執筆中はいつもなのですが、このシーンからどうやって次のシーンに繋げようかとか、ここの文章はもっと芸術点高められないかとか考えているとダレてきますよね。で、いつも結局、書き切るために適当に文章仕上げるという……。
それに、あんた達は今読めてる。ノーカウントだ、ノーカウント。
な、分かるだろ? 同じ創作家じゃないか。
走行する列車の中。ほとんどの乗客が眠りこけていた。それだけ聞くと普通の光景に思えることであろうが、彼らはいずれも、血鬼術の効果によって眠らされた次第であった。
数人、彼らと違って起きている者らが居た。鬼ではない。正真正銘の人間ではあった。一つ違うのは、彼らは無辜の人たちではなく、この列車内の状況を作り出した鬼の手先である。
目下為さんとしていることは、炭治郎らの始末。
その手には、縄と、錐の形をした白い物が握られている。
炭治郎らの所まで来て、おのおの彼らは、その縄で自身の手首と、炭治郎らにそれぞれ結び付けた。それから、もう片方に持った錐を見つめ、握り締めた。
「この錐で、精神の核を壊す……、皆分かってる?」
三つ編みの少女が、据わった眼で、ねめつけるように他の者を見やりながら言った。彼女が、一番手際よく縄を結び付けていた。手慣れている。おそらくもう何人も手に掛けているのだろう。
他の者たちは、縄を結びながら頷いた。
ところが、
「あの……、俺がやる奴、誰なんだ?……。一人、足りないような……」
一人だけ、未だ縄を標的に結び付けることなく、戸惑った様子でキョロキョロと首を動かして言った。それを聞いて三つ編みの少女がうんざりした様子で、深いため息を吐いた。
見て分からないのか、と、彼女は目線を動かすと、不可解なことに気付いた。それは、彼女以外の者も、同様に気付いた。
あらかじめ確認していた標的の内の一人の姿が、無いのである。ここで眠りこけている者たちの中で、それに合致する者が居なかった。
確信したその時。
突如天井を突き破り降りてきた銀色の刃。
彼女の頭を貫かんと迫る。
すんでのところで届きはしなかった。
彼女らは一斉に悲鳴を上げて地面に伏せた。お構いなしに刃は続け様に伸びてくる。硬い物を貫く鈍い音が幾度も幾度も襲い来る。金属がこすれ合う甲高い音が断続的に聞こえてくる。
それは刀であるらしかった。打ち刀程度の刃渡りでは、彼女が立っていたところで届きはしない。さりとて、この、まるで猛獣が自らの縄張りを荒らす不届き者が潜む場所を、己の爪と牙で執拗に引っ掻くかのような猛攻のもとでは、恐ろしくて立つことはおろか頭を上げることもままならなかった。
刀を突き立てられ続け穴ぼこだらけになった列車の天井から次は、絡繰りじみた外観の腕が、穴を押し広げて伸びてきた。
その腕の、尺骨を模した部分には、先端から火が漏れ出す筒が取り付けられていた。
嫌な予感がした次の瞬間、そこから勢いよく火が降り注がれた。これは刃よりも間合いが長くやすやすと届きそうであったが、幸いそれは誰も居ない床をひと舐めしたのみとなった。少しばかり座席に火がついたが、そばに居た者がすぐさま消した。
そうして動けなくなっている間に、すぐ近くの窓が開いた。冷たい疾風が流れ込んできて、顔に叩き付けられたもので、堪らず袖で顔を庇った。
その隙にそこから飛び込んできたのは、柿色の着物を羽織った忍び――狼であった。
制圧は瞬く間であった。今の奇襲で泡を喰い戦意を失った彼らに、狼は拳一つもやることもなく、左腕の忍義手から伸ばした縄で流れるように彼らの身柄を絡め取り、拘束した。
