ざぁぁぁぁぁぁぁ……
「……ぅぅ」
なんで……
なんでシャワー浴びてるだけで、こんなに恥ずかしいんだ……
心底脱力しながら、ぬるま湯を浴びる。それもこれもあの水着が悪いんだ。……いや、元凶はメレオロンだけどさ。なにがうひょーだ、くそっ。無駄に恥ずかしくしやがって!
男女共用のシャワーだから、いま隣でウラヌスもシャワーを浴びている。
その……
下から足がちらちら見えるわけですよ。なんなん、これ? ウラヌス、わざとじゃないよね?
たっぷり海水を浴びたから手を抜くわけにもいかず、一生懸命肌をこすり、髪を拭う。その様子が隣からも伝わってくる。
つまり、隣にいる人にも同じように伝わってるわけだ。……うぐぐ。
「アイシャ、ごめん……」
あああ、やめてぇ。そんな涙声だけ聞こえてきたら、色々想像しちゃうから。許すから黙ってて、恥ずかしすぎて顔から火が出る……
「はぁー……」
ようやく、いつもの服装──ではなくワンピースに着替え終え、髪をゴムでまとめる。息を吐きながら、シャワールームの更衣室から出た。汚れ物を詰めた袋片手に……
「アイシャ、お疲れ」
「いいえ。
……別に私、何の役にも立ってませんもん」
シームの労いにつれなく返す。私はウラヌスの能力を借りて、潜水の修行をしただけだ。役に立つとしたら今後だろう。
「そんなこと言ったら、ボク達なんて待ってただけだしさ。
ね? おねーちゃん」
「……
まぁ、そうね」
「待つのも大変だったと思いますけど……」
炎天下だからな。考えようによっては泳いでただけの私が一番楽だったかもしれない。……あの水着じゃなかったらな、チクショウッ! 変態に同情なんかしてあげない。
「はぁー……」
全く同じように息を吐いて、ウラヌスも出てくる。その様子に軽く吹き出す姉弟。私も釣られて苦笑する。
「え、なに? なんかおかしい?」
慌てて毛づくろいするウラヌス。いえいえ、いつも通りの可愛らしい姫君ですよ?
「なんともないですよ。これからどうします?」
「あ、うん。
えっと、社長のところに家宝の壺持ってく。
で、大社長の卵カードが取れるけど……しばらく時間が空くんだよね」
「と言うと?」
「ソルロンドには、もう1枚指定ポケットカードがあるからそっちも取りたいんだけど、早くても昼前近くにならないと取れないんだよ。
だから時間を潰さないといけない」
「なるほど……
いずれにしても、まずは1枚取りに行きましょうか」
「うん」
「その前に、汚れ物をリュックに詰めましょうか……」
「うん……」
「いらっしゃーい♪」
喜んでリュックを下ろし、その口を開けるメレオロン。私はシームに渡すし、まだマシだな……
「アンタ、やっぱりまた穿いてないの?」
「……」
さらりとセクハラ発言をする変態。黙って顔を赤くするウラヌス。……はいてないな。そもそも下着を1枚も持ってないはずだから、はきようがないしな……
スターサイドホテルへ戻り、元社長がいる22階のロイヤルスイートへ向かう。
社長のいる部屋の前でウラヌスは立ち止まり、
「ブック」
バインダーを出して、フリーポケットのページを開く。
覗き込むと……あるな。これが家宝の壺か。ん? 見覚えのないカードも色々あるぞ。
『291:レッドロブ』
ランクG カード化限度枚数468
赤い外殻をもつ 立派な海老
食感がよく甘みがあり 簡単な味付けでもいける
海にも淡水にも棲む
『335:グリーンキャビア』
ランクF カード化限度枚数167
食用海藻の一つ 海ぶどうとも呼ばれ
形状はミニマスカットと言っても差し支えない
塩味や酸味をつけて食すのが一般的
『8644:サザエ』
ランクG カード化限度枚数670
海の岩礁にいる 分厚い殻をまとったトゲトゲの巻貝
サザエの壺焼きという名前が定着するほど なじみのある食材
『463:白色真珠』
ランクG カード化限度枚数600
ある種の貝から採れる生体鉱物
白い表面に虹色の光沢がある宝珠
『8560:イシダイ』
