一方でターニャが離れた対ルーシー戦線こと東部戦線では、数々の恐ろしい虐殺が起きていた。
敵国に対する略奪や強姦、虐殺などの蛮行を厳禁としている帝国陸軍であったが、その正規軍に属するある魔導中隊は帝国が禁じるそれを犯した。
この魔導中隊は主に帝国が厳禁とする犯罪を犯した魔導兵で編成されており、中には銃殺刑レベルの者も居たが、帝国においては魔導兵は大変貴重な物であり、成人女性を除いてターニャのように年端の行かない少年や少女をすら徴兵の対象とするほど数は少なく、故に例え犯罪人であろうが帝国軍の面汚しであろうが必要な戦力なのだ。
故にその恩恵を受けた懲罰魔導兵等は平然と敵国で犯罪行為を犯し、今日もまた帝国軍の顔に泥を塗っている。
懲罰兵で編成されたこの魔導中隊の名は第13魔導中隊。
かつては帝国において英雄が率いる誉れ高き第777魔導中隊と呼ばれていたが、隊を率いる英雄の逸脱した行為により、隊の蛮行を知って激怒した帝国軍の名将達の抗議により、不吉な数字を持つ懲罰部隊に格下げされた。少しでも面汚しと犯罪行為を消しておくべきなのか、常に最前線に投入され、幾度かの全滅を果たしているが、しつこく生き延びている。
隊を率いる英雄の名は、シヌ・フォン・リーオ陸軍少佐。否、今はフォンの称号は取り上げられ、降格処分も下され、シヌ・リーオ大尉となっている。
ターニャが生まれる数十年前から彗星のごとく現れた彼は、過去の戦争において、その逸脱過ぎた力で帝国に数々の勝利を齎し、国民からは英雄と称えられ、彼に憧れて軍に入隊した若者も少なくない。
だが、それは過去の話。シヌは小児性愛者、つまりロリコンであるが、それは表沙汰にならなければ問題は無い。しかし、彼の辞書には我慢と言う言葉は無く、帝国の敵国の幼い少女たちが、シヌの毒牙の餌食となった。これに抗議する者も居たが、その者達は忽然と姿を消した。言うまでも無く、己の栄光に酔いしれるシヌが消したのだ。
更に彼は上官に対しても相応しい態度を取らない上、作戦も気に入らなければ破り、挙句にスコア稼ぎの為に投降した敵兵の虐殺までするほどの畜生だ。
彼の性癖は帝国の上流階級や軍の上層部にも知れ渡り、帝国が仮想敵国としている国々にも微々たる物であるものの知れ渡り、帝国の軍上層部と最高総帥会議はこの汚点を消そうと躍起になった。
そんな時に協商連合と共和国、ダキアとの戦争が始まり、そこに現れた同じく逸脱した力を持つ幼き少女ターニャ・デグレチャフと、皇帝の次男フリードリヒ・フォン・シェーンハウゼンのシヌの汚点を塗りつぶす程の活躍により、軍の上層部と最高総帥会議はこれに注目し、シヌ・リーオはライン戦戦線で戦死したと発表、幼い少女であるターニャは除いて皇帝の息子で絵になる容姿を持つフリードリヒを新たな英雄と祭り上げた。
これを面白くないシヌであったが、英雄から一変、帝国の面汚しとなった彼の言葉に誰も耳を傾けることは無かった。そればかりか彼の率いる第777魔導中隊は軍の公式記録から抹消され、そこに所属していた犯罪行為をしていない健全な者と被害者たちは他の中隊の転属となり、残された面汚したちは不吉な数字である懲罰部隊の所属となった。
過去の罪を顧みず、あまつさえ反省の色も無いシヌは、帝国に対してクーデターを画策するが、誰も彼の言葉に聞く耳を持つはずが無く、通報されて憲兵の監視下に置かれる始末。もう誰もがシヌは死んだものと思っていたのだ。
だが、シヌの悪運が強く、彼が率いる犯罪者で編成された第13魔導中隊は数々の激戦地に投入されるが、何度全滅しても彼一人が生き延びて来た。
その度に犯罪者や脱走兵、それも魔法も使えないただの懲罰兵や死刑囚を補充兵にして何度も再編して戦死率の高い戦線に投入されるも、しつこくシヌは生き残っている。
