメでしたチキショウな気がする。
なんでだろう、そんな予感しかしない。なんでだ。
「い……え、その……
時間も費用もかかるでしょうし、不確実なことに貴重な労力を割かなくても……
私はもう、諦めてるんで」
うん、諦めてるよ……。私は女性としての幸せを追い求めるのさ……。よく分かんないけど。
ウラヌスさんは難しい顔で、そばのテーブルにとんとんとん、と指を落とし。
「……まあ、キミにだけ言わせておいて、黙ってるのもフェアじゃないか。
元々研究したいアイテムの一つが、それなんだ」
「?」
私がよく分からず、首を傾げてみせると、
「グリードアイランドで入手できるアイテムの改変は、俺の研究テーマの一つなんだ。
だから、その……俺も、ね?」
あれ? なんかウラヌスさん顔赤くなってる。
そういえばこの人、女の子みたいなカッコウしてるけど……
「その……性同一性障害ってやつで……
えっと……
……おんなに、なりたいです」
…………
……ぉぉ。……ぉぉ、なるほど。
……世の中って…………うまくいかないんだなぁ。
顔を赤くし、ヒミツを打ち明けたウラヌスさんの前で、私は悟りを開いたような表情になった。
「──えっ!? いや、でも。
ウラヌスさん、普通にホルモンクッキー食べればいいじゃないですか。ゲームの中で」
「……ゲームの中で一日だけ女性になっても……
いや、もうとっくにそれはやってて、納得してないから欲しがってるわけで。
俺はゲーム外で長期間使いたいんだよ」
「んー。
じゃあクリアするしかないですね……」
「なんだけど……
アレ、合計で何日性転換できるか、キミは知ってるんじゃないか?」
うっ。
えっと、記憶違いでなければ、1日1個×1箱20個×10箱セットだから……
「……200日、ですね」
「ゲームクリアして得られるものとして、その数は充分だと思うかい?」
「あー……」
そうだ。その問題は私も思ってた。ていうか1個で1日しか効かないの知らなかったし……
「俺もそうだし、キミもそうだろうけど。
望んだ性別に200日なれたとして、それで満足できるかどうかは……
正直びみょーかなって」
「……」
「で、俺はそれもどうにかしたいわけだよ。
量産できれば万々歳だけど、効果日数を増やすとか、その程度の改変は目指したい。
だから……
キミが欲しがってる変化系のみでノーリスクなクッキーも、全く無関係な研究ではないんだ。時間はかかるだろうし、流石にゲームの中で研究しきるのは無理だろうけど」
「なるほど……」
私には、そこまでの情熱は持てそうにないなぁ……修行したいし。
まぁ……
ウラヌスさんは言わないけど、手術で性転換するのはきっと嫌なんだろう。元の性別に戻れなくなるっていうのが、私も拒否する理由だし。彼にはホルモンクッキーが効くわけだから、そこからアプローチするのは当然だな。
ウラヌスさんは暑そうにワンピースのエリをぱたぱたさせ、
「ふぅ……。
まあいっか、これも話しとくよ。
俺の方はホルモンクッキーがメインじゃなくて、
「なんですか?」
「……魔女の若返り薬」
「あー……
多分、欲しいアイテムランキングがあったら、3位内確実なやつですよね」
「だろうね」
「……ウラヌスさん、今おいくつですか?
失礼ですが、そんなお歳を気にされるような年齢には見えませんけど」
細身体型だからっていうのもあるけど、ぶっちゃけ見ようによっては子供だ。
「……17歳。
20歳まで後2年半」
「あ、ちなみに私は14歳、今年で15になります」
「ぅわっ! 若ッ!
つか子供じゃねーか」
「失礼な。
……そういうあなたは、とても17歳には見えませんね」
「ぐ……
見た目のことは言わないでくれっ!」
多分、ハタから見たら私の方が年上に見えるなー。ふふん♪
「つかマジで14なのか……
念能力で若作り……してるわけないか。そんなふうに見えないし」
「む。なんか失礼なこと考えてません?」
ウラヌスさんは改めて、椅子に座ってる私をじっと見る。
「……どっから湧いて出てるんだ。
その人外じみた生命エネルギーは」
──ぎくっとしつつ。尋ねられている意味がよく分からず、困惑する私。
「……どういう意味です?」
「あんた、相当量のオーラ隠してるだろ?
流石にこれだけの時間、澱みがなけりゃ分かっちまうぜ」
私は視線を逸らす。……言い訳が思いつかない。
指摘された通り、それが【天使のヴェール】の問題点でもある。私のオーラを包み隠し、一般人のような垂れ流し状態に欺瞞できるんだけど、あまりにも澱みが生じなさ過ぎて、逆に隠してるのがバレてしまう。かなりの使い手には、だけど。
ただ……ウラヌスさんも、隠してるオーラそのものは感知できないはずだ。
なのに、私の潜在オーラ量の見立てができている様子。……一体どうやって?
ウラヌスさんは居住まいをただし、私の方へまっすぐ座った。
「……キミにゲームクリアの協力をお願いするかもしれないし……
ちゃんと説明させてもらう。ただ、他言無用で」
「……はい。
その代わり、私の方も」
「もちろん。
キミは操作される心配がないから、俺はいくらか安心できるけど、キミは本当に大丈夫かい?」
「……あなたがすでに分かっていることは、どうしようもないかと。
それ以上の情報を渡すかどうかは、私が判断します」
「賢明だね……さすがは前会長」
「やめてください。
……目立っちゃって、すっごい困ってるんです」
ウラヌスさんは、おかしそうに口許を押さえ、
「やっぱりそうか。
会長になる努力をしそうな感じじゃないし、変だと思ったよ」
「もう! お話の続き」
「悪い。まず簡単に……
俺のこの目は」
彼は指で下瞼を引っ張り、自身の茶色い瞳を大きく見せ、
「目の精孔が開いてれば、普通にオーラも見えるんだが。
仮に俺が『絶』状態でも、オーラ以外のものが見える。
この目は、生まれた時からこうだ」
……オーラ、以外?
「俺の目に見えるのは。
念能力、オーラの源とも言える力────生命エネルギーと、精神エネルギーだ」