風の聖痕 新たなる人生   作:ネコ

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第5話

 和麻は、自分の周囲を騒がしくする沙希に、少しずつ苛立ちを感じ始めていた。

 人の意見を汲み取ろうともせず、それ以前に話しを聞かない。そして、極めつけは、謝罪の押し売りである。いらないと完全に否定したにも関わらず、謝罪の内容を勝手に決めて、その内容について話しを進めていく。和麻の事などお構いなしに。

 そして、それは翌日になっても続いていた。

 朝は何時も通り、時間ギリギリに学園へと着いたので、話し掛けられることはなく、和麻は安心……油断していた。相手の行動力を甘く見ていたのである。

 その後の、授業の合間の休憩時間全て、もう一人の女生徒───柚葉を連れて、沙希は和麻に話し掛けてきた。

 その行動が周りの目を引かない筈もなく、また、昨日の事情を授業が始まる前……和麻が登校する前に、他の生徒に話しをしていたため、和麻の周囲へと、その話しの続きを聞こうと、自然に生徒が寄って来たのだ。

 どのような説明をしたのか。周囲の和麻への対応も変わり、一緒になって話し掛けてくる。それでも、いつもと変わらず、和麻は無視し続けていた。

(その内飽きるだろう)

 和麻の考えを嘲笑うかのようにそれは続く。土曜日なので午前中までの授業を終えて、早々に図書室へと移動した和麻を追って来たのである。そればかりか、和麻の座る対面へと座りこみ、話し掛けてくるのだ。図書室で、選んだ本の内容を、静かに読んで確認しようとしていた和麻にとっては、かなりの迷惑行為だった。

(謝罪という名目で嫌がらせをしているのか?)

 同じく図書室にいた他の者も、よい顔をするわけがなく、一人騒がしくしている沙希と、同席している者へ、非難を含む視線を向けてくる。

 流石の和麻も、沙希の行動には、いい加減しつこく感じていたため、再び重い口を開いた。

「明日はショッピングモールの噴水のところで待ち合わせね」

「……もう一度だけ言うが、俺は行かない」

「遠慮しなくていいから。

 はい、これ、私の連絡先」

 話しの噛み合わない相手に和麻は、冷めた視線を投げ掛ける。しかし、沙希はその視線に全く気付かず、電話番号の書かれた紙を和麻に渡して、自らの隣に、置物の様にして固まって動かない柚葉を見ながら話していた。沙希は柚葉を気にしていたのである。

 柚葉は、近くに沙希以外誰もいない(と思っている)場所。対面に異性。しかも、それが惚れている意中の相手ということで、緊張していたのである。今回は沙希という壁もなく、向かい合う形であるため、柚葉の中では、和麻と二人きりでいる感覚に陥っていた。そして、その思考は妄想の世界へと旅立ってしまう。

「(ほら、柚葉も何か言って! 柚葉がメインなんだから!)」

 沙希は和麻と柚葉との間にも話しを繋げようと、固まってしまった柚葉を見て、少し慌てたように小声で話し掛けながら揺さぶるが、反応はない。

「(ちょっと! 柚葉! しっかりして!)」

 その言葉に、大人しくて臆病な性格の、ましてや妄想の世界へと旅立った柚葉が応えられる筈もない。

 そんな小さな応援を沙希がしている間に、和麻は帰り支度を済ませて席を立ち、借りようとしていた本を棚に戻していく。そして、ここにもう用はないとばかりに、そのまま図書室の出入り口に向けて歩き出した。

 図書室の担当の先生が来るのを、本を読みながら待とうとしていたのを変更したのである。

「神凪君! 待ってるからね!!」

 そんな和麻に向けて後ろから声が掛けられる。沙希は、席に座ったまま固まって動かない柚葉を、立ち上がらせようと悪戦苦闘していて追いかけることができなかったのだ。

 そんな二人を置いて、聞こえてきた声に碌な返事もせず、また、立ち止まらずに和麻は家へと帰っていく。

 

 図書室に残された二人は、しばらくその場に大人しく座り込んでいた。それにより、図書室に静寂が戻ってくる。

 沙希は柚葉の硬直が解けるのを、その顔を見ながら待っていた。真っ赤に染まったその顔を。

 柚葉の意識が現実世界に戻ってきたところで、沙希は呆れと共に話し掛ける。

「あれ? 神凪君は?」

「先に帰っちゃったわよ」

 先ほどまで和麻が座っていた場所を見て呟き、キョロキョロと辺りを見回す。そこには当然和麻の姿はない。

「そうなんだ……」

 肩を落として落ち込む柚葉。そこには、後悔も含まれていた。

 ひと言も話し掛けることができず、目を合わせることすらできない。そんな自分に。

 その想いを汲み取った沙希は、柚葉を元気付けようと励ます。

「明日! 明日が本番だから! まだ大丈夫よ!

