風の聖痕 新たなる人生   作:ネコ

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第12話

 重悟は事態を非常に重く見ていた。

 今は内密の話をすべく、周防のみが部屋の中におり、重悟の対面に座っている。

 周防の顔はいつもと変わりなく平然としていたが、重悟は違う。いつにもまして難しい顔をしていた。

「何かよい案はないか?」

「よい案と申されましても、現状で鑑みるに、綾乃様の実力は上がっております。

 それは、同行した雅人様からも報告が上がっているはずです。

 その点から言わせていただけるならば、改善の必要性はあまりないかと」

 すらすらと答えるが、その答えは重悟の求めるものではなかった。その証拠に、重悟の顔は未だに晴れない。

「しかしだな。この前のように、いきなり家出などされてはかなわん。

 ……次期宗主としての自覚を持った行動をして貰いたいのだ」

 重悟は難しい顔をしたまま話す。周防はしばらく重悟を見つめたまま黙してしまった。

 

 このような状況になったのも、綾乃が夏休みの訓練を行って帰ってきてからすぐのことである。

 綾乃は家に帰ってから、重悟に録な挨拶もせず、再び旅行鞄に必要なものを詰め始めたのだ。

 日常生活に必要なものを……。

 なかなか帰りの挨拶をしに来ない綾乃に困惑しながらも、重悟は綾乃を呼びに使いを出す。

 そうして部屋へ訪れた綾乃の雰囲気は以前とは比べ物にならないほど変わっていた。

「呼びましたか? お父様」

 いっそ別人では───と、重悟が疑ってしまうほどに。

 それは仕方ないのかもしれない。和麻との訓練で培われたものは、そう簡単に変わるものではないのだから。

 綾乃は、父親である重悟の前であっても警戒心を解かない。視線は重悟の方へと向いてはいるが、周囲の状況に即応できるよう座ることなく、立ったまま対応している。

 以前であれば、真っ先に重悟のもとを訪れ、何をしたのか、何を見たのか、どう思ったのかなどを話してくれたものである。

 立ったままというのも有り得なかった。そして、重悟を見る目付きも。

 口ではお父様と言ってはいるが、完全に他人へと向けるような視線。言い方を変えれば、まるで敵へ向ける視線に近いと言えるだろう。

「まあ座りなさい。……南の島はどうであった?」

 綾乃は警戒を解かないまま、重悟の対面にゆっくりと座る。

「お父様のお陰で、とても有意義な生活を送ることができました」

 綾乃は淡々と話すとそのまま黙してしまった。

 重悟は続きがあるものと思い、耳傾けていたが、黙したまま話は終わりとばかりに、それ以上話が続くことはない。これでは寂しいと、会話を続けるべく話題を振っていく。

「どのようなことをしたのだ?」

「どのようなこと……?」

 綾乃は何かを思い出したのか、拳を握りしめ、蔑んだような視線を重悟へ向ける。

「お父様の『依頼通り』のことをしたに過ぎません。

他に何かあると思ってるの?」

 それまで我慢していたのか、綾乃の意思に反応して俄に辺りの温度が上がり始める。

 周りの状況とは裏腹に、重悟は綾乃の言葉に冷や汗をかきながら、会話を続けるのが怖くなり話しを変えた。

「では、どの程度実力が上がったのか見せてもらおう。

―――二日後に依頼が入っている。それに参加するように」

「分かりました。

 ―――そういえば、い・ら・い・の・せ・い・で貰えなかったお小遣いをいただけますか?」

 綾乃は重悟の言葉に頷くと、思い出したように小遣いを要求した。ある部分を強調して。

「―――そう言えば、二ヶ月分渡していなかったな。一時間後に取りに来なさい」

「分かりました」

 綾乃は返事をすると、重悟の部屋を後にする。

 残った重悟は、変わり果てた綾乃の纏う雰囲気と性格に頭を悩ませた。何故ここまで変わったのかと。

 そして、妖魔退治の依頼をこなしたその翌日に、綾乃が家を出たという情報が重悟の元に届いたことで、更に頭を悩ませるのだった。

 

