何もする気力が湧かず、砂の上で伏せたままジリジリと
ぁっぃ……
でも起きたくなぃ……
誰かが近づいてくる気配がする。……砂地だから分かりにくいけど、シームか?
小さい手が、私を転がして仰向けにする。やっぱりシームか。
私の背中へ手を回し、上半身を起こしてくれる。
シームは心配半分、呆れ半分の様子で私を見ながら、
「アイシャ、こんなトコで寝そべっちゃダメだよ」
ぱんぱんぱんと私の身体についた砂を払うシーム。私の顔についた砂も、指先で細かく払い、髪の毛の砂も払ってくれる。……胸の砂を払わなかったのも気遣いだろう。
「すいません……」
こんな子供に諭されるとか何やってんだ……狼狽しすぎにもほどがあるだろう。
見回すと、3人の視線が私に集まっている。
「はぁー……」
流石に見られるのにも慣れてきた。……うん、こんなの一度見られたらそれで終わりだ。別になんてことはない。正直いますぐにでも脱ぎたいけども。……けども!
胸の砂は自分で払い、シームに「ありがとうございます」と礼を言って、立ち上がる。
メレオロンは何やら考え込んでいるけど、ウラヌスはやけに動揺してる。うーん……
「なにをそんなにオドオドしてるんですか?」
「べ、別に何でもない……」
「いや、これは慄いても仕方ないわよ。少し動くたびに視覚へダイレクトに伝わる揺れっぷり。アンタからすれば相当な胸囲よね」
「……何を比べとるんだオマエは」
変態が、私とウラヌスの胸を交互に見比べる。比較対象を完全に間違えてるだろ、この野郎。
腕を組んで、込み上げてくる怒りを声に乗せる。
「ウラヌスの水着も、ずいぶん可愛らしいですねッ!
とっても似合ってますよッッ!!」
「……う、うん……ありがと」
たじろぎながらも、礼を言うウラヌス。くそ、くそ! なに照れてるんだ、この可愛い生き物は! 私の1人負けじゃないか! なんだ、この罰ゲーム!
「ウラヌスも、ほんと可愛いよね♥」
「……そりゃどうも」
疑問系じゃないシームの褒め言葉が、愛らしくも腹立たしい。どうして差がついたのか。変態? 胸囲の違い?
「まー、しかし……
ウラヌスも可愛らしいけど、アイシャのプロポーションの良さはバツグンよね」
む? ……良し悪しはさておき、なんでメレオロンが今そんなことを言うんだ?
「なんですか、今さら取ってつけたように……
あなたお風呂で普段から見てる、じゃ」
そこまで言って、ウラヌスとシームが引く気配。しまった、余計なこと言った……
いや、分かり切ってることのはずだけど、いま言うようなことじゃない。。
「
常夏リゾートの砂浜、開放的なシチュエーション。
お風呂で見る裸とはまた違ったイヤらしさ──」
「メレオロンンッッ!!」
こいつの言葉責めはヒドすぎる。なんだ、私そこまで恨み買ってるのか? 修行量倍化させるぞこの変態野郎ッ!!
当の変態はへらへらと平然そうな顔で、なおも言い募る。
「アンタ、鍛えてるからだと思うけど、ボディラインがメチャクチャいいのよね。
ほら、あんた達もよく見てごらんなさい。この腰のくびれ。胸からオシリまでの流れを綺麗に結びすぎだと思わない?
ここまでオッパイ大きいと垂れちゃうことも多いんだけど、ツーンとしてるしさ。
鍛えこんでるワリに白い手足もほっそりしてるし、オシリもキュウッと──」
最後まで聞いていられず、へなへなと膝をつく私。
こ、こいつ……
本気で……。本気で言ってやがる……
ビスケやリィーナや母さんですら、そこまで遠慮なく私を褒めちぎったりはしなかった。
そこまで言われたら、褒め殺しでしかない。きっつぃ……力ぬける。。
ポン、と肩にメレオロンの手が置かれる。
「でもね。
アンタの最大の魅力は、濡れたその長い黒髪が肉体にエロく絡みついた姿なわけよ。
さぁ、あの2人にも魅せてあげなさい。あなたの全力を」
「全力であなたをブン殴りましょうか?」
がしっとメレオロンの手を掴む。わなわな……
「アンタ達、ぼさっと見てないで途中でアタシを止めなさい。
気づいたら、死・5秒前なんだけど」
「口挟む余地なかっただろ、バカたれ」
もっともなことを言うウラヌス。こちらに歩いてきて、ぼこんとメレオロンを叩く。
「ぁ痛」
「おちょくるのも大概にしとけよ。暴走しすぎだ。
これから泳ぐ人間に、くだらん茶々いれんな」
「はーい……」
するりと私の手を逃れて離れるメレオロン。まあ……身体に力入らなくて、殴る気力もなかったけどさ。
立ち上がり、脚の砂を払う。
「アイシャ、どうする? 泳ぐ?」
首を傾げて尋ねてくるウラヌス。泳ぐ前からくたくたなんですけど……でも暑いしな。
「んー……
イベント自体はお任せした方がいいんですよね?」
「まあね。
それとは別に、言ってた水中用の能力あるじゃん?