余りにもしぶと過ぎるシヌに対し、軍上層部は対ルーシー戦線が開かれると、直ぐに激戦地へ投入したが、彼が持つ圧倒的な力でまたも生き延びる。更には脱走した魔導兵で現地徴集までして、中隊を定数まで回復させた。
これには理由があった。ルーシーとの戦線を開いた帝国は戦力の補充と拡大を図るべく、全世界にルーシー連邦との戦争は悪の共産主義を討つための正義の戦争であると発表し、義勇軍である反共十字軍に参加するように呼び掛けた。直ぐに世界中の赤色テロの被害者や遺族、反共主義者、または宗教信者達が帝国に集結し、兵力は緒戦よりも膨れ上がった。この圧倒的な兵力を持って反攻に出る。その中にはルーシーからの亡命者も含まれる。
当然ながら外国より来た反共主義の義勇兵たちに帝国軍が厳禁とする略奪や強姦等を守る者は少なく、反共と復讐の名の元に捕虜の虐殺を含め、現地住民に対する復讐を行う。宗教信者たちは十字軍の遠征の如く、ルーシーの大地を焼いた。
帝国軍はシヌだけでなく、外国人の義勇兵にも悩まされていたのだ。
「共産主義者は汚物だ! そして汚物は消毒だァ~! 焼き払えーィ!」
村の付近で、自軍に敗北して投降したルーシー連邦赤軍将兵の捕虜達に対し、上空に居るシヌ・リーオ大尉は、地上の反共十字軍の宗教信者らで構成された部隊に虐殺を意気揚々と命じる。女兵士たちは強姦された後、そのまま殺されて全裸のまま放置される。
「や、止めろ! 俺たちは共産主義者じゃない! 党に無理やり戦わされていただけだ!」
「黙れぃ! 貴様たちは共産主義者の軍隊だ! よって共産主義者だ! よって我らが神の判決を下す! 火炙りの刑だ!!」
必死に自分等は党員でない事を告げる捕虜の赤軍将兵らであるが、全身白衣の宗教信者兵らは、聞く耳持たずに背負っている火炎放射器の発射ボタンを押す。
火炎放射器から放たれる炎は、捕虜達に飛んで行き、その炎を浴びた捕虜達は獣のような叫び声を上げながら悶え苦しみ始める。それを上空から見ていたシヌは、大いに喜んで景気よくやるように告げる。
「ハハハハッ! 良いぞォ! 景気よくやれ! 共産主義は絶滅させてねぇとな。人類にとっては害虫だからな!」
シヌのこの発言からして過激な反共主義者に見えるが、実際は単なる憂さ晴らしである。そんな彼に対し、監視役を務める将校は止めるように告げる。
「リーオ大尉、これは軍規違反だ! 直ちに止めさせるんだ!」
「うるせぇ! てめぇ、アカを庇うのかぁ? だったらテメェもアカと一緒に消毒してやろうかぁ? あぁ!?」
自分に異議を唱える帝国軍将校に対し、シヌは恐ろしい剣幕で脅し付ける。将校が周りを見れば、シヌだけでなく反共十字軍の宗教信者兵等も、邪魔をする自分を殺す気でいる。命の危機を感じた将校は、彼らの脅しに屈してしまい、蛮行を許してしまう。
やがて捕虜達全員が焼け死ぬと、今度は制圧済みな村に視線を向け、シヌは村人たちを殺すように告げる。民間人を殺すなど、明らかに戦時条約違反であるが、そんなことはシヌには関係ない。
「よーし、次はあの村だ! あそこにもアカが居るからな! 早く消毒しねぇと広がっちまう。共産主義は伝染病だからな!」
「それは絶対に駄目だ!」
流石に脅されている将校も、これは断固しても阻止しようとしたが、シヌの中隊の魔導士に後頭部をライフルのストックで殴られる。
「良くやったぞ軍曹。では、味見と行こうか!」
煩い将校を黙らせた部下を褒めた後、シヌは制圧済みの村に襲い掛かった。
村は付近の赤軍部隊に守られていたが、当の赤軍部隊は命令と言うか独断で動いているシヌの攻撃を受けて戦意を失い、彼の部隊に投降した。無論、あっさりと投降した彼らをシヌは呆気ないと言う理由だけで、随伴する宗教信者隊と共に虐殺する。
赤軍部隊が投降したことで、村は何の抵抗もせずに帝国軍に平伏したが、あの攻撃してきたのがシヌ・リーオであるため、地図上から消える運命であった。
村に入ったシヌ達は、直ぐに蛮行を始めようとしたが、若い男女が居ないことに驚き、村の長老や村長を殴って理由を聞き出す。
