風の聖痕 新たなる人生   作:ネコ

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第13話

 修学旅行の当日。和麻は神凪家の近くまで来ていた。

 既に綾乃は学園へと登校した後である。それなのになぜここに来ているかというと、正式な契約を結ぶため、それから必要な物を受けとるためだった。

 未だに和麻は学生の身分。しかも親が存命している中で、和麻にパスポートなどを準備することは難しい。その準備を周防が代行してくれたのだった。それに加えて、中国での必要経費や、所持品なども準備も合わせて行ってもらっている。

 いつもであれば、それらは和麻の家に送られ、契約なども外の喫茶店などで済ませることが多い。しかし今日に限っては、神凪の家に来てもらいたいとの事だった。

 物が多いためだろうと和麻は思いながら、神凪邸を見上げて携帯に手を伸ばす。

 数コールもしないうちに相手は出た。

「近くまで来ましたが、どこにいけばいいですか?」

『裏口でお待ちください』

 周防の指示に従い、神凪邸の裏手に回ってみると、小さな子供が壁を背にして立っているのが見える。

 それを不審に思いながらも、和麻が裏口へ近付くと、その子供は顔を綻ばせて近付いてきた。

「兄さまですか?」

 見覚えのない子供に問いかけられた和麻は、面倒そうに答える。

「知らん」

 その答えにショックを受けたのか、子供は顔を下に向けて落ち込むも、すぐに顔を跳ね上げると和麻の周りを回り始めた。

 そして、再度訊いてくる。

「兄さまですよね?」

「…………」

 流石に付き合いきれなくなったのか、和麻は子供の相手などせず、無視して裏口横の壁に、背をつけて目を瞑り黙りこんだ。

 それでも、その子供はめげずに話し掛けてくる。

「僕です。煉です」

 身振り手振りで必死に伝えようとする子供の名乗りで、和麻は瞑っていた目を開け、煉と名乗った子供を観察した。

 確かに、和麻には弟がいた。産まれてから数度顔を少し見た程度の弟が。しかし、目の前の子供は弟というよりも、妹と言った方が間違いないだろう。多少深雪の面影はあるので、深雪の子供で間違いではないだろうが、和麻には俄に信じることはできなかった。

「俺に妹はいない」

「───? 僕は弟ですよ?」

 和麻の言葉に疑問を覚えたのか、煉は訂正する。しかし、和麻の目からは煉が女の子にしか見えなかった。しばらくじっと観察していると、煉が期待の眼差しで和麻を見つめて質問してくる。

「兄さまが風術師というのは本当ですか?」

「……それがどうかしたのか?」

「綾乃姉さまに勝ったと聞きました! 風よりも火の方が強いと聞いていたのに凄いです!」

 純粋に和麻のことを、尊敬する眼差しで見つめてくる煉に対して、和麻は溜め息混じりに訂正しておく。

「誰に聞いたのか知らないが、精霊に強弱などない。全ては術者次第だ」

「兄さまは凄い術者ということですね!」

 あながち間違いではないのだが、余計な期待を持たれては迷惑だと、和麻が更に訂正しようとしたところで、裏口の扉が開き、周防が姿を現した。

「お待たせしました。こちらがこの度用意したものです」

 和麻はサッと中身を開けて確認すると、再び鞄を閉じる。

「確かに。───パスポートなどは?」

「こちらです」

 パスポートとお金、それに護衛の証であるIDカードの入った封筒を受け取り、中身を確認すると、和麻は持ってきていた鞄に無造作に入れていく。

「携帯については、国外でも使用できるように変更してありますので、気にせずそのままお使いください」

「兄さまは、どこかに行ってしまうんですか? 帰ってきたんじゃないんですか?」

「帰る気などない。

―――それでは行ってきます」

 和麻の言葉に涙を浮かべ始めた煉を置いて、和麻は空気密度を変えて周囲から見えないようにすると、空へと飛び立ち、空港へと向かっていった。

「なんで、兄さまは帰ってこないの?」

 煉は涙を堪えながらに周防へ訊ねるが、周防は真実を話すことはできない。少し困ったように考え、手短に答えた。

「和麻様は独り立ちされたのです。煉様もゆくゆくは、自分のことは全て自分で出来るようにならなければなりません」

「兄さまは大人になったということ?」

「そうです。

 ―――外の日射しも強くなって参りましたし、屋敷へと戻りましょう。厳馬様に許可された時間はそうありません」

 周防は煉の背中をゆっくりと押して、屋敷の中へと連れていく。煉は和麻の言葉を思い出し、これから行われる訓練に身を引き締めるのだった。

 

