伝染性吐血症害   作:犬屋小鳥本部

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感染

一晩明けた。

俺は、母さんが生きている間に用意してくれた食事と飲み物と水で体を満たした。

 

母さんは父さんの写真を抱き締めながら倒れていた。

父さんと母さんは本当に仲がよかった。

しかも、死ぬ前に残された俺のことを心配して色々用意すらしてくれた。

 

俺の手元には父さんの遺してくれたノート、この町から出て元の町に帰る為の切符、そしてもうひとつ。母さんから俺に宛てた手紙がそこにあった。

 

手紙には、俺を独り残したことへの謝罪と、あの子の父親を通じて知ったウィルスや病気専門の団体へ連絡を取ったことが書かれていた。

明日、つまり今日の朝には到着するだろうということだ。

 

俺は独りになってしまった。

 

そうだ、あの子は?

きっと他のみんなと同じようになってしまったんだろうな。

だって、三日前から風邪気味だったんだから。

 

ははっ、そうだよ、風邪気味だったんだよ。

泣きたくなった。

ふざけんな。

たかが風邪だってみんな言ってたんだ。

誰も、誰もこんな風になるなんて思ってなかった。

なんでこんな風になるんだよ。

「風邪」だろ?みんな風邪だったんだって言えよ。

すぐ治ってまたいつもみたいに、できるって

 

頭の中はもうぐちゃぐちゃで、現実から逃げたかった。

 

 

 

そういえば

 

父さんのノートの、最後の、ページ

たしか

「ワクチンの製造方法…」

俺はノートを、そのページを広げた。

ワクチン。

もう、意味ないじゃないか。生きてるうちに打たないと。みんな死んじゃったんだぞ?

 

俺はほとんど諦めていた。生存者なんかいないんだと。もう、手遅れなんだと。

 

そして、その中に書いてある内容は更に俺を打ちのめした。

「『発症後回復した人の血液には抗体ができる。それを使用し』…血液からワクチンを作るのか?まんまエボラ出血熱と同じじゃないかよ。」

エボラ出血熱では何%かの確率で発症後回復する人がいるらしい。その人の血液からワクチンを作る。

「生きてる人、いるのか?それに…」

今更ワクチンを作って誰に使うんだよ。

昨日の町中の惨状が頭をよぎる。

次から次へと血を吐き出し始める人々。やがて倒れて、動かなくなる。

多分、あの段階までいけば生きてるのは無理だ。血を吐き出し始める、いや。咳が酷くなる前にワクチンを打たないと。

 

 

なんであれ、今は「生きている」人を探さないと。

 

俺は家を出た。

 

そして、いないだろうと思っていた生存者はあっけなく見つかった。

 

あの子が、生きていたんだ。

 

あの子は家の中の自分の部屋に鍵をかけて閉じ籠り、ぐすぐす泣いていた。

あの子の両親は母さんと同じように手遅れで。

 

俺はあの子を連れて家に帰った。

父さんの部屋には母さんがいるんで、近寄らないようにし、残していた食事を食べさせた。

 

昨日の朝の会話を思い出せば、俺とあの子はもっと早く安心できたんだった。

あの子は三日前の夜に初期症状が出て、昨日の朝には治っていたんだった。

あの子の両親がいつ発症したのかわからないけど、夜はたった一人にさせてしまった。

本当に悪いことをした。

俺は「おにいちゃん」なのにな。

 

食事が済むと、あの子はうとうとと船を漕ぎ始めた。当然昨晩は眠れなかったんだろう。

俺は自分の布団を敷いてやって寝かせた。

 

あーあ、この子がもうちょっと大きかったら可愛い彼女なのになー

そんなバカなことを考える余裕さえ出てきた。

あの子がいてくれるだけで、俺の絶望まで沈んでしまった心が息を吹き返すようだった。

心に羽が生えてどこかに飛んで行けそうだ。

 

俺は電話をかけた。

母さんが連絡をとった専門団体だ。

今、町の中と工場を探索しているって言われたから、俺はワクチンのこと、回復したあの子のこと、それと簡単にこれまでのことを話した。

町は封鎖されているみたいだった。

 

俺の家に向かえるようになったら連絡すると言われた。昼までには行けそうだと。

 

俺は待った。

一時間位。

その間、頭の中を整理した。

 

あのウィルスは、初期症状が出てから末期症状に移行するまでがとてつもなくはやいのでは?

初期症状が出始めたのがいつかわからないけど、それでも父さんやあの三人のことから死亡するまで一日以内。

 

じゃあ、感染してからの潜伏期間はどれくらいなんだ?

そもそもだ。

いつ感染したんだ?

 

父さんは工場で。

多分一昨日のガラス容器の中に入っていただろうウィルスのもと。

 

それが工場の水路の水に溶けて、流れ出した。

 

工場の外の水道からその時水を飲んだ三人も、この時感染だろう。

 

で、汚染された水が町に流れる水路を伝って広がった。

それを飲んだりして町の人は感染した。

 

 

 

いや、違う。

違う!違う!

もっと前からだ。

町の人たちが感染したのも、初期症状が出たのも。

 

この夏は少し前から「風邪」が町で流行っていた。これはあのウィルスの初期症状だ。

今年の風邪は長引く、なかなか治らないとニュースで流れていた。

これが、もし。

初期症状が出た人が、ずっと初期症状を発症し続けていたのだとしたら?

末期に至らずにずっと初期症状が継続していたのだとしたら?

 

わからない。

 

俺は頭が良くない。

父さんみたいに複雑で難しい技術的なことは解らない。

母さんみたいに先を見越して何かを準備することもできない。

 

わからない。

違う。

考え方を変えろ。

考え方を壊せ。

 

インフルエンザだと思え。

ウィルスが体に入った。感染した。

潜伏期間を経て発症。これが基本だ。

エボラ出血熱もそうだ。

潜伏期間の差があっても同じような流れだ。

 

感染

潜伏

時間

発症

 

 

もしも。

もしもだ。

もしもだぞ?

 

 

 

感染の条件が、「一定量以上になること」だったら?

 

潜伏期間はウィルスが体内に入って悪さをするまでの時間だろ?

インフルエンザとかは一匹(?)でも体内に入れば増えて、悪いやつ軍団を作って攻撃を始める。

 

あのウィルスに「自分たちで増える」能力がなかったら?

水に溶けたウィルスたち。

汚染された、ウィルスが溶けた水を飲めば飲むほど体内にいるウィルスの数は増える。

たくさん水を飲む人は当然その分早く一定量に到達する。

 

これなら発症まで時間がかかるし、個人差もある…と、思う。

 

じゃあ、父さんたちが発症して末期になったのが早かった理由は?

 

「一定量以上」が条件なら。

溶けているウィルスの、濃度。

濃い水を飲んだから、一気に末期症状までいった?

 

ちょっと待て。

なんか引っ掛かってる。

 

発症の条件が「時間」とか「数」だとしても、現に一昨日よりも前から発症はしてたんだろ?

それって。

 

「もっと前からウィルスが水に溶けていた?」

 

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