「おいコラ! 婆と妊婦、餓鬼しか居ねぇじゃねぇか!? 何所へやった!?」
「うぅ、若い者はみんな党に徴兵されたのじゃ! さっきお前さん達が焼き殺した中に、この村の出身の若者たちが…」
「そうかよ! ボス、どうします?」
囚人魔導兵が理由を聞いてシヌに問う中、彼らのボスであるシヌは村人の虐殺を命じる。
「よし、幼女は全て俺に差し出せ。手を出した者は殺す。他は全て消毒だ。妊婦は汚物を宿している。優先的に始末せよ。煩い餓鬼もだ」
この命令に、顔面痣だらけの村長は、自分の村には共産党員は誰一人居ないと必死に訴える。
「なっ! なんでぇ!? 私の村には誰一人党員など居りません! そりゃあ、都会に出稼ぎに行ったまま帰ってこない者は…」
「なら居ることになるな。やれ」
「ま、待ってくれ! 金はある! それで勘弁、がっ!?」
「聞いたか? 金があるんだそうだ。全て貰ってやろうじゃないか」
出稼ぎと聞いてか、シヌは即座にこの村を共産主義者の巣と断定し、命乞いをする村長を拳銃で射殺してから、隠し財産を探すように命じた。
数名の部下が隠し財産を探すために村長の家を荒らしに行く中、残りの部下と宗教信者兵等は村人たちを殺しに行く。
「納屋に押し込め! 纏めて焼き殺すんだ!!」
纏めて一気に殺す為に士官が命じれば、宗教信者兵等は村人たちを納屋に押し込もうと銃口を向けて脅し始める。
幼い少女だけが引き抜かれ、シヌの方へと連れていかれる中、彼が居る村長の屋敷の前の所で、全く上空を警戒せず、飛行しているだけの懲罰魔導兵が背中を撃ち抜かれた。
「っ!?」
「敵襲だ!!」
「な、なにぃ!?」
一人の味方が倒されたことで、懲罰魔導中隊と宗教信者兵等は一斉に空を見る。
そこに居たのは、合衆国義勇兵の制服を着た魔導兵、ライフルの銃口を構えるメアリー・スーであった。
『何をしている合衆国義勇兵!? 直ちに止めろ!!』
蛮行を働く懲罰魔導中隊と、宗教信者兵等に対し怒りを感じて攻撃したメアリー・スーに、彼女が左耳に付けている無線機から、ルーシー連邦赤軍の政治将校が止めるように伝える。
通常の魔導兵とは比べ物にならない程の魔力を持つメアリーだが、直情傾向で短気、博愛精神を持っており、目に見えて助けられるこの蛮行を見過ごせるはずが無く、政治将校と随伴の魔導少女兵の静止を聞かずに敵部隊に単独で突っ込んだ。
「待ってよ、メアリー! 政治将校さんが…」
「直ぐに助けられるのに、見捨てるなんて出来ない!」
同僚の静止の声も聞かず、メアリーは敵魔導部隊と交戦を始めた。
「馬鹿が! 一人で来るなんてよ! ひっ捕まえて
単独で突っ込んで来たメアリーに対し、直ぐに応戦に転じた懲罰魔導兵等は迎撃を開始する。
隊形を取った対物用砲術式による一斉射だ。これで大抵の敵は倒せるが、メアリーが張った魔法障壁の前では無効であった。
「っ! 砲術式の一斉射だぞ!?」
「囲んでぶっ殺せ!」
どうやらこの懲罰魔導中隊は、二〇三魔導大隊が交戦したメアリーの交戦記録を聞かされていないようだ。直ぐに動揺して怯み始めるが、落ち着いて包囲しての戦法に切り替える。
だが、相手はあのメアリーだ。包囲網を敷く前に、何騎かの懲罰魔導兵が尋常じゃない魔導弾で撃ち抜かれ、殺虫剤を吹き掛けられた蠅のように落ちて行く。障壁を張っても、対して意味は無い。ターニャかネームドレベルの魔導兵しか、メアリーと渡り合えないだろう。
「な、なんだってんだ、こいつは!? ぐわっ!」
たかが一人の魔導兵。それも一人の少女を前に、大の大人である自分たちが一方的にやられていくのが信じられない髭面の魔導兵は、メアリーの一撃の前に沈んだ。
迎撃に向かった魔導二個小隊を一分で全滅させたメアリーは、単機で村へと突撃を駆ける。その後を同僚の少女が追おうとするが、彼女の魔導力は桁違いであり、あっと言う間に距離を離され、置いて行かれてしまう。
