不死斬りの刃   作:YSHS

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 便利キャラが早速面目躍如する回。


那田蜘蛛山の一家:後編

「忘れるな、炭治郎。迷えば、――」

 

「迷えば、敗れる。その言葉がいつだって血路を開いてくれました。これからも……」

 

 自身の胸に手を置いて炭治郎は、真剣な顔で頷くと、いざ敵へと走り出した。

 

 そんな炭治郎の背中を悠長に見送ってばかりは、狼もいられない。

 

 隙を見せた狼に、操り人形が襲い来た。その刃をいなすと、反撃に操り糸を切る。一時的に術から解放された操り人形は、そこから地面に倒れると、苦しそうに呻いた。それは死んではいなかった、生きていた。

 

 ずるずると擦りながら、腕を伸ばし、

 

「お願い……、殺して……」

 

 痛々しい懇願を狼にして、再度操り糸が身体に絡み付く。

 

 感傷に浸る間もなく次に襲い来る操り人形の攻撃を弾いてその場から飛び退いた。

 

 追撃に来たもう一体の攻撃を防ぐと、それは苦悶の声と共に血反吐を吐いた。見受けたところ、折れた肋骨が内臓に刺さっているのだろう。

 

「お願いだ……、殺してくれ……。もう……助から……な……い……」

 

 これも同様なことを言った。しかも、もう喋るのも辛いだろうに、それを押してまでの懇願であった。

 

 この場合、殺してやるのが情けというものだろう。だが、炭治郎ならどうだろうか。きっと彼なら、彼らを生かそうと躍起になることだろう。なれば狼も、それに倣うのが義理というものだろう。

 

 と、狼は義手に仕込んだ忍具を小ぶりな斧に付け替えて、引き続き攻撃を受け流しながら、相手の様子を窺いだした。何かを狙っているらしかった。

 

 その狙いの瞬間はすぐに訪れた。

 

 相手から来た突きの攻撃を狼は見逃すことなく、その動きに合わせて刃を踏みつけ封じる。そこから間髪入れずに義手に仕込まれた斧を振り上げて、刀の腹に目掛けて体重を付けて叩き落とせば、あえなくその刀は柄本近くからへし折れた。

 

 折れて刀身の短くなった刀では、操り人形となった彼らとて十分な力を発揮は出来なかった。狙い通りと見るや狼は、残りの操り人形たちの刀を同様にへし折った。

 

 多少はましになったとは言え、彼らからの脅威は無くなっておらず、また、彼らはいずれも負傷しており、出来るだけ動きを制限させることが急務だろう。

 

 無論、それも既に手を打った。

 

 その証拠に彼らの動く手足は、何かに阻まれたように、動きが不自由になっていた。彼らの肢体に繋がる糸を辿っていけば、繋がっている操り糸とは別の糸が、操り糸に引っ掛かっているようであった。それらの糸は、そこら中にある木々の枝幹から張り巡らされていた。

 

 これはかつて、まぼろしお蝶が自らの戦術に用いていた忍具の応用だ。戦闘時に張り巡らした鉄線を足場として敵を翻弄し、同時に敵の動きを妨害するのにも使われていた。

 

 蝶々ならぬ、蜘蛛と表すのが相応しい手口。否、蝶のまぼろしを振り撒く蜘蛛か。

 

 良い塩梅に相手の力を削いだところで狼は、未だ振るわれる彼らからの攻撃をくぐり、押さえ込むと、腰にある傷薬瓢箪を彼らの口に押し当て、薬水を流し込んだ。この薬はよく効く。重すぎる傷は治しきれないものの、鎮痛と、身体を活性化させる力があるので、苦しみは取り除ける。

 

 懐の奥深くに潜らせた、葦名の秘薬『神食み』を使おうかとも考えた。

 

 この薬は、最早手の施しようのない患者さえも癒してしまえる力を持つ。葦名の一際古い土地の、小さな神々の宿る草木を練り上げて作り出す代物である。

 

 葦名には蟲憑きという症状があった。変若水という、飲んだ者を不死に近しい強靭な身体に変質させる水の影響を受け異常に生命力を増大させた蟲に取り付かれることで、死ぬような傷を負っても死なぬ身体になる、風土病だ。

 

 言うなれば、この『神食み』という物は、変若水の影響を受けなかった小さな神々――蟲たちが、万能薬として働いていると言ったところである。

 

