ぽつぽつと小ぶりな雲が浮かぶ青い空に、鳥らしきものが飛んでいた。その飛行体は旋回しつつ、こちらへ向かっている。次第に近くになっていくに連れ、その姿が大きくなっていくと、鳥にしては随分と大きな体躯と分かってくる。
狼が腕を水平になるように持ち上げてやると、その大きな鳥は迷わずそこに停まった。それは梟であった。
この梟は、この間、珠世らの所へ使いに出して、只今帰ってきたところであった。以前に狼が街で見つけてきた、血色の良い柿を、彼女らと共に居る変若の御子に、届けさせるためである。実に見事な柿で、よく晴れた日の夕焼けの如く朱々と、矯めつ眇めつどこを見てもくすむ所が無かった。あれだけの物ともなると、己で食うほうが惜しく、むしろ柿を好む者に食べさせてやりたいと思い、珠世らの分も含めて贈った次第であった。
それで、こうして帰ってきた梟の足には、行きの時に持っていた物とは別の包みが提げられていた。中に細かい物が入った手のひらに収まる程の包みが一つと、紙に包まれた粉末状の物が幾つか。それと手紙が一通に、おふだが一枚。
――此度、いと色付良き柿を贈り賜い、有難く御座候。
という書き出しから始まる手紙の内容は、案の定、狼の贈った柿への礼の旨。また珠世も甚く感謝していたとのことであった。ただし珠世は、柿そのものへというより、狼が自然と彼女らの分の柿を贈ったことで、自分たちが人間扱いされている感じがしたと感激しているらしかった。狼としては、そのようなことは意識していなかったから、あまり実感が湧かないところであるが。
その礼として、お米が沢山実ったとのことで、包みの中に入った米であった。珠世からは、紙に包まれた粉薬。
おふだのほうは兪史郎からだが、こちらは礼ではなく、今後両者の間でやり取りするにあたって梟が彼らのもとへ辿り着くために使う物である。このおふだは、兪史郎の張った幻術と共鳴することにより、使用者を彼らのもとへ導き、かつその先で張られた幻術を透過する、謂わば暗号のようなものが書き込まれている。幻とも生身ともつかぬこの梟なれば、まず両者のやり取りを横取りされる事は無いだろう。
頂いたお米をしげしげと見つめて、ふと思い立つ。
そんな折。
「ああ、薄井さん」
背後の蝶屋敷の中の縁の廊下から声を掛けられた。髪を頭の左右で括り、はっきりと開かれた大きな眼の上で、いつも眉を逆立てていてお堅い印象を受ける少女は、神崎アオイである。
ただ今はその眉は幾らか弛み、口角を少し上げた微笑を、狼に向けている。
「そのミミズク、帰ってきたのですね。では、こちらでお預かりします」
「頼もう」
と、そばに寄った狼は、アオイから差し向けられた腕の横に、梟の乗った腕を差し出す。両者の腕が平行すると、彼の腕に居た梟は、ピョンと小さく飛んで彼女の腕に移った。これについて彼女はほとんど臆したりはしなかった。この梟が賢くておとなしいことを、彼女も知っているからであろう。
「胡蝶殿は、居るか」
「しのぶ様ですか。只今留守にしております。すぐ帰ってくるとはおっしゃってましたけど、それでも、柱ともなると、いつお帰りになるかは分かりませんね。用向きを訊いても?」
「炊事場を使わせてもらいたい。それと、小豆はあるか。うるち米も少し頂きたい」
おもむろに狼は手に持った米の包みを持ち上げた。
「ああ」
合点が行った風にアオイは声を出した。
「それでしたら、私に言ってくだされば、許可致しますよ。何なら手伝いましょう、ちょうど今手が空いたところですので」
快く、といった態度を前面に出して、アオイは申し出た。
「よいのか」