「敵魔導兵接近! 迎撃に向かった奴ら、全滅だ!!」
「くそっ! クソ、クソクソクソ! なんでこんな餓鬼一人にやられるんだ!? 使えねぇな!!」
部下からの知らせで、シヌは直ぐにズボンを履いて銃を取り、全滅した部下たちの事を罵倒しながら残りの部下たちと共に迎撃に向かう。
地上の宗教信者兵等も対空射撃をしているが、メアリーの前には全く効かず、榴弾の役割を担う爆裂術式を撃ち込まれて挽き肉になるだけだ。その射撃は村人が居る事があってか、正確であり、見事に白衣の信者兵だけを吹き飛ばしている。
単独で敵部隊を圧倒するメアリーであるが、帝国の悪行を世界に知らしめようと、わざと村を見捨てたルーシー連邦赤軍にとっては面白くない。
ルーシーを支配する共産党は、あの村を守っていた部隊と村人たちを生贄にして、帝国こそが世界の敵であることを示したかったが、間が悪く哨戒飛行に出ていたメアリーがたまたまそこに居合わせてしまい、邪魔をしたのだ。
『あの小娘め…! せっかくのチャンスを不意にしおって…!! あの小娘の上官を呼び出せ!』
航空機から帝国の悪行を撮影しようとしていた政治将校は、村を襲っていた部隊を次々と倒していくメアリーに対し怒りを露わにする。
味方から嫌悪の感情を抱かれていることをいざ知らず、メアリーは敵を倒し続け、やがて最後はシヌ一人だけとなる。地上には宗教信者兵が残っている筈だが、メアリーの砲撃術式でミンチにされている。
「クソッタレが! みんな殺しやがって! 俺がまた怒られるじゃねぇか!!」
激昂したシヌはメアリーに滅多やたらに撃つが、彼女には全く効いていない。次に強力なる砲撃術式を撃ち込むが、避けられて距離を詰められる。当たっても、防壁で防がれるだけだ。
「なんでだ! なんで俺以外にこんな! あのクソ神が!!」
メアリーの圧倒的魔力を前に、シヌはその魔力を与えなかった神、ターニャが存在Xと呼称するに激怒する。存在Xはシヌに見切りを付けているようだが、当の本人はまだ気付いていない。
攻撃を躱しながらシヌに接近したメアリーは、即座に強力な魔弾を撃ち込んだ。これをシヌは魔法障壁で防ぐが、防ぎ切れずに爆風に呑まれる。
「やった…?」
倒したと思ったメアリーは周囲を確認するが、シヌの気配は無いので、眼下に居る襲われていた村人たちの方へ降り、無事であるかどうかを確認する。
爆風が未だに晴れぬ中、シヌはしぶとく生きており、それに気付いていないメアリーは村人たちが全員無事であるかどうかを問うていた。
「クソッ、クソォ…! なんでだ、なんで俺が…!? 俺は最強じゃないのかよォ…!!」
見すぼらしい姿となったシヌは、メアリーに気付かれぬうちに味方の前線へと急いで逃げる。この世界で自分に敵うはずが無いと思っているシヌだが、それは過去の話であり、今はターニャとメアリーの二名が最強である。
そんなみっとも無く逃げて行くシヌに気付かぬメアリーは、村人たちが無事であることを喜ぶ。だが、彼女は勝手な行動を行ったので、後からやって来たメアリーの上官、ウィリアム・ドレイク海軍中佐に殴られた。
「またか貴様! あれほど勝手な行動は取るなと言ったばかりに!」
「この村の人たちを見捨てておけって言うんですか? 何のための軍隊なんですか!?」
激怒するドレイクに対し、殴られたメアリーはこれから虐殺される村人たちを見捨てろと言うのかと反論するが、後からやって来た政治将校が怒鳴り散らしてくる。
「黙れ協商の小娘! 貴様のおかげで帝国の悪行を世に知らしめられなかったでは無いか!!」
「っ!? それで村人を犠牲するのですか! 貴方たちは皆が平等な…!」
「おい、止せ! 誰か、手伝え!」
政治将校の発言に、メアリーは怒りを露わにして殴り掛かろうとする。
