第七十一章
チリンチリン♪
にわかに始まったジャンケン大会に勝利し、私は可愛らしい金の呼び鈴を鳴らす。いい音色だね。勝った気分も相まって心地いいよ。
「ああああああ」
……メレオロンが、すんごい不協和音出してるけど。私のせいじゃないぞ。しょっぱな1人負けしたメレオロンが悪いんだ。
「汚い声出さないでよ、お姉ちゃん」
「うっさい。
っと、腹立つわー……
ジャンケンなんてこの世から消えればいいのに」
「なんでオマエの為にジャンケンが消えにゃならんのだ。
不便なだけだろ」
「お姉ちゃん、ジャンケンだけじゃなくて、どんなゲームでもちょークソザコなんだから仕方ないじゃん」
「シーム、アンタさっきから言いすぎだからね?」
「全部ホントのことじゃん。頭使いなよ」
「きっさまー」
「あいたっ、いた! やめてってば、もう!」
「あーやめやめ。シームに当たるな」
誰が呼び鈴を鳴らすかで、私達は揉めたのだ。だからジャンケンを提案したに過ぎない、うむ。他に適当な決着方法も思いつかないし。
シームをポカポカ叩いても気が済まないのか、メレオロンは尚も不満そうに、
「ねーねー。
不公平だから、こういうの次からクジにしない?」
クジ……ジャンケンならすぐ決められるのに、いちいち作るのメンドウじゃないかな。
ウラヌスも呆れた様子で、
「オマエさ。クジって、公平性保つ為に第三者が必要なんだぞ?
全員参加の場合、どうしろってんだ」
「えぇぇぇー。それくらい何とかならないの?」
「人任せにするなよ。
自分が希望出してんだから、自分で考えろ」
「えー……
……たとえば、2人ずつに別れて、それぞれクジを用意するとか?」
「ダメ、手間すぎる。
それだと1人勝者決めるのに、3回もクジ引きすることになるだろが。
ほれ、ウェイター来てんだからさっさと注文」
「あーもーっ」
ジャンケンで勝てるようになるしかないですよっと。これも修行と思ってがんばれ。
待っているウェイターに、それぞれ好きに注文していく。やっぱりシーフードのカレーライスは外せないよね。カニサラダに、魚介のスープ、あと魚介のフライも、っと。
「みんな、注文終わり?」
ウラヌスが尋ねてきたのに対し、私達は首肯する。
「じゃあ……
ティラミスケーキを4人分。最後に持って来て。
注文は以上で」
「畏まりました。少々お待ちください」
お、デザートまで頼んでくれたよ。ウラヌス気前良いな。
『ティラミスってなに?』
同時に尋ねる姉弟。私はくすくすしつつ、同じように笑うウラヌスの答えを待つ。
「えーとね。色々な混ぜ物なんだけど、粉っぽい御菓子だよ。
コーヒー、ココア、チョコ。後はチーズだったかな。
粉末にしてケーキの上にかけると独特の風味と食感を楽しめるんだけど、他にも──」
しばらく雑談しながら待っていると、次々と料理がテーブルに並びだしたので、食事を始める。やはり島だけあってシーフードの美味しさは本物だ。この島の周辺に誰も漁には来ないだろうし、魚介類の宝庫なんだろうな。
やけに食欲をそそる蛸の唐揚げをウラヌスが頼んでいたので、それを少し拝借する。
「……うわ。これホントに美味しいですね」
塩加減も、サクサクの歯応えもメチャクチャいいな。魚介のフライだって美味しいけど、こっちが一段上だな。
ということを私が言ったせいで、姉弟まで欲しがりだして、あっという間にウラヌスの蛸唐が消えてなくなった。
「あぁー……追加注文しよっかなぁ。
ま、いっか。別に」
「え?
頼もうよ。ボクもうちょっと食べたい」
「アタシもー。ヤケ食いしてぇー」
「私もお願いしたいです」
「うぅーん。
……もう予算、結構かさんでるんだけどなぁ」
『う。』
それを言われると、ねぇ。料理ずらっと並んでるし、この時点で割と金額いってるとは思うんだけど。
「……オータニアでイナゴ狩りでもするのなら、別にいいんだけどね」
ぼそっと言うウラヌス。
ふむ、それくらいなら全然いいかな。あのイベントは時間もそれなりで済むし。
「私は構いませんよ」
「うん?
