不死斬りの刃   作:YSHS

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 モンハンライズやって遅れました。すみません。あとバイオ村も。感動のラストでした。

 かわい
 ドナ

 今回はストーカー誕生回です。


隻狼たちの午後

 日が墜ち、お天道様の灯の名残がそこかしこに残る、辺りの暗くなった刻限。夜の闇の影から隠れ潜むが如く、明かりのともった街。そこを闊歩する人々。

 

 そんな彼らに紛れながら、静かに歩く狼は、ふと足を止め、前方に佇む人影を凝視した。赤い上衣に、袴を履いていて、頭から血を被ったような出で立ち。髪の毛や肌の色素が薄く、そして虹色の眼の男。

 

「や! 久しぶり!」

 

 上弦の弐・童磨。

 

 黙したまま狼は、腰に差した――刀袋に入れてある――刀に手を掛けた。

 

「うふふ、待ちなよ。こんな往来で大立ち回りを演じる気? 心配せずとも、危害を加えようってわけじゃないさ。さもなきゃ、今こうして君が立っていられるわけがない」

 

 挑発とも取られかねないことを、童磨は宣う。これでも本人には悪気はなく、むしろ善意が入っているくらいである。

 

「何用だ」

 

 刀に手を掛けたまま、狼は唸るような低声で言った。

 

「いやだなー。友達に会いに来たとあれば、わざわざ訊くことでもないだろう。だからさ、ほら、その刀に掛けた手を下ろしなって」

 

 対する童磨は、さも友人と話す調子で、気安く切り返した。

 

「……」

 

 そう容易くは、狼も刀から手を離しはしない。そんなものだから、童磨は眉尻を下げて困った素振りをした。

 

「ううん……、取り付く島もないなぁ……。でもいいの? 気が引けるけど、俺としてはここで斬り結ぶのは別に構わない。けど君はどう。周囲の人を巻き込んででも、あの時の続きをしたいのかい」

 

 このように言われてようやく、狼はゆっくりと、相手から目を離さず慎重に刀から手を離した。

 

「それが良い。さ、行こうか。あ、その前に、ちゃんとその刀袋にそいつは仕舞っておこうか。その家紋、産屋敷家のだろ。それに入れておけば、警官に問い詰められることもないだろうさ」

 

 狼の刀を童磨は指差した。童磨を見据えながら狼は、刀をすっぽりと袋に納め、袋の口を閉ざした。

 

 うんうん、と童磨は頷いて、狼に背を向け小股に歩き出す。胡乱ながら狼も続いた。そうして二人が横並びになったところで、童磨は歩幅を伸ばし足を速めた。

 

「まあ、まずはご飯でも食べようよ。君、お腹空いてる? 俺は空いていない――というか普通の食事はただの舌遊びみたいなものだからね。ここらで良い店があるって聞いたから、そこ行こうよ、おぎょ……奢っちゃうよ」

 

 と、童磨の言う店へ行くこととなった。提案するようではあるが、狼の否応を聞くことなく勝手に決められた。そうして連れていかれた先は、これまた奇怪な――童磨曰く『ハイカラ』な――趣の建物の食事処であった。夜中にも拘らず、昼間より明るい光を窓や扉の隙間から溢れさせており、さては中はもっと眩く、狼は眉間と一緒に眼をすぼめた。

 

 童磨に引っ張られるままに、慣れぬチェアーとやらに腰かけて待っていると出されたのは、案の定見たことのない南蛮料理であった。とろみのある茶色い汁の中に硬めの肉の他、人参や芋などの野菜が入った物である。シチウ(シチュー)と呼ばれているらしい。

 

 匙(スプーン)で一口さらって口に含むと、狼が今までに味わった例しがない、表現しがたい味がした。肉や野菜を煮詰めた出汁が出ているのは分かる。肉から溶け出た脂が舌に纏わりつき、深い味の余韻を残す。その他あるとするならば、まろやかな舌触りの中に甘味がある。あと、渋いような酸っぱいような、微かな味がすると言ったところか。

 

「葡萄の酒を使っているんだってさ。果物だからね、酸味や甘味もあるさ。実の皮も使われた酒だから、渋みはそれだろう。肉の臭いを取るには良い調味料だね。んー、おいし!」

 

