第八十六章
むくれてお互いそっぽを向く私達に、呆れた様子でメレオロンが手を叩き、
「はいはいはいはい……
煽ったアタシも悪いけど、アンタ達も拗ねないの」
「スネてねーよ!」
「スネてなんかいませんよ……」
くっそ、なんでこんなに恥ずかしいんだ……
「おねーちゃん、仲裁するならちゃんとしなよ……」
「ほらー。シームもこう言ってるし、さっさと行きましょ」
「オマエな……
分かったよ。行きゃいいんだろ、行きゃあ。アイシャもホントにいいんだよね?」
「ふん、好きにしてください」
溜め息を吐いてウラヌスがバインダーをめくりだしたので、私も仕方なく目を向ける。
「──『同行/アカンパニー』オン! ソルロンド!」
半ばヤケクソ気味にウラヌスがスペルを使用し、私達はその導きで空を飛ぶ。
なんとも言えない気分のまま着地する。その途端──
むわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──……!
あぁっっつ!!
うわ、いきなりあっつ!!
すっごい熱気だ。え、夏ってか真夏か? まだ朝だぞオイ。
目の前に広がるのは、常夏リゾートそのまんまな雰囲気の都市。
晴天が広がり、街並みを陽光が白く照り返す。まぶしぃー。視覚的に暑いんだけど。
吸う空気が熱っぽく、すぐに身体から汗が吹き出してくる。これは油断してた……
「あぁっつぅー……
マージー? え、こんなに暑いの?」
「だから暑いっつったろ?
来たいって言ったの、自分達じゃないか」
ええ、うん。その通りです……
しかしこれメレオロン着替えられないの、かなりキツそうだな……かわいそ。ぜんぜん観光楽しめないと思う。
「ぼくも早く着替えたいぃー」
「だな。まずは服の調達か。
アイシャも着替えるんでしょ?」
「ええ、一刻も早く……」
「オッケ。まず涼めるところに行こう。
流石に俺もこれは干上がる」
ソウフラビの砂浜で修行してたから大丈夫だろうとタカくくってたけど、これはダメだ……そもそもの気温が違う。あっちぃー。
チャックを少し下ろして、胸元をパタパタする。むね、むねがあっつい……すぐに上着脱ぎたい……
ウラヌスが一瞬こちらを向きかけて、すぐそっぽ向いた。おん?
「どうかしました?」
「いやなんにも。
デパートはこの大通りをまっすぐ行ったところにあるよ。早く行こう」
涼めるところって、デパートのことだったんだろうか。それとも行き先変えた? 別にいいけど。
やや早足気味に案内するウラヌスに連れられ、デパートに到着。
デパートに入った途端、ひやあぁーっと冷気がお出迎え。
「うーひゃー。すーずしーぃっ!」
シームの歓声。あー、これは涼しいなぁー……
「またずいぶん快適ねー。うあー……アタシもうここに住むわー」
「勝手に住みついとけ。俺達は別の都市に逃げる」
「なーにー、その面白くない返しー」
まぁわざわざ暑い都市の冷房効いた場所に住むって、変だもんな。
「ウラヌス、ここで服を買うんですか?
着替えられる場所なんてありますっけ?」
デパートってカードはたくさん売ってるけど、代わりに直接商品見て買えないんだよな。だから服はあるけど買いづらい。当然更衣室なんて気の利いたものもない、はず。
「この近くに服屋があるから、着替えもそっちだね。
ここでは飲料水を買ってく。何にもなしじゃ、移動中に干からびちゃうよ」
なるほど。涼みつつ、水の確保か。
「でも、単に水を買うんですか?」
「ううん。汗かいた時の塩分補給とか、必要成分を一緒に摂れる飲料が売ってる。
で、ポケットサイズのペットボトルを複数買って、それぞれ1つ持つ。いつでも飲めるように。残りはフリーポケットだね」
来たことがあるとやっぱり違うな。聞いてて安心できる。苦労したんだろうけど……
「それで問題ないと思います。
その様子だと、ウラヌスおすすめの飲み物があるんですかね?」
「前のままならね。
んじゃ食料品のコーナーに行こうか」
熱中症対策と記されたスポーツドリンクを購入し、さて服を買いに行こうかという時。
「あのさ。紫外線対策とかしなくていいの?