そっちを試すかどうか。ここでイベントしないって言っても、今後はまた別だし」
「……
泳がなきゃいけないイベントって、他にもあるんですか?」
「ワリとね。
もちろん、この都市以外の話」
「……」
そりゃ……
今のうちに試すべきだろう。いざって時に出来ないんじゃ困るし。第一、練習に適した環境が他にあるとは限らない。
「あなたの能力って、練習が必要なんですよね?」
「まず間違いなく。
潜ってからダメでした。じゃ、シャレにならないよ」
まぁ当然だな。そんな無意味なリスク冒す意味がない。
「選択の余地がありませんね。
早く済ませて着替えたいですし、さっさと始めましょう」
「俺も全く同意見」
「……あなたはいいじゃないですか。
そんな可愛い水着、選んでもらって。ふん」
「よ、よくないってば。
アイシャも可愛いし、似合ってるって」
「……私はこの格好、嫌で嫌で仕方ありませんから。
似合うなんて言わないでください」
「あ、可愛いっていうのは否定しないんだね」
余計なことを言ってくるシームを、冷たく一瞥する。まるでこたえず、ニコニコしてるシーム。ぬぅ……
「スク水アイシャ、2人とも可愛いってさー。
よかったじゃない。うれしい? ねぇねぇ今どんな気持ち?」
「後で……ぜったいに、仕返ししますからね? 覚えておきなさい」
変態に復讐予告し、ウラヌスへ向き直る。
……彼が、できるだけ胸に目をやらないよう努力してるのが分かる。それがまたツライ。
「早速、能力の説明お願いできますか?」
「あー。
それでもいいんだけど、ちょっと先に泳がない?
説明する時にもう能力使っちゃうし、試す為にすぐ水へ入るだろうから。
なら、あらかじめ準備を済ませて泳いでおいた方が都合いいと思うよ」
……メレオロンが私を煽らなかったら、素直に同意できたんだけど。泳ぐなら髪の毛は充分注意しないとな。
「お、水中デート?
ウラヌスもなかなかやるわねー」
「俺、一刻も早くあの変態のいないところへ行きたいんだよ」
「私も全く同意見です。
けど、準備運動はしっかりしてくださいね?」
「もちろん」
言って、私達は準備運動を始める。
……うん。メレオロン、ガン見してやがる。
シームは、私とウラヌスを交互に見てる。……まぁ、何も言うまい。
強めの準備運動をテキパキと終え、
「さ、そろそろ行こっか」
「ええ」
そう答えながら靴を脱ぐ。
熱い砂を素足で踏みしめながら、打ち寄せる波の一歩手前へ。
見た感じ、なかなか綺麗な海だ。太陽の照り返しで多少見えづらいものの、少し先まで透き通っている。
ざばざばと海へと入っていく。
うーん、悪くないな。なんだかんだで暑かったし、海水の感触はなかなか心地いい。あ、そうだ。ヘアゴムどうしよう?
