風の聖痕 新たなる人生   作:ネコ

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第7話

 その日の空は雲ひとつなく晴れ渡り、空気は澄みきっていた。そのような日の正午。

太陽が真上に差し掛かろうという時。和麻は父親である厳馬と共に、継承の儀が行われる場所へと向かっていた。

 そこは、神凪家の敷地内の一画にある。特に周りを遮る障害物はない。ただ、継承の儀が行われるであろう場所の四方に、大きな松明がひとつずつ設置されている。

そこを区切りとして、線が引かれていた。線の長さはほんの二十メートル。その枠の中に引かれた短い線は、二人が闘うに際して、それぞれが立つ位置であることが窺える。格闘技でも一瞬で詰めることのできるような距離……約十メートルだ。術者としての対決でも、もちろんのことながら、必殺足り得る距離である。

 区画の四方には、分家の代表者たち四人が、胡坐をかいて座して待っていた。その顔は、和麻がその場に来ると、含み笑いへと変わり、笑いを堪えようと、下を向く者までいる。

「ここで待て」

 厳馬は、和麻にその場で待つように言うと、ひとり、奥へと向かっていく。そこには、前宗主である頼道が既に待っていた。その顔には、分家とは違い嫌そうな顔がハッキリと見てとれる。ただの茶番とは分かってはいるが、自分の息子から、万が一にも、和麻へと炎雷覇が渡った時の事を考えているのだろう。ハッキリと厳馬へ睨みを飛ばすが、厳馬の反応が全くないことに軽く舌打ちし、また顔を正面に戻し今度は和麻を睨みつける。和麻は厳馬と同じように、その視線をものともせずに受け流していた。

 少し待つと、宗主である重悟と、その娘である綾乃がゆっくりとした足取りで歩いてきた。重悟は少し不安そうに。綾乃は自信満々といった様子で、和麻の方へと近付いてくる。

 綾乃は、和麻の隣で立ち止まると、落ち着きなく……そして遠慮なく、ジロジロと和麻を横目に見始める。それはまるで、品定めをしているかのように、和麻には感じられた。

(油断してくれるといいが)

 和麻は真っ直ぐ……隣を振り向きもせずに、じっと、これから儀式が行われるであろう場所を見つめていた。

 宗主は綾乃を待たせると、歩く速度は変えずに儀式の場の中へと入っていく。少し引きずるように歩くその姿は、足を怪我した際の後遺症が、未だに残ったままであることが察せられた。

「二人ともこちらへ」

 重悟に呼ばれて、和麻と綾乃の二人は、ゆっくりと重悟の元へ歩き出す。二人とも、その顔に不安の色はない。

 二人は、重悟の前にたどり着いたところで足を止め、重吾へと視線を移す。重悟は二人を見て頷いた。

「これより、この場にて継承の儀を行う。

 双方共に炎雷覇を継ぐに相応しき力を見せよ。ただし、この儀式の場から出ることは許さぬ。

 場とは移動後に周囲を囲むようにしてできる炎による壁のことだ。出た時点で、決闘から逃げたものとし敗けとする。

 ……私がこの場から離れた後に、二人はそれぞれの位置へと移動せよ」

 重悟は、力の宿った言葉を厳かに言い放った。それに応えるように、周囲の炎の精霊が騒ぎ集まってくる。その莫大な炎の精霊は、重悟の周りを巡ってから、儀式の場の隅々へと漂い始めた。

 重悟は、宗主として用意された席へと歩いていく。その際、通る場所にいた火の精霊を、一部引き連れて移動していった。炎の精霊は、重悟の意思に惹かれるようにして、その後ろをついていく。炎術師の誰もが、この儀式の場において、炎の精霊を一番に操れる者が誰であるのかを、強制的に理解させられた瞬間だった。

 重悟が儀式の場から出ると同時に、和麻と綾乃の二人は、それぞれに背を向けて、自らの立つ位置へと移動する。ゆっくりと……一切振り返らずに……それは示し合わせたかのように行われた。そして、たどり着くと、そこで初めてお互いに振り返る。その時には既に綾乃は炎をその身に纏っていた。そして、それに合わせるようにして、分家の者たちによる炎の壁が出来上がる。その壁は向こうが透けて見えるほど薄く、また、高かった。人の身でその壁を超えることは無理だろう。