「ちょうどいい休憩です。それに薄井さん、料理をする時は義手を外しますよね。なら手はあったほうが宜しいでしょう」
アオイは空いているほうの手をひらりと上げた。
「……お言葉に、甘えよう」
殊に逡巡もせずに狼は受けた。
「では、この子を置いてきますので、先に行って手を洗っておいてください」
「承知した」
言われた通り狼は炊事場へ足を運ぶ。そこで手を清めた。
また、持っていた物は勿論、羽織っていた柿色の着物や襟巻、着込んでいた焦げ茶の半着も置いてきていて、今彼が纏っているのは浅草で会った『彼の御方』から賜った黒いドレスシャツと茶色のスラックスの姿となっている。それ以外に持っている物とすれば、背中に――決して離れぬことがなきよう――括り付けた不死斬りくらいのものであった。
義手で右袖を捲ってから、義手を外した。
「お待たせしました」
やがてアオイが来て、早速狼たちは、おはぎ作りに臨む。
迷うほどのことでもない。米を少しの塩と一緒に炊き、あく抜きをした小豆を砂糖と水飴と一緒に煮て餡子を作る。炊き上がった米を半分潰し、出来上がった餡子で包むだけだ。
何か引っかかりがあるとすれば、それはアオイの気後れした様子だろう。先刻から、何か気がかりなことがあるも二の足を踏んでいる、といった様子なのは狼も気付いている。
「何か気がかりが、あるのか」
「え」
と思わずアオイは訊き返すも、狼はそれ以上は何も言わなかった彼女がはっきりと狼の問を聞いていたのは分かり切ったことであるから、二度は要らないであろう。敢えてそうしないのは、あまり深く切り込むのは宜しくないと見てのことである。
そのいささか不親切な狼の水向けに、アオイは一寸戸惑う。口の内で、あぁ、うぅん、と籠らせたのち、やがて、沈黙に耐えかねたのかこわごわとした様子で口を開く。
「う、薄井さんは……戦っていて、怖いとか恐ろしいとか……、考えたことはありますか……」
文字を読み上げるかのような喋り方であった。これはおそらく本題ではないだろう。
「……ある」
と、一寸置いて狼は肯定した。
「へえ……」
「怖気のあまり、心ノ臓が止まったこともあった」
「フフ……」
狼の言ったことを冗談とでも思ったか、アオイは小さく笑った。冗談なんてものを言いそうにない狼が唐突に言ったからこそ笑ったのだろう。
尤も、冗談などではなく事実であったが。
かつて葦名に存在した、首の無い巨漢の怨霊やら、面をいくつも付けた怨霊やら。あれらを思い出すも、言ったところで無駄であろうと、そっと心に仕舞う狼であった。
「他方、突きや、足狙い、掴みなど、際どいものが来る瞬間は、危ないと感じたものだ。あれもまた恐怖と言えよう」
「凄いですね。私なんか、足が竦んで、手が震えて、呼吸も乱れて何も出来なくなるのに。一体、私と、薄井さんたち――カナヲたちとで、どう違うんでしょうね」
と紡ぐアオイの声調は、陰鬱なものではない。声は大きくはきはきと、むしろ明るいとさえ。
落胆した時ほど、このように気丈に振る舞う者も居る。
狼に、彼女の問いに出せる言葉は無い。強いて言うなれば、恐れよりまさる、為すべきことがあったからに尽きる。それが彼自身の答えだ。他にあるとするなら、目の前の脅威を退けんと苦闘する者もおれば、そもそも恐怖の情が弱い者、或いは抑えられる者も存在する。されどそれを言えば、アオイはますます後ろ向きに考えることであろう。
「先日の事を、気に病んでおるのか」
それらの考えを省いて、狼はそんなことを訊いた。
先日の事とは、重傷を負い療養していた隊士が暴れた時の事である。過酷な鬼狩りの業に嫌気が差したのか、その隊士は怪我の完治が迫るにつれて浮足立ち、ついには蝶屋敷の者に当たり散らすようになったのであった。これを見かねて止めに入ったアオイであったが、その隊士は言うに事欠いて、
