第八十一章
もののついでなので、汗だくのウラヌスだけでなく、全員公衆浴場で汗を流すことに。……それにしても、1日のうちに繰り返し入ることになるな。私はお風呂好きだし、別にいいんだけどさ。ここまで頻繁に入るなら、シャワーでサッと汗流すくらいでも充分なんだけど。でもここ、シャワールームはないんだよなー……そこだけが玉に
ハズかしそうにしながら、あのカッコのまま男湯の暖簾を潜るウラヌス。メレオロンが親指を立て、シームも親指を立ててから暖簾を潜る。……あんまりちょっかい出さないであげてよ、シーム。そっちのキュマニャンとやら、メッチャお疲れなんだから。
男湯、脱衣所。
「……シーム」
「なに?」
「あんまりジロジロ見ないでくれる?
その、脱ぎにくいんだよ……」
「う、うん。ごめん」
「……」
「ウラヌス、だいじょうぶ?」
「……つかれた」
「服脱ぐの、手伝った方がいい?」
「ぜったいヤメテ。
オマエのねーちゃんに脱がされたの、すんげーショックだったから」
「アハハハ……
おねーちゃん、服脱がすの上手いよね」
「なんなんだ、あのムダなハイスペックは……」
女湯、脱衣所。
「いってぇー……
完っ全、コブになってるし」
「自業自得です」
「結構オーラで防御したつもりだったんだけどなぁ……
なんで『絶』なのに、そんな馬鹿ぢからなの?」
「馬鹿力とはなんですか、失礼な。
……あなたとは鍛え方が違うんです」
「だってアンタ、そんな腕とか太くないじゃない。
そりゃムキムキマッチョなら分かるんだけどさぁ……」
「どさくさ紛れにジロジロ見ないでください。
念能力者の見た目に惑わされるなんて、まだまだですね。私のような身体でも力のある人なんていくらでもいますよ」
多分だけどね。実際ゴンやキルアは、あの子供体型で基礎身体能力かなり高いしな。
それは抜きにしても、身体を適切に動かしさえすれば、格段に打撃の威力を上げられるからね。要は技量次第だ。まぁメレオロンを叩く為にそこまでしてないけど。
「それにしてもさぁ……」
服を脱いでる最中の私をジロジロ見てくるメレオロン。私は警戒気味に見返し、
「なんですか? またジロジロと……」
「いや、前々から思ってたんだけど、ホンット色気のない下着よね。
それが年頃の女の子が穿く下着?
お子様だってもうちょっとマシ──」
「本ッ気でブッ飛ばしますよ?」
「やめて拳振りかぶらないで壁とか床にメリこみたくないです」
「天井なら構いませんね?」
「構います死ねます」
「まったく……
下着も穿いてない人に言われたくありませんよ」
「それ、ウラヌスにも言ってやったら?」
言われて、ハタと気がつく。
そういえば私、着替えさせられた時に穿いてた下着も……
ぐぅ……そりゃそうか、こんなことまでウラヌスに知られてるのか、くぅぅっ!
檜の薫りに包まれ、2人の少年が気の抜けた顔で湯船に浸かっている。
「昼間っからお風呂っていうのもいいねー」
「そだなー。
こんだけしょっちゅう入ってると、ふやけちまいそうだけどなー」
「でも、入浴タダって太っ腹だよねー」
「つってもココ、1人1泊12000ジェニー取られるしな。
こんなの何度入ったって元取れねぇよ」
「あはは。
……ウラヌス、喉の調子どう?」
「ん? ……そだな、かなりマシになってきたよ。
アイシャの風呂の提案は英断だったかもな。おかげで大分ノド潤ってきたよ」
「よかった。
アイシャ、すっごい心配してたもんね」
「やっぱ俺やりすぎたかな……
あんなブッ飛ばす気なかったんだけど……」
「そうそう。ウラヌス、めちゃくちゃ歌上手いじゃん。
ボクびっくりした」
「んー。つっても歌手じゃねーんだから、上見たらキリないけどな。
あ、あー。LALALAー♪」
「やっぱ上手いじゃん。また歌ってね?」
「もーかんべんして……」
檜の薫りに包まれ、変態と少女がお互い変な顔して湯船に浸かっている。
「……そうやって、当てこするみたいに頭さするのヤメてくれません?」
「いや、違うってば。
髪の毛洗ったら、なんかジンジンしてきちゃって」
「……。
