ターニャ等が鍛え上げたワルキューレ航空魔導連隊の第四大隊が、空軍の魔導大隊と演習を行う中、連隊の本隊が居る対ルーシー戦線では、シヌ・リーオが起こした虐殺劇の報告を、前線に着いたばかりのフリードリヒ・アドルフ・ラインハルト・フォン・シェーンハウゼンは部下より聞いていた。
「ほぅ、やはり起こしたか。だからあれほど言ったのだ、あいつを銃殺刑にでもしろと」
部下からの報告に、フリードリヒは煙草を吸いながらシヌを早く始末するべきだったと口にする。
「ですが、我が軍は魔導兵不足。デグレチャフ中佐のような少女までを動員し、数を合わせなければならぬ始末です。あのかつての英雄も、我が軍では貴重な…」
「英雄だと? おい、英雄はライン戦線で名誉の戦死をしたんじゃないのか? あれは我が帝国の面汚しだ。英雄と言うんじゃない」
「はっ、失礼しました。大佐殿」
このフリードリヒの発言に、部下はかつての英雄で今は帝国の面汚しのシヌでも、魔導兵なら貴重な戦力に値すると言うが、彼は既に死んだ物と捉え、これ以上は英雄と呼ぶなと部下に告げ、部下もまた同意した。
フリードリヒが前線に到着する前から、ルーシー連邦の首都であるモスコーに侵攻する作戦の準備は進められており、後は戦力の集結が済み次第、侵攻を開始する予定だ。
各地で火消しとして散らばったフリードリヒを指揮官とする航空魔導突撃旅団の全部隊が旅団本部に集結しており、出撃命令が出るまで待機している。
この旅団はフランソワ共和国との決戦時にフリードリヒによって創設され、一個魔導連隊と二個の魔導大隊、本部中隊で編成されれば、直ぐに前線に投入された。新兵が多かったために少々の損害が出たが、多大な戦果を挙げ、続くルーシーの侵攻戦には機動防御に徹し、更なる戦果を挙げた。
当旅団の旅団長で創設者であるフリードリヒが、旅団本部に顔を出せば、待機している旅団に属する各部隊長が整列して敬礼する。
「皇太子殿下、作戦決行はいつなのでありますか? 我が大隊の皆は、出撃命令がまだかと騒いでおります」
「おい、ここは軍隊だ。皇太子の名は止せと言っているだろう」
「おっ、これは失礼を大佐殿」
早く出撃したいと願う好戦的な大隊長に、フリードリヒはなだめる。
彼の部下たちはやや好戦的な者が多く、扱いに困っていると思われがちだが、フリードリヒは皇室出身の高家な人間にも拘らず、根っからの現場主義者の前線指揮官だ。常に部下たちと共に最前線に立ち、指揮を執っている。
周囲からは皇室出もあって余り前線に出ないように言われているが、本人は聞く耳持たずに日ごろから前線に出ている。おかげで部下たちからの信頼も厚いが、帝国軍全体で見れば、危うい事この上ない。
「兄様、今回も前線に出られるので?」
「あぁ、そうだとも我が妹よ。今回はこの戦争を終わらせるチャンスなのだ。ここぞとばかりに、本部から指示は出せんよ」
そんなフリードリヒに声を掛けたのは、彼のコネでワルキューレ航空魔導連隊の連隊長にまでなった妹、アレクサンドリアだ。
現場主義者であるフリードリヒがコネまで使って昇進させた理由は、単に妹が可愛いだけである。だが、アレクサンドリアは無能では無く、相当な魔力を持っている。指揮能力が低いのが問題であるが。
無論、アレクサンドリアを私情を交えた皇室の特権で、たかが一回の実戦で連隊の指揮権を持つ中佐まで昇進させたことを周囲から大反対されたが、フリードリヒは全く取り合わず、有耶無耶にした。
彼女が率いるワルキューレ魔導連隊は、フリードリヒの突撃魔導旅団の傘下となっている。戦果はマチマチで、戦闘力はそれほど高くない上、兵員が占領国から半ば強引に集めた事もあってか士気もそれほど高くない。尚、各部隊の指揮官や士官は全て帝国人で編成されている。反共主義者で編成された第二大隊は高いようだ。
今回も前線に出るのかと妹に問われたフリードリヒは、意気揚々と答える。せっかく邪魔者のターニャを自分の特権で前線から外したのだ。他には任せられない。
このフリードリヒの勝手さは、現実のオットー・フォン・ビスマルクに似た流石の腹心の部下も了承できないのか、呼び戻した方が良いのではと進言する。
「旅団長殿、やはりデグレチャフ中佐のサラマンダー戦闘団無しでは厳しいのでは? あの戦闘団の戦闘力は、我が突撃旅団以上。勝率を上げるためには、今からでも呼び戻した方が…」
老練の腹心の部下に、このことを言われたことが癪に障ったのか、フリードリヒは自分を信頼してないのかと問う。
「何を今さら。そんなに俺が心配なのか? 良いか、ここまで来て今さらあの悪魔に戻ってくださいと頭を下げられるか。俺は死んででもやり遂げるぞ!」
