第九十二章
「なんであの店、鯛の網焼きなんてあるんだよー……」
両手で顔を覆いながら嘆くウラヌス。日差しの中、悲しむ彼の帽子をぽんぽんしつつ、
「まあまあ……
あなたも美味しいって言ってたじゃないですか」
「当たり前だろ、鯛とか美味いに決まってるじゃないか……」
昼食にいただいたハマグリの網焼きの他にも、メニューに鯛の網焼きとかあったので、気になってダメ元でウラヌスに注文していいか尋ねてみたのだ。
なぜか気軽にOKが出たので遠慮なく注文したけど、どうも鯛焼きと勘違いしたらしい。注文は終わっていてキャンセル不可なので後の祭りだ。……けっして、それを狙っていたわけではない。うむ。
「鯛も最高だったけど、ハマグリもクッソ旨かったわねー。あのぷりっぷりは絶品だわー。
かーっ! これで酒が飲めたらなぁ」
「おねーちゃん、昼間っから飲んだら引っぱたくからね?」
「分かってるって。それくらい分別つけるわよ」
これは今晩、気をつけた方がいいな……明らかにアルコールを欲しがってる。シームが警戒してるけど、私も後で注意しとこう。飲むなとは言わないけど、前後不覚になるほど酔っぱらったら、何をしでかすか分かったもんじゃないしな。うむ。
私達は、腹ごなしにソルロンドの街を散歩していた。もう依頼主にハマグリの網焼きは届けたから、いつでも『再来』で移動できる。
なのだが、ウラヌスがなかなか復活しない。暑いんだけどな……
「しくしくしく……」
「う、ウラヌスも食べてたじゃないですか、なんだかんだで」
よほど財布のダメージが堪えたのか、いつも以上に嘆いてるウラヌス。まあ、鯛だけで3000ジェニーだったしな。ハマグリも高いわ他にも色々頼んだわで、結局13000ジェニーとか払わされた。
ウラヌスは恨みがましい目を私に向け、
「……だってさ。
俺が遠慮しても、食わせようとするじゃん。俺に食わせた分、また余計に注文するしさ。
大体あんな餌付けみたいなことされるくらいなら、普通に頼んで食べた方がマシだよ」
あ、餌付けされてる自覚あったんですね。麦藁帽子かぶってるせいで、なおさら小動物レベルが増してるんだよ。諦めたまえ。
「まぁそう固いこと言わずに……
指定ポケットカード2枚がすんなり取れたお祝いだと思えば」
「んー……
そりゃそこそこ取りにくいカードだったし、文句はないけど。
でも予算的には赤字なんだよなー。水着代とかでかなり出費してるし」
「ああ、まぁそれを言われると……
それじゃまた、真珠蝗でも取ります? 修行を兼ねて」
「……金を稼ぐだけなら、俺とアイシャは時間効率バツグンにいいけどさ。
修行を兼ねるってことは、この2人にもさせるわけだろ?
時間効率悪くない?」
「……
通常の修行時間が削れるという意味なら、あまりよろしくはないですね」
「うん。
実戦的な動きは身につくかもしれないけど、2人ともまだ基礎修行の段階な気もするんだよね。メレオロンはまだしも、シームの方は」
シームが困った顔を私に向ける。ふーむ、やっぱりオーラ量がネックか。倹約しながら戦えるだけの技量は流石にまだないしな。
「ウラヌスの目で、今の2人の潜在オーラ量って分かります?」
「いちおう毎日確認はしてる。
ざっくりとだけど、今朝の時点でメレオロンは71000、シームは4000かな」
『へ?』
私達3人が同じ調子で問い返す。
「ちょっと待ってよ、アンタ前いくつって言ってた?」
「グリードアイランド入る直前の話だよな?
メレオロンは70000、シームは3000」
「まだ一週間くらいしか経ってないんですけど……」
あっきれた。ビスケもいないのに、なんだその増え方。シームなんて増加率やばいな。……あれ? ビスケ抜きで修行した時のゴン達より早くないか、もしかして?
「忘れそうになるけど、こういうところがキメラアントなんだろうな……
普通1日40増やすのがやっとなのに、並みの能力者なんか比較にもならないよ」
メレオロンはまだ理解できる。前世が念能力者で、師団長として生まれたくらいだから、始めからオーラ量も多かったんだろう。
シームは未知数なんだよな……。全く情報がない。念の素人だったはずだけど、無理に巨大キメラアントと合成された影響がどう出てくるか、前例がないから予測もできない。半獣人か……
「シームの場合、イナゴ退治で着てる服が傷んだりもするしさ。
実戦をやらせるには不都合多い気がしてて」
「それは分かるんですが……
けど2人が置かれてる状況を考えると」
「まあね……
オーラだけあってもそれを活かせないままじゃ、マズイことも起こり得るだろうね」
私達が「うーん」と考え込んでると、
「なんか可愛いカッコした2人が、物騒なこと悩んでるわね」
「ちょっとおかしな感じだよね」
ぐ。……多分、私の方が特に違和感あるんだろう。ウラヌスのワンピースは普段着だし。麦藁帽子のオプションが凶悪だけど。
「人が真剣に悩んでる時に、ひどくね? オマエラ」
「後半はともかく、前半はお金の話でしょ?