ちょっと強めにやりすぎました。すいません」
「そんなスネながら言われても」
「スネてません」
「アレはホントに悪かったってば。悪ノリしてたのは認めるわよ」
「……
そんなこと言って。アレ、シームの為ですよね?」
「ん? なんのこと?」
「ウラヌスが言ってましたよ。
シームがこのキャラ好きだからって。
……多分そう言わなかったら、ウラヌスもあんなカッコしませんでしたよ」
「あー、うん……
それでアイツもあんなムチャしたのよね」
「アレって、アニメのキャラの衣装なんですよね?」
「うん、そうよ。プニキュマファイブとかいう子供向けのアニメ番組。
いちおう女の子向けなんだけど、知ってる?」
「いえ、私は知らないですが……
そんなことより、シームは一体いつ頃そのアニメを見てたんですか?」
「あー、気づいちゃった?」
「ええ。だってシームがNGLに入った後は、ずっとテレビを見れる環境なんてなかったはずですし。……ですよね?」
「そうよ。……ロカリオに住んでた頃、見てたアニメ。
とは言っても、そんなに昔じゃないのよ。
最後に見たのは1年くらい前かな? テレビ放映中にNGLへ移り住んだから、続きが気になるってずっとシーム言ってたし」
「……シームは、絶賛放映中とか言ってたんですけど」
「うん……
シームの頭の中じゃそうなんでしょうね。アタシはとっくに放映終わってると思うけど。あの手のアニメって、大体1年もしたら終わるから。
なんとなく予想はつくけど、シームの反応が怖くてホントに終わったかどうか、調べてないのよね」
うぅむ。シームがあれだけ喜んでた理由は分かったけど、何かツライ事実を知ることになりそうだな。
お風呂から上がり、ひとまず部屋に行く。と、ウラヌスとシームが既にいた。
なぜかシームがぐすぐすしてる。宥めようとしていたらしいウラヌスが、慌てた様子でこちらを見る。
「ん? どしたの、シーム。
そこの
「ちょっ……」
ウラヌスはメレオロンに何か言い返そうとして、そのまま口を閉ざした。助けを求めるような困った表情。そばにいるシームはめそめそしながら、
「ちがぅぅぅ……
プニキュマファイブ、もうとっくに終わってるって……」
お、おう。知ってしまったか。
そして、泣くのか……
メレオロンが長い溜め息を吐きながら、
「はぁー……つっかぇ。
なぁんでヒトが今まで黙ってたことをあっさりバラすのー? もう!」
「いや、だって!
……あの話の続きどうなったとか聞かれたから、そしたら当然放映が終わってることを言わないわけにも……」
「うわぁーん!」
これはヒドイ。でもこれ、元はと言えばメレオロンが余計なことしたからじゃないか。ちゃんと収拾つけてよ。
私が目でそう訴えると、メレオロンは肩をすくめ、
「まぁ仕方ないじゃない? アニメはいつか終わるものだし。
……それにほら、キュマニャンならそこに」
「うわぁーんッ!!」
「おいコラてめぇ」
「メレオロン、頭をあと何センチへこませたいですか?」
この変態……誰が火に油を注げと言った!
私達が怒気混じりに迫ると、メレオロンは心底怯え、
「やめヤメやめ!
冗談に決まってるじゃない! そんなボキボキ指鳴らさないでッ!!」
当然ながら、ウラヌスはとっくに着替えて、いつものワンピースだ。キュマニャンなどいない。……そういえばあの衣装、結局どうしたんだろ。まだ処分はしてなさそうだな。
泣きじゃくるシームを、ウラヌスはよしよしと撫でながら、
「つうかメレオロン、オマエよくあんなもん見つけたな……」
「へ?
普通にデパートのコスプレコーナーで売ってたけど?
……キュマニャン一式で、16000ジェニーした」
「ぅぅわっ!」
思わず変な声でた。高ぇよ。貴重な予算をそんなことに……いやまぁ贅沢な食事もしてますけども。
「おまえ……無駄遣いしやがって!」
「あーハイ、すいませんゴメンナサイ!
でもおかげで、短時間で指定ポケットカード取れたじゃない?」
いやいや、流石にそのメレオロンの言い分は認められないぞ。好き勝手しすぎだ。
「なに言ってるんですか、ウラヌスをこんなボロボロにして!