 重悟はこれからのことを真剣に考え込んだまま動かない。

 綾乃が重悟の言うことを聞かないようなことはたまにあった。それは一時的なもので、そう長続きはしない、その場かぎりのものだ。しかし、今回は違う。

 どのような訓練を施せばああなるのか。まるで、厳馬、いや―――和麻のような雰囲気である。

 誰も信じず、常に周囲は敵であるという考え方。

 唯一の救いは───和麻のことだけは、そう思ってはいないところだろう。

 この時重悟は、訓練のせいと考えていたが、理由はそれだけではなかった。

 綾乃は重悟の言った言葉に対して怒っていたのだ。南の島でのバカンスを楽しみにしていた綾乃にとって、それはひどい裏切り行為であった。信用を失うに足る理由があったのである。それに加えて、必要な情報を渡さない重悟を綾乃は信じていなかった。

 どうしたものかと、親友であり幼馴染みである厳馬に聞いても、まともな返答は期待できない。かといって他にまともな内容を返せるものは少なかった。

 和麻の名を出せば、よくない顔をするものがほとんどなのである。

 選択肢は最初から残されていなかった。

 

「お言葉ですが、私が思うに……」

 唐突に話始めた周防に重悟は顔を上げた。そして、何か良い案が浮かんだのかと、期待の視線を向ける。

「綾乃様は反抗期に入ったのだと思われます」

「反抗期……?」

「はい。この年齢で言えば、いささか早いかもしれませんが、世間一般の子供であればなるものです」

「そうか! あれが反抗期というやつなのか!」

 何故今まで気づかなかったのかと、重悟は胡座をかいた脚をバシっと叩き、綾乃の態度に納得する。

 そう考えることで、重悟の中では全ての辻褄があった。

 南の島で、和麻との生活を送ることに不満があるはずもない。その証拠に、綾乃が家出した先は和麻のもとである。欲を言えば、綾乃が和麻を家に連れ戻すことが一番良かったが、流石にそこまでは求めない。ゆくゆくはそうなるとして……。

 そのような考えに至った重悟は、周防を下がらせる。そして、満足した表情で仕事に精を出すのだった。

 

 

 

 夏休みが終わり、いつもの生活が和麻に戻ってきていた。綾乃はあれ以来学園があるためか、和麻の家に姿を見せない。その代わりに、必要以上に柚葉がついてくるようになった。

 今までは、学園内と下校の際だけだったのだが、それが登校にまで及んできたのだ。だからと言って、柚葉から何か話してくるわけではない。ただ、大人しくついてくるだけだった。

 それだけだったのならば、和麻としても鬱陶しく感じただろうが、朝食を作っているため特に何も言わない。朝食を食べて、そのまま学園に行くだけ。そのため、わざわざ別行動する必要性を和麻は感じてはいなかった。

 周りからは冷やかしの言葉が上がっていたが、和麻は気にした風もなく無視し続け、柚葉は恥ずかしさのあまり、顔を伏せたままというのが日常的になりつつあった。

 それも、当事者の片方である和麻が反応しないことから、次第に薄れていったが。

 

 柚葉としては、この日常に幸せを感じていた。友人からは未だにからかわれてはいるが、好きな人と共に過ごす日々。朝は早くから昼の弁当を作り、その後、和麻の家に行って朝食を作り、一緒に朝食を摂ってそのまま夕食を作り家に帰る。次のメニューを考え、食生活にも気を使う。料理の腕は上がり、栄養面に関しても徐々に詳しくなっていく。

 柚葉の気持ちとしては、新婚生活をしている気分だった。敢えて不満を上げるとすれば、土日だけは食事を作る必要はないと、和麻に断られたことだろう。

 友人からは、『胃袋を掴めば心も掴める』とアドバイスを貰っているだけに、土日も作りたかったのだが……。それは、和麻の都合───アルバイトが入っているということで納得している。

 何故か、突如訪れた美少女と行動を共にしていることは分かってはいたが、それについて文句など言えるはずもない。

 それでも、平日は一緒にいられる。それだけで、柚葉は満足感を得ていた。

 

 綾乃は焦っていた。夏休みの終わり頃。南の島から帰ってきて早々に和麻のもとへ押し掛けたのだが、そこには見知らぬ女が居座っていたのだ。綾乃が料理を出来ないことをいいことに、エプロンをつけて良い香りを漂わせ、和麻を誘惑する。年上だけあって、かなりの手練れ。