 今日のは予行演習だからね!」

「ありがとう……明日だね。

 ……でも、神凪君来てくれるかな?」

「来なかったら男じゃない! その時は変な噂をばら撒いてやる!!」

 沙希は拳を握りしめて、和麻の出ていった出入り口を見ながら熱く語る。

「それはやりすぎなんじゃ……」

「それくらいが丁度良いのよ!

 むしろ、それくらいしても罰は当たらないわ!」

 柚葉を説得するその言葉には、謝罪をするという目的が、すっかりと抜け落ちていた。

 そんな大声を上げていれば、当然の事が起こる。

「あなたたち、図書室では静かに。

 できなければ退出しなさい」

 昼食を終えて戻ってきていた先生に咎められる。他の生徒たちも同様に、思いを同じくして沙希たちを見つめていた。

 沙希は「あははは……」と誤魔化すようにして、ひきつったような笑みを浮かべながら、恐縮している柚葉を連れて、図書室を後にした。

 注意した先生は、自分の指定席にゆっくりと座りこむ。図書室の主が戻ったことで、再びその場には静寂が戻ってきた。

 

 

 

 日曜日当日。

 沙希と柚葉の二人は、予定時刻の十数分前に噴水前へ到着していた。その噴水の周りには、二人と同じような待ち人が多数いる。カップルだったり、友達だったりとバラバラだ。

 二人は、土曜日の午後からの時間を、デートに着ていく服選びに費やしていた。その結果、劇的に変化したことがある。それは、柚葉のことだ。大人しく、目立たぬようにしていたため気付き難いが、身嗜みをキチンと整えれば、十分に美少女と言える。

 その事を沙希は知っており、何度も言って聞かせているが、それでも、なかなか服装や髪型などを変えない柚葉をもどかしく感じていた。

 今回の事は良い機会だと、柚葉を自宅へと連れ帰り、着せ替え人形のようにして、メイドたちと共に弄り回していたのである。

 メイドたちも嬉々として、その着せ替えに参加したのは言うまでもない。そうして、いつもの姿とはかけ離れた美少女の姿が出来上がった。

 時間が近付くにつれて、沙希の表情は険しいものへと。柚葉は不安そうな表情へと、次第に変わっていく。

「まさか、ほんとに来ない気じゃない?

 神凪のやつ……」

「でも、まだ時間まではもう少しあるし……」

「男なら時間の前には来とくもんでしょ。

 待たせるなんて論外」

 腕に嵌めた時計を見る。既に決められた時刻……十時まで後五分を切っていた。未だ、噴水の近くに人混みが多いので見難いが、それらしい姿は見えない。

 他の待ち人が立ち去っては、新しく増える中、二人は過ぎた予定の時間を、受け入れられずに、呆然としてしばらく過ごしていた。

 そんな場所に長時間いれば、当然のように狙ってくる者がいる。見た目も着飾っているので、尚更だ。

「こうなったら意地でもここで待ってやる!」

「何かあったのかもしれないし……」

「それなら連絡くらい寄越すでしょ!?」

「連絡できない状態かもしれないよ?」

 沙希は我慢できないとばかりに、携帯を取り出して電話を掛ける。しかし、そこは人の多い場所。周りの声などの雑音が煩く、受話音が聞き取り辛い。

「ちょっと電話してくるから、ここで待ってて」

「あっ……」

 携帯を耳に押さえつけながら走り去る沙希を、呼び止めようとするが、その前に人混みに消えてしまう。

 柚葉は残された事に不安を覚え、その場で下を向いて、黙って立ち尽くしていた。

 和麻の携帯など知るよしもない沙希は、和麻の自宅へと電話を掛けていたが、電話に出た相手から、居ないことを伝えられる。

「神凪君……和麻君いますか?」

「……いません。用事はそれだけですか?」

「えっ? はい……」

 返事を聞くと同時に、電話をきられる。実際にはいるのだが、いないことにされていたのだ。電話に出た相手───母親である深雪によって……。それを勘違いして沙希は受け取ってしまった。

(あいつは何処に行ってるのよ……。まさか、場所が分からないとか、そんなおちじゃないでしょうね?)

