風の聖痕 新たなる人生   作:ネコ

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第16話

「もう無理!」

 ひとりの少女が声高に、自分の状態を叫ぶ。

「そんな声が出せるうちはまだまだ行けると暗に言いたいのかな?」

 少女の言葉に返事をしたのは、少女よりも更に見た目が幼い子供だった。

 その言葉を聞いて、そんなことになっては堪らないと、少女は拒絶の言葉を放つ。

「聞こえなかったの!? も・う・ム・リって言ったのよ!!」

 少女は地面へと仰向けに倒れた体勢のまま、腹に力を込めて、子供を睨みながら答える。

「一応なりとも君は僕の弟子なんだから、師にはそれなりの敬意を払うべきだと思うんだけどね」

「私は家に帰りたいだけなの!! こんな変人どもがするような事をしたい訳じゃない!!」

「変人とはいい得て妙だね。

 確かに僕は人から変わったと言える。つまり変人と言うことか……。

 まあ、遅いか早いかの差でしかないのだから、君も変人の仲間入りだ」

 子供は少女の言葉に頷きながら、腕を組んで考え込む仕草をする。少女───翠鈴が課せられているのは山頂付近にて立っておくだけというものだった。それだけ聞けば簡単なように思えるが、実際はそうではない。

 翠鈴の立っている場所は、翠鈴の師───李朧月の作成した陣が置かれているのである。この陣はその場にいるだけで、精神力をじわじわと削っていくというものだった。勿論それに伴うメリットもあるのだが、翠鈴には伝えられていない。

 更に、翠鈴が愚痴を言うのも仕方がない程の時間が本来は経過している。翠鈴の感覚では1日が、実際には5日経過しているのである。本当の時間の経過を知れば、今以上の愚痴を言うのは目に見えていた。

「変人なわけないでしょ! そんなことよりも、早く私を家に帰しなさい!」

「君が着いてきたいと泣いて頼んできたと記憶してるんだが……違ったかな?」

 翠鈴の行動も仕方のないものだった。身体の自由を取り戻したと思ったら、知らない場所な上に周囲は見るからに山の中。その上、山を降りるための道もないのだ。その場にいる者に頼るのは仕方がないだろう。

「あんなところに置いていかれたら死ぬしかないじゃない!! 普通は連れていくものでしょ!!」

「さて、時間稼ぎには付き合ってあげたし、続きをやろうか」

「鬼! 悪魔!」

 休憩するための時間稼ぎがばれてしまったことで、翠鈴は泣く泣くゆっくりと立ち上がる。以前立ち上がらなかった時には、何処から持ってきたのか、あろうことか虫をけしかけてきたのだ。数匹なら問題なかったかもしれないが、それが床を多い尽くすほどおり、自分に向かってくる光景を見てしまい、それが翠鈴のトラウマとなってしまっていた。

 それ以来、休憩時間が一定以上経過したり、朧月に対する悪口が度を越すと虫を寄越すという、翠鈴にとっては暴挙に等しい行為を平然としてくるため、必死にならざるをえなかった。

「全く……少しは和麻を見倣ったらどうだい」

「才能あるやつと一緒にしないでよ! あんた言ったじゃない───私には才能が無いって……」

 朧月の言葉に、翠鈴は少し声を落として言い返す。

 この場に来て早々。翠鈴は朧月から「あっちの子と違って才能がない」と、真正面から言われたのである。例え今の状態が心から望んだ事ではないとしても、才能が無いと言われるのはいい気分ではない。更に言えば、ある程度の事を修めれば、自由にしていいと言われているので尚更だった。

 翠鈴から見て、師である朧月は、翠鈴を家に帰す気はないと言える。それに、言い渡された条件も達成する見込みが低く、いつになれば達成できるかの目処も立っていなかった。

 そんな翠鈴にも望みはある。

 それは一緒にこの場へと連れて来られた和麻だった。

 和麻は元の素養が高かったのか、教えられたことを瞬く間に吸収し、今の環境に順応してしまったのである。これならば、自分が修得するよりも和麻が習得して自由を得たときに連れていってもらえばいい───そう考えた翠鈴は、時間稼ぎと和麻との仲を進展させることに力を注ぐようになってきた。