日焼け止めクリームとか」
メレオロンがそんなことを言ってくる。紫外線か……実に女性らしい視点だな。どうもメレオロンに言われると複雑だけど……
ウラヌスは難しい顔で、
「……泳がないならいいけど、泳ぐのにそんなの付けてたら海が汚れるだろ」
「ひゃー!
アンタ、海の心配までするんだ?」
「茶化すなよ……
仕方ないだろ、気になるんだから。
俺に言わせりゃ、日焼け止めとかサンオイル塗ったままで泳ぐヤツの気が知れないよ」
正論のはずなんだけどウラヌスが言うとアレだな、うん……。あなたに限っては、環境より自分のことをもう少し優先してほしい。
そのウラヌスが私の方を見て、
「アイシャは、日焼けとか気にしたりする?」
「へ?
……いえ、別に。私、日差しには結構強いみたいなんで」
「かーっ!
またこいてるよ、この天然美肌! これだからナチュラル美少女様は」
「……うるさいですよ、メレオロン」
だって本当なんだもん。ていうか、なんだナチュラル美少女様て。
「アイシャ、肌白いもんね。まぁ気にしないんだったら別にいいけど……
いや、いちおう気にした方がいいかな。
若いうちはまだいいけど、歳を取ると数年後に日焼けのダメージが、肌のシミになって出てきたりするから」
こ、こわいこと言うなぁ……シミか。考えたこともなかったよ。
いや。でも、リュウショウの時に言われてみれば心当たりあるかも……。しばらく山に籠もって修行した後なんかに、リィーナがごにょごにょ言ってた気がする。うーん。
「結局買わないの?」
「買わない」
メレオロンの再度の質問に対し、ウラヌスはすっぱりとした答え。そういうウラヌスはどうなんだろ。なんか対策してる? ……オーラで防げるのかもな。ぬぅー。
さて、服屋さんに夏服を買いに来たわけだが。
シームの鱗は、手首から肘まで、足首から膝までなので隠そうと思えば隠せる。
だからそこは上手く覆いつつ、他は涼しく過ごせる服装がいいんだけど……
ぶっちゃけ小学生なシームに、そんなコーディネートできるわけがない。てか私も自信ない……
なのでメレオロンが、弟の為にあれやこれやとそのへん手間をかけてる。
「うーん、やっぱりシンプルな方がいいかなー。
でもこっちの柄も捨てがたいのよねぇ……」
「おねーちゃん、もういいってばー。
いつまで選んでるのさ」
「メレオロン、オマエあんま時間かけんなよー……」
「あんまりシームのこと、着せ替え人形にしちゃダメですよ」
「うっさいわねー。
こっちはいいから、アンタ達は自分の水着を見繕ってきなさい」
しっしっ、と追い払おうとしてくるメレオロン。まぁ姉弟の微笑ましいやりとりを邪魔するのも野暮かな。
ぐぬぬ……しかし、どうしたものか。
水着のコーナーは、さっき見てきたんだけど……
ねぇよ。着たいのなんて。
なんで私の胸が収まるサイズは、あんなキワドイのしかないんだふざけんなし!
見・せ・た・く・な・い・ん・だ・よ! 私はッッ!
くそっ! なんであんな約束しちゃったんだ私はっ!!
……ワカッテルヨ、ウラヌスがどんなの着るか見たかったんだよチクショウ!