この後の修行に響くじゃないですか、おまけに無駄遣いまで!」
「えっと、アイシャ……
ボロボロになったのは、俺のペース配分ミスだから……ごめん」
「……それは分かってます。
でもシームをダシにして、無理やりあんなカッコさせたのは事実じゃないですか」
「すいません……」
「謝っても許しません!」
「どうか、どうかこの通り……」
「……百歩ゆずって、シームの為にやったことだとしても、です。
ウラヌスのこと無理やり着替えさせたのは、絶対許せないんですけど」
「……。
その……それを言われると、俺がアイシャにしたこともほとんど同じなわけで……」
ぅぐっ!?
そ、それは分かってるけど……いま言わないで……
「……俺が言うのもおかしいんだろうけど、アイシャは俺のしたこと、水に流しちゃダメだよ? ちゃんと償わせてね」
「わ……
わかってます。分かってますから、その話は置いといて。
……メレオロン。
少なくとも無駄遣いした分については、何かで補填してくださいね」
「はい……」
「……ボクもする」
泣きべそ状態だったシームが、そんなことを言ってくる。
「あなたは別に……」
「……でもおねーちゃん、ボクの為にあの服買ったんでしょ?
だったら、ボクも手伝う」
……。そう言われると、何も言えないな。
「では……
2人はこの後、イナゴ退治に挑戦してください」
『えっ!?』
目を剥く姉弟。この流れで具体的な要求をされるとは思わなかったのだろう。だが私は容赦せん!
「ふっふっふ……自分達で言い出したんですから、ちゃんとやってくださいね?
これも修行の一環です」
私が不敵に笑うと、やたらと慄く2人。選択肢は『はい』か『YES』だ。好きな方を選ぶといい。
いやまぁ元々イナゴ退治はそのうちやってもらうつもりだったけど、良い機会だしな。修行と攻略を兼ねれば効率もいいだろう。この2人がイナゴ退治すると時間がかかりそうだけど、それも修行に
問題はそのあいだ私が修行できないことだけど……ウラヌスはもう今日は大事をとって、休んでほしいしな。そっちは諦めることにする。
ウラヌスは遠慮がちに手を上げ、
「えっと、それってこの後すぐ?」
「……あなたが回復したなら、すぐで構いませんけど」
見た感じ、血色はよくなってるけどまだ本調子じゃなさそう。声もちょっと掠れたままだし。
「俺の回復なんて待ってたら、時間もったいないよ。
行くなら今から行こ」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫。修行場に行ってから休めばいいし。
ただアイシャ、悪いんだけど……」
「もちろん、今のウラヌスに組手をお願いするつもりなんてありませんよ。
今日は安全面を考慮し、私は流すだけにしておいて体力を温存します。だからあなたもしっかり休んでください。
その代わり、メレオロンを雑巾みたいにぎゅうっと絞るんで」
「えッ!?」
「うん、助かるよ」
「えッ!?」
えっ? じゃないよ。今日は懲らしめてやるからな。覚悟するがいい。
さて、イナゴ退治するのはいいとして。問題になってくるのが服だ。
私とウラヌスは気にしなくていいけど、メレオロンとシームはツナギが2着しかなく、1着は旅館で洗濯中だ。いま着てるのがイナゴの攻撃で破けたらマズイことになる。
なので、オータニアのショッピングセンターへ買い物に来ていた。
「つか、着替えが欲しいっつーからカネ余分に渡したのに、肝心の着替え買ってねーってどういうことだよ……」
「あ、あははー……
その、予算的にキツイなーって」
「そうだろうな。で、誰が俺の着替えを買えっつったよ? お前はアホか」
「ちょっとー。それは言い過ぎじゃない?」
「メレオロン。あなた、ホントに反省してます?」
「反省してます……」
まったく……口の減らない変態だな。
「メレオロン、余計なことにお金使ってますけど、ちゃんと昼食は摂ったんですか?」
「食べてる食べてる。
そういう買い物もしてたから、自分達の着替えを買いそびれたわけでして……」
「はぁ……もうオマエに金渡すのやめよっかなぁ。
シームのが、よっぽどしっかりしてるじゃないか」
「一緒にしないで。
おねーちゃんがだらしないだけだよ」
「シーム、ちょっとはフォローしてよぉ……」
「やだ。
