風の聖痕 新たなる人生   作:ネコ

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見直しすらせずに投下……


第23話

 綾乃の通う聖凌学園は都内でも有名な学校の1つに上げられる。

 通う生徒の大半は、資産家や有名人な親を持つ者がほとんどで、そうでなければ頭脳明晰な少年少女、若しくはトップアスリートになれるような特待生だ。

 学校内での安全は、そんな親たちやスポンサーからの寄付で賄われている。

 その裏の事情としては、寄付の額により融通を利かせることが出来る利点があることだった。それも、他者を害さない範囲においてなのだから相当な範囲が含まれる。

 神凪は邸宅から近いこともあり、昔からこの聖凌学園に寄付を続けてきた。そのため、余程の事がない限り留年や停学処分などはない。

 綾乃はそんな聖凌学園に通っていた生徒の一人であり、1年少々居なくとも、未だに席は設けられていた。

「綾乃ちゃ~ん。久し振り~。元気してた~?」

「久し振りだな綾乃」

 聖凌学園に着いて職員室に向かう途中、顔見知りの二人を見て綾乃は顔を綻ばせる。

 二人というのは初等部からの付き合いがある篠宮由香里と久遠七瀬。

 二人は少し身長が伸びた程度で、中等部の頃から比べてそれほど劇的には変わっていない。

「私は元気よ。二人こそ元気そうで何よりね」

「綾乃ちゃんが居なくなってから、学園が平和すぎてつまらなかったけどね」

「そうだぞ。綾乃がいなかったせいで変な虫が寄ってくるし大変だった」

「それって私のせい? 私はトラブルメーカーでも虫除けでも無いんだけど」

 綾乃は半眼で二人を見るが、二人は気にした様子もなく笑顔のままで綾乃に接する。

「それはそうと、どうして綾乃ちゃん登校することになったの? てっきり駆け落ちしてそのままゴールインすると思ってたんだけど?」

「私も次に顔を見せるときには子供が居てもおかしくないと思ってたんだが……」

 二人はそれまでの笑顔を引っ込めて、真剣な表情で綾乃のお腹を見る。

 1年前よりも一回り大きくなっているように見えるが、成長したからだと考えると不自然な部分は見当たらない。

「んー。私もそうしたかったんだけど、中々ガードが固くて……難航してるのよね。しかも、ライバルが増えてるし、更には復活するし……」

「綾乃ちゃんで駄目だとすると、かなりの難易度ね」

「それ以前に未だ高校生だからじゃないか?」

 それからも昔の事を引き出しながら会話を続けていたが、職員室にいた先生に呼ばれ会話を打ち切る。

「それじゃ私行ってくるから」

「またね~」

「またな」

 職員室に入っていく姿を見送り、二人は教室に戻っていく。

「それにしてもあまり変わってないようで安心したな」

「そうかな~。昔はもっといじり甲斐があったと思うんだけど、なんか落ち着いてる風に見えるのよね~」

「由香里にとってはそうかもしれないが、本人の成長という意味では良かったんだろうな」

「でも、常識を学びに来たってどう言うことかな?」

「それは本人に聞けばいいさ。これから学園生活なんだ。聞く機会もたくさんあるだろう」

「それもそうだね」

 二人はこれから起こる、様々な事象の数々をこの時は予想だにしていなかった。

 

 綾乃が学園に大人しく通う事になったのは、重悟がそれなりの対応をしたからだ。

 その内容とは、綾乃の解き放った妖魔の滅殺を和麻に依頼したことである。

 自分の想定以上の力を手にいれた和麻にとって、慣らし運転の場所と金を払うと言っているに等しく、しかも期間などはあってないようなもの。月に一度は報告のために神凪邸を訪れなければならないが、それは些細なことだった。

 一度和麻が姿を隠してしまえば、綾乃に会うことは難しい。それならばと和麻と共に再び出ていけば良いという考えだったが、それも断念せざるを得なかった。

 重悟と和麻の間で何らかのやり取りがあったことは綾乃にも分かるものの、ついていこうとしている和麻本人に「ある程度の常識は学んでおけ」と言われたのだから、綾乃としては当然の如く拒否する権利はない。