ランクF カード化限度枚数216
シマダイとも呼ばれる 黒縞模様が特徴的な海魚
磯でよく釣れ かなりの美味で知られる高級魚
『333:ワカメ』
ランクF カード化限度枚数194
食用海藻の一つ 布状で 湯通しで食べるのが一般的だが
食用とする地域は意外と少ない 古くから食用に採る地域がある
『1698:家宝の壺』
ランクC カード化限度枚数47
元社長が昔なくした 家宝の壺
古代の海の民が 飲料の長期保存のために用いた品で
不思議な製法で作られている
『804:イタチザメ』
ランクC カード化限度枚数34
人食いザメ 最大で8mものサイズになる
海のゴミ箱と呼ばれるほどの悪食
なんか美味しそうなモノ獲ってるな、私も色々獲ってみればよかったと思って見てたら、おっそろしいモノ獲ってないか……? 人食いザメて。
「鮫なんかと戦ったんですか?」
「んー……
鮫って、そんな積極的には襲ってこないんだけどね。
俺が壺取った直後にいきなり接近してきたから、モンスターとして配置されてたのかも。
前取った時は居なかったんだけど、新しく配置したのか、確率の問題なのか……」
話しながら、腕を組んで首をひねるウラヌス。
シームはすごい興味ありげに、
「ねぇねぇ。どうやって勝ったの?」
「まぁオーラ籠めて目か鼻を殴ればよかったんだろうけど、攻撃避けつつ具現化した針を脳辺りにブッ刺した。一撃でしたわ」
それはまた、殺伐としたことで。ランクCだしな。多分その急所狙いでよかったんじゃないだろうか。
「ま、とりあえずイベント終わらせるよ」
扉を開けて部屋に入りながら、『家宝の壺』カードをバインダーから外すウラヌス。
そのカードをソファーに座る元社長さんへ渡すと、それはもうたいそう喜んで、お礼にカードをくれた。
『45:大社長の卵』
ランクB カード化限度枚数30
手の中で毎日3時間温めることで
1~10年後に現実となって孵る卵
温める時に願う気持ちが強い程 早く孵化する
「ねえ、ウラヌス。
気になったんだけど、この喜んでる社長さんからまた依頼って受けられんの?」
受け取ったカードをバインダーに収めるウラヌスに、メレオロンが尋ねる。私達の背後には、カード化を解除した壺を掲げ、喜びの声を上げる社長さん。さて、どうなんだろ。
「ブック。
ここから俺達が出て、また入ってくると、この元社長はズーンと沈み込んでる。
……つまり、そういうこと」
ああー……なるほど。イベント進行が依頼を受ける前にリセットされるから、当然そうなるわけだ。何度も取れるのはいいんだけど、そこはかとない徒労感があるな。
「ちなみに壺を渡さないと、またイベントを受けられないけどな」
メレオロンはよく分からなさげに首を傾げ、
「それって意味あるの?」
「自力で取った壺を、誰かに奪われると面倒ってことだけど……そのケースは稀だな。
大社長の卵より、家宝の壺の方が高く売れるから。あるとしたらそっち」
「へぇー。ハウマッチ?」
「卵が25万、壺が……64万だったかな」
なるほどね。このイベントを後でやらないなら、壺を売り払うのも選択肢に入るわけか。……合理的すぎてヒドイけど。
ひとまずホテルのロビーまで戻ってくる。
当たり前のように、1人ボスーッとソファーに座るメレオロン。泰然と足を組み、
「では諸君。今後の方針を相談してくれたまえ」
「なんなんだオマエは。えらそうに」
「メレオロン。
私、あなたにされた仕打ち、いっさい忘れていませんからね?」
「おねーちゃん、さっさと立った方がいいよ。
完全に空気読み違えてるから」
「はい……」
弟に諭されて、しゅんとしながら立つメレオロン。うん……シームって結構急所突くの上手いよな。
自然とウラヌスへ視線が集まり、彼は腕を組む。
「まず俺が選択肢出さないとな。
兼ねるつもりではいるんだけど、比重を置くのはどっちか決めたい。
観光か、攻略か」
うーん、と考え出す私達。
「……昼前までどうするかって話ですよね?」