ほっといたら、いっつもビールがばがば飲もうとするじゃん。アレやめてよね」
「だってぇ……」
「ほら、くだらないこと言ってないで、さっさと服を買ってください」
テキパキ動かないと、イナゴイベントがどれだけかかるか分からないからな。修行場で鍛える時間がどんどん減ってしまう。せっかくウラヌスが、回復する間も惜しんで動いてくれてるのに。
ウラヌスが「けほっけほっ」と咳き込む。……ほらぁ。
「ホントに大丈夫ですか?」
「けほんっ、んっんー……
だいじょぶ、ちょっ気管……引っかかっ、ふ」
やっぱり無理してるな……身体機能にガタがきてるって話は本当なんだろう。念能力が復活してれば、私なりに診れるんだけど……
私はメレオロンに視線を向け、
「あ、ごめん。水とノド飴、すぐ出すわ」
「わるぃ……」
「……休めとは言いませんが、せめて無理せず、しばらく話さないようにしてください。
少しの間、私の方で指示を出しますから」
頷くウラヌス。……そりゃそうだ、私もうっかりしてる。何でこんな状態のウラヌスに、リーダーの負担かけたままにしてたんだ。こんな時ぐらい、しっかりしないと。
「とにかくメレオロンとシームは、ツナギを1着ずつ買ってください。
後は──」
イナゴ退治の後に修行場へ直行する予定だったので、着替えと食料品等を補充した後、トレードショップへ移動する。
そもそも真珠蝗がもう取れない可能性もあるので、まずは確認。えっとNo.は……
ウラヌスが指5本と指2本を示す。そうそう、52だ。
「──『名簿/リスト』オン。52」
現在 52「真珠蝗」を
所有しているプレイヤーは
13人
所有枚数は
23枚
ふむ。これなら……
「2セットいけますね。
ではまず、私がお手本として、1人で依頼を受けてイナゴ退治をやります。
ウラヌスには、真珠蝗の回収だけ手伝ってもらいます。私のイナゴ退治が終わった後、メレオロンとシーム2人で依頼を受け、同じようにイナゴ退治してください」
「うん、分かった。
……2セット取るつもりなら、持ってる真珠蝗全部売っちゃう?」
シームが尋ねてくるので、私は少し逡巡する。4人の指定ポケットに1枚ずつあるから、4枚とも売るかどうかか。でも1000匹に1匹が平均で取れる数だから……限度枚数が30だし……
ウラヌスが手招きしたので、そちらを見る。
指を1本立て、自身の胸をトントンと叩いてみせるウラヌス。
……うん。念の為1枚残せ、か。単純計算で10枚取れるから、それでいいかもね。もし何かの事情で真珠蝗が取れなかった時、手元に1枚も残らないのはマズイ。
「ではウラヌスの1枚だけ残して、3枚売りましょう。
メレオロンとシームは、バインダーから真珠蝗を私に渡してください。ブック」
『ブック』
大小のお金カードがそれぞれのバインダーを圧迫してるけど、その辺は修行から戻ってきた後、入手した真珠蝗を売るついでに整理するつもりだ。いつもウラヌスがお金を管理してるし、いま負担かけたくないしな。
ともあれ例の畑で私1人が地主と話して依頼を受け、外に出てくると畑の中にイナゴが飛び回っていた。
3人ともそれを嫌そうに眺めてる。うん……慣れないね、この光景。元が黄金色の良い風景なだけに、ギャップがキツイ。
腰に手を当て、一息つき、
「では始めますね。
もう何度も見てるとは思いますが、次は自分達が入るんですからいつも以上にしっかり観察してください」
「うん」
「分かったわ」
「……ウラヌス、申し訳ないですが真珠蝗の回収だけお願いします。
あ、その前に『周』もお願いします……」
ウラヌスが指で○を示す。彼へクルリと背を向ける。……ホントに大丈夫かな、オーラ使わせて。オーラは大丈夫って言ってたけど。でもお願いしないわけにはいかないしな。
ウラヌスのオーラが、私の身体を覆う。今さら悩んでも意味がない、さっさと始めるか。
「あっ! アイシャ待って!」
おぉっと。畑に入りかけたところで、シームが制止してきた。
「どうかしましたか?」
「アレアレ、時間は計んなくていいの?」
うん? ……ああ、タイムアタックするとか言ってたヤツか。すっかり忘れてたよ。
ウラヌスが携帯を取り出し、操作している。私に○のサインを出してくる。
オッケおっけ。では気を取り直して──
私は緑が荒れ狂う畑の中へと、勢いよく踏み込んだ。