(最初から炎を纏っているか……油断は無さそうだな)

 和麻は圧倒的不利な中においても、その顔に微塵も焦りを見せず、ただ事実を受け止める。速攻による決着は難しい。しかし、相手の年齢は十に満たない。その精神は、実戦を見ていた和麻からすれば、未熟もいいところだった。

 

 言葉による合図もなく、継承の儀は始まる。しかし、代わりの合図はあった。それは、炎の精霊による松明の爆発によるものだ。壁ができた後に、四隅の松明が弾け飛んだのだ。その火の粉は、炎の精霊により、儀式の場の地面へと撒き散らされ、二人を包む周辺の空気も熱くなり始める。

 最初に動いたのは綾乃。その炎は金。それは、綾乃の周囲に渦巻いていた炎から和麻へと放たれた。目標など特につけていない。ただ、目の前の人物を燃やす。それだけを意識した、攻撃と言えるかもあやふやなものだった。

 和麻はその炎に当たったと見せかけて、ギリギリまで引き付けてから避ける。そして、油断しているであろう綾乃に、一足飛びで向かっていった。

 二人の距離は、ほんの十メートルもない。厳馬と共に鍛えてきた和麻にとっては、一瞬に過ぎない距離だったが、さすがは宗家の娘か。和麻に金の炎を放った直後には、再び炎の精霊を呼び寄せて、己の周囲に纏っていたのである。

 その姿から、綾乃は和麻に対して、特に油断も慢心もしていない事がよく分かる。ただ、一撃で終わらなかったことに、多少の驚きを表情に出してはいたが。

(誰かの入れ知恵か?)

 綾乃からの攻撃を、避けた直後にできるであろう隙を狙っての速攻を諦めて、一旦距離をとり、宗家と分家の者たちを風で視る。その者たちは、一部を除き、侮蔑の視線を和麻に向けていた。端から見れば、和麻が綾乃から逃げたように見えるのだ。それは敵前逃亡に等しく、神凪家としては恥ずべき行為。

 和麻にしてみれば、最終的に勝てばいい。それだけを考えて引いたに過ぎない。必勝意外にあり得ない。負けることなど許されないのだから。

 

 重悟は、心配そうな顔を綾乃へと向けていた。二人の体格差は、年齢が六歳も違うのだ。それだけでも十分な驚異になる。

 この日のために、訓練は受けさせてきた。普通の訓練であれば、空いた時間を使って見ることが出来るが、実戦は違う。宗主自らが動くわけにもいかず、かといって才能がない自らの父親である頼道や、綾乃の対戦相手……和麻の父親である厳馬に頼るわけにもいかない。そうなると、外へまともに出られぬ身としては、分家から選ぶことになる。

 重悟は、周りから何も言われないが極度な親馬鹿だ。宗主としての威厳は、最低限度弁えてはいたが、通常それ以外の場では、表情は変わらずとも、綾乃を第一優先として動いている。初めての子供なのだ。可愛くない訳がなかった。そして、それは宗主としての肩書きすら利用するまでに至っている。

 当然の結果として、綾乃の護衛に任されたのは、分家の中でも有識者であり、高い実力を持っている大神雅人になった。不服を申し出る者も少しはいたが、それは長老たちのみ。他の者は、不満はあっても、それを決して口に出したりはできない。そういった歴然とした格付けが神凪にはあった。

 そうやって綾乃を、少しでも宗家を継ぐに相応しい、力ある者へと鍛えていった。

 今回は、厳馬の息子との勝負。綾乃に出来うる限りの力は注いだつもりだった。これで、和麻に負けるのであれば……どちらが炎雷覇を継ごうとも問題はない。重吾が心配するのは、二人ともに大怪我をしないかどうか。その一点のみに集約される。