 それを月に一度ではあるが、重悟は綾乃と和麻が会うことが出来るように取り計らったのである。

 綾乃に不満は残るものの、会えなくなるよりは良いと、渋々受け入れたのだった。

 両者にとってメリットのある話であったため、交渉はすんなり通った。

 綾乃が高等部卒業後でも想いが変わらなければ、ついていっても干渉しないとの言質を重悟から得て、綾乃は意気込んで学園に向かったのである。

 

「それにしても、何で私が通う事になったのを知ってるの?」

「蛇の道は蛇に聞けって言葉があるの。この程度の情報ならすぐよ」

「先週には噂が上がってたくらいだからな。最初は転校生かと思っていた」

 途中で入ってきたためか、授業間の休み時間はそのほとんどが中等部からの知り合いによる質問攻責めで過ぎ去った。

 今は昼休みであり、同じような状況が続いては堪らないと、特に仲の良かった由香里たちと共に校舎の屋上へ逃れ昼食をとっているところである。

「それにしても、綾乃ちゃん結構食べるんだね……」

「少々食べ過ぎじゃないか?」

 綾乃の膝の上には普通の弁当箱が置かれており、手には箸とご飯の敷き詰められた別の弁当箱が握られていた。

「これくらい食べないと、力が入らないのよね。すぐにエネルギーを消費しちゃうし」

「羨ましい! その栄養は何処にいってるの!? ここ!? ここなの!?」

「ちょっと由香里!」

 綾乃の四分の一にも満たない弁当箱を座っていた場所に置き、由香里は綾乃の後ろに回ると、後ろから綾乃の胸を鷲掴みにする。

 それでも綾乃は、持っていた弁当や箸を落とすこと無くゆっくりと横に置き直すと、胸を揉むことに夢中になっている由香里の手を巧みに操り、逆に由香里の胸を揉み始める。

「全く、由香里の方が大きいでしょ! ほら手に溢れるし、C……いえ、Dくらいはあるんじゃないの?」

 まさか自分がやられるとは思っても見なかったのだろう、由香里は顔を真っ赤にしながら綾乃の為すがままにされていた。

「綾乃ちゃんにメチャクチャにされた……。責任取ってもらわなくちゃ……」

「おあいこよ。私はまだBくらいしか無いし……」

 女座りでわざとらしく泣き真似をする由香里を軽く流し、綾乃は自分の胸を触る。

 スタイルは良いのだが、胸だけはなかなか思ったように成長しない。見た目として、1年前よりも膨らんでいることは間違いないが、親友との対比に深い溜め息しか出なかった。

「七瀬ちゃんだけど、実は隠れ巨乳なんだよ」

 由香里の口から、二人にとって聞き捨てならない言葉が発せられた。

 綾乃は自分の胸から七瀬の胸に。

 七瀬は無責任なことを宣う由香里に。

 由香里は、楽しそうに笑いながら七瀬に。

 七瀬へ二人が徐々に近付いていく。

「まあ、待て。落ち着くんだ。人の魅力はそれぞれなんだから気にする必要はない。人は中身が大事なんだ」

「中身で判断できなかったら、外見で選ぶかも~」

「由香里!」

「ちょっと身体検査させてもらうわ。親友として」

「嘘だよな? 目が笑ってないんだが……」

 にじり寄る二人に、七瀬は身の危険を感じて立ち上がる。

 七瀬は陸上部に所属しており、運動能力はかなり高く、同じ学年で並ぶものは全国的に見てもそうはいない。

 由香里は平均的な能力しか有していないため、逃げることは簡単に出来る。問題は綾乃のみ。

 七瀬は弁当を置き去りにして綾乃から距離をとるようにスタートダッシュを決めた。しかし、七瀬の進んだ先には、何故か笑みを浮かべる綾乃が両手を広げで待ち構えていた。

「七瀬の方から来てくれるなんて」

「!!」

 屋上は立ち入り禁止の札が日頃から掛かっているため、3人以外この場には誰もいない。

 逃げることのできない空間で、七瀬の健闘虚しく、綾乃の魔の手に落ちた。

 

 

 