アイシャが贅沢したがったのを、アンタがうっかりOK出したのが原因なわけで」
メレオロンの指摘が的確すぎて泣きたい。……だって鯛の網焼き、なんだか美味しそうだったんだもん。実際美味しかったし。
「あーもー……
分かったよ、俺が折れりゃいいんだろ。
最初にアイシャがイナゴ退治して、次にメレオロンとシームと俺でイナゴ退治。
これで何とかバランス取れるだろ」
「……ウラヌス、大丈夫ですか?
能力使ったり海に潜ったりして、それなりに消耗してると思うんですけど」
「そこそこ食べてるから大丈夫だよ。
イナゴ退治でどれだけ消耗するかは、やってみないとだけど。
……きっちり金稼がないと、スペルカードもガンガン買ってるから、軍資金がドンドン減っちゃうしさ」
「誰かさんがガンガン食ってるから、稼がないと軍資金ドンドン減ってくもんね」
「誰かさんって、誰のことですかねぇ? メレオロン」
「さぁ?」
おのれぇ……
何はともあれ、刻一刻と灼熱に近づく常夏都市から『再来』で脱出する私達。千秋都市へと舞い戻る。
常夏の熱気から解放され、いつも通りのオータニアな空気を吸い、
『はぁー……』
同じように息を吐く私達。
涼しい……すっごい快適だ。汗がどんどん乾いていくのが分かる。冷房じゃない自然の涼しさだ。同じ真昼なのに違いすぎる。もう、目に入ってくる光量からして違うしな。
「すっかり慣れてるからっていうのもあるけど、オータニアは過ごしやすいよね」
ウラヌスの言葉に頷く私達。そりゃもうね。ここを拠点にしてホントよかったよ……。いずれは動かなきゃいけないだろうけど、オータニアを最初の拠点に選んだのはおそらく最適解だな。
「さてと。
まずは宿で汗流して着替えるか」
うん、私とシームは常夏仕様だしな。いつも通りなのはメレオロンだけで、彼女も暑い格好でリュックを背負ってたせいで尋常じゃなく汗をかいてる。ウラヌスも、汗だくだとワンピースが笑えない状態になるしな……
旅館、時雨紅葉。
やけに絡んでくるメレオロンの視線と言葉をあしらいつつ、短めにお風呂をあがって、洗濯物をどっさり従業員に預ける。
洗濯が終わった後、これからはあの水着を持ち運ばないといけないのか……やだなぁ。処分したい。代わりの水着を調達しない限りダメだろうけど。くぅ……
メレオロンも2人きりの時に余計なこと言ってくるしな……。思いっきり見られるのも案外悪くないでしょとか、普段と違うウラヌスやシームの格好を見てどう思ったとか……。なんなんだ、まったく……
全員揃っていつもの服装に戻り、私達は宿を出てイナゴ退治へ向かう。
が、その前に。オータニアのトレードショップへ。
「──『名簿/リスト』オン。52」
現在 52「真珠蝗」を
所有しているプレイヤーは
14人
所有枚数は
24枚
「また誰かが取ってるな……
流石にそろそろ稼ぎにくくなってきたか」
トレードショップ内でカード化状況を確認し、考えるウラヌス。私達が今4枚持ってるから、昨日みたいに1枚残しておくとして、再入手可能な枚数は9枚か。
「ま、それは仕方ないか。
昨日と同じで、俺の手元に1枚だけ残して3枚売ろう」
そして、いつものように黄金の穂を揺らす畑の前へ。
「まず1回目だけど。
アイシャだけで地主の依頼を受ける。
アイシャはイナゴ退治に集中、俺は真珠蝗の確保だけ手伝うよ。
で、2回目は俺とメレオロンとシームで地主の依頼を受ける。
俺は真珠蝗とイナゴ退治を両方やる。シームは畑を出入りして、ちょっとずつイナゴを倒して。メレオロンは……まぁ任せるよ」
「えぇ?