 とニコニコと童磨は解説しながら、シチウ(シチュー)を口に運んだ。口では「美味しい」と宣っているが、あまり美味しそうには見えない。水でも飲んでいるかのように、味気ない感動であった。

 

 その後狼は、終始話しかけてくる童磨に時折相槌を打ちつつ、それらを平らげた。鬼、それも十二鬼月の上弦に振る舞われたことに目を瞑れば、肉や野菜を滋養に良さそうな料理は力が付きそうなので、彼としては好ましかった。毒の心配は、そこまでしていなかった。そんな小賢しい真似をするとは思えないからである。

 

 空になった食器を前に、狼は瞑目して合掌した。

 

「ところで、何を企んでおる」

 

「どういたしまして。……やっぱり分かっちゃう? そうそう、今日は他でもない、相談があってね。それも人にしか分からないってことで、こうして友人である君を訪ねた次第なのさ」

 

「……」

 

 と言われた狼は、返答はおろか、表情一つ変えなかった。相変わらずしかめ面のままだ。見ように依っては、冷ややかな顔をしているように見えることであろう。

 

「実は俺さ、好きな人が居てさ。もう四年にもなるかなぁ……」

 

 されど童磨は、目の前のこの愛想の無い男に委細構わず、訊かれてもいないのに勝手に語り出した。

 

「そう、あの時! 僕が救い損ねた娘の下へ駆けつけた、あの蝶みたいな娘! あの娘を見た瞬間、どうにも胸がときめいて仕方がなかったんだ。か弱い身でありながら、負けん気が強くて、自身が弱いことも意に介さずただ只管に、ひたむきに邁進しようとするあの気の強さ。どれを取っても可愛くて仕方がない!」

 

 ――蝶みたいな娘。

 

 その一言を聞くや、狼は眉間に寄せていた皺を尚微かに深め、その一方で童磨は笑みを深めた。

 

 話が滞ったところで、店を出た。その際に、二人の間に言葉は無い。

 

 そののちも、二人は横に並んで歩いていた。会話は無い。が、不思議と緊張が漂っている風には、少なくとも周囲からは見えていない。狼はともかく、童磨はさも楽しそうにニコニコと笑っていた。人相の悪い男と、優男の凸凹の二人組が並んで歩いている様子である。

 

 ただ只管、異議も無く歩く。まるで時間を稼ぐかのよう――否、むしろ事実か。現に狼は、童磨の横で気を張っているところだ。片や童磨は、悠々と構えている。

 

 そんな、薄氷を踏むような道中を破ったのは、まず群衆のざわめきであった。

 

「何か騒ぎでもあったのかな」

 

 次いで童磨が、不思議そうな面持ちで口を切り、その騒ぎのあると思しき場所へ足を向ける。その際、一緒に行こうという風に狼に目配せをした。狼は、これに乗ることにして、後に続いた。

 

 二人が行き着いた先は、とある建物。入口周辺を、群衆が取り囲んでいた。人込みをかき分けて二人が覗くと、どうやら中で男が人質を取って立てこもっているらしい。童磨は鬼の鋭敏な眼で、狼は忍びの眼でよく凝らして見ると、その犯人の男は酔っぱらっているらしい。建物の明かりの中でも判るくらい、顔が赤い。

 

 童磨は手近な人に、

 

「何かあったの?」

 

 と尋ねた。

 

「さあ……。よく分からんが、女に振られてやけになっているみたく見えるが。あいつが居ないこの世になんかとか、どうとか……」

 

「警官は来てる?」

 

「今しがた起こったことだから、しばらく掛かりそうだ。いやはや、女に振られてやけ酒の上、こんな事しでかすとは、哀れというか、滑稽と言うか……」

 

「あらー、それは大変。出来るなら、説得で早いとこどうにかしたいところだねー」

 

 と言って童磨は、群衆を抜け、前に出ていった。

 

「え、あ、おい!」

 

 質問されていた人は引き止めようと手を伸ばすも、意に介すことなく童磨は、立てこもりの男の要る建物へ入っていった。

 

「犯人に告ぐ、外は群衆に取り巻かれ、警察が来るまでの逃げられる道は無い。速やかに人質を放し、得物を捨てて出てきなさい」

 