 しかし、そういった考えが朧月にばれていないはずはなく、強制的に修行をさせられているのである。

「その辺は安心していい。才能のあるなしなど関係なく修められることを証明してあげるよ。

 まあ、成長に差が出るのは仕方ないけどね」

 朧月は少し離れた場所に、自然体で目を瞑り立ち尽くす和麻を見た。

 和麻は既に初歩的なことは修めており、今は竜脈の扱い方を模索中だった。

 この異常な成長速度には、連れてきていた朧月自身驚いている。これも単に記憶が少なく、余計な感情に振り回されていないからだろう。

 そう遠くない未来に、自分と同格にまで来ることのできそうな和麻に対して、朧月は笑みを浮かべた。

「男が男を見てニヤリと笑うのはどうかと思うわ」

「では、君を見て笑わせてもらおうか」

 翠鈴は、周囲の空間が軋み始めたのを聴いてから、自分の失言に気が付いた。しかし、気が付いたところでそれはどうしようもなく攻め寄せてくる。

「い───いや~~~~!!」

 空間のずれた隙間から溢れてくる虫を見て翠鈴は叫ぶのだった。

 

「酷い目に遭った……」

 簡素なベッドの上で気絶から目が覚めた翠鈴は、傍らに置いてあるもうひとつのベッドにて眠る和麻を見る。

 翠鈴が聞いたところ、和麻の記憶はほとんど無いと言っていい。あるとすれば自分の名前のみ。それ以外はすべて失ったのだ。ある意味自分より酷い目に遭っている───翠鈴は和麻の境遇を思い、そっと和麻に寄り添うようにして、慰めるように手を和麻の胸に置いたところで───自らの家族の事を思い出す。

(───お父さん)

 和麻にしがみつくようにして、翠鈴はそのまま寝てしまった。

 

 和麻はこの時起きてはいたが、動かずに翠鈴の好きなようにさせていた。

 先ず、何故この場に和麻がいるのかと言えば、朧月に頼まれたからである。

 今の和麻は何処でも修行ができるレベルにまで達していた。それは立っていようと寝転がっていようと関係ない。それならば、翠鈴のやる気を上げようと、朧月は飴を施すことにしたのである。

 その為和麻に、「この娘が起きたら好きにさせること。また、起きてることを悟らせずに修行は続ける。───出来るよね?」と言ってきたのである。和麻としては、師からの指示であれば従う他無い。

 そのような経緯からこの場にいたのである。

 翠鈴が泣き止み、寝てしまったのを確認してから和麻は溜め息をひとつ吐くと、翠鈴を抱き上げて自分のベッドに移動させる。 

 そこで、微かに記憶が刺激されるのを和麻は感じた。

 

あれはいつの頃だったか───無人島で───少女と過ごした記憶。

 病気で弱った少女を介護した時の記憶が断片的に思い出される。

 あの時も、このように抱き上げて連れていったような───

 

 もっと思い出そうとするが、それ以上思い出すこともできず、和麻は思い出した記憶を振り替える。

(この娘ならば、俺のことを知っている)

 その記憶の中の少女が、自分の事を知っているということを、直感的に間違いないと和麻は確信するのだった。

 

 

 

 時は瞬く間に流れていく。

 一緒に始めた和麻と翠鈴の差は、始めた段階でも開いていたが、今では更に開いていた。

 それでも、翠鈴とてそのままではない。あの地味な修行の成果がやっと実を結び、強制的に仙骨を手に入れていたのだ。本人は変化したことに気が付いてはいないが、見るものが見れば即座に分かるほどの変化である。