猛烈な速度で狩られていくイナゴの大群を眺めながら、2人は唖然としている。
「まだ速くなんの……」
呆れ声のメレオロン。昨日より更に鋭く速い体捌きに、正直どう参考にすればいいのか分からない。
「タイムアタックって言っちゃったから、余計速くなってよく分かんないね……」
シームの声にも呆れた響きが雑じる。
やや困った顔をしつつも、目で真珠蝗の出現有無を見続けるウラヌス。この時ばかりは消耗を気にしてはいられない。少しでも緩めると、真珠蝗の出現中にどんどんアイシャがイナゴを倒してしまい、次が出てくる余地を削ってしまう。真珠蝗が畑にいる間は新たに出現しない為、初回は3匹しか取れなかったのだ。
ウラヌスが畑へ踏み込む。
真珠蝗を即座に確保し、畑から出る。体力温存の為か、非常に無駄のない動きだ。
カードをシームに渡そうとするウラヌス。「ん?」と首を傾げた後、「あっ、ゴメン。ブック!」とバインダーを出すシーム。
それを見て、ウラヌスが『ブック』の宣言すら避けていることにメレオロンも気づく。なんとも律儀なことだと思いもする。
イナゴの数が減り始めた。徐々に、やがて急激に減っていく。
再出現が止まり、察したアイシャの動きが速度重視から精度重視へとシフトする。
メレオロンとシームの肩に、ウラヌスの手がポンポンと置かれる。
2人とも手を置いた本人を見るが、ウラヌスは畑をアゴで差すだけ。
「……あ、うん。分かった。
ここからの方が参考になるってことね」
言いながら、アイシャへと視線を戻すメレオロン。
動きが遅くなったわけではない。アイシャが身体を動かす速さそのものは変わらずだ。代わりに待つ時間が長くなっている。効率よく狩る為に、狙いを定め、適切な間を計っている。結果、運動量が減ったにも関わらず、イナゴが減る速さはそこまで変わらない。
が、イナゴの残数が著しく減り、流石にペースダウンしてくる。
昨日までは幾分ここから緩やかに動いていたが、今日のアイシャはタイムアタックしている。よって移動速度は緩まない。適切な位置へ移動していく、その見極めもまた鋭い。
ウラヌスがポケットから携帯を出す。
アイシャがちらりとそちらを見やり、ウラヌスは素早く指を1本、3本と立てる。残るイナゴは13。
土が跳ね、穂が揺れ、腕刀と足刀が舞う。
ほぼ甦った黄金色の景色にイナゴが1匹跳ねる──アイシャの指先が疾り、そのラストワンを射抜いた。
携帯のボタンを押すウラヌス。「ふぅ」と吐息するアイシャ。
畑から歩み出て、トントンと靴の土を落とすアイシャに、ウラヌスが携帯を差し出す。
携帯電話の画面には、停止した時間が表示されている。
──13分58秒20──
画面を覗き込んだメレオロンが一言、
「うへー……」
「うへーとはなんですか。失礼な」
苦言を呈しながら、ウラヌスに携帯を返すアイシャ。
「お疲れ様、アイシャ。すごく速かったね」
「ええ。
……まぁ流石に急ぐと、少し気疲れしますね」
「気疲れで済むの……?」
「そんなこと言ってますけど、次はあなた達ですよ。
心構えはできてますか?」
「うへぇ」
「メレオロン……あなた、やる気あります?」
「いや、だってさぁ。
アンタの動き、参考にならないんだもん。速すぎるっての」
「そうは言われましても、私はタイムアタックをしてたんですから。
第一、あなた達がどれだけ時間かかるかも分からないのに、私が悠長にしてるわけにもいきませんし」
「えっと……
イナゴ退治した後、やっぱり修行するの?」
「当たり前じゃないですか。
急げとは言いませんが、のんびりしちゃダメですよ」
「うへぇ」
「おねーちゃん、ウヘウヘうるさいよ。
ボクまでやる気なくなるじゃんか」
「う……ん。ごめん」
「……とにかく。
私は報酬を受け取ってきますから、入れ替わりで依頼を受けてくださいね」
私が地主から20万ジェニーを受け取って出た後、2人が地主の家屋に入る。
……そういえば、イナゴが発生する瞬間って見たことないな。畑を眺めてようか。
しばらくして。
畑を彩る黄金色の穂がざわっと揺れだし、あちこちでぴょんぴょん跳ねるのが目に映る。それが一気に増えていく。
なるほど……なんとも嫌な光景だな。
でも、この世紀末な外観と裏腹に、稼げる良イベントなんだよね。バトルイベントとは言えない程度の危険度だし、怪物と戦うのはまだ難しい2人の修行にはちょうど良さげだ。