 それだけに尊く、得難く、使うのは憚られた。

 

 さて、差し当たっての急務は片付いた。後は、炭治郎たちが首尾良く術者を倒すを待つのみ。援護に行くのも良いが、しかし操り人形の彼らを置いて行くとわけにはいかない。例えば、去っていく狼を追うことで場所が変わり、移った場所には糸は張っていないから、完全な拘束は出来ない。その状態で炭治郎たちに接触する愚行は取れない。その他、放置した彼らに他の鬼が何かをしないとも限らない。

 

 よって、ここに留まることにした。

 

「オイ」

 

 殺気を感じたのは、その矢先であった。

 

 咄嗟に狼は前方へ回避行動を取るものの、伸ばされた手に頸を掴まれて投げ飛ばされ、背後の木に打ち付けられた。そこから立て直す間もなく、目と鼻の先まで迫って来たそれに首を掴まれ押し付けられた。

 

 それはあの鬼であった。闇夜に混じる墨色の肌の顔から覗く、左の四白眼と、ギョロギョロと音を立てて動く右目の義眼に、地獄のように真っ赤な口元と、そこから伸びる牙を狼の眼前まで寄せて、

 

「見つけたぞ。手間ァ取らせやがって」

 

 生暖かく息が詰まるような文句を吐き掛けてきた。

 

 直後に鬼は、捕まえていた狼の体を振り回すと、塵芥でも扱うみたいに放り投げた。

 

 狼は投げられる間際、義手に仕込んであった鉤縄をすぐそばにあった木に引っ掛けることで飛ばされることを免れようとしたものの、投げられた勢いがあまりに強すぎたことで、縄の巻き取り部から壊れ、外れてしまった。そのままに狼は背中から木に叩き付けられた。幸い、鉤縄を引っ掛けた時に幾らか勢いが殺されたためか、致命傷は免れた。

 

 歯を食いしばり痛みを堪えて、まず狼は義手の調子を見た。今の煽りを喰って多少ガタツキがあるが、まだ動く。接合部の繋がりに緩みが出たので、固定を直した。

 

「おう、立てオラ。まだ死んじゃいねンだろ、そうなんねェくらいに加減してやったんだからなァ」

 

 鬼は、背中に負っていた金棒を肩に担ぎながら狼の前で屈んでいた。屈んでもなお狼と目線が会うことはなく、只管に見下し切った眼だけで凝視していた。

 

「テメエは二度も俺の顔に泥を塗りやがったんだ、楽にゃ死なせねェ。俺って鬼を、甘く見るんじゃねェぞ、――野良犬」

 

 鬼が言葉を言い終えるか否かの瞬間、狼は義手に仕込んでいた爆竹の火薬を鬼の顔目掛けてばら撒いた。

 

 死肉の臭いを放つその紫煙のような火薬は、ひと時の間を置いて、容赦なく炸裂した。これには、たとえ鬼とて堪らず怯む。破裂した火薬が目に入れば尚更である。

 

 義手忍具『紫煙火花』

 

 無論、この鬼とて相当な修羅場を潜ってきていたはずであり、なればただ泡を喰って悶えるばかりではなく、その場で全方位に向かって金棒を薙いだ。狼がどこから攻めてくるかは分からずとも、暴れ狂う鬼に生身で近づける者は居ない。

 

 数瞬して鬼は持ち直し、辺りを警戒するも、その時はもう狼は姿を消していた。

 

 逃げられたのではないだろう。先ほど狼が無力化した操り人形の生存者はまだ近くにおり、これらを見捨てて狼が遁走するとは、この鬼は考えていない。居るなら近くに潜んでいるはずである。

 

 ――シャン――。

 

 その時、どこからともなく、澄んだ鈴の調べが運ばれてきた。

 

 ――シャン――シャン――。

 

 ちょうどそれは、操り人形の生存者らが居た方とは逆の方向であった。鬼は笑った、裂けてしまいそうなほどに口を引き延ばして。これはまさしく、あの男ならすることだと、確信したから。

 

 その上で鬼は、待ち構える罠の存在を悟りつつ、これを承知でその先に足を踏み入れていった。

 

 シャン……シャン……シャン……。

 

 初めは特定の方向から聞こえてきたこれらの鈴の音も、足を進めていく内に、あらゆる方向から聞こえるようになってくる。一音一音が、それぞれどこから響いてきたのかも分からなくなってくる。そうなれば、そのうちこの場の空間まで曖昧になってきた。

