「あっ。帰ってきたよ」
耳を塞いでアッチ向いてホイしていたウラヌスが、ワンピースをシームに引っ張られ、コッチを向く。
「アイシャ、その服着たんだ……」
ここで着替えるつもりだったから、シームが背負っていた私のリュックはメレオロンが運んでいる。その中にある夏服は、これしかなかった……
ウラヌスが着ているのとほとんど同じ、白いワンピース。
「ちなみに下は水着だから」
「言わなくていいじゃないですか、そんなこと……」
メレオロンが余計なことを言う。着替えの手間を減らしたかったのは事実だけど……
「そっか。準備は済んだし、そろそろ行こっか」
「はっ?
なに言ってんですか。次はあなたの番ですよね?」
背を向けて歩き出そうとしたウラヌスの肩をがしっと掴む。
「い、いいじゃん、もう。
アイシャも乗り気みたいだし、カード入手は任せるよ」
「眠たいこと言わないでください、往生際の悪い。
メレオロン、後は頼みましたよ」
「ウラヌス。かもぉん」
変態の呼び声に震え上がるウラヌス。
「早く行ってください、ね?
それとも私も一緒に選んで差し上げましょう、か?」
「い、行ってきます!」
私の脅しに屈し、メレオロンのところへ小走るウラヌス。
「それじゃ行きましょうか。
アイシャに手間取ったから、アンタは手こずらせないでね?」
「お、お手柔らかにー……」
処刑場に連行されるような面持ちで連れられていくウラヌス。文字通りだとは思うけど。
「まったく……」
腕を組んで、溜め息を吐く。そばにいるシームが私を見上げ、
「アイシャ……
ちょっと可哀想じゃない?」
「……」
そうだね。私がしたのは八つ当たりだ。ウラヌスが水着をどうしても着たくないなら、拒否はできただろう。もう私が着てるんだし、彼が着る必要はない。
でも、そんなのフェアじゃない。彼がどんな水着を着るか、拝ませてもらわないと気が済まない。……こんなの着させられたんだし。
「シームも、ウラヌスがどんな水着を選ぶか興味ありません?」
「……。あるけど」
うむ、素直でよろしい。
正直、目の毒な水着の群れに囲まれる中、
「で、なんで決められなかったの?
男物か女物か、どっちかなら着れるんじゃないの?」
変態から真面目に詰問される。俺は細く息を吐き、
「……そもそも、男物の水着も女物の水着も着たくない」
はぁぁぁぁー……と心底呆れ返るように、メレオロンが嘆息する。
「アンタさ。
普段あれだけ賢いのに、なんでこういうことになると頭使わないわけ?」
「ひどい言い草だな……」
「アンタ、水着を見たまんまのイメージで考えてるでしょ?」
「え? どういう意味だよ?」
「水着は下着じゃないの。泳ぐのに都合が良くて、他人に見られることを前提にした衣装なの。無闇に恥ずかしがる方がおかしいってどうして思わないの?」
「ぅー……」
「同じワンピースばっかり着てるアンタには分かんないでしょうけど、ファッションっていうのはトータルコーディネートが肝なのよ。
工夫すれば恥ずかしくないようにいくらでも出来るのに、なんで少しは考えないの」
「……すいません……」
なにも言い返す気力が湧いてこない。だって着たくないんだもん……
「これだから穿いてないアホの子は……」
「はいてないはいてない言うなよ、お前も。
俺ホントそれキツいんだぞ」
アホなのは認めるけど……
「事実じゃないの。
普通なら無理してでも穿くでしょうに……これだから変態は」
「穿いてねーオマエにだけは言われたくねぇよ!」
「そんなこと言ったって、アタシは仕方ないわよ。
まともな人体構造してないから、肌着下着が全然合わないんだもん」
「……そっか」
「アンタ達の服を見繕ってんのも、気を紛らわせてるのよ。
いいから希望を言いなさい」
「希望って言われても……」
「別に否定でもなんでもいいから具体的に。
何となくイヤ、じゃなくて」
「……。
露出が多いのはイヤ」
「うん。それで?」
「……女性の下は穿けないし、男性の下は……」
「それ言うと、絶対水着なんて着れないって分かってるわよね?