 煉は幼少の頃から、父である厳馬の手で厳しく育てられてきた。産まれたときから、膨大な精霊を従えている姿に、周囲の期待は大きく、母親である深雪もそのひとりである。

 そんな煉もすくすくと育ち、術師としての技量も上がっていった。周囲はさらに誉め称え、深雪は和麻の時にはなかった、それを見聞きすることでご機嫌だった。しかし、変わらないのは厳馬である。煉が上手くできたからといって誉めるわけでもなく、逆にできて当たり前と言わんばかりであった。

 煉は周りと同じよう厳馬にも誉めてもらおうと更に頑張るが、厳馬の態度が変わることはない。

 そうしたことが続き、不安になった煉は母親に訊ねた。

「どうして父さまは誉めてくれないの?」

「誉めているわよ。恥ずかしいから口で言わないだけなの」

 深雪は笑顔で煉に接するが、その顔は少しだけひきつったようなものになっていた。子供は大人の態度に敏感だ。それを煉が見逃すことはない。しかし、面と向かって問うようなことはしなかった。

 母親では、このことについては教えてくれないと分かったのである。

そこで煉は、学園へと送り迎えしてくれる際に、一緒に行っている綾乃に話を聞くことにした。

「姉さま」

「何?」

 最近溜め息の多い綾乃に訊ねるのには抵抗があった。しかし、煉は勇気を出して訊ねる。

「訓練で、周りの人たちは誉めてくれるけど、父さまは誉めてくれないんです。どうしたら誉めてくれますか?」

 綾乃は厳馬に訓練をしてもらったことがなく、ましてや厳馬が笑ったところなど見たことがなかった。そのため、少し考え込んで出した結論が───

「あの人が誉めるなんてことなかなか想像が難しいけど……多分和麻の方が強いからじゃない? 煉が和麻を越えたら多分誉めてくれると思うわ」

「和麻? 誰ですか?」

「えっ?」

 煉の言葉が信じられずに、まじまじと煉を見つめるが、煉に嘘を言っている気配はない。

 綾乃は少し怒りながら説明する。

「煉は訓練もいいけど、自分の兄のことくらい知っておきなさいよ。いい? 和麻と言う人はね───」

 そこから、学園に到着するまで、綾乃による和麻の紹介がされた。それは綾乃視点からの情報が多分に含まれており、美化されていたのはいうまでもない。

 幼い煉はそれをまともに受け取り、自分の兄が凄い人だという認識になるまで時間はかからなかった。

「なぜ兄さまは、神凪にいないんですか?」

「えーっと。それは……」

 言いにくそうにする綾乃に、周防が助け船を寄越す。

「和麻さまは少し家を出られているのです」

「そうそう! そうなのよ!」

「じゃあ戻ってくるんですね! 会ってみたいです!」

 嬉しそうに話す煉に、綾乃はばつが悪そうに口を閉ざして顔を背けるのだった。

 

 和麻は空港へと辿り着く前に、簡易の変装としてサングラスを掛けていた。依頼の契約内容に、綾乃に見つからないことも含められていたため、最悪のことを想定して装着していたのである。

 風で綾乃の位置を把握はしているが、その交遊関係まで知っているわけではない。どこから情報が漏れるか分からないための措置だった。

 旅客機はクラスごとに別れており、真ん中を生徒たち、その前後の座席に、護衛が座るような配置になっている。護衛として、すぐに向かえるよう、極力生徒たちの席に近いところの競争率が激しかったが、和麻には関係なく、一番前の端の席に着くことができた。

