みーん、みんみんみんみんみんみーん。
みーん、みんみんみんみんみんみぃーん……
林の近くを通りかかると、もはや意識に刷り込まれたかのごとく、聞くだけで汗が吹き出しそうな蝉の鳴き声が響いている。
これ聞くと、ホント夏って気分になるんだよな。世界中どこでもいるわけじゃないから、こうやって聞く機会はあんまりないんだけど。……ジャポンは別にして。
「アイシャー。この合唱聴くと、マージで夏って感じだよねー……」
「ホンットそうですよねぇ……」
やっぱりウラヌスもか。ジャポン出身者にとっては、ほぼ呪縛みたいなもんだからな。まぁ風物詩でもあるから、なければないで寂しいんだけどさ。
「これだけ近くで一斉に鳴かれると、流石に
「なんかすっごい鳴いてるよねー」
そう答えながらキョロキョロしてる、いかにも虫捕り網が似合いそうな格好のシームを見やり、
「シームはいま鳴いてる蝉って、捕ったことあります?」
「セミ?
あー、虫捕りってこと? あるけど」
「アレね。
夏休みの自由研究で虫捕りをテーマにしたことがあったのよ。アタシも手伝ったし」
そうかそうか。男の子なら普通一度はやるもんだろうしな、昆虫採集って。
「ウラヌスはあります?」
「あるよ。俺の里ってモロに山の中だもん。
定番の蝉だけじゃなくて、遊び感覚で色んな虫捕ってた。すぐ逃がしたけどね。
アイシャは?」
「ありますよ。
そこまで積極的にではないですけど」
そう言えばウラヌスが真珠蝗を捕る時、異様に手慣れてたもんな。
「グリードアイランドで虫捕りっつったら、やっぱり大木叩きなんだろうけど、それ以外でも探せばアチコチいるよ。
指定ポケットカードになってるのは3種だけど、他にも探すとワリと楽しいし」
「オータニアに、真珠蝗以外にも捕れる虫っているんですかね?」
「いるよ。ってか普通のイナゴがいるしさ。
前にカマキリが捕れるって言わなかったっけ?」
「あー、確かに言ってましたね」
「他にも、オータニアを夜散歩してると、鈴虫とかコオロギの鳴き声が聞こえるでしょ?
あの中にレアなやつも混じってる」
へぇー。……時間に余裕があったら探すんだけどな。
「ウラヌスがそれを捕らないのって、攻略に関係ないからですよね?」
「うん。
鈴虫は確かランクFで大したお金にならないし、コオロギはランクBだからいい値段で売れるけど、難しくてね。片手間には探せない」
攻略に関係ないのにランクBか。それは片手間だと確かに厳しそうだ。
「結局ここって、捕った方がいい虫はいるの?
いるなら教えてほしいんだけど」
尋ねるメレオロン。確かにそれは気になるな。それが指定ポケットカードなら尚更だ。
「ソルロンドにも虫自体は結構いるし、1匹捕るつもりのやつはいるよ。
たとえば今鳴いてる蝉も、何度も捕まえてるとそのうちランクEのレア蝉が取れる」
シームは不思議そうに首を傾げ、
「ウラヌスは、この鳴いてる蝉って捕るの?」
「いや、捕らないよ。レアなやつでもお値段ひかえめだし、指定ポケットでもないし。
シームがセミ捕りに挑戦したいなら、話は別だけど」
「……別にいいかな」
ちょっと嫌がる気配のシーム。私と繋いだ手の握りが少し強まる。……アレか。イナゴ退治でややトラウマなのか。すまんかった……。けどまた挑戦してもらうからね。慈悲はない。
まぁでも……次は予めアドバイスしようか。シームはいくらか緩めてあげないと、効率悪そうだしな。
みーん、みんみんみんみんみんみん、みーん、みんみんみんみんみんみんみぃーん……
暑ぃ。てかウルサイ。捕るぞ。
みぃー……み、み……
む。なぜ鳴き止んだし。
他の建物に比べるとワリと大きなビルの前。すぐそこには砂浜が見えており、穏やかな潮風と波の音、そして人のざわめきが聞こえる。いかにも常夏リゾートな雰囲気だ。
見上げると、スターサイドホテルという看板。まんまリゾートホテルだな。
「ブック」
ウラヌスがバインダーを出し、カードを1枚外す。
「──『名簿/リスト』オン。45」
現在 45「大社長の卵」を
所有しているプレイヤーは
1人
所有枚数は
1枚
あ、大社長の卵なんだ。……ん? 泳ぐイベントにどう結びつくんだ?