――鬼にビビッて逃げ出した奴のくせに。それで安全な後方でぬくぬくとしてる奴に、戦う奴の気持ちなんて分かるか。
そこで狼が止めに入った。その隊士は狼に押さえ付けられると、手向かえない相手だと悟ったのか途端におとなしくなり、しかし拠無い激情が余り、ついには慨嘆したのであった。
「気付いて、らしたんですね」
元々アオイは鬼殺隊士志望であった。ところが、最終選別を突破するや、彼女は鬼に恐れをなし鬼狩りとしての道を断念し、今こうして蝶屋敷にて看護士の業務を行っている。それなりにこの話は知れ渡っているようで、中には口さがない隊士が、聞こえよがしに嫌味を言うこともあれば、アオイをはじめとした看護士に居丈高に振る舞いもする。
「私の言葉はことごとく届かなかったのに、薄井さんはそれをただ一言、叱咤でも脅しでもない、陳腐とすら思える言葉、その貫禄であの方を止められた。普段、偉そうに他の子に指示を飛ばしている身ながら、忸怩たる思いです」
と、語れば語る程彼女のそれは抑揚が無くなっていった。溢れ出る情動を押し殺そうとしているようで、蓋し今の彼女は張り詰めつつある袋。故に、下手な言葉はいたずらに蟠りを増やすばかり。
狼は、生粋の忍びとして、戦う者。ついては戦えぬ者と気持ちを分かつことは出来ぬ。
「抜けぬ刀なれど、持つ者には心強い。ここには、お主が必要だ」
気の利いた慰めは言えぬが、気休めくらいは。
困惑した面持ちでアオイは、狼に顔を向けた。その言葉の意図を掴みあぐねている様子である。だがそれでいい。それは自ずから考え至るもの。
アオイはこれからも、闘い続けるのであろう、胸の内の葛藤と。
長く悩むだろう。ひょっとすると、一生悩むかもしれない。その途上、狼の言葉は如何なものとなるか。
さて、おはぎが出来た。
「なかなかの出来栄えですね。皆さんにもおすそ分けしますか?」
「そうしよう」
「では、呼んでまいりますね」
と炊事場から出ようとアオイが踵を返したところで、炊事場出入口の戸が開き、
「あら、良い匂いがすると思ったら、おはぎを作ってらっしゃったのですね」
「しのぶ様! お帰りになったのですね」
「ええ、只今。ところでそのおはぎ、これから皆にも振る舞うのですか」
「はい、それで今呼びに行こうと」
「なら私が呼んできましょう」
「あ、いえ、私が……」
アオイが遠慮するより先に、しのぶはさっさと皆を呼びに行ったのであった。
やがて炊事場に、しのぶを合わせて八人の者がやってきた。きよ、すみ、なほの三人とカナヲ。それと炭治郎、善逸、伊之助である。
「これで、皆来たのか」
と、炭治郎らを一瞥して狼は、しのぶに向き直った。
「どうされました? ……狼さん」
「いや……」
しのぶに問われて、答えあぐねる。
これで全員集まったはずだとは分かる。しかしどうしてか、炭治郎ら三人を見ていると、不思議と顔ぶれが寂しいと思えた。
「ん、どうしたんですか、狼さん」
不思議そうな顔で狼を見返した。
「いや……旨いか?」
それでこうはぐらかした。
「はい! 美味しいです! 狼さんの作ってくれた物を食べるのって、初めてですね!」
「そうか」
「それにしても狼さん、おはぎ作るの上手なんですね。慣れているんですか」
「いや……。だが、知ってはいた。……教えられた」
狼は料理などはしない。敢えて言うなら、味噌を染み込ませた芋がら縄や味噌玉で味噌汁を作った程度の物か。
おはぎは……童の時分に義父が作ってくれて、それとかつての主、竜胤の御子こと九郎に作っていただいたことがある。作り方などは教わってはいなかった。あの味は、もう食えぬ。