 そこまでしなければ、まともに護衛することもできないのかと、和麻は思ったが、関係ないと割り切りサングラスを外して、アイマスクを装着し、早々に座席へと体を預ける。

 和麻にとって、アイマスクをつけていようといまいと、問題なく飛行機内の状況が手に取るように分かった。それは、不審な動きをする者がいればすぐ分かるほどに把握できる。

 その為、機内の至るところに仕掛けられていく怪しい機械。それを仕掛ける怪しい人物。

 和麻は、その怪しい人物の周囲の空気密度を変えることで、一時的に低酸素状態にして気絶させる。

 後は、護衛たちが持っている武器だけだった。しかし、飛行場のボディーチェックなど、あってないような杜撰なものだと言わざるを得ないだろう。ボディーガードの大半が武器を所持しているのだから。

 

 綾乃は同じクラスの生徒と話をしていた。

「綾乃ちゃんのおうちからは、護衛の人は来てないの?」

「いらないって言ってきた」

「いた方が便利だと思うよー」

「便利って……。

 ただの修学旅行に護衛なんていらないでしょ。由香里は護衛に何させるつもりなのよ?」

 不穏なことを言い始める由香里に対し、綾乃は眉をしかめて問い質すが、由香里は何事もないように澄まし顔で言葉を返した。

「買い出しに行ってもらったり~。夜間に無断外出したり~。後は……色々かな?」

「ひとつは護衛がすることじゃないし、もうひとつは禁止されてるから」

 由香里の言葉に、綾乃は飽きれ気味に言うと、それまで静かだった女性徒が、話題を変えてくる。

「そんなことよりだ。私としては、南の島とやらで、何があったのか詳しく知りたいんだが?」

「七瀬ちゃんの言うとおりだよ! なんだかんだ言って、あれから全然聞く機会なかった! 今日こそ詳しく教えてもらうからね!」

 由香里は思い出したかのように、七瀬の話に身を乗り出して乗ってきた。

 ふたりに挟まれる形で綾乃は座っているため逃げ場はなく、両方から突き刺さる視線に、綾乃は戸惑いを隠せずにいた。

「特別なことは無かったから!

 あの時話したことが全部だから!」

「そんなこと言って誤魔化されたりしないからね!」

「そうだ、そうだ」

 尚も言い寄る由香里と、やる気無さそうに棒読みで相槌を打つ七瀬。目的地まで数時間あり、逃れようがない。

「じゃあ、何を聞きたいのか言ってみてよ。もう全部答えてるから、これ以上話すこともないし!」

 開き直ることで力強く答えた綾乃に、由香里は待ってましたとばかりに、顔を笑顔に染める。

「それじゃあね~。お風呂はどうしたの? 無人島なんだから、お風呂場なんて都合のいいもの無かったよね? 夏だったけど……まさか近くにあった川の水浴びだけで済ましたわけじゃないだろうしー。気になるな~」

 由香里の質問に、綾乃は当時のことを思い出して顔を真っ赤にする。確かにあそこは無人島で、和麻と綾乃しかいなかった。

他に人が居なかったとは言え、ドラム缶風呂である。人目を気にせず入っていたが、和麻に見られていなかったかと問われれば、疑問になるところだ。

 そんな状態を見てとった由香里は、自分の想像に近いことが起こっていたことに、内心でほくそ笑み、次々に質問していく。

「食べるものはどうしたの?」

 今度は答えられそうな質問に、綾乃は安堵し、精神状態を落ち着けてから答える。

「それは前にも言った通り、狩りとか、野菜が自生してたから、それを料理して食べてたわよ」

「料理は、綾乃ちゃんが作ってたの?」

「私も和麻も料理は上手くないから、交代でやったわね」

 綾乃は、和麻より僅かに料理の腕は上であったが、それでも上と言うだけで、決して美味しいというわけではない。良くて、普通よりも少し不味い程度だった。それでも、和麻よりは上だったのだから、和麻の料理の腕は無いに等しいと言えるだろう。

「つまり、共働きの夫婦みたいにふたりで料理してたんだね。夫婦生活、初めての共同作業!」

「夫婦!?」

 由香里のあまりにも突拍子もない言い方に綾乃は驚き、声を大にして立ち上がる。その姿が目立たないはずもなく、何事かと回りの生徒だけではなく、護衛たちも立ち上がり綾乃たちの方を見やった。