 友人に調べてもらったところ、名前は「平井柚葉」。和麻と同じクラスであり、学園内では和麻の恋人と噂される人物。強敵だった。

 綾乃は同じ聖陵学園とは言え、初等部と高等部では学ぶ場所が違いすぎる。しかも、お金があるためか、完全に分けて設備があるのだ。運動部用の競技場もあり、授業が被ったとしても、施設がいくつもあるため、一緒に授業を受けることなどない。

 土日は和麻と共に家の仕事をこなし、平日は、学園が終わってから、和麻から学んだことを復習して技を錆び付かせないようにしていた。

 それというのも───

 

『綾乃ちゃんの行ってた南の島って、私が思ってたのと、ちょ~っと違うかな……』

「やっぱり……?」

 気まずそうに答える相手に、綾乃も自分の感覚が正しいことを再確認する。

『でも、一緒にいられたんだよね? 最後は看病してくれたみたいだし、すごく進展してると思うよー』

「そうなのかな……」

『元気ないけど、どうかしたの?』

 綾乃の言葉の暗さに気付いた友人は訊ねた。いつもの自信に満ちた声ではなかったからだ。

「由香里のアドバイスどおり、和麻の家に行ったけど追い返されたの」

『突然行ってもやっぱりだめだったみたいだね。でも、綾乃ちゃんでだめとなると、かなりハードルが高くなっちゃうからー……今はそんなことを考えてもいないってことなのかな?』

 由香里と呼ばれた友人は自分の考えを述べる。しかし、その内容に綾乃は納得することはできなかった。何故なら───

「でも、家の中に知らない女の人がいた」

『───ん~それってもしかして、和麻さんの同級生の人かも』

「知ってるの!?」

 綾乃の突然の大声に驚くこともなく、由香里は冷静に対応する。

『知ってるよー。和麻さんって結構有名人だから、その人の噂も色々聞けたよ』

「どんな噂!?」

『恋人同士って言う噂が出てて、それが先生たちの耳にも入ってるみたい』

「…………」

 綾乃はその言葉を聞いて、落ち込み受話器を落とす。『……綾乃ちゃん? 綾乃ちゃ~ん。最後まで私の話を聞いて~』

 しばらく呆然自失で立ち尽くしていた綾乃は、電話から聞こえる声で、我を取り戻した。

「ごめん。もう一回言って」

 先程聞いたのは幻聴に違いないと、綾乃は再び由香里に聞き直した。

『えーっと。結論から言うと、ただの同級生だよ』

 由香里は、自分で得た情報から推測でしかないことを、確定事項として綾乃に伝える。由香里は、流石に二度も受話器の落とす音を聞きたくはなかった。

「じゃあ、何で和麻の家の中にいたの?

 ただの同級生が……?」

『それは、食事を作るためみたい』

「食事?」

『そうそう。和麻さんって料理が出来ないみたいだから、賄いさんとして、その女の人を雇ってるみたいだよ』

 ここで、綾乃は無人島での食生活を思い出していた。確かに和麻の料理は、食材に調味料をかけただけのシンプルなものだったし、お世辞にも美味しいと言えるものではなかった。しかし、だからと言って、綾乃の料理が上手いかと聞かれても、綾乃自身としても首を縦に振ることはないだろう。

 島では、料理の才能がないことを恨めしく感じていたのである。

「理由はわかったけど、それって私の状況がよくなったことにはならないんじゃ……私、料理が得意な訳じゃないし……」

『でも、土日は家のお仕事を手伝ってるんだよね? 和麻さんと一緒に』

「確かにそうだけど」

『それなら、綾乃ちゃんは別方向で和麻さんに興味を持ってもらうべきだよ!