じゃあもう結論出てるじゃない」
「だって着たくないし……」
「あーもう。まず1個1個考えなさい。
女性用水着をアンタが着れないのは、収まりが悪いからでしょ?」
「収まりとか言うな!」
「で、男性用水着を着たくないのは、アンタが女の精神だからでしょ?」
「うん……」
「なら答えは1つよ。
収まりのいい女性用水着にすれば解決じゃない」
「……あんの?」
「多分あるわよ。
人それぞれ事情ってもんがあるんだから、水着水着したのは着れない人も当然いるわよ。
なら、そういう人向けの水着だって当然あるわけで」
「うーん……
そういう人はいるかもしれんけど、水着を着ること自体避けるんじゃね? 普通」
「みんながみんな、いつでもそれができるとは限らないでしょ。
現にアンタは、今から着なくちゃいけないわけだし」
「あ……うーん……まぁ」
「で、そういう水着があったらアンタは着るのよね?
探した後でやっぱりイヤ、とか言っても聞かないわよ?」
「……
あれば着るよ」
「よし。じゃあ探すわよ」
「これだったら、アンタが着てるのとイメージ的に変わらなくていいんじゃない?」
「つか、水着かコレ?
こんなの着て泳げるとは思えないんだけど」
マジで俺がいま着てるのと大差ねーよ。多分素材が違うんだろうけど、布地が多すぎて絶対泳ぐのに邪魔だと思う。
「うーん……
どっちかっていうと水遊び用かもね。
本格的に泳いだり潜ったりするのには向かないかも。
……でもさ。水着が露出多い理由って、その方が泳ぎやすいからなワケでしょ?
アンタ、露出は少ない方がいいって言ってるのに、どっちも取れるワケないじゃない」
「……」
「そりゃ身体にフィットするピッチピチのでもいいなら、肌の露出は少なくなるけども。
アンタが言う露出が少ないは、そういう意味じゃないでしょ? 見られても恥ずかしくないのがいいんでしょ?」
「……オマエがそんだけ気を使ってくれると、俺気持ち悪いんだけど」
「なによ、その言い方。
アンタのことは昨日散々からかったから、今日は真面目にやってあげてるのに」
「お前……」
「ま、他にも探すけど、とりあえずコレは後で試着しましょう。
アンタそこそこ小っちゃいから、まあまあ探しやすい方よ」
「ちっちゃいって言うなー……」
あれやこれやと水着についてメレオロンと話していると、どんどん気力がすり減ってくのが分かる。シームやアイシャもこんな気分だったんだな……
「うーん。
そういえばアンタ、別に胸ないけどやっぱり隠したいわよね?」
なんでこんなこと答えなきゃいけないんだ……もうやだ、おうちに帰して。
「……」
「答えないなら、トップレス」
「……隠したぃ」
「うん。でもアレでしょ?
露骨に女性用のは抵抗あるのよね」
「まぁ……余るに決まってるし」
「じゃあアレかな……
アイシャが着けてるスポーツブラみたいな、広い面積カバーするタイプがいいわよね」
「お前、さらっと個人情報洩らすなよ」
「アンタも知ってるでしょうが。
ちなみにあの子、ブラはアレしか着けてないわよ」
「だから、そういうこと言うなよ……」
メレオロンが手にした水着を広げて見せ、
「ふむ、下はこれでいいんじゃない?」
「……あるんだな、こういうの」
正直、感心した。これならまぁ……いけるか?
「だから言ったじゃない、事情は人それぞれだって。
泳ぎたいけど、恥ずかしい水着はイヤっていう人もいるに決まってるでしょ。
これでいい?」
「うん……」
「オッケー。じゃあ、とりあえず試着ね。
──あ、待った。
アンタ穿いてないから、試着ダメだわ」
「へ?」
「水着の試着は、直ばき禁止。……マナーとしてね。
もういいから買っちゃいましょう。多分似合うわよ。それ着て行くわよ」
「サ、サイズ違ったらどうすんだよ……」
「だ・い・じょ・う・ぶ。
アンタのスリーサイズは把握してるから、見立てに狂いはないはず」
「お、おまえ……」
「最悪、買い直せばいいじゃない。
さっさと買って、着替え着替え♪
あ、そうそう。アイシャのスリーサイズも知ってるわよ。上から──」
「おいバカ、やめろッ!」
──少年脱衣中──
「やっぱピチピチだし。
なんでアンタ、ぷにぷにとか言われんの?」
「見るな触るなオイ!
1人で着れっからアッチ行け!」
「そんなこと言って、アンタほんとに着方わかんの?