 さすがに注目を浴びたことを恥じて、素早く座り込み由香里を睨むが、由香里はどこ吹く風とばかりに綾乃の睨みを受け流す。

「今のは綾乃が悪い」

「でも! いきなり由香里が……」

 始めの言葉が大きいことに気付き、小声で七瀬に問い返すが、七瀬は素知らぬ顔で、窓の外へと視線を向けた。

 由香里は七瀬からの援護もあり、更に調子づいた。

「それはそうと綾乃ちゃん。渡したゴムは使ってくれた?」

 含み笑いすら見せず、言い放つ由香里に、今度は何を言ってくるのかと身構えながら、慎重に言葉を選んで返答する。

「……使ったけど、それがどうしたの?」

「───えっ?」

 まさか、普通に返答が返ってくるとは思わず、今度は由香里が固まってしまう。その由香里の状態に、綾乃は首を傾げた。

 その微妙な沈黙に気付き、七瀬が二人の方を見ると、そこには、顔を真っ赤にした由香里と、難しい顔をして由香里を見つめる綾乃がいた。

 何があったのか訊ねてみるかと、七瀬が口を開こうとしたところでそれは起こる。

『この機体は我々がハイジャックさせてもらった。お前たちは全員人質となってもらう』

 その言葉は、スピーカーから出てきた。声は合成したもので、男か女かも分からない。

 その声に、ふざけるなと、立ち上がり騒ぎ立てる生徒もいたが、その声の主がそれに反応することはなかった。実際には反応していたが、乗客には聞こえなかったと言った方がいいだろう。

 続く声がないことを不審に思ったのか、護衛の男たちが立ち上がり、それぞれの主のもとへと向かい始めたところで、その護衛たちは全員倒れることになる。

 そして、今度は男の声が伝えられた。

『面倒だから動くな。動いたものは、ハイジャック犯の仲間と見なす』

 それは、スピーカーからではなく、耳元で囁かれるように聴こえてくる。

 その声に反応したのは綾乃だった。その声は、和麻の声とは似ていない。しかし、その言い方や間の空け方。本当に面倒臭そうな意思。それらは和麻に酷似していたのである。

 まさかと言う思いから綾乃は立ち上がり、護衛たちの席へと近付いていく。

「綾乃ちゃん! 危ないよ!」

「綾乃! 行くな!」

 由香里や七瀬の制止の声を無視して、綾乃は歩みを進める。

 綾乃はサッと顔を見回していき、往復して戻った。そこには、綾乃の見知った人物は居なかったのである。

 綾乃は席に戻ると、考え込み始めた。

 この飛行機は、聖陵学園で貸しきりにしてある。関係者以外が乗っていることなど有り得ない。そのため、たまたま和麻が乗っているということもない。乗っているとしたら、それは護衛として、だった。綾乃は重悟に護衛は必要ないと伝えたのである。それを無視して連れてきたとなると……。

 しかし、探した結果、和麻は居なかった。どこか別の場所にいるのでは―――と考え込み沈黙する。

 綾乃が無事戻ってきたことに、周りがホッとしたところで、今度は護衛の一部が立ち上がった。

「動くな! これより、お前たちは人質になっ……」

 銃を構えて、立ち上がった数名は、人質───と男が口走った瞬間に、先に立ち上がった護衛と同じく倒れてしまう。

 綾乃の移動で、先程の警告はハッタリだったと思い込み、警告を無視して立ち上がった者たちの末路だった。

「怪しい……」

「どうかしたの? 綾乃ちゃん」

「私のところの護衛がいるかもしれない」

「護衛?」

 由香里は、綾乃の家が何をしているのかまでは知らない。勝手に倒れていく男たちを見て、不思議に思っているくらいだった。

「綾乃ちゃんのところの護衛がいくらすごくても、ハイジャック犯全員を倒すなんて───」

 由香里が言葉を続けようとしたところで、再度声が届く。

『面倒だ。機長と生徒以外は全員寝てろ』

 その声を合図に、護衛やスチュワーデスたちは意識を失い倒れこむ。周囲は何があったのか、どうやったのか分からずに、口を閉ざして見守っていた。

「どうやったのか、綾乃ちゃん分かる?」

「分からないけど、こんなことできる人に心当たりはあるかな」

「さっき言ってた護衛の人?」

「うん。和麻ならこれくらい簡単にできると思う」

 綾乃の言葉に、信じられないという顔で、由香里と七瀬は見るが、綾乃は考えが纏まったのか、再び立ち上がり、今度は違う場所も探し始めた。

 