一緒に海へ入って、気持ちよさそうにしているウラヌスを見やり、
「このヘアゴムって外した方がいいですか?」
「んー……
今のところ『周』の予定はないし、気になるなら外していいよ」
うん、外しとくか。髪はまとめておいた方がいい気もするけど、濡れたゴムを乾かして、元通り使えるか分からないしな。
引き返して、一度海から上がり、
「シーム。このゴムを預かってもらえますか?」
髪から外し、ヘアゴムをシームへと渡す。
ん? やけにじっと見てくるな。
「どうかしましたか?」
「……アイシャ、めっちゃ可愛いね」
ゴムで束ねていた髪の毛は、今は広がっている。大体お風呂に入ってる時が、今と近い感じだ。
「そう繰り返し言われると、感覚が麻痺してくるんですけど……
そんなに変わりました?」
「うん。なんかキレイ」
そこまで言うか。メレオロンの褒め殺しと違って、なんか別の震えがクルな。
「……まあ、お願いしますね」
背を向けて、ウラヌスの方へ歩いていく。
ウラヌスはウラヌスで、また見てくるな……なんなんだ。
「あなたは別に珍しくないですよね?
同じくらいの髪の長さですし」
「んー……
アイシャの黒髪も、俺はうらやましいけどね。キレイだし」
「……。
あなたの髪もキレイですよ」
「そう?
そう言ってくれると嬉しいなぁ」
素直に喜ぶウラヌス。……言うほど、あなたと私って差があるか? 充分、魅力的じゃないか。胸が残念なのはどうしようもないけど……
「今さら聞いてちゃ遅いけど、アイシャって泳げる?」
「得意ではないですが、いちおうは。
あなたは?」
「俺も並み程度かな。
足のつかない場所で溺れないぐらいなら、心配ないけど」
「それは大丈夫です。
じゃあ少し泳ぎますか」
「うん」
言って、私達は水底を蹴り、泳ぎ始めた。
以前、練習して覚えた一通りの泳ぎを復習しておく。学校行ってないから、泳ぐ機会がほとんどないんだよね。そういう習慣もないし。
うーん……ゴン達と一緒に泳ぎに行こうかな? たまには水中組手というのも悪くないだろう。まぁこの水着を着てくのだけは絶対にないけど。ウラヌスの水着を参考にしよう。うむ。
少し離れて、背泳ぎをしているウラヌス。見た感じ、全く危なげないな。並み程度には泳げると言っていた通りなんだろう。
プールと違って、波で上下に揺らされ、常に岸へ押し戻そうとする流れがある。身体が浮きやすいといっても、泳ぎやすいとは言いがたい。
私がぷかぷか浮いていると、ウラヌスが私にクロールで近づいてくる。
「アイシャ。
キミなら大丈夫だと思うけど、離岸流には気をつけてね」
「あ、はい」
沖に流されるやつだったかな。まぁオーラなしでも、私の身体能力なら大丈夫だろう。
「どうする? そろそろ戻る?」
私が動かなかったからか、頃合いと見たらしい。そうだなぁ……一旦戻るか。
「ええ。戻ったら例のヤツをお願いします」
「うん」
そうして、2人で岸へと泳ぎ出す。大して離れてもいないので、すぐに辿り着く。
ざばざばっと海から上がると、姉弟が暑そうな顔で手うちわしながら待っていた。特にツナギ姿のメレオロンは、ヘタってるのが見て取れる。
「いいなー、涼しそうで」
「ふふ。なかなか快適ですよ」
うらやましそうなシームに、髪を払いながらそう返す。なんか姉弟の視線が違うな……はぁ。
「2人とも水分補給はしっかりしてくださいね」
「ビーチパラソルでも買っときゃよかったな。
あれ、結構するけど」
「あっちー……
レンタルとかないのー?」
「……多分ないな。
グリードアイランドって、レンタルとかあんまり無いんじゃないかな」
うん。言われてみれば、大体買わせるよな。
「ずっとここにいるならともかく、そんな荷物になるもの買えるわけないじゃない……」
「まあなぁ……
仮に使った後『再生』でカードに戻しても、今度はフリーポケットの邪魔だしな」
使い捨てする分には、グリードアイランドのカードシステムって便利なんだけど、こういう時に困るんだよね。フリーポケットが倍は欲しい……
「そんじゃま、水中用の能力を説明するよ」