 何度も押し掛けたら逆効果になりそうだし……ここは、南の島での特訓を完璧なものにして、見直してもらうのが良いと思う!』

 由香里は自信を持って答えると、それに勇気付けられたのか、綾乃も自信を持ち始める。

「南の島での特訓……」

『気にならなかったら、そもそも特訓すらしてもらえないはずだから、僅かなりともその気はあるはずだよ!』

 由香里の励ましに、綾乃は完全にやる気になった。

「ありがとう! やってみるね!」

『うんうん。また南の島での詳しい話を、学園で教えてねー』

「分かった! それじゃ、またね!」

『はーい』

 綾乃は電話を切ると、着替えをし、島での特訓を無駄にしないよう、集中するのだった。

 

 

 

 将来の進むべき道。それは個人で幾通りもあり、生きていく上で、選択肢が突き付けられる。子供の頃からしていなければ、到底無理なこともあるし、コネがなければそもそも無理なものもある。

 今現在、その選択肢を増やすために、勉学を励んでいる和麻だが、それを将来に生かせるかと問われると、疑問に感じてしまう。それに加えて、将来何になりたいかというビジョンが浮かび上がってこないのだ。

 まともに人を信用できない。だからと言って、人との関わりなく生活するには厳しいものがある。

 それならば、山奥にでも引き籠って生活すれば良いかもしれないが、和麻にそのようなことをする気はない。

 学園を卒業した後のことを考えながら、和麻が過ごしていると、携帯が鳴り響いた。

 相手は周防。いつも神凪の依頼をしてくる相手である。お金はいくらあって困るものではない。和麻はその携帯に出た。

 

 初等部では高学年になると、一週間ほど修学旅行に行くことになっている。和麻の場合は、厳馬により修学旅行に行くことはなく、全て鍛練に当てられてはいたが……。

 それはともかく、修学旅行に国外となると、警備がかなり厳重なものとなる。学園としても、大富豪の子供を預かる身として、万全の体制をしいてはいるが、それで親が納得するかと言われると否だった。

 そのため、各家からは護衛がつくことになっており、行ける店や、見ることのできる場所も限られてくる。

 それでも、伝統行事として続けられるものとなっていた。

 

 携帯から伝えられる内容を聞いて、和麻はそんな行事があったことを思い出す。

『そのような訳で、一週間ほどですが、綾乃様の護衛をしていただきたいのですがよろしいですか?』

「それは、平日もと言うことですね?

 こちらも学園に通っているので、おいそれと休むわけにはいきません」

 学園での出席に対して、特にこだわりはないが、簡単に休もうとは思わない。和麻の中では、新しい仕事が入ったからと、前の仕事をボイコットするのと一緒だった。

『学園の方には、こちらから伝えておきます。

 それと、依頼料についても、相応のものを考えています』

 和麻は少し思案した。和麻が行ったことはないが、国外である。今まで身に付けてきたものが、どの程度通用するのかを確認しておきたい。学園については、周防の方で連絡をつけるという。

 和麻としては、この周防だけは頼りになる人物として認識していた。それに個人的な借りもある。内容としても、毎年恒例の行事の一環。他人の旅行に、無料でついていけるのだ。しかも、他国。平日に学園を休むことについては、周防の方で話を通すのだ、ここまでくると和麻に断る理由はなかった。

「分かりました。

 内容を確認したいので、書類を回してもらえますか?」

『詳細については、後ほど書類を届けます。

 その際に質問には応じますので、なんなりとお聞きください』

「よろしくお願いします」

 通話を切り、和麻は語学の復習を行う。テレビなどで見聞きしてはいるが、実際に話したことはない。そのような機会はなかった。これは良い機会になったと和麻は本を開く。それは、中国語だった。

 

 綾乃の重悟への対応が変わることはなかった。それに対して寂しい想いをしながら、我慢をしていた重悟は、周防へと愚痴を漏らしていた。

「この反抗期というのは、いつまで続くのだ?

 最近はまともに顔も見ていないのだが……」

「───各々違うようです。 長ければ、そのまま……ということもあるかと」

「何!?」

 重悟は周防の言葉に驚くと、両目を見開き周防を凝視した。そういった仕種に慣れているのか、周防の態度が変わることはない。

「一般的な話としてですが、父親は娘からは疎まれやすいかと存じます。綾乃さまについては、物心つく前に母親を失っておりますので、今までは、頼れる存在として重悟様を慕っておられましたが、今は和麻様がおられます。反抗期と親離れが同時に来ているのかもしれません」