 スピーカーからは、ハイジャック犯の声がずっと出ていた。どこかにカメラが仕掛けられているのか、綾乃の行動に怒りを覚えて、必死に警告を発しているのだが、全くもって繋がらない。業を煮やして、護衛に扮した仲間に、警告するよう伝えたが、それらは全て倒れてしまい動かなくなった。

 そうして、再び喚き散らしていたのである。しかし、それがずっと続くわけもなく、その声の主に和麻の声が届く。

『俺の邪魔をするな』

 機内の狭い部屋に、いくつも並んだ画面を前に、男の首は一瞬で跳ね飛び、その部屋は静かになった。

 

 ひと仕事終えたところで、再び捜索を始めた綾乃に、和麻は呆れたように溜め息を漏らした。

(少しは大人しくしようとは思わないのか?)

 綾乃の行動に、どうしたものかと和麻は頭を悩ませる。

 依頼の内容には、綾乃に見つからないよう行動することが書かれている。そのため、警告する際の声を変えたし、綾乃へ風術で攻撃するとばれる恐れがあるためそれもできなかった。

(まあいい。最終的に綾乃さえ無事ならいいんだ。他は放っておくとしよう)

 和麻は、気絶させた者たちを、考えていた通りに放置し、ほとんどが気絶したまま中国の空港へと着陸することになる。

 

 

 

 軽く身体に衝撃を与えて無理矢理護衛たちを起こした和麻は、悠々と最初に飛行機から空港内へと進む。

 その際に、ハイジャック犯と思わしき者には、身体全体に振動波を与えて、まともに行動できないよう調整済みである。

 その後、護衛以外は───生徒たちの行動は、教師と現地の案内人により、スムーズに事は運んだ。始めに観光名所を巡り食事にし、ホテルに入る。

 ハイジャック犯の対応には有名学校だけあって慣れたものであった。

 護衛たちは、その前後を固める形で待機していたが、和麻の攻撃により身体の状態が思わしくないのか、立っているのがやっとの者もいる。

 一日目の予定を消化し終わり、ホテルに戻った後に行われたこと───それは、護衛たちによる見廻りの提案であった。

 護衛と言っても、数十人いるところもあれば、数人のところもある。多いところはその提案には乗らず、独自に警備体制を敷き、少ないところは手を取り合い、連携して護衛に当たった。

「あんたはひとりなのか? 先程の話は聞こえただろう? 我々と一緒にやらないか?」

 護衛のまとめ役と思わしき人物が和麻に声を掛けてくるが、和麻の返答は決まっていた。

「必要ない」

「しかしだな。ひとりだとなにもできないぞ」

 それでも、粘ろうとする護衛に、和麻は辛辣だった。

「飛行機内で寝ていたやつらに何ができるというんだ? 俺には俺のやり方がある」

 皮肉を交えて言いたいことだけ言い終えると、和麻は黙ってしまう。そこまで言われれば、護衛の方としてもこれ以上言うことはない。和麻を少し睨み付けながらその場を去った。

(護衛たちの説明会があると聞いたから来てみれば、ただの寄り合いか……無駄だったな)

 和麻は用意された部屋へと向かい、他の護衛の視線がある中を黙って出ていった。

 

 観光名所を巡り終えて戻ってきた生徒たちは、国外に慣れた者たちでも、多少なりともテンションが上がっていた。それはそうだろう。いつもであれば、同年代、ましてや同じ学園の者と行くことなどない。話し相手がいるだけでも、楽しみがあるというものだった。

「綾乃ちゃん。和麻さんのことについて教えてよ~」

「そうだな。私も聞いておきたい」

 風呂上がりに綾乃の部屋へと集まった面子に対して、綾乃はどうしようかと頭を悩ませる。術師のことを簡単に話すわけにはいかず、かといってそれを混ぜずに話すとなると難しい。