見せることにすっかり慣れてしまったようで、ウラヌスは躊躇いなく指先を光らせる。
「
常夏の海を背景に、指先の光が躍る。ウラヌスの濡れた髪や水着姿と相まって神秘的にすら映る。
「──【天の恵み/ブレスドロップス】──」
ウラヌスが空いた手をピースするように構え、その人差し指と中指の間に透明な何かが出現した。
「アイシャ、受け取って」
「あ、はい」
私が水をすくうように両手を差し出すと、そこにポトンと透明な球体を落とされる。
んー……ガラス玉? いや、これは……
「簡単に説明すると、その飴玉を口に入れてる間、水中でも呼吸できるようになる」
ほう。そういう飴玉を具現化したのか。やけに便利そうだけど、問題あるんだろうか。
ウラヌスは難しい顔で腕を組み、
「ただ、けっこう注意点があってね。
まず口の中にある時しか効果を発揮しない。それは誤飲した時の事故防止用だけど。
いくら舐めても溶けたりはしないけど、その気になって噛めば簡単に砕ける。砕けたら消えてなくなるし、効果も消える。
で、これは口の中にある空気と、外気を入れ替え続ける飴玉なんだ。呼吸自体の補助はしてくれない。
だから口を閉じたまま、鼻からも息をせず、呼吸する練習をしなきゃいけない。
基本的に空気を同じ量入れ替えするから、口の中に大量の水が入った時点で、空気交換できなくなる。
つまり一度空気が抜けちゃったら、そのあと立て直しが利かない」
ウラヌスの説明を聞き、私達は彼と同じように難しい顔をする。
「……これで、ちゃんと泳げるもんなんですかね?」
「練習すれば。
もちろん俺は泳げることを確認済みだし。
……能力を考えた時は、酸素と二酸化炭素をどうこうって考えたんだけど、思いのほか難しくてね。だったら、空気を直接入れ替えた方が早いなって。
そのせいであんまり便利じゃなくなったけど……」
うん、そうだね。ウラヌスがいまいちな顔をするわけだ。
普通に潜水する分には問題なさそうけど、水中戦になりうる状況ではどうにも頼りない。なるほど、水中用の念能力だな。
結局これじゃ、水中で発声できない問題は解決しないしな……贅沢言うもんじゃないんだろうけど。
「早速使ってみていいですか?」
「どうぞ。
いらなくなったら、遠慮なく噛み砕くか捨ててくれていいから」
無色透明な飴玉を手の平に転がし、口に放り込む。
ころころ。……うん、味はしないな。
んー。これ、呼吸できてるんだろうか。よく分かんないな。
「美少女がびしょびしょに濡れたスク水で飴玉転がしてるのって、なんかアレよね」
「メレオロン、ほれひじょーヘンなほほひっはら沈へまふよ」
人が呼吸の練習してる時に、なんなんだ全く。かろころ。うっかり噛むといけないから、ちゃんと喋れないのに。
「アイシャ。
鼻から息しちゃってるから、鼻つまんだ方がいいかも」
「あ、はひ」
言われた通り、鼻を摘まむ。あ、ホントだ。なんか口の中に空気の流れがある。
ん? あれ、ツバが溜まってきた。え、これどうしたらいいの?
私が目線でウラヌスに訴えると、
「多分、唾液が溜まってきてるよね?
飴玉を飲み込まないように注意しながら、少しずつツバを飲み込んで。
それに慣れたら、後は泳ぎながら今やってることを全部できるように慣らしてく」
「ふぅん……大変そうね」
ウラヌスの助言に、汗をだらだら流しながら首を傾げるメレオロン。んー……。確かにこれを泳ぎながらできるようになるには、慣れが必要だな……
また手をピースの形にして、飴玉を具現化するウラヌス。おっ? 同じ能力の連続発動なら、詠唱とか諸々いらないのか。
ウラヌスも飴玉を口に放り込み、
「ほえじゃ行っへふる。
アひシャは練ふーしなはら待っへへ。
あんまひ俺ぁ遅ひようなら、さっひのホへルへ涼んへくれへへひーはら」
なぜ飴玉を放り込んでから喋った? ……まぁうっかりだよね。
海へ戻り、じゃばじゃばと波を掻き分け、泳いでいくウラヌス。あ、バインダー出した。多分あらかじめ出すの忘れてたな。……なんだかんだでウラヌスも落ち着きがないけど、大丈夫か?
