ウラヌスから、そろそろゲームと関係のある修行もしないかと提案されたので、それを了承する。ただ鍛え続けるより変化もあった方がいいだろうからね。
ショッピングセンターで水と食料とタオル、後ダンベルも購入。オータニアの街を出て、いつもの修行場がある林へと向かう。
近づくごとに顔色を悪くしていく姉弟。嫌がるのは分かるんだけど、修行してる時って2人ともそんなイヤそうか? なんだかんだで真剣にやってくれてるみたいなんだけどな。
2人がリュックを降ろし、埋めたベストとリストバンドを掘り返す。
さて、私が纏ってる『周』が30分近く残ってるんだけど、どうしようか。
──よし、いい機会だ。
「メレオロン、まだ重しは付けなくていいですよ」
「えっ!?」
そう言われたのに、喜ぶどころか顔を強張らせるメレオロン。察しがいいな。
「私と組手をしましょう」
「タスケテ! コロサレル!」
「殺しませんよ……
怪我をさせるつもりすらありませんし」
「成仏しろよ」
片手で祈るウラヌス。胸元で十字を切るシーム。……オマエラ。
「えぇっと……
普通の組手をするなんて言ってませんから。
ウラヌス、例のカードを1枚もらっていいですか?」
「ふぅん、早速やるんだね。ブック。
……はい、これ」
ウラヌスがひょいと投げたカードをキャッチし、確認する。
『600:10J』
ランクH カード化限度枚数∞
G・Iの最低額の硬貨 カード化を解除した場合の形状は
国際通貨硬貨と全く同じ
(カード状でないとG・Iでは 無価値である)
修行に使えるだろうと、ウラヌスがショッピングセンターで両替したものだ。
別にお金である必要はない。石でも構わないのだが、意外にアレは数を確保しづらい。クズカードならもちろん何でもいいけど、数を集めにくいのは基本同じだ。
引き換え、『10J』カードなら100ジェニーと両替してもらうだけで、10枚確保できる。何よりアイテム状態に戻ったところで、大して邪魔にならない。……ウラヌスのそういうアイデアはホント助かるな。
イナゴでもよかったんだろうけど、カード化が解けた時ちょっと嫌だしな……
「ブック。
これから私が、今ウラヌスから受け取ったカードをスペルカードに見立てて使用を宣言します。
メレオロンはそれを阻止してください。
……オーラは有りですが、能力の使用は無しで。オーラで強化した身体一つで阻止してください。能力は無しですが、正攻法のみでなく作戦を立てて動いても構いません」
「えっと……
具体的にアタシどうすればいいの?」
「スペルの使用を阻止できるなら、何でもいいですよ。
もちろん怪我したくもさせたくもないので、カードを無視して全力攻撃はやめてほしいですが。
私がスペルカードの使用を宣言しきったら、あなたの負けで仕切り直しです。
私のスペルカード使用を阻止できたら、あなたの勝ちです」
考え込むメレオロン。ちょっと嫌な予感するな。
「……アタシが勝ったら、なんか得あるの?」
「それを要求するなら、私もあなたが負けた時に相応のペナルティを課しますよ?