なんでアタシだけ放任すんのよ」
「どっちでもいいからさ。
畑の中央に陣取ってもいいし、シームと一緒にヒット&アウェイでもいい。
俺は畑の中をうろうろするつもりだしな」
「……まあいいわ。
好きにしろってことね?」
「うん。修行になりゃなんでもいいよ」
うーん……あえて口を挟むなら、両方やってほしいんだけどな。シームはツナギがまた傷むとアレだし、一撃離脱でいいんだけど。
「それじゃアイシャ、先手よろしく。
時間は計っとくから」
「あ、はい」
既に習慣となりつつある、ウラヌスの『周』を纏ってのイナゴ退治。
更なる時間短縮を意識し、少しでも無駄を省き、一挙動で僅かでも多く狩る。──反復修練によって心身が向上していく感覚にいくらかの充足を覚えながら、イナゴを全滅させ終えた。
──13分46秒94──
「まだ速くなるの……?」
携帯の時計を見たメレオロンがうんざりそうに言う。とはいえ、10秒縮んだだけか……思ったより記録は伸びてないな。ここから先は少しやり方を考えないといけないか。
「同じことを繰り返せば、速くもなりますよ。
むしろ今日はあまり短縮できてなくて、くやしいぐらいです」
「えっと……はい、そうですか。それはご立派」
「……」
メレオロンの反応を不服に思いつつ、地主から報酬を受け取って、入れ替わりに3人が地主の依頼を受ける。
さっきウラヌスが確保した真珠蝗は5枚。最大であと4枚取れるな。
ウラヌスから預かった時計代わりの携帯電話を構える。
「アイシャ、始めていい?」
「ええ、いつでもどうぞ」
ウラヌスが畑に踏み込み、それに続く姉弟。同時にカウント開始、3人のイナゴ退治が始まる。私は姉弟が下ろしたリュックを見てなきゃいけないから、一切不参加のつもりだ。
そういえば、ウラヌスがイナゴ退治してるところをじっくり見るのは初めてか……
基本的に足を止めず、上半身の体捌き、腕のみでイナゴを狩っている。移動においてはケチのつけようもなく、攻撃の精度も申し分ない。強いて言えば、速さが足りないな。
……うん、まぁ真珠蝗探しがメインだもんね。速さを求める方がおかしいか。彼が倒しすぎると、2人の修行の妨げになるしな。
メレオロンは昨日より動きがいい。余力があるおかげか、イナゴの動きを僅かに先読みできている。わざとイナゴを跳ねさせて、着地したところを狙い打つなどもしていた。
一ヵ所に留まらず動くウラヌスや、畑の中央に陣取るメレオロンに対し、シームは最初から畑の外に身を置いて、外回りのイナゴを叩いている。まだまだ動きは荒削りだけど、オーラを温存しながら戦えているおかげか、明らかに余力がある。結果的に、倒すまでの手数も減らせていた。
ウラヌスが入ったことで上手く回ってるな。このまま順調に行けばいいんだけど。
開始から15分が経過。既に真珠蝗は1枚確保。イナゴの同時出現数も最大に達してる。
昨日は途中から雑になっていたメレオロンの動きも、今日は悪くない。ウラヌス1人で大半を狩ってるおかげか、メレオロンに向かうイナゴの数が必然減り、消耗が抑えられている。
シームは流石に疲れが見えていた。休み休みとはいえ、現状のオーラで15分も動ければ上等かな。まだまだキツイ思いをしてもらわないといけない。
開始から1時間経つか経たないかぐらいの頃。
遂に、目に見えてイナゴの数が減り始めた。残りは畑にいる数百匹。
「シーム、もうひと踏ん張りですよ」
「……うん!」
ほとんど休憩状態だったシームが、再び活発に動き出す。畑の外周沿いにいるイナゴを倒すのはワリと重要だ。ウラヌスが外周まで移動して狩ると、相応にタイムロスが出る。シームが狩った分だけ時間の短縮に繋がる。
ウラヌスの動きが、真珠蝗探知からイナゴ退治へシフトする。速度と精度がより高まる。
この中で一番のオーラ量を誇るメレオロンは、身体の動きこそ鈍いものの、オーラそのものに衰えはなく、今の今まで持ちこたえている。
やはり3人で最も目覚ましい動きなのはウラヌスだ。彼もまた、動きが鋭くなっている。数日前に私とイナゴ退治をした時より精彩がある。目に見えて疲労が色濃くもあるけど。
──ほとんど畑からイナゴの気配がなくなった。ウラヌスが軽く手を上げ、
「ふぅー……
メレオロン、もういいよ。
シーム、残り5匹。場所教えるから、残りは任せていいか?」
「はぁ……はぁ……
うん……どこか教えて」
なるほど。くたくたに疲れた状態で、最後に精度を要求するか。早く終わらせたいなら自分が狩り終えるしかない状況になれば、嫌でも集中力は高まるだろう。悪くない課題だ。
ふらふらしながら、何度も何度も失敗しつつ、シームは残りのイナゴ達を狩りつくした。
「お疲れ様でした」
はぁー……と3人が揃って深い息を吐いて、私のところへ戻ってきた。3人それぞれにタオルを渡していく。
「長かったぁー……
タイムは?」
メレオロンが尋ねてくる。シームが狩り終えたタイミングで止めた携帯の時計を見せる。
──1時間7分10秒91──
「あー、やっぱ1時間以上かかってたか。
そこそこ頑張ったんだけどなぁ」
ウラヌスが面白くなさげにボヤく。彼は真珠蝗を探してたし、そうでなくても潜水時の疲労も溜まっていたはずだ。これ以上は急ぎようがなかっただろう。この後のこともあるから、消耗されすぎても困るしな。
「ウラヌスもですけど、メレオロンとシームも動きが良くなっていましたよ。
そういう自覚ってあります?」
「はぁ、はぁ……
そりゃ、ね。しんどいから、ちょっとは考えて動くわよ」
「ぼく、まだ全然だと思うけど……」
「シームは発展途上ですから。
実戦レベルには程遠いですが、それでも着実に進歩していますよ」
「ほんと?