いいから力抜きなさいって。
伸び縮みする生地でも、着る時ムチャしたら傷むわよ。
泳いでる時に破けたらどうすんの?」
「わ……
わかってるよ。はぁ……」
「うわっ!?
ホントだ、アンタすっごいぷにぷにしてる!
……これってアレよね。あの猫と同じ感触よね。ひゃー」
「も、もまないで、お願いだから……
俺、くすぐったいのダメなんだよ……」
「ほら、通すトコ間違えてる。
アタシが一度着せてあげるから、抵抗しない。覚えたら、次から1人で大丈夫よ」
「やだよー……
そんなこと言って、キュマニャン着せる時もお前メチャクチャあちこち触っただろ」
「あの時も、アンタが力抜かないから、危うく衣装破けるところだったじゃない。
ああいうコスプレ服って頑丈じゃないんだから、気をつけなさいよ」
「なんで俺が怒られんだよー……」
──少年着衣中──
「あ。戻ってきた」
うむ。私もそっち見てたから、もちろん分かってる。ていうか、ずっと気配探ってた。
んー……? いつものワンピースと違うな。
「お待たせ……」
「こいつの水着は、いま着てるやつね」
『へ?』
デザインは確かに違う。けど、いつも着てるのと似たようなワンピースでしょ、これ? ひらひらが強調されて花柄だけど。
「ほら」
言って、メレオロンがウラヌスの肩をずりっとさせる。あ、ブラ着けてる。
「おぉい!? ズラすな!」
顔を赤くして肩を戻すウラヌス。うぅむ……これはつまり……
穿いたな。
「それで泳げるんですか?」
「上に羽織ってるのは水遊び用だし、これじゃ泳げないでしょうね。
本格的に泳ぐ時は、上のを脱ぐのが前提。
つまりこれ、水着を2枚重ねてる状態なのよ。下は1枚だけど」
「だからそういうことを言うなよ……」
「ついさっきまで0枚だったヤツがなに言ってんの」
「やめてー……」
顔を覆うウラヌス。う、ぅむ……
ドタバタしたものの何とか衣服を整え、ソルロンドの暑い街並みを歩く私達。
夏服に着替えたおかげで、さっきほど暑くは感じないな。何となくオマケで買った麦藁帽子がいい感じだ。
でも……
目の前を並び歩くウラヌスとメレオロン。ちらちら時々こちらに目をやるのが気になる。メレオロンはツナギのままだから相変わらず暑そうだ。
ウラヌスの格好、いいな……。なんだアレ。うらましいなチクショウ。私もそっちのがよかったんだけど。
「私、そっちの水着の方がよかったです」
思ってたことがつい口に出てしまう。
2人ともこちらを見て、
「だってアンタ、胸大きいんだもの」
ぐぎぎぃ。分かってるよ! それでいつも困ってんだから!
「それに比べて、こいつのスリムなこと。
子供サイズでもいけるから、よりどりみどりなのよね」
「お前……
それ言われて、俺が喜ぶとでも思ってんのか?」
「ふふん。
案外気に入ってるくせに、なに言ってんのよ。
足取り軽いわよ」
顔を赤くするウラヌス。あ、図星なんだ。……チクショウ!
「なら、カード入手はウラヌスにお任せしますね」
「イヤちょっと待ってよ、アイシャ。
まだ水着、見せてもらってないんだけど?」
「み……
水着を見せ合うなんて約束してませんもん。
着るって約束はしましたけど……」
「えー。ぼくも見たいんだけど」
隣を歩くシームからも攻撃が来る。……。
「俺だけ見せて、キミだけ見せないとかズルイじゃん」
「……ズルイのはアナタの方ですよ」
「へ? なんで?」
あ、しまった。理由を説明できない。……水着を見せない限り。
変態カメレオンがニヤーっとイヤらしく笑う。
「それは見せてあげないと、納得してもらえないわよねぇ。アイシャ。
ウラヌス、早速泳ぐ必要があるイベントしに行かない?」
「……そだな。気が変わらないうちに、さっさと取りに行くか。
いちおう、そっちにはもう向かってるんだけど」
あああ! 既に外堀を埋められてる……いやだいやだ。
「ぼく楽しみだなー」
「シームがなに期待してるか知らないですけど、ロクなもんじゃないですよ……」
「アイシャ、可愛いから大丈夫だって。
今も可愛いじゃん」
……そ、そりゃどうも。
「そういうシームだって可愛いじゃないですか。
旅館で浴衣着てる時もそうでしたけど」
「ホント?