それでも良ければ」
メレオロンが「うっ」と身を引く。そりゃそうでしょう。でないと公平じゃない。
「メレオロン、まずはやってみろよ。
アイシャの『周』が切れたら終了なんだから、急いだ方がいい」
「私としては、ウラヌスが掛け直してくれるなら……」
「急いだ方がいい」
むぅ。ケチ。
「ああもう、分かったわよ。
で? アイシャは何のスペルを使うつもりなの?」
「……実はまだ悩んでまして。
ウラヌス、使用を妨害した方がよさそうなスペルって、何かありませんかね?」
尋ねると、ウラヌスは腕を組んで考え、
「うーん……実際に近距離で使用されて、対処に困るスペルはそこまで多くないんだよね。
攻撃スペルは聖騎士の首飾りで防げる。身に着けなくても、手で触れればいいしな。
通常スペルも『城門』さえあれば、バインダーを出してる状態で対抗する余地がある。
いま言った方法では対処できない、警戒すべきスペルは3つ」
ウラヌスは腕組みを解き、指を1本立てる。
「1つは『徴収』。ただ、これを防ぐのは不可能に近い。
なんせ『レヴィオン』で宣言完了するからな。たった4音言い切る間に対処するなんて、よほどの実力差がない限り出来っこない。
税務長の籠手なんて、バインダーもカードも出す必要ないから、もし不意打ちされたら防ぎようがないと思う」
……リィーナは防いでたけどね。まぁアレはよほどの実力差か。ずっと防ぎ続けられたかも分からないしな。
2本目の指を立てるウラヌス。
「2つ目は『同行』。これは近距離通常スペルなんだけど、『城門』でも防げない。
範囲内の巻き込み移動スペルで、連れ去りに使用されることがある厄介なカードだ。
使用時は知っての通り、『アカンパニーオン』の後、都市名かプレイヤー名を宣言する必要がある。言い切るまでの時間はそれなりにあるかな」
ウラヌスは3本目の指を立て、
「最後に『交信』。こいつは、ちと変化球だけどね。
『交信』の対象にされたプレイヤーは、バインダーを出してない状態でも、会話の為に強制出現させられる──本人が『ブック』を唱えなくてもね。しかも『交信』の効果中は、対象にされたプレイヤー側はバインダーを消せない。
それを逆手に取って、バインダーからカードを奪われることがあるんだ」
え……えげつないな。なんだそれ。
ウラヌスは立てた指を1本折り、
「防ぐ方法は2つ。
『コンタクトオン、プレイヤー名』まで言い切る前に阻止する。バインダーを操作して『交信』を使用される場合は、操作を邪魔するしかないけど。
もしくは使用後、バインダーから自分に対して『交信』を使用されたアナウンスが再生されるから、このアナウンスが終了する前に自分のバインダーを『ブック』で消す。
これだと『交信』の通話が始まる前だから、強制的に『交信』を切ることができる」
「へぇー」
そうなんだ。知ってたら簡単に防げるけど、知らないとヤバイやつだな。
「ちなみに2つ目の防御法は、俺が発見した裏技。知らないプレイヤーも多いだろうから、基本的に内緒で。防がないとマズい時以外は、やらないように。
それはさておき、スペルの使用者と阻止する側が条件的にフェアなのは『同行』かな。特に『同行』で連れ去られたら、敵の集団に囲まれてカードどころか命まで奪われるかもしれない。少しでも生存率を上げたいなら、やっておいて損はないと思う」
「そうですね……」
それは今の私にも言えることだからな。真剣に取り組むとしよう。
「ではメレオロン。
私は『アカンパニーオン、マサドラ』と宣言しますから、それを阻止してください」
「……アイシャ、俺から注文出していい?」
「あ、はい。なんでしょう?」
「マサドラの部分を、別の言葉に置き換えてくれる?
なんでもいいけど、マサドラは言いやす過ぎるかな。都市でもプレイヤーでもいいから、出来る限り宣言内容をバラけさせて。咄嗟にマサドラ以外を言えるように練習してほしい。……アイシャはもう少しゲーム慣れしなきゃ」
「は、はぃ……」
おぅふ。指導されたよ……ちょとヘコむ。
「やるなら、もう始めた方がいいよ。
残り10分切ると『周』が弱まり始めるから、十全にオーラがある時間は15分切ってる」
「はい。
メレオロン、始めますよ」
「分かったわよ、いつでもどうぞ!」
投げやり気味に、こちらへ飛びかかる体勢を取るメレオロン。
私は出したままのバインダーからカードを手に取り、
「アカン──」
メレオロンが迫り、カードへ手を伸ばしてくる。思ったより速いけど、動きが雑すぎる。片手でバインダーを閉じて脇に退け、カードを手にした腕で伸び切ったメレオロンの腕を絡めとる。
「いっ!?」
もう片手でツナギを掴み、ぐるんとメレオロンを宙で回す。加減して、メレオロンを肩から地面に置く。
「──パニーオン、ルビキュータ。