「そうですわ! 貴方、何年も兄様に着いているのに信頼してないの? 家臣失格ですわ」
「
「連中が居なくなったことで、獲物が増える。これは喜ばしいことだ。そうですな、旅団長殿?」
「あぁ、無論だ。料理の取り放題と言って良い」
机を叩いて進言を却下するフリードリヒに続き、妹のアレクサンドリアや、他の貴族出身の旅団幹部らも、旅団長であり皇太子である彼の意見に同調する。副官もターニャ抜きの攻勢作戦に懐疑的であったが、主君の意向に従い、何も言わなかった。
長年、フリードリヒの副官と共に皇室に仕える老練の中佐は、参謀本部のゼートゥーアと同等の気持ちを抱いた。
フリードリヒ等もまた、勝利と言う美酒に酔い、その中毒となった帝国最高総帥会議と同じだと。
ルーシーの首都、モスコー侵攻作戦の準備が前線で進む中、ターニャが勤務する最も安全な本国では、新しい精鋭部隊が産声を上げた。
「ええい! なんだと言うのだ! ただの小娘の集まりでは無いのか!?」
ターニャによって精鋭に鍛え上げられたワルキューレ魔導連隊の第四大隊の模擬戦の相手である空軍の魔導大隊を率いるリューネブルク大佐は、次々と撃墜判定を受けて離脱していく部下を見て、困惑する。
最初に模擬戦を行った時は全く連携も取れない烏合の衆だったのに、今は二〇三大隊以上の精鋭となり、実戦経験が豊富な部下たちが次々とやられていく。
彼女らはターニャの教育によって精兵となったのだが、リューネブルクは彼女らを何も出来ない能無しと決め付けており、そのつもりで演習相手を引き受けたのだ。
結果、こうして顔を青ざめさせている。
「一番動きの遅いのに攻撃を集中させろ! 早くやるんだ!」
「どれも早いです! 狙いが付きません!」
「な、なんだとぉ!?」
動きの遅いのに攻撃を集中させようとしたが、第四大隊は一心同体のように連携が取れており、それを知らされたリューネブルクは更に焦った。
こんな小娘共に、門閥貴族である自分が負けるなど…!
門閥貴族としてのプライドを持つリューネブルクは次々と知らされる部下たちの離脱と格下の部隊にやられることへの悔しさと苛立ち、無謀にも大隊長に向けて単独突撃を行った。
「門閥貴族として、品の無い小娘共に演習で負けたなど…! 後世の恥知らしだわ! 大隊長だけでも討ち取ってくれる!」
単独突撃を行うリューネブルクに対し、第四大隊は容赦なく模擬弾を撃ち込む。流石は実戦経験があるのか、リューネブルクは躱すが、彼の指揮すべき大隊は完全に壊滅状態となり、やがて大隊長である彼一人となる。
そんなことに気付かないリューネブルクは、指揮を執りながら部隊の援護射撃を行っているギュンターに向けて突撃する。
「貴様さえ倒せば!」
当たりそうな攻撃は魔法障壁で防ぎ、大隊長であるギュンターを狙える距離まで接近したが、彼女はターニャより自分がやられた場合の指揮を代行する者が居るので、決してリューネブルクの勝利には終わらない。むしろ負けが確定なのだ。
観覧席から自分の部下たちと共にそれを見ていたターニャは、双眼鏡から目を離してもうリューネブルクは負けたと判断する。
「はぁ、負けたな」
このターニャの言葉に、部下たち全員は無言で頷いた。
リューネブルクは射撃体勢に入った所で戦死確定を受け、彼が率いる魔導大隊は敗北した。
かくして模擬戦が終わり、第四大隊の面々が勝利に喜ぶ中、ターニャは珍しく労いの言葉を彼女らに掛ける。
「良くやった、戦乙女の名を持つ第四の乙女たちよ! だが、実戦は先の門閥貴族共とは違い、甘くは無い! 敵は全力で殺しに来る! 例え貴様らが女であろうと! 殺されたくなければ殺せ! それが戦場だ! 甘さを棄てよ!!」
『ジーク・デグレチャフ!』
労いの言葉を掛けた後、実戦の厳しさを説く。幾度となく地獄のような実戦を経験したターニャの言葉は、彼女らの心に深く突き刺さり、直ぐに敬意と言うか神に祭り上げるような敬礼を行う。
そんな自分を負かした第四大隊を鍛え上げたターニャの元へ、リューネブルクは抗議する。
「貴様、薬物を投与したのではあるまいな!? 短期間であのような練度、陸軍が導入を検討している新型薬物を投与したのではないか!?」
「薬物? 何の話やら」
格下の部隊に負けたことを認めたくないリューネブルクは、ターニャが第四大隊の全隊員に薬物を投与したと言って来た。
薬物は戦争に関係しており、前世で軍事に詳しい友人より聞いていたターニャも、ナチス・ドイツの電撃戦は薬物による物であると分かっていたが、彼女らにその手の薬物は投与していない。二〇三大隊と同じ訓練を施しただけだ。