……アイシャ1人でも?」
「えっ」
なにそれ。私1人にイナゴ退治させるのか? うーん……
「ウラヌスはやりたくないんですか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど。
ただ俺とアイシャが一緒にやると、真珠蝗があんまり取れないからさ。
ホントはうまくやれば、4匹か5匹は取れるはずなんだけど、アイシャがイナゴ倒すの速すぎて、俺が真珠蝗見つけるのが追っつかないんだよ」
あー、なるほど。1000匹に1匹って話だったのに、5000匹倒して3匹しか取れなかったから、少ないなとは思ってたんだよね。
「ということは、ウラヌスは畑の外で真珠蝗だけ探すってことですか?」
「うん、その方が遥かに効率いいかなって。
アイシャがイナゴ相手にダメージ受けっこないのは、分かりきってるし」
「んー……
……
いいでしょう。私1人でイナゴ退治、引き受けます。
なので、蛸唐注文していいですか?」
3人がプークスクスと笑う。ちょっと。真面目に話してるつもりなんだけど。
「もちろんいいよ」
そう言ってウラヌスは金の呼び鈴を促してくるので、私が手に取り、チリンチリン♪ と再び小気味いい音を鳴らした。
たくさんのシーフード料理、絶品な蛸の唐揚げ、大変甘露なティラミスケーキを堪能し、食後のコーヒーまで楽しませてもらう。
稼ぐって言ったからね。ここは遠慮なく贅沢させてもらおう。
……にしても、美味しかったらみんな結構食べるんだよな。普段は割と少食なのに。
ウラヌスがバインダーを出し、
「──『名簿/リスト』オン。52」
現在 52「真珠蝗」を
所有しているプレイヤーは
10人
所有枚数は
20枚
「ん、まだ大丈夫だね。
早速この後、オータニアへ行こうか」
私はコーヒー片手に笑顔で頷くと、姉弟が食後の満足感を吹き飛ばして『うっ』という顔をする。実に分かりやすい。
でも、修行はまだまだ序の口なんだけどなー。これからどんどんキツくなってくるのに、そんな調子じゃ保たないぞ2人とも。
『再来』を使用していつものオータニアへ戻り、街の入口から真珠蝗のイベントがある畑へと移動する。昼下がりの光を浴び、小麦畑は今日も金色に輝いている。……これからイナゴ色に濁るけど。
地主と話をして家屋から出てくると、案の定イナゴだらけの畑になっていた。
「うへぇ……何度見ても慣れないわねー」
またメレオロンが同じような呻き声をあげる。まぁ確かにうへぇだけどね。
「じゃあアイシャ、『周』するよ」
「ええ、お願いします」
ウラヌスのオーラを纏い、早速畑へと踏み込む。
一斉に飛びかかってきたイナゴを、一網打尽とばかりに手足で薙ぎ払う。
しばらくイナゴ狩りに集中し──
「ん?」
思わず声が出る。見た目には前と変わらない数なのに、かなりのペースでイナゴが私に向かってきてる。──そうか。前はウラヌスと一緒だったからイナゴの標的が分散してたのか。1人でやると一気に群がってくるわけだ。
ならば相応の動きをするまで。真珠蝗のことも気にせず、ひたすらイナゴを狩ることに集中する。ちゃっちゃと片付けないと、2人の修行時間が削れるしな。
3人は畑の外側から、悪夢のようなイナゴの大群を穿つアイシャの猛攻を眺めていた。
「ホント、どんだけなのよ。あの子……」
メレオロンの言葉を、無言で肯定するシーム。以前にも増して動きが鋭いように見える。
姉弟のそばでダラリと腕を垂らしながらも、真剣な目を畑へ向けるウラヌス。
「多分、俺が入ってないからだよ。
前は俺の動きを意識して、多少遠慮してたんだと思う」
その目は真珠蝗を捜索しながら、アイシャの動きも注視していた。
「……そろそろ1000匹かな」
「早ッ!
──はあっ!? 数えてたの!?」
「大体だよ」
アイシャの強さもだけど、ウラヌスの見る力も大概だよねとシームは思う。観察能力は元より、視覚情報を処理してみせる速さもデタラメだ。
動くウラヌス。回り込み、側面から小麦畑へ突入する。2本の腕でイナゴを捌きながら、ある程度踏み入ったところでスィッと腕を伸ばし、速やかに後ろ歩きで小麦畑から出る。
「ブック」
バインダーを出してカードを収納する間も、畑から目を切らないウラヌス。姉弟の元へ歩き戻ってきて、
「ブック。まず1枚と」
内心呆れる2人。畑の外にいるというだけで、ウラヌスも即応する準備を済ませていたわけだ。やろうと思えば、いつでもアイシャのフォローに入れるのだろう。
「おねーちゃん、もうちょっと緊張しよう」
「……。わかった」
「?」
姉弟が何か話す様子に、小首を傾げるウラヌス。周りにプレイヤーの気配もないので、あまり姉弟に意識を割いてなかったりする。でないとアイシャのイナゴ撃破数なんて数えられないし、真珠蝗も探知できないだろう。
再び畑に突入するウラヌス。今度は正面に突っ切り、アイシャの近くまで進む。やはり片腕を伸ばし、即座に後ろ歩きで戻ってくる。
バインダーにカードを収納するウラヌスを見ながら、
「アンタ、後ろに目でも付いてんの?」
メレオロンが心底思う疑問を投げる。なぜ後ろ歩きしながら、背後のイナゴまで弾けるのか。
「うん?