「うん。
どうあれ、お昼過ぎたらさっさと違う都市行った方がいいよ。まだ気温上がるから」
「ぅえー……」
だれるメレオロン。まぁ気温のピークって午後2時ぐらいだしな。
「観光をメインにした場合、結構歩き回ります?」
「あちこち散歩しないと観光にならないから、そうだね。
つっても攻略メインでも結局歩くんだけど」
「あぁっつぅー」
「それはもう諦めろ。どうにもならんから」
「いやさぁ。せめて水分補充させてよ。
もうとっくに飲み物ないんだけど?」
「あ、悪い。そりゃそうだわな。
飲み物は買うけど、とりあえず俺の持っとけ。ブック」
バインダーを出したウラヌスが、「ゲイン」でペットボトルを出し、メレオロンに放り投げる。
「さんきゅー。もらっとくわ」
「ということは、シームも飲み物残ってませんか?」
「うん、さすがにもう残ってないよ」
「じゃあ、私のをあげますね。ブック」
「えっ、いいの?」
「構いませんよ。
炎天下で、我慢して待っていてくれましたから」
「いいなー。アタシもそっちがいいー。
交換しない?」
「ダメ! これはボクがもらったの」
「いえ、あの、ウラヌスと同じものなんですけど……」
「これはこれは、アイシャ大人気だね」
「は、ははー……」
仕切り直すように、ウラヌスは再び腕を組み、
「ともあれ、どうするか決めないとな。
観光なら名所を巡ってく流れだし、攻略ならあちこち行ったり来たりすることになる」
「そもそも攻略って何するんですか?」
「まんま、カード入手イベントだね。
あれだよ、ブルプラ取るのに必要な宝石の」
ああ、なるほど。この街にもあるのか。
「それって難しいんですか?」
「ひたすら面倒かなー。
お使いイベントなんだけど、アレ買ってこいコレ買ってこいって適当にパシらされる。ソルロンドで売ってる飲食物を24回届けるとクリア」
24回パシリ……面倒というか何というか。
メレオロンが興味ありげに首を傾げ、
「へぇー。じゃあ何?
そっちなら食べ歩き出来るわけ?」
あ、そういうことか。確かに飲食物を買い歩くなら、ついでに自分達が食べたっていいわけだ。
ウラヌスは肩をすくめ、
「そういうこと。
名所巡りか、食べ歩きか、どっちがいい?」
……。
「こうなると思ったよ……」
3人一致で、食べ歩き──もとい攻略に挙手した私達は、ウラヌスの案内でイベントが発生するゲームキャラのところへ向かう。
気持ち軽い足取りで砂浜沿いを歩きながら、
「観光と言えば、やっぱり食事ですよ。
ここの海の幸も楽しみです」
「……普段から美味いもの食ってるじゃん。
この街の食いモンも、なかなかではあるんだけどさ」
ほほぅ。それはホントに楽しみだ。
薄着や水着のゲームキャラ達が賑わいを演出する砂浜へ入る。
わいわいがやがやと騒がしい。子供が走り回り、音楽を流したり、スイカ割りしたり、海に入ってるキャラもそこそこいる。寝そべって、肌を焼いているキャラもちらほら。
「騒々しいわねー。
まさに、夏の海水浴場って感じだけど」
「文字通りだしな。
ゲームキャラしかいないのが、何ともではあるけど」
確かに、これでゲームキャラが消えたら急に寂しくなるだろう。この辺にプレイヤーは私達以外いないからね。
少し離れたところに、ビーチパラソルの下でくつろぐ女性がいる。そのテーブルに色々食べ物が乗ってるな。
「あの人ですか」
「そ。まぁ分かるよね」
ウラヌスがその若い女性に話しかけ、宝石を譲ってくれと伝える。
あげるわけがないと見事に突っぱねられた。ウラヌスが何度も繰り返し話しかけると、鬱陶しげにしながら、どうしても欲しいなら頼んだ物を持ってこいと言われた。ようやくイベント開始か。
「なんなの、あの女ー。ムカつくんだけど?」
「終始あんな感じだしな。
位置づけ的に高飛車キャラなんだろ」
「ホントにアイツ、ちゃんと宝石くれるの?」
「それは大丈夫だよ。
まぁイベント改変が入ってたら悲惨だけど、ランクDだしそんなエゲつないことしないだろ」