 綾乃が悩む姿で、話しにくいと悟ったのか、由香里が質問してきた。

「見た目はどんな人?」

「それなら……」

 綾乃は大事そうに仕舞ってあるケースから、写真を取り出す。

 大きくなってからの写真などなかった。一緒に撮ろうとせがんでも相手にしてもらえず、隠し撮りしようとしても、撮影した瞬間に、そのカメラは壊れてしまうのである。唯一あったのは、重悟が昔に撮影した子供の頃の写真だった。

 綾乃は、周防に頼み和麻の写真を手に入れたのである。

「和麻……さん? くん? もっと大人かと思ったら、私たちと同じくらいに見えるね。

 綾乃ちゃんのことだから、もっとしっかりしてそうな人を好きになると思ったのに」

「私は歳上と聞いていたんだが? 違うのか?」

「和麻の写真……これしかないの……全然撮らしてくれなくて……」

 断られたことを思い出し落ち込む綾乃から、写真を借りて、由香里と七瀬はよくよく観察し始める。

「確か、学園のアルバムに少し載ってたような……」

 由香里は、綾乃の持ってきた写真を見ながら呟くと、その言葉に綾乃が食いついてくる。

「学園のアルバム!! そうよ。叔父様が撮ってなくても、学園なら撮ってるかも!!」

 綾乃は一筋の光明を見つけたように、元気を取り戻した。それを無視して二人は会話を続ける。

「格好良くなりそうな感じだね」

「モテそうではあるな。目付きは悪いが……」

「そこがいいんだよ~。七瀬ちゃんは分かってなーい」

「あまり分かりたくはないな」

 二人の言葉を聞いて、綾乃はにわかに焦り出す。

「和麻はダメ! 他の人にして!」

 綾乃は素早く由香里から写真を奪い返すと、鞄の中に隠してしまう。

「独占欲強いと、男の人の中には嫌がる人もいるかもしれないよー」

「そうだな。自分に当てはめて考えてみるといい。

 現在恋人でもなんでもない男から、しつこく言い寄られたらどう思う? 私は嫌だな」

「それは、端的過ぎるような……」

 七瀬の言葉に、綾乃はショックを受けたように固まる。自分の行動は、和麻から見れば鬱陶しいものだったのではないかと考えてしまったのだ。

 確かに、和麻の言葉にはそういった内容のものもあった。由香里は恥ずかしがっているだけだといっていたが、それが七瀬の言う通り本心だったなら……。

 でも……だって……そう言えば……などと、ブツブツ話し出す綾乃を見て、由香里は七瀬に注意する。

「七瀬ちゃんやりすぎだよ。綾乃ちゃんが自分の世界に入っちゃったじゃない」

「すまない。まさか、ここまでとは思ってなくて、な」

「仕方ないな~」

 由香里は綾乃に聞こえるように提案する。

「綾乃ちゃんの護衛兼恋人さん探しをしよう~!」

「恋人!?」

 ちゃっかり聞こえていたのか、綾乃はすぐさま反応し、七瀬はやる気無さそうに拍手をする。

「飛行機内で言ってたでしょ。護衛さんに和麻さんを探してもらうんだよ」

「しかし、何人もいるんじゃないのか?