「……。
ウラヌス、いちおう2人がどれだけ時間かかるか、計ってもらえますか?」
指を○にして返すウラヌス。携帯を操作している。
うーむ。自分で言い出しといて何だけど、コミュニケーションしにくいなぁ。……それだけに、普段どれほど頼ってたか分かっちゃうな。いやはや。
「うはー。
これから自分が入ると思うと、すんごい気ぃ滅入るわねー……。
アンタ達もよくやるわね、こんなの」
地主の家屋から出てきたメレオロンが、畑を見て心底うんざりそうに言う。
「ボク、ちょっとやってみたかったんだ」
「えー。なんでよ?」
「いかにもゲームっぽいじゃん。あるでしょ、こういうミニゲーム」
お。シーム、妙にやる気あるな。少しは弟を見習え、メレオロン。
「やってみれば分かると思いますが、イナゴを倒すのに攻撃力はほぼ不要です。オーラを籠めた攻撃を当てさえすれば、まず倒せます。
なので、何を置いてもしっかり当てることを意識してください。
もちろんですが、守りは最優先で。ベストは衣服を一切傷めずにクリアすることです」
「りょーかい。休憩はアリ?」
んー……休憩なぁ。休み休みだと時間がかかりすぎると思うんだよね。それはちょっと。
「シームはオーラが切れるでしょうから休憩していいですけど、メレオロンは休憩なしでいけませんか?」
「いけなくはないかもだけど……
うん、まぁ分かった。アタシは休憩なしね」
「ええ、それでお願いします。
シームはオーラが切れかけたら、すぐ畑から出てください」
「……いいの?」
「服はともかく、怪我でもされたら困りますからね。
但し飽くまでも休憩です。ある程度回復したら戻ってください。でないとメレオロンも初回から1人ではキツイでしょうし」
「ん。分かった」
そもそも、メレオロンのオーラが切れるほど手間取ると困るんだよね。2人がキツそうなら、私が入ってフォローするつもりだけど、『周』の時間切れに差し掛かるとマズイ。
ウラヌスが手を動かす。自身を指差し、私の後ろ髪辺りを指してクルリと回す。
うん……切れちゃったら、また『周』してもらうしかないか。あまり負担かけたくないけど、仕方ないな。
「それでは2人とも、リュックを下ろして軽く準備運動してください。
あと、畑の中では疲れたからと言って大口を開けて息継ぎしないように。飛びかかってきたイナゴが口に入るかもしれませんから」
2人が物凄く嫌そうな顔をする。まぁそうだろうね。私もそれが怖くて、口をほとんど開かないようにしてた。
準備運動を終えた2人が、畑を前にしてオーラを纏い、タイミングを計っている。
「……行こう、おねーちゃん」
「うん」
畑に踏み入る姉弟。すぐさま2人へと、近くのイナゴが飛びかかってくる。
予想はしてたけど、空中にいるイナゴを捕らえきれず、メレオロンの攻撃がスカった。その後、身体に飛びついたイナゴを叩いて倒す。
シームもぶんぶん腕を振ってるけど、まるで当たらずに、むしろ避けられすらしてる。身体にくっついたイナゴをばんばん叩いている。
見事なまでに予想通りの結果だな……。止まっている
とにもかくにも慣れることだ──動きを読むことに。見てから反応したのでは、2人の速さで間に合うはずがない。
イナゴも出鱈目な動きをしているわけではない。小さく見えづらいが、動く前の予兆、どう動くかの予兆がある。複数いることに囚われず、まずは1匹1匹を意識することだ。
その辺の助言はしてもいいけど、できれば自力で気づいてほしかった。──おそらくは2人を待ち受ける、過酷なこれからの為に。
「やぁっ! やぁっ!」
「あーもう! なんなのコレッ!」
けどまぁこれは……長期戦になりそうだなぁ。うーん。
5分ほどが経過して、シームが畑の敷地から出てきた。大きく口を開けて呼吸を荒げ、額の汗を拭ってる。
『纏』で戦ってたけど、やっぱり保ってそんなもんか……。常に『纏』で戦うのって、慣れてないとシンドイだろうしな。特に身体ができていないシームにとって、実戦に近いこのイベントはキツイだろう。おまけに畑の中では呼吸すら妨げられる。
「シーム。
休憩しながらで構いませんから、メレオロンの動きを見て参考にしてください」
「う……うん……」
