商店街に着くと、雰囲気はほとんど昨日と同じだった。
いや、昨日よりは風邪気味の人が多いかな?
所々でごほごほという音が聞こえた。
でも今年は夏風邪が流行ってて…
夏風邪?
ローカルテレビでやっていた、今年は夏風邪が流行っていますねというニュース。
工場から流れ出てしまった、初期症状が風邪に似ているらしいウィルス。
たまたまだろう?
だって、ウィルスが流れたのは昨日のことなんだから。
たまたま夏風邪がこのタイミングで流行っただけだって。
嫌な予感に胸がどくどくした。
まさか、な。
商店街の入り口で立ち止まっていると、おーい、と声をかけられた。昨日工場へ一緒に行った三人だった。
「どうしたんだよ、んなとこで止まって」
「あー、なんでもない」
「ごほ、おまえ元気そうでよかったわー。俺ら、あの後風邪気味になっちまってさ」
三人とも咳をしていた。
それが気になった。
周りから聞こえる「ごほ」という咳の音に、何かが混じっている気がした。
「来週さ、俺元の所に帰ることになったんだ」
父さんとウィルスのことは伏せて話をする。
不安にさせたくなかったから。
「そっか。淋しくなるよな…ごほ」
「お前ら咳出てるなら、家で休んでろよ」
「いやいや、今日な、隣町からテレビ来るんだって。映らなきゃ損でしょ」
笑いながら言ってた。
笑ってたんだ。
そのときは。
昼近くになって、町の中心にある公園へ行くことになった。
最後だからって、一緒にテレビに映ろうってことになったんだ。
それがあんなことになるなんて、誰も思っていなかった。
咳が酷くなってきたそいつらに、俺は強制的にマスクを着けさせた。
効果があるのかわからないけど。
父さんの遺したノートには、ウィルスへの対策が書かれていた。
水を媒介にするが、加熱によって死滅すること。これが主な対策だった。
だから今朝、母さんが大量の水を沸騰させていたんだ。
そう。水が、水を、水で。ウィルスが感染する。
感染した後は?
咳が出る。熱も出るかもしれない。
そんな風邪の様な症状が出た人は、その後どうなるんだ?
エボラ出血熱では名前の通り高熱が出て、ウィルスによって内臓とかがダメにされて、内出血も起こる。だから、吐血や出血・下血が起こる場合もあるわけだ。
じゃあ、昨夜咳をしていた父さんも辿ったであろう末期症状はどんなものなんだ?
公園へ着くと、三人はベンチへ怠そうに腰かけた。
大丈夫かと聞くと、咳混じりに平気平気と答えた。
ごほごほと周りから聞こえる咳の音はやけに大きく聞こえていた。
どれくらいの人が夏風邪なんだ?
そもそもこれは「ただの」夏風邪なのか?
嫌な予感がひたひたとすぐ近くまで来ていた。当たって欲しくない、まさかという可能性。
汗がぽたぽた垂れる。
「俺、あっちにある自動販売機でなんか飲み物買ってくる」
そう言って、その場を離れた。
テレビに間に合うかわからないぞ、と言われたがそんなの俺にはどうでもよかった。
自動販売機の飲み物ボタンを押して、残してきたあいつらの方をちらりと見る。
テレビのクルーが到着したようだった。
まもなくテレビの中継が始まり、マイクを持った女性レポーターがインタビューを開始した。
この町についての簡単な概要から始まり、それでは住人の方にお話を伺って見ましょうと続ける。
テーマは、今年の夏についてだった。
カメラが回り始め、やがてマスクをした三人の少年たちにもマイクが向けられた。
「今年の夏も終わりですが、どうでしたか?」
「すごく楽しかったですよ!」
「新しい友だちもできてな!」
「うんうん」
俺のことだ。
「すっごくいいやつなんすよ!」
お前らもすっごくいいやつらだよ。余所者の俺のこと受け入れてくれて、一緒に遊んで。
「今日も一緒だったんすよ。さっき飲み物買いに行っちゃったけど」
「ほら、今日も暑いし」
彼らの顔を見ると、少し青白かった。
暑い?お前ら、汗全然かいてないじゃないか。顔、青白いぞ?