 普段とかわりなく話す周防の言葉に、重悟は真剣に一言漏らさず聞き取ろうと、耳を傾ける。

 そうして、聞き終わったところで、その内容を信じることが出来ずにいた。

「あの綾乃がそのようなことになるとは……。いや、反抗期は終わるはずだ。仲の良い親子などざらにおる。親離れをしても、仲が悪くなるわけではない」

 小声でぶつぶつと話し出す重悟を、周防は黙って見ているのみだった。

 そして、重悟は思い立ったように、綾乃を呼ぶよう伝えた。

 

 しばらくすると、重悟のもとに綾乃が姿を現す。鍛錬をしていた為だろう。その姿は、普段の制服姿や私服ではなく、練習着を着ていた。白の半着に赤の武道袴。かなりの鍛錬をしていたのか、うっすらと半着が汗で湿っているのが分かる。

 綾乃は静かに座ると、重悟を見つめてくる。

「───むっ? 鍛錬をしていたのか?」

「その通りです。話はそれだけですか?」

 立ち上がろうとする気配を察した重悟は、機先を制して用件にはいる。

「まあ、待ちなさい。もうすぐ、修学旅行があるだろう? その事について話がある」

 修学旅行に関してとなれば、綾乃も聞かないわけにはいかなかった。

 最近の重悟の対応は、以前まで綾乃の見えていた、尊敬する人物の像から離れたものになっていた。

 人を喜ばせておいて落とすやり方。

 重悟の趣味と思われる服のプレゼント。

 浄化の依頼の増加。

 などなど。

 全てが全て嫌なわけではなかったが、余りにも露骨すぎる重悟の対応に、綾乃は和麻からの訓練も合わさって、完全に理想の男性像から重悟を除外していた。

 まるで、媚を売っているように見えるのだ。凛々しく、周囲を従え、想いに揺らぎなく己を律する。そのような姿が、今の重悟からは見えてこなかった。

「話は手短にお願いします」

「修学旅行に護衛を連れていくことが出来るのだが、誰か連れていきたいものはおるか?」

 重悟は、答えの分かっていることを、再確認の意味を込めて綾乃に確認する。しかし、綾乃から返ってきた答えは、予想に反するものだった。

「護衛は不要です」

「そうか不要か……!? し、しかしだな。修学旅行の行き先は国外。我々を疎ましく思っている者も少なからずおる。そのような所に行かせることを考えると、護衛は必要なのだ」

 重悟の言葉に、憤りを綾乃は感じていた。そんなに娘が信用できないのかと。実力を見せろと言われ見せた。相手が余りにも弱かったために、未だ全力を見せたわけではないが、その辺りの者に負けることなど有り得ない。

(こんなことで護衛なんてつけていたら、和麻に愛想をつかされちゃう)

 最悪かなわなければ逃げれば良い。その為に、体力作りも行っている。しかも、学園がある程度の警備体制とほぼ隙間のないスケジュールを組んでいるのだ。危険など無いに等しかった。

「私の意思は伝えました。鍛練に戻ります」

「……分かった。時間をとってすまなかったな」

「───いえ」

 綾乃は音もなく静かに立ち上がり、重悟の部屋を後にした。

 

 部屋に残った重悟は、既に手配を済ませた護衛の件をどうするべきか悩んでいた。愛娘に拒否されてしまったのだ。もしこれで、護衛をつけていたことがばれてしまえば、更なる拒絶を受けるかもしれない。

 しかし、相手が相手である。つけても問題はないように思われるのだが……。

 困ったときの相談役となった周防を呼ぶ。その直後、何処からともなく姿を現した周防は、重悟に勧められ、対面に座った。

「護衛の件なのだが、綾乃に拒否されてしまった」

「それでは、和麻様の方には、私から連絡しておきます」

「連絡の内容だが、綾乃に悟られぬよう護衛をするよう伝えてくれぬか?」

「依頼を中止されるのではないのですか?」

 重悟の言葉に、周防は再度問いただす。話の流れからいけば、護衛を外すということのはずだからだ。

「きっと恥ずかしがっておるのだろう。それに、何かと和麻がいれば心強いのは間違いないからな」

「───ではそのように伝えます」

 周防は現れた時と同様に静かにその場から消え去った。

 


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