 重吾は願う。大過なく継承の儀を競うこの闘いが終わることを。

 

 厳馬は、いつもの厳格な表情を変えることなく、和麻と綾乃を見つめている。しかし、厳馬も、重悟と同じく内心では心配していた。心配というよりも、不安と言った方がいいだろう。

 これまで延々と、炎術師に目覚めさせるために訓練してきた。しかし、その訓練の中で、一度たりとも炎の精霊を操ったことなどない。それどころか、炎の精霊の声が聞こえたこともないようだった。

 時には妖魔との闘いで、死の縁にまで追いやったこともあった。また、ある時には、何も燃やさぬ金の炎で、和麻の身体を包み込んだりもした。

 それらの訓練が、実を結ぶことを願いながら毎日行ってきたのだ。継承の儀。その当日になった今となっても、その想いに諦めはない。……ないが、不安であるのも否めなかった。

 力のない者は厳馬にとって許せる存在ではなかった。炎雷覇を継ぐとなれば尚更だ。今の宗主、重悟が継ぐまでその父親である頼道が炎雷覇を所持していた。所持していただけで、満足に扱えもしない。ただ、神凪家の均衡を保つためだけに引き継いだのだ。これほど勿体ないことはなかった。炎雷覇は炎術の才があってこそ意味あるもの。才なき者には無用の長物。だからこそ、厳馬は和麻を鍛え、炎術に目覚めさせようと躍起になっていたのだった。

 厳馬は願う。和麻が炎の才に目覚めることを。

 

 綾乃は自らの炎を避け続ける和麻に呆れていた。

 幼い頃から父親の指示の元、厳しい訓練を行ってきた。もちろん嫌々ではなく、自主的にだ。そして、実戦も数多く経験してきた。その綾乃から見てみれば、逃げ惑うように見える和麻に、そう感じるのも仕方ないのかもしれない。

 しかし、大神雅人より、誰が相手であろうとも油断をしてはいけないと、常に口を酸っぱくして言われ続けてきた。例え相手に、炎を操る才がなくとも油断はしない。油断はしないが、結果の分かりきったこの勝負。炎雷覇を継承する者が誰なのか……それが既に分かっている。今、行っているのは作業に過ぎない。

 綾乃は願う。早く継承の儀が終わることを。

 

 三人それぞれの考えとは別に、継承の儀を巡る争いは、一種の膠着状態になっていた。炎が巻き起こり、それらが全て和麻を襲う。和麻は、それを全て見切り、避けれるものは避け、無理なものは風で流れを変えていく。

 それの繰り返し。

 傍目には、和麻が押されているように見えるが、内面は違う。和麻の表情に変わりはない。しかし、綾乃は違った。同じことが、ずっと繰り返されることに、我慢の限界が来ていたのだ。

 そして、均衡は崩れる。

「ああ! もう! 何で当たらないのよ!!」

 それまで、最初の場所から動かずにいた綾乃が、大声をあげながら、和麻へと真っ直ぐに突き進んでいった。その行動に迷いはない。なぜ当たらないのかと、イライラしながら和麻へと突進する。

 そして、和麻の左右に炎で新しく壁を作り、避けられないようにしてから、炎を纏ったまま、綾乃は和麻へと殴りかかった。ただ真っ直ぐに……。その炎は、綾乃の気持ちを表すかのように、激しく燃え盛っている。

 それは、和麻のボディへと、捩り込むようにして入っていき───和麻をすり抜けた。突進の勢いがついていたため、綾乃はたたらを踏むようにして、和麻がいた場所を通り過ぎ、慌てて立ち止まろうとするが、その行動は遅すぎた。

 

 綾乃の背後から、風のひと押し。

 

 この風により、綾乃は継承の儀の場所から押し出されてしまう。

 元々、自分の力を相手へと全て叩き込める心算だったのだ。それが叩き込むどころか、掠りもせず通り抜けた。避ける隙間など作ったはずも無い。それほどまでに、炎の壁は厚く、長く、高く展開していた。