……ああ、そりゃオーラで探知してるからだよ。軽く『円』すりゃいいだけ」
なんか簡単なことのように言う。そんなわけがないのだが。
イナゴの数が、目に見えて減り始める。一瞬目をやって、視線を外すアイシャ。そこに向かって進み、真珠蝗を摘み取るウラヌス。
「アイシャ、手伝おうか?」
「いえ。最後まで1人でやります」
「分かった」
後ろ歩きで戻りながら畑から出る直前、ウラヌスが再び前進する。斜めに突き進んで、再び手を伸ばす。そこから再度後ろ歩きし、畑から出る。
「ブック」
バインダーへ、2枚のカードを収めるウラヌス。溜め息を洩らすメレオロン。
「……なんだよ」
「抜け目なさすぎて、溜め息吐いただけよ」
「褒めてないよな? それ」
「貶してるつもりもないけどね」
それを聞いて、ウラヌスは肩をすくめる。
「ブック。
……なんかアイシャの動きって似てるんだよな」
「?
なんの話? 誰かに似てるわけ?」
「あ、いや……
風間流の本部に、リィーナさんって強い人がいるんだけど。
やっぱり動きが似てるんだよな。……でもアイシャは弟子じゃないって言うし」
「あー、なんか言ってたわね。
結局のところ、それがウソなんじゃないの?
実はやっぱり弟子とか。なんか誤魔化してる感じだったし」
「まあね。
でも、別に隠す必要あるかなぁって気はするけど。実はそうなんです、ああなるほどで納得して終わりじゃん。
今は風間流じゃないとか、その辺もよく分かんないんだよな……」
そもそも風間流本部はアームストルにある。ジャポンにいた頃、風間流を修めたという話が本当なら、本部長であるリィーナの弟子というのも少々つじつまが合わない。
詮索は出来るだけしたくないウラヌスだったが、アイシャは謎が多すぎる。ふと思考がそっちに流れてしまうのを止められなかった。
「アイシャ、あと25匹!」
「分かりました!」
蹴りの風圧で穂を揺らしながら応えるアイシャ。あと23匹になった。
オーラ感知ができないはずのアイシャが、やけに気配の察知能力が高いのもウラヌスは気にかかっていた。残るイナゴの位置を把握しつつ、アイシャがどれ程の精度で察知しているか改めて認識するウラヌス。
演武の如き一挙手一投足、微細な気配を察知する鋭敏な感覚──いずれも武芸の達人の領域だ。それこそ誰かに徹底して修行をつけて貰わなければ、あの年齢で達しうる域ではないはずなのだが。
畑の外へ向かって歩き、外側ギリギリの穂についていたイナゴの背を指先で叩きつつ、小麦畑から出る。靴底の土をトントンと落としておく。
「アイシャ、おつかれー!」
「お疲れさん。……速すぎでしょ」
「イナゴ、今ので綺麗にゼロ。お疲れ様、アイシャ。
にしても、相変わらず汗もかいてないね……」
「ええ。
……技術面の修行にはなるんですけど、どうにも負荷が足りなくて。
重しでも付けてやった方がよかったですかね?」
「いやー……
それならタイムアタックでもしてくれた方が助かるかな」
ふーむ、それも面白そうだな。まだまだ短縮できる余地はありそうだったからね。
「ちなみに今の、時間とか計ってました?」
「いんや。そのつもりじゃなかったし。
でも余裕で20分は切ってるかな。ブック」
ウラヌスがバインダーを出し、フリーポケットのページを見せる。
お。思ったよりいっぱいあるじゃないか。真珠蝗6枚か。
「元々の分も合わせて7枚ですね。
……これってどうします? 売るか、トレードの材料に残すか」
「うーん。
浮遊石のこともあるし、フリーを3枚も埋めたくないかな……
他にもトレードで使えるカードはあるだろうから。
まだゲームが再開して十数日だしな」
「でもそろそろ、限度枚数に近いと思うけど?」
シームが指摘しても、ウラヌスは思案顔。
「俺達が確保しなくても、じきに一杯にはなるさ。
真珠蝗を4枚も5枚もトレードする相手が見つかるとは思えないしな。つかランクBは買えるから今ひとつトレード材料にならない」
「これって、いくらで買えるの?」
メレオロンの質問に、眉をひそめながらウラヌスが答える。
「……売ったら8万なんだけど、買うと80万以上する」
うわ。価格差すごいな。
「ひっどいわね。
それはボッタクリでしょうに……」
「こんなのを自力で取れない連中が、ゲームクリアできるとも思えないけどな。
そもそもカード化限度枚数MAXだと買えもしないから、ゲイン待ちもできない」
あー、そうなんだよな。カード化限度枚数を気にすると、やっぱり早く確保したくなるんだよね。
「せめて、指定ポケットに収まる4枚は残しませんか?