「でも! 薄井さんのおはぎって、やっぱりとっても美味しいですよね!」
「はい! とても優しい味がします!」
「薄井さんならではの味付けです!」
きよ、すみ、なほが寄ってきて、口々に狼への賛辞を述べた。
「……」
むっつりと狼は返答に困ったように黙した。まるで愛想が無い。にも拘らず彼女らは、それもまた愛嬌とばかりに、くすぐったそうに笑った。
笑われたからか更に狼は黙り込んだ。
「ところで、しのぶさん」
善逸が、咀嚼していたおはぎを飲み込んで、口を開いた。
「しのぶさんは、食べないんですか? 全く手を付けていないみたいですけど」
と言われしのぶはにっこりと、
「いいえ。わたしは遠慮しておきます」
愛想は良い、笑みを浮かべながら告げた。
「んなら! 俺がお前の分も食っちまうからな!」
おはぎを飲み込むや伊之助が言った。
「ええ、どうぞ」
しのぶがそれに微笑で了承すると、ニッと伊之助は笑っておはぎを取ろうと手を伸ばした。が、事もあろうに伸ばしたのは両手だったもので、
「あ! 待ちなさい! 全部食べる気でしょう!」
伊之助が残ったおはぎを根こそぎ食わんとしていると察知したアオイが抗議と共に彼の手を掴んだのを皮切りに、カナヲを除いたワッパらが一斉に止めに掛かった。
一人ながらも食い意地の張った伊之助を止めるのに、隊士数人がかりとて苦心している模様。しかも、そのくんずほぐれつの渦中、何故か、止めに入っていた者たちの間にまで争いが発生し、蓋し大わらわの様相を呈したのであった。
「おやおや、お台所で喧嘩はいけませんよ。カナヲ、止めてあげてちょうだい」
「はい、師範」
と、指に付いた餡子を小さく出した舌でチロチロと舐めていたカナヲは、しのぶからの要請を受けて、鎮圧に乗り出したのであった。
「ところで狼さん、この後、少しお時間はありますか」
あれを尻目にしのぶは狼に向き直る。
「どうした」
「ほんの少しばかり、暇が出来たもので。そこで狼さん、これ、一局どうですか」
しのぶは人差し指に中指を重ねた手を、刺すように叩く仕草をして、小首を傾げながら微笑を深めた。
「指そう」
頷く。
後ろの乱闘が輪を掛けて白熱していくのは、当面は放っておこう。
縁側に場所を移した二人は、早速始める。
その前に、決まり事を確かめる。狼が葦名で嗜んでいた将棋とは、変わっていることもあり得るからである。で、見たところ、『酔象』の駒が無いことを除けば、概ね彼の知っている小将棋と大した変わりはなかった。
そうして対局が始まり、局面が大分進んだ折の事である。
「狼さんは、もし、鬼を追い込むためであれば、自身ないしは仲間を捨て駒に出来ますか」
盤面を見つめながら狼が次の一手を考えていると、唐突にしのぶが、同様に盤面を見つめながら切り出した。
狼は一瞥だけして、再び盤面に視線を戻し、
「当座では、答えられん」
とだけ言った。そもそも今はそちらに割く思考は無い。
「或いは、もしも鬼に追い詰められて、そこで鬼にならないかと勧誘されたら……」
と更にしのぶは重ねた。
これは狼にとって、愚問に近かった。元より、
ついてはこの問いにも困り、黙ったまま狼は駒を進めた。
「鬼――おそらく十二鬼月の上弦――に屈し、鬼となった隊士も、過去に何人かおります」
パチリ、と、しのぶが香車を打って語った。
「まるで、将棋だな」
間を持たそうとするように狼が、ふと浮かんだ所思をこぼすと、
「ふふふ……」
皮肉げにしのぶが吐息だけの笑いを漏らした。