案の定、ウラヌスめっちゃ困ってるしな……
ただ、こればっかりはどうしようもない。……だって泳がなきゃ指定ポケットカードは取れないんだから。だったら私かウラヌス、最低どっちかが水着を着なきゃいけない。
私達がバカなのは、犠牲は1人で済んだのに、
メレオロンの見立てで、手足にはアームカバーとレッグカバー。それってそういう名前なんだ……知らなかった。ともあれそれで手足の鱗をしっかり覆う。黄色い生地を選んだからパッと見は素肌にも見えるな。
後は短パンにタンクトップという、いかにも夏休みの子供らしい格好。……なんだな。改めて見ると、子供がこんなところに居るのって場違いと言うか。ゴンやキルアもそんな感じだったけどね。
「おねーちゃん、ありがとう!」
「どういたしまして」
うむうむ、美しい姉弟愛である。めでたしめでたし──
……じゃないんだよ。水着どうしよ。
「ふふーん。あんた達……
今の今まで棒立ちだったってことは、自分では決められないってことね?」
ぉぐっ。あ、悪魔が囁いてる。
「ぼ、棒立ちってことはないですよ。
ちゃんと探しましたよ……」
「俺もいちおう探しはしたぞ……」
「ふぅん。で、首尾のほどは?」
『……』
沈黙するしかない私とウラヌス。悪魔がうっすら微笑みながら、
「だらしがないわねぇ。
仕方がないから、アタシがコーディネートしてあげるわ。さぁどっちから?」
私とウラヌスは、お互いビッと指差し合う。
「どうぞお先に!」
「いえいえ、レディファーストで!」
「あなた、心は乙女でしょう!」
「身体は男なんで!」
我ながら最低な押し付け合いをしてると、変態という名の悪魔が私に迫ってきた。
「まずはアンタ」
「ひぃっ!?」
なんだその目はっ!? ちょー悪いこと考えてないかっ!?
メレオロンに手を取られ、女性水着のコーナーへと強引に連行される。
「だ、だれかタスケテー!」
「いってらっしゃーい」
「ご、ごゆっくりー」
引きつり笑いを浮かべて手を振るウラヌス。この野郎! 後で同じ目に遭うんだからなチクショウ!
あまり見たくない水着の群れに囲まれる中、
「で、なんで決められなかったの?」
強引に着せられるかと思いきや、至極真面目な顔で問われる。正直言いたくはなかったけど、
「えっと、その……
私の……胸が収まるサイズで、良さげなのがなかなか……」
「あらまぁ、巨乳ちゃんは服探しも一苦労なのねぇ。うらやましい」
巨乳ちゃん言うな! うらやましいもんか、こんなのっ!
「でも水着だったら、いくらアンタの胸でも収まるヤツくらいあるでしょ?
ほら、その辺にもあるじゃない」
メレオロンが指し示す辺りを見て、私は視線を逸らす。
「いえ、その……
そういう、なんか際どいデザインのヤツしかなくて……」
「際どい? たとえばこういうの?」
「それは水着じゃありません! 紐です!」
「いちおう水着みたいだけど……まぁ紐と言われれば紐ね」
まったく……そんなの着たら痴女認定待ったなしじゃないか! 誰が着るもんか。
「あー。つまりアンタが言う際どいって、このよくあるビキニのこと?」
「は、はぃ……」
だって肌露出がすごいし。ビスケに写真撮られてる時だって多少恥ずかしかったのに、直接見られるとなると何か……うん。前はこんなこと気にしなかったんだけどなぁ。
「そりゃあんまりないわよねぇ。
一繋ぎタイプのは、着やすさ的にスリムな女性向けなわけで」
「うぅ……」
こうやってメレオロンが真剣に付き合ってくれてるのが、かえってツライ。
「ま、探せばあるでしょ。
店員に言えば出してくれそうだし。
色とか柄の希望はある?」
「あーその……
できるだけ、地味ーなやつで。白とかそういう」
メレオロンが多分に疑わしげな眼で、
「白、ねぇ。
……アンタさ。白い水着で泳いだことある?」
「いえ……」
水着を着て泳いだこと自体はある。──室内プールを貸切にして。
たまたま気が向いて水中の修行を思い立ったからだけど、あの時は人目もなかったしな。胸のサイズもまだここまでじゃなかったから、普通の水着で……
ほんっと無駄におっきくなりやがって。いらないっての。
色々考えていると、メレオロンは水着を物色しながら、
「アンタが着たいなら止めはしないけど。
──白い水着は、濡れると大体『透ける』わよ。光加減も影響するけどね。
対策すれば別だけど、あれで泳ぐのは勧めない」
ひ、ひぃぃぃっ!? なんですって!