 

「暗い森の中での、鈴の幻術か……」

 

 ボソリ、と、鬼は口の中で、この静かな暗闇の中でも聞こえない声で呟いた。

 

 鬼の頭上から狼が、瑠璃色の光を迸らせた斧を構えて飛び掛かったのは、その時であった。

 

 義手忍具『瑠璃の斧』

 

 脳天目掛けて振り下ろされようとした斧頭を、鬼は難なく金棒で防いだ。斧頭は金棒に当たると、滑るように逸らされ、地面に落とされた。斧頭が地面に喰い込めば、狼に隙が出来る。そこに金棒を振り下ろしてやろうとした。

 

 ところが、その瑠璃の斧頭が地面と衝突した時、一瞬眩い光と共に、空間を透くけたたましい音を破裂させ、それまで一帯に満ちていた幻惑の空気に幕が引かれた。

 

 その引かれた幕が晴れた頃には、金棒を振り下ろした地面には何もおらず、金棒の穂先が地面にめり込んでいたのみである。

 

 ふと鬼は視線を持ち上げ、頭上を飛ぶ発光する梟を見つけた。

 

「ボケが。付け焼刃の幻術が通じるわけねェだろ」

 

 招くように鬼の前を飛び続ける梟を、迷わず鬼は追った。

 

 ついて行って辿り着いた先には、川があり、開けた場所であった。そこに来た時、誘導に当たっていた梟は鬼の周囲を旋回しだした。

 

 来る、と察した鬼は、その場で金棒を構え、腰を据える。

 

 獲物を見定めるが如く梟は、鬼を囲み、当の鬼はそれには目もくれず、自身に来る気配に意識を注ぐ。

 

 梟が鬼の正面にて旋回を止めた。直後、近場の川から水が巻き上がり、梟の身を取り巻く。そうして巨大な鳥を形作ったそれは、鉄砲水さながらに鬼へ向かって弾き出た。

 

 低空で突撃してくるそれを鬼は飛んでよけ、次いで動きを追って身を翻した。案の定、梟はそこで浮いていた。

 

 だが、狼のほうは、振り向いた鬼の背後にて不死斬りを構えていた。

 

 今の水流を纏った梟を礫にして身を隠し、梟の動きに釣られた鬼が身を翻すのを狙っていたのである。

 

 刀身に滲む墨色交じりの赤い妖気を、一層強く噴き出させ、限界まで溜めたこれを斬撃として解き放った。

 

 秘伝『不死斬り』

 

 斜め切り上げで放たれたそれを、鬼は身を低く落としながら横に滑らして潜り抜けた。すぐさま、右手の金棒で地面を突いて更に横へ飛び、追撃の――今度は溜め無しの――いち撃を、皮一枚掠めて回避した。見た目とは裏腹に身軽な動きだ。ただ、その回避のために得物の金棒は手から離した。

 

 それを鬼に回収されないよう、狼は金棒を越えて、鬼に迫った。金棒と鬼の間に狼が居る、つまり取るためには攻撃をかいくぐらなければならないだろう。

 

 鬼はバラ手のまま腕を振り上げた。素手での攻撃か。

 

 否、と狼は、感じ取った殺気から違うと判断した。これは得物で攻撃する殺気だ。

 

 滑り込む要領で狼は身を屈めた。髪を掠めて背後から金棒が、鬼の開いた手に飛んでいった。飛んできた金棒を手に収めてから、鬼は振り上げた腕を振り下ろした。

 

 川の地面に凄まじい力で金棒を叩き付けられて衝撃が生まれ、煽りを喰った砂利がてつはうに等しい威力で飛んでくる。

 

 金棒が地面に叩き付けられる直前に狼は横に跳びながら、腕で顔を、特に目を庇った。鋭く飛来してきた砂利を全身に受けるものの、不思議なことにそれらは狼の衣服を貫通しなかった。大層強靭な生地で出来ているらしい。浅草で狼に頼みごとをしてきた『謎の御方』がくれただけはある。

 

 ちょうど川の中へ立て直した狼は、油断をすることなく刀を構え直した。が、何故か鬼は、追い撃ちの素振りすら見せることなく、地面に金棒を突いて狼を見やるのみ。

 

 しばし怪訝に思いつつ、構えを保持していた狼だが、そのすぐに、周囲の景色が明るいと知って合点が行った。

 