仕切り直しです。メレオロン」
「えぇぇぇ……」
「怪我させないとは言いましたが、手を出さないとは言ってません」
「そりゃそうだわな。
メレオロン、当然スペル使用を妨害しようとすれば反撃されることは有り得るぞ。
……あとシーム。ぼーっとしてないで、重し付けたら運動始めて。見物するなら、動きながらにしろ。時間がもったいない」
「あっ!? うん、ゴメン!」
……効果覿面だな。サクラを呼ぶ約束、ちゃんと守る気があるんだな。ウラヌスは。
私はバインダーを開いて、カードをフリーに収めて外し、1分延長する。
「メレオロン、次いきますよ」
「はいはい、どうぞ!」
「アカンパ──」
23戦したところで、『周』が弱体化し始めたので組手を終了する。もちろん全勝だった。
「なぁんでー……?」
ヘトヘトで地面に転がったまま、メレオロンがぼやく。
「あなたの動きには無駄が多すぎます。
どう動くかオーラが見えない私にもバレバレですし、強化の仕方も不安定です。
オーラ量がいくら多くても、それじゃ何度やったところで勝てませんよ?」
『練』は多分問題ないんだけど、『堅』も『凝』もうまくはないんだよな。動きながらオーラを扱うことに慣れてない感じだ。オーラが見えない私にすらバレバレなのだから、お世辞にも戦闘に耐える念の練度とは言えない。おまけに、手にしたカードを奪うという慣れない動きが、それに拍車を掛けてる。
「だぁって、慣れてないもん……」
「慣れてください。その為の修行です。
普段から意識して動くように。特に上半身の動きがヒドイです」
「ぐぇー」
汚い断末魔を上げるメレオロンはさておき、私はシームへと目をやる。
シームはいつも通り、重しを付けて歩き回る修行だ。今回は最初から、60キロのベストしか着ていない。
さて、シームにもゲームに関した修行をさせないとな。けど、私の『周』はもう切れてしまう。
私がウラヌスの方に目を向けると、彼もこちらを見てうなずいた。
「メレオロンは休憩したら、重しを付けてランニングを始めてください。
シーム、いったん歩くのをやめてください」
「あ、うん。
……ぼくも何かするの?」
「ええ、そのつもりです」
休んでオーラを回復していたウラヌスが立ち上がり、
「今度は俺の番だね。
シーム、ベストを脱いで。お前にも、さっきのメレオロンみたいな修行をしてもらう」
「うん……
おねーちゃんと同じことするの?」
「いんや、少し手を加えるつもり。ブック。
シームもバインダー出して」
「うん、ブック」
ほぉー。どうするんだろ。
とりあえず私はベストとリストバンドを着けて、荷重を増やす。合計450キロと。
完全に『周』が切れるまでは基礎身体能力を鍛えようとしてもあまり意味がないので、私は念入りに準備運動をする。メレオロンとの変則組手じゃ、充分暖まらないしな。
「いま渡した『10J』を、さっきのアイシャと同じく『同行』に見立てて使用を宣言する。
まず俺から。次にシーム。交代交代で。
さっき2人がやってたルールより、もう少し分かりやすく絞らせてもらう。
スペル使用を阻止する側の勝利条件は、相手が手に持っているカードを奪うこと。この一点のみ。相手の身体に触れてもいいけど、攻撃はなし。
逆にスペルを使用する側は、使用を宣言しきったら勝ち。これはさっきのと同じだな。
ここに特別ルールを1個足す。
組手が1回終わる度に、カードの持ち主はすぐバインダーに収めること。組手の勝敗に関係なく、1分過ぎてカード化解除を発生させたらペナルティな」
「えっ!?」
「組手が決着する前に時間切れになったら、組手の勝敗自体は引き分け。でも、組手中か交代のインターバルかに関わりなく、カード化が解除されたらペナルティ。
ペナルティはどうしよっかなぁ……」
「腕立て伏せ何回とかはどうです?」
提案してみたが、ウラヌスは思案顔。
「その手のヤツは、時間を取られるのが嫌かな。確かにペナルティだけど、結局修行だし。
でもなぁ……よさげなアイデアがないんだよね」
あーうん。その時に腕立て伏せさせると、度々修行が中断されちゃうんだよな。だからこそ急いでペナルティ消化しようとするわけだけど、シームだと時間かかっちゃうか。
「……っていうかさ。
アタシ達、元々あんた達に生殺与奪握られてるから。
ペナルティとか関係なしに、言うこと聞くしかないんだけど?」
休憩中のメレオロンが苦言を呈してくる。うぅむ……確かに現時点でも、力関係が寄り過ぎてるか。2人ともこちらが強く要求すれば、大体その通りにしてくれてるしな。
ウラヌスも、鼻の頭をこすりながら悩ましげに、
「まぁ今でも桜を盾にして、シームにサボるなって制限課してるからな……
改めて何かさせるってのもアレか」
「あ、桜呼ばないとかはやめてね?