 どうやって探す気だ?」

 由香里は少し考え込むと、綾乃に確認し始める。

「綾乃ちゃんのところの護衛はいないはずだったんだよね?」

「一応断ったけど、お父様のことだから何人かつけてるかも」

「でも、飛行機内であんなことできる人は和麻さんしかいないんだよね?」

 再度確認の意味を込めて訊ねるが、綾乃の答えは予想を超えていた。

「正確には何人かいるけど、それができる人は、わざわざ修学旅行の護衛には来ないと思う。

 来るとしたら和麻くらいなんだけど、飛行機内にはどこにもいなかったのよね……」

「と言うことは~。護衛の人には、全員に身分証としてIDカードが渡されてるから、誰が来てるか分かるはずだよ。先生に聞いてみれば分かると思う」

 その手があったかと、綾乃は目を見張り、由香里を見つめていると、横から異論が出てくる。

「しかし、護衛については秘密にされることも多いから、教えてくれないんじゃないか?」

「そこは私に任せて!」

 言い知れぬ不安を抱えながら七瀬は由香里を見る。綾乃は頼りになる親友を頼もしく思うのだった。

 善は急げとばかりに、綾乃たち3人は部屋を出て先生の部屋へと向かう。

 部屋を出たそこには、由香里と七瀬の護衛が数人ついていた。綾乃たちはそれらを無視して先生のもとへと向かう。

 護衛たちは、静かにその後をついてきていた。それをいないものとして、由香里は綾乃たちに小声で話しかける。

「先生には私が聞くから二人は合わせてね」

「分かったわ」

「ほどほどにな」

 ホテル内には、これでもかと言うほど護衛で溢れていた。エレベーターはもちろんのこと、非常階段からトイレに至るまで配置されている。

 その中を多少うんざりしながら綾乃は進んでいた。

 該当の部屋まできたところで、由香里が部屋をノックし、中にいるであろう先生を呼び出す。

 ノックしてから程なくして先生は姿を現した。

「先生こんばんは~」

「どうしたんだ? もう寝る時間に近いぞ」

 時刻としては夜の8時を回ったところであり、9時に寝るよう言い渡されているため、先生の言う通りそれほど時間がない。

「先生に教えて欲しいことがあって来ました」

「用件は手短にな」

 少し面倒臭そうに話す先生へ、変わらず由香里は訊ねる。

「神凪さんのところの、護衛の人のことを教えてください」

「───護衛については、おいそれと教えることはできない。聞くなら手配されたおうちの方に確認しなさい」

 少しの間を置き、先生は答えるが、それで由香里は引き下がらない。

「家に確認しても、ここで確認しても一緒だと思います」

「一応秘匿扱いなんだ。言うわけにはいかないんだよ」

 先生は困ったように、頭を掻きながら答える。

「綾乃ちゃんに何人護衛がいるかだけでも教えてください。私の友達の安全が保証されてないと不安なんです」

 真剣な表情で由香里は先生に詰め寄り、それに倣って綾乃たちも先生を見つめる。その後ろに立つ護衛の存在もあり、先生は溜め息を漏らすと、観念したように答えた。

「分かったよ……少し待ってなさい」

 部屋へと一旦戻っていった先生は、一枚の紙を持って部屋から出てきた。

「えーっと神凪さんだったね……神凪さんのところからは───ひとりだな……」

 少し信じられないように、何度も見直す先生に、由香里は素早く行動に移す。

「あっ!? こら!!」

「助けて~」

 紙を奪い取った由香里は、自分の護衛の後ろに隠れると、奪った紙に素早く目を通す。

 護衛たちは困ったように、立ち尽くし、かといって先生を近付けさせるわけにもいかず困り果てていたが、それも長くは続かなかった。

 必要な情報を手に入れた由香里は、先生へ紙を返すと、申し訳なさそうに謝る。

「ごめんなさい。先生がひとりだなんて言うから、信じられずに自分で確認したくて……本当に心配なんです。ごめんなさい」

 由香里の言葉に、先生も怒る気になれず、簡単な注意をする。

「確かに、神凪さんのところの護衛がひとりとは俄に信じられない。だからといって、先程の行為はよくない。以後注意するように」

 先生からの説教は時間も遅いことから、すぐに終わり3人は解放された。

 そうして、部屋へと戻った由香里は綾乃へと先程見た内容を答える。

「それでどうだったの?」

「護衛についてだけど……」

「うん」

 由香里は言いにくそうに、綾乃を見ると口を開いた。

「和麻さんじゃなかったよ」

「───えっ?」

 綾乃は由香里の言葉が信じられずに、どう言うことなのかと由香里に問い掛ける。

「なんて書いてあったの?」

「綾乃ちゃんの護衛の人は、風巻流也って人。聞き覚えはない?」

「風巻……流也?」

 どこかで聞いた事があったかと、人差し指を顎に当てながら考え込むこと暫し。綾乃はやっとのことで思い出すことができた。

「思い出した! 風巻って家で雇ってる人が確かそんな名前だった!」

 名前を思い出したことで、スッキリした表情になったが、今日の出来事に繋げたところでその顔は疑問に変わる。

「でも、風牙衆の人たちが今日みたいなことできるとは思えないし……」

 綾乃は風牙衆の実力については、ある程度把握していた。それは、重悟から幾度となく聞かされていたからだ。重悟は分家たちとは違い、風牙衆を大事にしている。なぜそのようにしているのか綾乃には分からなかった。綾乃としては、依頼を出す側と受ける側の違いでしか認識していなかったからだ。

