第九十四章
メレオロンが音を上げるまで私とみっちり組手を行い、残りの時間はウラヌスに任せて、私は自分の身体能力を伸ばすことに集中する。後30分もすれば夕方かな。
組手こそしないけど、ウラヌスは身体の動かし方をメレオロンに細かく指導している。目の力を利用するなら、そういうのは彼の方が得意だろう。
流石に慣れないことを続けているせいか、メレオロンも疲労の色が濃い。まぁその分は身になってるはずだから頑張ってもらわないとな。
そんなことを考えていると、2人のそばでバインダーが出現した。
「──他プレイヤーがあなたに対して『交信』を使いました──」
うん? いったい誰だ?
『…………』
しかしバインダーは沈黙したまま。ウラヌスが怪訝な顔をしている。バインダーの主はウラヌスの方か。
「おい、誰だ?」
『……モタリケだ』
盛大に溜め息を吐くウラヌス。……
「オマエな……
おととい来やがれ」
『は? いや、
「もう来んなって意味だよ。
なんだ、また金の無心か? 立て続けに人の邪魔ばっかりしやがって……」
『いやいやっ! 違う、誤解だ!
それと何度もやってるみたいに言うな!
……オレじゃないんだよ、用があるのは』
「あ? じゃあ誰だよ」
『いま替わる……
──はーい♪ ウラヌス元気? ゴキゲンななめ?
わったし。わっかる? おっひさー♪』
いきなりバインダーから、明るくテンポよい声が弾んで聴こえてきた。なんだなんだ?
ウラヌスは額をかりかりと掻き、
「かもな、とは思ったけど……
ベルか?」
『ピンポーン♪ こっち戻ってきてたんだねー。
しばらく居ないなーって思ってたけど』
「わざわざチェックしてたのか?
まぁそうだよ。戻ってきたのはついこの間だ。モタリケにも聞いたろ?」
『うん。
でさっ♪ よかったら今夜、食べに来ない?』
難しい表情で、ウラヌスは腕を組む。私達の方に目を向けてくる。が、情報不足で判断しようがない。そもそも誰なんだ、このベルってヒトは? やけに親しげなんだけど……一方的に。
「…………
即答しかねるな。今から仲間と相談する。
他に用件あるか?」
『ううん、そんだけ。
スペルじゃ時間短いし、会って話したいな♪』
「……まぁちょっと待っとけ。
こっちから連絡しなおす」
『おっけぇ♪
返事待ってるね。じゃあねー』
「じゃあな」
バインダーが沈黙した。「はぁー」と嘆息するウラヌス。なんだったんだ……
メレオロンが首を傾げつつ、
「で、今の誰よ? まさか──」
「ブック。
……そのまさかだよ」
お? メレオロン分かったのか?
「誰なの、ウラヌス?」
シームが修行の手を休めて尋ねる。
ウラヌスは腕を組んだまま、口を『へ』の字にして、
「モタリケの……嫁さん」
HA?
──はぁぁぁぁぁぁぁッッ!? マジか、あんな人なのかッ!? 話し方だけでもモタリケさんと全然印象かけ離れてるんだけどッ!? めっちゃキャピキャピしてたぞ!
……。
いや……
確か盗賊団の団長で、モタリケさんをゲームの中まで追っかけてきたって言ってたな。
なら、あんな感じの人ってのも有り得たか。そっかぁ……
「で?
晩のお誘いだっけ? どうすんのよ」
不機嫌そうに尋ねるメレオロン。晩ゴハンねぇ……
「多分外食じゃなくて、あいつらの家にメシ食いに来いって意味だろうけど。
メレオロンがやっぱ難しいよなぁ……」
「モタリケさんって、自宅あったんですか」
「あるよ。借家だけど。
いちおう一軒家で、そこそこ家賃高い。一月10万だったっけな」
ふーむ……それでもホテルや旅館に泊まり続けるよりは安いかな。食費とか諸々の計算抜きでだけど。野外キャンプの安上がりっぷりはハンパなかったんだな……
「アタシのことはともかく、夕食へ誘う為に『交信』使ってきたの?