 男は、近寄ってくる童磨にひどく動揺していた。他の群衆が狼狽えている中、童磨一人だけはまごつく様子も無しに、堂々とこちらへ近づいてくるものだから、騒ぎを起こして注目を貰って幾ばくか気をよくしていた犯人としては、青天の霹靂というものであったからだろう。

 

「それ以上、ち、近づくんじゃねえ! 近づいたらこのオッサン斬り裂くぞぉ!……」

 

 それが気に食わないのか、はたまた自分にとっての異常な事象に恐慌を起こしたのか、男は人質の首に巻いた腕を更に力ませ、反対の手で持っていた凶器の先端を人質の首に微かに突かせた。

 

 男が持っていたのは、割れた陶器らしい。花瓶か、皿かは判らぬが、鋭利なそれは人の肌を斬り裂くのには十分である。

 

「やめなさいって。女なんて広い世間にいっぱい居るじゃないの」

 

 こともあろうに童磨が放ったのは、実にやる気の感じられない、調子はずれな説得の言葉であった。

 

「お前に何が分かるんだよ! 俺にはなぁ……、俺にはあいつしか!……」

 

 誰もが予想出来ていたであろう、童磨のその言葉は火に油を注いでいる。

 

「みんな、そー思ーの。振られた時は特に。あいつしかいないって、俺にはあいつだけだったって。あいつと一緒になれない世の中なんか、ぶち壊して死んでやるって。そーゆー自分を見れば、きっとあいつも、俺という男を振ったことを悔やむだろーって。でも、それは間違いなわけ。そーゆーことは、全然無いわけ。馬鹿な男の、馬鹿な死が! 三面記事を飾り立て! 世間の物笑いの種になる頃! 女は別の男と引っ付いて、子供ーコロコロー生んじゃって。おんぶして買い物なんかに行ったりして、学校なんかに行かせたりして。それで世の中、治まったりするわけ。バカバカしーと、おもーだろー?」

 

 この鬼は一体何をしたいのか。

 

「まあ……、そうなのかもしれないけど……」

 

 何と、男は少しだけ揺れている。そこに留まらず、外で聴いていた群衆の中にも、心当たりがあるっぽい男や女が、ある者は表情が固まり、またある者は苦笑いを漏らすほどであった。まあ、だからどうなんだという話だが。

 

「だったら、もーやめよーよ」

 

「いや何なんだよ! 説得でもしてるつもりかよ! てか説得にもなってねえよ! おちょくりに来ただけなら帰れよ!」

 

「だからさー」

 

「だからさ、じゃねえよ。帰れ! それともお前が新しい女でも紹介してくれんのか?」

 

「俺のそういうのやってないから無理!」

 

 得意げに童磨は胸を張って高らかに告げた。

 

「ざけんな! さっきっから人のこと小馬鹿にしやがってよぉ! 本当帰れッ! 帰らねえと――」

 

 と、男が言おうとした刹那、横合いから伸びてきた絡繰り義手が、突如彼の握っていた陶器を握り砕いた。

 

その義手の主は、人質から男を引き剥がすと、男の首に腕を回し抱え込むようにして投げ飛ばし、そうして地面に仰向けに伏した男のその顔面に拳を叩き込んだ。男は叫び声を上げる間もなく意識を刈り取られた。

 

 『月隠の飴』

 

 葦名・金剛山の仙峯寺の乱波衆という忍び集団が、潜入などに使っていた飴。これを噛み締め『月隠』の構えを取ることで、一時、音と気配を殺し、見つかりにくくしつつ活動出来る。

 

 男に気取られずに肉薄出来たのは、これの賜物であった。

 

 瞬く間に男を制圧した者――狼は、やおら立ち上がる。すると、小さな拍手が聞こえてきて、そこを見た。

 

「いやあ、お見事! 君ならやってくれるって思ってたよ!」

 

 拍手をしていたのは童磨であった。

 

「やっぱり俺たち、相性が良いのかもね!」

 

 と言われて狼は眉間をピクリと動かした。それを気付いていないのか、或いは気付いた上でか、それを気にすることなく童磨は拍手を続けながら狼に近寄る。狼は身体ごと童磨に向き直り、無言で見据えた。

 

 微笑む童磨と、鋭い形相の狼。

 

 手を伸ばさずとも届く間合い。腕を振るには近過ぎるし、刀を抜くにも近過ぎる。

 