あっぶな。言われなきゃ多分やらかしてたぞ。おーこわ……
「白に限らず、色が薄い水着は透ける可能性があるんだけどねー」
「で、でしたら色の濃いヤツを……!」
「たとえば?」
「えっと、黒とか、紺とか……」
赤だけはない。絶対にない。
「黒い水着か……なかなか大胆ね。
あんたの胸だと、ここじゃ多分ビキニしかないと思うけど」
「紺で!
私がいつも着てる服みたいな色を……」
「紺ねぇ。
紺色で胸に余裕があって地味ぃな、一繋ぎの水着って言うと……
あぁ、心当たりあるわ。ちょっと店員に聞いてくる」
メレオロンが歩いていき、店員NPCに話しかける。どこかへ行く店員。お、希望通りのがあるのか。
引っ込んだ店の奥から、しばらくして店員が水着らしきものを持って戻ってくる。
メレオロンがそれを受け取って、私の方へ来る。
ひらりと、私の目の前で広げて見せた。
……は?
「はぁぁぁぁっっ!?
ちょっと、なんですかそれッ!?」
「なにって。
アンタのオーダー通りじゃない。これならサイズ揃ってると思って。案の定だったわ」
「いやいやいや!
それはダメですよ、イヤです!」
「ほぅん。
じゃあアンタ、自分の条件に合う水着見つけられるの?」
ぐぬぬぬっ! なかったから困ってんじゃないか! くそっ、だからって!
ソレを持って、ずずぃと擦り寄る変態。
「さ。
後も詰まってるし、さっさとお着替え、しましょうね♪」
「ひぃぃぃぃッ!!」
──少女脱衣中──
「あー、アイシャ。水着の試着は、下着脱いじゃダメよ。
下着は穿いたまま♥」
「は、はひ……」
先に言え! 絶対脱ぐまで待ってただろ! てか自然に覗くな!
「ほうほう。ふーん……」
「……ちょっと。いつまでジロジロ見てるんですか?
着替えにくいから覗かないでください……」
「ちゃんと着れるか確認してあげてるのよ。
別にいいじゃない、減るもんじゃなし。お風呂で散々見せてるでしょ?」
そういう問題じゃない! 覗くなと言うに!
──少女試着中──
「うんうんー。やっぱり似合ってるじゃない。
美少女は何着ても似合う似合う」
「……そんなわけないじゃないですか。
なんでこんな子供っぽいの……」
「いや、アンタ子供でしょ?
年頃なんだし、似合って当然でしょうが。ていうか、着たことないの?」
「そ……いや……うー」
「でも、なーんか足んないのよね……
……
うん。もうこれ買っちゃいましょう」
「は?
いや、ちょっと? 試着しただけですよね?」
メレオロンはなぜ持ってたのか、ポケットからペンを取り出し、キュポっとキャップを外す。
「え? な、なにを──」
「そりゃアンタ。
名前を書くのよ」
「はぁぁぁッ!?
なに言ってんですかッ!?」
「だって書く場所あるじゃない。
だったら書かなきゃ」
「あ、その、せめて脱いでから……!!」
「ダメー。
着たまま書きまーす♥」
「きゃあああああああッッ!!」
「なんか悲鳴聞こえるんだけど……」
「見えない聞こえない」
少年達は、女性水着のコーナーから聞こえてくる悲鳴をひとまずスルーした。
かわりに祈る時間が増えた。なむなむ。