帰って薬飲んで休んでいろよ。
俺は買ったスポーツドリンクを飲み干しながら、そのインタビューを見ていた。
「体調悪そうですが、大丈夫です?」
「ごほ。大丈夫、大丈夫」
「最近夏風邪が流行ってて、俺らも昨日からそうなんすよ。ごほ」
咳が更に酷くなってきた三人に対して、女性レポーターは失礼だと思ったのかインタビューを切り上げようとした。
そのとき
「ごほごほっ、ごぼっ!」
一人がマスクを真っ赤に染めて血を吐き出した。
昨日の会話が頭によみがえる。
『喉が乾いたなー』
『お前ら平気そうじゃん』
『だって、お前が出てくる前に工場の外にあった水道で飲みまくったし』
工場の外。水道。飲んだ。
ああ、こいつら、ウィルスに汚染された水を飲んでしまっていたんだ
辺りに女性の甲高い悲鳴が響き渡った。
地面にぼたぼたと赤い液が降り落ちていく。
血を吐き出したやつは、声も出さずに次々と口から血だけを流し続けた。
周りはどうすることもできずに見ていることしかできない。
もちろん、俺も。
しばらくして。
本当に少しの時間だった。
あいつの体は地面に崩れ落ちた。
もう、動かなかった。
その後は、はっきりとは覚えていない。
俺はショックでその場を動けなかったんだと思う。
でも、この時テレビのカメラが回っていたんだ。
生中継だったんだよ。
子供が口から血を吐き出して、倒れて、動かなくなるところが放送されてしまったんだ。
ドッキリかと思ってテレビを見ていた人も多いと思う。
でも、続けて一人、もう一人と血を吐き出して同じように地面に転がった。ついさっきまで笑ってマイクを向けられていた子供たちだ。
レポーターは悲鳴をあげて混乱し、カメラマンはカメラを置いて子供の体を揺さぶっていた。
揺さぶって、
自分が何を言ったのか覚えていない。本当だよ。後日、そのときの放送を録画された物を見せてもらって初めて知ったんだ。
触るな
感染する
ウィルスが
水を飲むな
工場から汚染された水が
それと。
風邪じゃない
ウィルスの初期症状だ
そう。俺たちが風邪だと思い込んでいたのは、
あのウィルスの初期症状だったんだ。
町は既に感染者で溢れかえっていたんだよ。
俺は近くにいた大人に家に帰るよう言われた。
まっすぐ家に帰りなさい、と。
俺はその人を知っていた。その人は町にある小学校の先生だった。先週三人と学校に忍び込んで怒られた。
その人も、咳をしていた。
俺は走った。
走って走って走って走って、
家に駆け込んだ。
玄関の扉を閉めて、そのまま座り込んだ。
ガタガタ震えながら、耳を塞いだ。
途中で聞こえた気がした知っている「音」たち。
ごほごほ、咳をする音
ごぼ、何かを吐き出す音
泣き声、悲鳴
ぼたぼた、液が落ちる音
そして
どさ、重いものが崩れ落ちる音。
全部知っている。
知っているんだ。さっきまで、昨日まで一緒にいて笑いあって話をして。
動いてて。
あたたかくて。
生きていた、俺の大事な「日常」たち。
どうして、どうしてこんなことに
町では赤く染まった「人だったもの」の数が増え続けていた。
まるでドミノ倒しみたいに、たかが咳をする程度の症状だったはずなのに一気に吐血するほどの、死に至るほどの症状へと感染したウィルスは伝染していったんだ。
気づくと、外は薄暗くなっていた。
家の中はやけに静かだった。
母さんがいるはずなのに?
ふらふらしながら靴を脱ぎ、いるはずの母さんを探す。
「母さん?」
何度も呼んだけど、返事がない。
電気をつけて家中を探す。
残りは父さんの部屋だけになった。
アパートがなくて、一軒家を借りる羽目になったと苦笑いを浮かべて言っていた父さん。普段はその部屋と台所とかの水回りしか使っていなかったみたいだ。
「母さん?いるの?」
ゆっくりと戸を開く。
そこに、母さんはいた。
母さん「だった」ものが「あった」。
赤く染まり冷たくなった体が机の前にあった。