一触触発状態になったので、ドレイクは直ぐに部下たちと共にメアリーを止めた。殴らせると、激怒した政治将校が拳銃を抜きかねないからだ。ドレイクらの活躍により、何とか場は収まった。
その一悶着あってから、村人たちは赤軍に保護されて難民キャンプへと移送された。メアリーとドレイクの義勇軍は、そのまま駐屯地へと帰投する。
東部戦線で懲罰部隊と外国人部隊の仕業とは言え、自軍による虐殺が行われていたが、遥か彼方の本国に居るターニャの耳には届かず。その彼女は豪邸のバスタブに浸かっていた。
帝国はドイツ文化の国家であるため、余り風呂には入らないと言うか、二十世紀初頭は余り風呂に入る習慣は石鹸の類の成分が強過ぎるので無い。前世が現代日本人だったターニャは、この習慣に慣れるまで苦労した。
幸い、この豪邸はバスタブとシャワーは分けられている。初期段階であった為に、ターニャはシャワーヘッドが無いか心配していたが、つける前に調べたら付いていた。
身体も石鹸で洗い、戦場に着いた垢を流し、こうして湯船に浸かっている。
「ふぅ、こうして湯船に浸かるのは久しぶりだな」
久方ぶりに湯船に浸かったターニャは、前世の日本人としての感性を思い出し、豪華な天井を見上げて呟く。
そんな懐かしな感覚に浸るターニャに、あのドロテー・ベックがこの浴場へと入って来た。突然入って来たドロテーに、ターニャは前世が男であったこともあって驚いてしまうが、今は女であることを思い出したのか、湯船に戻る。
「おっ、なんだベック大尉か。貴官も入浴に来たのか?」
「はい。あの、迷惑でしたか?」
「いや、迷惑では無い。身体を洗って入れ」
声も掛けずに入って来たドロテーはターニャに迷惑であったかと問うが、彼女は気にせずに入って良いと答え、身体を洗い始める。
一糸纏わぬドロテーの男の妄想を体現した身体つきは、前世が男であったターニャが思わず二度見してしまうほどの物であった。動く度に大きな乳房が揺れ、くびれも尻も無駄な肉が付いていない。整った顔立ちと長い金髪、綺麗な青い瞳からして完全に男を虜にする容姿だ。ドロテーに言い寄られれば、思わず応じてしまうだろう。
「…なんとも男を虜にする容姿だな」
「えぇ、良く言われます。軍に入る前は、娼婦をしておりました」
「なに、貴官が娼婦だと…? その才能なら、貴官は軍から誘いがあったはずだぞ」
「私は中佐と同じく私生児なので…十代前半から娼婦をしておりました」
ターニャがドロテーの容姿を見ながら言えば、身体を洗っている彼女は自分の過去を明かした。
やや才能を見抜いたターニャは、ドロテーが元娼婦であったことに驚き、その才能があるなら軍が直接スカウトするはずであると言うが、彼女は才能を認められるのが遅すぎたと答える。
私生児として生を受けたドロテーは、十二歳の時に娼館の支配人に引き取られ、十三歳で娼婦になり、軍に発見される二十歳まで娼婦として生きて来た。
ターニャが見抜いた軍が必要とする最低限の才能を、十歳の時に持ち合わせていたドロテーであるが、支配人はそれを必要とせず、ただ彼女の容姿の良さで引き取ったようだ。
発見した軍の者は、フリードリヒに関係する人物であり、最低限の教育を施した後、直ぐに彼女を士官学校へと入学させたが、その才能を開花させるには遅過ぎた。成績は娼婦の期間が長かった所為で余り成績は伸びなかったものの、無事に士官学校を卒業できたようだ。尚、ドロテーはターニャより一学年も下だ。
魔導兵として最低限の魔力も持ち合わせており、実戦も幾度かライン戦線で経験している。流石に二〇三大隊に入れるほどの物ではないが。フリードリヒにその才能を買われてか、今はこうして後方勤務に大尉として就いている。
自分の辛い過去と軍での経歴を語るドロテーに、ターニャはその境遇に同情しつつ、軍は勿体ない事をしたなと心の中で思う。
そんな彼女は身体を洗い終えた後、ターニャが浸かるバスタブへと入って来る。
「浮いている…」