あれって、そんな気軽に使うようなもん?」
「……マサドラにしょっちゅう行くプレイヤーなら、そうだけど。
あんまり行かないなら、それなりに貴重だな。
だから、やっぱそれなりの意味はあるんだろ。これで俺が返事しなかったら、向こうは嫌がるだろうな」
「断るにしても、返事はしてあげてくださいね」
「もちろんそのつもり。断りづらいけど……
意味のある話をするかもしれないから、行くならメレオロンにも同席してほしいかな」
「でもさぁ……
黙って一緒にいるだけならまだしも、食事中に正体隠すのは流石に無理でしょ?」
だよねぇ。お面とかで顔を隠して……いや、ないな。どうやって食事するんだ、それで。
「……食事の同席だけは、理由をこじつけて避けた方がいいな。
飲み物も、断るか席外すかして。
誘いを断らないなら、そうするしかない」
「ええー。
それならもう、アタシだけ留守番でいいじゃない」
「待ってよ、おねーちゃん。
それならぼくも留守番する」
「ほら、こうなる。
俺とアイシャが離れてる間、何かあったらどうすんだよ?」
「私も留守番するっていう選択肢もありますけど……」
「俺だけ行けって?
そんなん、もう断るに決まってるじゃないか、ばかばかしい。
だから結局2択だよ。
全員で行くか、断るか」
うぅーん……どうなんだろなぁ。無難な選択は、断ることなんだろうけど……
でも気になるんだよね、モタリケさんの結婚相手っていうのも。悩ましいなぁ。
メレオロンは眉間にシワを寄せながら、
「……確かアイツ、ゲームに来て長いから、アーカと接触してる可能性があるんでしょ?
バインダーに名前あるか確認しないといけないんじゃないの?」
「ああー、まぁな……
ここで断ると、楽に確認できる機会がなくなるかもな。じゃあ選択の余地なんてないんじゃないか?」
そういえばそうだった。まぁなんだかんだでゲーム暦が長い人と交流を持っておくのは大事かもしれないしな。私も前回、ゲンスルーさんの情報のおかげで攻略にかかる手間を大幅に省けたからね。
「私はお誘いを受けた方がいいと思います」
「……俺もその通りだとは思う。
メレオロンとシームは?」
「おねーちゃんと同じ」
「ちょっとシーム、アタシに押し付けないでよ。
……正直行きたくなんかないけど、アーカのことは放っておいたらマズイわよね……」
「絶対に名前があるとは限らないし、それは気にしなくていいぞ。
俺が別の機会を作ってでも、なんとかするから」
「そんなこと言って、あんまり後回し後回しにするのも良くないでしょうに……
分かったわよ、行けばいいんでしょ。その代わり正体はバラさないでよ?
アタシの顔は……醜いから見せたくないとか、適当に誤魔化しといて」
「……
メレオロンがそれでいいなら、そう伝えるよ」
複雑な顔でウラヌスが応じる。醜いうんぬんはメレオロン自身が思ってることかもな。見慣れれば愛嬌があって悪くないと思うんだけど。
「シームは普通にしてていいけど、例の腕と足を隠せるヤツは念の為に着けといてくれ」
「えっ?
でも、洗濯しないとアレだったから、旅館に預けちゃってるよ?」
「あーまぁ……そりゃそうだわな。
じゃあ旅館まで取りに行くしかないか。ならもう、今日は早めに修行切り上げるか。
向こうがメシ食いに来て欲しい時間にもよるけど。
アイシャ、それでもいい?」
「どちらにしろ、もうそんなに時間も残ってないですし構いませんよ。
本日の修行は終了とします」
「っしゃー!」
メレオロンが喜んでる。……いや、アナタかなり中途ハンパな状態だったと思うけど。いいのか、そんなところで切り上げて。それとも、そこまでキツかったのか……
まぁ本格的に戦いの指導を受け始めたばかりだしな。戦いに向かない性格なのも含めて、思いのほか
話もまとまったので、ウラヌスが『交信』を使用してモタリケさんに連絡する。
「ウラヌスだ」
『はぁい♪
で、どう? 来てくれる?』
「ああ、晩飯のお誘い受けるよ」
『やったー!』
「なんで晩飯くらいでそんなに喜ぶんだ……
で、どこに行きゃいい? 前と同じ家か?」
『うん、わたし達の家♪
移ってないから同じ場所。覚えてる?』
「おっけ。
場所は覚えてるから、迎えはいいよ。俺達だけでそこまで行くから。
いつぐらいに行けばいい?」
『うーん……
あっ、その前に何人で来るの? 4人?』
「……ああ、4人だよ」
『予定通りね。
じゃあ……今から30分より後ならいつでもいいかな』
「……
なら、午後6時半から7時の間ぐらいにそっちへ行くよ」
『おっけー♪
そんじゃ晩の支度して待ってるね』
「ああ、それじゃな」
『ばいばーい♪』
「……
ブック」
バインダーを消して一息吐くウラヌス。
メレオロンは不機嫌そうに首を傾げ、
「今の流れだと、アタシも食事しなきゃいけないっぽいけど」
「俺も悩んだんだけどな……まぁ大丈夫だろ。
仮にメレオロンが食べなくても、2人分ぐらい誰かがペロリといけるし」
「その誰かって、誰ですかねぇ? ウラヌス」
「誰だろうね」
くっ……!