彼らが無力化されたのを確認するや、狼は周囲を警戒した。伏兵が居るやもしれぬ、或いはこの場が鬼の視界の内、それどころか列車全体が鬼の手の内すら考えられる。
しかし現時点で鬼から襲撃を加えられる気配は無かったので、ひとまず索敵を解いて、炭治郎らを起こすことにした。
「この縄……」
炭治郎らと、今しがた拘束した彼らの手首に繋がれた縄を見て、
「手首のこの縄は何だ」
三つ編みの少女に問う。
「……この人たちの夢の世界に入り込むための縄。あの人に渡された……」
大人しく彼女は答えた。
彼女の言葉を真に受けるなら、この縄を下手に扱うわけにはいかなそうである。切ろうものなら、二度と炭治郎らが目覚めないこともありうる。
如何したものか、と思案していると、
「むー?」
いつの間にか炭治郎の箱から起き出てきた禰豆子が、狼の袖の下まで来て、彼の衣服を掴みながら背伸びをして顔を覗き込んできていた。
「禰豆子」
鬼として人を喰らうことがなきように噛まされた竹の轡のせいか、随分と呑気な、猫の鳴き声みたいな声。
「炭治郎が言っておった、お主の炎で、この縄を焼けるか」
「むー? む!」
禰豆子は一度小首を傾げてから、とりあえずという具合に張り切った調子で頷くと、自身の手から自らの血を縄に垂らした。すると、縄の血の落とされた所から、紅い火が広がり、燃やした。
この炎の血『爆血』は禰豆子の血鬼術であり、鬼の血肉のみを燃やし、それ以外の物は燃えないという性質がある。つまり、この炎に巻かれて焼き切れたこの縄は――。
(やはり、鬼の力を受けておったか)
ふと視線を落とすと、禰豆子が何かを期待するように、再び狼を見上げていた。俄かに狼は、いつも炭治郎がしてやっていることを想起した。
それに従って狼は、禰豆子の頭に、そっと手を乗せてやった。それだけで禰豆子は、心地よさげに目を瞑って、自身の頭を狼の手に擦り付けるみたいに首を動かした。
縄は燃やした。後は炭治郎らを起こすところである。が、どうやらこれだけでは起きないらしい。
三つ編みの少女らに訊いたところで分からぬであろう。知っているのは、眠らせた者の始末と、それに必要な知識くらいのもの。詳らかな原理は知らされてはない。
(効くかどうか、分からぬが、試してみるべきか)
狼は懐から、幻術に使う鈴を取り出し、まず炭治郎の耳元で、特殊な鳴らし方、聞かせ方で鳴らした。
果たしてこれが奏功し、炭治郎が目を覚ましたので、同様に煉獄杏寿郎、伊之助を起こした。
善逸は――鬼殺隊から貰った情報に基づき、敢えて起こさなかった。
善逸とは別に、他の乗客も起こさないでおく。この状況の中で起こすのは愚策。
「いやはや! 柱とあろう者が、これしきの術中に嵌るとは! 穴があったら入りたい!」
覚醒した杏寿郎に事情を説明するや、起き抜けとは思えない溌溂とした声を張り上げた。
「この術を避けるのは至難の業だ。お主らの、柱たちの中に居たあの忍び……あの者であれば、容易く防げたであろう」
と狼が被せた。
「ふむ、なるほど! この任務は宇随向きであったか! しかしながら、同じく腕の立つ忍びが居合わせたのは幸いだ! 恩に着る!」
杏寿郎は狼の肩に叩くように手を乗せた。
「時に、この者たちだが……」
狼に言われて杏寿郎が、縄で縛り上げられた三つ編みの少女らに目を向けた。その視線を受けて彼女らは、これから自分たちが何をされるのか、ヒッと戦慄の声を上げた。
「お主ら、何故鬼に与する」
しめやかに狼が尋ねた。
「……」
彼女は口を噤んだまま答えなかった。強情なのではなく、答えたら何をされるものかと、恐ろしくて言えないのである。