でも可愛いって言われても、なんかなー」
いや、ほんとアナタも可愛いよ。もちろん子供らしい可愛さだけど。可愛い盛りの少年って、こんな感じかな。なんだかんだでシーム美形だし。
ふむ。試しに……
麦藁帽子を外して、シームにかぶせる。
「んん?」
「やっぱり。お似合いですよ」
ふふ、すっかり夏休みの少年みたいだ。どこかから聴こえてくる蝉の鳴き声と相まって、余計そんなふうに見える。麦藁帽子にリボンついてるけどねー。
「え? アイシャ、いいの?
これ返すけど」
「かぶっててくれていいですよ。
……どうせ私は泳ぎますし」
「ありがとう!」
「どういたしまして」
手に感触。見ると、私の手をシームが握っていた。
あー、うん……まぁいいか。
シームの手を握り返す。……こうやって、手を繋いで歩くのも楽しいな。
「うらやましい?」
後ろをちらりと見た俺に対し、隣の変態がそう尋ねてくる。
2人に聞こえないよう小声で返す。
「……何がだよ。
それはお前の方だろ?」
「そんな複雑な顔して強がってもねぇ」
「別に強がってない」
自分で言って、強がりにしか聞こえないことを自覚する。
……仲良さそうで結構なことじゃないか。
「仲のいい姉弟みたいね」
「……。
自分だってそうだろ?」
「アタシじゃどうしても、見た目がね。
……アンタもお姉さんいたんでしょ。仲よかったの?」
沈黙する。……どう言えばいいんだろうな。
「……仲は、よかったと思う」
「色々あったのは分かるけど、あんまり難しく考えちゃダメよ。
少しは今を楽しまなきゃ」
「楽しんではいるよ。
ただ、思い出したくないこと思い出すと、どうしてもな。
そのうち清算はしたいけど」
「……お姉さんにも復讐するの?」
「……。
俺は──」
「あー、ごめん。
やっぱいい。無理して答えないで」
「ちょっ。
なんだよ、自分から聞いといて……」
「そんな深刻な顔されたら、聞きたくなくなるわよ。
アンタもあんまり無理しちゃダメだからね」
「……アンタも、か。
お前こそ、あんまり無理すんなよ。しんどいならしんどいって言え」
今度はメレオロンが沈黙する。……俺は、昔やこれからのことを考えるとツライけど、いま本当に一番ツライのはこいつのはずだ。
「急いで整形したいなら、そう言え。
すぐにでも整形マシーン取りに行ってやる。……他にも必要なモンあるけど」
「別にいいわよ。
……アンタやアイシャが我慢してるのに、アタシだけ優先してもらうわけにはいかないから」
「……。
分かった。けど、無理すんなよ」
メレオロンに釣られ、後ろを見る。2人とも会話を弾ませているようで、俺達が小声でしている会話を聞いてる様子はない。
「……アタシ達も、手ぇ繋ぐ?
こんな手じゃ気持ち悪いだろうけど」
ちらりとメレオロンの下げる手を見る。……馬鹿か、こいつ。
こっちから手を取って、握ってやる。
そんなこと言われて、拒否できるわけないだろ! くそっ!
驚いたようにメレオロンが俺を見る。
ぎゅっと、こっちの手を握り返してくる。
「ぷにぷにねぇ……あんたの手。
握り心地すっごい良いわ」
「……お前の手も悪くないよ」
「まぁた、ウソばっかり」
こいつの手は、とても人間の手とは言えない。確かに握り心地はよくない。
そりゃ……ツライだろうな。
俺やアイシャにやたらとスキンシップしてくるのは、うらやましいという気持ちもあるからだろう。……絶対それ以外の感情もあるだろうけど。
俺にもアイシャのことをうらやむ気持ちはある。……けどこいつのそれは、俺と比較にならないはずだ。
「……。なんでアンタが泣くの?」
「泣いてない。あくびしただけだ」
いつの間にか、前の2人も手を繋いで歩いていた。
こそこそっとシームが、
「2人とも仲いいね」
……。ウラヌスとメレオロンがぎこちなく握り合う手から、切実な気配が伝わってくる。
2人の間であったやりとりを想像し……
改めて、私がどれだけしあわせなのかを実感する。
うまくいくといいんだけどな。……ぜんぶ。