 それに加えて、初歩的な術も少しは使えるようになっていた。そのため、残りの課題を弟子である和麻に丸投げした朧月は自身のことをやり始めたのである。

 本来は丸投げする予定ではなかった。その予定を狂わせる存在───朧月の師である霞雷汎が、和麻たちの元に現れたからである。

 時系列としては、雷汎が朧月の前に現れて、何かを言いつけた事で、朧月はそれに掛かりきりになったことにより、和麻が翠鈴を見ることになったのである。

「和麻~私を家に連れて帰ってよ~」

「俺はまだここでの修行を修めていない。

 だから、修めるまではここにいるつもりだ。それに、朧師がそれを認めるはずもない」

「ちょっとだけでいいから! お願い!」

 翠鈴は両手を併せて和麻を拝む。しかし、和麻の意思は固く揺るがない。

「それはできないと先程も言ったはずだ。出たければ早く修めることをお勧めする」

「それがいつになるか分からないから言ってるんでしょ!」

 先程まで泣きそうな顔は何処へ行ったのか、表情を怒り顔に変えて和麻に抗議し始める。

 それでも、和麻はそんな事は無視して、師からの頼まれごとをやってしまうことにした。

「先ずは、瞬歩の練習だ」

「ちょっと───人の話聞いてる?」

「自らの内功を高める。そして、身体全体に行き渡らせてから───」

「聞いてよ!」

 和麻の講釈を遮った事に、和麻は眉根を寄せる。

「早く帰りたくはないのか? 翠鈴のやっていることは理解に苦しむんだが……」

 和麻は翠鈴の行動を不審に思ってしまう。それもそうだろう。早く帰りたいと自分で言っているのにも関わらず、その帰る方法から目を背け、あまつさえ逆のことをしているのだ。本当は帰りたくないのではないかと疑っても仕方がない。

「勿論帰りたい───けどね、そもそも才能が無いと覚えられないのに、どうしろっていうのよ……」

 この時翠鈴は勘違いをしていた。才能が無ければ覚えられないのではなく、覚えるまでにとてつもない時間が掛かってしまうだけだ。そして、それは今の翠鈴には当てはまらない。何故なら、その遥かなる年月を朧月により強制的に経過させられていたのである。

 しかし、それを周囲の者が伝えていないため、翠鈴が知るよしもなかった。

「朧師は無駄なことはあまり好きではない。

 結果が分かっていることには手を出さないのは間違いない」

「もしかして、慰めてるつもり?」

「そんなつもりはない。ただ事実を述べてるだけだ」

「───ありがとう」

 その声は小さく耳を澄まさねば聞こえないほどだったが、和麻の耳には十分な声量として届いていた。

「理解が得られたところで、続きを行う。出来なければ虫を使ってもいいとの許可を貰ってるから頑張れ」

「やっぱり和麻も朧の同類よ! 人でなし!!」

 その言葉に和麻は満更でもない様子で、改めて翠鈴を見てひと言。

「そんなに誉めても手を抜くわけにはいかない」

「嫌味くらい理解したらどうなのよーー!!」

 まだまだ翠鈴の修行は始まったばかりだった。

 そうやって、翠鈴の相手をするうちに、和麻の記憶が何度も刺激されていく。

(前にもこうやって、記憶の中の女の子の世話をしていた……)

 疲れて動けなくなると、翠鈴は自身の運搬を要求し、和麻に甘えてくるのである。

 これが打算等であれば、和麻もそれ相応の対応をするのだが、そうではないことがわかってしまうだけに扱いに困っていた。

 流石に朧月も和麻に任せっ放しではなく、様子を窺っていたために、和麻の状態についても理解していた。そして、ある決断を下す。

 