お願いだから」
「うん……
それは約束を
う。それを言われると、私がペナルティ課したい時に困るんだけど。
「ぼく、真剣にやるから。
1分経たないように気をつける」
「まぁ……うん。それでいいや。
じゃあ始めるよ」
あああ、なし崩しにされた……
私の方を見て、メレオロンがニヤっとしてる。ぬぅ、謀ったな! ……やられた。
ウラヌスは私の意見も取り入れてくれてるけど、実質ウラヌスが全権握ってるんだよな。ままならないのも、やむなしか……
現在進行形で甘やかされてる私が、ウラヌスに『甘い』なんて指摘できないんだよね。
「アカンパニー」
カードを外したウラヌスの発声に合わせて、シームが動く。ウラヌスのかざすカードへ手を伸ばし──
ひょいと避けられる。
「ブック」
バインダーを消すウラヌス。何度も必死で手を伸ばし、カードを掴もうとするシーム。ニ本指で摘まんだカードを、からかうような動きでヒラヒラさせるウラヌス。
「うぅー!」
やけっぱちに腕を振り回すシーム。ぎりぎり掠めるようにカードを躍らせるウラヌス。
「ぐー! やぁっ!」
シームがウラヌスに抱きつく。意図が分からず、抱きつかれるままのウラヌス。
「……おい。
それでどうやってカード奪う気だ?」
「ぷにぷにー♥」
「……。
アカンパニーオン、ブンゼン」
言い終えた後、ぽこんとシームの頭を叩く。
「あいた」
「真面目にやれ。ブック。
ほれ、交代だぞ。さっさと放せ」
「はーい」
「なるほど……」
メレオロンの発した一言を、私は聞き逃さなかった。
「……組手のどさくさにセクハラしたら、修行の後にブッ叩きますからね」
「いやいやいや。
そんなことするわけないじゃないヤダナー」
「……」
「でもさ。それならシームは良いわけ?」
「それは私にではなく、ウラヌスに聞いてください。
……私はシームに対しても、そんなこと許しませんよ」
「あいつ、そんな嫌がってるように見えないんだけど」
「……」
まぁそうだね。……シームもプニプニーって言ってるし、ウラヌス脱力してるってことだもんな。メレオロンが同じことしたら、絶対結果違うだろうけど。
「それじゃ始めるね」
「いつでも」
ウラヌスの声に応えて、バインダーからカードを外すシーム。
「──」
声すら発する前に、ピッとカードを奪うウラヌス。
「……はえぇよ」
どっちに対してか分からないけど、ツッコミを入れるメレオロン。まぁね……
「まだ『ア』も言ってないんだけど……」
「バカヤロ。カードを手にした時点から、開始に決まってんだろ。
悠長に声出すの待ってやるとでも思ってたのか。
ちゃんと準備しないからそうなるんだ。心構えが足りん」
叱りながら、カードをシームの頭に乗せるウラヌス。
「うぇー」
「ブック。
ほれ、次いくぞ。アカンパニーオン、キャナ──」
「わーっ!」
「──リア。アウトー。はい、交代」
「ちょ、ちょっと待っ──」
「まだ自分のカードをしまえてないぞ。早く拾って、バインダーに収めろ」
「わっわっ!?」
うむ、ひどいもんだ。