まぁ必ずしも、入手カードとイベントが関連性あるとは限らないはずだけど……
「見事にほとんど誰も取ってないな。
この1枚も『宝籤』で当てたやつかもしれないし」
「これって、そんなに難しいんですか?」
「うーん……
本音を言えば、アイシャには任せたくない。探すのが結構面倒でね。
先に答えを言うと、海底にある壺を探すイベントなんだけど、場所がランダムなんだよ。
だから探さないといけないんだけど……
いま、アイシャはオーラ見えないじゃん? 探しようがないかなって」
「あー……」
動いてるものを探すだけなら、気配で察知すればいいんだけど……
暗い海底に壺なんて置かれたら、その壺がオーラを発していたとしても、見つけられる自信はない。見つけるだけなら、私よりシームの方がマシじゃないかな……。あっ、でもシームは『凝』ができないか。そろそろ修行させないといけないな。
「……でしたら、私は泳ぐ必要ありませんね」
「もちろん泳ぐ必要はないけど、水着は披露してね?
なんで俺の方がズルイのか知りたいし」
念押ししてくるウラヌス。お、おのれ……
「どーでもいーけど、中に入るんだったらさっさと入んない?
アタシ、すっげぇー暑いんだけど?」
「あー、ワリ」
ぐびりとペットボトルを傾け、ツナギをバタバタさせるメレオロン。まぁ暑いだろうな……涼しい格好してても結構キツイのに。
ホテルの玄関口から中へ──すーずしぃー。ここも冷房きかせまくってるな。
「あー。すずしいなー♪」
きゃっきゃと喜ぶシーム。ウラヌスは何も言わないけど、顔がゆるんでる。
ホテルのロビーを進んでいき、置かれたソファーにドフッと座り込むメレオロン。
「あぁー……たまんねぇー。アタシ、今度こそココに住むわぁー」
ホテルだから、あながちズレた発言でもない。
「実際、ここを拠点にするプレイヤーはいるかもな。
リゾート地だし、指定ポケットのイベントもあるから」
う。そんなこと言われると、ちょっと泊まりたくなる。……同じ海沿いの都市なのに、ソウフラビとはエライ違いだ。なんなんだあの街。キャナリアとか他の街と比べても雲泥じゃないか。
まぁ海賊に支配された漁師町と、観光都市を比較するのもおかしいんだろうけど……
「メレオロン、涼むのはいいけど動くぞ。
さっさとイベント発生させなきゃ」
「えー。アタシもうここから動きたくなーい」
「……
だったらここに残るか? 俺とアイシャの水着姿、拝めなくなるぞ?」
……えっと。
ウラヌス、自分もろとも私を売るのやめてくんないかな……
「んー。アタシはもう2人の水着姿は見てるんだけど……
泳いで濡れた水着もまた格別よね。行きましょう」
ぐ、ぐぅぅ。余計なこと言いやがって! ますます恥ずかしくなってきたぞ!
「……。
アイシャ、ごめん……」
ウラヌスが謝ってくるけど、正直どう返せばいいか分からなかった。あああ、さっさと済ませたい……あの水着の画像が頭にチラチラする……
「おねーちゃん。
あんまり2人のこと、からかっちゃダメだよ?」
「またまたー。
そんなこと言ってアンタ、2人の水着姿けっこう楽しみなんでしょ?」
「……そうだけどさ」
シーム、正直なのは結構なことだけどヤメテください!