ぷんぷん怒ってるメレオロンに、さばさばしてるウラヌス。ゲームだと割り切ってるかどうかの違いだな。うんまぁ、私もちょっとイラっとしたけどさ。
ともあれ、まずはアサリの網焼きか。じゅるり。
近くの海の家へ行き、野外の食事処を訪ねる。
よくある集会用のパイプテントの下、雑多に並べられた机と椅子。そしてNPCの立つカウンターのそばに、炭火で炙られた網があった。
カウンターまで歩いていき、カウンターの下に並べられたメニュー札を眺める。
「結構色々あるわねぇ」
飲み物はもちろん、カキ氷、焼きそば、イカ焼き等々、海の家の定番が揃ってる。
「これからあっちこっち行くんだし、いきなり飛ばすなよ。
飲み物は買うけど、食べ物はほどほどにな」
早速警告きた。あんまり安くないし、ぱかぱかいってたらそりゃ予算も飛んでくだろう。ウラヌス、それが怖かったんだろな……
「アサリの網焼きはいいですよね?」
「……うん。まぁいいけど」
完っ璧、私が一番警戒されてるっていうね。しってた。
というわけで、お茶やジュースのペットボトルを1人1本ずつ、あとアサリの網焼きを3人前注文する。1人前はイベント用、残り2人前は4人で分け分けだ。
大きなアサリが、じゅぅぅぅぅ……と網の上でいい音を奏でる。聞いてるだけで食欲が湧くな。開いた貝にNPCがタレを入れると、ハンパなく香ばしい匂いがする。
「ひゃー、うーまそぉー」
「いいニオイだねー」
「確かにこれは腹へるよなぁ」
あー……ほんっとに。この醤油ベースのタレがね。すんごいクル。食べる前から、味の予想ができちゃうよ。こんなの美味しいに決まってる。
焼きあがったアサリを透明パックに詰めて渡され、それがご丁寧にカード化する。早速2つをゲインして、机と椅子を借りていざ実食。
割り箸を……あ、そっか。2人前だからお箸も2人分か。
「アイシャ、食べさせて♪」
憚ることなく、口をあーんと開けるメレオロン。「ぶっ!?」と吹くウラヌス。唐揚げの件を思い出したな、多分……
本音を言えば今こそ仕返ししてやりたいんだけど、流石に悪い気がするのでぷりぷりのアサリの身を摘まんで、口に放り込む。
「もちゅもちゅ……
ぅん、まー!! めっちゃビール飲みてぇー!」
「おねーちゃん……絶対やめてよね」
気持ちは分かるんだけどね。思いっきりビールに合いそうだし。さて、私も貰お。
「……んーっっっ!!」
「アイシャ、すっごい良い顔してるね」
「美少女は何してても絵になるわー」
なんか姉弟が言ってるけど、別にいいや。獲りたてアサリ、うめぇぇぇぇ!!
「ねーねー。
アタシにも、もう一口ちょーだーい」
「はいはい」
美味いものは分かち合わないとな。割り箸で身を摘み、メレオロンの口へ運ぶ。
「──かぁーっ! んんめぇー!!」
「美味しいよねぇー。
……ウラヌス、食べないの?」
1つ食べた後、尋ねるシーム。まだウラヌス、手をつけてないな。
「いや、うん……
箸が無いし、別に俺はいいかなって」
「それじゃウラヌスも食べさせてあげるね。
おクチ開けてー」
「お、おい……やめてくれよ。せめて箸の方を」
「いーから。
おねーちゃんみたいに、あーんって」
見る見る顔が赤くなるウラヌス。それ以前にちょっと赤かったけど。
私とメレオロンも、当然その様子を注視する。
「ほらほら、ウラヌスぅ。お口あけてよぉ」
「……」
懇願するようなシームに、困り果てるウラヌス。やがて諦め、唇を開いた。
シームが彼の口に、箸で摘まんだアサリの身を挿し込む。
「どう? 美味しい?」
「……。まあ、な」
端から見てるとハンパないなー……
「ほらアイシャ、あっちに負けてらんないわよ。
アタシ達もイチャイチャしましょうよ。今度はアタシが──」
「いいいっ、いいですいいです!
自分で食べます!」
慌てて自分のぶんのアサリをパクパク食べて、箸と残りのアサリを押し付ける。
ぅはー……アサリのダブル、やべぇー。口の中がしあわせすぎる!