 しかし結果はどうか……。綾乃の居る場所は、継承の儀を行う場所の外。驚きのあまり、綾乃は振り返って、継承の儀を行う場の中央に、悠然と立つ人物を見つめてしまう。

 周囲も、何が起こったのか正確に把握できずに、呆然した表情で、何も言えずに和麻を見つめていた。それに伴い、和麻を───継承の儀の場を囲っていた炎の壁が消えていく。

(これで勝ちだな)

 和麻は額の汗を拭い、綾乃を見た後に重悟と厳馬へ顔を向ける。勝負が終わったことを確認するために。

 そこに、和麻の望んでいた顔と声はなかった。和麻の視線の先にあるのは、重悟と厳馬の苦渋に満ちた顔。重悟に関しては分かる。綾乃が敗れたからだ。これまで、訓練を課してきたのに負けたのだから。

 しかし、厳馬はなぜか……勝ち方に問題があったのか……と、疑問に思ったが、そうでないことが、重悟からの言葉で分かる。

「和麻……確認したいことがある」

「なんでしょう?」

「お主は風術が使えるのか?」

「ええ。

 ……それが何か?」

 和麻の答えに、重悟の顔が更に歪むのを見て、一瞬不思議に思いながらも、和麻は問い返した。

「風術師に炎雷覇を継がせることはできぬ。

 ───この勝負は……綾乃の不戦勝とする」

「勝負には勝ったはずですが、それすらも認めないと?」

「これは勝負以前の問題なのだ……。

 炎術師ではなき者が、継承の儀を行うこと自体があり得ぬこと。

 ……すまぬ……」

 苦々しげな表情で、重悟は和麻へと頭を下げた。周囲は、重悟の言葉で現実に戻り、口々に罵り出す。

「言葉を慎め!!」

「風術師だったなどと!

 ……恥じ知らずが!!」

「宗家でありながら、下術に手を出すなどあってはならぬことだぞ!」

「風術師の分際で、継承の儀に参加した罪は重い!!」

 今までの鬱憤を晴らすかのようにざわめき立てる。そこに厳馬の息子だからという遠慮など最早なかった。

 それらの言葉を聞くにつれて、和麻の目は冷めていく。

「その風術師……下術に負けたのは誰かお忘れですか?

 負けた相手はどう言われるのでしょう?

 そう言えば、風術すらなかった相手に負けた人もいましたが……その人はどうなるんでしょうか」

 和麻の嫌味に、それまで捲し立てていた者たちは言葉を飲み込む。しかし、止まったのは一瞬のこと。再び和麻に対して批判し始めた。

「それは……お前が卑怯な手を使ったからではないか!!」

「そ……そうだ! そうだ!」

 分家に交ざり元宗主である頼道も、一緒になって囃し立てる。厳馬は目を閉じて、何も言わず黙していた。綾乃はどうしていいのか分からず、父親である重悟を不安そうに見つめる。そして重悟は―――拳を握り締めて息を吸い込み、分家たちの言葉を遮った。

「静まれ!!」

 気合いの入った一喝により、一気にその場に静寂が訪れる。重悟の周囲には炎の精霊が、重悟の想いに応えるようにして大量に集まってきた。

 雰囲気からも、重悟が怒っているのが分かる。そして、その場の視線は、全て重悟へと注がれていく。

「予定通り、綾乃への継承の儀を執り行う」

 その言葉を合図にして、それまで動かずにいた厳馬が動いた。その表情には、特に変化はない……ないが、行動は違った。

「継承の儀に関係無き者が、そこへ立ち入るな」

 厳馬の言葉に従って、蒼炎が和麻を追いたてる。さすがに、蒼炎に対して何かができると、和麻は思ってはおらず、素直に継承の儀の場を出ていく。

 厳馬は何も言わずに、和麻へ視線を送るとその場を後にした。その視線には言外に、ついてくるように……と、語っているのが和麻には分かり、その後に続く。そうして和麻も、何も言わずに、その場を去っていった。

「……綾乃……ここへ」

 後ろで元気のない重悟の声の少し後。再び継承の儀が行われる場所に、炎の壁ができたのが分かった。

 継承の儀は、形は違えど、その場にいた厳馬以外の願いが、叶う形となって終わりを迎える。

 