「将棋、ですか……。そう言えなくもありません、ですが、甚だしく理不尽かつ不公平な、将棋ですね。何せ、こちらの駒は使われる一方で、向こうの駒がこちらに寝返るなど、未だかつて無かったのですから」
――彼女を除いて、と、しのぶはすぐ横にある部屋の障子に顔を向けた。その向こうには、禰豆子が中で眠っている箱がある。
「私は出来ますよ。捨て駒」
口角を引き延ばし歯を見せて、しのぶは笑んだ。しかしその眼は笑ってはおらず、じっと狼を見据えながら、駒を進めた。
狼の番だ。
「王手飛車」
狼の角行が、しのぶの飛車と王将を同時に捉えた。
しのぶの当初の陣形は、居飛車ひねり飛車の、カニ囲い。王将の前に銀将、左右前に金将があり、たとえ飛車が横から来ようとも、金将が一歩下がれば守ることが出来る囲いだが、狼は敢えてそう誘導することで王将の右前を開けた。そうしてしのぶの飛車を誘導し、その飛車と王将をつなぐ斜めの線に自らの角行を割り込ませたのであった。
「あら、これは困りましたねぇ……。仕方がありません、飛車は差し上げます」
一切迷う素振りも見せず、しのぶはあっさりと飛車を差し出した。
将棋は得意ではない狼にしては、現状では怪しいまでに上手く行っている。
「随分と素直に渡すのだな……」
「この局面では、飛車にこだわらず差し出すのが得策と見たんです。ヘボ将棋、飛車ばかりをかわいがり、という格言もありますからね。ご存知ですか」
「知らぬ」
その格言は明治の落語家から生まれたものであるから、狼が知らないのは当然である。
「飛車って便利な駒ですからねぇ。それだけに、取られるだけで戦意喪失しちゃう方も居るんです」
――でも鬼殺隊は違う。
おもむろに紡がれたその言葉を節目に、しのぶの雰囲気が、何やら一変した。
「私たちにとっての飛車、即ち柱でさえ、必要とあらば捨て駒となる。それにとどまらず、王将でさえ捨て駒になる……、それが鬼殺隊。柱を当てにして、いざ柱が折れた時におたおたされては駄目なんです。ひところはそのような隊士が増えておりましたが、最近では真菰さんのお陰で、頼り甲斐のある隊士が増えましたね」
そう結んでしのぶが駒を進めて、狼の番が回ってきた。彼は盤上を俯瞰し、そして目を見開いた。つい一手程前まで見えていた戦況とは、打って変わって見えたのだ。何手か前にしのぶが打った香車、これによって引かれた壁が、盤面を分断していた。彼女が打ったあの香車は局の中盤、狼がこけおどしで端歩を突いたことで取られた物であった。
「言った通りでしょう。私たちはもう、取られる覚悟をしているんです、……さんざんかき乱しておいて、忽然と逃げおおせる飛車とは違って」
「……」
その声を聞きながら、狼は盤上を見つめる。自陣には、飛車があった。先刻、しのぶのカニ囲みに穴を空けるのに敵陣に突貫させ、出戻らせた飛車である。
「狼さん、この守り鈴を、憶えておいでですか」
しのぶが、顔の横で掲げたのは古びた守り鈴である。
「これは、姉が亡くなる前に、彼女から握らされた物でした。生前本人は、貰った物と言っておりましたが。何はともあれ、これは仏様にお供えしておくのが良いでしょう。道場に、観音様の像があります。よければ、お供えしてみてください」
と言って差し出した。
狼は右手を伸ばし、その鈴を受け取ろうとする。その瞬間、鈴を持つしのぶの手が突然狼の手を握り、引き寄せた。その煽りを喰ってつんのめった彼の顔に、彼女はぶつけんとする勢いで顔を突き合わた。
「逃げずに、しかと見届けてくださいね、狼さん、いえ――」
満面の笑みで。
「薄井さん」
狼に「まるで将棋だな」を言わせてみたかっただけ。ぶっちゃけこれが無ければ、ここでの狼としのぶ閣下の関係性の発想はありませんでした。