薬物を投与したと難癖付けて来るリューネブルクに対し、ターニャは事実を伝える。
「喧しいぞ、この小娘め! あの判断力は、並大抵の婦女子が出来る物では無い!」
「何を言いますやら大佐殿。私はその手の薬物を、彼女らに摂取するように命じた覚えなどありませんし、第一薬物など取り寄せていません。主計課に問い合わせて見れば、直ぐに分かる事でしょう」
「ぬぅぅ…! どんな手を使ったか知らぬが、ここは勝ちを譲ってやろう。だが、次は完全に叩き潰す! 死人が出ても、貴官らの抗議は受け付けんからな!」
そんなに薬物を疑うなら、主計課に問い合わせて見ろとターニャが言えば、リューネブルクは幼女とは思えぬ威圧感に恐れを抱く。
自分の足くらいしか無い幼女が門閥貴族である自分を恐れることなく、しかもこちらに正論を叩き付け、自分に恐怖心を抱かせたのだ。こんな幼女にも馬鹿にされたと感じたリューネブルクは、蹴り付けてやろうかと思ったが、周りの目もあってか、部下たちと共に退散した。
「ふぅ、あんな時代遅れな貴族がまだ残っていたとはな」
「中佐、そのような言葉はお控えください。例え帝国の主力たる貴方でも、何かしらの刺客が送られることでしょう」
「おいおい、今は戦争中だぞ…」
捨て台詞を吐いて退散するリューネブルクに、ターニャは古い時代の貴族が残っていることに驚く中、ドロテーからそのような言葉を使えば、門閥貴族が刺客を送って来ると忠告する。今は国家の存亡を駆けた戦争中だと言うのに、刺客を送って来るのかと更に驚愕する。ターニャは帝国が疲弊しているのは、リューネブルクのような門閥貴族が原因ではないかと思い始める。
なんせ、最高総帥会議のメンバーの殆どが門閥貴族だ。リューネブルクは戦場に出ているので、戦争を分かっている筈だが、最高総帥会議の大部分は戦争の事を知らないだろう。このまま戦争が続けば、彼らは帝国が崩壊するまで勝利を求め続ける。
「やれやれ、早く戦争は終わら無い物か…」
戦争で帝国が疲弊する中、ターニャは空を見上げて戦争が早く終わら無い物かと嘆いた。
ルーシーで虐殺を行い、咎められたシヌ・リーオは、銃殺刑にされることも無く本国に送還された。
虐殺までやって更に帝国の顔に泥を塗る彼が極刑に処されないことに抗議する声が多くなっても、シヌがターニャと二〇三大隊、フリードリヒに次ぐ高い魔力の持ち主であるため、軍上層部や参謀本部は予備戦力として生かしているようだ。
だが、内心では早くシヌを始末したいらしく、彼を凌ぐ魔力の持ち主が出て来ることを期待している。それまで、帝国が存続しているかどうかは、この男をこの世界に転生させた存在Xの気分次第である。
ここまで軽視どころか軽蔑されていることも気付かず、シヌは未だに軍上層部が自分を英雄と見ていると思っているらしく、魔力を抑える特別な腕輪を付けられたまま本国の大地に踏む。
へらへらしながら輸送機から降りて来るシヌを見た帝国将校や魔導兵等は、彼から聞こえない距離まで行って、まだ生きていることに苛立つ。
「たくっ、なんであいつ死んでねぇんだ。もう銃殺刑にしたらどうだ」
「上層部は予備扱いにしているそうだ。デグレチャフ中佐以上か、それに近い魔導師が出て来れば、奴はお払い箱。いや、ギロチンで斬首刑だ」
高い魔力を持つ魔導師が帝国軍に入隊すれば、シヌを処刑できると口にする。それほどまで帝国軍人が嘆くことに、シヌがもはや英雄では無い事実が分かって来る。
かつての戦争では高い魔力で帝国に常勝を齎した英雄と持てはやされていたシヌであるが、他者の事を考えない程の自尊心が過大な自己中心的で、良心が異常に欠如し、罪悪感がまるで無く、行動に対する責任が全く無いことが分かってからか、帝国の面汚しと見られるようになった。
全員からそう思われている本人は、自分を妬む者が咎めるために広げた嘘であると訴えているようだが、その当の本人が馬鹿の一つ覚えに周囲に見せびらかしているので、妬む者も居ないし、むしろ恨む者が多い。
帝国も英雄ではなくなった面汚しをどう世界より隠すか、常に頭を悩ませている。
そして思い付いた解決策は、本国で彼を幽閉する事であった。シヌは休暇と聞かされて本気で信じているようだが、実態は世界より存在を隠すための処置とは気付きもしない。
彼の所業は戦争の事を知らない帝国の国民からも徴兵を終えた者や、軍関係者らを通じて知れ渡っており、誰もシヌを奉仕したいとは思わないだろう。
そんな事にも気付かず、シヌは連絡用の乗用車の後部座席へふんぞり返った表情を浮かべながら乗り込んで、幽閉場所へと連行された。
次回は、ヴィーシャが鼻血を吹き出すようなターニャが女の子らしい生活をやらせようかと考えてます。