シームは座り込み、『絶』を始めたようだ。視線はまだ姉がいる畑の中へと向けている。
メレオロンは、流石に5分程度でヘバったりはしない。オーラ量は文句なしだし、ここ数日の修行でもオーラによる身体強化、身体の動かし方は見る見る良くなっている。
不真面目なのはメレオロンなんだけど、飲み込みがいいのもメレオロンなんだよな……。まったく、要領がいいと言うか何と言うか。
別にシームを責めるつもりはない。彼は彼で、確かに伸びはいいのだ。出来上がってる基礎に差があるだけの話だ。
ウラヌスが畑から目を離さないようにしつつ、リュックからペットボトルを取り出してシームに手渡す。
「ありがと……」
目は向けずに、手を振るウラヌス。うん、何だろ。この私だけ厳しくしてる感じ。……いやまぁ、私がそういう役回りなのは分かってるけどね。……ちぇっ。
30分ほどが経過した。
流れが悪いな……。たぶん疲労と集中力が切れてきたせいで、メレオロンの動きが雑になってる。
まだ畑のイナゴは最大数に達していない。けどメレオロンが処理できる限界を、現状で越えてしまっている。イナゴが畑の中でかなりの密度に達した今、適当に手足を振るだけでもイナゴの数は減る。
結果、いたずらに体力を消耗する。それ自体は修行になるけど、ここでは持久戦をしてほしくないんだよね。それは修行場でも出来ることだ。私の狙いとしては、敵と戦う為に必要な感覚をこの機会に磨いてほしかった。
いくらか回復したシームが、その度に畑へ突入するけど、せいぜい1分かそこらで出てきてしまう。実質、メレオロンが孤軍奮闘してる状態だ。
疲労困憊のシームが、そんな姉の姿を痛ましそうに眺めている。
「はぁ、はぁ……アイシャ。
おねーちゃん……休ませちゃダメ?」
シームの言葉に逡巡すると、視界の端でウラヌスが神妙に頷く。
「……。
確かにこのまま無理に続けても非効率ですね。
──メレオロン! 一度畑から出てください!」
こちらに反応する様子を見せるメレオロン。が、畑の中央から移動しようとしない。
うん……? なんだろ。もしかして意地になってるのか?
まだ『周』の効果が残ってるので、私も畑へ突入する。飛びかかってくるイナゴを払いのけるだけして、メレオロンのそばへ辿り着く。
「メレオロン。畑の外に出て、少し休憩してください。
このまま続けても非効率です」
「……」
苦い顔をするメレオロン。やっぱり意地になってるな。根性は認めるけど、ウラヌスが万全ではない状況で無理はしてほしくない。
「メレオロン、お願いだから出てください。
シームがあなたのことを心配していますよ」
「……。分かった」
複雑な表情で首肯してくる。私はイナゴを払いのけながら来た道を戻り、その後ろからメレオロンも付いてきた。
畑から出る。メレオロンも畑の敷地から出て、身体に付いているイナゴが白煙になって消えた。
「はぁぁぁぁぁー……」
メレオロンが、くたりと膝をつく。やっぱり無理してたのか。
「おねーちゃん、だいじょうぶ……?」
「ん……へいきよ」
音を立てて息をする姉弟に、私は少し考え、1つ質問してみる。
「2人ともどうします? 続けますか?」
「え……?
最後までやらせる気なんじゃないの……?」
「もちろん、出来ればそうしてほしいですけど。
こればかりやって、今日の修行が終わっても困りますし」
「遅くてすいませんね……
アンタ達みたいに上手くできないわよ……」
「誰も上手くやってほしいなんて言ってませんよ。
こういうことをしていても、修行になりませんか?」
「……。
ちょっとずつ、考えて動けるようになってる自覚はあるけど……
でも、流石にこの数はキツイわよ……」
今も猛烈な数のイナゴが、畑の中を飛び回ってる。しかも、これで最大じゃないからな。
「ボクはもう少しやりたいけど……」
ふむ。……ただ、今のままだと効率の良い修行法とは言えないな。もう一工夫しないと。
黙っていたウラヌスが軽く手を上げる。
私達が注目すると、彼は畑の中へおもむろに入った。
両手でイナゴを数匹落とし、すぐ畑から出る。
少し歩き、再び畑の中へ。同じようにイナゴを数匹削って、また畑から出る。
ウラヌスが小首を傾げて、『どう?』という感じで私達を見やる。
「……なるほど、ヒット&アウェイですか。
2人とも、今のウラヌスみたいに出来ますか?