 

 

 和麻は厳馬の後をついていき、厳馬の部屋へと入っていく。厳馬は何も言わずに、座布団の上に胡座をかくと、腕を組み、目を閉じて黙りこんだ。

 厳馬が、何を伝えたいのか分からず、和麻は部屋に入ったままの状態で立ち尽くす。そして、その沈黙の時間は、和麻に考えることを強要してくる。

 なぜ、風術師がいけないのか。

 なぜ、勝ったのに不戦敗にさせられたのか。

 なぜ、厳馬は何も言わないのか。

 なぜを言い出せば限りがない。

 厳馬が、急に和麻を鍛え始めたことに対して、自分で情報を集めた上で、何も言わずに従った。継承の儀の作法など、何も教えられなかったため、綾乃に合わせて、あの場では動いた。そして、途中から幻影を見せることで、綾乃の後ろに回り込み、綾乃の隙……若しくは炎が途切れるのを待ち、我慢できずに飛び出したことで、できた隙をついて勝った。そう。勝負には勝ったのだ。

 そうして、勝った結果が先程の内容になる。しかし、出てきた言葉は、称賛などとはほど遠いものばかり。それどころか、逆に貶すもの。そして、風術師には炎雷覇を継ぐ事ができないという言葉。和麻が納得できないものばかりだ。

 しばらく立ったままで考え事を続けていると、厳馬が口を開いた。

「いつからだ?」

 その言葉は、静かに、ゆっくりと和麻を問い質す。特に感情は込められていない。感情が感じられないと言った方がいいだろう。

「いつから風術師に目覚めていた?」

 和麻が沈黙していたため、再び言葉を改めて問い質してきた。

「……約半年ほど前からです」

 厳馬の問いに、和麻は考え事をやめて、視線を厳馬へと向けて答える。

 和麻の答えた内容で、厳馬は初めて失望を露にした。それもそうだろう。今まで、炎術師として鍛えてきたのだ。特にこの半年は念入りに……それまでやってきた以上に……徹底的に……。それが無駄だったと分かった。理解させられた。今まで一体、なんのためにやってきたのかと……。

 そして、最後に風を使って、綾乃を押し出すまで気付かなかった自分自身を、厳馬は恥じた。

「……そうか……」

「それが何か?」

 答えは返ってこないだろうと思いながらも、和麻は訊ねた。事前に集めた情報では、負けた場合出ていくことになっている。これは、負けたことになるのか、和麻には微妙なところだ。

「これ以降、炎術師としての訓練は行わなくともよい」

「───?

 分かりました」

 予想通りと言うべきか、厳馬は和麻の問いに答えていない。何時も通り自分の意思を伝えるのみ。

 和麻は、厳馬の言っている意味が分かってはいなかったが、厳馬の言葉を受け入れた。和麻としては、炎術師としての訓練を行ってきたことなどない。そのため、厳馬の言葉を理解できなかったのだった。

「炎術師ではなき者が、ここにいるはずもない」

「それは、どういう事でしょうか?」

 想定していた内容が、次第に現実味を帯びてくる。

「今より、私の息子は煉のみ。以後私に話しかけるな。

 ……それと、後一年後にはこの屋敷から去れ」

「……なるほど」

 ここに至って、和麻は理解した。継承の儀の勝負は、負けたことになったのだと。一年後に去れと言うのは、厳馬にとっては温情だろう。和麻が中等部というのもあるかもしれないが……。

 これで和麻は、学園から帰ってからの訓練をせずともよくなった。これからは、一年後に備えて、ひとりで生きていくための手段を考えなければならない。

 中身は既に一度社会人を経験している。それに加えて、風術師としての力もある。手段さえ選ばなければ、金を稼ぐ方法はいくらでもあった。しかし、何がいいか……。出来ることが多すぎるのも問題になってくる。

 和麻は、納得の言葉を口から出して、静かに厳馬の部屋を後にした。

 


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