「良く言われます」
湯船に浸かったドロテーの胸を見たターニャが言えば、彼女は普通に答える。何度も言われた経験であろうか、同性らに羨ましがられているとターニャは思う。
前世が男であるターニャはドロテーに対しやや緊張していたが、その彼女は少し照れながら近付き、抱き着いて良いかと聞いてくる。
「あの…」
「なんだ?」
「抱き着いて良いですか…? その、変な気は無いので…」
「ん? あぁ…それなら、良いぞ…ただし、一分だけだからな? 分かってるな?」
「ありがとうございます」
抱き着いて良いかと問われたターニャは、ドロテーがロリコンであると分かった。変な気は起こさないとドロテーが約束すれば、ターニャは幾度か注意してから抱き着くことを了承した。これにドロテーは男を虜にするような笑みで礼を言ってから、ターニャに抱き着く。
まるで人形に抱き着く少女のようだが、抱き着かれているターニャは堪った物では無い。ドロテーの大き過ぎる胸が身体に直接当たっているのだ。前世なら少し歓迎してお良い所だが、今は幼き少女、幼女の身である。伝わる暖かな感触に、喜んで良いか、嫌がるべきか反応に困る。
「(ヴィーシャでもやらなかったぞ、こんなの。早く終わらないかな)」
どうしてよいか分からぬ状況に、ターニャはただ早く終わってくれと願うのだった。
ターニャの世界とは違う別の世界では、存在Xが彼女に対する新たな刺客とする大剣を持つ大男が無残な形で死んだ無数の屍の上に立っていた。
返り血まみれで黒いマントと甲冑を身に纏った黒髪の大男は、それに相応しく190cmの身長で、大剣を平然と振る舞わせるほどの大柄な体型と筋肉を持ち、顔立ちは整っているが、その眼差しは数々の修羅場を潜り抜けた戦士その物だ。彼が持つ大剣の刀身には血が付着しており、下に転がる無数の屍の血であると一目で分かる。
大男に殺された無数の屍の装備は中東の甲冑風味であり、シャムシールと言う刀や槍などを持った死体もあったが、中には銃らしき武器を持っている死体も見える。
たかが一人の大剣を携えた大男に、配下の部隊を全滅させられた部隊長は、地面を這いずりながらその場から逃亡しようとする。
「馬鹿な…! たかがそこらの石ころ風情に、我がネオ・ムガルの兵士達が…!」
部下たちを皆殺しにした大剣の大男から這いずって逃げようとする部隊長は下半身を切断されており、斬れた個所から内臓が飛び出ているが、今は逃げるのに必死か、痛覚を余り感じていないようだ。
そんな瀕死の部隊長に、大剣の大男は内臓を踏み、動きを止めた。
「うっ、うぅ…!?」
内臓を直接踏まれたショックか、部隊長は血反吐を吐き、大男を恐怖の表情で見た。恐怖の対象として見られている大男は、何の慈悲も無しに内臓を踏む力を強める。
「ひっ!? た、助けて…!」
余りの痛みに自分の命が欲しくなったのか、これから殺そうとして来る大男に命乞いを始める。だが、大男は容赦なく部隊長の顔面を踏み付け、そのまま踏み潰そうとする。顔面を踏まれている部隊長は、泣きじゃくりながら必死に命乞いを続けるも、大男は表情一つ緩めることなく踏む力を強める。
「ぎゃぁぁぁ! 痛い! やめてぇ! お願い! がぁぁぁ!?」
その断末魔の叫びの後、部隊長の頭は大男の大きな足に踏み潰された。大男の頭を踏み潰す力は、体重も相まって頭蓋骨をも容易に潰すほどだ。
部隊長の頭を踏み潰した大男は、大剣に付着した血を振り払い、背中に背負っているラックに大剣を固定してからその場を去り始める。
「これで奴らも俺がアリじゃねぇってことに気付いただろう」
生きている者が自分一人だけとなった大男は、自分が殺した者達が属する組織が自分の脅威に気付いたと判断する。
だが、思わぬ存在がその大男に注目した。最初に述べたあの存在Xだ。周囲の時間を止め、周りの屍を介して大男に語り掛ける。
『復讐に燃える漆黒の剣士よ。その復讐、我が手伝ってやろうではないか』