 京都の都心部にあるホテルの一室。

 和麻はベッドに胡座をかき、床に置いてある羅針盤に少しの変化も見逃すことがないよう集中していた。

 羅針盤には水がはってあり、静かに鎮座している。

 その羅針盤にはってあった水が僅かに揺れた。

 室内に風などはなく、ましてや地震などが起きたわけでもない。

 波紋の広がりが起きた場所を見て、和麻は羅針盤を手に取ると、中に入れていた水を洗面所に流し、部屋を出ていった。

「いってらっしゃい」

 部屋を出ていく和麻の背に声が掛けられる。

 声を掛けたのは柚葉。

 なぜ柚葉がここにいるかと言うと、妖魔探しのサポートのためだった。

 和麻が現在手掛けているのは、風牙衆の残党を捜索中に解き放たれた妖魔探しである。

 解き放たれた妖魔の位置を羅針盤で探っていたのだった。

 本来の目的である人探しは、探し相手がうまく隠れているためか、和麻の技量を持ってしても場所を特定することは難しかった。

 そのため、比較的簡単な部類に入る妖魔探しに着手したのである。

 どれ程の規模のものがいたのか、封印時の記録がほとんどないために定かではなかったが、綾乃と柚葉の証言から、多くとも百は越えないことがわかっており、力にしても綾乃には遠く及ばない。

 そのため、神凪のとった行動とは、同じ程度力量ある妖魔を百体滅することにしたのだった。

 特に京都に重点を置いて行うこととし、和麻に依頼したのである。

 もちろん神凪においても、神凪における各家系から人を出して同様に事へ当たっていた。

 しかし、人がいたとしても、そう簡単に妖魔が見つかるはずもなく、依頼が長期間になることは明白であり、期日も特に設けなかったのである。

 そのため、神凪は妖魔の発見や情報提供を資料調査室に依頼を出し、逐次情報交換するなどして、少しでも効率化を図ろうとしていた。

 その情報連絡員として間に入ったのが柚葉であり、連絡係を一任され、その居を京都のホテルへ一時的に構えていたのである。

 和麻が部屋にいる理由としては、ホテル代が掛からないことを説明し、一緒に住まないか提案した結果と言える。

 この事を綾乃が知るのは少し先の事。

 和麻を廻る競争は、本人の意思を無視して激化していた。

 

 

 

 綾乃の学園生活は順調───とは言い難かった。

 不在だった1年という期間は、学生にとって非常に大きいものであり、学力に差が出るには十分過ぎた。

 雑学的なことは生活する上で吸収していったが、根本的な考え方などは、足りない部分が多く、放課後の時間は綾乃の家で家庭教師をお願いしているような状態になっている。

「その式から求められるグラフはこんな感じね。分からないことある?」

「うーん。グラフについては分かるんだけど、これが一体なんの役に立つのか分からないわ」

「結局は、活用できる職業につかないと意味ないからね~。学生の間はいろんな知識を詰め込んで将来の選択肢を増やしてるんじゃないかな~」

「私は和麻のお嫁に行くんだから、花嫁修行だけやりたいわね」

「積極的なのは良いけど、教養や知識は大事だと思うの。子供が出来た時に教えてあげれるくらいにならなくちゃ。子供のためにも、その時になって見たこともないなんて言ってられないよ?」