ウラヌスの案内でロイヤルスイートの一室へ行く。本来ならここは貸し切りで入れないフロアなんだけど、イベントを開始すると入れるようになるそうだ。
窓から綺麗な海景色が望める、ゆったりとした良い部屋だった。……外ならともかく、ゲーム内で泊まるのは勇気がいるな。
ともかくその部屋に泊まっていた、落ち込んだ様子のシニアな元社長の男性と話をする。
その元社長いわく、子供の頃いたずらで家宝の壺を海の底に隠し、家宝がなくなったと大騒ぎになって、自分の仕業だと言えず仕舞いだったらしい。
大人になってから何度も探したが、どこに隠したか分からなくなって、いつまでも壺は発見できず、社長の座を引退した後、こうしてまた1人でこっそり探しているが、いまだ見つけられないそうだ。
で、代わりに探してきてくれないか、と。かいつまんで言えばこんなところだ。おじーちゃん、話なげーよ……。聞いてる間、お部屋で快適に過ごせたからいいけどさ。
快適だったホテルを出て、ウラヌスに付いて海岸の方へ歩いていく。壺の出現地点は、エリアがそれなりに絞られていて、その中で一番近いところに行くらしい。
「……よく覚えてますね。
さっきの社長さんの部屋もですけど」
詳しい場所も聞かずに、真っ直ぐあの部屋へ向かったからな。
「なんとなく覚えてただけだよ。
22階のロイヤルスイートに泊まってたの、あの元社長だけだし」
「ああ、なるほど。前と全く同じなんですね」
「壺の在り処も、変わってないといいんだけどなー。
調べる範囲が変わってたら、何から何まで面倒だし」
「そういう場所のヒントって、どこかにあるんですかね?」
「ランクBだし、ノーヒントは有り得ないかな。
ただ、簡単なイベントをクリアしないと聞けなかったけど。少なくとも前回は」
シームが納得してなさそうな顔で首を傾げ、
「どこにあるとか、トレードショップで聞けないの?」
「教えてくれるのは、どこの誰に聞けば場所を教えてくれるか、までだな。……あの店は事細かに教えてくれないし、不正確なこともあるから信用できないんだよ」
「へー」
ふむ。……これって結局、ショートカットしてるだけなんだよな。ウラヌスがきちんと攻略を終えてくれてるから、あっさり進めてるだけで。
他人と競う以上、まともに手順を踏んで攻略していくわけにもいかないしな。いやはや、何だかんだで私、美味しいトコ取りしてるんだろうか。前回のクリア報酬も、実質2つは私の為だったからな……
ゲームキャラもいない、遠くから賑やかな声が響いてくる砂浜。
はぁ……。まぁ人目がないだけマシか。私があの水着画像イヤなのって、誰が見てるか分かんないからだし。ネテロ、ちゃんと消してくれたかな……
「さて」
そう言って、腰に手を当て、海を眺めたままの姿勢で動きを止めるウラヌス。なんだろ、この公開処刑直前みたいな空気……
メレオロンが「ふふーん」とイヤらしく笑い、
「ウラヌスも、その上1枚は脱ぎなさいよ。
じゃないとフェアじゃないからね」
「……分かったよ」
ウラヌスが肩からズラして脱ぎ始める。あ、やべ。見てる場合じゃない。私もいま脱ご。
私は胸でつかえるせいで上から脱ぎづらいので、髪を服の内側に押し込み、下から捲り上げて脱いでいく。ぐ……、視線浴びてるのがめっちゃ分かる。
「ぅわあっ!?」
ウラヌスの声。ちょうど脱いでる最中だから、こっちからは向こうが見えない。うぎぎ……
「はぁっ。……っ!」
視界が開け、ウラヌスの姿が目に飛び込む。
そうか……そう来たか。
ウラヌスの水着は、上は私が着けているようなスポーツブラ形状のもの。下はひらひらした短パンのような水着だった。
さっきまで着ていたワンピースに似た白地の花柄模様で、確かに女性用の水着だということは分かる。そういうのなら恥ずかしくないだろう。
それに引き換え、私の水着ときたら……
「アイシャ、それって……」
「ええ……」
スク、水。
マジで、ほんとうに、どうしてこうなった?
紺色の、学生が水泳の授業用に着る、あのスクール水着だ。
まさか……まさか、自分がこんなものを着る日が来るとは……
シームが、私とウラヌスが脱いだワンピースを受け取りながら、
「……ねぇアイシャ。
なんで胸の白いトコに、『3-3 あいしゃ』って書いてあるの?」
────しらねぇよッッッ!! あんたのねーちゃんに聞けぇぇぇぇッッッ!!
胸、ぱっつんぱっつんでシャレになってないしっ!! ホントにこれ、泳いで大丈夫なんだろうなっ!?
「はぁー……
メレオロン、お前さ。悪ふさげが過ぎやしないか?
こんなのアイシャ、イヤに決まってるだろ?」
────ぐわぁぁぁぁぁッッ!? こんなの、こんなのって言うなぁぁぁぁッッ!! これなら全裸の方が遥かにマシだぁぁぁぁッッ!!
「アンタ達の反応で、見事にトドメ刺されてるみたいだけど」
淡々とメレオロン。私はしゃがみこんで顔を押さえてるから、声以外何も分からない。知りたくもない。
「……アイシャ、可愛いよ?」
シームの毒気のない声が突き刺さる。疑問系なところに、気遣いを感じてツライ。
「ほら、アンタも」
「は? なにがだよ」
「アンタこそ何やってんの。女の子が水着姿披露して、褒めないとか男失格でしょうが。シームだって自然に出来てるのに」
「俺、男失格でいいんだけど……」
「おねーちゃん、また余計なこと言ってる……」
「いいから!
スク水アイシャを見た感想を一言!」
え。なにこの流れ。私いま、死刑宣告されそうだったりする?
「…………えっと。
アイシャ……その。
に……
……似合ってるよ?」
「────ぎゃあああああああああああああああッッッ!!」
今度こそ断末魔の叫びをあげ、私は砂浜を転げまわった。