 翠鈴が寝静まった深夜に、和麻は声を掛けられた。

「和麻いるかい? いるのであれば、僕の部屋に来てくれるかな」

 声だけを和麻の元へ届けてきた朧月の言葉に従い、和麻は朧月の部屋へと向かう。

 朧月の部屋に着くと中から招く声が上がる。

「遠慮せずに入るといい」

「失礼します」

 部屋に入って椅子に腰かけるでもなく立ち尽くす和麻に、朧月は溜め息を漏らしながら話し掛けた。

「もうちょっと気楽にしてくれたらいいんだよ? 君の家でもあるのだから」

「特にそのような意識はありません」

「───まあいいから、座りなよ」

 和麻は勧められた椅子に座り、朧月を見つめる。朧月も、和麻が座ったことを確認して、注いでいたお茶を和麻の目の前へと置く。

「高級茶らしいよ」

「俺に茶など分かりません。───要件をお聞かせください」

「そんなに急ぐこともないだろう。ゆとりは大事なことだと思うよ」

 和麻の急いた物言いを気にした様子もなく、朧月は返した。

「こちらにも、やりたいことは色々とあります」

「それは、自分の記憶に関わることかい?」

 朧月の言葉に和麻は目を見開き反応してしまう。今まで、そのような話題を挙げた覚えもなければ、気付かせるような行動をした覚えもなかったからだ。

「そんなに驚くほどの事でもないだろう。まがりなりにも、僕は君の師匠なんだよ?」

 朧月はさも当然のように言い放ち、和麻の反応に満足すると続きを話し出した。

「本題はね、君もある程度まで修めていることだし、今後更なる高みへと昇るのならば、憂いを晴らしておくべきだと思うんだ」

「つまり、自分の記憶を探してこいと仰せですか?」

「その方が君のためになると言う話しさ。───先程も言ったけど、僕たちには時間は十分にあるんだ。記憶を探し終えてからまた始めるといい」

 和麻は考え込み、朧月はその様子を見て脈あり───と話しを続ける。

「翠鈴の事なら僕が見ておくから安心して行くとよい。それから、これを君に渡しておこう」

「───これは?」

「記憶を探すのに重宝する宝具だよ。僕の師匠の物よりも品質の点では落ちるが、使えるはずだよ」

「そこまでしていただけるのでしたら、ありがたく使わせていただきます」

 和麻が受け取ったのを確認してから、朧月は具体的な話しをし始めた。

「君は記憶を探すに当たって身分を証明する物はもっているかい?」

「持ってはいませんが、移動だけであれば問題ないかと」

 予想通りの答えに朧月は溜め息を漏らすと、封筒をひとつ取り出して和麻の前に差し出す。

「そう言うと思って用意しておいたよ」

 和麻が封筒の中には、幾つかの書類と紙幣が入っていた。その書類には、八神和麻と記載されているのに和麻は目を止める。それに気付いた朧月は、苦笑しながら訳を述べる。

「それは、僕の師匠に頼んだんだけど───どうやら師匠は、自分の昔の苗字を元に作ってしまったようでね。すまないがそれを使って移動はするといい。

 ホテルなどに泊まるのにも最近は身分証が必要だからね」

「重々ありがとうございます。十分です」

「うんうん。───それで、いつ頃行くんだい?」

「───今から向かいます」

「───起きると煩そうだからね……」

 和麻の内心を読み取った朧月は、和麻の言葉に同意するのだった。

 

 

 

 和麻は数分もしないうちに、朧達のいる場所から一番近くの町まで来ていた。実際には数百キロあるのだが、その距離さえ今の和麻にはそれほど苦にもならない。

 和麻は町の中で、最寄りの空港を調べてから町を出る。

 周囲はまだ深夜の帳が下りたままではあったが、和麻にはそれほど関係はなかった。おおよその方向と距離を掴むと、竜脈に乗って移動を開始した。

 移動は瞬時に行われ、瞬く間に目的地の近くまで移動を果たす。

(竜脈で海を越えることができれば楽なんだが、そこまでの技量はないからな……。今日はあそこの町で休むとしよう)

 縮地による移動で空港から最寄りの町の中に入り、大きめのホテルを探す。町の規模は空港が近いだけあって賑わっており大きなホテルは幾つも存在していた。その中からひとつを選択して和麻は入っていく。

 

「神凪からの依頼とは言え、この件名の処理の仕方をそろそろ考えた方がいいと思うのですが……」

 ある一室にて、軽薄そうな男が女へと話し掛ける。

「それを此方から打診することは有り得ないわね。私達がすることは、最善を尽くすだけ。

 まあ、この件名のせいで少し違う部署に頭が上がらなくはなったけど、そもそもこちらにはこれ以上失うものなど無いから問題ないわ。成功した場合の得るものの方が大きいわけだし」