「それもそうね。子供が何をしたいかなんてその時にならないとわからないし」

「そうそう。じゃあ次の問題にいってみよ~」

 由香里は綾乃の意識をうまくコントロールしつつ、勉強を進めていく。

 気分転換に他の科目の雑学知識を語ったり、綾乃の恋愛状況を語ったりと、脱線をしつつも進めていった。

「それで、綾乃ちゃんは和麻さんとヤれたの?」

「まだね」

 由香里の直接的な物言いに、綾乃は恥ずかしがる素振りも見せずに即答する。

 由香里は昔を懐かしみながら、情報を引き出しにかかった。

「じゃあどこまでいったの?」

「世界一周はしたわよ?」

 世界史の問題を解きながら綾乃は答えるが、それは由香里の欲しい回答とは離れすぎていた。由香里はそうじゃないと否定を込めて顔を左右に振り再度問い質す。

「そうじゃなくて、キスとかのABCの話よ」

「少なくとも裸の付き合いはあるわ」

「えっ!?」

 予想だにしていなかった答えに、由香里の思考は一時的にフリーズする。

 最初の答えと相反しているようだが、興味津々にその辺の事を更に詳しく聞くべく、由香里は身を乗り出した。

 遠くで大きな音がしたが、そんな些細なことはこの場では気にならない。

「ど、ど、どういう事!?」

「落ち着きなさいよ、由香里」

「落ち着いてられないわよ! あっさり言うことじゃないよね!?」

「一緒の風呂に入っただけよ」

「はあ~……。混浴かあ……。ギリギリセーフなのかなぁ……?」

「そんなことより、ここの問題なんだけど習ってないわよ?」

「それはね、もう少し先の内容で、さっき雑談混じりに話した内容だよ」

「そう言えば数学の時に話してたわね」

「そうそう。───ちょっとトイレに言ってくるね」

「水分の取りすぎじゃない?」

「そうかも~」

 由香里は本日三度目のトイレのため部屋を出る。

 部屋を出てからトイレまでは入り組んでいるとは言え、三度目ともなれば馴れたもので迷うことなどない。

 由香里はトイレの手前の通路を折り曲がり、すぐ脇の部屋をノックした。

「入れ」

「しつれいしま~す」

 入った先の和室には一人の男が座っており、片耳にイヤホンを付けてテーブルに置かれたパソコンを除き見ていた。

「これが次の内容だ。今回の報酬も入っている」

「───なるほど。りょ~かいです」

 由香里は封筒の中身を確認すると、そっとポケットに入れる。

「次も期待しているぞ」

「分かりました~」

 あろうことか、由香里は綾乃に内緒で情報を収集していたのである。

 男は満足そうに頷くと、再びパソコンに向き直った。

「ところで、綾乃のお父さんがなぜこんなことをしてるの?」

「お父さんではない。コードネームJだ!」

「Jさんはなぜこんなことをしたの?」

 男は必死になって名前を変えたが、名前が変わったところで由香里の対応は変わらない。

「うむ。ある男に頼まれてな。綾乃が居なくなった一年間の出来事について調べているのだ」

「本人に聞いた方が早いと思うんですけど?」

「その男は嫌われたようでな。口をきいてもらえないようなのだ。神凪に関わる者に対しては似たような反応であるため、今回君に依頼した」

「なるほど……綾乃ちゃんって意外に頑固だから長引くかもしれないですね」

「むっ!?」

「そろそろ怪しまれるかもしれないので戻りま~す。またね~」

「ちょっと───」

 男が制止の声をあげる前に由香里は素早く退出した。

 由香里の言葉は、男の不安を煽るには十分であり、大いに悩ませることになる。

 また、由香里はこの事から親子間の仲違いを仲裁する役を別途請け負うのだが、それはまた別の話だった。

 

 

 

 月に一度の和麻との再開の場。

 重悟へ報告を終えた和麻は、この日を楽しみにしていた綾乃を連れて色々な場所を巡っていた。

 綾乃は和麻の腕に抱き着き、客観的に見てカップルにしか見えない。

 都心と言っても治安が良いわけではなく、寧ろ人通りの少ない場所にいけば悪いとさえ言えるなかを、全く気にせずに闊歩するカップルがいたらどうなるかなど自明の理。

 予想通りの事象が発生していた。

「おうおう、てめぇら。ここが誰の縄張りかわかってんだろうな? ここを通りたけっ!? ───うしろか! ちょっと待てや!」

 数人で取り囲もうとしていた男たちを、和麻はすり抜けるようにして進んでいく。

 啖呵を切った男は、いつの間にか通り過ぎていた和麻たちを一瞬見失ったが、すぐに何処にいるかを把握し慌てて囲み直す。

「綾乃の知り合いか?」

「───あんたたち3秒あげるから退きなさい」

 綾乃にとって、和麻と一緒にいる限られた時間を浪費するような者は、消滅させるに値する、という考え方あることを考慮すると、かなり優しい対応だったが、そんなことが男たちに通じるはずもなく、ニヤニヤとした笑みを浮かべてその包囲を狭めていった。

 その行為は、和麻たちの歩みを数秒止める程度の結果しかもたらさず、和麻たちの歩いた後には男たちの姿など影も形もなかった。

 

 

 