 困惑しながら、元の場所に戻ってみると、そこには待っているはずの柚葉の姿がない。トイレかと、しばらくその場で待っていたが、柚葉がその場に戻ってくることはなかった。

 

 

 

 虫の知らせ。そういったものを信じていたわけではない。しかし、変な胸騒ぎを和麻は感じていた。今までそのようなことを感じたことはない。それが、突如として現れた。和麻は自身の事ながら訳が分からず混乱する。

 その囁きに似た、意思に導かれるようにして家を出た。具体的な目的もなく、ただ歩く。しかし、その足取りはしっかりとしたものだった。

 誘われる方向は、和麻が行ったこともない場所へと続いていく。その方向に向かうにしたがい、徐々に周囲が、和麻を囃し立てるように、急かすように、圧迫感を与えてきた。

(なんだこれは?)

 未知の感覚に戸惑いながら足を早める。風は追い風。その歩みを止めさせぬように吹いてくる。

 そうして、たどり着いたところは、学生が行くような場所ではないホテル街。そのひとつのホテルの前ではじめて和麻は足を止めた。

(なんでこんなところに来てしまったんだ……自分の勘も信用できないな……)

 来た道を戻ろうと踵を返したところで、突然ホテルの自動扉が開く。そちらへと目をやるが、誰もいない。この時点で和麻は、通常の警戒体勢から戦闘体勢へと身体を移していく。

 見えない超上現象。それは、神凪の仕事で十分に経験していた。この場には、自分を保護できる存在はいない。少しの油断が命に関わる。そのような認識のもと、ホテルの前で周囲を警戒していると、突風が和麻へと襲いかかってきた。

 和麻は両腕で顔を庇いながら、その腕の隙間から、風の吹いてくる場所を見ようとするが、とても目を開けていられるような風ではない。

 風は三方向から同時に、和麻をある方向へと押し流すようにして吹き荒れる。和麻は風を避けるべく、誘導されるように、そのホテルの中へと移動させられてしまった。

 ホテルの中に入ると風は止み、開きっぱなしだった自動扉は独りでに閉まる。

(妖魔か、悪霊か……家を出るんじゃなかったな)

 自身の迂闊さに後悔しながら、ホテル内を注意深く見回す。ホテル内には何も不審な点は無い。それらを確認ししつつ、外の様子を窺う。外も、来たときと同じく誰もおらず、不審な点も見当たらなかった。

 何も起きないことで帰ろうと、再び自動扉に向かったところで、微かに声が聞こえてくる。

「……ットで……な……これで……」

 和麻は再び辺りを見回すが、当然誰もいない。不思議に思い、首を傾げていると、再びその声は聞こえてきた。今度は明瞭にハッキリと。

「しっかりと映像撮っとけよ。約束通り撮影会なんだからな」

「当然だろ。それより誰からやるよ」

「俺が一番に話し掛けたから俺でいいだろ?」

「じゃんけんで決めようぜ」

「あの……」

 その声はあたかも、すぐ近くで話されているように聞こえてきた。一瞬幻聴かと自分を疑い……妖魔の仕業かと思い直す。

(何故こんな声を聞かせる? 俺に対する精神攻撃のつもりなのか?)

 敵の意図が分からずに身構えていると、再び声が聞こえてきた。今度は一人だけの声が。その声には何処か聞き覚えがあるような感じを和麻は覚える。

「誰か……」

 そして、次の言葉で確信に至った。

「沙希……助けて……」

 沙希という言葉とその声から、最近沙希と一緒に和麻の元へ来ていた女生徒であると分かる。

(意味が分からないな……妖魔が人質を取るなんて聞いたことないし、かと言って有り得ない訳じゃない。まあ、俺には関係ないな)

 自動扉に向かい外に出ようとしたところで、外からまたしても突風が、逃がさないようにと、和麻目掛けて吹いてくる。

 一時、ホテル内へと避難し、どうしたものかと考えていると、声の内容はどんどん先へと進んでいく。

「それじゃあ、まずはこの水着に着替えようか」

「その前に、そのままで撮影だろ」

「元の状態を撮っとかないとね」

「それもそうだな」

「止めてください……」

 声と共にカメラのシャッター音まで聞こえてくる。

(この内容に意味があるのか?)