呼吸を整えてから畑に入り、何匹か倒してすぐ畑から出る。この方法なら、多少消耗を抑えられると思いますが」
シームが立ち上がり、頷く。
「……うん、やってみる」
遅れてメレオロンも立ち上がり、
「今の方法で構わないの?」
「もちろん構いません。むしろ、私達を真似て中央で戦う必要なんてありませんよ。
アレが効率いいのは、イナゴを倒す速さがあってこそです」
むしろ本来は、ウラヌスのやってみせた方法こそ正しい攻略法なんだろう。大抵の敵に弱点が用意されているグリードアイランドで、イナゴ退治の手段が正攻法だけという方が不自然だ。この場合は、イナゴが畑の外に出ないのが、用意された弱点なんだろうな。
──ウラヌスの攻略法は大当たりだったようで、2人がイナゴ達を狩るペースが劇的に上がった。やはり、畑を出て息継ぎする時間を作れるのが大きいようだ。正しい呼吸法もちゃんと教えてあげないとな。
特にシームは持続的に動ける時間が伸びて、何とか残り少ないオーラでやりくり出来ている。メレオロンは、今までシームが畑にいる間は意識して庇うような動きをしてたから、そちらを気にしなくて済むようになった分だけ動きが良くなっていた。……もちろん弟を守ろうとすること自体は構わないんだけどね。
「……こほん。ん、んっ。アイシャ」
久々にウラヌスの声を聞く。
「話して大丈夫ですか?」
「大事をとってるだけだし、少しだけ。
あんまり長々やって他プレイヤーの目についてもイヤだし、真珠蝗が1匹出たらそこで終わりにしよう。
40分やって1000匹も倒せてないし、これじゃ5000匹倒す前に日が暮れるから」
「ええ……分かりました」
確かにそのペースだと5000はキツイな……。もう午後3時だ。消耗すればペースが落ちるだろうし、残り時間内には厳しいか。
それからしばらくして、出現した真珠蝗をウラヌスが摘み取った時点で2人を制止する。
「2人とも!
そこまでです。真珠蝗が一度出ましたから、いったん終わりにしましょう」
『もういいのっ!?』
2人とも嬉しそうに聞き返す。……そうか、そこまで嫌気が差してたか。
「まだ2人には、いつもの修行もこなしてもらわないといけませんからね。
ここらへんで切り上げておきましょう」
すぐゲンナリする姉弟。まったく、一喜一憂して忙しいな。
「いいから報酬受け取ってこいよ。
中途半端でも、倒した分の金はもらえるから」
言われて、シームは目を見開く。
「そうなの?
あっ。ウラヌス、喋って大丈夫?」
「ノドはだいぶ回復したよ。
……まぁ体力はまだだけどな。ぶっちゃけ、あんまり休めてないから」
うん、まぁそうでしょうね。真珠蝗の出現をずっと見張ってたからな。……すまぬ。
・イナゴ退治イベント3回目リザルト
アイシャ:イナゴ撃破スコア5000 真珠蝗捕獲スコア0
ウラヌス:イナゴ撃破スコア0 真珠蝗捕獲スコア4
イナゴ撃破スコア:5000匹×20ジェニー=100000ジェニー
イナゴ殲滅ボーナス:+100000ジェニー
イベントクリアタイム:13分58秒
・イナゴ退治イベント4回目リザルト
メレオロン:イナゴ撃破スコア887 真珠蝗捕獲スコア0
シーム :イナゴ撃破スコア230 真珠蝗捕獲スコア0
ウラヌス :イナゴ撃破スコア0 真珠蝗捕獲スコア1
イナゴ撃破スコア:1117匹×20ジェニー=22340ジェニー
イベント終了タイム:53分10秒
※ウラヌスもイナゴを倒しているが、依頼未受理なのでノーカウント