それにしても、結局1人で指定ポケットカードを取りに行っちゃったな。いや、それを入手する為の壺か。ウラヌスが探す予定だったから、別にいいんだけど。
あっ、しまった。ウラヌスと離れる前に『周』かけてもらうの忘れてた。でもヘアゴム取っちゃってるからなぁ……。ウラヌスはもう潜っちゃったし。まぁすぐ戻ってくるとは思うけど。万一プレイヤーが襲って来たら、メレオロンを頼りにするか。ころころ。
シームが私を不思議そうな顔で見て、
「アイシャはまだ練習するの?」
「ひひおー」
「アンタも勤勉ねぇ。
……暑いんだったら、シームも一緒に泳げば?」
「いいよ、ボクは。おねーちゃんの方が暑いでしょ?」
「だーれも来ないんだったら、こんな暑っ苦しいの脱いで泳ぐんだけどねぇ。
まぁアタシ達のことは気にしないで、練習行ってらっしゃい」
「ふぁい」
かろころ。じゃないと私バカみたいだしな。こんなの着せられて収穫無しとかイヤだぞ。からころ。
とは言え、これだけ暑そうにしてるメレオロンとシームを放っとくのも気が引けるな。いちおう提案しとくか。
「ふはひほも、もーひへもあふいーはっはら、ひっへふへはら、わはひもホヘフへもろひまふはら」
「だいぶ何言ってるか分かんない」
うるせーよ。喋りにくいの見たら分かるだろ。ていうか、飴玉おっきいんだよ。噛んで消えたら練習できなくなるから、口に力入れられないし。
一度飴玉を出せば喋れるけど、それをもう一度口に入れられないんだよね。不潔だから。地味に困る……母さん、すごく困るよ……
数分練習して大体コツを掴めたので、早速この状態で泳いでみる。
……あれだな。水上を泳ぐのって息継ぎの動作とセットだから、あまりうまくいかない。ていうか意味無いんだよな。普通に呼吸すればいいわけで……
意を決し、勢いよく海中へ身体を沈める。
想像していたより更に澄んだ海の中、飴玉による呼吸を試みる。
……
…………
………………
呼吸は、なんとかなりそう。でも、息苦しさ自体は、どうしてもなくならない。多分、これはどうしようもない。この状態で、我慢できるかどうかだな。
んー……
じっとしてる分には、何とかなる。問題は、これで潜ったまま、泳げるかだな。移動ができないんじゃ、何の意味もない。
一度水面に顔を出す。
「はぁー……
すぅぅぅぅぅ……」
口から息を吐き、改めて口の中に空気を取り込む。吸えないだけじゃなく、空気を吐き出せないのって結構苦しいんだよね。武術における呼吸法においても、当然その辺は無視できない。吐息一つで仕掛けのタイミングを見破れるからな。攻撃の意を消すには、吐く息の制御も必要だ。
再び海中へと潜る。
体感としては、かなり慣れてきているように思える。潜ったままで、まずはゆっくりと泳ぎだす。……おぉ、ワリといけそう?
コツは、ほっぺたをふくらませる、しぼませる、この一連の流れを邪魔しないことだな。これさえしておけば息は続く。後はたまに口の中に溜まってきた唾液を注意して飲み込む。この時は誤飲を避ける為にも、無理に泳がない方がいい。
うん、うん……よし。もう少し潜ったまま、泳ぎ続けてみよう。
砂浜から離れ、海中を泳ぎ進んでいく。
青く澄んだ、広い海。空から射し込む陽の光だけで、充分に見渡せる。
少し目を凝らすと、離れたところで泳ぐ魚の群れ。海底にも、少し生き物の姿が見える。
その光景と、海の中を泳ぐ感覚がだんだん気持ちよくなってくる。うん、なかなかいいもんだね。酸素ボンベ着けて泳ぐダイバーって、こんな気分なのかな。
呼吸と潜水の練習がてら、しばし海中遊泳を楽しむ。
────沖の方、深い場所からこちらに向かってくる、見覚えのある影。
ゆらゆらと桜色の髪を揺らし、バインダーを抱えたウラヌスが泳いできた。
私は泳ぐのをやめ、その場に留まる。向こうもこちらに当然気づいていて、ウラヌスが指で○を作ってみせる。この様子だと壺は見つかったみたいだな。よかった。
ウラヌスが一気に浮上。私も合わせて浮上する。
「はぁっ……ブック!」
私が海上へ顔を出すのと同時、ウラヌスがバインダーを消す。
「はぁ、はぁ……
アイシャ、すぐ戻ろ」
「ええ」