 その声と音に意識を向けると、今まで味わったことのない高揚感に包まれ始める。まるで、世界の全てを見聞きすることができるような、そのような感覚をしばらく受けていた。

 和麻の脳裏に、先ほどの声のする部屋と思わしき場所の映像が浮かび上がる。和麻はその映像には見向きもせずに、その語りかけてくる存在にこそ注意を向けていた。

 その存在とは、風の精霊。精霊の存在を知ってはいたが、見るのは初めてである。しかし、それが風の精霊であることを和麻は無意識で理解していた。

(これが精霊か……しかも風とはね。道理で火の精霊の声が聞こえないわけだ)

 和麻へと、常に語りかけていたのは、風の精霊だったのである。ここにきて初めて、火の精霊の声が聞こえなかったことに納得した。

 風の精霊は、和麻へ部屋に向かうよう囁いてくる。

 このような昼間からラブホテルを使用する者は少ない。空き部屋のパネルを見ると、借りられているのは一室だけだった。

 先ほどのやり取りはどんどん進んでいる。

「別段助ける義務も義理も無い相手なんだが?」

 風の精霊へ和麻は語りかけるが、それに異を唱えるかのように、風の精霊が集まりだす。

「分かったよ……。

 俺も術者に成れたことだし、色々と試したいからな」

 和麻は該当する部屋の前へと移動していく。頭の中では、未だに映像が流れていた。服を男たちに剥ぎ取られ、下着姿になり、無理矢理ベットに押さえつけられる柚葉の姿が。

 部屋にロックなど無いかのように、和麻は入っていく。扉を開ける音は、和麻の操る風によって、他に聞こえないように完全に遮断されていた。

 部屋へと侵入を果たした和麻は、未だに気付かない男たち三人組に呆れる。そして、気付かないうちに、男たちの背後へと回り込み、首筋へと手刀を叩き込んでいく。柚葉に夢中になっていた男たちは、呆気なく全員気絶させられた。

(音も遮断できるし、動きも遥かに滑らかになってる)

 先ほどの感触を思い出しながら、自分の身体を見ていると、視線を感じてそちらを見る。そこには、涙を浮かべて座り込む柚葉がいた。

「……怖かった」

 呟くように小さい声で言ってくる柚葉に、和麻は何も言わない。ただ、じっとその姿を見ていた。

「怖かったよ!」

 立ち上がって和麻に抱きつき、声高に言いたいことを再度強調する。余程怖かったのか、その身体はしばらく震えたままだった。

 ただ、和麻は場違いなことを考えていたが……。

(これが役得ってやつか。それにしても、こいつって着痩せしてたんだな)

 和麻は自身の胸に押し付けられたモノを感じ取っていた。

 そうとは知らず、柚葉は自分の格好に気付くこともなく、泣きながら和麻に抱きつき続ける。

 落ち着くまで待つ傍ら、和麻は風で建物の構造を把握していく。

 やることは決まっていた。証拠隠滅。

 こんな場所に入ったことも問題だが、部屋への乱入は更に問題だ。都合がよかったのは、ホテルの従業員はいたが、昼に近い時間帯であるため、食事を摂っていたことだろう。

 そんな従業員の、周囲の酸素を少し減らして意識を奪い、部屋の監視カメラを含めて、ホテル内の監視カメラを破壊していく。その後に、記録媒体諸とも部屋を鈍器で殴ったように見せ掛けて風の礫で破壊した。

 そこまでしてやっと和麻は安堵の溜め息を漏らす。その溜め息を、柚葉は自分の事だと思い込み、泣き腫らした顔を不安そうにして上げ、和麻を見つめた。

「どうかしたか?」

 いつまでも見つめてくる柚葉に、訊いてみるが返答はない。ただ、和麻の顔色を窺うように、黙して見ているだけだった。

「俺に襲ってもらいたいのか?」

「…………っ!?」

 和麻の視線は、柚葉の顔ではなく更に下。身体を見ていた。柚葉は視線を追って、自分の状態に気付き、慌ててベットの上のシーツで身体を隠す。

 今の和麻に、シーツを使って隠したところで無駄なのだが、それを和麻本人が言うことはない。

「早く着替えろ」

 和麻は柚葉から、身体ごと後ろを向き、見ないことをアピールする。それを確認してから、シーツを纏ったまま柚葉は移動をしていく。沙希から借りた服へと。

 その服は所々が無理矢理に脱がされたせいか、破けていたり、伸びきっていたりと酷い状態だった。それらを見て、再び涙を浮かべながら着込んでいく。

「うっ…………うっ…………」

 衣擦れの音と、嗚咽が和麻の耳には聞こえてきていた。

 しばらく経って着替え終わったところで、和麻は勝手に柚葉へと向き直る。そこに遠慮など何処にもない。

「でっ?