「……時間切れか。まあいい、次は必ずぶっ殺してやる。二度三度逃げおおせたからってェ、安心なンぞするんじゃァねェぞ。こいつは餞別だ」

 

 と言って鬼は、切断された左腕を上に掲げた。そうしたかと思えば、その断面から赫灼を纏った歪な腕を現した。

 

 狼は瞠目した。

 

 その炎の腕は急激に膨張し、圧倒の巨大な炎塊となって、呆気に取られる間もなく狼へ叩き落された。

 

 素早く反応して朱雀の紅蓮傘を展開し、問題なく狼はこれを防いだ。

 

 その激烈な一発が終わってから、狼は紅蓮傘を畳んで立ち上がった。足元の川の水の大半が、今の炎で蒸発して霧を作り、視界が遮られる。しばらくして霧が晴れると、鬼は消え去っていた。狼の佇んでいた川の水は、そのほとんどが蒸発し、川を途切れさせていた。

 

「今のは、怨嗟の炎……」

 

 間違いない、あれは単に炎を操る血鬼術ではない。かつて狼が葦名で対峙した、怨嗟の鬼がその身から溢れさせていた、あの哀れなる炎と同じ感覚がした。

 

 よもや、戦乱の世がとうに過ぎたこの時世で、かの炎と再び相見えるとは。定めとは、かようなことを言うのであろうか。

 

 さりとて、今はそればかり沈思してはいられない。

 

 日が昇ったのなら、炭治郎たちの安否を知らねばならぬ、と、狼は駆け出した。大分移動をしたが、およその方角は覚えており、その方向へ進んでいく。

 

 その道中、狼は人影を見かけた。それらは取り立てて身体に異常を抱えてはいない様子で、何かを背負って歩いていた。日の昇りつつある今、鬼や鬼に操られた人間ではないだろうが、念のために狼は気配を消して様子を探った。

 

 彼らが背負い、担いでいたのは、一人の人間と、それと小さな箱であった。

 

(炭治郎、禰豆子……)

 

 炭治郎と禰豆子を運んでいる、黒装束で顔を隠した彼らは『隠』という、鬼殺隊の現場処理係の者たちである。

 

 一応は味方――と言っていいかもしれないが、しかし妙だと感じ、姿を現すのは待ち、依然気配を殺しながら彼らの言葉に聞き耳を立てた。

 

「また、鬼を庇う隊律違反か……」

 

「可哀想に……。きっとこの中の女の子って、この子のきょうだいか何かなんでしょうね……」

 

「同情の言葉を口にするなよ、罪悪感がひとしおしんどくなるぞ。危険なのはその鬼だけじゃない、鬼を庇うほうだって何しでかすか分かったもんじゃないんだからな」

 

「なら、即刻斬首かしら」

 

「いや、次の柱合会議を兼ねて裁判を執り行うらしい。こんなことは初めてだ。何かあるのか?……」

 

 以上の会話をする彼らを遠く後ろから眺めてから、狼は彼らの残した足跡を見やる。二人分の足跡。片方の足跡には、何やら妙な特徴が見受けられる。

 

 これは狼が浅草で穴山から貰った、追跡用のトリモチである。今の隠の彼らの、炭治郎を担いでいるほうに踏ませることで、その足跡に特徴的な痕跡を残させることで何里でも追跡が出来るという優れ物である。

 

 炭治郎らが連行されるのはきっと厳重に秘匿されている場所であるだろうから、運び役も何度か交代するだろうに、油断は出来ない。

 

 だが、もし炭治郎たちの命の危機というのなら、如何なる手を使ってでも、必ず取り戻す。

 

 たとえ、鬼殺隊を敵に回してでも……。




 次回予告

 鬼である禰豆子を連れていた咎で柱合会議に連れてこられ、妹共々斬首されるやもという瀬戸際に追い詰められた炭治郎。

 それを阻止せんと狼は鬼殺隊を追跡し、件の裁判へ乗り込むッ! 可能ならば説得! さもなくばその場にいる全員を抹殺してでもッ、取り戻すッ!

 さあどうする作者ァ! この回でアニメ分のストーリィは尽きたッ! こっからさきは、ア、原作を買うしかァないぞッ!!

 次回、不死斬りの刃。『作者、ブックオフで立ち読み』

 乞オォォうご期待ィッ!
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