 風牙衆の謀反事件にて亡くなった者たちの供養を含め、一区切りがついた重悟は、熱いお茶の入った湯飲みを両手で持ち、自室にて寛いでいた。

「よい天気だ……」

 季節は秋。

 部屋の窓から覗き見える、元の美しく復元した庭を見て重悟は呟く。

 決して消えることのない傷は出来たものの、その風景は一時的に傷の事を忘れさせてくれるほどの魅力があった。この庭は今の神凪を象徴するものと言ってもいいだろう。

 一時的に見る影もなかったが、今はこうして元の姿に戻っている。

 それに、時間は掛かったが、厳馬の息子である煉も意識を取り戻し、今では普通に生活出来るほどにまで回復していた。

 今日も綾乃と共に軽く訓練をしているところだ。

 人の求める時間とは無情なもので、すぐに終わりを迎える。

 重悟は束の間の平和を味わっていたが、その景色は数秒後に消え去ったのだ。

 重悟の目の前で庭は爆発し、立ち上る砂煙で視界は妨げられた。

「な、な、な……」

 重悟の疲労した脳ではまともな言葉を発せず、ただ呆然とその景色を見ることしかできない。

 数分後、砂煙の晴れたそこは、荒れ果て、無惨にも残骸が散らばる庭とも呼べない何かに変わり果てていた。

 何かの見間違いかと、重悟は信じられずに部屋を出る。

 現実を直視したくない想いのためか、元々の怪我のためか、その足取りは鈍い。

 断頭台に登るような気持ちで、部屋の戸をゆっくりと開ける。先程の映像が夢であるように、と。

 しかし、現実は厳しいものだった。

 部屋の中から見た光景そのままの庭が目の前にある。

 少し違うのは分家の者たちが音を聴いて駆け寄ったのだろう。状況を確認するためだろう、数人があちこちに散らばっている。

「何があったというのだ……」

 重悟も原因を探るべく、地面の抉れ方から推測して原因の調査を始めるが、すぐに犯人を突き止めることができた。

 数十メートルほど離れた先。

 煉と綾乃がおり、綾乃は見たこともないような大きな紅蓮の炎で出来た剣を降り下ろしたのだ。

 天高く延びた剣は、地面に深い亀裂を作り、そこで調査していた分家の者を巻き込んで再び砂煙を巻き上げる。

 重悟は立ち上る砂煙を全て燃やし尽くし、視界を確保すると、分家の者たちの安否を確認し、綾乃を呼びつける。

「綾乃!!」

 大声で、しかも怒りを纏っていたためだろう。最近では口をきくこともなくなった綾乃は渋々といった感じで、煉と共に重悟の元にやってくる。

「何よ」

 僅かに恐れを抱きながらも、綾乃の口調は挑発的なものだった。

「お前は一体何をしていたのだ?」

 例え挑発的な態度だろうとも、正確に状況を分析するためには、聞き取りが大事。

 重悟は怒りを強靭な意思力で抑え込んでいた。

「煉に剣の振り方と技を見せてただけよ。敷地の外の人に迷惑は掛けてないわ」

 そっぽを向いて言ってのける綾乃に対して、重悟の顔に青筋が入る。

 そんな重悟から漏れ出る怒りのオーラに煉は完全に恐れを抱き、重悟と目を合わせまいと、綾乃の後ろに隠れてしまっていた。

「人に迷惑を掛けるなと何度言ったら分かるのだ! そもそも、この前も校舎の一部を破壊するわ、一般人相手に怪我をさせるわ、全く反省しとらんではないか!!」

「あれは更衣室に仕掛けられたカメラを消滅させるのに必要だったし、体育の授業で先生と呼ばれた者が全力でこいって言ったのよ? 非は相手にあるわ!」

「お前は一体学校で何を学んどるのだ! 常識を学べと言っとるだろうが!」

「そもそも常識ってなによ! 何で他人の決めたことに従わないといけないのか分かんないわよ!」

 二人の言い争いはヒートアップし、厳馬が煉を連れていってもなかなか終わることがなかった。

「父様」

「どうしたのだ?」

「なんで重悟おじさんと綾乃姉様は喧嘩してるの?」

「───あれが二人にとってのコミュニケーションなのだ。だが、煉は真似をしなくともよい。今日からは一般常識を教えよう」

 厳馬は、二度同じ間違いを繰り返さぬよう、煉の教育方針を変えるのだった。

 


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