 なんでこんなところにいたんだ?」

 新しく風の精霊を操る力―――風術師に目覚めたこともあり、和麻の心には少し余裕が生まれていた。助けることになった少女の話しを聞く程度には、だが。

「……それは……ここに神凪君がいるって……聞いたから……」

「なんで、そんな嘘を信じる……」

 和麻は呆れて、まともに何も言えなかった。

 よく考えれば誰だって分かることだ。見知らぬ人についていくなど有り得ない。それが例え、待っている相手の名前を出されたとしてもだ。

 そんな考えを知ってか知らずか、柚葉は話しを続ける。

「それなら……神凪君はなんでここにいるの?」

「偶々だ。

 ……お前が数人の男と一緒につれていかれてるのを見かけたから、後を追ってきたんだよ」

 少し考える素振りを見せて、白々しく嘘をつく。普通であれば、わざわざこんなところまで、追ってくる必要性がない。それ以前に声を掛けるなりして助けるだろう。そのようなことなど分かりそうなものだが、返答は和麻の予想を越えていた。

「追いかけてきてくれたんだ……ありがとう」

 自分で言った言葉にも関わらず、信じられずに和麻は、柚葉を唖然として見つめる。信じるとは思っていなかったから当然だ。

「……信じ過ぎると、今回みたいな目に会う。今度から気を付けろよ」

 以前の自分と、重ねて見えてしまう。人を信じて。騙されて。追い詰められて。そんな姿を。

 和麻の声からは、いつものような刺々しさはなく、諭すような優しいものへと変わっていた。

 他者との接触を嫌っていた和麻の声が、優しいものへと変わった事に、目を見開いて柚葉は驚きを露にする。

「帰るぞ」

 そんな事はお構いなしとばかりに、和麻は次の行動を言葉にした。この様なところに、いつまでもいる気は更々ない。

「でも……」

 柚葉は自分の服を見ながら、帰ることに躊躇いを示す。最初の頃の服の面影はあるが、見た目としては酷いものだった。

「そう言えば、こいつらの処遇を考えていなかったな」

 和麻は、柚葉のその姿を見て、思い付いたように呟く。男たちの脱ぎ散らかした服から財布を取り出し、中身を取って一人の男の上着のポケットに入れる。その上着を柚葉に羽織らせて、そのまま手を掴み部屋を出て、外に向けて歩いていった。

 これから行われる、刑の執行を見られないようにするために……。

 

 柚葉にとって、ぼろぼろの服の上に、上着を羽織っただけというのは、十分に恥ずかしいものだった。それに加えて、意中の相手、更に言えば助けてくれた相手に、手を握られているという行為に、顔は真っ赤に染まってしまう。

 ホテル街から出たところで、和麻は急に立ち止まった。手を引かれるまま、前を見ずに歩いていた柚葉は、そのまま止まることもできずに、和麻にぶつかってしまう。

 どうしたのかと、和麻の顔色を窺おうとしたところで、和麻の方から声が掛けられた。

「お前、今携帯持ってるか?」

 突然の質問に、携帯の存在を思い出し、ポケットの中に手を入れて探すが、入っているのは財布だけ。ポーチの中にも入っていない。

 落とした場所の心当たりなどひとつしかなく、先ほどまで真っ赤だった顔色が徐々に変わっていく。

「無いみたいだな……」

「…………」

 その後しばらく和麻は独り言を呟いていたが、柚葉へと振り向いた時には、その手に携帯が四種類、指で挟むようにして持たれていた。まるで魔法のように。

「どれだ?」

「これです……」

 躊躇いながら、その中のひとつを指差す。和麻は指差された携帯を柚葉に手渡し、柚葉が携帯の着信履歴などで意識が逸れている隙に、他の携帯を宙へと投げて、一瞬にして粉々にしていまう。

 柚葉の着信履歴は、沙希からのもので埋め尽くされていた。それを見た柚葉は、一緒に来ていた相手を思い出し、慌てて電話をかける。

「もしもし………………うん。ごめんね、心配かけて…………えっと今は……」

 電話の相手に、自分の居場所を言おうとして、周囲の目立つ建物が全てホテルであることに気付き、説明の言葉につまる。

「どちらにしても、家に帰らないといけないだろうが」

 電話の相手と和麻の言葉に、混乱しながらも、一生懸命答えようとして、そのまま答えてしまう。

「今は、周りにホテルが……」

「帰るぞ」

「あっ、待って神凪君。えっと、取り敢えず大丈夫だから心配しないで、今から家に帰るね。詳しいことはそこで話すから」

 和麻から離れないようにと、電話を早々にきる。このような場所に置いていかれては、動くに動けない。

 結局、和麻が近くを通ったタクシーを拾ってそれに乗り込み、柚葉は家へと送り届けられた。

 そのタクシーの運転手からバックミラー越しに、奇異の目で見つめられながら。

 


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