「っ!?」
存在Xが現れた瞬間に大男はその存在に気付いており、背後の屍を使って語り掛けて来たそれに対し、瞬きする間に素早く抜いた大剣で切り裂く。存在Xが介した屍がバラバラになる中、直ぐに大男は距離を取って大剣を構え、周囲に目を配って警戒態勢に入る。彼に近付くだけでも、手にしている大剣が振るわれそうだ。
警戒態勢を取る黒ずくめの大男に、存在Xは人の状態を保っている屍を使って敵ではないことを伝える。
『そう警戒するな。我はお前に危害など加えん。用があって来たのだ』
動いている屍に大剣を構える大男は、数秒間ほど存在Xが介しているその屍を睨み付けた後、大剣を背中に背負っているラックに戻し、どんな用件なのかを問う。
「復讐を手伝うとか抜かしやがったな。何をやらせるつもりだ?」
『ほぅ、話が分かっているな。左様、貴様にある事をやってもらいたい』
「わざわざ来てもらって済まねぇが、断る。他人の復讐を手伝いたいとか抜かす野郎は、何かやらせようとする奴だ。信用ならねぇな。他を当たれ」
存在Xは復讐を手伝う代わりに、ターニャを大男に殺させようとしたが、当の人物は他人の復讐を手伝いたいと言う人物は信用ならないと言って断る。
無論、神を自称する存在Xは、断られても直ぐに諦めない。大剣の大男にターニャを殺させようと、あの手この手を使う。
『我の力があれば、あのネオ・ムガルなどと言う無法者の集団など一捻りだ。何なら貴様に全てを破壊する力を授けても良い』
「いらねぇよ、もう間に合ってるんでな。それに他人を巻き込むつもりもねぇ。俺は俺の力でこの復讐を果たす。つっても、やってる俺が正しいかどうか分からねぇがな。あんたも自分でやってみたらどうだ? そうやって他人に頼んでないで。出来ないなら話は別だが」
復讐対象を一瞬にして潰せる力を授ける。
そう言って大男に条件を呑ませようとする存在Xであるが、当の本人はそれに魅かれることなく断り、自分の力だけで正しいのか分からない復讐を果たすと答える。
そればかりか自分でやってみろとまで啖呵を切った。たかがちっぽけな人間に、そこまで言われて黙っている存在Xでは無い。ターニャに選択肢など与えず、幼女としてあの地獄のような世界に転生させた存在Xだ。立ち去ろうとする大男に、直ぐに存在Xは断れない術を掛ける。
「ぐっ!? なんだ…!?」
『貴様に拒否すると言う選択肢は無い。我の用件を聞き入れるか、ここで死ぬかだ。無論、選ぶのは受け入れる…だな?』
「汚ねぇ野郎だ…神様とは思えねぇ…!」
存在Xは大男の顔の右半分に呪いの術を掛けて拒否権を奪った。その顔の右半分は浮かび上がった印は、否応が無く従わせようと燃える。例えるなら、焼き鏝を常に当てられているような感じだ。余りの痛さに、大男は膝を地面に着けてしまう。
無理やり従わせようとする存在Xに対し、大男はターニャと同じく毒づいた後、復讐対象を倒すことを考え、神を自称する存在の用件にやもえず従う。
「畜生が…! 分かった、あんたに従う! これ以上やられたら、顔面の右半分が溶けちまう!」
『それで良いのだ。我に選ばれたことを誇るが良い』
大男を呪いを使ってまで理やり従わせた存在Xは、満足してその場を離れた。
無理に用件を呑まされた大男は立ち上がり、時間が動いた瞬間に自分の足元にある紙を拾い上げ、記載されている内容を確かめる。
「ちっ、とんだ回り道をやらされたな…!」
内容を確かめた後、大男は紙を懐へ仕舞い、苛立ちながらも存在Xの用件に従った。
こうして、新たな存在Xからの刺客がターニャの元へ迫る。
この大剣の大男、自分の多重クロスSSの主人公です。読んでいる人、居るかな?
デグ様とシュンの戦闘を見たくてね。本編に幼女戦記を加えようかと思ったけど、止めてここにすることにした。
劇場版のドラゴンボールやナルトみたいな派手な戦闘にしたいと思います。