そっかぁ……」
どうしても比較すると見劣ってしまうシームが、自信喪失してるのは分かってるからな。褒められる時は褒めておかないと。今のは褒めてる内容とも言えないけど。
「結局3匹しか取れなかったな……
やっぱイナゴ退治しながらじゃ無理があったよ」
実のところ、1匹だけ気配に気づいたんだよね。何となくウラヌスの気を散らしそうな予感がしたから、あえて手を出さずに放置したんだけど、いつの間にか気配を見失った。あまり放置していると消えてしまうらしく、それで数が減ったんだろう。
私が狩ってる時は短時間で済むからいいけど、こうも長時間だと消耗の度合いがかなり違うはずだ。既に消耗していたウラヌスの意識が散漫になるのも無理はない。
「いずれにしても、今回は充分稼げたと思いますよ。
これで心置きなく修行に打ち込めますね」
3人とも『え?』という顔で私を見る。携帯の時計を確認する。2時になる少し前だ。
「まだまだ時間もありますし、今日もみっちり修行できますね。
身体も充分暖まったでしょうし、ここからが本番ですよ」
メレオロンとシームが、見るからにゲッソリとした顔をする。
ウラヌスが何か言いたげにしている。けど、何も言ってこない。
うん。疲れてるのは分かってる。でも私は全然消耗してないからな。修行はこれからだ。
「さ、早く報酬を受け取ってきてください。
ショッピングセンターで必要な物を購入して、修行場へ向かいましょう」
これ以上ないくらい分かりやすく、「はぁー」と嘆息する姉弟。のろのろと足取り重く歩き出す。ウラヌスは私の方を軽くジト目で見て、
「……ゴンがキミの修行について、諦めた目をしてた理由が分かった気がするよ」
肩をすくめて、2人の後を歩くウラヌス。
ふふふ。だって少なくともあの2人は、のんびりしてられないからな。そろそろハードコースにしていかないと、何かあってからじゃ間に合わない。
地力が付いてきてるなら結構なことだ。段階を引き上げる頃合いなんだろう。
ただ、簡単にオーラを回復させる方法がないし、怪我するような修行はダメだろうから、結局難しいことに変わりはないんだよな。……軌道に乗せるにはまだ時間がかかりそうだ。
ウラヌスがもう少し積極的ならやりようもあるんだけど、さっきの感触だとダメだろうしなぁ……
・イナゴ退治イベント5回目リザルト
アイシャ:イナゴ撃破スコア5000 真珠蝗捕獲スコア0
ウラヌス:イナゴ撃破スコア0 真珠蝗捕獲スコア5
イナゴ撃破スコア:5000匹×20ジェニー=100000ジェニー
イナゴ殲滅ボーナス:+100000ジェニー
イベントクリアタイム:13分46秒
・イナゴ退治イベント6回目リザルト
メレオロン:イナゴ撃破スコア1184 真珠蝗捕獲スコア0
シーム :イナゴ撃破スコア304 真珠蝗捕獲スコア0
ウラヌス :イナゴ撃破スコア3512 真珠蝗捕獲スコア3
イナゴ撃破スコア:5000匹×20ジェニー=100000ジェニー
イナゴ殲滅ボーナス:+100000ジェニー
イベント終了タイム:1時間7分10秒