後は売ってもいいと思いますけど」
「うん。俺もそのつもり。
次にイナゴイベントやりたい時、カード売ってからやればその分は再入手できるし。
限度枚数が一杯の時は、真珠蝗で稼ぐのを諦めるしかないけど」
「なんで?
売った分だけまた取れるんじゃないの?」
メレオロンが首を傾げる。
んー、だいたい分かるけど説明しづらいな。ウラヌスに任せよう。
「カード化限度枚数一杯だと、ゲイン待ちされてる可能性があるからさ。
真珠蝗は限度30だけど、その枚数に達した後でアイテム状態のまま真珠蝗を確保してるプレイヤーがいた場合、俺達が真珠蝗のカードを売った瞬間、アイテムとして持っていたプレイヤーの真珠蝗がカード化する。その分、俺達が再入手できる枚数が減るわけだ」
返答を聞いたメレオロンが難しい顔してる。理解できたか不安だな。
「ということは、『名簿』で調べて29枚以下なら大丈夫ってことだよね?
誰もゲイン待ちしてないから」
シームの言葉に、ウラヌスは快く頷く。
「その通り。
その状態ならカードを売って、すぐ再入手がほぼ確実にできる」
「……まぁだいたい分かったけど。
どうせ稼ぐなら、今のうちに稼いだ方がいいんじゃないの? 限度枚数一杯になったらできないんでしょ」
ウラヌスは腕を組んで、それに答える。
「このイベントは1日1回だけだよ。
俺とアイシャがバラけて地主と話して、1回ずつ受けるのも出来なくはないけど、俺が真珠蝗探しながらイナゴ退治したら時間かかるしな」
「あ、質問。
依頼を受けてない人がイナゴやっつけた場合、どうなるの?」
ふむ。シームの質問は、私も気になるな。
「えっとな……
この手の撃破数系のイベントは、イベントを始めてないプレイヤーが横入りした場合、倒してもカウントが増えない。それ以外なら手伝えたりもするんだけど。
だからアイシャだけ受けて、俺が真珠蝗取るのはアリなんだよ。
でも俺だけが受けて、アイシャがイナゴを倒しても、カウントは一向に増えないんだ。カウントが増えないと、真珠蝗もポップしないみたいだし」
なるほどね。稼ぎの時間効率で言えば、今が最高ってことか。
「せめて、イナゴ退治に毎日来るとか?」
メレオロンの提案に、私とウラヌスは顔を見合わせる。
「……毎日はヤダよ。稼げるけど仕事みたいであんま楽しくない」
「不真面目ねぇ」
「他のイベントならともかく、やってることは害虫駆除だぞ?
アイシャだって、飽きるほどやりたくないでしょ?」
「まあ……飽きるほどにはやりたくないですね。
せっかくなら、色んなイベントをしたいですし」
「そういうこと。
欲張って、他プレイヤーと鉢合わせしてもやりづらいしな。ポップした真珠蝗を横取りされることも有り得るから。
ま、そろそろ動こ。報酬もらって、モノ仕入れて、修行始めなきゃ」
ウラヌスの宣言に、天を仰ぐ姉弟。何なら、次のイナゴ退治は2人にもやってもらおうかな。修行の成果を試せないというのもツマらないだろう。
・イナゴ退治イベント2回目リザルト
アイシャ:イナゴ撃破スコア4918 真珠蝗捕獲スコア0
ウラヌス:イナゴ撃破スコア82 真珠蝗捕獲スコア6
イナゴ撃破スコア:5000匹×20ジェニー=100000ジェニー
イナゴ殲滅ボーナス:+100000ジェニー
イベントクリアタイム:16分39秒