「身も蓋もないですね……。

 ここまでして見つからないってことは、バラされてるのは確実じゃないですか?」

 男は事務処理をしている女の前に立ち、机の上に置いてある書類を手に取る。

「それを判断するための材料はまだないわね」

「まだ……なんですね」

 女の言葉を聞き漏らさず、言いたいことを把握する。

 女の方も、男の意見に同意したいところだった。行方不明となった神凪和麻は、風術師としては一流と言っていい技量の持ち主なのだ。ただの風術師が神凪宗家に敵う筈がない。宗家に勝るような実力者が音信不通になるような事象と言えば、男の言ったことが起こっていると思っても間違いではないだろう。

 そこへ女の携帯の着信音が鳴り響いた。その着信音の選択にたいして男が眉をあげる。

「流石にその音楽のチョイスはどうかと思いますよ」

「黙って!」

 女の携帯の着信音はただの緊急時のサイレン音だった。確かに、通常時にそのような音が鳴れば、視線を集める上に顰蹙ものだろう。場所的にも……。

 しかし、女の方はそんなことはお構いなしに、携帯に出ると耳を澄ませて聞き漏らさないように、メモを取り続ける。

 男も、そのメモを見て次第に驚愕の表情に変わっていった。

「ご協力感謝します。───ええ、後はこちらで行いますので───はい。本当にありがとうございました」

 女は携帯を切って溜め息を吐くと、続けて送られてきたメールを確認してから、男に向き直り指示を出す。

「ここの情報をすぐに掴んで頂戴! それと……空港と一応港の記録の監視!」

「噂をすればなんとやらですね。まさか、見付かるとは……」

「無駄口を叩かない!」

 女は、男に怒鳴り付け部屋を急いで出ていく。

 残された男も緊急性を理解しており、自分の机に座り直すと手元のパソコンをいじり出すのだった。

 

「その話しは間違いないか?」

『はい。間違いありません。件の少年は中国にて発見され、現在空港にて日本行きのチケットを手に入れております』

 重悟は半ば信じられない気持ちでその報告を聞いていた。和麻の行方が分からなくなったあの後に、風牙衆を向かわせ近隣の町や主な組織について調べたのだが、ほとんど役に立つ情報が得られなかったのだ。その後に来る情報も、似たような者を見たと言うだけで、実際に見てみれば全くの別人だった。

 しかし、今回特殊資料整理室からの情報は『かもしれない』───というものではなく断定情報。重悟としても期待せざるをえない。

『但し、名前が違っています。今の名前は八神……八神和麻です』

「───何?」

『こちらとしても、まだ接触すらしていない状態なので詳しいことは聞けていません』

「待て……それならば、なぜそれが和麻だと言い切れるのだ?」

 ここで、重悟は糠喜びであったかもしれない可能性に思い至る。功を焦った特殊資料整理室が確認もせずに報告してきたのではないかと。

『その確認については、こちらでも済んでおります。どうやら、神凪から八神の養子と言う形になっているようです。理由は不明ですが……』

「そうか……。しかし、先ずは本人かどうかを確認させていただく」

『はい。そうおっしゃると思いまして、私は既に到着予定の空港へと向かっています』

「分かった。こちらからも迎えを出そう」

 その後数言伝えた後に必要なことを聞き取ると、すぐに電話を切って後ろを振り返る。

「周防。厳馬を……いや雅人を呼んでおいてくれ」

「綾乃様はどうされますか?」

 重悟は周防の言葉に頭を抱える。和麻がいなくなってからと言うもの、綾乃の扱いに重悟は苦心していた。綾乃は炎雷覇の後継者であるのだが、それを煉に譲ると言って聞かないのである。その目的は明らかだった。炎雷覇を持っていれば、いずれ当主を継がざるをえない。そうなれば、拠点からそう簡単に離れるわけにもいかず、和麻を探しに行くことも出来ない。その為の継承。まるで価値が無いもののように扱うその姿に何度頭を悩ませたか分からない。