「褒美か」
「……そう。協力すれば、嫌なことなんか忘れて、心地よい夢を見せて――」
彼女が答えようとした矢先、いきなり狼が刀を振った。
「痛ァッ!?」
その一太刀が当たったことで彼女の言葉が中断された。
「な、な、何すんのぉ!?」
「……すまぬ、人差し指が滑った」
抗議をしてくる彼女に、申し訳なさそうな低い声で狼は謝罪をした。
幸いにも、忍びの攻撃は相手の体勢を崩すためのものであるため、一撃くらいでは大した傷にはならなかった。その代わり、少女はすっかりと委縮してしまって、口を噤んでしまった。必要な情報というわけではないものの、後味が悪い。
「彼女らの仔細は後で問いただすことにしよう! 今は鬼が先決だ! そのために狼殿、協力を頼めるか!」
「承知した。今より指揮下に入る」
「感謝する! では、俺は鬼の捜索及び討伐に行く! 狼殿は俺について来てくれ、おそらくまたあの血鬼術を使われるだろう!」
「鬼の居所に当たりは」
狼に訊かれて、ふうむと杏寿郎は手を顎に当ててしばし考え込んだ。
「それならおそらく、列車の外だと思います。それもここより前の車両に。そこの開いた窓から、強い鬼の臭いが流れ込んできています」
臭いを嗅ぎ付けた炭治郎が鼻を動かしながら、先ほど狼が入ってきた窓や、天井に空いた穴に目を向けた。
「いよっしゃあ! ならさっさと片付けんぞ! いくぞテメエら、俺様に続けエ!」
と息巻いて飛び出そうとする伊之助に、
「待つんだ伊之助! 煉獄さんの指示を聞いてからだろ!」
炭治郎は組み付いて引き止めた。
「君ら三人にはそれぞれ、乗客の保護、及び鬼に与した彼らの監視を頼みたい!」
「指示なんか聞いてられっか! 俺様は俺様のやり方でやるんだろうが!」
煉獄からの指示に間髪入れずに伊之助が反発するものの、
「これだけの長さの列車内に、それもまだまだ未熟な隊士三人では甚だ厳しいだろうが、生憎と人員が足りないのだ! 可能な限りそちらに鬼の手を伸びさせないようにするから、どうにかやり遂げてくれ!」
「ハアァーッ? 何言ってんだこの野郎! この程度の狭さなら俺一人で十分だっつーのッ! 何だったら、鬼の手が伸びてきたら全部切り落としてやるっつーのッ! 返り討ちだゴラァ!」
杏寿郎が気遣いのつもりで発した激励の言葉が癪に障って、一瞬にして翻意して両腰の刀を抜き放った。そのまま暴れるものだから、炭治郎も後ずさった。
「その意気や良し! では頼んだぞ! 狼殿、ついて来てくれ!」
列車の窓から屋根に跳び乗った杏寿郎に続き、狼が出た。杏寿郎の先導で二人は列車の先頭に向かって走った。
片や抜刀している杏寿郎に対して、狼はしていない。代わりに忍義手に仕込み傘を用意しておく。
また不死斬りも抜いていない。あれを抜き身にしていては気取られる。こと鬼といった不死斬りを恐れる存在は、あの刀身からの強烈な瘴気を敏感に察知する。以前、浅草で黴の鬼を追跡していた時、早まって抜いた時。乱波の小男・黒傘のムジナの機転が無ければ、取り逃すところであった。
「居たぞ!」
向かい風の激しい中で杏寿郎の声が届いた。彼の言ったように、前方に男が一人。炭治郎ら以外の鬼殺隊関係者でも居ない限り、あれが人間であるとはあり得ない。
その男は、やおら振り向くと、自身に向かってくる杏寿郎らに驚くそぶりも見せず、腕を持ち上げその手の甲を向けてきた。その手の甲には、普通であればあるはずのない、口があった。
うっすらと男が笑むのが見えた。
「おはよう。そして、おやすみ……」