「今日、飛行機の中にその風巻って人いた?」

「直接話したこともないくらい面識がないから、いたとしても分からないと思う」

 綾乃は自分の記憶にないことを伝えると、由香里と七瀬はガッカリしたように声をあげる。

「自分のところの護衛くらいは知っておいた方がいいと思うよ?」

「綾乃に期待したのがいけなかったな」

「何よ二人して……。大体、私は護衛はいらないって言ってたの! それを勝手にお父様がつけただけなんだから!」

 綾乃の言い分に、今度はふたりとも呆れ返る。

「それはないよー。一人娘が国外に出るんだから、最低でも十人くらいは護衛をつけると思うよ?」

「由香里のは言いすぎだが、私も同じだな。

 いくらなんでも、護衛をいらないというのはないだろう」

 ふたりから言葉で責められ、狼狽える綾乃に、更にふたりは口撃する。

「大体綾乃ちゃんは───」

「そもそも綾乃の考えはだな───」

「もう許してーーー!!」

 流石にいつまでも続く責めに堪えきれず、綾乃は悲鳴をあげるのだった。

 

 部屋で休みながらも、和麻はホテル内の監視を行っていた。

 飛行機内では、明らかに金持ちと分かってのハイジャック犯がいたからである。あの飛行機に乗れるのは、学園から渡されたIDカードを持つ者のみ。それ以外は近づくことすらできない。しかし、事実としてあの犯人たちは乗ってきた。しかも、護衛の中に仲間を忍ばせて……である。

 そう考えると、計画的な犯行であり、他にも仲間がいる可能性が非常に高い。一番いいのは、護衛を全て尋問にかけることだが、流石に手間だと言わざるを得ない。

 しかし、一週間もの間不眠不休で神経を張るのは、できないことはないが、流石の和麻でもきつい。

 そんなことを考えながらも、和麻はホテル内に意識を向ける。和麻としても、ただ漠然と護衛だけをするために来たのではない。この地の生の声を聞くために来たのだ。その目的を達成するために、護衛たちだけではなく、従業員たちの声もかき集めていく。

『金持ちが泊まってるんだ。チップは期待できるな』

『泊まっているのは学生だけか』

『料理をこんなに残しやがって』

『このホテルを貸し切りとは……金持ちのすることは凄いな』

 リスニングを行うだけでも、十分に和麻がここへ来た目的を果たすことができている。和麻も、口の端を吊り上げて、今の状況に満足しながら作業を続けていると、気になる声を拾った。

『今度こそ、こいつらを人質に金を……』

 その声は男の声であり、内容から考えると、飛行機内で犯行に及ぼうとした者たちの仲間であることは、間違い無さそうである。

 和麻は、他に仲間がいるかもしれないと、その声の主を泳がせておく。

 その男は相当にイラついているようで、掛けていた電話を乱暴に切ると、愚痴をぶつぶつと呟きながら移動していく。

 男は、このホテルの従業員の格好をしていた。

 上下白の制服に帽子を被り、人のいるところでは笑顔で対応する。ここだけをみるならば、なんらおかしいところはないが、先程の電話の内容を聞いた後では、意味をなさない。

(頭を直接見ることができればいいんだが……)

 和麻はゆっくりと立ち上がり、静かに部屋の外へと出ていった。

 

 周防から渡された資料には、綾乃につける護衛の名前がきちんと記されていた。その護衛たちは、学園の者たちとは同行せず、独自に護衛に当たっている。

 乗り物や宿泊先に人数制限があるので、それは当然のことだった。和麻は、神凪家の出してきている護衛に会うため、歩を進める。

 鍵の開いたままとなっている部屋へと、挨拶も録にせず入り、中にいる人物に向けて話し掛ける。

「しばらく俺のいる場所と入れ替えだ」

「……分かりました。宗主様からも、貴方を補佐するように言い遣っています。1週間ほどですが、好きに使ってください」

「連絡は風でやり取りを行う。それ以外は独自判断になる。……いけ」

 和麻は護衛の者と交代して独自に動き出す。色々と怪しい動きをするものたちを調べるために───

 

 


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