 一度、死闘に近いところまで行ったこともあったが、厳馬の介入により、なんとか冷静になるまで抑えたこともあったが、今回の事でそれが起こらないとも限らないのだ。

 父の威厳以前に、最悪逆に勘当されかねない。神凪の神炎使いが離反など考えたくもないところだった。娘なら尚更である。

「真偽のほどが定かではないことを言った上で、同行に関しては、綾乃様御自身に判断していただく───というのはいかがでしょう?」

「───そうだな」

 娘の育成方針をどこで間違えたのかと考えながら、重悟は周防の言葉に頷くのだった。

 

 綾乃は周防の言葉を最後まで聞いたところで、逸る気持ちを抑えつつ、肝心なことを問い質す。

「その話しの信憑性はどれくらいあるの?」

 綾乃の聞きたいことはそれがすべてだった。以前も風牙衆の情報を聞いてからすぐに向かったが、全くの別人だった。それによりキレた綾乃によって大惨事になり掛けたのである。

 その事から周防も、綾乃の質問に対して絶対とは口が裂けても言えない。

「信憑性としては、半々程度に考えていただければいいかと……。補足として、今回の情報源は特殊資料整理室です」

 特殊資料整理室と聞いて、綾乃は疑問に思ったのか、眉を僅かに上げた。

 その表情を見て、周防は更に補足をする。

「重悟様は、風牙衆以外にも依頼をしておりました。特殊資料整理室とは、警察の内部にある部署のひとつです」

「警察ね……。同行するわ」

 迷ったのは数瞬。結局行かないという選択肢はない。問題は気の持ちようだけ。

「では今から向かいますので、ご準備ください」

 綾乃は軽く頷くと、きびすを返して足早に部屋へと戻っていった。

 

 和麻の確認として、神凪からは3人が空港へと訪れた。綾乃、雅人、周防の3人である。

 周防先導の元、たどり着いた先には、スーツをきっちりと着こなした女と、スーツをきちんと着ているにも関わらず、何処かだらしなく見えてしまう男が立っていた。

「お待たせしました」

「いえ。こちらこそ、連絡が急になり申し訳ありません。何分確認作業に時間を取られまして……」

 謝罪の姿勢から上半身を起こすと、女の方はケースから名刺を取りだして、綾乃の前へと進み出る。

「私は特殊資料整理室の室長代理。橘霧香と申します。以後よろしくお願い致します」

 綾乃は丁寧に出された名刺を受け取り、そのまま横にいる周防へ手渡して、霧香を見つめる。

 そのかなり失礼な行為にも関わらず、霧香は笑顔を絶やさずに微笑み返す。そして、雅人へと名刺を渡そうと移動した所で、綾乃がその間に割り込んだ。

「いつ到着するの」

 綾乃の意思に従い、周囲が暑くなり始める前に雅人は軽く手を上げて霧香に目配せし、綾乃の問いに答えるよう霧香に頷いてみせる。

 霧香は雅人の意図を理解して軽く頷くと、腕時計にて時間を確認してから改めて綾乃に向き直った。

「後30分ほどで到着する便に乗っています。あのゲートから来る予定です」

 霧香は該当の設備の方向を指差しながら綾乃に説明する。綾乃はそれを見て番号を確認すると、もう自分の話は終わりとばかりに、掲示板の方へと飛行機の機体番号を確認するために歩き出した。

 それを見て残った面々は溜息を吐く。

「申し訳ない、霧香殿。綾乃嬢はこの件に関して余裕が無くてね。居なくなった当初からかなり心配していた上に、自分で探そうとするくらいだったんだよ」

 綾乃の代わりに謝罪する雅人に、霧香は微笑みながら対応する。

「待ち人がやっと現れるのです。そのようになっても仕方ありませんわ」

 霧香は綾乃へと視線を向けながら、気にしていませんと言外に伝えるのだった。

 


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