 数舜程して、狼が童磨から視線を外しながら彼の横をすれ違ってその場を後にして、その狼に、これまた人を喰ったような笑みで童磨は続いた。

 

 二人は速足気味に歩いて、あの場所を離れていった。しばらく歩いてから、やがて歩む足を緩めると、果たして、遠く後ろには慌ただしそうな喧噪が、二人に追ってくるように聞こえてきた。

 

 そこに来て童磨が、唐突に笑い出した。

 

「ははは! 楽しいねぇ……。子供がお友達と一緒に悪戯をして、一緒に逃げるみたいだ。やったことないけど」

 

 狼はそれにはほとんど反応せず、黙々と歩き続けている。止めようが止めまいが、話が変わるだけで童磨は喋り続けるだろうからである。童磨とまともに話そうなんてするほうが、土台不毛なのだ。

 

「俺たち、前世ではどんな間柄だったんだろうね。或いは因縁かな? いずれにせよ悪くない」

 

「……」

 

「ところで――」

 

 卒然と、童磨が喋り方の調子を変えて切り出す。

 

「件のあの話、考えてくれた?」

 

「胡蝶殿の件か」

 

 殊更にはぐらかす真似はせず狼は答えた。

 

「そう、そう。まあでも、君らの事情を慮れば、無理な話だとは分かるよ……。何せ君らは脆く、弱い……。下手に情報を教えて自らを追い詰めるようなことなんて出来るわけがない。うん、うん、分かっていたことさ……」

 

 内容に目を瞑れば、相手方の事情を憂慮しているように見える。

 

「ま、当座で彼女のことを教えてもらおうとは思わないよ。これだったら教えても問題はなさそうだ、と思えるものでもあったら、教えてほしい。無いなら無いで、別にいいよ。たまにこうして、目的も無しに遊び歩こうよ、友人らしく。何だったら、俺の見聞きしたおもしろいことを教えるよ」

 

 ――ね、どう?

 

 と提案する童磨を、しばし狼は見つめ返した。

 

 この得体の知れない男の、得体の知れない提案には、一体如何様な返事が妥当であったか。

 

 童磨と別れて長く経った帰路の上でさえ、狼には判らなかった。

 

 多分、童磨との決着を以てしても、判らぬままであろう。

 

 それが、狼の見た上弦の弐というものであった。

 

「あら、狼さん、こんばんは」

 

 出し抜けに後ろから声を掛けられて、はたと我に返った狼は、足を止めて振り向いた。声を掛けてきたのは、胡蝶しのぶであった。どうやら彼女もまた、長い用を終えて、こんな遅い刻限に蝶屋敷へ戻る途上であるようだ。

 

「狼さんも、今、お戻りですか?」

 

 今、という言葉をいささか際立たせて、しのぶは尋ねた。

 

「ああ……」

 

「そうですか。どなたかと、お出かけに?」

 

「……友と、共に」

 

 須臾の逡巡を置いて、狼は答えた。

 

「そうですか」

 

 とんとん拍子に相槌を打ってしのぶは、そこからは何も話を切り出さなかった。ただいつものように柔らかな笑顔のまま、狼と並んでゆったりと歩くばかり。

 

 どれ程経っただろうか。

 

「何か……」

 

「む……」

 

「何か、ありました?」

 

「飯を食った。それから、酒で正体をなくした男が暴れておった」

 

「うふふふふ!……。愉快な方も、居るものですねぇ……」

 

 口元に手を当てて、彼女はくすぐったそうに笑った。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「腹は、減っているか」

 

「そうですねぇ……、一寸だけ」

 

 やや声を小さくして、ためらいがちに彼女は答えた。

 

「そうか」

 

 と言って狼は、手に持っていた包みを持ち上げて、

 

「土産がある。これを食うと良い」

 

「あら、いいんですか?」

 

「ああ。食える内に、食っておけ」

 

「では、お言葉に甘えて、屋敷で頂きましょう。ありがとうございます」

 

「よい」

 

「お返し――というほどでもないのですが、ご一緒にお茶なんて如何です。良い茶葉がありますよ。寝る前の一杯でも……」

 

「……頂こう」




 『狼たちの午後』って誤訳だけど名タイトルだと思いませんか? 僕は思います。
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