手短に声を掛け合い、私達は砂浜に向かって、急ぎ泳ぎ出した。
足のつくところまで泳ぎ切り、大きく息を吐いて後は歩いていく。
「アイシャ、もう噛み砕くか捨ててくれていいよ」
……。捨てるのはなんかな。ていうか遠隔で消せないんだ、これ。まぁ噛み砕けと言うなら、そうするけど。
カリッと歯を立てて噛み砕くと、すぐに飴玉は消えてなくなった。
んー? ウラヌス、さっきから普通に喋れてるな。とっくに噛み砕くか捨てるかしたんだろうか? それとも、自分の口の中のは消せるのかな。
「これって遠隔では消せないんですか?」
「消せるよ。
噛み砕いてくれたら、どれぐらい力を加えたら砕けるか分かるし、それを期待して」
「……。
それならそうと、始めから言ってくださいよ。
うっかり捨てちゃってたかもしれないじゃないですか」
「いやー、なんとなくだよ。
飴を噛み砕くのに抵抗ある人もいるだろうし」
「……」
ヘンな気の使い方をする。別にいいけど。
「2人とも、すっごいおつかれー」
「あぁっづぅー。
んーで、どうだったのぉー?」
砂浜へ戻ると、2人がそれぞれ私達にタオルを渡してくる。それをありがたく受け取り、
「あー、ちょっと待って。
耳に水が……」
頭を傾けてこめかみを叩き、片足ジャンプするウラヌス。私も少し耳に水が入ってるな。軽く頭を振る。
「2人とも今まで待っててくれたんですね」
「シームがさぁ……
2人とも頑張ってるのに、自分だけ涼みたくないとか言って」
「おねーちゃん1人で戻ってよかったのに」
「そういうわけにもいかないでしょ」
ぶすっとするメレオロン。ふふ、あなたがそんなことするわけないですもんね? ……シームを1人にするなんて。まぁ私のことを気にしてくれたのもあるのかな。
とはいえ、炎天下で待ち続けたんだ。ヘタすれば私達より消耗しただろう。
「とりあえず首尾は上々なんだけど、話は後でいいか?
さっさとシャワー浴びて着替えたい。……アイシャも、もういいよね?」
「ええ、充分練習できましたから。
海水で髪が傷むとイヤですし、私も早くシャワーを浴びたいです」
「そうそう、それ。
もー、気になっちゃって」
4人で砂浜を歩いていく。……はやく、はやくこの水着を着替えたいよぅ……
恥ずかしがったら変態がイジるに決まってるし、だからってこんなので堂々と歩くのもツライ。ああ、いやだいやだ。
その変態が、後ろから声をかけてくる。
「でもさぁ。
やっぱり美少女って、なに着せても絵になるわよねー」
「……なにバカなこと言ってるんですか」
「アイシャだけじゃないわよ。2人ともよ」
「おい、俺を美少女でくくるな」
「えー?
あんた、自分のこと可愛くないとでも思ってんのー?」
「……それは別にしても、俺を美少女呼ばわりは詐欺だろうが」
う。……それはなんか私にも引っかかるな。
「ほらシーム、見てごらんなさいよ?
濡れたアイシャの髪。つやっつやで綺麗なもんでしょ?
いっそ裸よりエロいと思わない?」
「え?
……でもボク、アイシャの裸とか見たことないし……」
シーム、やめて! なんかその言われ方ヤダ! めっちゃハズイ!
隣のウラヌスが顔赤くしてるのを見て、追加ダメージを食らう。ぐわぁぁぁぁっ……!
はな、話を逸らさないと……
「……私より、ウラヌスの髪の方がいいと思いますよ?
ええ、もうホントに」
「こいつの髪の良さは知ってるわよ。
アタシは一緒にお風呂入ったことあるんだから」
「ぼくも、いっつも見てるから知ってるー。
2人とも髪の毛すっごいキレイ♥」
シームが容赦なく、ぐわらせてくるッ……! ウラヌスは耐え切れず、顔を覆う有様だ。くっそ、この2人がタッグを組むと手に負えん!
「ちなみに今どこ向かってんの?」
流れをぶっちぎり、事務的なことを尋ねるメレオロン。そういえば、シャワーってどこ行けばいいんだ?
ウラヌスは疲れた様子でぶっきらぼうに、
「……この砂浜沿いを行った先に、海の家がある。
そこに海水浴をした後に浴びる用のシャワールームがあんだよ」
「あー、そういうことね。
そこでアンタ達、その水着を脱いでシャワー浴びるんだ。うひょー」
うひょー。
────じゃ、ねぇよッッ!! そんなの当たり前だろうがッッ!!