ひとまず宿に戻り、シームを着替えさせる。本当は汗臭いから、人様の家を訪ねる前にお風呂へ入りたかったけど、約束の時間まであまりないので諦める。汗を拭くだけにした。
どうしようか相談し、シームには夏服を着てもらった。
メレオロンと同じツナギというのもなんだし、変に隠して勘繰られるのもどうだろうという判断だ。メレオロンは徹底的に隠すしかないけど。
「その手足のカバーについて聞かれたら、肌荒れが酷くて他人に見せたくないってことにしとこうか……
メレオロンが隠してる理由も、それでいいか?」
「肌荒れねぇ……別にいいけど」
そして『同行』を使い、アントキバへ。いつもなら優先的に『再来』を使うんだけど、今は3枚しかない。マサドラに行くのはこの後だから仕方ないんだよね。……ウラヌスは『同行』がもったいないと嘆いてる。毎度のことながら、貧乏性というか倹約家というか。
日没で大分暗くなってきた、アントキバの街並みを歩いていく。
食事のお誘いを受けてお宅訪問するのに荷物を持っていくのもなんなので、リュックは宿に置いてきた。盗られる可能性もゼロじゃないけど、長時間でなければ大丈夫だろう。
修行の後にもかかわらず、軽い足取りのシーム。いつものツナギじゃないので、気持ち良さそうに歩いている。
対してメレオロンの顔は暗い。フードを目深にかぶり、普段以上に周囲を気にしている。
「どの辺に家があるんですか?」
「そんなに遠くないから、じきに着くよ」
ウラヌスの言う通り、アントキバの入口から表通りを少し進んだところで折れ曲がり、そこそこ歩いていった先にある一軒家の前で立ち止まった。
「ここだよ。
……しまったな、ちょい早く来すぎた」
外観はレンガ造りのちょっと凝った家だ。結構大きいな。
中からバタバタと誰かが走ってくる気配。これは……モタリケさんか?
扉が急いで開き、
「なんだ、もう来たのか。ずいぶん早かったな」
いつも通りのもっさりした服装で出てきたモタリケさん。このヒト、他の服ってないんだろうか……気に入ってるなら余計なお世話だけど。私達もほぼ同じ服だしな。
「よ、来てやったぞ。
うっかり早く来すぎたけどな」
「別にいいよ。
どうせもうじきメシも出来るしな。まぁ上がってくれ」
玄関から覗き見る限り、普通の住宅だな。土足は厳禁か……あっ、やばい!
「悪いモタリケ、ちょっと用があるから先行っててくれ。
すぐダイニングに行くよ。場所は分かってるから」
「ん?
ああ、別にいいけど」
ウラヌスが上手い具合にモタリケさんの目を離させる。……でも、どうしよう。
メレオロンの、足。流石にこれは……
上がったウラヌスが素早く靴下を脱いでメレオロンに渡す。なるほど、それしかないな。
メレオロンは困った顔で受け取り、
「ごめん、借りるわ。
……あれ? んんっ! とっと……
うわー、あんた足ちっちゃいわねぇ。けっこーキツイんだけど。
これ、伸びちゃうかもよ?」
「うるせーよ。
……なんとか無理やり履いてくれ。
今しばらく保ってくれれば、ダメになってもいい」
「了解。……うっかり転んでバレないように注意しないとね」
「……頼む」
ふー、危うく素足を晒すところだったよ。これはうっかりボロが出ないよう、もう少し警戒しないといけないな……
ばたばたしつつも、ウラヌスの先導で廊下を進む。ふぅん……結構いい家かも。ホント普通に住んでるな。チラチラと壺に花が活けてあったり、壁に絵画がかかっていたりする。
こういうふうに住みついちゃったら、なかなか現実に戻りたいって思わないかもな……。ゲームって感覚が薄れてくる。実際ゲームとも言い切れないからアレなんだけど。
廊下をある程度進んで、横の壁にある開いたままの扉、その少し手前で立ち止まる。
小声で話すウラヌス。
「そこがダイニング。
メレオロンが入る前に、ちょっと向こうと話をするよ。
それで一緒にメシ食うかどうするか決める」
「やっぱりアタシ、来ない方がよかったんじゃない?
こんな普通の家の中だと、違和感すごいんだけど……」
「だからって、
気持ちは分かるけど、我慢してくれ」
「……わかった」
いよいよモタリケさんのお嫁さんとご対面だけど、こっちはこっちで大変だなぁ……
はてさて、どうなることやら。