血鬼術『強制昏倒催眠の囁き』
その瞬間、杏寿郎が足を止め、代わりに後ろを走っていた狼が前に出た。
義手忍具『長火花』
忍義手が列車の屋根にばら撒いた爆竹の炸裂音がかき消した。
(やはり、音で来たか)
すかさず狼は肉薄。対して鬼は、もう一度手の甲の口を構える。
それを見て狼は、もう一度爆竹をばら撒き、音の壁を展開する。
「甘いね」
鬼が手の甲から発したのは、音の塊だった。催眠するためのものではない、実体のある攻撃である。
発射された音の塊はまっすぐ狼に向かい、――鉄傘によって弾かれた。
鬼がそれを見たと同時に、後ろに控えていた杏寿郎が、傘を構えた狼を抜き去ってきた。
炎の呼吸『壱ノ型・不知火』
向かい風をものともしない脚力で一瞬にして間合いを詰めてからの、袈裟斬り。一手遅れた鬼はなすすべなくこれを受け、首と胴を切り離された。
(下弦の壱)
斬った瞬間、杏寿郎は鬼の眼を見た。左目に『下壱』。やはり十二鬼月であったか。
頭を失った胴は力なく倒れ、切り離された首は無情に転がる。残心をしたまま杏寿郎は、それを見る。
――それから気付いた。
「手ごたえが無かった! 肉体も崩れていない! まだ生きているぞ!」
転がっていた鬼の首が、ニヤリと笑った。
突如列車の一部が、肉のように変色し、変化し、鬼の肉体と融合した。
「流石、柱なだけはある。そっちの忍びがツブテになることで、本命が構えを取るのを隠すなんてね、お陰で何も出来なかったよ」
首とくっついた肉は、蛇のように伸び上がり、挑発的な動きでゆらゆらと揺れていた。
「でも……生憎だけど遅かったね。最早この列車は僕の身体そのもの、車内は僕の腹の中だと思ったほうがいい。乗客二百名余り、全てが、即座に僕の餌であり、人質なのさ」
それだけを言い残して、鬼は姿を列車に埋めた。
「車内に戻るぞ!」
迷わず杏寿郎は声を掛け、窓から車内に戻っていき、狼も続く。
中に戻ってみれば、あの鬼の言った通り、列車内の天井、床、壁、座席に至るまで、蠢く肉へと変質し、眠りこけている乗客に絡み付かんとしていた。
「どうやら、あの鬼はこの列車と融合していたようだ! 少々時間を掛け過ぎたな!」
「これからどうする」
不死斬りの柄に手を掛け、狼は尋ねた。
「竈門少年らの所に、一度戻ろう! 編成を変える! 道中、乗客も守らねば!」
「承知した」
不死斬りを抜き放った狼は、それを横向きに、背面に回すように構えた。
――列車と融合したのであれば、好都合。
――奴はもう、逃げられない。
刀身から溢れる瘴気がいや増しになったところで、一気に横なぎに振るった。
堰切って噴き出す瘴気が、刀身の軌跡の延長線上に更なる刃として走る。
その不吉な斬撃は、座席に身体を預けて眠っている乗客のすぐ上を通り、彼らに絡み付いていた肉塊、及び窓ガラスと壁に斬痕を残した。その傷からは、夥しい量の血が噴き出て、たちまち周辺が血の雨によって赤く染められた。
同時に、さも列車が苦悶し暴れるが如く、激しく揺れた。急に揺れたものだから、杏寿郎も、当の狼でさえも床に膝を突いて踏ん張った。乗客の中には、煽られて通路に投げ出された者も居た。
「今の内だ、炭治郎たちのもとへ戻るぞ」
「心強い!」
床に倒れた乗客を座席に戻しながら、杏寿郎は頷きつつ言った。
そうして二人は、炭治郎らのもとへ駆け出した。
ミス訂正
下弦の鬼の場合、片目に『下壱』のように刻まれていますが、間違って左右の目にそれぞれ『下弦』『一』と入れてました。しかも『壱』のはずが『一』って素で入れてましたw